Melting with you 第四章
「Melting with you」
Written by ユラ


 第四章

 真っ白な世界で目が覚めた。体が芯まで冷えている。重たい体を起こすと、どうやら私
は雪の上で眠っていたみたい。よく凍えなかったなぁと自分の体の頑丈さに感心してしま
った。
 ところで、ここは何処なんだろうか。見渡す限り雪で真っ白な世界。所々に墓標のよう
な四角く高いものが見える。この世界は平坦な大地じゃなく、凹凸が激しかった。
 滑らないように足元に気を付けながらこの真っ白な世界を歩いてみることにした。
 もしかしたら何処かにお姉さまや聖さまがいるのかもしれない。
 吐く息真っ白なほど冷え切った空気が、呼吸をする度に肺に刺さるように痛む。私の服
装はリリアンの夏服だからなおさらに寒い。
 もうどれぐらい歩いただろう。遠くには二つ頭の白い山のようなビルのようなもの、そ
して別な方を見ると三角の細く尖った高い塔のようなものが見える。
 どうやら私はこれらを知っているかもしれない。あの二つ頭は東京都庁ビル、細く尖っ
た塔は東京タワー。だとしたらここは……東京?
「気が付いたようね」
 後ろから声がして、慌てて振り向くと髪が真っ青な私が冷たい笑みを浮べていた。
「そう、ここは閉じた世界。あなた自身が望んだ結末よ。どう? 素晴らしいでしょ?」
「そんなわけない! 早く元に戻して!」
 もう一人の青い私に負けないよう精一杯の虚勢を張ってみる。でも、足の震えが止まら
ない。
「こんな場所ではなんだから、私の城へ行きましょう」
 青い私はそう言って指を一度パチンと鳴らすと、私はいままでいた雪の平原から、真っ
白な建物の中へと瞬時に移動した。
 ここには白以外の色が無かった。床も天井も壁も雪で出来ているらしく真っ白。そして
今私のいる部屋には真ん中にイスが一つぽつんと置いてあるだけの、殺風景という言葉す
ら生ぬるい、まるで牢獄のような場所だった。
「あなたはここで大人しく結末の過程を見ていなさい。それではまた、ごきげんよう」
 どこからともなく青い私の声が聞こえ、言いたいことだけ言って、声は消えていった。
 私が雪で出来たイスに座ると壁には、スクリーンのように私がいた世界の映像が映し出
される。
 映像の場所はお姉さまのお屋敷だったけれど、ボロボロに壊れていて、奇妙な違和感の
塊のような氷柱が見える。あれは何だろう。私は壁に映し出される映像に見入っていた。

 六月二十二日。小笠原の屋敷に氷柱が出現してから十二時間ほどが経過した午前六時五
分。撤去作業の作業員らの変死の影響により小笠原の屋敷は立ち入り禁止となり、調査の
方も一時中断されていた。
 その間も気温は刻一刻と低下し、半径一キロ周囲は氷点下の摂氏マイナス七度、半径三
キロ周囲では零度、二十三区内でも五度から九度と真冬のような低温を記録していた。
 氷柱周辺の気温はたったの半日で三十度以上も低下していたのである。
 路面は凍結し、武蔵野市内ではこの一晩の間に交通事故が二十三件も発生し、昨夜未明
から降り出した雪は既に積雪量十センチを記録していた。
 街を出歩く住民の数は急に減少し、慌てて引っ張り出してきたコートに身を包んだ市民
達は言葉少なに、足元を注意しながら灰色の重たい空に気が滅入るような気分で、とぼと
ぼと歩いていく。
 交通機関も降雪のため徐々にダイヤが乱れ始め、処理が追いかない事故現場では、破損
した自動車が今だ撤去されずに放置され、ひどい交通渋滞が発生していた。
「天気予報をお伝えします。現在東京方面を覆う分厚く非常に冷たい寒気団は、東京上空
で停滞しほとんど移動していません。そのため東京の気温は大変低下していますので、防
寒具の用意を忘れないで下さい。
 この寒気団は時間を追うごとに規模を増し、現在朝の八時の時点では、千葉市や横浜市
もこの寒気団の影響下にあります……」

 午前十時。小笠原の屋敷周辺の気温は摂氏マイナス十五度を突破し、積雪量も関数的な
勢いで上昇していく。
 それに伴って氷柱は自身の体積を増加させ、この時点では最高点の高さは七十メートル
を超えていた。屋敷の敷地の大部分は氷柱に飲み込まれ、屋敷の瓦礫の大部分も氷柱や雪
の下敷きとなっていた。
 市街地の地下を網の目に網羅している水道管は、凍結防止の処理が施されておらず、そ
れらはことごとく凍結し、水道管の破裂があちこちで把握しきれないほど発生していた。
 午前十二時、二十三区内の気温もとうとう氷点下まで下がり、摂氏マイナス二度を記録
していた。降雪はやがて風雪に変わり、強風と共に降り止まない雪が猛烈な勢いで舞って
いる。
 山手線を初めとする各種鉄道や、都営バス等のダイヤは最大で一時間も遅れていた。
 午後二時、家庭に備わっている暖房器具では追いつけないほどの勢いで気温が低下し、
氷柱周辺半径一キロでは気温がマイナス二十五度、武蔵野市内の平均気温はマイナス二十
二度と、わずか二十時間で気温が四十度以上低下していた。

 病室のテレビを見ている。どのチャンネルでもさっきからずっと同じ内容の番組しか放
送していない。
「私は、新宿区の東京都庁前に来ておりますが、この強い風雪のため自動車の運転が不可
能な状態になっています。JRを初めとする鉄道各路線も運転を見合わせており、駅ホー
ムでは多数の市民が足止めされています。また、都内の高速道路も全面通行禁止となって
おり都内各地で交通マヒが発生しています。
 降雪の特にひどい武蔵野市内の積雪量は七十二センチを超え、雪の重みによる住宅の崩
壊が十二件発生している模様です。除雪に関しては各地方自治体の指示に従って行ってく
ださい……」
 この病室も暖房を最大にしているけれども肌寒い。朝から祥子がまたお見舞いに来てく
れるはずだったけれど、この吹雪のせいで宿泊先のホテルからまだ出られないらしい。
 外の吹雪はひどい。さっきから雪が窓ガラスに叩きつけるように降っている。これは、
降るというより吹き付けると言ったほうが適切かもしれない。
 がちゃり、とドアが開いた。そこにはブラウンとホワイトの二人が立っていたけれど、
黒いスーツには雪があちこちに張り付き、溶け出した雪がスーツに染みを作っている。
「まずいことになった」
 ブラウンは眉間に皺をよせてそう切り出した。
「この吹雪、あんたの後輩がしでかしたものだけど、俺達が思っていた以上に進行が早い。
このままの調子で行けばあと半日もかからないうちに東京は雪で閉ざされる。だから俺達
は氷柱の破壊を実行することにした。あんたも来るか?」
「行くよ。行って祐巳ちゃんを止める」
 せっかく力を手に入れたんだから、祐巳ちゃんを止めなきゃ。そう思った私は即答した。
「行くぞ」
 短くそう言ったブラウンは部屋を出、ホワイトも後に続いた。
 体の傷は、珠の力のおかげなのか一晩眠ればすっかり治っていた。だからもう休む必要
は無い。私はホワイトの後に付いて冷たい空気で満たされている廊下を歩いていった。

 外の吹雪は窓の内側から見るよりもずっとひどかった。台風のような猛烈な暴風に、叩
きつけるような激しい雪。病院の周辺には除雪された雪が壁のようにうず高く積まれてい
る。
 視界はものすごく悪く、しかも薄暗い。確か時刻は午後二時過ぎだったと思うけれど、
とてもそんな時間帯の明るさには思えなかった。
 ブラウン達はそんな悪天候なんて気にすることも無く、最短距離で祐巳ちゃんのいる小
笠原の屋敷を目指す。私も彼らの後を追って車の流れが止まっている道路を疾走する。
 速い。力を得る前と後では、身体能力が段違いに上がってるのが分かる。心臓から送ら
れてくる膨大なエネルギーを全身で感じながら走った。
 暴れる白い世界の中にぼんやりと浮かび上がる尖塔の墓標。それが祐巳ちゃんの眠る氷
柱だ。
 全く息を切らすことなく小笠原の屋敷へと到着した。もう見上げるほどに巨大化してい
る氷柱。これが、この異常気象の根源。
「とにかくありったけの力をぶつけて破壊するしかない。やるぞ」
 ブラウンの、非常に原始的ながらも直接的な解決方法でもって破壊を試みる。
 しかし、その前に私には大きな問題があった。私には力の使い方や、自分の能力が全く
分からない。
「ちょっと待って、力をぶつけるってそれどうやればいいの?」
「そうだな、オレの刀や、ホワイトの銃みたいに分かりやすい武器を使うのが手っ取り早
いけれど、あんたの場合何がいいか……」
「素手でいいんじゃない?」
 ホワイトが簡単にそんなことを言い出した。武器が素手? 運動は苦手じゃなかったけ
れど、格闘技の経験なんて全く無い。
「今はそれでいこう。使う武器は後でじっくりと考えればいい。力の使い方は一言で言え
ば『イメージ』だ。頭の中に描いたイメージが具現化する。強いイメージを描けばそれだ
けで単純な攻撃力は高まる」
 仕方ない、やるしかないか。私は頭の中で左手に力が集まるようにイメージしてみる。
すると、左手の拳が金色に光り始めた。
「あんた……。ま、まぁそんな感じでやればいいさ」
 土の鎧で完全装備したブラウンは二本の刀を両手に持ち、真っ白な光に包まれたホワイ
トは二丁の銃を構える。
 左手が熱くなるほどの力を集め、そして私は氷柱へ向かって拳を振りぬいた。すると金
色の光の塊が砲弾のように発射されたが……。
「嘘っ!?」
 ブラウンが放った隕石のように巨大な土の塊や、ホワイトの銃から撃ち出された二つの
白い巨光、そして私の金色の砲弾いずれも青い光の壁に跳ね返され、てんで検討はずれな
場所へと着弾し、盛大に雪と瓦礫と土砂を巻き上げた。
「跳ね返っちゃうんだぁ……」
「くそっ……、もう一回やってみるぞ」
 もう一度力を左手に集め、金色の砲弾を撃ったけれども、結果は三人とも同じく青い光
の壁に阻まれ直撃ならず。これは物理的な力では破壊できないのかもしれない。
 私達は一旦破壊を諦めて、ブラウン達のマンションへと戻ることにした。

 ブラウン達のマンションへ向かう途中、雪の重みで潰れた民家を幾つも見た。早く祐巳
ちゃんを止めなければもっと大きな被害が出る。けれど、直接破壊できない。どうすれば
いいんだろうか。
 最上階の十回、1010号室。ここへ来るのはこれで二度目。ここへ初めて訪れてから
実はまだ一日しか経っていない。この一日の間にあまりにも色々なことが起こり過ぎて、
私の頭はいっぱいいっぱいだ。
 部屋の中は昨日と変わってなく、違うことといえばこの異様に低い気温だけだった。珠
の力のおかげなのか、あまり寒さを感じないのが救いだ。吐く息は真っ白で、肌が寒さに
突っ張っているようだ。
「とにかくあんた、服を着てくれ」
 今の今まで気が付かなかったけれど、私の服装は物凄いものだった。
 巻かれたままの包帯に、病院の患者用の寝巻きのまま。そして裸足ときたらそれは寒い
はずだ。というか、何でそれで風邪を引かないのか自分の体が逆に心配になった。
 クローゼット開けると中にはブラウンやホワイトが着ているスーツと同じデザインのも
のが何着も入っている。そこからブラウンと同じサイズのものを選び、ホワイトの部屋で
着替えることになった。
「はぁい、こっから先は男子禁制だよぉ。覗いたら殺っちゃうからねぇ」
 可愛らしい笑みを浮べながら、ものすごい脅し文句をブラウンに叩き付けた。
「はん。誰が覗くかよ。さっさと着替えろバカ」
 ホワイトの部屋はリビングと同じく殺風景なもので、女の子らしさというものが無い。
彼女の性格からすると、もっと賑やかな部屋を想像していたから意外だった。
 着替えが終り部屋から出るとリビングのテーブルにはホットコーヒーの入ったカップが
三つ置いてある。
 ブラウンが入れたんだろう。割とぶっきらぼうな物言いなのに、変にこういった気が利
くのがなんとなくお茶目な感じがする。
「さて、昨日出来なかった説明を簡単にするぞ。これを知っておかないと、あんたも実戦
で困るだろうからな」
 ブラウンはコーヒーをすすりながら話始めた。 「まず『親和性』という単語だ。これは力の供給元である星、まぁ地球のことなんだが、
星とどれぐらい同調できるかって話だ。コレが高ければ高いほど、より多くの力を引き出
すことが出来る。オレが見たところあんたの親和性はかなり高い。いや、最高クラスだと
思う。これが高いと引き出せる力の量が多くなるとは言ったが、多くなればなるほどその
扱いが難しくなる。過剰な力は自身の身を滅ぼしかねない危険なものだということは知っ
ておいてくれ」
「ということは、私は全力を出し過ぎるなってこと?」
 カップのコーヒーをぐいっと飲み干したブラウンは、カップをテーブルに置き私の顔を
見て話を続ける。
「全力を出し過ぎるなというよりか、限界を超えるな、というほうが正確だな」
 過ぎたる力は己を滅ぼす……か。一瞬の油断が死に直結する生活、力の代償が私の命と
いうことなんだろう。
「次にあんたの能力のことなんだけどな、あんたの金色は『全能』だ。簡単に言えば何で
も出来るんだ。非常に珍しい色だから詳しいことはオレもホワイトも知らない。あんたが
自分で見つけ出して使うしかない」
 江利子みたいなタイプの能力だな。江利子の場合は自分の限界を分かっているけれど、
私の『全能』は、限界がよく分からない。すごい掴みにくい能力だなこれは。
「本題に入るぞ。あの氷柱はさっきやってのとおり、外からの攻撃は受け付けない……」
「そうだよねぇ。私達は主に攻撃しか出来ないから、あの手の敵はやりにくいなぁ。何か
いい案あるお姉さん?」
 もしあれが何かの蛹だとしたら、外からじゃなくて内側から破壊すれば解決出来るかも
しれない。あくまで仮定の話だけど。
「外からじゃ無理ならば、内側から破壊するしかないでしょ。それには私の『全能』を使
って、祐巳ちゃんの内側から珠の力を解除するしかないんじゃないの」
「内側? なるほど、精神世界か。そんなものがあればの話だけど、やるしかないか」
 とにかく祐巳ちゃんから、珠の力を引き剥がすことが出来ればいいんだ。
 そのためならば、何だってするし何処へでも行く覚悟があった。
 待ってて祐巳ちゃん。今から行くからね。

To be continued→