
INTERVIEW WITH THE VAMPIRE
●staff
監督 ニール・ジョーダン
製作=デビッド・ゲフィン/スティーブン・ウーレイ
原作・脚本=アン・ライス
●cast レスタト=トム・クルーズ
ルイ=ブラッド・ピット
クローディア=キルスティン・ダンスト
インタヴュアー=クリスチャン・スレーター
1994年に製作された映画「IWV」についての雑誌記事を紹介します。
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 | *映画パンフレットより* 勇気があるなら聞かせてあげよう。僕たちの愛のすべてをー。
映画化にあたってのポイント。 1,アメリカでロングセラーを続け、過去に何度も映画化の話があっては流れた、同名小説の映画化。 2,原作者アン・ライスによる監督や配役へのクレーム 3,熱狂的、狂信的なファンの反対運動 4.同性愛をテーマしていること。 6,インタヴュアー役、リバー・フェニックスの急死
上記の問題点を内包する作品の映画化だったわけですが、主役のトム・クルーズは『トップガン』でスターの位置を確立した後、 様々な映画のヒットにもめぐまれ、悩める万年25歳、オールアメリカンボーイというキャラクターを確立していた。 その彼に、セクシャルなヴァンパイア役をイメージできなかった者も多かったが、 作者アン・ライスからの「トム・クルーズはレスタト役にふさわしくない」という発言には正直トムも面を食らったらしい。 そこで彼は、現在の自分にしか表現できないレスタトの「ユーモア」を見出し、前面に押し出すことで、自分なりのレスタト像を創り出した。
このユーモアさを押し出すことで、原作のエロティシズムが薄められたとの声もあるが、この映画を構成するのは、
ユーモアさ、若さ、本当の意味での血のつながりによる家族存在のスイートさ、それに伴うほろ苦さ、だとニール監督はいう。
トムも「僕自身あの家族と一緒にいるシーンが気に入っている。とくにレスタトが誕生日のプレゼントを持ってクローディアの部屋にやってくるシーン。あそこの描かれ方が好きだし、、、あのシーンはカメラを一台しか使っていないんだ。それでいてレスタトのクローズアップも撮りながら、レスタトとクローディアの微妙な心のズレ、関係のズレが実によく描かれていると思う。 しかもエレガンスさを失わないで。あれは自分の出番の中でも大のお気に入りのシーンだな。」
アン・ライスからの手紙 パンフレットにはかつては配役に不満をもらしていた作者が、試写をみて映画の素晴らしさに感動し、自ら広告ページを買い取って、前言撤回、映画推奨の意を表したものが、全文紹介されています。 「・・・映画化が実現するまでの17年間、この小説の心と魂がこれほど元のまま残った形で映画化されるなどとは思ってもみませんでした。 過去何年にもわたって「IWV」の脚本がハリウッドのレストラン、あるいはテラスで渡され、私のデスクを通過していきました。 映画化について数えきれないほど何度も話し合いをしたので、思い出すのも嫌なほどです。そしてその過程で自分では認めたくないほどたくさんの涙を流しました・・・。私はこの映画を見てただただ感動しました。始めから終わりまで感動しました。私の名前が「IWV」の脚本と作品に結び付けられることを誇りに思います。みなさんこの映画をぜひ見てください。(抜粋)」
監督ニール・ジョーダンへのインタヴュー
「・・・この映画はホラー映画でありながら、ファンタジー映画でもある。私たちはルイの旅にそうように、私たちの心の中にある光から闇への旅にむかうのです。 (主役の配役について)トムが脚本に興味を抱いていることを知り、彼を起用すれば多くの人を仰天させられると思いました。レスタト役は伝統的な吸血鬼のイメージでいくこともできましたけど、我々はあえて別のタイプを選びました。トムのようなね。
(ルイ役について)ブラッドは感情を、にじみ出るように表現できる稀有な役者。レスタトが人を操る狡猾な魅力に満ちているのに対し、ルイは正直で感情を表に出し、世渡りが下手なタイプ。ルイとレスタトは光と闇のような関係でそれゆえに惹かれあうんです。
(クローディア役について)最初のオーディションにやってきたのがキルスティンだったんです。しかし我々は4か月をかけて難しい役をこなす少女を探し続け、結局キルスティンに戻ってきた。そう彼女はあまりにも素晴らしかった。(抜粋)」
原作は超ベストセラー、映画化までの長い道のり―
熱狂的なファンが多く、カルト的な人気を誇るアン・ライスの作品。その中でもNo1の人気を誇るのがいうまでもなくヴァンパイアシリーズである。その人気の高さに「IWV」をハリウッドで映画化すれば絶対に当たるという目算から、これまで数えきれないほど映画化の話はあった。
レスタト役にルトガー・ハウアー、アンソニー・ホプキンス、クリストファー・フォーケンなど多くの名前が取り沙汰され、ホモエロティックな内容への批判を考慮して、メインキャストを全員女性に演じさせようという案もあった。
レスタト役をトム・クルーズが演じると発表されたときは映画界が騒然となった。正統派スターのトム・クルーズが男同士の濃厚なエロティシズムに彩られたこの作品の主役を演じることは、アメリカ映画界のタブーに触れかねないことだったらしい。トムにとってもこの役は大きな賭けだったに違いない。しかし彼の選択は彼自身が思いもよらぬほどの騒動を引き起こした。
原作シリーズのファンから「トム・クルーズはレスタトのイメージにあわない」との大合唱がおこり反対運動にまで発展した。くわえて脚本を担当した、当のアン・ライスまでも「トム・クルーズという人は、自分が何をしようとしているのかわかっているのかしら?自分にできる役とできない役がちゃんとわからなきゃだめよ」と雑誌のインタヴューで語り、公式に配役に反対するという異例の事態になってしまった。 これにはトムも参ったらしく「あの時はとても傷つきました。しかもあんなに続くとは思ってもみなかった。」と語っている。しかし映画を見たあとのアン・ライス態度を一変させは自費で広告打ち、映画を大絶賛した。(抜粋)」
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 | *ROADSHOW 1995 1月号より*31ページとじこみふろく
内容はストーリー、配役紹介、自費広告の紹介、シーンごとの小説抜粋紹介、と内容的にはパンフレットとあまり変わらず。
「衣装はテーマカラーを設定」
衣装は数々の賞を受賞しているサンディ・パウエルが担当。ストーリーが200年にわたること、全編を通して、灯篭などのソフトな明かりを用いていることから衣装のほとんどにインド製の絹を使用した。登場人物のテーマカラーも設定。レスタトは冷たい青と銀。ルイは温かみのある土のような茶。クローディアはパステル、藤色、ピンク、紫。
「怪しい容貌の作り方」
監督と決めた基本アイディアは「観客が今まで見たこともない吸血鬼で、美しく芸術的でエレガント」なもの。長い長い爪は準備が厄介なので俳優は一週間ずっとその爪をつけて過ごすこともあった。特にトムはレスタトの消滅シーンで人工の体やカツラをつけるのに4時間半もかかった。
「優雅で奔放な暗闇の舞台」
屋外の撮影はほとんど夜に行われた。つまり午後4時から翌日の夜明けまで。実際に吸血鬼が活動する時間である。ロケ現場の設定から、撮影時間まで本物志向を貫いた。撮影はニューオリンズとあればニューオリンズ、パリとあればパリ、サンフランシスコとあればサンフランシスコで撮影した。しかし2つの大陸、3つの都市で200年にわたる時を網羅するのは容易ではなく、ロンドン郊外のパインウッド撮影所の7つのサウンドステージに65のセットを作り、ニューオリンズ、パリ、サンフランシスコに25のセットを作った。また、ニューオリンズのジャクソン兵舎に巨大な水辺の町も建築した。
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 | *cut 1995 1月号* 監督ニール・ジョーダンへのインタビュー記事(抜粋)
ニール・ジョーダンは自身も小説家でアイルランド生まれのヨーロッパ人の映画監督である。過去にハリウッドで雇われ監督として撮ったコメディ「俺たちは天使じゃない」「ブランケット城への招待状」は失敗作だった。これだけみれば、「IWV」というギャンブルで、ジョーダンに賭ける人はいないだろう。しかしジョーダンがこのチャンスを得たのもハリウッドの基本ルールのおかげだ。すなわち「監督は最後に撮った作品で評価される」彼の撮った「クライング・ゲーム」はハリウッドでの成功をおさめた。
「もうぐったりだよ。」彼は言葉を慎重に選びつつも、この作品の公開までの苦労を吐露した。「私たちは映画を作った。何も話さなかった。ただ騒ぎは収まらなかった。ずっとだ。」現場を締め切り、ジャーナリストの立ち入りを禁止したが、タブロイド、テレビのカメラが屋根の上に陣取り、ヴァンパイア姿のトムをとらえたのだ。一方ライスとその読者たちは、まだ撮影も終えてない映画のボイコットを叫んでいた。以前ニールとライスはお互いのファンだった。でも今は? 「騒ぎが始まってからは彼女と話していない。。。(ライスの発言に対して)思いやりがないじゃないか。しかもプレス相手に言うなんて。だからこっちはこっちで映画を作ろう。そして完成してから彼女に訊けばいいと思ったんだ。」
ライスとニールを結びつけた製作のデヴィッド・ゲフィンが「クライング・ゲーム」を見て、ニールに声をかけてきた。「・・ゲフィンが電話をかけてきてね、フランスへ行く飛行機の中で原作を読んだんだ。もう夢中になってね、6週間で脚本を送ると約束した。それからデスクにかじりついて、出来上がるまで立ち上がりもしなかった。ライスの脚本は「メタファーの持つ底知れなさ」にあるが、僕はストーリーを語りたかった。ルイのファウスト的な選択、文学の普遍的なテーマだ。。。僕はこの作品の家族的なテーマに惹かれたんだ。そして他のヴァンパイア映画とは異なる、ヴァンパイア自身の視点に。」(抜粋)
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 | *Cut 1995 7月号*特集 リバー・フェニックス以後
ルイ役のブラッド・ピットはこのころスターとして名前が売れ出した時期でした。彼の生い立ち、趣味などをふまえて、「IWV」へのインタビューをしています。
ブラッドはオクラホマ州、スプリングフィールドで育ち、3人兄弟の長男。父親はトラック会社を経営している。大学ではジャーナリズムを専攻し、あと2週間でミズーリ大学を卒業という時期に、車に荷物を詰め込みロサンゼルスへと旅立った。同じころブラッドは非常に信心深く育った環境から自らを切り離し始める。家族はもともとバプテストで現在は無宗派だが彼はどちらにも属していない。「これまでで重大な転機の一つだった、育ってきた宗教に従えないってわかったんだ、大きかったよ。」
趣味は建築と絵画でスケッチブックを携えては、いつも現場からふらっといなくなる放浪癖を持っている。
映画についてー
ライス発言と、トムの関係者以外の現場への立ち入りを禁じるコントロールの要求、リバー・フェニックスの死といった複雑な状況の中での、撮影途中のインタビューでした。
「俺のキャラクターは映画の中でずっと自殺したがってる。自分じゃ自殺なんて考えたことがない。ビョーキだよ。映画のせいで一日が台無しになるのは大嫌いだ。。。今度は人に迷惑を掛けまくる役がいいな、で、めちゃくちゃ楽しむんだ。。。。本を読んで素晴らしいと思ったし、映画も素晴らしいと思う。誇りにしているよ。ただ撮影がそれほど素晴らしくなかったというだけさ。」
(ブラッドとトムがうまくいっていないとういうわさについて監督に聞く)
「彼らはまったく違うタイプの俳優だ。キャラクターだって違う。トムの役はコントロールをするのを楽しみ、ブラッドの役に苦痛を与えるのを楽しむ。ブラッドの役はただ逃げたがってる。あらゆる意味で二人はキャラクターに入り込んだんだ。ブラッドにとっては過酷な役だった。彼は『レジェンド・オブ・フォール(ブラッド主演の大作)』を終えて疲れきった時に始めたんだ。苦しんだんだよ。」
クルーズの演技には感心した、(二人の間に)緊張はなかったとブラッドはいう。ただライフスタイルが違うだけだ。クルーズはいつも完全にコントロールされている。ブラッドはいつも友人たちにしかられている。「ふらふらしている」と。ブラッドはロケ現場の先々で自転車を買い、時間があるといつもふらっと消えてしまう。
「知ってるかいトムの乗るマシーンはすごいんだぜ。。。それにこの映画のトム・クルーズはいい。おれは彼が好きだ。正直そうだよ。でもある時点で反発し始めた。今思うとあれは完全におれと彼のキャラクターのせいだってわかる。おれの問題だったんだ。」
(リバー・フェニックスの死について)
「リバーのことはよく知らないが、もっとよく知りたかった。彼の死は映画にかかわった全員に影響を及ぼしたけど、同時にすごくパーソナルなものだった。クリスチャン・スレーターには感心した。映画の最後の部分で、みんなクランクアップを待ってて、リバーは死んでしまった。でもやってきたのは現実の人間だった。彼はプロとしてきたんだ。エゴなんかじゃない。。」(抜粋)
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 | *Esquire 1995 4月号*−トム・クルーズ悪の華ひらく−
トム・クルーズの生い立ちを含めたDiscographyの紹介と映画解説
その日テキサス州ヒューストンのブックストアは異様な熱気に包まれていた。千人近い群衆が「No Tom Cruise!」と手にプラカード持ち叫んでいる。彼らが出迎えようとしているのはトム本人ではない。女王のようにリムジンから降り立ったのは原作者のアン・ライスだった。群衆の一人がうやうやしく、トムの配役反対署名を連ねた書類を差し出した。これが全米を騒がせた映画化をめぐる騒動の幕開けだった。ライスは噛みついた。「レスタトにはダニエル・デイ=ルイスやジェレミー・アイアンズ、ジョン・マルコヴィッチのような背の高いヨーロッパ風の役者がふさわしいのよ。トム・クルーズは背も低いし、声は高いし、、、」
クルーズはショックだった。彼は十代の頃に原作を読んでいたし、大のファンでもあったのだ。もともとホラーやファンタジーが大好きで、デイヴィッド・ゲフィンからレスタト役のオファーを受けた時にはすぐさまこの役に飛びついた。「邪悪なヒーローを演じるのは素晴らしい挑戦だ。」と彼は思った。
ライスにも彼女自身の物語がある。 原作はライスの家族をモデルにしているという点で、ほとんど自伝的で言ってもいい小説である。レスタトは夫のスタン・ライス、ルイは彼女自身、そしてクローディアは失った5歳の愛娘、ミシェル。映画化権が買われ、版権が買われ、ライス自身も脚本を書き、しかし映画化は実現しない。倫理コードに気を使ったライスは、ルイの役はもともと自分の分身だから、女性に変えてもいいといった。また幼児虐待と見える部分についても自主的に変更を加えている。何度も上手くいかなかったこの企画が、ニール・ジョーダンのもとで実現することになったとき、ライスは既にいくつかの辛酸をなめていた。レスタト役の第一候補に挙がったダニエル・デイ=ルイスが出演を断り、ライスの希望したジェレミー・アイアンズやジョン・マルコヴィッチが年をとりすぎているという理由で退けられたあと、青天の霹靂のようにトム・クルーズの名が浮上してきた。ライスには一言の相談もなかった。。
トム・クルーズにも家族の物語があった。
トムの一家は初めはごく普通の中流家庭であった。セールスマンの父、南部出身の母、3人の姉妹、一人息子のトム。一家は何不自由ない暮らしを送っていた。しかしトムが11歳の時両親が離婚。父は養育費を一切払ってくれなかったため一家は極度に苦しい生活を強いられることになる。だがトムがつらい子供時代を思い出し語るのは、貧しく苦しかった生活よりもむしろ、一家を結びつけた愛情の素晴らしさだ。クリスマスにプレゼントを買う余裕のない母と子が互いに詩を朗読してプレゼントしたという美しいエピソードはほとんど伝説のようになっている。
トムにとって父の不在は何を意味したのか。もともと彼の父は子供たちにかまう親ではなかったらしい。「父が僕に野球のボールを投げてくれたことは一度もなかったよ。」彼にとって父親とは子供を叱るために家に帰ってくる、怖い男の人だった。
父の不在は、女ばかりの家族の中で、少年にとっての男としての自覚を促すようになった。父の不在、若者の成長は、トムがスターになったとき役の中で繰り返し演じられるドラマのひとつになったのである。
『トップガン』以降の彼の役は軽薄で自己中心的な若者が、様々な困難に遭遇して正義や良心に目覚め大人になっていく。。この一文で要約されるだろう。父の不在、父への不信、父との葛藤を抱えている、これらの役の若者たちは、本来の父親としての役割を持つ男性と出会い、求めていた正しい価値観を取り戻す。その成長過程はまさに「アメリカの息子」として象徴的な役柄だった。
『ザ ファーム』で息子像としての一つの頂点を迎えたトムは、そろそろ息子から父親役をやる時期だと考えた。 監督はいう「レスタトは暴君的な父親だ。クローディアは彼に苦しめられる子供だよ。」
ライスは演技中にレスタトの魅力、ユーモアと圧倒的な無邪気が息づいていると彼を絶賛した。圧倒的な無邪気というのは実は悪と紙一重である。トムのレスタトをみるとこの両面性が自然にあふれ、ほとんど本能的に演じているのではないかと驚く。 暴君的な支配者とわがままな少年が同居したような不思議な魅力。邪悪な父親のようでもあり、無邪気な息子のようでもある。
トムはいう。「レスタトは悪い奴じゃない。ただ邪悪な面を持ってるだけなんだ。彼の立場からすれば彼のしていることは正しい。本当はものすごくさびしい人なんだよ。」(抜粋)
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ということで、以上「IWV」関連の雑誌記事を抜粋してみたのですが、製作費5000万ドルのこの映画の受難劇はひとえにライス節が炸裂したことから始まったのね、ということがよくわかります(笑)
いやいやほんとにご苦労様でした。いろんな意味でね。
この映画はみんなの大いなる賭けの対象として不安と期待と挑戦という未知数の可能性を内包して存在していました。
ライスの17年越しの賭け、もう失敗したくないという思い、トムの自己のキャラクターを変革させたい、という賭け、そして監督の過去の失敗作から学び、新たなハリウッドへの挑戦という賭け。。そして映画は見事、勝利を収めたわけです。深いですね。ルイ役のブラッドも、キャラがルイとかぶってたりして(生い立ちや性格を知ると)、はまり役だったんですね。レスタトもしかり。やるべき時期としてトムに役が舞い込んできたって感じですね。レスタト理解と解釈も素晴らしい。
というわけで完成度の高い素晴らしい作品が出来上がったわけですが、この後すんなりと次回作が出来上がらなかった訳も頷けます^^;
謎な点は、脚本は結局誰が書いたんだってことなんですけど、まぁパンフ見る限りライス女史なんですけど、ストーリー的に見れば、監督さんの趣旨も入れつつ、という感じですかね。
冬桜的には、レスタトがテーブルでぶどうを手持ちぶたさにいじってたり(先入観でずっとルイに投げつけてるもんだと思ってましたが(←ひどい笑)、よく見たらいじってるだけだった^^;)、ルイがテラスのてすりに寝っ転がってたり、ルイがふつうにぬかるみでコケてたり(レスタトは神経質に泥を避けてたり)と、ツボる点はいろいろ多いのですが、ああいった演技指導は誰がしたのかな。。
クローディアちゃんでお気にのシーンは「・・・そうかしら?」って流し目で去って行くところ。映画のラストの終わり方も大好きです。最後で一瞬だけレスタトがカメラ目線になるんですよvv
あとはトムとブラッドのいさかいが気になるところですね。具体的にどのシーンから対立しだしちゃったの??って。このネタでご飯3杯いけます。。
冬桜は映画から小説に入ったタイプなので、この映画は「原点」ですね、自分にとって。色とか質感とか流れる音楽すべて。。トムの妖しい魅力、ブラピの苦渋に満ちた瞳、キルスティンの巧みな演技と可愛らしさ。ほんと大好きです。みなさんもこの記事を読んで、少しでも映画の理解が深まっていただければ嬉しいです。2008 11/10