「私を壊したのは貴女」


Written by ユラ



 私を壊したのはあの人だ。でもあの人には悪気なんて無い、それがかえって厄介だ。

 そう、あの人は私から見れば無邪気過ぎるように思う。聞くところによるとあの人は幼
稚舎の頃からこのリリアンに通っているという。その一方私は幼稚園、小、中学全て地元
の公立でかつ共学だったから、私とあの人とではモノの考え方から、価値観、住んでいる
世界が違う。

 もしかして私が壊れてしまったのは必然なのかもしれない。運命と呼ぶにはちょっと大
げさな気もするから、必然という言葉の方がしっくりきそうだ。

 私とあの人とは出会うべくしてであった月と太陽なんだろう。


 薔薇の館の二階。山百合会のメンバーが集うこのサロンには私と祐巳さまの二人きり。
他のメンバーは私用や部活動、委員会といった理由で今日はどうやら来れないらしい。そ
ういう事情のため祐巳さまと二人きりという珍しい状況になってしまった。

「乃梨子ちゃんって格好いいよね」

 祐巳さまはミルクティーを一口すすってからこんなことを言い出した。私の何が格好い
いのと言うのだろう。何か特徴があるわけでもないのに。

「格好いい、ですか?」

「うん。だってしっかりしてるし落ち着いてるから。そう大人って言えばいいかな」

 一人でうん、と頷いて納得する祐巳さま。

「祐巳さま、それは『冷めてる』とも言えるんですよ。何事にも熱くなれないつまらない
人間だと」

 私はわざと意地の悪いことを言ってみた。

「乃梨子ちゃんあのね、それは取り様だよ。大人びてるイコール冷めてるとは限らないの。
私もどう言ったらいいのか分からないけれど、乃梨子ちゃんは素敵ってこと」

「私にはそんな言葉似合いませんから……」

 私はそう切り返すのが精一杯で、正直この時から祐巳さまには敵わないのかもしれない
と思った。


 そんなやり取り以来私と祐巳さまだけになる日がちょくちょく見られるようになった。
果たしてこれは偶然なのかどうか判然としはしなかったけれども、決して居心地が悪いと
いうわけでは無かった。それは揺ぎ無い事実だった。

「乃梨子ちゃんってお姉さんだったよね」

「はい、妹がいますが」

「なんかこうしてるとどっちが年上か分かんないね」

 そんなことを言って祐巳さまは一人で、あははと笑って砂糖たっぷりのインスタントの
コーヒーを口にする。

「うん、乃梨子ちゃんの入れてくれたコーヒー美味しいよ」

 その笑顔は反則だと思った。どうすればそんな風に笑えるんだろう。私の笑顔は硬いと
よく言われるので、祐巳さまの笑顔はとりわけ眩しかった。

「そうだ、お礼に私も何か飲み物作ってあげるからちょっと待ってて」

「あ、いいえ私は結構ですから」

 私がそう断っても祐巳さまは、いいから遠慮しないの、と言って流しへ向かってしまっ
た。やっぱり祐巳さまには敵わない。

 祐巳さまの入れてくれたアイスティーはちょっぴり甘さが強かったけれども美味しくい
ただけた。

「アイスティーごちそうさまでした」

「いいのいいの。乃梨子ちゃんには世話になりっぱなしだからたまにはね」

 そう言って微笑む祐巳さま。こうして私は少しずつ無邪気な毒気――若干きつい表現で
はあるけれども決して悪い意味ではない――に当てられていくに連れて私の硬い殻に少し
ずつヒビが入っていった。

 このリリアンは大学への通過点に過ぎないとして、友好関係を割とぞんざいに扱ってき
た私には祐巳さまはイレギュラーな存在だった。でもそれを嫌だと思わなくなっている自
分に気が付いたときにはショックだった。「私」というものがこんな簡単に変質してしま
うなんて。


「夏休みさ、一緒に何処かへ出かけない?」

 夏休みを目前に控えた七月のある日、唐突に、何の前触れも無く祐巳さまはそんなこと
を言い出した。

「私が、祐巳さまとですか?」

「うんそう。他に誰がいるって言うの?」

 疑問文を疑問文で返されても困るのだけど、律儀にもそれに答えてしまう自分がいた。

「いえ、他に誰がと言われても……いませんね」

 そう、ここは薔薇の舘ではない。学校にある聖堂の裏側のちょっとした空間で、この場
所が祐巳さまとの二人だけの秘密の場所だった。だから当然ここには私と祐巳さま以外に
誰もいない。

 よってこの場合の「いない」は二つの意味がある。ここは私達以外に誰も「いない」、
祐巳さまと一緒に出かけるのは私以外に「いない」の二つ。

「そういうこと。何処がいいかな。乃梨子ちゃんの行きたいところで構わないよ。でも海
外旅行とかは勘弁してね」

「私も何処でも構わないです。祐巳さまが決めた場所で」

 人差し指を唇に当てて考えるそぶりを見せた祐巳さまはこんなことを提案した。

「じゃあ乃梨子ちゃんの家」

「なっ……! どうしてよりによって私の家なんですか!?」

 こんな時には百面相が脅威となる。自身では何も言わずとも言いたいことが伝わるのだ
から。祐巳さまは口には出さないものの「何処でもいいって言ったのに」と言っている。

「いえ、そういう訳ではなくて、私の家なんか来てもつまらないですから」

「乃梨子ちゃんはつまらなくても私にはつまるからいいでしょ?」

 それを言われてしまうと困る。やっぱり祐巳さまには敵わない。

「本当にいいんですか? 何も無い普通なマンションですけど」

「無問題(モウマンタイ)!!」

 私には「有問題」だったけれどもそんな笑顔で言われたら断れるはずがない。ある意味
祐巳さまは私にとって天敵なのかもしれない。


 私は祐巳さまに壊された。だから壊した責任をきちんと取ってもらわなければ。だから
祐巳さまが卒業するまでの間ずっと側にくっついて離れないから。



FIN



初版2006年3月25日


作後贅言

いかがでしたでしょうか? 私にとっては初のカップリングに挑戦してみた実験的作品と
相成りました。

私にとってはまだまだ未知の領域なため、まだまだ至らない点もあるかとおもいますが、
それは今後の課題ということにしましょう。というかさせて下さい(汗




それでは、また


ユラ