「三秒間」
Written by ユラ
「この時計を使用する事によって三秒間の間時を止める事が出来ます」
皆さんに問いたい。もし、自宅にこんな手紙と共に五百円玉サイズの小さな金色した懐
中時計が送られて来た場合、どう対応すれば良いのかと。
私、二条乃梨子の元にこの「時を止める事が出来るという懐中時計」が届いたのは、つ
い先刻のことだった。学校から帰ってくると差出人の名前すら書かれていない小包が、私
の机にぽつねんと置かれていたので、これについて菫子さんに聞いてみた。
「菫子さん、この荷物誰が送ってくれたものか知ってる?」
「さぁ。全然心当たり無いね。アタシはあんたの名前が書いてあったから受け取っただけ
だしね。これはリコが通販か何かで買ったものじゃないの?」
「それこそ心当たり無いよ」
結局送り主は不明なままだった。差出人不明というのも気味が悪いのだけど、中身は輪
をかけて気味が悪い。時間を止めるだなんて馬鹿げたものだ。しかし時計自体はちゃちな
物ではない。いや、むしろかなり高級な品だと思う。この懐中時計、蓋を開くと時計の盤
が見えるものだ。だから普段は、つまり蓋が閉じてある状態では表面に施された細工の美
しい代物である。この説明書みたいな手紙さえなければ多分大いに気に入っていたと思う。
さて、この説明書を鵜呑みにすれば私は三秒間の間時を止める事が出来るらしい。説明
書にはいくつか記述がなされていた。
・時を止めるには、この懐中時計の下部にあるつまみを引いて下さい。
・一度時間を止めてしまうと、その後三分間は時を止める事が出来ませんのでご注意下さ
い。
・この時計を叩き付ける等して破壊すると、最後に一度だけ十五秒間時を止める事が出来
ますが、修理を施しても時を止める機能は失われてしまいますので、緊急避難用として、
使用の際は十分に考慮して下さい。
この説明書によると、連続しての時間停止は不可能らしい。そしてぶっ壊すと最後に一
度だけ、十五秒間止める事が出来ると。
百聞は一見にしかず、というわけで私は自分の部屋でこの懐中時計の「時を止める」機
能を使ってみた。
カチッ
一秒経過。二秒経過。三秒経過。
しまった。使う場所が悪かった。動くものが無いと時が止まっているのか判断のしよう
が無い。しかし、この時計のつまみを引っ張ると部屋の空気が変わった、というか何かの
流れが滞ったような感覚がしたように思う。気のせいにはちょっと思えない。
部屋を出て居間に行く。そしてそこでテレビを点けてから、もう一度試してみることに
した。さっき試したのが六時二十二分、今が六時二十七分。三分以上経過しているので再
使用が可能なはず。台所では菫子さんが夕食の準備をしているので、水を流す音や、包丁
で食材を切る音などが聞こえてくる。一度深呼吸してから私はもういちどつまみを引いて
みた。
カチッ
……テレビの映像が静止画像の様に止まっている。小気味良い包丁の音も聞こえない。
完全に時の流れが止まっていた。
三秒経過。時間は動き出した。DVDプレーヤーの一時停止を解除したかの様にテレビ
からは再び映像が動き出し、それに伴って音声も聞こえてくる。ぴたっと止まっていた、
菫子さんの調理する音も同様だった。
これは本物だ。
私は夕食の出来上がるまでの間、何度か試行して時を止める機能を調べてみた。その結
果は以下の通りである。
・動くものは全て止まる。これは生物無生物関係なく行動を停止する。つまり、人間を初
めとする生物の場合は、時を止める直前の行動が中断される。そしてテレビを初めとする
無生物の場合でも同様である。窓から階下の道路を走る自動車がぴたっとその動きを止め
ていた。電化製品は一時停止と言う表現が一番分かりやすいと思う。電流の流れが「停止」
しているだけで「遮断」はされていないため、時間を停止させて電源が落ちるといったこ
とは無い。但し、時が止まっている間に電源を入れても起動しない。
・音も聞こえなくなる。これは上記の補足になるけれども、音波という動体も停止の対象
になるようである。時間停止中に手を叩いてみても全く音がしなかった。
・感覚が無くなる。時間の止まっている間は突付こうが叩こうが、された相手はそれを自
覚することが出来ない。時間停止解除後にもそれを気付くことは無い。
・時間停止中はこの時計の使用者だけが動くことが出来る。足で移動も出来るし、五感の
うちの視覚と触覚は正常に機能する。残りの聴覚、嗅覚、味覚は機能しない。味覚は嗅覚
と強い関係があって、時を止めている場合いわゆる「鼻を摘んだまま飲食する」と同じ状
態になっているようだ。
・時計の使用者は停止中の人や物に干渉できる。置いてある物を掴み取ったり、止まって
いる人を動かすことが出来る。握った手を開かせるや体の向きを変える等も可能。某コミ
ックの「世界」な人よろしく人に向かって物を投げた場合、流石にナイフを菫子さんに投
射するわけにはいかず、代わりに消しゴムを背中に投げてみた結果は、「時間停止中に物
を人(おそらく動物も同様)に投げ付けた場合、その物体は人に当たる直前で静止し、時
が動き出すと同時に直撃する」。「動いているものは全て止まる」や「使用者は停止中の
人や物に干渉できる」といった要素が絡み合った結果なのだと思うけれど、当然詳しい原
理までは不明だ。
我ながらよくぞここまで調べたなとは思うけれど、今のところ分かっている事実はおお
よそこんな感じだった。だがしかし、実際に肝要なのは性能を把握した後の事である。
これを何に使うのか、という問題に直面する。
迷う。とっても迷う。というか色々ありすぎてどうすればいいのか困ってしまう。
実践してみたい幾つかの事柄を箇条書きにしてみよう。
・志摩子さんに抱きついてその感触を瞬間的に堪能する。
・志摩子さんの飲みさしを頂く。つまり間接キッス。
・間接なんて回りくどいことはせずに直接唇を頂く。
・スカートの中も覗いちゃえ。
・そこまでやるのならば高次元なスキンシップも選択肢に。「高度なスキンシップ」につ
いては、聖さまの上をいくものであると解釈して頂きたい。
や、やばい。これはヤバ過ぎる! 想像しただけで鼻血が出ました。時間操作能力を手
に入れた私は正に神。決して誰にも負けることは無い。某ノートの主人公みたく、キラよ
ろしくユラって名乗るのもまた一興。それはともかく、この時計で我が欲望を満たそうじ
ゃないか!
この日の夜は甘美な妄想で頭がフル回転状態、一睡も出来なかった。
そして翌日。
「ごきげんよう乃梨子」
「あ、うん。ごきげんよう志摩子さん」
いつもと同じ時間、リリアンへ向かうバスの停留所が、登校時の志摩子さんとの待ち合
わせ場所になっている。志摩子さんは今日も相変わらず見目麗しくて私の胸の高まりはよ
り一層増すばかり!
でも、本人を目の前にすると時計を使うことに少しだけ罪悪感を感じないことも無い。
けれども志摩子さんの魅力の強さの前には瑣末なことでしかない。とは言ってみたものの
学園へ向かうバスの中での使用は遠慮した方がいいかな。そう、最後の理性というやつだ。
とりあえず時計を使うのは昼休み、薔薇の館にしよう。それまでは我慢だ乃梨子。私は
ずっとスカートのポケットにある懐中時計を握り締めていた。
「ごきげんよう瞳子」
「あら、ごきげんようですわ乃梨子さん」
瞳子は椿組の教室内でクラスメイト達とお喋りしていた。
ふむ。瞳子には予行演習の相手になってもらおうかな。まず初めに、軽いイタズラなん
かを。
自分の机に向かう途中、手近の席に置いてあった鉛筆を数本掴み取り、時計のつまみを
引いて直ぐにそれを話に夢中になっている瞳子に向かって投げる。あぁ、まるで自分がデ
●オ様になったみたいな気分だ。
七本の鉛筆(当然先の尖っていない方が瞳子に向いている。別に怪我させようだなんて
微塵も思っていないので当然だ)が、瞳子の背中の直前でぴたっと止まっている。私はさ
っさと自分の席に着きそうして三秒が経過。時間は動き出す。
「きゃっ。な、なんですの一体!?」
瞳子の背中に命中した鉛筆がからんころんと乾いた音を立てて床に転がる。
いきなり自分の背中に鉛筆が飛んできたのだから当然の反応ではあるけれども、面白か
った。ナイスリアクション! でも、瞳子ゴメンネ。心の中で合掌した。
待ちに待ったお昼休み。授業が終わるや否や瞬間に片づけを終え、弁当箱とお茶の入っ
たペットボトルを握り薔薇の館へと急行した。
「乃梨子さん何をそんなに急いでいるのかしら?」
瞳子が不思議そうに首を傾げていたけれどもそんなのお構いなし。私には天命があるの
だから!
館に到着すると二階への階段をがっしがっしと上り、ビスケット扉を開く。誰も居ない。
一番乗りだった。私は楕円形のテーブルの中央付近の席に自分の弁当箱を置き、その隣に
お茶の入ったペットボトルを置く。そう、ここが志摩子さんの座席である。場所を確保し
たらば後はご本人の登場を待つのみ。
あぁ、これほど胸が高鳴ったのは何時以来の事だろう。京都の玉虫観音像のそれとは次
元が違うのだよ次元が。何しろ相手は生ける御仏志摩子さんだもの。
「ごきげんよう」
ビスケット扉を開いた声の主は、残念な事に志摩子さんではなかった。
「ごきげんよう祐巳さま」
「乃梨子ちゃん一番乗りね。あれ? このペットボトルは?」
ここが志摩子さんの指定席とはちょっと言い難いので。
「これですか? これはですね……そう、いわゆる『痩せるお茶』なんですよ。最近お腹
周りがヤバイかなぁと」
「そうかな? 直接見たわけじゃないけれど、乃梨子ちゃんは普通だと思うよ」
「そ、そうですか。ははははは」
そんなことはいいから、早く席に座って欲しいな。しかしそう思っても顔に出してはい
けないのである。リリアンはこれで中々に上下関係が厳しいのです。そうこうしているう
ちに部屋は賑やかしくなった。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
由乃さまと、そしてお待ちかねの志摩子さんが揃って入って来た。やっと来たよ志摩子
さんが! 当然予め確保しておいた席を勧める。
「あっ、志摩子さんごきげんよう。席取って置いたから」
ありがとうと言って私の右隣に志摩子さんは座る。若干祐巳さまの表情は複雑な様相で
はあるけれども、今のところは順調そのもの。あとは機会を見計らって……Do it!
「私、お茶淹れてきますね」
おもむろに席を立ち、流しの方へと向かう。そしていつもと同じ要領で人数分の紅茶を
淹れ、それをお盆に乗せて運んだ。紅茶を配り終えたらば、席に戻って昼食を摂り始める。
志摩子さんとの距離が近い。手を伸ばせば余裕で届きそうなぐらいに。ひじきの煮つけ
と一緒にご飯を頬張る志摩子さんに乾杯。私が思うに、人が食事をしている時というのは
かなり無防備だと思う。その無防備な状態が見せる表情というものがとても好きだ。簡単
に言えば、人の食事をしている際の表情が好きなのである。
志摩子さんの食事をする風景がとても微笑ましくて堪んない。今この瞬間をどうにかし
て収めたいと強く思う。そうだ、まずは準備運動ということで使ってみようか。あの懐中
時計を。
カチッ
時が止まった。この三秒の間だけは、どれほど志摩子さんの表情を眺めようとも咎めら
れることの無い至福瞬間。あぁ美しい。そうだ、ついでだから志摩子さんの箸が摘んでい
る里芋を失敬しておこう。ふむ、これで間接キッスは果たされた。
三秒経過。そして時は動き出す。
「あら?」
志摩子さんが素っ頓狂な声をあげた。
「どうしたの志摩子さん??」
心配そうに由乃さまが訊ねる。
「いえ、大したことは無いのだけれど……。大丈夫、心配かけて御免なさいね」
自分の箸が摘んでいたものが忽然と消えてしまえば誰でも驚く。あぁ、驚いた様子の志
摩子さんも素敵だなぁ。
志摩子さんと平行して自分の箸を進めていくうちに三分が経過した。おや? 志摩子さ
んが紅茶のカップに口を付けたようだ。ならば!
カチッ
時間停止。志摩子さんの手からカップを取り、口を付けた部分から紅茶を一口頂いた。
ふむ、これで二度間接キッスを堪能させてもらった。ご馳走様でした。急いでカップを持
たせる。そして三秒が経過した。
「…………」
志摩子さんはじっと自分のカップを見つめている。
「乃梨子?」
私に向ける眼差しには、僅かばかりの疑念の色が混じっていた。
「どうしたの志摩子さん?」
その一方私は屈託の無い清浄な(と、自分ではそういうつもりな)眼差しを向ける。
「いえ、やっぱり何でもないわ」
一瞬考え込んで、志摩子さんはそう言った。
「そう? それならばいいんだけど」
なんだか苛めているような気もしないことはないのだけれども、それは気のせいだ。
さて、お次はもっとダイレクトな行動に移ろうかな。三分が経過した頃を見計らって、
また時計の摘みを引いた。
カチッ
志摩子さんの柔らか〜い体を横から抱きしめた。
うぉぉぉぉぉ!!
これはテラスゴス!!
こ、この感触は世に数多あるいかなる抱き枕をも超越、否、比べる事すらおごましいぐら
いの抱き心地。素晴らしいにも程があるだろう! ほんの僅かな間に出来る限り感触を堪
能し、何事も無かったかのように平然な心持にした瞬間三秒目が過ぎた。
志摩子さんには主だった様子の変化は見られない。実験どおり、時を止めている間は何
をされても本人は気が付かない事が改めて実証された。ふぅ、ごちそうさま。と、いいた
いところだけれどもまだこれぐらいは序の口で、後にはもっとすんごいことを……。あ、
鼻血出そうだ。
祥子さまと令さまは進路志望調査などの関係で、お昼は来られないらしい。ふっ、ます
ます盤石な態勢が整った。そう、お昼休みの間だけは怖るる者は無し。私の天下だ。
由乃さま、祐巳さま、志摩子さん達の雑談に相槌を打ちながら、志摩子さんの様子を窺
っていた。もうそろそ第二陣をしかけようと思う。志摩子さん。いただきます……
カチッ
志摩子さんの形の良い唇に自分の唇を……重ねた。その刹那、私の体内にはものすごい
勢いで電流が奔ったかのように思えた。これが一つになれた、いやあるべき形となった衝
撃とでも言うべきであろう。それほどまでに志摩子さんとの口付けは衝撃的なものだった。
もっと味わいたいという衝動に駆られるも、それをなんとか押し付けて佇まいを正した。
吸血鬼の吸血衝動ってものはおそらくこんな感じなのだろうなぁと思う。
三秒が経過した。ふぅ、まだまだ余韻がたっぷりと残っている。頭がくらくらし、血流
が早まっているのが嫌でも感じ取れた。
「どうしたの乃梨子? 顔が赤いわよ?」
「だ、大丈夫だから心配しないで」
搾り出すようにそれだけ言うのが精一杯だった。心臓の動悸が激しい。しばらくの間、
数分間は上の空だった。これが志摩子さん唇の威力なのか!? この威力ならば神をも
屠りかねない。うん。
はぁはぁ。呼吸が荒くなってきた。志摩子さんのスカートの中を想像してみんと、思考
回路を起動するだけでも鼻血が噴き出しそうになる。落ち着け、とにかく落ち着け乃梨子。
一度大きく息を吸って深々と肺に空気を取り込み、それを吐き出した。
最後の試練へいざ参らん。
わざとらしくならないように肘を弁当箱にぶつけ、それを床に落下させた。そしてそれ
をナチュラルに拾うために床に這いつくばったら時計の摘みを引いた。
カチッ
めくった。
乃梨子は感激した。感動だ!!
すごすぎるよ志摩子さん!
あ! 鼻血出た。片手でドボドボ血が溢れる鼻を摘みながらスカートを元に戻し、三秒
が経過した。
「の、乃梨子!?」
あ!? テーブルの下で鼻血出してる姿を志摩子さんに見られてしまった。
「イスで鼻をぶつけちゃって。私ったら本当にドジだよね」
「ティッシュで止血しなくちゃ」
志摩子さんは慌ててスカートのからポケットティッシュを取り出し何枚か渡してくれた。
それから志摩子さんはそのポケットティッシュをまるごとくれた。
「ごめんね志摩子さん」
「大丈夫なの?」
「うん、全然平気だから」
とてもじゃないけれど、志摩子さんの中を見てしまったから鼻血出ましたなんて口が裂
けても言えないよ。
それはともかく、本当に「ごちそうさま」な昼休みだった。この時計の贈り主には心の
底から感謝したい。ありがとう!!
午後の授業なんて全く聞いていなかった。いや、聞けなかった。鮮烈なまでのビジョン
を脳内で何度も何度も再生し、悦に入っていたので当然だった。時折蘇ってくる唇の感触
に身悶えた。あのぷにっとした柔らかさ……堪らない。ふぅ。いや、この場合はフォー!
が正しいか。
よく分からないうちに下校時刻となってしまっていた。一週間後に期末試験を控えてい
るため山百合会の仕事は休み。というわけで、昇降口で志摩子さんと待ち合わせをしてか
ら下校する。
白薔薇さまである志摩子さんの人気は相変わらず高い。学内におけるちょっとしたアイ
ドルといっても全く差し支えない。自分の姉が皆から支持を得るということは、妹として
喜ばしいことではあるのだが本音を言えば少々複雑な心境だ。「やきもち」というわけで
は無いのだけれども、そう、「面白くない」という表現がしっくりくる。
「ごきげんよう白薔薇さま!」
気軽に声をかけてくる生徒が後を絶たない。私は二人静かに帰りたいのだけれども、周
囲がそれを許してくれない。たちまち志摩子さんのまわりには人だかりができてしまった。
「ごきげんよう白薔薇のつぼみ」
中には物のついでみたく私にも挨拶をしてくれる人がいるのだけれども、何故かちっと
も嬉しくない。
校門から出て右に曲がって三十メートルほどの位置に停留所があり、そこから駅までバ
スで帰るのが下校ルートとなっている。とにかくバスにさえ乗ってしまえばこの喧騒から
解放されるはず。あともう少しの辛抱だ。
人だかりの圧力に押されてしまい、私と志摩子さんとの距離は二十メートルほど開いて
しまっていた。我慢だ乃梨子。
校門を出ても生徒の群れは散らずに付きまとっていた。この人数がバスに乗るつもりな
んだろうか?
「うわっ!!」
一人の生徒が何かつまづいてバランスを崩し倒れてしまい、それに押された別な生徒も
同様にバランスを崩し、ドミノ倒しの様に何人かの生徒が巻き込まれていく。
「きゃっ」
あ!! 志摩子さんが倒された!! このヤロウ、志摩子さんになんてことする……
「きゃあぁぁぁぁ!」
誰かの悲鳴と同時に聞こえるタイヤが路面を擦る音。
押されて道路に倒れこんでしまっている志摩子さんの目と鼻の先には急ブレーキをかけ
たトラックが!
走って抱き起こそうにも間に合わない。ならば……
咄嗟にポケットから懐中時計を取り出しそれを地面に思い切り叩き付けた。
この感覚は……時間停止中の世界だ。
一秒経過。地面を踏み砕かん勢いで駆け出す。
二秒経過。目の前の邪魔な生徒を押しのける。
三秒経過。律儀に持ってた鞄を後ろへ放り捨てる。
四秒経過。野次馬のように塞がる生徒を掻き分ける様にのける。
五秒経過。囲うように立っていた生徒の群れを抜け、道路に出れたので全力で走る。
六秒経過。あと五メートルほど。必死に走る。
七秒経過。志摩子さんまで二メートル。無我夢中で走る。
八秒経過。倒れた志摩子さんの両脇に手を挟むようにして持ち上げる。
九秒経過。立たせることは無理みたいなので、申し訳ないが引きずっていく。
十秒経過。トラックからまだ一メートルほどしか離れていない。
十一秒経過。群がる邪魔な生徒を蹴り飛ばして道を作る。
十二秒経過。邪魔な生徒を片手で押しのけ志摩子さんを引きずりながらさらに道を作る。
十三秒経過。なんとかトラックから離れ、安全な場所まで避難する。
十四秒経過。志摩子さんの脛が擦り剥けていたのでさっきのティッシュを取り出す。
十五秒経過。時は動き出した。
「あっ!」
「えっ!」
「おっと!」
私が押しのけたり蹴り飛ばしたりした生徒が倒れたが何とか無事だった。ちょっとやり
過ぎたかもしれないが、志摩子さんを危険な目に遭わせた報いと思い給へ。天誅。
「あら? 乃梨子?」
「大丈夫志摩子さん?」
「えぇ。でも、私どうして……」
その後に続く言葉は分かる。
「マリア様への熱心な祈りが通じたんだよきっと。膝から血が出ているからこれ使ってよ」
私はお昼休み志摩子さんからもらったポケットティッシュを手渡した。
「ありがとう乃梨子」
志摩子さんは笑ってくれた。
「大丈夫か君たち」
いつ降りてきたのか、トラックの運転手が蒼ざめた顔で志摩子さんの顔を覗き見た。
「はい、大した怪我もありませんし。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「そうか、本当によかった。それにしても君たちは仲がいいな」
今気が付いたけど、私の膝に道路に横たわった志摩子さんの頭が乗っているのだ。こん
な所で膝枕だなんて……。
恥かしくなって私達二人はゼンマイ仕掛けの人形みたいにぎこちなく立ち上がった。
騒ぎが大きくならないうちに私達は歩いて駅に向かうことにした。が、その前に投げ捨
てた鞄を拾った。
時計は派手に壊れてしまい修復出来そうになかったのが、私にとってはどんな形であれ
宝物には違いなかったので、その遺骸を持ち帰ることにした。
「あら。この時計は乃梨子のものなの?」
「うん。そう。これは志摩子さんを助けようとして犠牲になってくれたんだ」
志摩子さんは、意味が分からないという顔をしていたけれども、
「そうなの。じゃあこの時計にも感謝しなければいけないわね」
と、言ってくれた。
時を止めることはもう出来ないけれど、多分必要ない。時計の力を借りずに、私の力だ
けで解決したいと強く思った。
「そうだわ乃梨子」
「どうしたの志摩子さん?」
「帰りに時計屋さんへ寄っていきましょう」
寄ったお店で、持っていた時計と似たようなデザインの時計を買ってもらってしまった。
今度はこの時計が私の宝物になる。いや、する。
「ありがとう志摩子さん」
終
志摩子さんを助けるために時計を破壊してから一週間後、家に帰ってみると私の机には
見たことのある小包が置かれていた。その中身は……懐中時計だった!
「この時計を使用する事によって十五秒の間時を止める事が出来ます」
しかも先代よりも五倍の性能持ち! グレイト!! え? 時計の力は借りないのでは
ないかって? うん、前言撤回。これからは毎日が楽しみで仕方ないったらありゃしない!
FIN?
初版2006年6月17日
作後贅言
一週間も待たせて何なんだコレは、と思われるかもしれませんので、先に謝っておきます。
全編を通して乃梨子の暴走や妄想をつらつらと書き綴ってしまいました。
こういうおバカな乃梨子も素敵に思うのですが如何でしょうか??
この時間停止ネタは個人的にお気に入りなので、違うキャラバージョンも書くのではない
だろうか、と思います。きっと書くんだろうなぁ(笑
それでは、また。
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