「The answer is」


Written by ユラ



 佐藤家のリビングには聖と祐巳の二人が、ソファに腰をかけている。二人の距離は肩が
触れ合うほど近い。

 部屋の照明は落とされ、空間全体が「茶色」に染まっていた。時刻は午前一時。

「あれは何時のことでしたっけ?」

 ぽつりと呟くように祐巳は言う。

「アレって何のこと?」

 聖はテーブルに置いてある祐巳とお揃いのマグカップを手に取ってブラックのコーヒー
を一口すすった。

「本当に覚えてないんですか?」

 聖の隣に座っている祐巳は聖の顔をまじまじと見つめる。祐巳の顔には驚きの色で満ち
ていた。

「嘘。忘れるはずなんて無いじゃないか。もうあれから五年が経つんだね」

 聖は愛しき妻のトレードマークであるツインテールの右側を指でいじくっている。くる
くると左手の人差し指に巻きつけて、そして髪を梳くようにそっと指を動かした。

「今日が結婚五周年の記念日ですから。そして九年前、聖さまが告白して下さった日でも
あるんですから」



 私が祐巳ちゃんとであったのは九年前。私が高校三年生、彼女が高校一年生の時だった。
きっかけは祥子の妹騒動と、今思えばちょっと皮肉な馴れ初めだなとも思える。

 彼女が始めて薔薇の館にやってきた時は本当にただの生徒でまぁ百面相や若干天然な言
動が混じってもいたんだけど、可愛らしい子だとは思ったがそれ以上の存在ではなかった。

 紆余曲折を経て祐巳ちゃんは祥子の妹に納まった。それからだった。私の中で日に日に
何か大きくなっていくのを感じるようになったのは。

「聖さま」

「ん? 何祐巳ちゃん」

「あ、いえ、やっぱり何でもないです」

「用も無いのに人を呼ぶのか君は?」

 何気ない会話にも楽しみを見出している自分に気が付いた時に分かってしまった。日々、
占める心の割合が大きくなっていくモノの答えが。それは、

「私は祐巳ちゃんが……好き?」

 そんな馬鹿なと自身の心を打ち消そうとしたが時既に遅し、何時の間にやら末期症状を
迎えていた。つまらない授業の間、自分の世界から祐巳ちゃんがいなくなった世界を想像
してみた。

 他愛も無い会話にも笑ってくれ、何事にも一生懸命で愛嬌溢れる彼女がいない世界。

「佐藤さん? 具合が悪いのかしら?」

「あっ、いえ何でありません」

 どうやら私は泣いていたらしい。そして私は再び同じ過ちを繰り返そうとしているよう
だ。人は歴史を繰り返す。それは個人という枠組みにおいても。

「知らないことは罪だが、知るということもまた然り」

 卒業式の前日に私は壊れた。祐巳ちゃんが私にくれた餞別。リミッターがはずれた私は
とうとう壊れてしまった。

「愛しているよ、祐巳ちゃん。君とじゃれ合っているのは、本当に幸せだった。祐巳ちゃ
んになりたい、って私は何度か思ったよ」

 溜まっていた想いが溢れ出した瞬間だった。

 それから彼女は微笑みながらこう切り返した。

「愛してるって誰にでも言ってるんでしょう?」

「うん。でも……重みが違うことには気が付いてた?」

 誰もいない教室に訪れるしばしの沈黙。

「……はい」

「そうか、分かっててくれたのか。ちょっぴり不安だったけど良かったよ」

 私は祐巳ちゃんの肩を抱き寄せ唇にそっと口付けをした。

「改めて言うからよおく聞くんだよ。愛してる」

「……聖さま」

 彼女は一度だけうなずいた。

   ラストチャンス。その時は、これがおそらく人生最後の想いだと少し焦りもした。一度
大きな過ちを犯した私が二度も許されるわけが無い。絶対に失うわけにはいかないという
強迫的な感情も入り混じった愛情。それを彼女は受け入れてくれた。彼女の器の大きさに
私は到底叶わないだろう。努力等では決して埋められない生まれ持ったモノの違いとでも
言えばいいだろうか。

 それからリリアンで大学生として四年間学生生活を送ることが出来た私は卒業式の当日、
祐巳ちゃんにプロポーズをした。

 イギリスで同姓婚が法律で認められてから数年後、日本でも同様の法律が施行され、私
達の関係は社会にも認められるようになった。私達さえよければ社会なんてどうでもよか
ったけれども、祐巳ちゃんが好奇の目で見られるのは許せないと思っていたから、社会の
後押しがあったのは正直助かった。

 今私はリリアンで英語科の教員をやっている。そして祐巳ちゃんは国語科の教員として
リリアンで働いている。

「職場まで同じなんてどこまで甘えんぼさんだな」

「聖さまこそ私が何て言ったのか覚えて無いんですか?」

 忘れるわけが無い。あの時の台詞は今でも克明に思い出せる。それはプロポーズした時
だった。

「祐巳ちゃん、一生君を離さない」

「私も、一生聖さまの側に引っ付いて離れませんから」



 少し長い回想を終えた私はマグカップに残っていた冷めたホットコーヒーを飲み干した。



 聖さまと出会ったのは私が高校一年の九月の頃。あの時は祥子さまの妹になるならない
で大騒ぎしてたのが懐かしい。

 祥子さまの妹になり、山百合会の一員となった当初、聖さまはすごく存在感があって、
お茶目なところもある頼れる先輩だと思っていた。

 その認識が変わってしまったのは「いばらの森」騒動があった時からだった。

 最愛の人との辛すぎる別離。聖さま自身の口からその真相を聞かされた時、その衝撃に
戦慄が走った。それからというもの私はおこがましくも聖さまのことを「愛しい」と思う
ようになっていた。もっと言うならば側にいて聖さまの空洞を埋めてあげたいと。

「祐巳ちゃん」

「ぎゃう! いきなり何ですか!! もう!」

「いや〜この抱き心地たまりまへんなぁ」

 だからいきなり抱きつかれても、からかわれたりしても実は全然嫌じゃなかった。むし
ろ私に触れてくれることが嬉しいとさえ思った。

 聖さまのように人を深く愛し過ぎて苦しむなんてことなんて無かった私は、聖さまの負
担にならないよう自分の気持ち押し隠して過ごす日々が続いたけど、卒業式前日。

「じゃあお口にチューでもしてもらおうかな」

 この時は「してもいいかな」と思っていた。でも聖さまの顔が近づくにつれて、ある事
が頭をよぎる。そう、自分が聖さまの負担となってしまうと。

 あんなに押し隠して我慢してたのが何だったのか。そう思えるほど聖さまの言葉の威力
は高かった。

「改めて言うからよおく聞くんだよ。愛してる」

 私は一度だけ頷いた。滑稽なことに負担をおそれて空回りしてたのは私だけだった。だ
から私は受け入れる。閉じた自分を精一杯広げて受け止める。それしか私に出来ることが
ないのならば、全てをそれに捧げてもいい。

「祐巳ちゃんが私の負担になるって? はは、そんなこと絶対に無いね。だからそんなこ
と気にしなくてよし!」

   聖さまから告白してもらってから四年後、私は学生の身分でありながら結婚することに
なった。

 祥子さまに報告をした時は流石に複雑な表情をされていたけれど、みんなから祝福を受
けてまさに「幸せ」の一言だった。



 そして今日で結婚五年目を向かえる。少し長い回想の時間を終えた私は、聖さまとお揃
いのマグカップを手に取り、冷めてしまったホットコーヒーを飲み干した。

 お互いほとんど同時に同じ行動をとったのがおかしくて、つい二人して笑ってしまった。

「祐巳ちゃんもしかして私と同じこと考えてた?」

「そうかもしれませんね」

 茶色い部屋でそれ以降お互い口を開かず、コーヒーを飲む音だけが響く。

「今から出かけようか?」

「今からですか?? もう夜中の一時過ぎてるんですよ?」

「なぁに大丈夫。行くよ」

 聖さまはそう言うとさっさと車のキーを持って玄関に行ってしまったので、慌ててお気
に入りのポーチを引っ掴んで後を追った。

「じゃあ、しゅっぱ〜つ」

 何だかんだで結局聖さまの車に乗っている。車の時計を見ると午前一時二十七分。こん
な時間に一体何処へ出かけるというんだろう。でも聖さまのことだから訊いても「それは
着くまでのお楽しみ」とおどけるだろうなぁと思いつつも訊いてみる。

「あの、こんな時間に何処に行くんですか?」

「ん、ちょっとしたドライブかな」

 交通量の少ない一般道路を走るにつれ見慣れた景色が目に映っていく。そして十分ほど
車を走らせたところで停まった場所はリリアンの正門前だった。

「聖さま? ここ学校ですよ?」

「そうだよ。深夜の学校を探検しない?」

 探検するにしてもまずどうやって入るんだろうか。鍵は当然閉められている。

「どうやって入るんだって顔してるね。そりゃあ塀を乗り越えるしかないでしょうよ」

「えぇぇぇ!! そんなことしたら捕まっちゃいますよ!!」

「嘘。ホントはこれを使うの」

 ジーンズのポケットから取り出したのは鍵の束だった。もしかしてこれは……

「借りてきちゃった」

「これ本物の学校の鍵じゃないですか!?」

「細かいことは気にしなくてよし。ほら、さっさと行く行く」

 聖さまに手を引かれて、守衛用扉の鍵を開けて中に入ってしまった。真夜中の学校には
当然のことながら全く人気が無い。よって目に映るものといえば開花一歩手前のつぼみを
膨らませている桜並木の木々ぐらいしかない。

「着いたよ」

「ここは……」

 連れられてやってきたのはマリア様像の前だった。

「懐かしいねぇ。五年前こんなところでプロポーズしたんだよ」

 そう。五年前、ここで。

「でもさ、仮にもカトリックの学校に通ってた私達がよりによってマリア様の像の前で、
プロポーズするなんてすごい挑発的な行為だと思わない?」

「いいんじゃないですか。自分が好きと思えるならば相手が誰であっても。聖さまは後悔
されているんですか?」

「してないよ。全く。祐巳ちゃんと出会えたことを今でも誇りに思ってる。そうそうこれ
忘れないうちに渡しておかなくちゃね」

 聖さまが手渡してくれたのは小さな四角い紙の箱だった。

「これ、開けてもいいですか?」

「もちろん」

 そっと箱を開けると中には赤い小さなピアスが二つ。暗がりであまりはっきりと見えな
いけれど、もしかしてこの赤い宝石みたいなものってルビー?

「聖さま、これルビーですか?」

「お? よく分かったね。そう、それはルビー。祐巳ちゃんには赤が似合うかなって」

「ありがとうございます。これ大切にします」

 高いんだろうなぁ、と現金な思考にちょっと恥かしくなってしまったけれど、嬉しさを
噛み締めながらピアスの入った箱をポーチにしまった。

「実は私からもプレゼントがあるんです」

「そうなの? 何?」

 私はポーチから航空券を取り出した。

「暗いから分かりにくいと思いますけど見えますか?」

「う〜んと、あ? これイタリア行きの航空券?? これ本物?」

「本物ですよ。せっかくとった春休みなんですから、一緒に行きませんか?」

「行くに決まってるでしょ。じゃあ帰って早速旅行の支度しなくちゃね」

 車を置いてある場所までの道すがら私達は特に何も喋らなかったけれども、繋いだ手は
離さずにいた。私がぎゅっと握ると同じように握り返してくれる手に心地よさを感じなが
ら、そして心の繋がりを感じながら星空を見上て歩いていた。




FIN




初版2006年3月9日



作後贅言



キリ番を踏まれた良さまのリクエストにお応えさせていただいて今作を書いたのですが、
いかがでしょうか??

普段はおバカな話が多いので、真面目で甘々な作品に仕上がったかすっごく心配です。

私自身が恋愛経験に極めて乏しい故に空想や想像で書いた部分が多分にありますが、そこ
は聖や祐巳に対する愛情でカバーしたつもりです、と言わせて下さい(汗

イギリスの法律に関する件ですが、これは事実ですが日本ではまだこういった法律は施行
されていませんので、そこはフィクションとなります。

まだまだ修行中の小僧ですが、これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。

それでは、また。



ユラ