「君のいる世界」


Written by ユラ



 見事に満開な桜が立ち並び、心地良い陽気に誘われ、弾む人々の談笑で賑わう河川敷。
舞い散る桜の花びらは文字通り吹雪のよう。時折吹く柔らかな風が花びらを空へと舞わせ、
やがては目に染みるような鮮やかな草むらや、たゆたう河の流れに薄桃色の絨毯を盛大に
展開していた。

 気持ちがいいぐらい澄み渡った真っ青な晴天。時刻は十二時を少し過ぎたあたり。私の
目の前で、祐巳ちゃんは太い桜の木の根元に体を預け柔らかく微笑んでいる。

「今日は本当にいい天気で良かったですね」

「そうだよね。天気予報では曇るって言ってたのにねぇ」

 祐巳ちゃんと花見に来れたのが嬉しくてついつい顔が緩んでしまう。今日、この花見は
突発的なもので、本当は別な予定があったのだけど、あんまりにも天気がよかったので、
「行こう!」というわけで来てしまったのだ。

「天気は良いしぽかぽか温かいしお昼の後なので眠たくなっちゃいますね」

 そう言って祐巳ちゃんは小さなあくびを一つした。ついさっき昼食を食べたばかり、し
かもこの気持ちのよい気候。私にはどうしても勝てないものがある。それは眠気。だから
実は私もかなり眠い。でももし、私より先に祐巳ちゃんが寝ちゃったらその時はね。

「食べて直ぐに寝ると牛になっちゃうよん」

 冗談でこんなことを口にして、私は側においてある缶ビールの缶に手を伸ばし、ぐいっ
とそれを喉に流し込んだ。どちらかと言えば甘いものよりも辛いものが好きな私にはビー
ルの苦味は全く苦にならず、むしろそれが旨いのだけど、前に祐巳ちゃんに飲ませてみた
ら、「苦苦ですよ聖さまぁ」と涙目になってた。可愛い。

「ぷはぁ。旨い。花見酒はいいもんですなぁ」

「まるでオヤジじゃないですか。あははは」

 体中に程よくアルコールが回り、私は出来上がっちゃってるのかもしれない。でも、そ
んなことはこの絶景を目の前にすれば些細なこと、だよね。

 私達のほかにもたくさんの人が、ビニールシートを広げ思い思いに花見を楽しんでいた。
私は薄桃色の水面のゆっくりとした流れを見やり、そして祐巳ちゃんのうつらうつらして
いる様子を眺めて楽しんでいた。

 祐巳ちゃんはこの二年足らずでものすごく成長したと本当にそう思う。今年度から「薔
薇さま」としてリリアンを引っ張って行ける力量は備わっていると思う。だからといって
私は「あとは自分一人で頑張れ」と、突き放したりはしないつもりだ。何か困ったことが
あれば、真っ先に駆けつけてあげたい。これは紛れも無く私の本心。祐巳ちゃんは問題を
自分一人で抱え込んで悩んでしまう。だから人に頼るってことをもう少し教えてあげたい。
まぁ、悪い虫が付かないように見張らないとね。悪い奴にはメガトンパンチで鉄拳制裁、
なぁんてね。

「すいません聖さま、少しだけ休んでも構わないですか」

「それはいいけど、私の目の前で眠るって覚悟がいるんだけどその辺りはどうなのよ?」

 私の言葉の意味を理解した祐巳ちゃんの顔は一瞬で引き締まり、慌て始めた。もう反則
的に可愛いなぁ。

「え? いや、あのその、ここはまずいですって聖さま」

 手を振ってダメですよ、慌てる祐巳ちゃん。分かってないな。私みたいな人間にそんな
ことを言うのは逆に刺激しちゃうのに。

「私は別に何処でも構わないよ」

 半ば本気そんなことを言ってみると顔を赤らめ恥かしがっている。あまりいじめるのも
可哀相だから、このあたりで勘弁してあげた。

「嘘嘘。冗談だから。一時間経ったら起こしてあげるからね」

「すいません。では少しの間だけ」

 よほど眠気が強かったのか、祐巳ちゃんはあっという間に寝息を立て始めた。桜の花び
らが頬に張り付いているのでそっと摘んで放った。あんまりにも気持ちよさそうに眠る祐
巳にゃんの顔を間近にし、私は思わずドキッとしてしまった。本当に今すぐここで食べち
ゃいそうになる衝動をぐっと押し殺し、缶ビールを飲み干して河の流れを見つめていた。



 私はいつの間にか眠っていたらしい。目が覚めてみると回りには誰もいない。そう、祐
巳ちゃんも含めて。

「祐巳ちゃ〜ん!!」

 大声で名前を呼んでみても何の返事も反応も無い。桜の花びらだけがさっきと同じよう
に舞っていた。ここで立ち尽くしていても何も解決しないので、祐巳ちゃんを捜し始めた。

 いったいどれぐらい走ったのだろうか。その間に誰にも出会わず、「時の流れ」という
ものが感じられない。携帯の電波は圏外で、時刻は「00:00」のまま一分も進んでい
ない。ここはさっきまでいた場所でない、別などこかなんだろうか。私は元の場所へ戻れ
るんだろうか。祐巳ちゃんがいなくなってしまった世界なんて……。

 疲労や焦燥、不安といった様々な要素が入り混じり、私は道端に座り込んでしまった。
伽藍堂になった空っぽな私を埋めてくれた祐巳ちゃんがいなくなってしまった。そんな世
界でなんて生きていても意味が無い。そんな風に悲観にくれていた私の耳に、誰かの足音
が入ってきた。

 こつ、こつと革靴の硬い音が私の後ろから徐々に大きくなって聞こえてくる。振り返っ
て誰なのか確かめてみた。

「私?」

 髪が長かった頃の私が、リリアンの制服を着て、無表情のまま私を見据えながらこっち
へ歩いてくる。バッサリ髪を切ってからもう二年半ほど。今更何故そんな私の幻覚を。

「ごきげんよう」

 私から五メートルほど手前で歩みを止め昔の私は挨拶をした。昔の自分の姿を見せられ
るのは非常に気味が悪い。声まで同じだ。ということはもう疑いようが無い。

「ごきげんよう。これは一体どういう冗談なのかしら」

「この季節になればあの子のことが思い起こされるのだけど……」

 「あの子」とは多分栞のことだろう。栞と出会ったのは今よりもうすこし後の四月の終
わり頃だったはず。

「福沢祐巳さん、素敵な子ね」

「当然」

 昔の私は視線を流れる河へと移しさらに続けた。

「あの子を裏切るような真似したら私は絶対に許さないから」

 なんだ、そんなことか。そんなことで心配してもらう必要なんて全く無い。時間という
ものは人を変える。それが良いか悪いかは別だけど。そして私は変わった。いや、それは
正しくないな。そう、変えてもらったという方が正しい。当然変えてくれたのは祐巳ちゃ
んだ。

「栞のことで心配されるなんて、そんなに私は危なっかしく見えるのかしら」

「そうね、私はあなただから分かる。心配ないって。でも……」

 視線を再び私に戻した昔の私はさっきより強い声で言った。

「あなたの中の栞は一生消えない。そして消してはならない。栞は私が引き受けるから、
あなたは祐巳さんに全力を尽くしなさい。もし、それが出来ないならば側にいるべきでは
ない」

 強い風が大量の花びらを舞い上げた。視界の大部分が薄桃色に占められる。

「側にいるべきではない、か……。それはそうだ」

 私はからからと声を上げて笑った。

「でも逃げるわけにはいかないね。私はもう間違えない。そして一生彼女を放さない」

「そう、分かったわ。あくまでこれは保険だったから答えなんて分かりきっていたけど、
あなたの口からはっきりと聞けて良かった。さて、もう時間だから行くわ」

「そう、もう会うことは無いだろうけど。ごきげんよう」

「えぇ、そうね。ごきげんよう」




「聖さま!!」

 祐巳ちゃんの叫びにも似た声で、意識は一気に現実へと戻ってきた。祐巳ちゃん様子が
おかしい。何か悪い夢でも見たのだろうか。

「ん……祐巳ちゃん?」

「あれは……夢??」

 呆けたように呟く祐巳ちゃん。眠っている間に何を見たと言うんだろう。

「さっきまで昔の聖さまの夢を見てたんです」

「私の夢?」

 そんな馬鹿な。もしかして私と祐巳ちゃんは同じものを見たというのか。全く昔の私ら
しくない気の回しようだ。

「あの子は私が受け持つって言ってました。あと、聖さまがあの子のことを意識したら、
殴ってやれって言われました」

 祐巳ちゃんに何を言ったんだ昔の私は?

「殴れってホントに私が言ったの?」

「はい、そうです」

   桜の花びらが祐巳ちゃんの髪に張り付き、それを優しく摘んで放った。

「おいおいそんな余計な心配しなくていいよ。だって私は……」

「私は?」

 私の顔を少し心配そうに見つめる祐巳ちゃん。

「祐巳ちゃんに夢中だから!!」

 溢れる愛おしさを全開に私は祐巳ちゃんに抱きついた。

「もう聖さまったらこんなところで」

 そうは言うけれど祐巳ちゃんには怒っている様子は微塵も無く、むしろ穏やかに微笑ん
でいた。

「過去に縛られること無くまた過去を蔑ろにしないで生きていこう。それが未来ってもん
でしょう?」






FIN

初版2006年4月8日


作後贅言

この作品は、鯨さまの「Natural&Free」に寄贈させていただいた『あなたのいる世界』と

いう作品と対になるものです。いわば聖さまサイドといったところでしょうか。

執筆時点では満開の桜が綺麗で、感銘を受けた私は早速筆を走らせてみました。

パワーギャグがスタンダードな私ですが、たまにはこういった作品もアリですよね?(笑


それでは、また

ユラ