文字を書き加えて、別物の「昭和47年政府見解」をつくり、そこで新たな見解を「発見した」と強弁する。
 捏造の安倍・安保法制
2015.7.8 2015.6.16 2015.6.14 2015.6.13初版

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集団的自衛権の脚本を作るには、まず最初に集団的すなわち「つるむ相手」が必要となります。
ニッポンの場合は米国となります。--> こちら
踏まれても蹴られてもどこまでもついていきたいと願う自民党が相手としたいアメリカ、正に「下駄の雪」状態となっています。
さらに、
「なんでアメリカとつるむんだ?」という合理性を国民に説明するためには
なにか約束してるんだからそれに基づいて「つるんでいる」と説明したいわけです。
その約束が日米同盟です。
約束といっても日米間で日本語と英文の両方の正文が作られ議会で批准されて効力をもつ条約とは違い、
単なる行政文書にすぎない。いわば「こうなったらいいねっ!」という類いの願望に過ぎないモノです。
いまでこそ、この用語が頻繁に聞かれるようになり、
「日米安保条約」を実質無効にするほどに大きな顔をするようになりました。
これを政治家が盛んにいうようになったのは小泉首相からです。
2005年に、日米同盟の質的大転換があったので、それとも時期が符合します。


<--自民党憲法正草案対照表 2012版
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国会もノータッチ、国民が知らぬ間に「ツープラスツー2+2」で勝手に決められた。
安倍自民は戦後体制を否定し戦前に戻るべく形振り構わず動きだしている。
その最終形が大日本帝国憲法、すなわち明治憲法。
自民党がいま提示している憲法草案は、そこへのほんの一里塚となっている。

・・・ 明治憲法は戦争の歴史だった ・・・
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戦争の歴史だった ・・・明治憲法の下で(明治から昭和まで)
 ※ 2005年10月29日、日米関係が決定的に変質した!
    こんな重大なことを多くの国民が知らないでいる・・・
    日米同盟が変質 2005.10.29〜

要するに、この同盟という用語をどこかにネジ込まないと「集団的自衛権行使」のシナリオが作れないのです。
必須の言葉です。
そのシナリオを作りたくってしょうがない安倍自民党は「昭和47年政府見解」を見つけました。
元ネタを手に入れ、それを根拠にすれば文句はないだろうと踏んだわけです。
確かに、そこには「集団的自衛権」の文字は入っています。(意味、文脈にかかわらずですが)
ところが、肝心要の「同盟」という言葉が記載されていません。
そりゃそうです。当時は、日米同盟の"日"の字もなかった時分ですから、なくて当然です。

そこで、ハタと困った安倍さん一派「右向けぇ〜、右っ!」の皆さん方が、
それなら「同盟」という言葉を突っ込んじゃえばいいじゃん、と捏造を指南したわけです。
それに飛びついたのが安倍さん。
そこから一気に捏造が始まりました。 勝手に文字を書き加え、おまけに肝となる結論部分はなかったことにし、
自分たちに都合のいい箇所だけをつまみ食いして、別物の「昭和47年政府見解」を作り出しました。
それを読んで新たな見解を「発見した」「これで限定的な集団的自衛権が行使できる!」と、強弁し、
閣議決定までおこなってしまいました。
さらに、その根拠のない閣議決定を元にした安保法制を捏ねくりあげる暴挙を重ね、
さらにさらに、強行採決しようとしています・・・。


  「捏造」を元にした論拠(脚本)になんの意味もありません。
  閣議決定は言うまでも無く無効ですし、
  閣議決定を強行したこと、法案を作ったこと、そして米国議会でぶち上げたこと、
   それらの責任を厳しく追及しなくてはなりません。
  その重大な歴史的瞬間に、いま正に直面しています。


2015/05/21【スクープ!】追加有_「集団的自衛権行使容認の閣議決定」が覆る決定的根拠!
「昭和47年政府見解」の知られざる真実を小西洋之議員が暴露!!

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 なんでこんなに大急ぎで法案を可決をしたいのか!? 
  そこにこそ、本質があり、彼らの弱点でもあります。
  いかにそこを突けるか・・・
  それを念頭にこの雑誌記事をお読み頂ければ、願い実現へ一歩近づけると確信しています。
    管理人

小西洋之 民主党参議院議員が語る これで安保法制を阻止できる!
安保法制を根底から覆す 昭和和47年政府見解」の真実

原文オリジナルPDFこちらから文字を拾い、原文には存在しない目次を付加し、さらに表形式にして細かく分けました。
 ※一部、原文にはない画像を追加しました。
  それに合わせて、独断と偏見のコメント欄も設けました。
 ※スマホに対応しています。
     管理人2015.6.13
【もくじ】
 〇 「昭和和47年政府見解」の真実
 〇 「外国の武力攻撃」の読み替え
 〇 解釈改憲の「安倍総理の手口」
 〇 昭和47年見解が作成される契機になった吉國一郎内閣法制局長官の国会答弁
 〇 「47年見解の読み替え」は粉砕できる!安保法制の救国論点


小西洋之 民主党参議院議員が語る
これで安保法制を阻止できる!
安保法制を根底から覆す
「昭和和47年政府見解」の真実

 政府が1972年に出した通称「昭和47年政府見解」は、実は集団的自衛権の行使を禁じていなかった
  − この論理の下で安保法制が策定され、国会で審譲が始まった。

 では、この47年見解とは何なのか。
安倍内閣と徹底対峙する小西洋之議員が47年見解の真相を明らかにする。
 この安保国会は日本社会の分水嶺です。
安倍晋三首相は強行採決の後、事態を完全に固定化するため政権の座にあるうちに自衛隊の海外出動を命じるでしょう。
 つまり安保国会は日本が永久に平和主義を失い再び戦争をする国になるのか、
それとも、              
これを最後のチャンスとして乾坤一擲(けんこんいってき)の闘いを仕掛け、安保法制を阻止し同時に安倍内閣を倒すか、
二つに一つです。
今こそ、国民の皆さまに、安保法制を阻止できる解釈改憲の究極の論点を一刻も早く共有していただきたいと考えています。
誰も見えない、読めない・・・
そんな余白に「文字が書いてある」と強弁し出し、閣議決定までした。
法案が強行採決されかねず、風前の灯火となっている。

切迫した事態になっている・・・

※カネか?裏取引か?
寝返ったハシシタ維新を審議に参加させ、与党だけで強行したんではないというアリバイまで作り、強行採決の準備が整った。
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7.1閣議決定を可能にした暴挙
「昭和47年政府見解」の読み替え
わが国に対する〜
外国の武力攻撃によって日本国民の生命等が根底からくつがえされる
わが国に対する〜

同盟国等に対する〜
(集団的自衛権のケース)
7.1閣議決定
読み替え

そもそもが、日米同盟 THE JAPAN-U.S. ALLIANCE の用語が文字として公式に登場したのは、17 April 1996に調印された「JAPAN-U.S. JOINT DECLARATION ON SECURITY- ALLIANCE FOR THE 21ST CENTURY -」が最初です。
その24年も前(昭和47年)には同盟、すなわちアライアンスの言葉すらなかった。
よって、「昭和47年政府見解」に、この「同盟国等に対する〜」を嵌め込もうとしても、
そもそも無理である!

ちなみに、昭和47年(1972年)当時、
日米間に存在していたのはいまも自動更新されている日米安保条約正文「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」英語正文「TREATY OF MUTUAL COOPERATION AND SECURITY BETWEEN JAPAN AND THE UNITED STATES OF AMERICA」であって、
その中には同盟の"ど"の字もALLIANCEの"A"の字もでてこない。

ところが、ところが無謀にも、
安倍政権はあるはずもない余白に「同盟国等に対する〜」を勝手に書き加え、それを元に捏造解釈を始めてしまった。
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編集部も目からウロコ!!
昭和47年「政府見解」を勝手に三つに分け「基本的な論理」を捏造した政府のゴマカシ論法
憲法は、第9条において、…前文において、…第13条において、…わが国がみずからの存立を全うし国民が平和のうちに生存することまでも放棄していないことは明らかであって、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛の措置をとることを禁じているとはとうてい解されない。
しかしながら、だからといって、平和主義をその基本原則とする憲法が、右にいう自衛のため措置を無制限に認めているとは解されないのであって、それは、あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるという急迫・不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るための止むを得ない措置としてはじめて容認されるものであるから、その措置は、右の事態を排除するためとられるべき必要最小限度の範囲にとどまるべきものである。
 そうだとすれば、わが憲法の下で武力行使を行なうことが許されるのは、わが国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られるのであって、したがって、他国に加えられた武力攻撃を取止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるを得ない。

「新三要件」に基づく限定的な集団的自衛権は合意(ただし、フルセットの集団的自衛権は違憲)

@基本的な論理
A基本的な論理

昭和47年時点の帰結あてはめ
7.1閣議決定での帰結あてはめ

昭和47年「政府見解」では、文字によって「いわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されない」と明確に否定しており、当然のごとく、これが「昭和47年政府見解」の結論となっている。

要するに弄れる余地すら無いということである。
だから歴代自民党政権はずっと「行使できない」という解釈を維持し続けてきた。
論理的に他の解釈のしようが無いという単純な理由だからであった。


「外国の武力攻撃」の読み替え

 2014年の7・1閣議決定に至るまで、
集団的自衛権行使は「いわゆる限定的な集団的自衛権行使も含め、解釈変更によって可能とする余地すらなく、
憲法改正以外に手段がない」というのが一貫して確立していた政府の憲法9条解釈でした。

それを破った「安倍総理の手口」ですが、
9桑についての数多くある国会答弁や政府見解のうち、唯一言いがかりを付けることが可能であった「昭和47年政府見解」のみを取り出し、
これを次のように読み替えることを強行したのです。
「読み替え」・・・
確かに意味としては間違ってはいないが、本質を的確に伝えているかとなると、心許ない。
本質は「デッチあげ」であり、「捏造」である。

雑誌という手前があり、このような直裁的な表現を避けたことが感じられる。
この「読み替え」を読者が「大したことないな」と感じ取ってしまうと最後まで読まれずにページが飛ばされ、あるいは雑誌が閉じられてしまうこともありうる。
やはり見出しは読者を惹き付けるべく、続く内容を読んで貰うべく、ズバッと伝えられるように工夫は欠かせない。
「7・1閣議決定に向かう枚討の中で、47年見解を改めて読み直してみたら、
実は、そこに書いてある9条解釈の論理の中に限定的な集団的自衛権行使が概念として含まれていることを発見した
この限定的な集団的自衛権行使が含まれている論理こそ、
歴代政府の9条解釈の根幹たる『基本的な論理』というべきものである」
自分で勝手に文字を追加しておきながら「発見した」もヘッタクレもない。
  そもそも47年見解とは、
9条解釈の基本論理を明らかにし、その評価・結論として集団的自衛権行使は違憲としているものであって、
この読み替えには唖然とするしかありません。

  確かに、7・1閣議決定文には
「これが、憲法第9条の下で例外的に許容される『武力の行使について、従来から政府が一貫して表明してきた見解の根幹、いわば基本的な論理であり、
昭和47年10月14日に参議院決算委員会に対し政府から提出された資科『集団的自衛権と憲法との関係』(編集部注:47年見解)に明確に示されているところである」
と明記されています。
 
  安倍内閣は結局、
9条から論理的に集団的自衛権行使を可能とできず、
さすがに70年近くの国会審議の積み重ねを無視するのは通らないと思ったのか、
「元々あった政府見解に書かれていた。だから合憲だし、立憲主義にも反しない」と主張しているのです。
そしてその根拠は47年見解の中の「外国の武力攻撃」という文言が、
「我が国に対する外国の武力攻撃」という意味だけではなく
同盟国等に対する外国の武力攻撃という意味にも読めるはずだという、
たった一言の表現ぶりに付け込んだ言いがかり、言葉遊びというべき暴挙なのです。
この「昭和47年政府見解」に限らずどれもそうですが、内閣法制局が法律の専門家として「論理の矛盾」をチェックし、文字にしているモノです。
どんな法律もそうですし、契約書なども同じことですが、
文字として書かれていないことは、そもそも存在しないのです。
そこに書かれていることが全てであり、それ以外のことは関知しない・・・
これがコモンセンスとなり、それを関係者がそれぞれ共有することでちゃんと機能する社会を形成してきています。
これは、まともな国なら世界のどこも同じ仕組みが機能しています。

ということは、 もし、余白の誰も見えないところに何か書いてある・・といいだし、
勝手な解釈ができるんだと強弁し、それが実力行使される事態になれば、社会はメチャクチャになります。
たとえそういう者が現われても社会のコモンセンスが機能して「キチガイ!」と認定・排除され、誰も相手にしないので大きな問題にならないのが通常ですが、
ところが、それを国家権力を持っているモノたちがやり出したら、深刻です。悲惨なことになることは目に見えています。


解釈改憲の「安倍総理の手口」

 解釈改憲をもくろむ安倍内閣は、
47年見解における
「外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるという急追、不正の事態」
という文章に着目しました。
憲法制定以来、9条の下では、
わが国に対する外国の威力攻撃が発生した場合の個別的自衛権の行使しか認められないとされていたのですから、
この文章は当然
「我が国に対する外国の武力攻撃によって〜」という意味にしかなり得ないはずです。

そもそもが、読み替えられる余地がなく、論理がきちっとした文書である。
小西議員が指摘するまでもなく、「我が国に対する外国の武力攻撃によって〜」という意味でしかないのは明々白々である。
議論の余地はない。
ところが安倍内閣は、
この文章は「我が国の同盟国等に対する外国の武力攻撃によって〜」という意味、
つまり「米国に対するイランの武力攻撃によって日本国民の生命等が根底から覆される事態」(ホルムズ海峡の事例)などとも読めるはずだ
という驚愕の主張を展開し、
そのように国会答弁もしています(3/24外交防衛委員会、5/27平和安全特別委員会)。

  なお、安倍内閣は日本国民の生命等が根底から覆るのを防ぐという
自国防衛を目的とする集団的自衛権行使を「限定的な集団的自衛権行使」と称し、
単に他国防衛だけを目的とする「フルセットの集団的自衛権行使」は引き続き違憲としています。
書いてもおらず、どう読もうとも読むこともできないのに係わらず「こう書いてあるはずだ」の暴挙を許したら、もうなんでもありの世の中となり、社会が混乱し機能しなくなるのは自明である。
  ところで、47年見解の結論には「いわゆる集団的自衛権の行使は違憲」とあります。
47年見解は砂川判決の法理を出発点にして9粂において許容され、
かつ否定される実力行使について「自衛の措置」から「武力行使」へと一気通貫に論理を展開しているものなのですが、
しかし安倍内閣は「読み替え」の一環として、
もともと一つの段落で書かれていた箇所を一ごつに構造分割し、
「武力行使たる集団的自衛権行使は違憲」との「論理」を示す部分を単なる「帰結(あてはめ)」に貶め(おとし)、そこに至るまでの二つの部分のみが憲法9条の「基本的な論理」だと主張しているのです。そして、昭和47年時点の帰結(あてはめ)では、そもそも法理として認められている限定的な集団的自衛権は当然否定されることはなく、ただ、フルセットの集団的自衛権のみが否定されているのだと主張しているのです。
 
  その上で7・1閣議決定においては、ホルムズ海峡事例などを基本的な論理Aにあてはめ、「限定的な集団的自衛権行使は認められる。(しかしフルセットの集団的自衛権行使は認められない)」という新しい帰結(あてはめ「が得られた、つまり、9条の新しい解釈が追加されたという意味で「解釈の変更」があったとしているのです。
  このように、47年見解を破壊し、そこから限定的な集団的自衛権行使が含まれた9条解釈の「基本的な論理」を捏造し、それから抽出した「新三要件」を7・1閣議決定に書き込んでいるのが解釈改憲の構造なのです。
 

作成者が全否定している

 私は、この読み替えの暴挙を立証するため元官僚の経験を活かし47年見解を情報公開請求しました。するとそこには、吉國一郎内閣法制局長官、真田秀夫次長、角田礼次郎第一部長の決裁印が押されていました。早坂剛主査の起案をこれら上司の3人が修正し10月7日に最終決定したのですね。しかも、実は47年見解は、9月14日の参院決算委員会の審議でその作成を質疑者から要求された政府見解なのです。そこで私は、その議事録を精査してみました。
するとそこには、47年見解の件成者である吉國長官が自国防衛を目的とする「限定的な集団的自衛権行使」を含めてあらゆる集団的自衛権行使が憲法9粂において許容される余地はないと、繰り返し答弁していたのです。たとえば「他国防衛、つまり、集団的自衛権行使をやることは、憲法9条をいかに読んでも読み切れない」、「我が国に外国の武力攻撃が発生した際に、やむを得ず自衛の行動をとることが、憲法の容認するぎりぎりのところ」など、集団的自衛権行使の限定容認の余地すらないことをはっきり明言しているのです。47年見解を作った当の本人がです。それを42年後に「読める!」と言い張ることは絶対に許されない。そんなことをしたらわが国は法治国家、さらには日本語を使う国でなくなってしまいます。

 

  そしてさらに、47年見解の読み替えを完璧なきまでに否定する極めつきの証拠がありました。実は、47年見解及び新三要件の「国民の生命、自由及び降伏追求の権利が根底からくつがえされる」という文言はこの国会審議で吉國長官が戦後議会で初めて使った表現だったのです。そして、この文言を使って、吉國長官は、「我が国に対する外国の武力攻撃が発生し、日本国民の生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利が根底から覆されるおそれがある場合に、個別的自衛権を行使することまでは憲法が禁じているものでない、というのが憲法第九条に対する解釈の論理の根底である」と述べ、9条の解釈としてこの個別的自衛権の法理に並ぶ他の武力行使を容認する法理が存在しないことを示し、さらに、「その論理から申しまして、他国に対する外国の武力攻撃が発生している状況では、まだ日本国民の生命自由及び幸福追求の権利が根底から覆ることはない。
 

よって、その段階では、日本が何らかの自衛の措置、つまり、集団的自衛権を行使することはできず、日本に対する外国の武力攻撃が発生して、そこで初めて自衛の措置たる個別的自衛権が行使できる」と明言しています。
  つまり47年見解の読み替えとは、「同盟国等に対する外国の武力攻撃」と読み替えれば、続けて「それによって国民の生命等が根底から覆される」と一連の文章として論理が成立することを前提としています。しかしこれに対して、「国民の生命等が根底からくつがえされる」という法理を作った当の吉國長官本人が、「同盟国等に対する外国の武力攻撃が発生している状況では、日本国民の生命等が根底から覆ることはない。よって、その段階では、日本が自衛の措置たる集団的自衛権許行使することはできない」と明言しているのですから、こうした読み替えは論理的に絶対に許されないのは明々白々です。
  なお、同様に真田次長と角田部長も、限定的な集団的自衛権行使を徹底的に否定する数々の答弁を残しています。
  つまり「47年見解には集団的自衛権は影も形も存在しない」のです。
  吉國長官の議事録を追及した際には、横畠祐介(よこばたけゆうすけ)現内閣法制局長官の顔は青ざめ、岸田文雄外務大臣、中谷元防衛大臣の表情も一気に緊迫しました。これを安保国会で安倍総理に対して徹底的に追求すればいいのです。
 


「47年見解の読み替え」は粉砕できる!
昭和47年見解が作成される契機になった吉國一郎内閣法制局長官の国会答弁

憲法第九条の戦争放棄の規定によって、他国の防衛までをやるということは、どうしても憲法九条をいかに読んでも読み切れない


■外国の侵略が現実に起こった場合いに「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」が根底からくつがえされるおそれがある。その場合に、自衛のための必要な措置をとることを憲法が禁じているものではない、というのが憲法第九条に対する解釈の論理の根底でございます。
■その論理から申しまして、集団的自衛権の権利ということばを用いるまでもなく、他国が侵略されているということは、まだ日本国民の生命なり自由なり幸福追求の権利が侵されている状態ではないということで、まだ日本が自衛の措置をとる段階ではない。日本への侵略行為が発生して、そこで初めて自衛の措置が発動する。

 
当時の内閣法制局の吉國一郎長官、真田秀夫次長、角田礼次郎第一部長、早坂剛主査らの印鑑がおしてある。
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安保法制の救国論点

 すでに私の追及によって、安倍内閣は「47年見解の以前にも以降にも、あらゆる国会答弁や政府見解で、限定的な集団的自衛権行使を容認する法理を示したものは存在しない」と答弁等しています。9条の解釈は戦後一貫しているのですから、もはや安倍内閣は7.1閣議決定について、47年見解だけにすがりつき、そこに限定的な集団的自衛権行使が書かれていると言い張るしかないのです。
この「47年見解の読み替え」を叩き潰した瞬間に、解釈改憲は崩れ去り、安保法制も倒壊し、解釈改憲の法的かつ政治的責任と米国議会演説等の外交責任を取って安倍内閣は総辞職するしかないのです。
この解釈改憲は論破し、打倒することができます。本来なら最高裁で違憲判決が出るはずですが、しかし最高裁判事は安倍内閣が任命権を持っています。
何が何でもこの国会で安保法制を阻止するしかありません。そのためには「戦争反対!」を叫ぶだけでは通用しません。「安倍総理の手口は47年見解の読み替えだ!」「言葉遊びのインチキで集団的自衛権を解禁するな!」「読んもでも読んでも、読み切れない!」と、47年見解の読み替えを社会全体の声として追及していかなくてはなりません。
国民、市民の皆さんにはこの救国論点を思い付く限りのところに、あらゆる手段で届けて頂きたいと思います。



※文章中(P.16、P.17)の「フルセットの集団的自衛権」という文言は、「限定的な集団的自衛権」以外の集団的自衛権である「非限定的な集団的自衛権」の意味としてご理解下さい。(安倍内閣は、昭和47年政府見解の昭和47年当時の「帰結(あてはめ)」における「いわゆる集団的自衛権」という文言は、上記「限定的+非限定的」からなる「あらゆる全ての集団的自衛権」を意味するとしています。) 小西注

聞き手・写真/成澤宗男 野中大樹(編集部)
週刊金曜日 2015.6.5(1042号)

 
小西ひろゆき【安保法制を根底から覆す「昭和47年政府見解」の真実】S47-s.pdf

Youtubeユーチューブ
【昭和47年見解、小西、lWJ】で検索!!
2015/05/21
「集団的自衛権行使容認の閣議決定」が覆る決定的根拠!
「昭和47年政府見解の知られざる真実を小西洋之議員が暴露!!

・なぜ、解釈変更は「違憲」なのか?の具体的なご説明。
・解釈改憲の根幹のからくり「昭和47年政府見解の恣意的な読み替え」を立証した解説です。
・ネット上には、30分と20分バージョンがありますが、ぜひ30分バージョンをご覧ください(冒頭から所要20分程度)。

 ※小西HPに関係資料を掲載しています。

こにしひろゆき
1972年生まれ。民主党政調副会長、参院憲法審査会幹事。2010年、総務省を退官し、千葉県選挙区で当選。復興特区法、障害者総合支援法、いじめ防止対策法などの数々の立法を行なう。


昭和56年6月3日角田長官答弁
稲葉委員
いわゆる他衛、他を守るということは自衛だというふうになってくるのじゃないですか。
・・・(略)外国が侵害を受けている…その結果として日本の国家の存立や何かに開係するという場合でも、日本は何もできないということですか。


角田長官
わが国に対する武力攻撃がなければ、わが国の自衛権の発動はないということを申し上げたわけであります。



第98回国会衆議院予算委員会(昭和58年2月22日)対市川委員質疑
○角田(礼)政府委員
集団的自衛権の行使を憲法上認めたいという考え方があり、それを明確にしたいということであれば、憲法改正という手段を当然とらざるを得ないと思います。したがって、そういう手段をとらない限りできないということになると思います。
○安倍国務大臣
法制局長官の述べたとおりであります。
谷川国務大臣
法制局長官の述べたとおりでございます。
※ともに「限定的な集団的自衛権」を明確に否定する答弁です。

参議院議員 小西洋之事務所配布
TEL:03−6550−0915(内線50915)
FAX:03−6551−0915
※政策討議資料(配布は出版社の許可済み)


【おまけ】
    集団的自衛権の行使を容認する閣議決定(全文)
※ 新規にネジ込まれた「同盟国」という用語。たった1カ所だけ登場する。--> こちら

国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について

平成26年7月1日 国家安全保障会議決定 閣議決定
我が国は、戦後一貫して日本国憲法の下で平和国家として歩んできた。専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国とはならず、非核三原則を守るとの基本方針を堅持しつつ、国民の営々とした努力により経済大国として栄え、安定して豊かな国民生活を築いてきた。また、我が国は、平和国家としての立場から、国際連合憲章を遵守しながら、国際社会や国際連合を始めとする国際機関と連携し、それらの活動に積極的に寄与している。こうした我が国の平和国家としての歩みは、国際社会において高い評価と尊敬を勝ち得てきており、これをより確固たるものにしなければならない。
 
一方、日本国憲法の施行から67年となる今日までの間に、我が国を取り巻く安全保障環境は根本的に変容するとともに、更に変化し続け、我が国は複雑かつ重大な国家安全保障上の課題に直面している。国際連合憲章が理想として掲げたいわゆる正規の「国連軍」は実現のめどが立っていないことに加え、冷戦終結後の四半世紀だけをとっても、グローバルなパワーバランスの変化、技術革新の急速な進展、大量破壊兵器や弾道ミサイルの開発及び拡散、国際テロなどの脅威により、アジア太平洋地域において問題や緊張が生み出されるとともに、脅威が世界のどの地域において発生しても、我が国の安全保障に直接的な影響を及ぼし得る状況になっている。さらに、近年では、海洋、宇宙空間、サイバー空間に対する自由なアクセス及びその活用を妨げるリスクが拡散し深刻化している。もはや、どの国も一国のみで平和を守ることはできず、国際社会もまた、我が国がその国力にふさわしい形で一層積極的な役割を果たすことを期待している。  
政府の最も重要な責務は、我が国の平和と安全を維持し、その存立を全うするとともに、国民の命を守ることである。我が国を取り巻く安全保障環境の変化に対応し、政府としての責務を果たすためには、まず、十分な体制をもって力強い外交を推進することにより、安定しかつ見通しがつきやすい国際環境を創出し、脅威の出現を未然に防ぐとともに、国際法にのっとって行動し、法の支配を重視することにより、紛争の平和的な解決を図らなければならない。  
さらに、我が国自身の防衛力を適切に整備、維持、運用し、同盟国である米国との相互協力を強化するとともに、域内外のパートナーとの信頼及び協力関係を深めることが重要である。特に、我が国の安全及びアジア太平洋地域の平和と安定のために、日米安全保障体制の実効性を一層高め、日米同盟の抑止力を向上させることにより、武力紛争を未然に回避し、我が国に脅威が及ぶことを防止することが必要不可欠である。その上で、いかなる事態においても国民の命と平和な暮らしを断固として守り抜くとともに、国際協調主義に基づく「積極的平和主義」の下、国際社会の平和と安定にこれまで以上に積極的に貢献するためには、切れ目のない対応を可能とする国内法制を整備しなければならない。


ここで「当然だ!」というような顔をして、説明もなしにいきなり同盟国の文字が飛び出てくる。
邪推されないように、数を減らしたことが窺える。この1箇所だけである。
さすがにゼロとはいかなかったということか。
5月15日に「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」から報告書が提出され、同日に安倍内閣総理大臣が記者会見で表明した基本的方向性に基づき、これまで与党において協議を重ね、政府としても検討を進めてきた。今般、与党協議の結果に基づき、政府として、以下の基本方針に従って、国民の命と平和な暮らしを守り抜くために必要な国内法制を速やかに整備することとする。
 

1.武力攻撃に至らない侵害への対処

(1)我が国を取り巻く安全保障環境が厳しさを増していることを考慮すれば、純然たる平時でも有事でもない事態が生じやすく、これにより更に重大な事態に至りかねないリスクを有している。こうした武力攻撃に至らない侵害に際し、警察機関と自衛隊を含む関係機関が基本的な役割分担を前提として、より緊密に協力し、いかなる不法行為に対しても切れ目のない十分な対応を確保するための態勢を整備することが一層重要な課題となっている。
 
(2)具体的には、こうした様々な不法行為に対処するため、警察や海上保安庁などの関係機関が、それぞれの任務と権限に応じて緊密に協力して対応するとの基本方針の下、各々の対応能力を向上させ、情報共有を含む連携を強化し、具体的な対応要領の検討や整備を行い、命令発出手続を迅速化するとともに、各種の演習や訓練を充実させるなど、各般の分野における必要な取組を一層強化することとする。  
(3)このうち、手続の迅速化については、離島の周辺地域等において外部から武力攻撃に至らない侵害が発生し、近傍に警察力が存在しない場合や警察機関が直ちに対応できない場合(武装集団の所持する武器等のために対応できない場合を含む。)の対応において、治安出動や海上における警備行動を発令するための関連規定の適用関係についてあらかじめ十分に検討し、関係機関において共通の認識を確立しておくとともに、手続を経ている間に、不法行為による被害が拡大することがないよう、状況に応じた早期の下令や手続の迅速化のための方策について具体的に検討することとする。  
(4)さらに、我が国の防衛に資する活動に現に従事する米軍部隊に対して攻撃が発生し、それが状況によっては武力攻撃にまで拡大していくような事態においても、自衛隊と米軍が緊密に連携して切れ目のない対応をすることが、我が国の安全の確保にとっても重要である。自衛隊と米軍部隊が連携して行う平素からの各種活動に際して、米軍部隊に対して武力攻撃に至らない侵害が発生した場合を想定し、自衛隊法第95条による武器等防護のための「武器の使用」の考え方を参考にしつつ、自衛隊と連携して我が国の防衛に資する活動(共同訓練を含む。)に現に従事している米軍部隊の武器等であれば、米国の要請又は同意があることを前提に、当該武器等を防護するための自衛隊法第95条によるものと同様の極めて受動的かつ限定的な必要最小限の「武器の使用」を自衛隊が行うことができるよう、法整備をすることとする。  

2.国際社会の平和と安定への一層の貢献

(1)いわゆる後方支援と「武力の行使との一体化」
いわゆる後方支援と言われる支援活動それ自体は、「武力の行使」に当たらない活動である。例えば、国際の平和及び安全が脅かされ、国際社会が国際連合安全保障理事会決議に基づいて一致団結して対応するようなときに、我が国が当該決議に基づき正当な「武力の行使」を行う他国軍隊に対してこうした支援活動を行うことが必要な場合がある。一方、憲法第9条との関係で、我が国による支援活動については、他国の「武力の行使と一体化」することにより、我が国自身が憲法の下で認められない「武力の行使」を行ったとの法的評価を受けることがないよう、これまでの法律においては、活動の地域を「後方地域」や、いわゆる「非戦闘地域」に限定するなどの法律上の枠組みを設定し、「武力の行使との一体化」の問題が生じないようにしてきた。
 
こうした法律上の枠組みの下でも、自衛隊は、各種の支援活動を着実に積み重ね、我が国に対する期待と信頼は高まっている。安全保障環境が更に大きく変化する中で、国際協調主義に基づく「積極的平和主義」の立場から、国際社会の平和と安定のために、自衛隊が幅広い支援活動で十分に役割を果たすことができるようにすることが必要である。また、このような活動をこれまで以上に支障なくできるようにすることは、我が国の平和及び安全の確保の観点からも極めて重要である。  
政府としては、いわゆる「武力の行使との一体化」論それ自体は前提とした上で、その議論の積み重ねを踏まえつつ、これまでの自衛隊の活動の実経験、国際連合の集団安全保障措置の実態等を勘案して、従来の「後方地域」あるいはいわゆる「非戦闘地域」といった自衛隊が活動する範囲をおよそ一体化の問題が生じない地域に一律に区切る枠組みではなく、他国が「現に戦闘行為を行っている現場」ではない場所で実施する補給、輸送などの我が国の支援活動については、当該他国の「武力の行使と一体化」するものではないという認識を基本とした以下の考え方に立って、我が国の安全の確保や国際社会の平和と安定のために活動する他国軍隊に対して、必要な支援活動を実施できるようにするための法整備を進めることとする。
(ア)我が国の支援対象となる他国軍隊が「現に戦闘行為を行っている現場」では、支援活動は実施しない。
(イ)仮に、状況変化により、我が国が支援活動を実施している場所が「現に戦闘行為を行っている現場」となる場合には、直ちにそこで実施している支援活動を休止又は中断する。

 
(2)国際的な平和協力活動に伴う武器使用
我が国は、これまで必要な法整備を行い、過去20年以上にわたり、国際的な平和協力活動を実施してきた。その中で、いわゆる「駆け付け警護」に伴う武器使用や「任務遂行のための武器使用」については、これを「国家又は国家に準ずる組織」に対して行った場合には、憲法第9条が禁ずる「武力の行使」に該当するおそれがあることから、国際的な平和協力活動に従事する自衛官の武器使用権限はいわゆる自己保存型と武器等防護に限定してきた。
我が国としては、国際協調主義に基づく「積極的平和主義」の立場から、国際社会の平和と安定のために一層取り組んでいく必要があり、そのために、国際連合平和維持活動(PKO)などの国際的な平和協力活動に十分かつ積極的に参加できることが重要である。また、自国領域内に所在する外国人の保護は、国際法上、当該領域国の義務であるが、多くの日本人が海外で活躍し、テロなどの緊急事態に巻き込まれる可能性がある中で、当該領域国の受入れ同意がある場合には、武器使用を伴う在外邦人の救出についても対応できるようにする必要がある。
以上を踏まえ、我が国として、「国家又は国家に準ずる組織」が敵対するものとして登場しないことを確保した上で、国際連合平和維持活動などの「武力の行使」を伴わない国際的な平和協力活動におけるいわゆる「駆け付け警護」に伴う武器使用及び「任務遂行のための武器使用」のほか、領域国の同意に基づく邦人救出などの「武力の行使」を伴わない警察的な活動ができるよう、以下の考え方を基本として、法整備を進めることとする。
 
(ア)国際連合平和維持活動等については、PKO参加5原則の枠組みの下で、「当該活動が行われる地域の属する国の同意」及び「紛争当事者の当該活動が行われることについての同意」が必要とされており、受入れ同意をしている紛争当事者以外の「国家に準ずる組織」が敵対するものとして登場することは基本的にないと考えられる。このことは、過去20年以上にわたる我が国の国際連合平和維持活動等の経験からも裏付けられる。近年の国際連合平和維持活動において重要な任務と位置付けられている住民保護などの治安の維持を任務とする場合を含め、任務の遂行に際して、自己保存及び武器等防護を超える武器使用が見込まれる場合には、特に、その活動の性格上、紛争当事者の受入れ同意が安定的に維持されていることが必要である。
(イ)自衛隊の部隊が、領域国政府の同意に基づき、当該領域国における邦人救出などの「武力の行使」を伴わない警察的な活動を行う場合には、領域国政府の同意が及ぶ範囲、すなわち、その領域において権力が維持されている範囲で活動することは当然であり、これは、その範囲においては「国家に準ずる組織」は存在していないということを意味する。
(ウ)受入れ同意が安定的に維持されているかや領域国政府の同意が及ぶ範囲等については、国家安全保障会議における審議等に基づき、内閣として判断する。
(エ)なお、これらの活動における武器使用については、警察比例の原則に類似した厳格な比例原則が働くという内在的制約がある。
 

3.憲法第9条の下で許容される自衛の措置

(1)我が国を取り巻く安全保障環境の変化に対応し、いかなる事態においても国民の命と平和な暮らしを守り抜くためには、これまでの憲法解釈のままでは必ずしも十分な対応ができないおそれがあることから、いかなる解釈が適切か検討してきた。その際、政府の憲法解釈には論理的整合性と法的安定性が求められる。したがって、従来の政府見解における憲法第9条の解釈の基本的な論理の枠内で、国民の命と平和な暮らしを守り抜くための論理的な帰結を導く必要がある。
 
(2)憲法第9条はその文言からすると、国際関係における「武力の行使」を一切禁じているように見えるが、憲法前文で確認している「国民の平和的生存権」や憲法第13条が「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」は国政の上で最大の尊重を必要とする旨定めている趣旨を踏まえて考えると、憲法第9条が、我が国が自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置を採ることを禁じているとは到底解されない。一方、この自衛の措置は、あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置として初めて容認されるものであり、そのための必要最小限度の「武力の行使」は許容される。これが、憲法第9条の下で例外的に許容される「武力の行使」について、従来から政府が一貫して表明してきた見解の根幹、いわば基本的な論理であり、昭和47年10月14日に参議院決算委員会に対し政府から提出された資料「集団的自衛権と憲法との関係」に明確に示されているところである。この基本的な論理は、憲法第9条の下では今後とも維持されなければならない。

 
(3)これまで政府は、この基本的な論理の下、「武力の行使」が許容されるのは、我が国に対する武力攻撃が発生した場合に限られると考えてきた。しかし、冒頭で述べたように、パワーバランスの変化や技術革新の急速な進展、大量破壊兵器などの脅威等により我が国を取り巻く安全保障環境が根本的に変容し、変化し続けている状況を踏まえれば、今後他国に対して発生する武力攻撃であったとしても、その目的、規模、態様等によっては、我が国の存立を脅かすことも現実に起こり得る。我が国としては、紛争が生じた場合にはこれを平和的に解決するために最大限の外交努力を尽くすとともに、これまでの憲法解釈に基づいて整備されてきた既存の国内法令による対応や当該憲法解釈の枠内で可能な法整備などあらゆる必要な対応を採ることは当然であるが、それでもなお我が国の存立を全うし、国民を守るために万全を期す必要がある。こうした問題意識の下に、現在の安全保障環境に照らして慎重に検討した結果、我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許容されると考えるべきであると判断するに至った。  
(4)我が国による「武力の行使」が国際法を遵守して行われることは当然であるが、国際法上の根拠と憲法解釈は区別して理解する必要がある。憲法上許容される上記の「武力の行使」は、国際法上は、集団的自衛権が根拠となる場合がある。この「武力の行使」には、他国に対する武力攻撃が発生した場合を契機とするものが含まれるが、憲法上は、あくまでも我が国の存立を全うし、国民を守るため、すなわち、我が国を防衛するためのやむを得ない自衛の措置として初めて許容されるものである。  
(5)また、憲法上「武力の行使」が許容されるとしても、それが国民の命と平和な暮らしを守るためのものである以上、民主的統制の確保が求められることは当然である。政府としては、我が国ではなく他国に対して武力攻撃が発生した場合に、憲法上許容される「武力の行使」を行うために自衛隊に出動を命ずるに際しては、現行法令に規定する防衛出動に関する手続と同様、原則として事前に国会の承認を求めることを法案に明記することとする。

 

4.今後の国内法整備の進め方

これらの活動を自衛隊が実施するに当たっては、国家安全保障会議における審議等に基づき、内閣として決定を行うこととする。こうした手続を含めて、実際に自衛隊が活動を実施できるようにするためには、根拠となる国内法が必要となる。政府として、以上述べた基本方針の下、国民の命と平和な暮らしを守り抜くために、あらゆる事態に切れ目のない対応を可能とする法案の作成作業を開始することとし、十分な検討を行い、準備ができ次第、国会に提出し、国会における御審議を頂くこととする。

(以上)

 
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