
| 用語の解説 |
| 用 語 (50音順) | 説 明 |
| F事件 | ⇒藤本事件 ※映画「新・あつい壁」の上映実行委員会では |
| Hansen's Diseas(専門用語) | 英語でのハンセン病関係の用語とその日本語訳を集めました |
| Leprosy(専門用語) | ⇒Hansen's Diseas |
| ヴェーダ文献 | 「アタルヴァ・サンヒター」など、インドの古代医学でも記述されていました |
| 愛生園事件 | ⇒長島事件 |
| 園内通貨(園内通用券・園券・園金) | 患者の逃走防止のため療養所内で発行する通貨 |
| 小笠原登博士糾弾(資料) |
不治の病でないと主張して日本らい学会や医学者から糾弾されました |
| お召し列車 | 患者の強制収容や通学の時に隔離するための専用列車 |
| 韓国ソロクト・楽生院の補償訴訟 | ソロクト・楽生院の補償訴訟とは? |
| 患者作業 | 療養所の運営を成り立たせるため入所者に課せられた重労働 |
| 菊池事件 | ⇒藤本事件 ※国賠弁護団HPの解説 |
| 救らいの日 | 現在の「ハンセン病を正しく理解する週間」です |
| 栗生楽泉園殺人事件 | 1950年に発生。患者の取締りの強化につながりました |
| 黒髪校事件(資料)(判決) | 竜田寮の児童の一般小学校への入学を父兄が妨害した事件 |
| 検証会議(ハンセン病問題に関する検証会議) | 強制隔離の原因・実態などを多方面から検証、提言する会議 |
| 国際会議 | 判決の中に1963年までの色々な国際会議が年代順にまとめてあります |
| 国賠訴訟(参考) | 入所者13人が国家賠償を求め熊本地裁に提訴した訴訟 |
| 国立ハンセン病資料館 | 2007年にリニューアルオープンした、かつての「高松宮記念ハンセン病資料館」 |
| 国連決議(差別撤廃) |
2008年6月18日国連人権理事会が全会一致で可決しました |
| ザビエルとハンセン病 | ザビエルがハンセン病患者の看護に当たったことは明らかですが、日本では? |
| 三園長発言(参考) | 1951年参院厚生委で三人の園長が強制隔離の必要性を説きました |
| サンスクリット語のハンセン病 | 古代インドでは、こう呼ばれていました |
| 謝罪広告 | 厚労省は2002年に三回、謝罪広告を掲載しました |
| 重監房 | ⇒特別病室事件 |
| 宿泊拒否問題(参考) | 2003年に温泉ホテル(アイスター経営)が元患者の宿泊を拒否した事件 |
| 人権擁護法 | 現在国会での審議が中断している人権に関する法律 |
| 全生園医療過誤訴訟 | 入所者が杜撰な医療で後遺症を受けたことを、裁判で追求しました |
| 洗濯場事件 | 山井道太が労働条件の改善を求めたため、重監房で死に追いやられた事件 |
| 全療協 | 国立療養所の入所者が1951年に結成した協議会の略称です |
| 象皮病 | この病名には、「ギリシャ象皮病」と「アラビア象皮病」の二つがあります |
| 外島事件 | 外島保養院の患者が結成しようとした「解放同盟」を当局が弾圧しました |
| 胎児標本問題 | 2005年の検証会議(PDF/334KB)だけでも115体の標本が発見されました |
| 第2次無らい県運動 | 1949年、無らい県運動に次いで再び徹底収容が強化されました |
| 大風子油 | プロミンの使用以前は専らこれが特効薬として用いられました |
| 多剤併用療法 | 1981年にWHOが提唱した、画期的治療法の呼び名です |
| 竜(龍)田寮事件 | ⇒黒髪校事件 |
| 断種 | 1915年全生病院で結婚を認める条件として断種が実施されました |
| 中国五輪問題 | 2008年6月2日、中国五輪委員会はハンセン病患者の入国規制を発表しました |
| 懲戒検束権 | 1916年から療養所の所長に与えられた、裁判なしに患者を縛る強権です |
| ツァラアト | 旧約聖書の中に出てくる言葉で、ハンセン病を指すと考えられたこともありました |
| 統一交渉団 | 原告団・弁護団・全療協の三団体で構成された厚労省との協議機関です |
| 特別病室事件(参考)(判決) | 1938年栗生楽泉園に設置された患者のための監禁施設 |
| 十坪住宅 | 建築資金は民間の寄付に求め、患者作業で建築した園内の住宅 |
| 長尾レポート | 療養所の将来構想に関する長尾栄治氏の研究論文 |
| 長島事件(資料) | 1936年長島愛生園で非人道的な扱いに抗議した事件 |
| 人間回復の橋 | 本州との距離わずか30mに架けられた橋は「人間回復」の象徴と言われました |
| ノルウェー方式 | 隔離の仕方にも2種類あります |
| ハンセン病(専門用語) | 百科事典や、医学事典での解説と用語です |
| ハンセン病市民学会 | 市民レベルでハンセン病問題への理解を深めるための団体 |
| ハンセン病の日 | 「世界ハンセン病の日」と「ハンセン病を正しく理解する週間」 |
| ハンセン病の病名の変遷 | 「ツァラアト」、「レプラ」、「癩」、から」「ハンセン病」まで色々な呼び方が有りました |
| 熊本地裁判決を受け、元患者の被害回復のため施行されました | |
| ハンセン病問題基本法 | 療養所の将来構想を保全するために、立法を目指す法律です |
| ハンセン病問題対策協議会 | 判決後定められた厚生労働省と原告団らとの協議の場です |
| 病名の変遷 | 「癩」、「らい病」から」「ハンセン病」まで色々な呼び方が有りました |
| 藤本事件 | 患者であったがために偏見が影響し死刑判決となった、問題を残す事件 |
| プロミン | 1943年アメリカで合成されたこの新薬により完治する病気となりました |
| べーダとスシュルタ・サンヒター | ヴェーダ文献の中でハンセン病はどのように扱われたのでしょう |
| ペシャワール会 | 中村哲医師を中心にパキスタンで医療活動をする非政府組織です |
| 法華経の中のハンセン病 | ハンセン病の記された日本最古の文献は「法華経」です |
| 補償法訴訟 | ⇒韓国ソロクト・楽生院の補償訴訟 |
| 本妙寺事件 | 1940年熊本県警は本妙寺集落を急襲し大量検挙を断行しました |
| 的が浜事件(参考) | 1922年に大分県で起きた的ヶ浜集落の焼き討ち事件です。 |
| 光田健輔 | 療養所の園長として治療に尽くすが、絶対隔離を徹底して主張しました |
| 無らい県運動 | 1929年、全患者を隔離して県から完全に無くそうと始まった運動 |
| 室戸台風(資料) | 1934年この台風によって外島保養院の患者・職員が大量に遭難 |
| らい・らい病・癩病 | ⇒病名の変遷・「癩」の由来について |
| 「癩」の由来について | 漢字「癩」の起源は何か、を調べてみました |
| 癩の根絶策 | 1930年に内務省によって作られた、強制隔離を目的とする政策です |
| 癩予防デー | 現在の「ハンセン病を正しく理解する週間」です |
| らい予防法 | 「らい予防法」とは何か?実は似た法律が四つ有って・・・ |
| らい予防法闘争(資料) | 1952年全患協が立ち上げた「らい予防法」改正要求闘争である |
| レプラ | ハンセン病との関係や、この言葉の歴史を調べました |
| ローマ宣言(ローマ会議) |
1956年この会議で差別的法律の廃止、自宅治療などが宣言されました |
| ワゼクトミー | ⇒断種 |
| 専門用語集 | 学会が作成した医学用語集ですが、「らい」の使い方などが参考になります |
| 注1:このページは以下のサイトやページにリンクさせていただいていますが、読者の方の読みやすさを優先して、各項目に注記することをいたしませんでした。 悪しからずご了承ください 「熊本地裁判決文」、「愛媛県HP」、「日本ハンセン病学会HP」、「ハンセン病国賠訴訟HP」、「ハンセン病回復者とふるさとをむすぶHP」、 注2:「資料」について |
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