「Melting with you」
Written by ユラ
第五章
あの雨の日、私は『魔女』と契約した。
いつからだろう。瞳子ちゃんがお姉さまの側にいる。そこは私の居場所のはずなのに。
お姉さまは決して裏切らないと信じている。そう信じたい。でも、現実を見るとどうし
ても貫けそうにない。
『お姉さまは私を捨てるんですか?』
訊けば確実に迎える終焉。あまりにも解り易い未来予知。それでも今の私にはどうして
もお姉さまを信じぬける、決して裏切らないという高潔の証が欲しかった。
そのお姉さまも最近は何故か学校を休みがちで、なかなか話が出来る機会が持てないで
いるから一向に解決する兆しが見えてこない。
「もしかして、私を避けてるのですか?」
いや、そんなことはない。でもそれを打ち消すに足るものが無いも事実。
私に有るものは何? と、考えてみるけれども実際には、無いものばかりじゃないか、
という虚しい事実が分かるだけ。
「無い」を「有る」にするため、今日こそはと意気込んだ。
お姉さまは数日ぶりに登校されているので、下校時に下駄箱で待つことにした。そして
現れたお姉さまは少し痩せて元気が無い感じがしていたけれど、私は話を訊こうとお姉さ
まに近づいた。
「ごきげんようお姉さま」
「ごきげんよう祐巳」
その時だった。そう、彼女がいたのだ。
「早く帰りましょうよ祥子お姉さま」
その瞬間、私の心にはとてつもなく大きなヒビが入っていき、破片がぼろぼろと崩れ落
ちていくのが分かった。
私は否定された。信じようとした者に裏切られたという破局的なまでの背信。
そして私は単なる滑稽な信奉者であると告げられたようなものだ。
『なぜ?』
まず最初に、急速に風化していき崩壊しつつある心から浮かび上がった単語だった。
どうしてこんな状況になったのか、そしてお姉さまはどうして何も話てはくれないのか。
『なぜ?』
何の解答も見出せない私は、今のこの状況を把握するや「信じようとしていた私」の根
幹が凍りつくように固まり、そして思考はある一つの事実「捨てられた」ということを残
し全てが停止していく。
「そうなんですね、お姉さま……」
急速に閉じてゆく思考から紡ぎ出す最小限にして最大限の意味を持たせた言葉。
私は雨の中を走った。鞄が太ももに当たりぺたんぺたんと間の抜けた音がし、赤い折り
畳み傘は無様に反り返っている。それでも走った。
そして私は聖さまの後姿を見つけた。黒い紳士用の傘を差していて、本当に聖さまかど
うか見た目では判断できなかったけれども、私の直感がそう告げたのだった。
「聖さま……」
私の声に気付いた聖さまが振り返り、傘を放り投げ、私はその胸に飛び込んだ。
何も考えたくなかった。
後から追いかけてきたお姉さまが私の傘を聖さまに手渡した。そして、
「お世話おかけします」
それだけ口にして、瞳子ちゃんと二人でこの場を去り、迎えの車に乗ってしまった。
「お姉さま!」
行かないで欲しかった。だから叫んだ。
でも車は止まることなく出発した。
制服や鞄なんてあっという間に湿るを通り越し濡れそぼっている。
私はそんな雨の中をただ呆然と立ち尽くすばかりだった。
『なぜ?』
今までの事が全て雨に溶けていく。
シンデレラの劇を終えたその日にロザリオを受け取ったことや、バレンタインの景品と
してデートに行ったこと、そんな楽しく甘い思い出が全て雨に流され溶けていく。
そして空っぽになっていく私の中を満たしていくのは冷たい決して溶けることの無い、
氷のような絶望だけ。
これほど信じようとして結局は応えてくれなかったお姉さま。
お姉さまに捨てられた。もうどうにも出来ない。ならばこんな世の中で生きていても仕
方が無い。本気でそう思った。
私に応えてくれること無くお姉さまを乗せた黒塗りの乗用車は行ってしまった。その時
だった。誰かが私を呼ぶ声が聞こえた。
「こんにちはお嬢さん」
声のした方に振り返ってみると、そこには紫色のローブを身に纏い、ローブよりも色濃
いフードを頭からすっぽりとかぶった「魔女」がいた。
これだけ雨が降っているにも関わらずその魔女には雫一つ付いていない。
「あなた可愛そうに裏切られたのね」
全く見ず知らずの人が何故そんなことを知っているんだ、という考えよりも先に私の心
には「裏切られた」という言葉が、すっかり壊れやすくなってしまったボロボロの心に、
ぐさぐさとナイフのように突き刺さり粉っぽい鮮血を吹き上げる。
「大丈夫。これがあればあなたは救われるわ」
彼女が差し出してきたのはゴルフボールぐらいの大きさの青い珠だ。青というよりか、
藍色のほうが近いぐらいに濃い色合いの青。
「いいかしら、今からあなたを救ってあげるから、私の言う言葉を繰り返すのよ。
『この世全てを閉じるため 私は全てを閉じる 何も欲さず 何も与えず 何も思わず
何も感ぜず 究極の安息を私に』
さぁ、今の言葉をあなた自身の口で紡ぐのよ。やってごらんなさい」
何故そうしようとしたのかは分からなかったけれど、誰かに救って欲しかった。信じる
だけ信じて報われないなんてあまりにも辛くて悲しい。
私は青い珠を受け取り握りしめ、言われたとおりに言葉を静かに紡いでいった。
すると青い光が体中を包んでいき、体中に柔らかな力が染み渡っていくのが分かる。
あぁなんて心地良い。これで救われる。私は少し疲れた。だからちょっとぐらい休んだ
って構わないよね。
「お姉さま……」
この言葉を発してすぐに私の意識は深い深い青の光へと溶けていった。
気温マイナス四十六度の極寒地獄と化した武蔵野の街。吹き付ける風は如何なるものも
凍て付かせ、動くものといえば強風に煽られて舞う粉雪ぐらいなものである。
積雪は軽く二メートルを超え、雪の重みに押しつぶされる家屋が後を絶たず、荒れ狂う
風雪の唸りに時折ぐしゃりと家が潰れる音が紛れる。
道路はとうの昔に雪で埋まり、冷たい雪の下には多数の乗り捨てられた自動車が埋まっ
ている。家の高さにまで降り積もった雪は街を一面白の世界へと塗りつぶしていった。そ
んな白い世界で飛び切り異形なのが、かつて小笠原邸だった場所にそびえ立つ氷柱である。
一分一秒ごとに自身を巨大化させていった末に、全長三百メートルを超える、天へと届
きそうな絶望の梯子へと成長していく祐巳が眠る氷柱。
白い恐怖は都心部にも容赦なく襲い掛かり、新宿区や千代田区でも気温マイナス三十七
度の酷寒地帯と化している。
都市機能は完全に近いほどの麻痺状態で、警察、消防、自衛隊による必死の除雪作業に
も関わらず、ほとんど全ての幹線道路や、高速道路が雪で埋まってしまっていた。JRや
私鉄の鉄道もまたしかりで、強風と豪雪のため、運転を見合わせてから二十時間ほどが経
過している。
地下鉄だけはなんとか運行を続けていたのだが、乗客が全くいない車両だけがプラット
ホームに停まっており、事実上の運転停止状態である。
東京方面への陸路での進入はほぼ不可能に近かった。海路や空路からの進入も不可能に
近い。
この異常な気温低下により東京湾の海水の温度も急激に低下し、氷結してしまっていた。
そのため、今現在東京湾は巨大な氷の大地が形成されており、横浜市から千葉市まで歩い
ていくことも可能であるが、何も無い真っ平らな氷板には風速二十メートル超える暴風が
吹き荒れ、空から降ってくる雪は白い滝を形成していた。
空路もまた、暴風と異常降雪のため航空機の離着陸が不可能だった。半日以上前に、成
田空港や羽田空港は雪に埋もれてしまっている。
この異常低温、暴風、降雪の範囲は未だに拡大を続け、既に東京首都圏内はすっぽりと
包まれ、静岡、山梨、長野、群馬、栃木、茨木にまで範囲が広がりつつあった。
意識を集中し、金色に輝く私の体。祐巳ちゃんの精神へと私達は乗り込もうとしている。
これほどあやふやな作戦しか立てられず、また実行できない自分に腹が立つ。
祐巳ちゃんがこうなってしまう前に私はもっと何か出来たはずなんじゃないかという重
い重い後悔の念が胸を締め付ける。
「お姉さん、もうちょっと集中しようねぇ」
「あぁ、ゴメン」
電力の供給が不安定になっているブラウン達のマンション。部屋の明かりは突然消えて
は何秒か経つと弱弱しく灯り、また消えていくという明滅を繰り返している。
外は相変わらずのひどい吹雪。まだ午前中だというのに夕方のような暗さ。
雑念を振り払い、目を瞑って祐巳ちゃんの存在を強く意識する。青い光が見えた。そし
て青い光の奥には白い世界が広がっているみたいだ。より一層意識を集中する。
白い世界には大きな雪の城が見える。もしかしてここに祐巳ちゃんが……。
「見えたよ。多分ここだと思う」
「本当か!?」
目を瞑ったままブラウン達に見えているのものを伝えた。
「そのままその世界に、俺達と自分の存在を投影してみるんだ」
言われたとおり、祐巳ちゃんの白い世界に私達の存在を描き出していく。次の瞬間全て
の感覚が消え失せた。
目を開くと、さっきまで見ていた白い世界が目の前に広がっていた。
「成功らしい」
ブラウンは周りを見渡しながらそう言った。
「何もかもが雪で真っ白だねぇ」
この世界の白さは雪によるものだ。動くものが何も無い「閉じた」世界。これが現実に
生り得るのは百も承知だった。視界の遠くに、純白の城が見える。
「ところで、あの城の攻略って何か考えがあるの?」
「そうだな……」
右手をアゴに当て、下を俯きながら考え込むブラウン。
「正面突破でいくか」
「私もそれでいいけど〜」
戦闘のプロだと思っていたけれど、すごく分かりやすいというか適当なだけであるとい
う気もしないではない、とってもシンプルな作戦だった。
「行くぞ」
雪を踏みしめながら青い祐巳ちゃんがいるであろう敵の居城へと歩みを進めた。
待っててね祐巳ちゃん。今から助けに行くから。
近づけば近づくほど、城の威容に気圧されそうになる。こんな冷たい場所に祐巳ちゃん
がいると思うと一刻も早く助けなきゃという焦りが抑えきれなくなる。
「何かいるぞ」
ブラウンが右腕を私の方へ突き出し歩みを制する。
真っ白な雪の大地を突き破って、氷の彫刻もとい、氷で出来た骸骨が這い出してくる。
それらの右手には、これもまた氷で出来た剣を握り締めていた。次から次へと現れる氷で
出来た骸骨の剣士。その数ざっと数えて三十。そして今この瞬間にも数が増えていく。
ホワイトは懐から二丁のごつい真っ黒な拳銃を取り出し、有無を言わせない高速連射で
骸骨の剣士を撃ち抜く。
大気を震わす銃声、それが轟くたびに剣士の剣はへし折れ、腕がもぎ取られ、首は砕け
散り、足は吹き飛び千切れていく。きらきらと光る氷の欠片が辺り一面をあっという間に
覆っていく。
「君たち邪魔だからねぇ。さっさと消えちゃえ〜」
空になったマガジンを交換し矢継ぎ早に連射を続けるホワイト。私もただぼうっと見て
いるわけにはいかず、この数だけはやたら多い骸骨の剣士を殲滅しにかかった。
私の攻撃方法は単純明快。ただ拳で殴るだけ。相手の剣戟よりも早く拳で頭を吹き飛ば
し、胸骨を砕く。
ぶおん、と氷の刃が振り下ろされ、それを後ろに飛び退いて回避し、左手に全身を巡る
金色の力を集め、相手に向かって拳を振りぬく。
すると拳から放たれた黄金色の砲弾が、目の前の相手のみならず、その後ろにいる剣士
達の氷の骨格を連続で粉砕していった。
ブラウンは両手に持った刀を、剣閃が視えないほどの速度で振りぬき、相手をばっさり
と切断していく。もう辺り一面大小様々な大きさの氷の破片で埋め尽くされている。
それでも氷の剣士は無限の如く現れる。このまま持久戦というのは時間と力の無駄と考
えた私は、あることを実行に移してみることにした。
「ブラウン、ホワイト、この場から離れて。地面ごと……抉るから」
「……了解」
「分かった。頼んだよお姉さん」
一息で私の周りから十メートル以上の距離を離した二人を確認した私は、さっきよりも
強く左手に金色の力を集め、地面を思い切り殴った。
私を中心に黄金色の光がひび割れたガラスのように細かく地面を這い、刹那にして広が
った。そして次の瞬間地響きと共に盛大な爆発音が白い世界を揺るがした。
私の周り数十メートルにはぽっかりとクレーターが出来ていて、骸骨の剣士らの残骸す
ら残っていない。巻き上げられた雪や氷の欠片が降ってくる。
「あんたやること派手だな……」
呆れたようにそれだけ呟いたブラウン、
「さっすがお姉さん。私こういうのダイスキ!!」
銀の髪を揺らしながらはしゃぐホワイト、という具合に反応は両極端だったけど、不毛
な持久戦は回避できたと思うのでこれで良しとしよう。
さっきの氷で出来た骸骨の剣士が出てきた以外、罠も仕掛けられておらず、待ち伏せも
何も無く城まで歩いてこれてしまった。
私から十メートルほど先には一分の隙も無く閉じられている堅牢な城門。そしてその門
の右端、左端、そして真ん中には、海底の水のように深い青色の板金鎧を身に纏った門番
が合計三人、物干し竿のような長い槍を地面に突き立て、微塵も動かずに侵入者を見張っ
ている。
一歩歩みを進め、雪を踏みしめる。鎧を着た門番だと思ったが、兜には瞳らしきものが
見えない。ということはあれは動く鎧か何かなんだろう。さっきからまともな生き物の姿
をお目に掛っていない。
「ちょうど相手は三体。一人一体相手にすることになるが、あんた一人でやれるか?」
こんなところで二人の足を引っ張ってるようじゃ、とてもじゃないけど祐巳ちゃんを助
けることなんて出来っこない。多少の見栄も混じっていたが自信をたっぷり含ませて答え
た。
「十分。なんなら私だけでも構わないよ」
「お姉さん頼もしいなぁ。じゃあ頼んじゃおうか?」
「おいホワイト、お前空気読めよな。無駄話はこれぐらいにして、やるぞ……」
ブラウンが先陣を切って城門へと疾駆する。その後をホワイトが、最後に私が門番へと
肉薄し、牙城攻略の第一歩を進める。
城門の前で繰り広がられる攻略戦。ひゅん、と鋭い、空気が切れる音が耳元を掠め、髪
の毛がはらりと落ちる。
あの槍の長いリーチのため迂闊な接近は、即死に直結する。地面を蹴り、間合いを離し
て遠距離から攻撃を試みようとしても、私が下がった分だけ丁寧に張り付くように間合い
を詰める蒼い門番。
「こんの……!」
槍をなんとかかわし、隙の出来た門番の胴目掛けて拳に集めた金色の力をぶつけたが、
蒼い板金鎧の表面が少し凹んだだけだった。なんて頑丈なんだこいつは。
「うわっと!」
すぐさま体勢を整え、空気一閃の突きを繰り出す蒼い門番。紙一重でかわし続ける私の
頬や耳たぶにはうっすらと、一直線の鋭利な傷が付き、血が滲む。
――打撃以外にも力を――
どこからか祐巳ちゃんの声が聞こえたような気がした。
「おっと!」
突きの連打からの胴払いを跳んで回避する。そして体が宙に飛び上がっている間に金色
の力を左手に集め、砲弾のようにぶっ放す。
強めに力を集めたつもりだったけれど、蒼い門番の鎧が多少凹んだだけで、活動停止に
はまだ至らなかった。本当に頑丈だなこいつ。
地面に着地した瞬間足を払おうと槍が振るわれる。それを槍ごと足で踏んづけて止めた。
あと半刻遅れていたら足首からばっさり切られていたかと思うと、背中に冷たいものが走
り脂汗が止まらない。
がら空きの胴に思い切り横蹴りをお見舞いし、蒼い門番は蹴り飛ばされ城壁へとぶつか
った。相手の手には槍が握られておらず、私の勝ちだと思ったその刹那、蒼い門番の体か
ら蒼い閃光が視力を一時的に奪う。目眩ましか!
咄嗟に間合いを離そうとするが、槍を拾った門番は間合いを詰めてくる。まずいな。
右腕の二の腕に鋭い痛みが走り、門番の槍が自分の体を掠めた結果であることを瞬時に
解する。
――力は攻撃だけじゃないの――
さっきは幻聴だと思っていた祐巳ちゃんの声がさっきよりもはっきりと聞こえる。力を
攻撃以外にも使えと。私の能力は「全能」、思いの強さだけ強くなれる。やってやろうじ
ゃないか。
頭の中に牢固な防壁をイメージし、体中を巡る金色の力をイメージに沿って解き放つ。
がきん、と金属が硬いものにぶつかる音が聞こえた。視力が徐々に回復してきた目を開
いて音の原因を見る。そこには鈍い金色をした壁が視界いっぱいに塞がっていた。
思っていた以上に巨大な壁を具現化してしまったみたいだ。そのせいで相手の姿も見え
なくなってしまっていたが、それは向こうも同じことだろう。
足に強く力を込めて飛び上がり、壁を蹴って飛び越えると、槍が壁に刺さったままの蒼
い門番の姿を視界に捉える。
「そら! いくよ!」
一瞬でイメージを具現化し、練り上げたブラウンと同じデザインの剣を両手で握って、
刃を下に向け相手の真上から飛び込む。
黄金色の剣が蒼い兜に深々と突き刺さり、落下の衝撃で、私と蒼い門番は思い切り叩き
つけられるように倒れこんだ。
頭に黄金色の柄を生やした蒼い門番はぴくりとも動かなくなった。
視界の端に白い光の束が映り、その方をみやるとホワイトが相手していた蒼い門番の上
半身が吹っ飛んでいた。やっぱり彼女の攻撃力は出鱈目な気がする。
「ふぅ。なんとか片付いたな」
ブラウンは二本の刀を鞘に収めながら呟いた。
「五月蝿いのがいなくなったし、早く中に入ろうよ〜」
急に静かになった城門から、冷たく重い扉を開いて中へ進入した。
城のエントランスは、その中央に二階へ通じる横幅の広い階段しかない。氷の階段を上
りきると、薔薇の館にあるようなビスケット扉が。取っ手に手をかけ扉を開くと、そこに
もまた階段があるけれども、蛇のとぐろのように渦巻いている螺旋階段だ。
「これホントに上るの〜?」
露骨にうんざりとするホワイト。
「つべこべ言わずにさっさと行け」
ブラウンの乱暴な号令で、私達はどこまで続いているのかよく分からない螺旋階段を上
り始めた。
こつこつ、と硬い音だけが耳に入る。上り始めて数分経っても終わりが見えない。
「あれれぇ? この階段いつまでたっても終わりないよ〜」
「流石にこれは怪しいな」
私は足元、壁、天井の順にゆっくりと視線を移していき、何か手掛かりは無いかを見る。
残念ながら特に以上は見当たらない。
その一方ブラウンは目を閉じて何か考えているようだった。
「ホワイト、何か感じないか?」
「えぇ? 何かって何?」
ホワイトもまた目を閉じて、ブラウンの言う「何か」を感じ取ろうとしている。私も彼
らに倣って目を閉じて「感じ」を探してみる。
目を閉じてみたけれども、階段や壁に沿って細くて青い光が網の目のように走っている
ぐらいしか分からない。
「一度下りてみるぞ」
ブラウンはそれだけ言うとさっさと下り始めてしまった。ブラウンの後について私やホ
ワイトも下りる。
「あれ?」
直ぐにさっきのビスケット扉まで戻ってしまった。あきらかに上るより下りる時間の方
が短い。ということは……
「この階段には何か仕掛けがある。だからいくら上っても上には行けない」
「じゃあどうするの〜?」
「別な道を探すか、仕掛けを解くかのどっちかだな」
ここまで来る途中には他に通路や部屋なんて無かった。だから仕掛けを解くしかないん
じゃないのと思う。
「他に道なんて無さそうだから、まずは仕掛けを解く方法を考えてみようよ」
「やっぱりそうだよな。仕方ない。今度は慎重に上るぞ」
目を閉じて青い光を感じながら、少し足元がおぼつかなかったが、ゆっくりと一歩ずつ
階段を上っていく。
あ? 左側の壁に妙な綻びが。網の目のように走る細くいくつもの青い光の筋、でもそ
こだけ線の流れ太くなっている。
「あんたも感じ取れたのか。多分ここが階段の終点なんだろう」
ブラウンは腰にぶら下げている刀を鞘から引き抜き、壁に向かって刃を走らせた。
「やっと次にいけるねぇ」
ブラウンの鮮やかな斬撃で壁が綺麗に切断され、その向こう側には真っ直ぐな廊下が見
える。螺旋階段から辿り着いたこの廊下の左右にはいくつもの扉が、そして一番奥には、
気味が悪いほど真っ青な扉がある。
この城には、色が白しかなく、この廊下の奥に待ち構えるかのような不気味な青い扉が、
殊更に存在感を感じさせる。
私達が廊下に足を一歩踏み入れると、左右に連なる多数の扉から次々と氷で出来た骸骨
の剣士が現れる。また物量に物を言わせる戦法か。
剣士の大群を見たブラウンは咄嗟に指示を出した。
「あいつらはオレとホワイトが引き受けるから、あんたはひたすら奥の扉を目指して走れ」
「分かった。しっかりやってよ」
ブラウンは背中に背負った剣と、腰にぶら下げている鞘から刀を一本引き抜き、二本の
刀剣を構え、ホワイトはマガジンを交換し二丁のデザートイーグルを構える。
ホワイトが引き金を引き絞り、鉛の弾丸が発射された瞬間、廊下を埋め尽くさんばかり
の骸骨剣士の大群が、私、ブラウン、ホワイトの三人を殲滅せんと襲い掛かった。
各々が持つ、刃の幅が広く無骨な氷の剣を振り回すだけの単純極まりない戦闘方法だっ
たが、数の脅威が私達に圧し掛かる。
ホワイトが冗談みたいな正確さ骸骨剣士の頭蓋骨だけを撃ち抜き、ブラウンは二本の刀
剣で、相手をバターでも切るかのような滑らかさで切断し解体していき、私は二人が作り
出した隙間を縫って、邪魔する骸骨剣士を拳で殴り飛ばしながら疾走する。
「邪魔だから……そこをどけぇ!!」
私は吼えながら金色の拳で群れを薙ぎ払い、強引に道を作っていく。隙間を埋めようと
骸骨剣士が立ちはだかるも、すぐさまホワイトの弾丸が群がる骸骨剣士の頭蓋骨を吹っ飛
ばす。
ブラウンはホワイトの背中に背を向け、彼女の背後から迫る骸骨剣士をバラバラに切断
し、解体していった。
「早く行け!」
「分かってる」
倒しても倒しても尽きることなく現れる骸骨剣士。しかし、それらの勢いに負けること
なく奥の扉目指して前進を続けた。
実弾の弾が切れたホワイトは、今度は自身の珠の力を弾丸の代わりにし、白い光の弾が
矢継ぎ早に撃ち出される。
もう少し。あと何メートルかで扉に辿り着く。
「邪魔っ!!」
金色の砲弾がまとめて骸骨剣士の上半身を吹き飛ばし、一気に扉まで跳躍し、そのまま
飛び蹴りの格好で扉を突き破った。
「ごきげんよう聖さま。でも……」
粉々に砕けた氷の扉が、映像の逆再生のように修復されていく。
「全く歓迎はしません」
そこにはリリアンの制服を着た、髪の黒い祐巳が招かれざる来客である聖を睨み付けな
がら立っていた。
聖が扉を蹴り破り、奥の部屋へと侵入したその一方、無限に湧き出る氷で出来た骸骨剣
士が蠢く廊下では、聖の後に続こうとブラウンとホワイトは前進を続ける。
「賑やかなお客さんだこと……」
氷のような冷たい感情を含ませた声が廊下に通ると、今までのことが嘘であるかのよう
に、ぱっと骸骨剣士の姿が消えてなくなった。
扉の前には、童話『シンデレラ』のヒロイン、シンデレラが城の舞踏会で着ていた豪奢
なデザインの青いドレスを身に纏い、真っ青な髪に、青い瞳の祐巳が不機嫌に眉間に皺を
寄せて二人の姿を視界に捉えていた。
「向こうから出迎えてくれるみたいだな」
「じゃああの部屋には誰がいるの〜? お姉さんはどうなったのかなぁ?」
青い祐巳はふっ、と息で笑う。
「この部屋では『私』がお相手してるわ。誰にせよ招いたお客でないことは確かね」
ホワイトは祐巳の眉間めがけて、二丁のデザートイーグルから白い弾丸を発射する。
「無駄よ」
白い弾丸は、青い祐巳の眼前に現れた氷の壁の表面を少し削っただけだった。ブラウン
は両手に持った刀剣を前に突き出す格好で、間合いを一気に詰める。
壁を一瞬で消去した青い祐巳は左手の掌をブラウンへと、右手の掌をホワイトへと向け、
彼女の掌からは人間の拳大の大きさの氷弾が機関銃のように連続で発射された。
ブラウンは床を蹴り、咄嗟に軌道を変えてかわし、ホワイトは姿勢を低くしてそれを回
避し、返しに二丁の銃で応射する。
白い弾丸は青い祐巳の後ろにある扉に命中する直前に打ち消されてしまい、扉には傷一
つ付いていなかった。
「あななたちは、しばらくの間ここで大人しくしてなさいな」
青い祐巳の背には、ピラミッドを上下に張り合わせたような正八面体の氷のビットが八
つ、等間隔で浮遊していた。各ビットが淡く青い光を発した瞬間、細くて蒼い光がレーザ
ーのように放たれる。
ホワイトの側の扉に命中した光は、たちまち扉を氷結させていった。ホワイトとブラウ
ンそれぞれに四つのビットが狙いを定め、立て続けに蒼い冷凍光を照射する。
ブラウンは青い祐巳への接近を試みてはいるのだが、鉄壁の防御力に八つのビットによ
る照射、青い祐巳本人による氷の弾丸掃射という、まさに生ける要塞の如き迎撃防御体勢
に、四苦八苦していた。
ブラウンは自身の体内を巡る茶色い力を練り上げ、大地の鎧を身に纏い両手に持った刀
剣を構え多少の被弾覚悟で突撃する。それと同時にホワイトは、ビットの照射に苦戦して
いたが、発射間隔のほんの少しの隙を突いて、黒い銃から大出力の白い光の束を放射した。
一瞬で迫り来る二つの巨大な力が青い祐巳の鉄壁な防御を貫通し、ダメージを与えた。
ホワイトの力の塊である太い光の束が氷壁を粉々に砕き、ビットによる反応射撃をさせ
る暇を与えることなくブラウンの刃が青い祐巳の右鎖骨から袈裟状に走り、剣が腹部を深
々と貫き、青いドレスに赤い血が染み渡り出血部分が紫色へと変色していった。
「ふっ、まだよ……私は……このままでは終わらない!!」
「祐巳ちゃん?」
様子がおかしい。何故か私に対して敵意を剥き出しにしている。
「助けに来たんだ。さぁ、こんな所から早く外に出ようよ」
「私は……ここから出るつもりはありません」
相変わらず表情は厳しく、何故拒絶するのかその理由が全く分からない。
「どうしたの祐巳ちゃん? 何か変だよ」
「いいですか聖さま……」
右手の人差し指を立てて、祐巳ちゃんは自身の思いを吐き出し始めた。
「私はずっと外の世界の様子を見ていたんです。東京はひどい吹雪で何もかもが凍てつい
ていくところをずっと見ていたんです。街は雪に埋もれ、家は押しつぶされ……一体何人
の人が亡くなったと思ってるんですか! これは私のせいなんです。私が……弱かったか
らこんなことに……。だから、だから私はここで閉じ込められることで罪を償おうと」
「祐巳ちゃんがここで懺悔してもね、外の世界はどんどん酷くなるだけなんだ。誰かが、
この惨劇を食い止めないと終わらない。本当にこのままじゃ世界中が閉ざされてしまう。
祐巳ちゃんはそれでいいの?」
祐巳ちゃんの目から大粒の涙こぼれ、頬を伝い、涙は床へ落下する前に氷の粒となって
高い音をたてながら床に転がった。
「いいわけないじゃないですか!! でも、私は外には出られない。あの世界でなんて生
きていけない。今更あの氷柱を壊したところで亡くなった人たちが帰ってくるわけでもな
く私の罪が赦されるわけがないんです! だから私はここから出ません。どうしても出そ
うと言うのならば……たとえ聖さまでも敵とみなしますから」
祐巳ちゃんと戦うなんて出来ない。でも、このままあの惨状を放っておくことも出来な
い。
「祐巳ちゃん、一つだけ話をさせてくれないかな。祥子のことなんだけど……」
祥子という祐巳ちゃんにとって特別な名前を耳にした途端、顔色と表情が変わった。怒
りや後悔、不安といった感情が渦巻いているんだろう。私は出来る限り優しく穏やかな声
で、あの雨の日の真実を告げた。
「あのね、祥子の妹は祐巳ちゃんだけだって。これは祥子本人に直接聞いたから絶対に間
違いない。だからあの瞳子っていう子は妹には成り得ない。最近学校を休みがちだったの
はね、祥子のおばあちゃん、病状が悪化していたからお見舞いに通い詰めていたの」
「なんだ。そんなことだったんだ……」
「そう。そんなことだったんだよ祐巳ちゃん」
「祥子さまは……冷たい雪の下に!! もう手遅れなんですから!!」
槍のように長く、板のように分厚く大きな刃の氷で出来た戦斧を握り締めた祐巳ちゃん
は、絶叫を上げながら一気に踏み込んでくる。
「ちょ、ちょっと祐巳ちゃん!」
振り下ろされる即死的な威力の一撃をなんとか全身を使って回避する。振り下ろされた
刃は轟音と共に氷の床を砕き、欠片や破片を勢いよく撒き散らした。
「私のことなんて放っておいて下さい!」
祐巳ちゃんは泣きながら巨大な戦斧をバットのように振り回した。高質量の物体がぶお
ん、と低い音を立てながら空気を切る。
ごめんね祐巳ちゃん。大人しくしてもらうには少しだけ我慢してね。
心の中で謝罪した私は、左手に金色の力を集め、拳を振り抜くと共に集めた力を大砲の
弾のに放った。
「当たりません!」
戦斧は消え去り粉雪となる。それは祐巳ちゃんの足元から舞いあがって、祐巳ちゃんを
守るように渦を巻き、私が放った砲弾は弾かれ天井に衝突し、ばらばらと氷の破片が崩れ
落ちてくる。
右手を突き出し、手を開いて指を伸ばした祐巳ちゃんは指の一本一本から雹を弾丸のよ
うに撃った。ショットガンみたいに小さな弾が壁にいくつもめり込んでいる。
「今度は当てますから……」
冷たく言い放つ。祐巳ちゃんは本気だ。本気で私を敵とみなし、消しに掛かろうとして
いる。もう手加減して戦うとかいう甘い考えでは私がやられる……。
祐巳ちゃんの右手の指からショットガンのように雹が放たれる。腕の動きや指の向きか
ら弾の飛ぶ方向や範囲を見極め、回避行動に移る。経験がまだまだ浅いので勘に頼ること
が多いけれど、なんとかかわせていた。
一向に命中せず苛立ちを隠せないでいる祐巳ちゃん。両手の拳と、両足の爪先へ力を集
めて攻撃力を高め、体術連携で一気に決着をつけようと、四メートルほどの間合いを一息
で詰め接近戦に持ち込んだ。
「くっ……」
左ストレート、右フックは上半身を右に、後ろへ一歩下がってかわされ、瞬時に屈み左
足を軸にして右足での足払いは小さくジャンプしてかわされ、足払いの回転力を生かして
右足で回し蹴りを左腕を盾にして防ぎ、思い切り振りかぶって放った左ストレートも空を
切り、左足の前蹴りがやっと腹部にヒットした。
蹴り飛ばされた祐巳ちゃんは壁に激突し、うつ伏せに倒れた。力の加減が難しく、思っ
た以上に威力があった。ごめん祐巳ちゃん……。
「……してやる」
祐巳ちゃんから発せられた強烈な殺気を感じた私は、理性よりも先に体が動いてしまい、
倒れている祐巳ちゃんに左拳に集めた金色の力の塊を撃っていた。
爆発音が空気を響かせ、着弾した周辺の壁が抉れている。
「祐巳ちゃん……」
むくりと起き上がった祐巳ちゃんは、膨大な殺意の篭った眼差しで私をねめ付ける。
「聖さまもやっぱり私を……」
「違う! 違うんだ。まずは落ち着いて話をしよう。それでも遅くはないから!」
「問答無用!」
話すら出来ないなんて。もはや祐巳ちゃんを討つしかないのか……。それならば私も腹
を据えて覚悟しよう。
「分かった。もう私の言葉は届かないんだね。それじゃあお別れをしよう。さよなら祐巳
ちゃん……」
祐巳ちゃんはさっきと同じ巨大な戦斧を具現化させ、私もイメージを練り上げる。体内
を奔る金色の力の脈動を感じ取り、大きなうねりを一つのものへと昇華させる。
そして私の両手には刃渡りが人の背丈ほどもある鈍い金色の剣が握られていた。
祐巳ちゃんは戦斧を力いっぱい振り回し、咄嗟に剣で受け止めたけれど、その衝撃の大
きさに部屋の端まで吹っ飛ばされてしまった。あの化け物みたいな斧とまともに打ち合う
のは無謀だな。
身を起こし、両手でしっかりと柄を握り祐巳ちゃんを見据える。
「早く消えて下さい!」
猛然と差し迫る強大な力の突進。十メートルほどの間合いがあっという間にゼロへと近
づく。祐巳ちゃんの直線的な動きに対して、円を描くように軸をずらし回避する。
「なっ!!」
私の軸移動に反応して、ほとんど勢いを落とさず直角に近い方向転換で突撃してくる。
もはや回避は間に合わない。奔る力を全身に張り巡らせ、両手剣を構えた。
がきん、と金属がぶつかる音。受け止めるにはあまりに重い一撃。それを無理やり受け
止めた私の両足は床にめり込み、両手剣の刃はひしゃげてしまった。
「なんて威力……」
「さようなら聖さま」
祐巳ちゃんは戦斧を振り上げていた。
ブラウンの剣が自身の体を貫き、口の端からも血を流しながらも不敵な笑みを浮べてい
る青い祐巳。
「まずい!」
身の危険を感じたブラウンは剣を引き抜くことなく青い祐巳から距離を離した。その刹
那、青い祐巳の半径三メートルほどの床から氷の棘が一斉に生えていた。
そしてビットは自動的に照射を続けている。
「ちょろちょろとすばしっこいわね」
腹部に突き刺さっている剣をずるりと引き抜くと、傷口から真っ赤な鮮血が溢れ、紫色
の染みの範囲を広げた。剣を床へ放り投げる。
「串刺しにしてあげるわ」
力なく右腕を掲げると、床から氷の刃が次々と縦一直線に列を成して突き出していった。
「ブラウンこっち!」
ブラウンはホワイトの掛け声に反応して、ホワイトの元へと走り寄り、彼女の体のから
白い光が溢れ出し、ホワイトとブラウンの体を包み込む。
氷の刃がいよいよ二人を貫こうとしたが、白い光に阻まれ砕け散った。
「ふぅ。危なかったね」
「お、おぅ……」
二人に主だったダメージを与えられないでいた青い祐巳は、ビットを消し去った。
「無駄な抵抗ばかり! お前たちも凍て付くがいい!!」
急激に気温が低下し、青い祐巳を発生源とする猛吹雪が廊下に吹き荒れる。
「うわぁ寒いねこれ」
「お前、そんな呑気なこと言ってる場合じゃないだろ」
二人の体にはものすごい勢いで雪が積もり、みるみるうちに身動きが取れなくなってい
った。珠の力による吹雪の勢いにブラウンの鎧も意味を成さず、ホワイトの防御光も防ぎ
きれないでいる。
「さようなら。もう会うことも無いでしょう」
青い祐巳の背後には無数の氷の刃が具現化し、全ての刃の方向がブラウンやホワイトの
方を向いている状態で空中に静止していた。青い祐巳の一声でこれら全てが一斉に発射さ
れる。
「こんのぉぉぉぉ!!」
ホワイトは珠から供給される白い力を限界まで引き出し、
「行け」
冷たい青い祐巳の声と同時に、氷の刃がミサイルのように間断なく射出された。
「いっけぇぇぇぇぇ!!」
デザートイーグルに全力を注ぎ込み銃身が砕け散るほどの勢いで白い光の束を発射した。
巨大な戦斧が頭上の高さまで振り上げられている。次の瞬間には確実な「死」が訪れる。
こんなところで終れるはずが無い。そう思うと体中に迸る金色の力が熱を持ち、私はそれ
をためらうことなく解放した。
「何これは!?」
まばゆい金色の光が体から放たれ、視界が金色に染まった。私の手にはずしりと重い感
触が伝わる。祐巳ちゃんと全く同じ戦斧を握っていた。
床から足を引っこ抜き、床を蹴って祐巳ちゃんから間合いを離し、両手でそれを握りな
おして構える。
祐巳ちゃんが戦斧を振るのに合わせてそれを受け止める。刃と刃がぶつかり合い、その
度に氷の欠片が少しずつ舞った。
「どうして!」
苛立ちを隠しきれずに感情を爆発させた祐巳ちゃんは、戦斧を床に突き刺し、祈るよう
に両手を組み合わせた。
すると祐巳ちゃんの背後には一面の氷の刃が現れ、それらは全て私の方を向いている。
「行けぇ!」
かわしきれないほどの数の刃がミサイルのように飛んでくる。それらを戦斧を振り回し
て叩き落したが、撃ち漏らした刃が右肩や左太もも、左わき腹に突き刺さり、壁に叩きつ
けられた。がらんと派手な音を立てて戦斧が床に転った。
冷たく鋭い痛みが全身を貫き、傷口から滴る血液が床に血溜りを作り出す。
「うぅっ…」
「やっと……お別れできます」
感情の無い目が私を見下ろす。右手にはさっきの戦斧を握っている。
「はぁ……祐巳……がふっ」
口から逆流した血がこぼれ、咳き込む。
すっと一動作で戦斧を高々と掲げ刃の部分を下にして振り下ろうそうとする。
動け。いいから動け。あと一瞬だけでもいいから動いてくれ。そのためならば何でもく
れてやるから。私の……
「全てをくれてやるから!!」
心臓から鼓動に合わせて全身を巡る金色の力を感じ取り、左手に金色の剣を練り上げた
私は、持てる力全てでもって祐巳ちゃんの心臓を貫いた。
「ぐふっ……」
金色の剣が祐巳ちゃんの胸に突き刺さったまま、祐巳ちゃんは膝を折り、後ろへ崩れる
ように倒れた。
「はぁ……ありがとう……ございます……聖さま」
祐巳ちゃんの目から涙が溢れて筋を作る。
「じゃあね……祐巳ちゃん」
なんとかそれだけ言うと、私に意識は消えた。
白い光の暴力が青い祐巳の体を塵一つ残さず消し飛ばした。
To be continued→
|