2013.7.8 2013.3.26 2012.8.27 2012.6.2 2007.6.5 2007.5.12 2005.4.18初版

憲法を守るのは国家、守らせるのが国民  国民が守らせる側にいる立憲主義のはずだ

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地球が乗っ取られる日 その28 2005.4.18

ニッポンは立憲主義だ!

  憲法を守らせるのは国民 国民が守らせる側にいる立憲主義のはずだ

このページ内へのリンク
1. 憲法を守るのは国家の側、国民は守らせる側
2. 権力を行使する側にとっては憲法が不都合

ブログなど、ほかのサイトへのリンク
■ ヤバすぎだ、と話題に・・・自民党 日本国憲法改正草案対照表 2012版 --> こちら
■ 憲法9条をまもれ 天木直人 2007.6.5 (ブログ)
■ 憲法で国民を縛ろうと安倍普三が狙ってる 2007.5.3 (ブログ)
■ 自民党 憲法草案 2007.5.5          ・・・・・・・・・改憲を支持する人しない人 憲法草案を読んでますか
■ 憲法9条と集団的自衛権 2006.11.27     ・・・・・・・・・戦争の歯止めが蹴散らされようとしている
■ 安倍首相は、なぜあえて違憲の事例研究をしようとするのか 2006.10.6

憲法改正と一口にゆっても、国の基本を変える重大なことであるだけに、よく考えなければならないと思います。
私も改正の余地がまったくないとはいいませんが、すくなくとも今騒がれている第九条については改正論者の論理性・合理性がわかりません。
政府与党では改正論議が盛んですが、その報道を見る限り「危なっかしいなぁ!」と感じています。

最近のどの世論調査をみても、自衛隊の軍への格上げは過半数が反対していますし、
天皇制維持については8割を超えている人が賛成しています。
このように、改正の目玉になるであろう2つの観点からみても、
今の憲法を是が非でも変えなければならない必要性を、国民が感じていないのだろうと見ています。

そんな折、目にとまったコメントを見つけたのでご紹介します。
中日新聞2005年4月13日朝刊に載っていました。

・・・憲法を守るのは国家の側、国民は守らせる側・・・

chuniti20050413_s.jpgchuniti20050413.jpg


中日新聞2005年4月13日から抜粋
冒頭で、

 憲法が現実に合わないからといって、簡単に引き下げてしまうべきではない。
生活の中で、理想と現実は食い違うものだ。「こうしたい」と思っても、なかなかうまくいかない。その時に、理想に向かって努力すから、生活がよくなる。
憲法は、まさにその理想を示すものなのです。
もし、現実に合わせるために理想を変えたら、そこを基準としてさらに現実が離れていく。磁石の隣にもう一つ(同じ極の)磁石を置くと、すっと向こうへ逃げていくのと同じです。
「憲法はまさに理想である」との前提で語られています。
人にはもともと向上心が備わっていて、それぞれの人生にとってよかれと思うことを目指して、日々の生活を送っているのだろうと思います。
ということであれば、「理想に向かって努力する」ことは、人にとっては自然なことであり、とても尊いことです。


1. 憲法を守るのは国家、国民は守らせる側  ・・ココが、最大のポイント

私も以前は「憲法は法律の親分」ぐらいにしか思っていなかった。しかし、法律は、私たちが社会の秩序を乱さないようにするもの
で、憲法は国家に歯止めをかける道具。まったく、向きが逆なんです。憲法を守るのは国家の側、国民は守らせる側このような考えを立憲主義という。
世界で憲法改正が多く行われているというが、国の根本を変えているところはどこにもない。例えば、フランスは一七八九年のフランス革命の人権宣言がまだ生きている。でも、時代遅れなんて誰も言わない。
日本の憲法で最も大切な価値は、一三条の「すべて国民は、個人として尊重される」というフレーズ。お互いが尊重し合って、自分 らしく生きていくということ。
恥ずかしながら私めも、立憲主義といわれても大昔に習ったこともすっかり忘れているようなありさまです。
氏の記事をきっかけにして、にわか勉強をしているところです。

『世界で憲法改正が多く行われているというが、国の根本を変えているところはどこにもない。 例えば、フランスは一七八九年のフランス革命の人権宣言がまだ生きている。
でも、時代遅れなんて誰も言わない。
とあります。

自民党議員がことあるごとに、
「世界、どこでも変えている」とご丁寧に各国別の回数の一覧表まで示してあたかもニッポンが「異常だ」かのように言いふらしていますが、もう騙されません。
改めて今、最も重要な憲法13条を噛み締めているところです。
このような視点で憲法を論じているのを見聞きしたことがなかったもので、とても新鮮かつ強烈なインパクを受けました。
勉強になりました。


2・ 権力を行使する側にとって、憲法が不都合

  この考えを国家のレベルに広げると、それぞれの国が同じである必要もない。日本の積極的非暴力平和主義の九条の考え方も、根本は個人の尊重にある。前文と九条は、日本の英知。
この考えを進める改憲ならすばらしい。私たちが幸せになる改憲ならいい。しかし、今の改憲論議は、それを後退させようとしている。
欧米で、政治家の資質は、憲法の価値に忠実かどうかで判断される。だが、日本では、政治家の無能を憲法のせいにして責任逃れをしようとしている。
憲法を変えて突然、国民の生活がすばらしくなるわけはない。憲法は魔法のつえではないのだから…。
今、改憲問題に対する国民の意識は高まっていない。これは、国民にとって、現在の憲法で不都合がないからだ。 不都合なのは、権力を行使する側 なんです。
と、さらっと述べています。
が、しかし問題点をちゃんと明らかにしていて、見識の高さはさすがです。
アメリカの身勝手な価値観を世界中に押し付けることへの批判にも通じ、
政権与党の政治屋どもの無能ぶりを痛烈に批判しています。

以下、全文です。
憲法はまさに理想。現実に合わせたら、現実が離れる。
私は立憲派です。


「伊藤塾」塾長・伊藤真氏

憲法が現実に合わないからといって、簡単に引き下げてしまうべきではない。
生活の中で、理想と現実は食い違うものだ。「こうしたい」と思っても、なかなかうまくいかない。その時に、理想に向かって努力すから、生活がよくなる。
憲法は、まさにその理想を示すものなのです。
もし、現実に合わせるために理想を変えたら、そこを基準としてさらに現実が離れていく。磁石の隣にもう一つ(同じ極の)磁石を置くと、すっと向こうへ逃げていくのと同じです。

私も以前は「憲法は法律の親分」ぐらいにしか思っていなかった。しかし、法律は、私たちが社会の秩序を乱さないようにするもので、憲法は国家に歯止めをかける道具。まったく、向きが逆なんです。憲法を守るのは国家の側、国民は守らせる側。このような考えを立憲主義という。
世界で憲法改正が多く行われているというが、国の根本を変えているところはどこにもない。例えば、フランスは一七八九年のフランス革命の人権宣言がまだ生きている。でも、時代遅れなんて誰も言わない。
日本の憲法で最も大切な価値は、一三条の「すべて国民は、個人として尊重される」というフレーズ。お互いが尊重し合って、自分らしく生きていくということ。

この考えを国家のレベルに広げると、それぞれの国が同じである必要もない。日本の積極的非暴力平和主義の九条の考え方も、根本は個人の尊重にある。前文と九条は、日本の英知。
この考えを進める改革ならすばらしい。私たちが幸せになる改憲ならいい。しかし、今の改憲論議は、それを後退させようとしている。
欧米で、政治家の資質は、憲法の価値に忠実かどうかで判断される。だが、日本では、政治家の無能を憲法のせいにして責任逃れをしようとしている。
憲法を変えて突然、国民の生活がすばらしくなるわけはない。憲法は魔法のつえではないのだから・・・。
今、改憲問題に対する国民の意識は高まっていない。これは国民にとって、現在の憲法で不都合がないからだ。不都合なのは、権力を行使する国なんです。

(聞き手=金井、後藤)
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その他のページへのリンク
※ 憲法 中部9県・立候補予定者に聞く 2007.6.18     参院選アンケート・中日新聞
※ 戦争をいやだ!という人の受け皿がない 2007.6.18   参院選候補者の主張・・・憲法について中日新聞が調査

このページとは関係がなく恐縮ですが・・・
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裁判で有罪の決め手となった、スクールバスの「ブレーキ痕」だ。

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――二〇〇六年三月三日午後二時半頃、高知県旧春野町(現高知市)の国道五六号で、高知県警の白バイと遠足中のスクールバスが衝突し、白バイ隊員(二十六)が死亡。
バスの運転手、片岡晴彦さん(五十二)は現行犯逮捕された。
同年十二月には業務上過失致死罪で起訴され、翌二〇〇七年六月には禁固一年四カ月の実刑判決が高知地裁で下された。
その後、高松高裁、最高裁と判決は覆らず、二〇〇八年十月、片岡さんは獄中の人となった。

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同局の報道記者である著者のもとに突然、見知らぬ男性から電話が掛かってきた。
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