「天才のひらめき」


Written by 佐々木真史




シーン0

 小笠原邸の二階にある自室で、祥子は祐巳から借りてきた映画のDVDを五十型プラズ

マテレビに映し出し、鑑賞していた。音響機器も抜かりなく、さながら映画館で見ている

かのような臨場感を体験できる。

 大型のテレビ一杯に映し出されている映画は、中世ヨーロッパをモチーフとした王道の

ファンタジーものではあったが、役柄の合ったキャストに丁寧な製作、と目新しさはなか

ったものの、クオリティの高さから世間では大ヒットしていた。

 全長十メートルはあろうかという巨体を誇る、全身が深緑色のドラゴンが首を大きくの

けぞらせ、主人公に向かって今まさに灼熱の炎を噴出そうとしている。

「危ない!」

 主人公である王宮の騎士「ドレン」の危機に思わず画面に向かって叫ぶ祥子。

 ドレンはそれを間一髪で回避し、彼が元いた場所を真紅の炎が焦がす。

 右手に握った剣に魔力を込め、隙の出来たドラゴンに全力の一撃を叩き込んだ。

 真っ白な閃光と共に振るわれた剣は深緑のドラゴンの体に致命的なダメージを与え、大

地を震わさんばかりの断末魔を上げながら、ドラゴンは巨体を地面に沈ませ息絶えた。



シーン1

 自宅での一人鑑賞会を終えたその翌日、祥子は薔薇の館で祐巳に感想を語り聞かせてい

た。

「普段映画なんて見ていなかったものだから、思わず興奮してしまったわ」

「喜んでいただけて何よりです」

 季節は秋。もうあと三週間ほどで学園祭が始まり、出し物を確定させ、その準備に取り

掛からなければならない頃だった。

「遅くなって申し訳ありません」

 山百合会メンバーのうち、志摩子以外の五人は既に着席し、環境整備委員会の都合で遅

れていた志摩子が今しがた到着した。

「さて、全員揃ったことだし始めましょうか」

 祥子は六人が着席したことを確認すると、切り出した。

「もう近々学園祭が催されます。そこで山百合会も例年通り独自の催し物を開くことにな

ったわ。去年はシンデレラを上演し、盛況のうちに終えることが出来たから、今年もまた

演劇を行おうかと考えているけれども、何か意見のある人はいて?」

 数秒間の沈黙を「同意」と受け取った祥子はそのまま話を続ける。

「演目は夏休みの間に考えていた『とりかえばや』だったけれど、それは撤回します。い

いわよね令?」

「え? ちょっと待ってよ祥子。そんな話聞いてない」

 予想外の発言に狼狽する令。

「それは当然。だって今思いついたのだから言える訳が無いじゃない」

 サラリと言ってのける祥子。

「祐巳さん。『とりかえばや』って何か知ってる?」

 由乃は小声で隣に座る祐巳に尋ねた。

「確か、とある貴族に二人の子供がいて、男の子が女の子として、女の子が男の子として

育てられるっていう古典作品だったような気がする」

「じゃあ何をするつもりなの? 祥子は」

 困惑しきりの令は困ったように聞いた。

「今回はオリジナルの脚本を基にした劇をやろうと思うわ。そしてその脚本は私が書きま

す」

 祥子の宣言に、一同に衝撃が走る。

「お、お姉さま? 本気なんでしょうか」

「当たり前じゃないの。こんな時に冗談なんて言わないわ。そうね、来週までには書き終

えるから、練習はその時からにしましょう」

 誰の意見も聞くことすらせず、祥子は一人話を勧めていく。

「ちょっと祥子。他のみんなの意見も聞かないと。乃梨子ちゃんは本当に祥子のオリジナ

ルでいいの?」

「え〜っと私は……」

 令の問に詰まる乃梨子へ、祥子は静かに微笑みかけた。だが顔の筋肉は笑みを形作って

いたが目は笑っていなかった。「目は口ほどにものを言う」な状況だ。

「私はそれでいいと思います。志摩子さんもそれでいいよね?」

「あ、え、えぇ。私も賛成するわ」

 無言の圧力に屈した乃梨子とその巻き添えを食った志摩子。

「祐巳も私の作品を演じるのに不満なんて無いわよね」

「はいお姉さま」

 即答する祐巳。

「ということで、賛成が四人。過半数を超えたから文句は無いでしょう」

 祥子は余裕の笑みをたたえている。

「なんか卑怯くさいけど、みんなが良いっていうならば……」

「あれ? 私の意見とかどうなるの」

 由乃は半ば置き去りにされていたようだった。

「今日のところはこれでお終いにしましょう」

 祥子が解散を宣言すると乃梨子と志摩子、令と由乃はさっさと帰り支度を始めた。

「ところでお姉さまは脚本を書かれたことはあるのですか?」

「いいえ。無いわ」

「聞いた話なんですが、脚本というのはただ台詞を書けばいいものではなくてですね、そ

の台詞を発する状況や仕草なんかも記述するものなんだとか。例えば重要なことを告白す

るシーンの場合は、『歩みを止め、くるっと体の向きを変え両手を胸の辺りで握り締めな

がら』という状況設定とそれに続く台詞が必要になるそうです。ですから、脚本の練習に

は『小説を書くこと』が効果的なんです」

「そういえば、去年のシンデレラの脚本にも台詞以外にことが色々と書き込まれていたわ。

小説を書くことが練習になるのならばやってみましょうか」

 祥子は小説に執筆にかなりの意欲を見せていた。



シーン2

 祐巳のアドバイスを受けた祥子は、帰宅すると早速机に向かい脚本の元となる小説を書

き始めた。そしてその次の日の放課後。

「祐巳……。書けたわよ。読んでみてちょうだい」

「はいお姉さま」

 祥子の目の下に隈が出来ていることから、徹夜で仕上げたことが容易に伺える。

 祐巳は原稿用紙を受け取り読み始めた。

 感想が早く聞きたくてたまらないのだが、急かすわけにもいかず祥子はハンカチを噛み

締めながら原稿用紙をめくる祐巳を見詰める。そして待つこと二十分。

「読み終わりました」

 読み終えた原稿用紙をそっとテーブルに置く。

「それで感想は? どう、面白かったかしら!?」

「えっとですね、大変申し上げ難いのですが内容云々よりもいかんせん文章がダメです。

なんと言えばいいんでしょうか……。そうです、読んでいても全くその情景が思い浮かば

ないんです」

 祥子は真っ白な灰となっていた。

「お、お姉さま! しっかりして下さい」

「あら? 祐巳、どうしたの。そんな顔をして」

 渾身の力を込めて書いた作品を最愛の妹からダメ出しをされた現実に耐え切れず、祥子

はアッチの世界に行っていたようだ。

「私の批評、聞いておられましたか?」

「祐巳の言いたいことは、私の作品にはリアリティがつまり表現力が足りないということ

なのね」

「はい……。まぁ、そうなりますね」

「分かったわ。つまり『リアリティ』を出せばいいのね!」

 祥子は意を決したように立ち上がり、拳を握り締めて叫ぶ。

「お姉さま?」

 この瞬間、祥子の何かが壊れた。



シーン3

 その電話は私が夕食を終え、自室の時間割表と睨めっこしながら明日の授業の用意をし

ているときにかかってきた。

「もしもし祐巳。明日学校を休んで私の手伝いをして欲しいの」

 明日は平日だから当然学校の授業がある。それを休めとお姉さまはおっしゃる。

「え、あのですね。急にそのようなことをおっしゃられてもですね……」

「大丈夫よ祐巳。既に担任のみならず学園長やあなたのお母様の許可は得てあるから」

 根回しの早さにビックリした。ならば私の同意なんて要らないような気もするけど……

「はい……。分かりました」

「さすが私の祐巳ね。物分りが良いことは長生きの秘訣よ」

 後半部分がなんか怖い台詞だった。

 一方的に明日の集合時間と場所を告げられ、お姉さまとの通話が終わった。

「物事が順調に進むことはいいことだね」

 私は誰に聞かせるでもなくひとりごちた。さて、明日の準備をしなくちゃ。

 翌日の午前七時、JR中央線三鷹駅前。

「ごきげんよう祐巳」

「ごきげんようお姉さま。今日は何のお手伝いをすればいいのでしょう?」

「いい。祐巳。あなたは今日から私の助手よ。執筆が終わるまであなたには協力してもら

うからそのつもりで」

 私の返答を待たず、黒塗りの乗用車に乗せられた。

「まずはこれを見てちょうだい」

 祥子さまから手渡された一枚の紙には、こんなことが書いてあった。


『誰が為に剣は舞う』プロット

1:現代日本。東京都新宿区の東京都庁が突如崩壊。その廃墟から現れる異形の者達。

2:自衛隊の抵抗も虚しく怪物達の侵攻は止まらない。

3:リリアン女学園に通う福沢祐巳は突然未知なる力に目覚め、学園を襲う化け物達をな

ぎ払う。

4:新宿に君臨するモンスター達の親玉「地獄の君主」を討伐するため東へ向かう。

5:地獄の君主との死闘

6:祐巳は死闘の末、地獄の君主を打ち倒し世界に平和をもたらす


 あ〜これは私の借したDVDの影響をモロに受けてるのが丸分かりだ。舞台が架空の王

国から日本に変わっただけのもので、内容に関してはほぼ同じと言っていいと思う。

 ということは山百合会の演劇の内容もこれと同じものに?

「お姉さま。この小説が脚本となるんでしょうか」

「そうよ祐巳。これから現場へ行ってそこで執筆するの」

 現場? 小説を書くときにはそんなに出てこないだろう単語が、お姉さまの口から発せ

られたけれども、そこには触れないでおこうと思う。

「祐巳の言うとおり、私の作品にはどうもリアリティが足りていないみたい。だから、そ

のプロットにあることを『実際に私の目で見て』その後に文章にしていこうと思うの」

「お、お姉さま!? それではこの一番の『東京都庁崩壊』を実現させるんですか?」

 お姉さまの答えはたった一言だった。「当然」と。

 私達を乗せた車はとうとう新宿区内に入り、それから二十分もしないうちに都庁に着い

た。『現場』では大勢の人々が集まっており、といっても都庁を取り囲むかのような野次

馬ばかりのようだ。

「さぁ降りるわよ」

 お姉さまが車から降りられ私も続いて降りる。

「おはようございます祥子監督」

「ごきげんよう。準備のほうはよくて?」

 車から降りるや作業服を着た中年の男性が近づき、お姉さまと話を始めた。

「いつでもオッケーです。監督のゴーサイン一つでお好きなときに爆破できます」

 高さ二百四十三メートルの超高層ビルがお姉さまの手によってもう間もなく崩壊させら

れようとしている。しかも小説、といっても学園祭での演劇用脚本を執筆するための練習

として小説を書いていたはずが、どこで道を間違ったんだろうか?

 ここまでやろうとしていることが常識を飛び越えていると現実味が無くなってくる。

 でも残念ながら今日は四月一日じゃないから、嘘でも冗談でもないらしい。

「やってちょうだい」

 お姉さまが爆破許可を出すと、その側にいた作業服の男性は、腰にぶら下げていた無線

機で許可を伝えた。

「一から二十班へ、爆破許可が降りた。起爆されたし。監督、後一分で起爆いたしますの

で」

「分かったわ。アレを出してちょうだい」

 運転手さんが車のトランクを開けて、画板と原稿用紙と鉛筆を取り出しお姉さまに差し

出した。

 なんともシュールな光景だと思う。画板には普通画用紙が乗っているものだけど、お姉

さまのそれには四百字詰めの原稿用紙の束が。

「さて、張り切って書くわよ」

 気力まんたんなお姉さま。

「爆破十秒前。九、八、七、六、五、四、三、二、一……」

 数十箇所で一斉に大量の火薬が炸裂し、お腹に響く爆発音が大気を震わし、膨大な粉塵

を巻き上げながら都庁ビルの根元は吹き飛ばされ、水に沈んでいくかのように倒壊するこ

となく垂直な崩壊をみせる。途方も無い計算の末決定された火薬の配置とその分量のたま

ものだった。これを誤ると倒壊してしまい、周辺の建築物も巻き添えにしてしまう。

 爆風に混じった、粉末のようなコンクリートの欠片が私の頬や髪や腕にコツンとぶつか

る。灰色の煙を天高く巻き上げながら空高くそびえる超高層建築の都庁ビルは崩壊した。

 画板の上に転がる微小なコンクリート片を取り除くことなくお姉さまは、今まさに目の

前で起こした崩壊の瞬間を原稿用紙に書きとめていた。

 お姉さまの後ろからそっと覗き見る。

『ドカーーンという大きな音がした。煙がたくさん出ていた。ビルが壊れた』

 以上。たったの三文。私ですらもう少し表現しているのにこれは……。

「お姉さま。あの……」

「どう。祐巳? よく書けていると思わないかしら」

「あ、え、うん。はい、そう思いますです」

 本当のことなんて言えやしない。いったいいくらの予算がつぎ込まれているのか想像す

るだけで怖い。

「次は化け物を出しなさい」

「かしこまりました監督」

 お姉さまの横で指示を受けていた作業服の男性は……名札には「ウエダ」と書いてある。

そうか、ウエダさんね。なんとなく親近感が湧いた。それはともかく、そのウエダさんは

お姉さまから「化け物を出せ」と言われ、

「AからF班出動開始」

と、無線で指示を飛ばしていた。

 未だに粉っぽい煙が晴れておらず、視界は灰色一色に染まっている。

 そんな都庁ビル跡からなにやら奇妙な鳴き声のような音が聞こえてきた。

 廃墟の中から二足歩行は行っているけど、どう見ても人には見えない異形の姿がぞろぞ

ろと現れ市街地へと繰り出している。

 うわぁ。生々しいなぁ。なにもこんなに高いクオリティを出さなくてもいいような……。

 例えば全身緑色の皮膚に覆われ、右手には刃の大きな鎌を握った一見すると歩くトカゲ

のようなモンスターや、くすんだ灰色をした、体は小柄だけども羽を生やしたいわゆるイ

ンプといった怪物達がぞろぞろと新宿の街を闊歩している。

「お姉さま。これちょっとリアル過ぎやしませんか」

「それはもちろんよ。アメリカ製の特注モンスターロボットなんですから」

 多分メインドインハリウッドだと思う。

 何も聞かされていない市民が、異形の者達を目にし叫び声を上げているのが時折聞こえ

てくる。何も知らないでこんなのに出くわしたら怖いだろうなぁ。私でも間違い無く叫ぶ。

『崩れたビルの跡から現れた、気味の悪いモンスターが街を歩いている』

 お姉さまがお書きになられた文章がこれだ。えっと、文章に関してはこれ以上ツッコミ

を入れない方向で。

 さて、ここまででプロットの一が終了。次はなんと自衛隊のお出ましだったりする。よ

くこんなおバカなことに協力する気になったもんだと心底感心してしまう。

 あ、今のはお姉さまには内緒で。


シーン4

 もしこれが現実ならば新聞の一面トップ間違い。なぜならば、粉々に崩れ去ってしまっ

た都庁の跡では、異形の者達と陸上自衛隊との戦闘が行われているのだから。とはいって

もこの戦闘はお姉さまの、脚本執筆のための「資料」だから、作り物なんだけど。

 お姉さま曰く、使用している弾丸は実弾でまかり間違って被弾すれば致命傷になる。そ

こまで「リアリティ」にこだわっているみたいだった。

 さっきから映画やゲームで聞いたことのあるような銃声があちこちから上がっている。

しかし化け物達の勢いは止まらず、一人、また一人と隊員が打ちのめされていった。

 お姉さまはその光景を、特製の「監督席」から眺めつつ画板に載せた原稿用紙に向かっ

ている。

『うなる拳。轟く銃声。ヘイ! バキューン! ドゴーン! ガッデム! ファックユー

ビッチ!!!』

 うん。見なかったことにしよう。この文章がお姉さまの手によるものだとは思えないと

言うか思いたくない。

 自衛隊の抵抗も虚しく、魔物の群れはどんどん市街地へと歩みを進めていく。

 遠くからジェットエンジンの甲高い音が聞こえてきた。空に見える小さな豆粒のような

ものは航空自衛隊の戦闘機かな。五つの粒が横一列にならんでこちらの方へ飛んで来てい

る。五つの豆粒の両端からそれぞれ二筋の光が一瞬見えた。もしかして……ミサイル撃っ

たの?

「祐巳。少し離れるわよ」

 お姉さまに手を引かれた私は「監督席」から離れ、自動車が放置されたままの交差点ま

でやって来た。

 発射された十のミサイルは、飛行機雲のような煙を噴出しながらモンスター達めがけて

飛翔している。

 着弾まであと数秒。その時、オレンジ色のゼリーの塊のようなモンスターがむくりと背

を伸ばし、体が一瞬光を放つ。

 その光が消えた瞬間、飛来していたミサイルは急に目標を見失ったかのように飛行が不

安定となり、あらぬ方向へと飛び去りやがてビルや道路に直撃し爆発音を響かせた。

 着弾した場所から瞬く間に炎は燃え広がっていく。若干どころか多分にやり過ぎな気が

するけど、残念ながら私ではお姉さまの創作熱を止めること出来ない。

 燃える新宿の街を目の前にし、お姉さまは原稿用紙を埋めていく。

『萌える新宿。とても熱い』

 お、お姉さま「萌える」違う! しかも「萌える」の後に「熱い」って使ったら意味が

変わってしまう。あ、いや、そうだ、見なかったことにしておこう。


シーン5

 舞台は新宿からリリアン女学園へと移り変わった。ちなみに新宿での戦闘は、予定通り

自衛隊の惨敗に終わった。あの後戦闘機が撃墜されて高速道路へ落下したり、モンスター

たちの反撃で都庁周辺が焦土になったりしていた。お姉さまはそれをこう表現なされた。

『モンスターたちのこうげき。しんじゅくは五百のダメージをうけた。しんじゅくはちか

らつきた』

 ドラ●エですね。どうみても。

 さて、リリアンではモンスターの出現に呼応するかの如く私が不思議な力に目覚めるシ

ーンを描写することになっている。

「モンスターを出してちょうだい」

「かしこまりました」

 多分生徒達は、今ここで祥子さまが行おうとしていることを知らない。だって、運動場

では普通に体育の授業の真っ最中なんだから。

「一班から十二班出撃開始」

 ウエダさんが無線機で指示を出すと、どこに待機していたのかあちらこちらから異形の

者達が溢れ出てきた。新宿で見たのと同じクオリティの気持ち悪いモンスターの群れが。

 日常はこうして瞬く間に地獄へと変貌した。

 という描写がぴったりなほどリリアンの平穏は破壊された。どうも校舎内にもモンスタ

ーは出没しているらしく、盛大な悲鳴がひっきりなしに聞こえている。

 お姉さまはやおら画板を取り出すと、弘法大師もかくありなんといった筆さばきで続き

を書き始めた。

『悪いモンスターがリリアンを襲う。私の祐巳に手ぇだしたらマジでシバク。核兵器の使

用も辞しません』

 それはどうか辞してくださいお姉さま。

「祐巳、今こそあなたの秘められた力を解放するときがきたわ。早く目覚めなさい」

「そうおしゃられましてもですね、私は何の変哲も無い普通の人ですから……」

 一体何を期待されているんだろうか。私は。

「もう。じれったいわねぇ。ウエダ、あれを」

「かしこまりました」

 ウエダさんが持ってきたもの、それは衣装だった。魔法少女モノの。ふりふりがいっぱ

い付いた真っ赤なコスチューム。コレを私に着ろと。

「もちろんよ祐巳。あなたが不思議な力に目覚めると変身するのよ」

「…………」

 なんて恥ずかしい格好をしなければならないんだろう、と内心ではさめざめと涙を流し

ていたが、御方には逆らえず簡易更衣室で着替える羽目になった。

「祐巳!! イイわ。それ、とってもお似合いよ」

「そうですか……?」

 この衣装、やたらとスカートの丈が短くて激しいアクションとかしちゃうと……見える。

現実には絶対領域なんてありゃしないのね。

「あの気持ち悪いのを殺っちゃいなさい」

「お姉さま、あの、もしかして素手ですか?」

 衣装は着せられたけど肝心の武器が無い。本当に徒手空拳で戦えって言うのだろうか?

「もちろんよ。下手に武器を取り扱うより拳で殴るほうが格好いいじゃない」

 ビンゴ! 嬉しくないビンゴ!

「おんどりゃぁぁぁぁ!!」

 私は半ばやけくそになりながら校庭で蠢く化け物共へ突撃していった。見えようが見え

まいがそんなの関係ねぇ。早く終わらせて帰ろう。

 ちなみに、祥子さまによる私の戦闘シーンの描写はこんなだった。


「うぁっ……」

 唇を離すと唾液が糸を引いている。どちらのものかなんて分からないけど、その艶やか

さに私の中の欲情が燃え上がってしまう。

 もう一度唇を奪うと、私は左手は祐巳のピーに、右手は祐巳のピーにあてがった。

「いやっ。そこは!」

 祐巳はびくっと体を震わせる。

「私は祐巳のここも好きよ」


 ちょ、それ年齢制限に引っかかるんじゃ……。苦情来ても知りませんよ、私は。って戦

闘ってソッチのことですか!? 一体何のために四百八十九体ものモンスターを殴り倒し

たのか……


シーン6

「祐巳、また新宿に戻るわよ」

「もう一度ですか?」

 プロットを読み直すと、確かに『4:新宿に君臨するモンスター達の親玉「地獄の君主」

を討伐するため東へ向かう』とある。だったら新宿の部分を全部書いてからリリアンに戻

ればよかったのに。ウエダさんもニコニコしてないでこれぐらいは進言してもよかったん

じゃないのだろうか。う〜ん。すごいグダグダ。

 私が東へ向かう、というシーンなんだけど、どうやって向かうのか明確じゃない。

「徒歩だと時間ばっかりかかるから車で向かったということにしましょう」

「…………」

 合理的にいけばそうなるんだけど、なんか釈然としないというかそんなんでいいのかと

いうか……。

 このシーンの描写はこちら。


「次はぁ、終点上本町です。難波方面へ起こしのお客様は階段を下りたホームに到着の

電車にお乗換え下さい」


 近鉄線!? なんで関西なんですか? 私新宿行くんですよね? 難波ってどう見ても

大阪市浪速区ですよねお姉さま?


 次のシーンは、いつ現れたのか全く触れられていないうえ、どういった存在なのかすら

不明な扱いの悪さではトップクラスのラスボス「地獄の君主」との決戦だ。某RPGの方

ではあらゆる物理ダメージが四分の一になるという鬱陶しいボスだったけど、それは全く

もって余談であり、本編とはなんら関係ない。

「お姉さま……これが」

「そうよ。『地獄の君主』よ」

 大きい。アホほど大きい。なんしか思い切り見上げてもてっぺんが見えない。

「最後の敵は大きくなくちゃ迫力が出ないでしょう?」

「あの、サイズはどれ程なんでしょうか」

「仕様では七百六十五メートルだと思うけど」

 ナ●コ! いや、それは置いといて、このボスの全長は都庁の三倍もある。デカ過ぎる。

果たして戦闘になるんだろうか。私の一撃でダメージが与えられそうには全然思えない。

「どうやって倒せばいいんでしょうか?」

「すねの部分に『あたり』って書いてあるでしょう。そこにボールをぶつければいいのよ」

 何ていう的当てゲームなんだろう。早く終わらせて帰って寝よう。私は気を取り直し、

ウエダさんの用意してくれたピンポン玉をポイポイ放り投げた。ちなみにさっきの衣装の

ままです。

「お姉さま。届かないです」

 弱点はハッキリしているけれども、私の腕力では何十メートルも投げられない。まして

や、なんでピンポン玉なんですか? 明らかに当てさせる気ゼロでしょ。

「仕方ないわね。これを使いなさい」

 ウエダさんに持ってこさせたのはスナイパーライフルだった。玉は玉でも「弾」の方で

すか!? 的当てから射的になっちゃってるよ。

 ウエダさんに一通り取り扱いについてレクチャーを受けた後、実射に移った。

 スコープを覗き込み、引き金を絞る。が、当たらない。何発か撃っていると……

「もう! 祐巳、かしなさい。私が仕留めてあげるから」

 お姉さまは私からライフルをふんだくると、さっと構えて一発で的に当てた。すごい射

撃能力。軍人ですかお姉さま?

 弱点を狙撃されたラスボスは(そういえば抵抗したりしないのはなんでだろう。木偶人

形みたいにずっとずっと立ちっぱなしだった)、「にゃぁ」とか妙に可愛らしい声を上げ

ながらどんどんしぼんでいき、やがて煙のようにキレイさっぱり消滅した。

 気になるようなならないようなお姉さまの描写はこんなんでした。

『朝から晩までお汁粉 お汁粉!!

グッドモーニンお汁粉 お汁粉!!

休み時間にお汁粉 お汁粉!!

お休み前にもお汁粉 お汁粉!!

一 二 三 四 五 六 七 お汁粉!!

二 二 三 四 五 六 七 お汁粉!!』

 カオス過ぎる!


シーン7

 なんと、驚くべきことにエンディングとなってしまった。

 感動のエンディングは、瓦礫の山と化している新宿で夕日を背にただ立ち尽くすのみと

いう渋すぎるものだ。渋いというより完全に手抜き。演出も何もあったもんじゃない。

 お姉さまの書かれた文章はこれです。

『ヴイなのにゃ』

 ようやく終わった。本当に長い長い長い一日だったように思う。早く帰ってお風呂に入

りたい。さて、肝心の小説なのだけど、こうなりました。




 ドカーーンという大きな音がした。煙がたくさん出ていた。ビルが壊れた。

 崩れたビルの跡から現れた、気味の悪いモンスターが街を歩いている。

 うなる拳。轟く銃声。ヘイ! バキューン! ドゴーン! ガッデム! ファックユー

ビッチ!!!

 萌える新宿。とても熱い

 モンスターたちのこうげき。しんじゅくは五百のダメージをうけた。しんじゅくはちか

らつきた。

悪いモンスターがリリアンを襲う。私の祐巳に手ぇだしたらマジでシバク。核兵器の使

用も辞しません。

「うぁっ……」

 唇を離すと唾液が糸を引いている。どちらのものかなんて分からないけど、その艶やか

さに私の中の欲情が燃え上がってしまう。

 もう一度唇を奪うと、私は左手は祐巳のピーに、右手は祐巳のピーにあてがった。

「いやっ。そこは!」

 祐巳はびくっと体を震わせる。

「私は祐巳のここも好きよ」

「次はぁ、終点上本町です。難波方面へ起こしのお客様は階段を下りたホームに到着の

電車にお乗換え下さい」

 朝から晩までお汁粉 お汁粉!!

 グッドモーニンお汁粉 お汁粉!!

 休み時間にお汁粉 お汁粉!!

 お休み前にもお汁粉 お汁粉!!

 一 二 三 四 五 六 七 お汁粉!!

 二 二 三 四 五 六 七 お汁粉!!

 ヴイなのにゃ。




 祥子さまは天才だと思った。ここからどんな脚本が生まれるのか、想像しただけ寒気を

感じます。だれかこの物語はフィクションですって言ってもらえないでしょうか。


シーンEX

「いやぁ祐巳ちゃん、本当に良かったよ。最高」

「そうね。祥子が書いた脚本には思えないわ」

「令もこれぐらいしてくれたらもっと面白いのに」

「お気に召していただけてよかったです」

 学園祭が終わった翌日、私はとある喫茶店にいて、目の前には聖さま、蓉子さま、江利

子さまが座っていた。

 この脚本騒動はみんなこの方々が仕組んだものなのだ。私はただのエージェントに過ぎ

なかったというのが真実だったりする。

「こんな馬鹿な脚本書くのに一兆円使うってのがすごいよねぇ。さすが小笠原って感じ」

 特に大喜びなのは聖さまだった。

「祐巳ちゃんにはお礼をしないといけないわね。何がいいかしら?」

 蓉子さまの謝礼の提示に、私はこう答えた。

「テレビに出てみたいです」





作後贅言

と、こうしてMahoo!シリーズへと話が繋がるのでした?

繋がったらいいですね。

それでは、また。




本編の内容については触れないでおきましょう。それがお互いのためです(笑