「幻想追跡」
Written by ユラ
テレビの電源が入るかのように私の視界が黒から白へと変わった。
確か私はベッドで眠っていたはず。なのにここは……壁も天井も全てが白一色。真っ直
ぐに続く廊下は先が見えにほどに長い。後ろを振り向いても同じぐらいの長さの廊下が続
いていた。左右対称に配置されたドアが等間隔で並んでいる。扉の数は、数えようという
気にならないぐらいに多い。
「ここは夢の中?」
ひとりごちみてた。誰も、そして何の反応も返ってこない。一人ぼっちだった。
ここでぼっとしていても何も解決しなさそうなので、一番近いドアを開けてみることに
した。
ノブを握りそっと回す。ぎぃと微かに軋む音。ゆっくりと開いたその先には聖がいた。
殺風景という表現すら温いような部屋。なぜならば、ここには黒いイスが一つ中央に置い
てあるだけなのだ。聖はそれに足を組みながら座っている。さらにこの部屋には窓が無い
ので、時間の感覚が全然掴めない。
「やっ、ようこそ我が館へ」
イスから立ち上がることも無く口だけ動かして聖はそう言った。
「聖、一体ここは何所なの? どうして私やあなたがこんな場所にいるの?」
「まぁ落ち着こう。ね、蓉子」
「私はさっきから落ち着いているわ」
そうは言ってみたものの、実のところ私の内心はそう穏やかなものではなかった。誰だ
ってこんな訳の分からない状況に遭遇すれば、少なからず動揺なり何なりすると思う。
「それでここは一体何なの?」
「蓉子、私の話聞いてた? もう一度言うよ。ここは私の館」
佐藤聖、リリアン女子大に通う学生。一人暮らし。当然館なんて持てる財力は無い。そ
れなのに聖は平然とそんなことを言う。私の質問と聖の回答が噛み合っていない。
「分かったわ。ここはあなたの館。それは百歩譲って納得するとしましょう。それならば
私がいる理由は何? 何のために呼ばれたのかしら?」
「私は呼んじゃいないよ。蓉子が勝手に来たんじゃないの?」
私が勝手にこの館へとやって来た、という。そんな訳が無い。そもそも私は知らない。こ
の館の所在地おろか存在すら知らなかったのにどうやって来たというのだろう。
私はずっとドアの側に立っていたことに気付き、扉を後ろ手で閉めつかつかと中に入っ
た。聖と私の間隔は触れ合えるぐらいにまで近い。
「ちゃんと説明して。私は知らなかったのよ」
「それは当然だと思うよ。だって教えていなかったもの」
私の混乱は益々度合いを深めるばかり。事の当事者であろう聖も、質問に答えてはいる
ようだけど聞けば聞くほど訳が分からなくなる。
「聖!!」
肩を掴もうと思った私の右手はイスの背もたれを掴んでいた。
目の前にいた聖は幻の様に消えてしまった。
部屋の左右を見回し後ろも振り返る。でもいない。影も形もなくなっていた。
「どこに行ったのよ!」
聖が私の目の前からいなくなるや否や、胸の奥からとある感情が少しずつ形を作ってい
き、それは色を持ち輪郭が形成されていく。これは寂しさとも、空虚感ともいえる灰色の
ようなものだった。
「蓉子、私を追いかけて。そして掴まえてよ」
聖の声だけが部屋に響いた。
「聖! どこにいるのよ。出てきなさい!」
でも返事は返ってこなかった。この部屋にいても仕方ないので、ドアを開けて廊下に出
ると、聖が別な部屋に入る姿を見かけた。ここから数十メートルは離れている。
「待ちなさい」
聖の入ったと思う部屋の前まで走った。遠くから見たのでこの部屋かどうかは判別しき
れないけれども、私は聖を「追いかける」つもりだった。だから、躊躇することなく扉を
開いた。
「…………」
そこには無言無表情微動だにせず立ち尽くす聖がいた。けれども……聖の髪が長かった。
「どうしたの。私に何か用なの?」
聖の形を人形が喋っているいるみたいに思えた。そう、確か昔のといっても二年ほど前
の聖はこんな感じだった。そこにいるだけで周りを傷つけうるナイフのような存在。
「そう。用があるの。私はあなたを追いかけているのだから」
「…………」
何も答えない。そして表情も変わっていない。瞬きはしているけれど、その他の動きが
ない。射抜くように鋭い眼差しを向ける聖。そう、私が何かにつけて構ってあげるといつ
も迷惑そうにこんな顔をしていた。あの頃は本当に嫌われていたんだと思う。
「私は迷惑かしら?」
「えぇ。迷惑よ。迷惑だけれど……」
聖は言葉に詰まり床に視線を向けた。
「蓉子、あなたが探しているのは私じゃない。他を当たってくれる?」
そう。私が探している聖と今の彼女はとは違う。同じだけれども違う。
「そうね。別を当たってみるわ。それではごきげんよう」
私はいつの間にやらこの状況に慣れてしまっていたのか、思いのほか冷静だった。聖に
背を向けて私はこの部屋を出た。
右を見ても左を見ても同じ廊下。自分がどっちから来たのか分からなくなってしまいそ
うになる。
私は右隣の部屋を開けてみた。どの部屋の内装も同じ。装飾は一切無く窓も無い。ある
のは黒いイスが一つだけ。これじゃあまるで……牢獄じゃないの。
「ごきげんよう蓉子」
黒いイスにどっかと腰を掛けているのは聖だった。でもこの髪の長さ、そして身にまと
う雰囲気からしておそらく三年生の頃の聖だと思う。丁寧にも制服姿だった。
「残念だけれども私が追いかけているのはあなたではないの」
「ホントに? 私は私なんだけどなぁ」
この頃の聖は、二年の時とはまるで別人なようだったけれども本質はそう変わっていな
かったように思う。上辺は全く変わってしまっていたけれど、「不安定でひどく傷つき易
く脆い存在」には違いなかった。これはあくまで私見なのだけれども、聖を知る人に当時
の印象を聞いてみればおおよそ似たような答えが返ってくるはず。
「そうか。残念だね」
「えぇ。それじゃあ私は行くから」
「うん。分かった。行ってらっしゃい蓉子」
聖は座ったままバイバイと左手を振った。私も小さくだけど手を振り返した。
部屋を出た私はこの右隣の扉を開けてみた。
そこには聖がいた。いつも見慣れた。しかし、何故だか分からないけれどドアに背を向
けて壁を眺めているように見えた。無機質な白い壁には何か描かれているというわけでは
ない。
「聖。やっと見つけたわ」
「ありゃ。見つけられちゃったか」
振り向いた聖は何やら複雑な表情をしていた。嬉しさに寂しさや悲しさが若干混じった
と言えばいいのだろうか。聖は一瞬私の顔を見た後、俯いてしまった
「さて、一体どういうことなのか説明してもらいましょうか。この妙な館と私がここにい
る理由を」
「蓉子もつまらないことにこだわるよなぁ。別にそんなことはどうでもいいじゃないの。
重要なのは蓉子自身なのに」
私が重要? どういうことなのか分からない。
「聖、どうか私の質問にこたえてくれないかしら」
「蓉子はすごく気が利くのに変に鈍いところがあるんだよね。分かった。そんな蓉子には
ハッキリと言ってあげましょう」
顔を上げた聖の眼差しと私の視線が絡み合った。
「私のコト好き?」
何を今更そんなことを言うのだろう。全くもって真意が掴めない。当然私は……
「いい蓉子、佐藤聖という人間は刃物みたく皆を傷つけるし、一旦のめり込むと周りなん
て全然見えなくなるし、軽薄が服着て歩いているようなヤツなんだよ。それでも蓉子は」
私はつかつかと歩いて聖に近づきそして
「よ、蓉子!?」
聖を力いっぱい抱きしめた。
「バカ。聖のバカ。それ以上何か言ったら本気で怒るから」
「蓉子? もしかして……」
「泣いてなんかいないわよ。誰が泣くものですか。そんなことを心配してこんな回りくど
いことを。全然いつものあなたらしくないじゃない。ほら、いつもみたいに笑ってよ。本
来私はこういった役には向かないのだから」
「ゴメンね蓉子。そりゃそうか。ふふ、あはははははは。いやぁ全く私らしくないったら
ありゃしないね」
「自分が相応しいかどうかなんて考えなくてもいいの。そんなこと言われてしまったら、
私の人を見る目が無いってことになるじゃない」
「そうだね。ゴメン。私が悪かった。さてと、そろそろ帰りますか」
私は自分から聖と手を繋ぎ、私達はこの味気の無い部屋から出ることにした。
扉の向こうは色彩に溢れた日常の世界、そう、聖の部屋だった。私は後で、聖のために
コーヒーを淹れてあげようと思う。
FIN
初版2006年6月6日
作後贅言
今回は甘い作品です。が、しかし、嫌味の無い甘さを目指してみました皆様のお口に合い
ましたでしょうか??
おそらく純粋な聖蓉作品はこれが初めてなのではないでしょうか? 気に入っていただけ
ると幸いです。
それでは、また。
ユラ
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