|
2005年以来台湾の「不一樣的煙火」はレスリーの業績を讃える講演を開催してきました。 この中から、2005年4月14日の聞天祥氏の講演訳を掲載します。 翻訳、掲載の許可を快諾くださいました「不一樣的煙火」のウェブマスターにお礼申し上げます。
|
2005年4月14日(木)
第一場:午後 7時 ~10時
《張國榮藝術節》 第一場 阿飛正傳 聞天祥先生講演 司会 : 芸術は無限で、芸術の生命は肉体の消滅と共に停止する事はなく、その姿、歌声も色も、比類なき風格も存在し続けます。本日は、じっくりと伝説を紐解きましょう。張國榮藝術節は、《欲望の翼》の脚のない鳥と共に幕を開けます。そして続けて、彼の代表作である《色情男女》《ブエノスアイレス》、そして舞台演出も振り返りましょう。 聞天祥先生: 皆さんこんばんは。聞天祥です。「まずはこのような集まりに参加できて、とても嬉しいです」とは言いません。実はとても不安だったのです。今日お話しする作品を知って、恐怖に襲われました。何故ならこの作品は、字のない“天書”(訳注:天上の神仙が書いたとされる書。分かり難い文章の例えでもある)だからです。そしてとてもとても特別な作品でもあります。レスリー・チャンの映画俳優人生からしても、或いは中華圏映画の発展からしても、《欲望の翼》はもう評価の定まった名作だということに疑問の余地はありません!公開当時は幼くてこの作品を見られなくても、皆さん、お若い方が多いですから。 この作品はずっと前の1991年の作品ですが、今日初めて見たとしても、きっとお分かりでしょう。映画の歴史は長いですが、この作品はやはりとてもとても特別な、前衛的で奇怪な作品であることが。明確なストーリーがなく、出てくる役をその時々に画面に放り込んだようで、しかし最後には、全ての人がエピローグに収まっています。 この作品が1990年末に公開された時には、多分香港映画史上最も白熱した議論が交わされたでしょう。私は現在までのところ、他のウォン・カーワイ作品が引き起こした賛否両論の議論も、十数年前にこの作品が引き起こしたほど刺激的ではないと思います。しかし当時自分がこの作品を見た経験では、台湾ではそんな状況ではありませんでした。当時台湾では、1990年末の金馬奨で、配給会社が作品の小さなDMを当時の長春戲院で配っても、何の反響もありませんでした。 当時の映画祭好きの観客にしてみれば、この作品をどうとも思わなかったでしょう。ウォン・カーワイはそれ以前に《今すぐ抱きしめたい(旺角卡門)》を撮っただけでしたから。台湾では《熱血男児》というタイトルでしたが、これはアンディ・ラウとマギー・チャンが初めて演技した作品という事で(会場笑)本当ですよ!あの人たち自身が認めたんですから!きっと俳優が好きだから、あるアイドルが好きだからこの作品を見たという観客は、理解できなかった事でしょう。 ですから《欲望の翼》の台北での公開時、私の印象はこうでした。 ここからも当時のウォン・カーワイがどれほどに前衛的だったか分かるでしょう。作品には際立った部分が沢山ありますが、多くの人にとっても、重要なのです。ウォン・カーワイ、クリストファー・ドイルそしてウィリアム・チョンという、いわゆる鉄壁のトライアングルもこの作品から始まりました」 そうです!ドイルがかつて言ったことがあります。この作品の撮影時、60年代を撮るからと、皆が想像や予想するように白黒フィルムや、黄昏たような黄色い色調で処理しようと考えませんでした。とても奇妙な表現方法に至ったのです。ああ!今私たちが見ているのはDVDでしょう?そうです。画質もとても良くなっています。しかしこの作品は、やはりフィルムで見るべきです。あの画面の緑は、フィルムでなければはっきりと、その美しさを仔細に見ることができません。特にほんの少し照明不足といった感じがあります。その暗い中でこそ、十分に明るくない中でこそ、それぞれの細部が明確に浮かび上がってくるのです。 この作品は、映画館のスクリーンにしか合わないと思います。映画館で観賞すべき作品です。細部までこだわりがあり、またドイルが焦点の移動を多用しています。ですから1シーンでも、初めは後ろに座っているマギー・チャンが「別れる」と話しているのを見ていたのに、突然レスリーを前から捉えると、焦点はレスリーに移っています。シーンは移動したとか、入れ替ったと見えませんが、焦点を移動することで動きが感じられます。非常に緻密に計算されています。さらによく分かるのが、初めて見る方は、ドイルのフィリピンの駅での手持ちカメラでの撮影に驚かれるでしょう。これも当時は、非常に珍しいことでした。 《欲望の翼》は後に台湾では順調に行ったと思います。金馬奨では、レスリーは最優秀主演男優賞こそ逃しましたが、それはあの年、中国の伝統的道徳に対する礼賛である《推手》の郎雄がいたからです。(笑)あの年は戦いになりませんでした。映画の、特に作品中の演技の評論・比較では、こういったことがしばしば起こります。しかし私はこの作品は、レスリーだけでなく、当時のこの作品に出演した多くの俳優にも重大な影響を及ぼしたと考えます。またここから分かるのは、ウォン・カーワイはその前に《今すぐ抱きしめたい》つまりは《熱血男児》を監督したと言いましたが、《欲望の翼》こそがウォン・カーワイの作風の始まりだと言えるでしょう。この作品以外もご覧になりましたら、はっきりと分かると思います。全てのストーリー・ラインがこの作品に現れています。当時皆が頭を悩ませても解けなかった、トニー・レオンは最後に出てきて何をしているのか?と言うことも含めて(会場笑)。 ええ!今は答えが出ています。トニー・レオンは周慕雲です。つまり《花様年華》と後の《2046》の。同様にマギー・チャンは常にウォン・カーワイ作品の全ての女性に対する郷愁の基点でもあります。《花様年華》にすでにその本質が現れています。《2046》では幽霊になり、可憐なチャン・ツィイーに変わり、太ももとチャイナドレスから露出する白く豊満なコン・リー。そして幽霊のようにタクシーに座り、3秒ほどしか出ませんが、どこにでもマギー・チャンの影が見られます。もし《欲望の翼》を見ていなければ、全く理解できないでしょう。或いは《2046》のカリーナ・ラウは一体何をしているのか。何故ずっと脚のない鳥のような男を捜し続けているのか、《欲望の翼》を見てこそ分かります。カリーナ・ラウが印象的なのは、ずっと映画の中のレスリーを捜し続けているからです。そして《ブエノスアイレス》を見れば、何故カリーナ・ラウが《2046》でチャン・チェンの側で休むのか分かるでしょう。チャン・チェンは《ブエノスアイレス》では、レスリーに代わり、トニー・レオンが情欲と感情を寄せ、アイデンティティを確認する身代わりです。ですから《欲望の翼》はその後のウォン・カーワイ作品のストーリーの根源と言えます。“宝のありかを示す地図”としてこの作品を見るならば、巻物が開かれる瞬間です。 |
|||
禁無断転載 © 2009 Leslie Legacy
|