「聖さまのカレー OK take ver」


Written by 榎木津巽




 春という季節はスタートでもありゴールでもある。

 三年生は卒業し、四月になれば一年生が入ってくる。

 時の流れを止めることは決して出来ない。誰にも。人によっては速度感が異なるけれど、

流れる時の長さに違いは無い。

 一時間が一日のようにも感じられるし、一年前のことがつい先日起きたようにも思える

のだ。

 だからこの時期は殊更、日々精一杯、悔いの無いように生きていたいと強く思うのだっ

た。

 聖さまもあと二週間足らずで卒業してしまう。

 私が山百合会の一員として加わってからもう五ヶ月ほど。

 この五ヶ月という時間は、とても密度の濃い時間だったと思う。

 学園祭に、黄薔薇革命、いばらの森騒動、役員選挙、ワレンティーヌスの宝探し、イエ

ローローズ騒動、と良い悪い含めてイベントの目白押しだった。

 こうして聖さまと二人きりでお茶を飲む機会が、あと少ししかないと思うと、否が応で

も感傷的な気分になってしまう。あぁまずい、涙腺が緩んできた。

「あのね祐巳ちゃん。私が卒業する前にさ、ひとつ思い出作りしない?」

「はい!? あ、あの、もう一度お願いします」

「いやだからね、卒業まで残り少ないから私と思い出をつくろうじゃないかと、そう言っ

たんだよ」

 聖さまとの思い出を作る。すごく魅力的な提案だと思う。でも、一体何をしようと言う

んだろう。

「今日からしばらく、家に親がいないんだ。父親が大阪に出張、母親が付き添って三週間

ほど家を空けるの。そこで、せっかくの機会だから祐巳ちゃんを家にご招待しようかと思

った次第です。明日は休みだしいかがですかなお嬢さん?」

 聖さまの家にお泊り!? それは考えたことも無かった。いいのかな。私が泊まり行っ

ても。いくらご両親がいないといっても、少し気が引けてしまう。

「迷惑じゃないですか?」

「そんなわけないでしょ。遠慮は不要。つべこべいわずに、おねぇさんの家へ泊まりに来

なさい」

「はい。お世話になります」

 半分命令なかたちで、私のお泊りが決まった。聖さまの家に行くということに、あまり

実感が湧かなかったけれど、徐々に話を進めていくうちに、なんだかむくむくと嬉しさや

期待が膨らんでくる。

 これからの予定はこうだ。

 一度駅で別れた後、私は着替え一式を取りに戻り、聖さまは自宅へ。私が色々と用意を

している間に、聖さまは車で私の家へ迎えに来てくれるのだ。聖さまの運転はちょっと怖

いけど、せっかくの好意だから素直に受け取ることにした。

 佐藤運送は安全運転をモットーにしております、という聖さまの言葉を信じて。

 話が固まったところで、お母さんの許可をもらおうと家へ携帯電話で通話する。

 案の定、迷惑がかかるから帰って来いという反応が。そうなることは予想できていたの

で聖さまに、バトンタッチ。お母さんは聖さまを気に入っている上に、完璧な優等生モー

ドでの受け答え、だからあっけなく陥落した。

「祐巳ちゃん。オッケーだってさ。良かったね」

「はい、ありがとうございます!」

 なんと頼れる人なんだろうと、こういった時は現金ながら思ってしまうのだった。

 薔薇の館を出てからの足取りはとても軽やかだ。目の前に大きな楽しみがぶら下がって

いると、心が弾み、足も軽くなる。

「おや。かなり上機嫌だね」

「そりゃもう当然です」

 バスに乗り、駅に着いたのでひとまず解散する。

「しばらくしたら迎えに行くからね」

「はい。よろしくお願いします」

 こうして駅で別れた後、私はバスで自宅へと戻った。

 クローゼットから着替えなんかを引っ張り出し、一晩分の荷物をまとめているうちにイ

ンターホンが鳴った。

 部屋を出て下りてみると、玄関でお母さんと聖さまが話をしていた。

「準備オッケー?」

「はい。バッチリです」

「ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いしますね」

「大丈夫ですよ。祐巳ちゃんならば何も心配ありません」

 いよいよ聖さまの車に乗って出発だ。

 聖さまの家までの道中はお正月のときに比べて穏やかだった。佐藤運送は安全をモット

ーにしているというのはあながち間違いではなさそうだ。

 家まではおよそ十五分ほどで到着。駐車場に車を入れると、聖さまは玄関の鍵を開けた。

「はぁい、どうぞ中に入ってね」

「お邪魔します」

 家の中には明かりが点いておらず、人気が無い。聖さまは明かりを点けると、先に上が

って二階へと案内してくれた。

 三つあるうちの右奥が聖さまの私室だ。

「荷物は適当なところに置いていいからね」

「はい。分かりました」

 聖さまの部屋は、良く言えば質素、悪く言えば殺風景な部屋だった。装飾性に乏しく機

能性重視な色合いが強い。

「私は夕食を作るから、祐巳ちゃんはそれまでくつろいでてよ」

「いえいえ、私もお手伝いさせて下さい」

「だって祐巳ちゃんはお客さんだし、ね?」

「いいえ、そんなわけにはいきません」

「そぉ? じゃあ……手伝ってもらおうかな」

 というわけで、今晩のメニューのカレーを一緒に作ることになりました。

 二人きりで台所に立ってカレー作りをする。とても新鮮な感覚だ。流石に薔薇の館では

食事を作れる程の設備は無いしね。

 材料の下ごしらえを終わらせ、煮込みに入る。

 十分煮えたところでカレールーを入れた。スパイシーな香りが食欲を刺激する。

「祐巳ちゃんは甘いほうがいいよね?」

「そうですねぇ。辛いのはちょっと苦手です」

 聖さまは冷蔵庫から牛乳パックを取り出すと、鍋に適量注ぐ。曰く、辛さが控えめにな

るんだとか。

「美味しそうな匂いですねぇ」

「そりゃそうだよ。私達の愛の結晶なんだから美味しいに決まってるじゃない」

「えへへ。そう……ですよね」

 聖さまは鍋が焦げ付かないように適度な頻度でかき混ぜる。で、かき混ぜたらお玉を置

いて、そいて私を……

「うわぁあ!」

 横から抱きついた。

「聖さま。調理中は危ないですから」

「いやね、どうにも祐巳ちゃん分が切れちゃってね」

 何ですかそれは?? 聖さまは抱きつくことで、私からその「祐巳ちゃん分」とやらを

補っているらしい。

「ふぅ。満腹満腹」

 恍惚とした満足感にひたる聖さま。喜んでもらえたようなので、悪い気はしない。でも、

聖さまのことだからこれから先「祐巳ちゃん分」が切れる度に、所構わず抱きついてくる

と思うと不意に苦笑いがこぼれてしまった。

「じゃあお皿にご飯を盛り付けてくれるかな」

 盛り付けが終わり、出来立てホヤホヤのルーをかける。あぁ、いい感じだ。

「よ〜し出来上がり」

 テーブルにお皿を運び、スプーンも準備済み。

 私の横に聖さまが座る。

「じゃあいただこうか」

「はい、いただきます」

 スプーンですくって口へ運んでみる。丁度良い辛さ加減で、まろやかな味わい。塩辛く

もなく薄すぎることもない。お肉の旨みもたっぷりとルーに染み出ています。つまるとこ

ろ、とっても美味しい。

「素晴らしい出来栄えですよ聖さま」

「そう? お口に合ったならば嬉しいな」

 少しはしたないような気もしたけれど、ルーとご飯を一緒にかっとすくい、ぱくっと口

に入れる。スプーンを動かす手を止めたくなかった。

「ストップ祐巳ちゃん!」

「どうしたんですか聖さま!?」

 唐突な静止に思わず手を止める。

 聖さまは自分のお皿のカレーをすくい、それをなんと……

「え? あ、あの聖さまちょっとこれって!?」

「はい祐巳ちゃんあ〜んして」

「そんな、恥ずかしいですよ」

「いいからいいから。祐巳ちゃんあ〜んして」

「私はよくないですってば」

「………………」

 急に黙り込んだかと思うと、スプーンをお皿に放り投げるようにして置き、席を立とう

とする。

「ちょっと聖さま。分かりました。分かりましたから座ってください」

「えへへぇ。そうこなくちゃ」

 ずるいですよ。もぅ。

「はい、あ〜んして」

 口を少し開ける。

「あぁ、ダメダメ。もうちょっと大きく開けてくれないとスプーンが入らないじゃない」

 そんなこと言われても、私はあんまりにも恥ずかしくて顔から本当に火が出そうだ。

でも、なんとかもう少し開いてみる。

「よしよし。良く噛んで味わってね〜」

 聖さまに食べさせてもらっちゃいました。嬉しいやら恥ずかしいやらで感情が混線状態

です。

 全然余韻が収まらず、胸がドッキドキしたままだ。顔も熱い。でも、せっかくの思い出

作りの機会だから、普段やらないようなことをしちゃおうと今度は私が同じことをしてあ

げた。

「ん? そのスプーンは何?」

「聖さま、あーんして下さい。あーんって」

「いや、私は遠慮しておくよ」

「そうですか。聖さまは私との思い出を作りたくない、そうおっしゃるんですね。あぁ、

分かりました。それならば無理は言いません」

 ぷいっと、私はそっぽを向いた。

「ちょっとたんま。まずは落ち着こうよ祐巳ちゃん」

 いつもとは違う声色な聖さま。珍しく動揺してるみたいだ。

「じゃあ、あーんってして下さいよ」

 聖さまの方に向き直っておねだりしてみる。

「あのさ、えっと、ほら、なんだ、うん、まぁ……」

 ごにょごにょと言葉を濁す聖さまに、無言でずいっとスプーンを突き出してみてる。

「参ったなぁ。祐巳ちゃんには敵わないよ」

 苦笑いな表情でそう言うと、聖さまは私のスプーンのカレーライスを口にしてくれた。

「美味しいですか?」

「え? うん。おいしいよ〜」

 こんなに味わい深くて楽しい食事って始めてだった。聖さまにいっぱい感謝しなくちゃ。

 夕食を終えると、一緒にお風呂に入ったり、夜中の間お菓子をつまみながらずっとお喋

りしていたりと、一晩の間にとても沢山の思い出が作れたように思う。

「お世話になりました。すッごく楽しかったです」

 次の日の朝、車で家の前まで送ってもらった。

「いいよいいよ。そんな大したことはしてないんだし。卒業したら一人暮らしするつもり

だから、いつでも泊まりにきてオッケーよん」

「是非お邪魔させていただきますね」

「それじゃ、また」

 聖さまは自分の車に乗って、颯爽と去っていった。

 一泊しか出来なかったけど、私にとってはとってもとっても密度の濃い時間を過ごすこ

とが出来た。大満足です。

 今度お泊りするときは、一週間ぐらいやっかおうかなとか考えてしまった。

 考えただけでも楽しそうなアイデアだ。春休み、引越しが終わった後ぐらいに実行しち

ゃおうかと、半ば本気で案を練る私がいたのだった。










作後贅言

ご期待に沿えることが出来たのかすんごい心配です(苦笑

甘いのかそうでないのか、ちょいと味加減の分からないものが出来上がってしまいました

(汗

でも一番やりたいこと――「はい、あ〜んして」ってくだりです――は書けたので、それ

なりに自己満足しちゃっております。

鯨さま。リクエストありがとうございました。

それでは、また。