岬にての物語〜竹本健治『クレシェンド』ノート




楽古堂・大内史夫


※ 書評ではありません。ノートといっても独立した批評です。
文中には、明確な「ネタばらし」がなされています。未読の方は、ご注意下さい。

絃楽器ひびきかはせり 青年の未知なる暗き領土の中に   塚本邦雄 

1・  『クレシェンド』は、50歳、知命を目前とする作家の、心技ともに充実した力作である。楽
譜の演奏のための用語である。「だんだん大きく」という指定になる。反対がデクレシェンドにな
る。

2・  友人を亡くした後で、残された者には何ができるのか。竹本健治の過去四年間の仕事
は、この主題の追求に費やされてきた。

3・  1998年8月、将棋の村山聖(さとし)九段が、29歳という若さで、この世を去る。彼は、そ
の衝撃を誠実に受けとめる。 

4・  長編『風刃迷宮』の後半から、短篇「ボクの死んだ宇宙」、渾身の鎮魂歌である「ファア・フ
ォーズの素数」が書かれていく。

5・  『クレシェンド』は、この主題の集大成となる位 置にある長編である。(拙稿『さびしき数
学』参照)

6・  音と鉱物による竹本版『虚無への供物』といっても良い。ここでは文字通 り、ひとりの人
間が虚無への供物に捧げられようとしている。 

7・  ヒロイン真壁岬(まかべみさき)が美しい。

8・  竹本の女性ヒロインは、「世界との総力戦」を戦う。パーミリオンのネコ、クー。『風刃迷
宮』の牧場典子まで。岬もそうした女性のひとりである。   

9・  横尾忠則氏の装丁は、地底の溶岩の風景を黄泉に同定した。創意のある美しいもので
ある。書棚から取り出して本を開くまでに、充実した時間の経過を味わうことが出来る。背表紙
の黒字に、金の題名と朱の作家名。箱に百鬼夜行図を配し、取り出すと赤の地獄図。本体背
表紙の発光するような金文字。頁を開くと、対照的に地底の白黒写 真。白い紙に黒い活字の
鮮烈さ。時間の要素を加味した三次元的な装丁の工夫は非凡である。箱入りの豪華な書物の
楽しさを、久しぶりに堪能した。ただ中表紙の二人の影絵の人物が、ともに男性に見えるの
は、なんとしても物足りない。背後のひとりは、女性の姿であるべきだったと思う。なぜ、横尾忠
則の装丁に反対するのか。この小説の僕にとっての醍醐味を、以下に解読しつつ説明してい
こう。 

10・  外見的には、この小説はRPGの形式を踏まえている。

11・  8歳の息子がゲームをしている。コツは、登場人物から話を聴いて、情報を集めること
である。男性主人公の矢木沢がしているのも、それと同じ行為である。ただ、ゲームにおいて
は数行分の断片的な情報が、ここでは長広舌になっている。それなのに、ゲームがクリアーす
る方向に向かっていくのと比較して、彼は混迷を深めていってしまう。実に皮肉である。彼をク
リアーにまで導くのが、ヒロイン真壁岬である。 

12・  彼女は、中学から高校の六年間を図書委員をしていた。本好きで聡明な女性である。
縁なしの眼鏡が似合う。美しい髪を長くのばしている。瞳の色が、平均的な日本人よりも薄い。
矢木沢は、「知性を印象づける面 立ち」(65ページ)という印象を受けている。

13・  ある事件と、入試を契機にして北海道から上京して来ている。叔父の勤務する、不思議
な会社でアルバイトをしている。大学では哲学を専攻したいと考えている。現在でも、早稲田慶
応クラスならば、それほどに苦労なく合格できる学力がある。 

14・ 真壁岬は、矢木沢との出会いから、不思議な幻覚という問題の解決のために、自主的
に協力していく。

15・  「今の私には、こういう作業が必要だった」(34ページ)からである。なぜか。その理由は
長い間、明らかにされない。  実は、下級生と友人という二人の自殺を体験をしている。しか
も、ひとりは「私の見誤りのせいなんです。」(289ページ)と判断 している。責任があるというこ
とだ。

16・  その時の、心の傷を修復するのではなくて、「そこを基点とするようなかたちで(自分自
身を)組みなおしたいと思っている。」(290ページ)気丈な女 性である。 

17・  「フォア・フォーズの素数」主人公は、4つの4によって数を作り出す作業に集中する。同
じように岬は矢木沢という謎に、果 敢に挑戦していく。 

18・  これは、「このまま自分自身のなかにつぶれこんでしまえれば。すべてを拒否して自分
自身の無限の奥底へとつぶれこんでしまえれば。」(「ボクの死んだ宇宙」『フォア・フォーズの
素数』所収・11ページ)とは、対極にある生き方である。

19・  48ページのマオリ族の神話が、岬が心を決める動因になっている。矢木沢も「一瞬の痛
みをこらえるような気配」(49ページ)として、岬の表情の変化を目撃している。

20・  もうあと四つの神話がある。セレブ古墳で、矢木沢は『古事記』の「黄泉津比良坂」の神
話を体験する。ここでの幻覚の圧倒的迫力は、原文を読んでもらうしかない。(191〜208ペー
ジ)

21・  冒頭の「どこか遠くで羽虫が鳴いているような、微かな微かな音が続いている。」(3ペー
ジ)の音は、クレッシェンドして、圧倒的な大音声となって轟き渡る。 

22・   矢木沢は、この体験を岬に説明しつつ「ヒアレ」という文字謎を口にする。(220ペー 
ジ)岬とともに、読者も鳥肌が立つようだ。

23・  『古事記』について、少し説明する。奈良時代の和銅五(712)年に、成立 した。当時の 
観点からすれば「歴史書」である。序文によれば、天武天皇の 命令を受けた稗田阿礼(ひえだ
のあれい)が、すべてを暗唱したものである。「帝紀」という天皇の年代記と、「旧辞」という神
話・伝説の集成のふたつの部分からなる。元明天皇の命令を受けて、大野安麻呂(おおのや
すまろ)が編集した。天皇を中心とする中央集権体制を確立しようとする時代に出来たもので
ある。「律令」を法律や経済という制度を確立するための目に見える手段であったとすれば、
『古事記』は、目に見えない目的であったとされる。 

24・  『古事記』については他に語りたいこともあるが、「ノート」では記憶以外の他の資料を参
照しないという自分が定めた原則に従って、ここまでの言及とする。以上は、大学入試に必要
とされるレベルの知識に過ぎない。

25・  古文の文学史を習う。最初に登場する記憶力の超人である稗田阿礼の名前は印象的
である。「ヒアレ」から真壁岬が「「ひ」えだの「あ」「れ」い」を連想しないということは、ちょっとあ
りえないだろう。

26・  彼女はこの瞬間に、矢木沢の抱える問題の、容易成らざる真相に迫ったのである。彼
は言霊を語るための男巫として、現代の稗田阿礼として選ばれようとしている。危機が迫って
いる。彼という人間の精神が、そのような巨大な試練に耐え切れるはずはない。日本語という
言霊のダムが決壊した時には、彼という人間の形は吹き飛ばされて、存在もしなくなるだろう。
岬は、またひとりの人間を失うことになる。そんなのはいやだ。許容できない。 

27・  彼女の心はここにない。思いつきの「ヒアレ」についての奇説を開陳するだけだ。デリケ
ートな場面 である。竹本健治の筆は、少女の心理の襞を微細に描写していく。岬は、強いて
「噛み砕くようにゆっくりと語る」(221ページ) 。矢木沢にも、自分にもその言葉 を信じさせよう
とするように。  それに対して、彼は素朴に信頼感を表明してくれる。
「君ならどんな難問も切り開いて進んで行けるんだろうな」
 彼女の反応は、次のようなものだ。
「岬は途端に顔を曇らせた。/「そうであれば、どんなにいいかと思いますが」」
 だめだ。自分も彼も真実も、偽ることは許されない。そうして、彼女は恐ろしいことを考えてい
る。
「私にもヒアレと叫んでくれる人がいれば……」
 その時には、この世界の秘密が、日本語という姿で真壁岬の前に、残る隈無くあらわになる
ことだろう。そのためには、意識や命など惜しくはない……。恐ろしいところだ。岬には、本人も
意識していない自殺願望がある。後の捨身の行動の伏線になっている。
 しかし、彼女はすぐに自制心を取り戻す。事態は、自分の力ではどうにもならないところまで
展開していることを認識している。ひとりの男の生死がかかっている。常識的で賢明な忠告を
する。
「もう一度、すぐにでも天野先生のカウンセリングを受けたほうがいいのではないですか」(225
ページ)
 その結果、日本の外、日本語に汚染されていない西表島に近い壷島へ、矢木沢は一時的に
避難をすることになる。 

28・  真壁岬は、映画マニアの会計士である叔父の多岐川を、どのように説得したのだろう
か。常識的に考えて、十代の美しい親戚 の娘が、精神の不安定な三十男と、無人島で二人だ
けの生活をすることを許可するわけがない。心理学者の天野によって「パニック障害」(116ペ
ージ)と診断された男である。期限さ え不明なのだ。 

29・  不思議なサロンの主催者である、円谷の干渉があったのだろう。
「どういう素性かよく分からない人物」(18ページ)が集う場所である。矢木沢の異変に、誰より
も早く気付いたのも円谷だった。「憑き物祓いの現場を見学」(40ページ)もしている。 

30・  矢木沢の方は、彼が幻覚に陥った場所である、地下二階の通 路やセレブ古墳を、実
地に自分の足で訪問している岬の努力の意味を、理解する余裕すらない。無人島で、十代の
少女が男と過ごすということの事実の重みを、受けとめていない。それも、病気の症状のひと
つであるから仕方がない。真壁岬は待っている。少女の気持ちは、読者の心を打つ。彼女が
友人の自殺という重い体験を矢木沢に告白するのは、島に来てからのことである。(286〜290
ページ) 

31・  真壁岬にはマウリ族の神話から、自分が犠牲になるかもしれないということは、分かっ
ていた。嘉門老人から、殺された女性の遺体から植物が生まれるという「ハイヌウェレ型神話」
を説明を受けていた。(340〜342ページ)
「アメノウズメが受け入れられることを願ってそんな格好をさせたが、運命がどうしてもハイヌウ
ェレをご所望ならそれまでだ」(370ページ)
 この老人の登場は、唐突に思える。しかし、それが壷島が意識と無意識の中間の場所であ
るという印象を強めている。老人はあの天狗のように、矢木沢を追い詰めるような情況を画策
している。
 それでも、彼女だけは世界という岬の先端(実際は、洞窟の前の森の中)に立っている。馬
鹿げて恥ずかしい半裸の格好をして、竜を迎え撃つ。何のためか。愛というような言葉を使う
必要はない。自分が生きるためである。人間としての誇りのためである。世界の秘密を知ろう
という、知識欲のためである。背筋を伸ばして毅然とした少女の生き方が素晴らしい。
 クライマックスを理解するために必要なのが、「天岩戸(あまのいわと)神話」の知識である。
有名な神話なので、若い方でも、どこかで聞いたことがあると思うが、解説しておこう。太陽神
アマテラスは、弟のスサノオの乱暴狼藉を怒り、天の岩戸という山の裂目に姿を隠してしまう。
そのため、世界は暗黒となって悪神の跳梁する場所となってしまう。どうすれば良いか。神々
は知恵を絞った。アメノウズメが、秘所を見せて踊った。神々はそれを見て、大いに笑った。不
審に思ったアルテミスが、岩戸の隙間から覗いたところを、タジカラヲノミコトという怪力の男神
が、引き摺り出した。世界に光明が戻った。そういう話である。

32・  ここで、押し止めることができなければ、「感応性の精神病」(320ページ )は、日本 全
土を席捲するだろう。それが、岬の理解だった。暗黒と狂気の 時代が再臨する。ここでの彼女
の行動は、妄想に捕らえられた人間の異常なものである。しかし、それだけにその思いの純粋
さを疑うことはできない。

33・  稗田阿礼の口を借りて、かつて迸った言葉は、いま、女神伊耶那美の呪いとして、日本
に襲来しようとしている。
「俺の言葉は死んだ言葉。俺は不可解。俺は俺でなく、俺の言葉は俺でないものの言葉。」(ボ
クの死んだ宇宙)
 これをヴァイオリン一挺の不気味な旋律とすれば、今度は全管弦楽によるコーダである。

34・  日本の少子化の深刻な現状を見て、「伊耶那美の呪いよりも伊耶那岐の誓いの方が相
対的に効力が衰えてきているみたい」(45ページ)という言葉を思い出すときに、読者は本当の
恐怖に打たれるだろう。竹本健治が垣間見せる恐怖の深淵は、並みの「ホラー小説」の及ぶと
ころではない。日本は創世の女神によって、滅ぶように呪いがかけられている国なのである。
日本人という集団の狂気の深層に、彼の目は届いている。 

35・  ともあれ、矢木沢をこの世界への入り口として、巨大なものがこの世界に侵入しようとし
ている。竜の姿さえ、その力の一部分の顕現に過ぎない。稗田阿礼として選ばれようとしてい
る男と世界を、救出できるだろうか。その戦いの詳細は、原作の迫力のある文章を読んでもら
いたい。362ページの「ヒアレ」 の呼び声は戦慄的である。
 竜の咆哮が、嵐とともに『クレシェンド』していく。テンポ・ルパートしていく。かの天才ヴィルヘ
ルム・フルトヴェングラー。そのひとの指揮のように。ベートーヴェンの交響曲第6番。その嵐の
楽章のような迫力。凄まじいアッチェレランド。壮麗。壮大。

36・  岬は世界を救った。すべてが終わった後の風景は美しい。
「衣裳も身につけた飾りものも、すっかり乱れきっていた。」(369ページ)
 現代のアメノウヅメの清冽なエロティシズム。
「ようやく夢から醒めたように振り返り、彼の名を呼び返した。そして、あふれるような笑みを浮
かべたかと思うと、はっと気付いてはだけた衣裳を掻きあわせた。」(369ペー ジ)
 少女の「あふれるような笑み」の美しさ。
「私も必死だったんですよ。そうでなければとてもこんな格好なんて」(371 ページ)「 笑みを含
んだまま、拗ねたように口をとがらせ」という表情がか わいらしい。 

37・  間一髪だった。「裂けた若木」(369ペー ジ)は、彼女の姿であったかもしれないのだ。総
力戦だったのである。タジカラヲノミコトは、全身全霊を使い果 してしまう。もう老賢者に頼るこ
とはできない。岬は、「世界との総力戦」にからくも勝利したのである。廃人同様の嘉門老人は
「剣持から教えてもらって」(379ページ)生物学者だという垣沼のもとに、引き取られていく。老
人 は偶然に島にいたのではない。壷島という場所も、剣持の紹介による決定である。(258ペ
ージ)魑魅魍魎は現実の世界を跋扈している。

38・  アマテラスは、父神である伊耶那岐の冥府下りの恐怖を遺伝されていた。女神が男性
になっていることが、竹本健治の神話理解の独創である。

39・  岬と矢木沢は、自力で天野の助けを得て、「言葉の地図」(245ページ)を 求めて旅をし
ていかなければならない。二人の冒険の旅は、RPGで言えば、まだ始まったばかりである。

40・  真壁岬という名前が美しい。彼女は、真実の壁として、無意識の海に突き出した岬の先
端に立ち、矢木沢の意識を竜の襲来から守ったのである。竹本健治が描いた、もっとも魅力
的な少女像のひとりだろう。彼女の造型が鮮明なので、矢木沢の不安も、読者に親身に感じら
れるのだ。彼がいかに動揺しても、岬の冷静な目が、定点から観察してくれているからである。

41・  この物語は、暗黒の迷宮を彷徨するような緊張を読者に強いる。が、各場面 の描写は
明るく明晰である。適切な照明がなされた現場を、露出に敏感なカメラマンが撮影した、上質な
日本映画のようである。繊細な神経が、隅々にまで行き渡っている。書きなぐったような粗雑な
文章の多い現代の小説の中で、その仕上げの丁寧さは際立っている。 

42・  不思議な感じがする。僕も北海道出身の知的な美少女が、東京で浪人生活を送ってい
る時期に知り合っていたことがある。岬と同じ年頃だった。腰まで延ばした長髪が美しかった。
縁なし眼鏡はない時代だったが、あれば似合ったことだろう。彼女もまた「惹きこまれそうな透
明な笑み」(125ページ )の持ち主だった。

43・  僕は、真壁岬の物語として『クレシェンド』を読んだ。他にも様々な読み方が可能であ
る。日本人の言語と精神の構造の分析。正史と偽史の問題等々。楽しいペダントリーを織り交
ぜながら、多重奏の物語が展開されていく。 

44・  『風刃迷宮』を弦楽五重奏曲。短篇集『フォア・フォーズの素数』を独奏・独唱曲集とすれ
ば、これは大編成の交響詩である。ラベルの『ボレロ』のようだ。同一の主題が反復され変奏さ
れてクレシェンドしていく。「微かな微かな音」(3ページ)は、五月蝿い喧騒となり(197ページ)、
大自然という嵐の 竜の咆哮になっていく。 

45・ (削除) 

46・  しかし、竹本健治という物語は終わらないだろう。この人の作品群を読んできて、ますま
す明らかになっていくのは、ひとつの作品というものの持つ意味が、他の多くの作家とは、ずい
ぶん異なるということである。世界と個人の境界が「ゆるい世界」において、作品だけが個別 
の輪郭を堅固に保持していてはおかしいだろう。竹本健治としては、自然な創作方法である。

47・  彼の脳裏には、広大な碁盤のような目を持った作品世界の地図がある。それは、おそ
らく地平線の見えない世界である。彼は黒や白の碁石のように、大局を読みながら作品を置い
ていくのである。誰と勝負をしているのか?世界としかいえないだろう。彼も「世界との総力戦」
を戦っているのだ。 

48・  『クレシェンド』は、恒河大学や丸木財閥(57・60・72ページ)との関係によって、『闇に用
いる力学』につながっている。「巨大な掌が二つ」(365ペ ー ジ)という謎が残っている。仏典に
おいては救済者仏陀や弥勒の象徴とな る。「心配せんでよい。すぐに慣れるからの。」(157ペ
ージ)矢木沢に覚醒 を促した天狗の 正体は誰か?嘉門老人であったのか。アマテラス=矢木
沢を 脅かしたスサノヲは、その姿を明らかにしていない。

49・  物語は、天野の作成する「言葉の地図」への興味と関心を持って終わる。その探求に
は、天野の言う「もっと網羅的な、探偵の推理能力」(227ページ) が要求されるだろう。 

50・ 「いや、僕自身、本当の推理能力とはどんなものか、実際に目の当たりにしたことがある
んです。確かにあれは積み重ねでおこるものじゃない。もっと飛躍した何かを招き寄せる能力
ですね。」(228ページ)
 つまり、牧場智久の登場が予告されている。『風刃迷宮』へとつながっていくだろう。僕達は、
岬と矢木沢が、牧場きょうだいに面 会する時に出会えるのかもしれない。『入神』の桃井君も
参加してくれるだろう。しかし、それは、まだ先のことだろう。 

51・  竹本健治が、自分の主要な主題をマンガによっても表現する、おそらく日本で初めて登
場した小説家であることは、文学史的に見て指摘しておいて良いことである。(余技とした作家
ならば、筒井康隆など複数いる。)

52・  親戚との不如意は、どこの家族にもある。(88〜89ページ)。「何か異常が起こったと
き、それに気づいたことを相手に悟られないよう、努めて無反応を装ってしまうこの性格」(28ペ
ージ)という分析には、作者自身の影が差しているかもしれない。

53・  母親の顔を思い出せないという、日常の些細な経験(80ページ)等々から、壮大な物語
を紡ぎだす竹本健治には、「何かを招き寄せる能力」があることが、ますます明らかになってい
る。

54・  神経の震えそのもののような、繊細な銀杏の木の描写 を引用しよう。
「窓の外には大きなイチョウが青々と繁っている。前日からの雨があがったばかりで、初夏の
陽光はまだ柔らかい。眼を凝らすと、その柔らかな光を浴びて、一枚一枚の葉がすべて違った
色あいや明るさを見せているのが分かる。そしてそれらの織り成す形状の、複雑に入り組んで
いながら全体に調和のとれたありように、改めて不思議を感じずにはいられなかった。」(14ペ
ージ)

55・  これは、『クレシェンド』の読後に、日本語という言語の総体の印象とも、終幕の真壁岬
の美しい髪の描写 とも、照応していることが分かってくる。
 潮騒と風の音しかしない。複雑な世界の中での調和の瞬間。
「黒髪が風に嬲られ、踊るように激しく靡いている。それでも一本一本の髪は決して縺れること
がない。流れる艶やかな光沢。繊細な流線の交錯。到底言葉では写 し取れない移ろいだ。そ
して流れる髪の揺らめきは、そんな彼の思いとも関わりなく、ただ見るものの目を捉えて離さな
かった。」(380ページ)
 この小説で、もっとも美しい段落。恋人に捧げられた散文詩の一節のよう。「彼の目」ではなく
て、「見るものの目」であるところに、なお矢木沢の精神の分裂が表現されているだろう。不協
和音をもって、物語は静かな余韻を引きつつ、ひとまず幕を下ろす。

56・  複雑なゆらぎの中での秩序。
 形而上学的な思考が、無理なく映像として表現されている。

57・  最後に、これからの竹本健治の作品の展開を考える上で、トリニティという概念につい
て述べておきたい。三位 一体という意味である。もともとは、キリスト教神話にその原型があ
る。「神−神の子−精霊」という関係である。それが、『クレシェンド』の特に島の場面 に明瞭
に、存在するのではないかということである。「嘉門老人−矢木沢−岬」という関係である。
 しかし、キリスト教神話のイエス=キリストの位置に矢木沢を置くことには無理があるだろう。
彼は、あまりにも何もしない。それには理由があると思う。

58・  ユング心理学者の河合隼雄は、日本の神話におけるトリニティの中空構造を指摘して
いる。「タカミムスヒ−アメノミナカヌシ−カミムスヒ」、「アマテラス−ツクヨミ−スサノオ」そして
「ホデリ−ホスセリ−ホヲリ」という神の三代に渡る関係において、中央の神は徹底的に無為で
ある。
 矢木沢の、この小説における無為無策は、日本神話の中空構造を連想させずにはおかない
ものがある。彼は、神話的な原型としての時間を生きたのである。
 (河合隼雄『中空構造日本の深層』所収「『古事記』神話における中空構造」中央公論社・
1982)

59・  『風刃迷宮』の続編においては、「天野−牧場智久−牧場典子」がトリニティである。天
野の役割が重要になるだろう。『クレシェンド』の終幕からも、いよいよ明瞭になってきた。『入
神』においては、表面 的には「牧場智久−武藤類子−桃井」というトリニティが存在している。
しかし、同時に「牧場智久−村山聖−桃井」という、もうひとつの隠された強力なトリニティが存
在する。マンガは二つのトリニティ間の振幅を動因として、新たに生成されていくことだろう。



夢の沖に鶴立ちまよふ ことばとはいのちを思ひ出づるよすが  塚本邦雄



『クレシェンド』
竹本健治・著
横尾忠則・装丁
角川書店
平成15年1月30日 初版発行
ISBN4-04-873435-0
定価:本体2500円(税別) 



(2003・04・07 鉄腕アトム誕生の日に) 
(2004・10・01 改訂)






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