『閉じ箱』を開いて〜楽古堂夜話・竹本健治の巻







楽古堂・大内史夫


登場人物

主:楽古堂。最近、年令のためにすこし耳が遠くなっている。本好きな老人。
客:楽古堂の古い友人、詰め襟姿の中学生。
美知子:楽古堂のアルバイトのお手伝いさん。麻丘めぐみに似た美人。声優のたまご。読書会
では、美声をいかして朗読を担当する。最近、発言の機会も多くなってきた。

時:平成10年正月吉日
ところ:楽古堂にて

床の間色紙

ほととぎす迷宮の扉のあけっぱなし  塚本邦雄 



主:そろそろ来る頃だと思っていました。お久しぶりです。
美知子:ようこそ、いらしゃいました。
客:ごぶさたしております。竹本健治氏の『閉じ箱』の読書の一夜を、ぼくの要望によって開い
ていただき、ありがとうございました。
主:いやいや、文庫版が出たので、良い機会です。一度、読んでみようと思っていた作家です。
ただ、私はこの他には、竹本の作品をまだ何も読んでおりません。見当違いがあった節には、
ご容赦下さい。
(酒と軽い肴。主と客に美知子。しばし時事問題を論ず。)
客:竹本健治氏(以下、敬称略)は、一九五四年の生まれなんですね。
主:はい、わたしよりも、一つ年上です。
客:東洋大学を卒業されています。
主:はい、この名前も懐かしいです。
客:先生は、お茶の水にあったころの、中央大学の出身ですよね。
主:ええ。お茶の水にあるから、「中央」で、多摩に移転したならば、「多摩地方大学」と改名す
るべきだと、悪友と話していた記憶があります。高橋明宏という友人が、東洋大学の学生でし
た。白山にあった彼の下宿にも何回か足を運びました。竹本氏とはどこかで、すれ違ったこと
があるかもしれません。
客:高橋明宏という名前は、先生の話には何度も出てきますね。
主:オートバイ事故で、二十八歳の若さで夭折しました。今でも、ことあるごとに思い出します。
二度とは得難い親友でしたから。寂しいですね。竹本健治の追求している主題も、一貫してい
るんです。「宿命の主調低音」というように、小林秀雄ならば言うでしょうか。それは、「喪失」で
す。何かが、徹底的に失われてしまっている。天才というものが、自身の意志でさえなくて、宿
命的に与えられたものであるとしたら……。
客:だれにですか?

主:この場合は、天からとしかいえないでしょう。天才が、一つまたは数少ない主題を、生涯に
渡って深めていける才能のことだとしたら、竹本もこの紋章が額に輝いている、希有な作家の
一人だと言えるでしょう。今晩、君と語る予定の短篇集『閉じ箱』に収められた作品は、すべて
が「喪失」という同一の主題の変奏であるといって良いと思います。徹底しています。
客:十六年間の作品の集成であるということが、まとめて読むと、不思議に感じられる程です
ね。
主:仔細に読んでいけば、歳月が作者にもたらした成長という、変化の印があります。今回は
その点を中心に、説明したいと思っています。何が成長していったのかということですね。原則
として、発表順に読んでいきましょう。
客:テキストは、角川ホラー文庫版『閉じ箱』(竹本健治・平成9年12月1日 初版)を使用する
ということで。

客:一番古いものが、「夜は訪れぬ 内に闇」ですね。1975年です。
美知子:可愛いですね。
客:作者20歳の作品です。
主:きょうびのSFファンは、情報過多でひねてしまっているからねえ。大学生ともなると、これほ
ど素直に、先行の作品を読んだ感動をそのままに表現しているSFは、書けないでしょう。
客:この純真さは、それだけで貴重ですね。
主:ここでは、特に光瀬龍の『百億の昼と千億の夜』の影響が顕著ですね。《シ》やMIROKU、そ
れにナザレの男に悉達多太子は、ともにその登場人物です。「茫漠」という何気ない言葉も、光
瀬龍の大好きな言葉でした。この作家には、「ボーボーバクバクエンシス」というあだ名が付い
ていたんですよ。懐かしいですねえ。
美知子:先生、嬉しそうですねえ。
主:年寄りには、昔話はこたえられないのだよ。ついでに、もう少し思い出したことを言っておき
ましょうか。ゴーちゃんの「あっは」という笑い方には、『死霊』の埴谷雄高の登録商標が、つい
ているでしょう。「うっふ」に「ぷふい」というのもあったなあ。
客:《宇宙の恋人たち》は、C.M.コーンブルースの長編ですね。
主:竹本は、題名だけを拝借しています。いかにも意味深長に使用されていますが、内容とは
関係がありません。
客:確か、SF小説の中に性を表現したということで、話題になった作品でしたね。
主:今、読み返しても、なんということはないですよ。しかし、こうした若さを示す遊びよりも、は
るかに重要なのは、二人の少年たちの別 れのドラマですね。
客:ぼくは、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を連想しました。ジョバンニとカンパネルラの別 れで
すね。
主:すでに、自分の主題を明瞭に意識化しています。早熟な才能です。君に宮沢賢治を連想さ
せた「少年の世界」という設定も、十分に考えられた上での選択でしょう。美知子さんに「可愛
い」と言わせ、君を「純真」と感動させた世界は、偶然の産物ではないでしょう。老成した表現で
す。220ページから、ぼくが付箋を付けた部分を美知子さんに、読んでもらいましょう。
美知子:「ボクは気がつくと、遥かな闇の中を流れていた。ボクは急に睡魔に襲われていた。眠
ってはいけないと思いながらも、何だか懐かしい眠りの中にずるずるとひきこまれていく自分を
意識していた。」
主:この眠りの中で、ボクとゴーちゃんの別 れがあることが、君に『銀河鉄道の夜』を思い起さ
せた、主要な理由だと思いますが。
客:ああ、そうです。
主:しかし、この後に、『銀河鉄道の夜』とは、ことなる部分が出てきます。
美知子:「闇は、絶望的に深かった。(改行)この闇はいったい何に由来するものなのだろう
か。夜は訪れぬ 内に闇。ボクは、その問いに答えることができなかった。ボクは、何事をも語
り得なかった。これまでも、そうだったし、そしてこれからもずっと、そうなのだ。」
主:まず、そこまでにしましょう。竹本の「喪失」には、原因があります。この「闇」が関係してい
ます。これを貫き通 す「光」を発見することに、彼の全芸術活動は、費やされていると言っても
良いと思います。
客:光や、闇ってなんですか。
主:書いてあります。つねに、テキストを信頼してそこに戻りましょう。「闇」とは、問いであり、
「光」とは答えです。つまり、「闇」も「光」も言葉です。世界の秘密を語る究極の言葉です。それ
がわかれば、ゴーちゃんとも再会できます。けれども、それを発見することはできないと、ボク
は、もう知っているのです。しかし、竹本は、そこから自己の創造を開始するのです。重い歩み
が始まります。今日の、ぼくたちの読書は、この作品から始まり、ここに還ってきましょう。「闇」
については、多くを語りますが、「光」については、ほとんど言及できないでしょう。竹本がほとん
ど書いていないから。
客:言葉の問題は、正直、注意していませんでした。ぼくが注目したのは、むしろ今の引用の
次の部分です。美知子さんお願いします。
美知子:「ボクはもう眠りから目醒めたくはなかったけれど、そんなボクの願望とはかけはなれ
たところで、ボクはこの眠りを眠らなければならないのだ。生きてしまうんだもの。(改行)生き
てしまうんだもの。ねっ。ゴーちゃん」
客:「生きてしまうんだもの」と繰り返される言葉から、ぼくは、これを少年期と別 れる物語だと
読みました。「生きてしまう」ことで、ボクは、少年期から限りなく遠ざかってしまうのです。成長し
てしまいます。これも「喪失」の物語だとすると、少年期を「喪失」する悲しみが主題ではないで
しょうか。先生のよく言われる、放浪する少年神の元型が、竹本を捉えているように思うんで
す。
主:うん、なるほど、私もそうだと思うのです。ただ、今の君の引用した文には、不思議な屈折
がありますね。
「ボクはもう眠りから目醒めたくはなかったけれど、そんなボクの願望とはかけはなれたところ
で、ボクはこの眠りからさめなければならないのだ。」
 これが、正しい論理的な文でしょう。
客:そういえば、そうですね。眠りから覚めることで、肉体は成長し、少年期から遠ざかってい
かなければならないのですからね。
主:「ボクはもう眠りから目醒めたくはなかった」という願望は、君の理解で良く分かるのです。
しかし、「そんなボクの願望とはかけはなれたところで、ボクはこの眠りを眠らなければならな
い」のです。
客:ああ、なるほど、分かりました。なぜかと言えば、この眠りは、ゴーちゃんを自分から奪って
いった。「闇」にその原因があるからなのですね。眠りを続けることによって、ぼくは、「闇」とゴ
ーちゃんとの関係を切らずにいられる。ゴーちゃんが、どこにいるとしても、この正体不明の
「闇」が、そこへ続く唯一の手がかりなのですから。
主:そこで、ボクの姿勢は五十六億七千万年の後に目醒める、弥勒のように待機のそれとなり
ます。
美知子:それが、竹本健治の創作の姿勢と重なるというわけですね。
主:二十歳の竹本は、自分の主題を明晰に捕まえています。すでに一人の作家が生誕してい
ます。可愛いというだけではないのです。
美知子:分かりました。だから、中井英夫先生も評価されたのですね。
主:そうだと思います。この作品には、何度も戻ってくる予定です。語りたい部分があるので
す。少年期との別 離といえば、短編に小松左京の天上的と呼びたい名品「お召し」がありま
す。「コース」か「時代」という中学生向きの月刊誌に載っていた作品には、最後のSF的な辻褄
合わせがなかったのです。より純粋でした。悲哀の結晶のような名品でした。長編では、アー
サー・C・クラークの『銀河帝国の崩壊』(創元SF文庫)が白眉です。参考までに。

客:次は「陥穽」に行きましょう。三年後の作品です。
主:あなたは、どう読まれましたか。
客:「夜は訪れぬ内に闇」を、光瀬龍らSFへのオマージュだとすれば、これは推理小説の演習
作法だと思うのです。オマージュまで昇華されていません。江戸川乱歩の作品の形式を踏まえ
ているのも、「幻影城」(※ 探偵小説専門誌・廃刊)という発表舞台への配慮でしょう。先生の
言う「喪失」の主題は少年たちの関係から、兄と妹の関係に移行しています。
美知子:彼と男との関係もそうですわね。
主:77ページの「あたりはもう夜に入ろうとしているのだ。(改行)ここには色彩 がない。(改行)
季節もない。」というところからも、単純な夜ではない。「闇」が訪れているね。
美知子:先生の言う作家としての成長を示す、完成度の高い作品だと思います。竹本は、どう
して著作目録から末梢したいとまで、考えたのでしょうか。
客:わかりません。が、竹本の主題が少年期の「喪失」に、まだ興味のあった時期だとすると、
この作品の兄と妹の関係という設定が、自分ではうそ臭くてならなかったのではないでしょう
か。
主:そうかもしれないね。おもしろい意見だと思う。私は、50ページで「それでは尚更、あたし達
は同類である訳ですね」という言葉から、彼と男をユング心理学でいう「影」ではないかと思っ
た。「影」は、「生きられなかった可能性」と、河合隼雄によって簡潔に定義されているね。男は
妹の結婚を祝福しつつ、それを許すことができなかった。そのために、彼という自分の「影」に
よって、妹を殺害させた。
美知子:つまり、ここで行なわれたことは、すべて一人の人間の精神の劇だったということにな
るわけですわね。
客:おもしろい読み方ですね。「喪失」の主題が、「影」に移行しているために、作家は違和感を
覚えたのかもしれない。
主:ただ、これ以降の作品には、「影」が跳梁を開始する。この「影」という新しい主題の発見
を、作家的な成長といってはいけないだろうか。 
客:半分、無意識なんじゃないでしょうか。そう言えば、竹本が、墜落死を良く描く理由を、先生
はなぜだと思われますか。一行目に「彼は切り立った断崖の上にいた。」とあります。場面 設
定からしてそうですね。
美知子:それは、先生の良く言う「永遠の少年」の元型を心に抱いて追求する作家は、「イカロ
ス・コンプレックス」を持つという、得意の持説が当てはまるんではないでしょうか。
客:アーサー・C・クラークの『銀河帝国の崩壊』論で展開したあれですね。
主:こらこら、君たち、そう年寄をからかうものでもないよ。高く飛ぶものは落ちなければならな
いということを、言っておるにすぎんのだから。
 「墜落死」と、後に出てくる「背後から忍び寄る暗殺者」と、彼の作品の主要な登場人物の中
には、死への傾斜を強く心に抱いている者が多い。「喪失」の裏には、「原罪」のような意識が
あるようだ。「夜は訪れぬ 内に闇」のボクは、「生きてしまう」ことで、明確にゴーちゃんに対して
罪の意識を抱いているだろう。それが、積極的にでると「墜落死」になり、消極的に出ると「背
後から忍び寄る暗殺者」となる。つまり、「影」の殺害が重要な創作の動機なのだ。自分で自分
を殺害するのだから、正確にいえば罪ではない。ただ罰はあるだろう。「天知る。地知る。我が
知る」だ。でも、これ以上は、全体のまとめの時の話としよう。他に何かあるかね。
客:「陥穽」(かんせい)を、73ページで「おとしあな」と読み替える趣向も、この人らしい言語遊
戯ですね。先生の解によれば、おそらく一つの人生の「完成」の意味も掛けてあるでしょう。
主:言語と論理の遊戯への好尚も、竹本の否定できない一面 だろうね。

客:「けむりは血の色」です。
主:竹本が、「少年の世界、少年にとっての世界」を「根強く巣食ったテーマ」とするのは、君の
「夜は訪れぬ 内に闇」の読解からすると、よく分かることだね。
客:しかし、ぼくは、ブラッドベリよりも萩尾望都よりも、宮沢賢治をここでも強く連想しました。
美知子:私もです。ヨタカは、「よだかの星」でしょ。イチロも、どこか、 『銀河鉄道の夜』の星祭
りの通 りを、歩いていそうな気がするわ。
主:竹本が自分で見たという、静脈注射の夢の鮮烈さも、印象的だね。
客:89ページですね。
主:美知子さんにも読んでもらわずに、各自の読書にまかせようか。
客:ぼくは、「ものごとを逆から考えろ」という97ページの言葉が印象的でした。
美知子:私は冒頭の数行が好きです。透明な抒情が流れていて。ボクの、イチノとヨタカとの
「喪失」と「闇」が、待っていると分かって読み返していると、なんともいえずに、はかなくてせつ
ない気分になりますわ。
主:それでは、そこを読んで下さい。この繊細な作品はそれで充分でしょう。言葉で汚したくない
から。
美知子:はい。80ページです。
「「ホウ」
 という声が遠くの方から聞こえた。
 でも、声だったかどうかはわからない。背の高い葦が生い茂ったなか、日の落ちた天蓋の頼
りない星明かりだけで歩き続けながら、ボクは耳鳴りがしてもおかしくないほど冷たくなった耳
を両手でさすった。」

客:竹本は、「八十年代前半あたりか」としか書いていませんが、ここで取り上げます。「緑の誘
ない」です。
美知子:色彩の強烈さという点で、共通点がありますわね。
客:これも、中井英夫さんの作品の発想と、文体の模写 のような気がする。先生に、すぐにテ
キストのどこかと聞かれる前に言っておくと、まだ漠然とした印象だけです。テキストで確認して
いません。
主:うふふ、君の言うように習作的な要素もあるが、ぼくは、これ「未発表の短編に今回手を入
れた」とあるから、『閉じ箱』の時代的には、最新の「七色の犯罪のための絵本」の後に取り上
げたほうが良いような気がした。
客:そうか。色彩の華麗さでも、そこでつながりますね。
主:少女瑞希の、青年草野への恋の「喪失」の物語だけど、竹本がこれほどに少女の心理の
経過をくっきりと緻密に描写 できるようになったのは、「仮面たち、踊れ」の前後の頃からでは
ないだろうか。
美知子:青年画家小県の、少女への好意も淡彩 ですけれど、しっかりとしたデッサンと微妙な
色彩で描かれていますわ。竹本さんも、年若い少女を、プラトニックに愛された記憶が、おあり
なんじゃないでしょうか。
主:……それは、何とも言えないけれども。青年と少女の悲劇を、自分が「影」として演じていた
という認識の苦さと、そこから立ち上がる最後のけなげさも、実にかわいらしい。男ならば、抱
き締めて守ってやりたくなるだろう。1980年代前半までの竹本には、まだ期待できない境域
だろう。
客:先生、なんだか楽しそうですね。
主:ゴホン。(楽古堂先生、誤魔化せり。)192ページを読んで下さい。いつもの「喪失」の心情の
表白も、実に説得力があります。
美知子: 「私は?彼らからとり残されたこの私は?投げかけた呟きは見知らぬ ところにさまよ
いこみ、そして、時の流れの失われたその果てで、低く懶い言葉を返すのはだれなのだろう。」
主:『閉じ箱』をここまで、時代順に読み通 してくると、この「時の流れの失われたその果てで、
低く懶い言葉を返す」存在が、「夜は訪れぬ 内に闇」のボクから一貫していることが明白です
ね。 

客:「美樹、自らを捜したまえ」です。「墜落死」テーマの作品です。美樹が、自分のアイデンティ
ティを「喪失」していく物語でもありますね。父と娘の物語です。
美知子:そんなに、一度に全部言われると、あたくしのいうことがなくなっちゃうわ。
客:ああ、ごめん。ごめん。先生のヒントがわかってきたんで、おもしろくてねえ。
主:つねにテキストにもどろう。
客:いつもの口癖が出てきましたね。118ページの「既に手の届かぬ 高処にあるとしても」という
文句は、「墜落死」への偏向の表現でもあるでしょうね。
美知子:132ページの「切れ切れの夢の中で、大きな虚(うろ)のようなものを様ざま見たと思っ
た。」というのは、「夜は訪れぬ 内に闇」のボクの眠りの世界での待機が続行されていること
を、示していると思います。あたくし、先生の「闇」は、「虚無」という言葉で、言い換えられるよう
に思うんですけれど。
主:そうかもしれないね。その一部ではあるだろう。だが、決定的な答えの言葉でもない。焦ら
ないようにしよう。作家本人にも分からないことが、私たちに分かるはずがないのだから。「闇」
も、方便に過ぎない。
美知子:はい。それから、152ページの「背後から忍び寄る暗殺者」という情況は、「墜落死」と
同じように、これ以降の竹本作品に、通 奏低音のように頻出する、恐怖の情況だと思います。
客:それから、この作品の文体は、だれも言わないんでいいますが、意識的な中井英夫の文
体の模写 ではないでしょうか。練習のあとが、あちこちに見えます。美知子、自ら捜したまえ。
主:「恐怖」にいこう。
客:切れ味の良いショートショートだとは思います。解説で山口雅也の「古典の列に叙せられる
べき一編」というのは、納得できません。
主:しかし、少なくとも「見事な語り口」というのは、そうではないだろうか。ここでの竹本の文
は、ひとつひとつが、適切な場所にぴしりぴしりと打ち込まれていく鉱物質の黒い碁石のよう
だ。無理や無駄 がない。その意味での完成度を、山口は評価したのではないかな。
客:そうかもしれませんが……。
主:250ページの作品の冒頭の、「人間にとって恐怖という感情は究極的にはひとつの病なの
だろうか。それともひとつの財産なのだろうか。」という問いは鋭いと思わないかい。
客:天元に打つ石のようですね。
主:うん、まあ、この時期の作者にとって、中心にある問いのはずだろう。
客:「夜は訪れぬ内に闇」の、ボクの眠りの中には、当然、恐怖の夢もあるわけですね。その追
求も、ゴーちゃんに至る道の一つかもしれません。
主:だから、単純な病気ではなくて、財産だとも言えるわけだね。
美知子:結末の256ページの最後の行、「ぽっかりとがらんどうのような気分を噛み締めなが
ら、私は桜色の模様を見つめ続けるほかなかった。」という「がらんどうのような気分」は、望ま
ないのに「闇」が見せている眠りのせいでしょう。虚無の穴です。「桜色の模様」は、夢の模様
の一部だと思うのです。
主:この作品は短すぎて、他の作品の持つ混沌とした深みが描かれていない。それが、君の不
満の原因ではないかなあ。
客:ああ。そうか。恐怖が「喪失」されているんですね。それは、ゴーちゃんにいたる、道の一本
という財産をなくしたことに等しい。だから、恐怖なんだ。この友人たちは、ボクとゴーちゃんの
「影」なんだ。

客:「氷雨降る林には」です。これは、『閉じ箱』の冒頭に置かれるにふさわしい力作だと思いま
す。山口の評価に賛成です。
美知子:声が明るいわ。こういう男女関係の不倫の物語が、お好きなんですか。
客:ええ、まあ。
主:今夜の美知子さんは、なんだか恐いね。
客:いや、まあ。貴之は、ゴーちゃんと同じような少年神の一人ですね。だから、決定的に失わ
れる。ボクは、家族の「喪失」の夢を見させられている。
主:美知子さん。45ページを読んで下さい。
美知子:「林立する暗い影。影はどこまでも押しひろがって、彼方まで続いているかと思われ
た。ここには誰もいない。私すらいない。罰のように降り続ける氷雨のなかで、もうここには何も
残されていないだろう。」
主:影は「闇」だね。「私すらいない」というのだから、「喪失」は極限までいってしまっている。読
後感は苦いが、重厚な名作だろう。
客:賛成します。9ページの「遠くで子供の声が聞こえたような気がした。」という文は、後で読む
「仮面 たちよ、踊れ」と対応しています。
主:さらにいえば、ここでの「私」の「喪失」は、『閉じ箱』の最後の作品で、は、その再度の獲得
として終わる。『閉じ箱』は、一冊の書物として実にうまく構成されているんだ。しかし、それは、
その時の話題としよう。 

客:「実験」です。1984年。作者は30歳代に入ります。ぼくは、文字通 り実験作だと思います。
主:「佐伯千尋」ものの始まり第一幕だ。この千尋の登場の意義については、次の作品でやり
ましょう。ただ、「千尋」というのは、良い名前です。「尋」(ひろ)の千倍を言う。一尋というのは
成人男子が、両手を広げた時の指先から指先の長さのことだ。慣習的な単位 なので一定しな
い。ともあれ、千尋というのは、非常に長いことであり、測りがたいほどに深いことだ。
美知子:(呟くように)語釈癖が出てきた。先生も乗ってきたわね。
主:(耳がとおくなっているので、聞こえない。)中世から近世までは「ちいろ」とも言った。「千尋
の神」で、深い海底にいる神様のことさ。紀貫之に「渡つ海の千尋の神に手向けするぬ さの追
ひ風やまず吹きなん」という歌がある。「ぬさ」とは、神に祈るために作った捧げ物のことだ。旅
に出るときは、種々の絹布、麻、あるいは色とりどりの紙を、四角く細かく切って「ぬ さぶくろ」
に入れて持り歩いた。この場合は、「千尋の神」の住まう海に巻いて、手向けたわけだ。呪術
的な歌だ。実に、由緒正しい名前なんだよ。
客:313ページを読みます。千尋に聖なるものの顕現する場所です。
「(電車の)座席に腰掛けた彼女は、背後からの日差しをあびて淡い光のヴェールを纏ってい
る。俯きがちの横顔はその光で産毛が輝き、この世ならぬ 奇蹟の到来を待つ聖女のようだ。」
主:ここから、千尋に導かれて、竹本健治が書いた、もっとも美しい幻想の旅のページが始ま
るわけだ。
美知子:私は、海が印象的です。320ページ。
「街は断崖のそばに位置していた。絶壁から眺望できるのは恐ろしく濃い青の滄海だった」「確
かにその色は鮮やかに深かったが、どこか破局への予感を思わせる不自然さを孕んでい
た。」
主:ううむ。海は無意識の水位の上昇を示しているかな。断崖絶壁は、どうしても「墜落死」のイ
メージと結びつくね。他に何かあるのかな。
客:建築物のイメージですね。今の美知子さんの引用の少し前からです。 「まず建物 ――そこ
にはまともな形状の建物はひとつもなかった。まともな、というのは縦と横の直線を中心とし
た、という意味だ。そこにあるのは奇妙に規則だった曲線と、執拗に撚り合わされたモザイク
模様だった。(中略)街なかのいたるところで白い蒸気のようなものが吹きだし、厚い靄となって
渦巻いているが、上空に舞いあがらずに低いところに垂れこめているのを見ると、ドライアイス
の煙かもしれない。そしてそんななかに往きかう人びとは、男も女もどことなく派手な、何かの
祭りのためのような衣裳も身につけていた。」
主:「夜は訪れぬ内に闇」では、光瀬龍や埴谷雄高らの言葉を借用しなければならなかったイ
メージが、自分の言葉として語られているね。「ドライアイスの煙」のような卑俗な判断が、夢の
世界と現実の世界の、意識の中間の地点を記録してくれているわけだ。
美知子:こんなのもありますわ。
「そうして俺はどれほど上下運動を繰り返し、ながい通路を辿り、不思議な光景の中を通 過し
たことだろう。ある場所は立錐の余地もない人混みと喧騒に満たされ、またある場所は森閑と
した無人地帯だった。そこには過去と未来を含めて、存在の形を取り得るもののすべてがあっ
た。無機物、有機物、そして操作し操作されるあらゆる形態が並んでいた。」
主:無限反復の夢に似ているね。だれでも、覚えがある悪夢じゃないかな。夢が深くなっている
んです。
客:建物というと、次の水族館のような場所も印象的です。美知子さんの引用のすぐあとです。
主:その場所のイメージは、竹本作品には、良く出てくるね。美知子さん。たとえば、どこにあっ
たかな。
美知子:テキストに戻ります。たとえば、「跫音」の冒頭。338ページ。「人びとの流れは、水族館
のガラスごしに見える魚影のようだった。」がそうですね。「実験」のここからは、私に読ませて
下さいませんか。
客:いいですよ。
美知子:「ようやく彼女が足を止めたのは、水族館のような場所だった。壁に嵌め込まれた水
槽からの乏しいマゼンタ光しかなく、場内はひどく薄暗かった。ひっそりと人影も少なく、水の流
れ落ちる音と、コポコポと泡の吹き出す音だけが、何かの呟きのように、かすかに響いてい
る。そしてよく見ると水槽の中に泳いでいるのは魚ではなく、見たこともない奇妙な生物だっ
た。」
主:水族館は、限りある世界を、外から見つめる視線を意味しているだろう。それも、一つの
『閉じ箱』なのだ。
客:宮沢賢治にも「夜汽車の窓は水族館になる」という詩がありますね。
主:竹本さんは、夢の世界。無意識の世界。なんと読んでもいいが、深い下降を経験している。
それを描写 する文章が、並みの幻想作家の力量を越えている。厳密で端正だ。澁澤龍彦なら
ば、「幾何学的精神」があると言ったことだろう。描写 が適度な密度を一定に維持しているの
で、明確なイメージを保持している。
客:ぼくは、竹本には、ラグクラフトのようなコスミック・ホラーの長編に、手を染めてもらいたい
と思います。
美知子:私も賛成。さぞかし華麗な世界になるのではないかしら。
主:どうも、推理小説の世界に竹本健治を閉じこめて置くのは、クジラを水族館の水槽に入れ
ておくようなもので、無理がありすぎるなあ。
客:推理小説界の作家としての竹本本人と、ホラーやSF小説の世界の双方に、不幸な情況で
あるような気がします。
主:これほどの飛翔を見せた作品が、「実験」の最後のように、「唯一の解釈」として、狂気に収
斂 されていくのは、残念だね。ぼくは、竹本の作品の説明に「狂気」という言葉を使用したくな
いんだ。それは、水戸黄門の印篭のようにあまりにも安易だ。周囲は、反論できない。平伏す
るしかない。しかし、それは、何も言っていないに等しいと思う。正気である作家が狂気を語る
ことで、何を問題としているかが重要だ。それは、「下」でやるとして、美知子さん、そろそろ夕
飯にしましょう。腹が減りました。君もどうぞ。
客:遠慮なく頂きます。頭を使うと空腹になるんです。
美知子:わかりました。仕度は整っていますわ。風呂も湧かしてあります。食事の済んだ方から
どうぞ。



客:「闇に用いる力学」です。「佐伯千尋」ものの第二幕です。
主:ぼくは、この作品には、作者の成長を感じた。これまで指摘してきた「闇」と「喪失」の主題
が、ここでより一層深められている。これと比較すれば、「実験」は、まさに君の言うように実験
だった。新しい段階に到達していると思うのだ。実は、「闇」という用語は、この作品からとっ
た。
美知子:(風呂から上がって来たばかり。)それは、どんなところからですか。
主:テキストに戻ろう。美知子さん、少しゆっくりしてから、354ページを朗読して下さいません
か。
美知子:冷たい水を、一杯だけいただきます。ふーっ。はい、もう、私は、大丈夫ですわ。
「しかし、もうそれを止めることはできない。そうだ。取り返しはつかないのだ。いつでもそうだっ
た。俺がたどってきたのは、いつも取り返しのつかない道なのだ。そうしてまたかけがえのない
ものが失われ、すべては闇の底にこぼれ落ち ―― 千尋 ―― 果たして俺のたどりつく先はど
こなんだろう。(改行)俺のたどりつく先には何が待っているんだろう。(改行)答えはなく、深い
闇だけがあった。何万年も何億年も前から続いているような、深い深い闇だった。」
客:先生の「喪失」と「闇」のテーマが、語られていますね。「何万年も何億年も前から続いてい
る」闇というのは、「夜は訪れぬ 内に闇」からの読者は、納得できることですね。すくなくとも、
竹本は二十歳の時から、この闇と対峙してきたことになるわけですから。
主:そう。だが、「夜は訪れぬ 内に闇」では、ボクとゴーちゃんの二重奏であったものが、三重
奏になっている。あの作品でも、「少女」が登場していた。
客:重要な役割なのに、名前が与えられていなかったあの少女ですね。それに「佐伯千尋」とい
う名前がついたことが、どうして進歩なんですか。
主:順番に、説明していく。まず、「少女」と「佐伯千尋」の同一性の証明だ。
 佐伯千尋は、339ページで
「上唇は薄いのに、それに対して妙に肉感的な下唇。そしてふとしたときに見せる、思索に耽る
ような何とも神秘的な表情――。」
と、描写されている。「実験」でも、ほぼ同一だった。
 この唇の持つ二重性に注目してもらいたい。
 それが「夜は訪れぬ内に闇」の「少女」ではどうかといえば、207ページに「いやに赤い唇」とあ
り、「人をひきつける愛くるしさの奥に、何かぞっとする冷たさを秘めている」と描写 されてい
る。
美知子:なるほど、似ていますわ。二重性を持っています。
主:207ページに、少女は、「この世に存在する、あるいは存在しないあらゆるものすべてに、全
き暗黒を知らしめる責務」と、その目的を説明している。これが、おそらくこれからも「佐伯千
尋」ものの隠された中心主題となるだろう。
客:それでは、「少女」と、「佐伯千尋」の間に、どんな作者の成長があったのでしょうか。
主:肉体性の獲得といったら良いだろうか。名前を持つというのは、そういうことだろうと思う。
340ページに、次のような言葉がある。ここは、ぼくが読もう。
「千尋の躯(からだ)はひとつの地図だ。俺は道を踏みわけながら、その地図をどこまでもたど
った。その先に何があるかがわからぬ まま、丘陵地は白く広がっていた。」
 男性ならば誰でも記憶にある、女性という肉体の発見の時だろう。実にみずみずしい。性の
行為の象徴。このような文を書ける、竹本という男の誠実さには、頭が下がる。しかし、同時
に、この女体は実に巨大だ。世界大に巨大だと言って良いだろう。極め尽くせない謎を秘めて
いる。それが、「佐伯千尋」なのだ。
客:そうか、だから、最後の355ページで「千尋の夢の中で、俺は生き続けることができるのだ」
と、言えるわけですね。夢も巨大なんだ。
主:「夜は訪れぬ内に闇」では、眠りを継続するのは、ボクひとりの選択だった。その孤独な意
志にすべてが任されていた。しかし、いま、作者は、「佐伯千尋」という女性を発見した。彼女も
また夢を見てくれているのだ。千尋という名前は「実験」で語釈したが、あまり深刻に捉える必
要はないだろう。
美知子:作者は、ここから、魅力的な女性像を、作品に活用できるようになっていったのです
ね。
客:少年と少年の対に少女が参加したことが、作家の成長ということなんですね。
美知子:二重奏から三重奏へ。了解できました。 

客:「閉じ箱」は、短編集の表題作です。愛着のある作品のようですね。
主:今回は、美知子さんから、感想を言ってもらいましょうか。
美知子:「閉じ箱」では、竹本の推理小説への疑問を素直に読むべきだと思います。作者が
「あとがき」で「血みどろの格闘」と呼んでいる作品です。証明の過程は省略しますが、次の部
分です。245ページです。
「これらの何重もの不確定性のために、事件は常にボケたものでしかあり得ません。しかる
に、それに唯一の解釈をおしかぶせ、事足りた顔ですまそうとするのは、それこそぼくにはどう
解釈して良いかわからないことなのです。」
客:この不確定性は、「アリバイ」と「凶器」と「動機」のすべてについて言われていますね。
主:しかし、本当は、「動機」について竹本は語りたいのではないだろうか。「動機」は不確定だ
ということを。「夜は訪れぬ 内に闇」の、216ページの少女とゴーちゃんの、この『閉じ箱』の中
でも、もっとも緊張して美しい対話を美知子さんに読んでもらおう。会話の部分のみにしてくださ
い。
美知子:はい。最初の「少女」の言葉です。
「愛しているなら殺すべきです。」
「ああ、まるで、救世観音のような語り方をしますね。」
「観音にも夜叉にもなりますわ。あなたはまだ迷っているのよ。殺すべきか。殺さざるべきか…
…。でも、それは同じことでしょ。少なくとも《殺さない》って言葉に、なんの意味があるというの。
あなたは……あなたはそんな暗い陥穽を見たことがないの?そうとは言えないはずよ」
「そんなものなら、もう何万回となく見ているよ。見ない瞬間がないぐらいだ……。でも、君たち
の考え方は、何かを無視している。何か、修羅のようなものを、黙殺している。」
「それを生きがいにしているっていうの?不幸なことだわ」
主:ありがとう。ぼくは、竹本のもっとも深部にある哲学が、二十歳の青年の言葉として、先人
の影響が生の形であるにせよ、正面 から語られているように思う。
「殺すべきか。殺さざるべきか……。でも、それは同じことでしょ。少なくとも《殺さない》って言葉
に、なんの意味があるというの。」
 こういうためには、この少女は人間の生死の外側に立ち、その流れを見つめている必要が
ある。仏や夜叉の眷属なのかもしれない。人間は死すべきものだ。その運命は、彼女にも変え
ることはできない。「殺しても、殺さなくても、人間は死んでいく。《殺さない》と、決めても遅かれ
早かれ死んでいくのです。」というのは、そういう意味だ。
「あなたは……あなたはそんな暗い陥穽を見たことがないの?そうとは言えないはずよ」
 こう訴える少女は、ゴーちゃんが、自分と同じような存在だと知っている。ゴーちゃんも、それ
を隠してはいない。その上で、反論をする。
「でも、君たちの考え方は、何かを無視している。何か、修羅のようなものを、黙殺している。」
 言葉が意図的に省略されている。
「でも、君たちの考え方は、(人間性の)何かを無視している。何か、(人間という種の)修羅の
ようなものを、黙殺している。」
 少女は、それを「不幸なこと」だとして、「虚空に向けるようにして」呟く。竹本は、ごく早い時期
に、この「修羅」について、語ることを決めた作家なのだと思う。
 すべての推理小説は、「殺すべきか。殺さざるべきか……。」というハムレットの永遠の問い
を、繰り返し悩んでいる。
 しかし、竹本にとっては、「それは同じこと」なのだ。「唯一の解釈をおしかぶせ、事足りた顔で
すまそうとする」推理小説は、「ぼくにはどう解釈して良いかわからないこと」としか言いようがな
いだろう。
 つまり、視点が違う。人間の生きている社会の中でそれを書くか、人間の生死を見下ろす、
宇宙的な視点に立って書くかだ。
 ただ、竹本と推理小説の作家たちにも、共通点がある。人間の内なる「修羅」を語ることだ。
ただし、「唯一の解釈」は、原理的に竹本の小説においては、ありえない。「体系的な教養とい
うものには無縁な人間」という竹本の自己規定は、韜晦でもなんでもない。正直な自己の分析
なんだ。不確定性の世界の中で、体系の意義とはなんだろうか。
客:なるほど、冒頭の指示形容詞のやたらに多い、文章の意味が分かりました。簡潔な名文を
書く竹本にしては、ずいぶん下手だと思っていたのです。宇宙的な視点から、この『閉じ箱』の
中の世界を指差すようにして、語っているからなんですね。 

美知子:「月の下の鏡のような犯罪」は、あまり好きな作品ではありません。
客:作者本人も、「あとがき」で「『目羅博士』の後編という体裁をとっているが、そんな蛇足を試
みようとした時点で、あらかじめ失敗は予定されていたというべきだろうか」と、書いています
ね。
美知子:つまり、それだけ、心の底から沸き上がってくるものが、少ないのだと思うのです。先
生の言うように、「闇」と「喪失」のテーマが繰り返されても、今までは一つ一つの世界を充分に
新鮮に堪能できました。「喪失」の訴えに嘘がなくて、共感できたからです。しかし、ここでは自
己模倣しか感じられません。
客:頭の中だけで、作ってしまったのだろうな。
主:『閉じ箱』で、推理小説への懐疑を正面 から語ってしまっているから、難しかったことだろ
う。「唯一の解釈」が下せない情況を、乱歩の作品から作り出すことが、精一杯だったのかもし
れない。山口雅也氏の「鏡の位 相幾何学的面白さ」というアイデアに尽きていると、ぼくも思
う。

客:「跫音」です。「佐伯千尋」物の一編として、改稿されたものですね。
主:ぼくのいう「背後から忍び寄る暗殺者」ものだね。ちょっと、失礼。(楽古堂、ご不浄に立つ。
以下は、二人だけの会話。) 
美知子:竹本健治さんは、世界の崩壊感覚を感じさせる長編の恐怖小説を描かせたら、素晴
らしい作品を書くのじゃないかしら。そんな気がするんですけど。
主:短編では、どうしてだめなのかな? 美知子:だめというのではないけれど、この人の構想
は、ほんとうは、もっとのびやかに、展開していくものではないかしら。
客:ああ、そうか。短編だと「喪失」の主題までの、距離が短い。もっと長ければ、「喪失」の悲
哀を読者が共感できるまでに、美知子さんの好きな人物像が描きこめるということですね。
美知子:短編も読んでいて楽しいんですけど。特に、先生の評釈を聞きながら時代順に読んで
いると、作者と一緒に長い困難な道を歩いて来たな、という実感があります。けれど、一人で読
んでいるときには、物足りなさを感じていました。
客:得意の感情移入が、出来なかったということかな?
美知子:それも、あるかもしれません。私、長い作品ほど楽しめましたから。
客:本当に、長編の方が向いているかどうかの判断は、作品を読んでみないとなんとも言えな
いね。間延びするかもしれない、という心配があるんだ。
美知子:物語作者としての力量が問われますよね。
客:竹本は、一人称の文体が流麗な作家だ。多重の登場人物の視点をまとめていく、短編連
作のような形式が向いているんじゃないかなあ。
主:どっこいしょ。(と座る。おもむろに。)竹本健治は、世界の崩壊感覚を感じさせる長編の恐
怖小説を描かせたら、素晴らしい作品を書くのじゃないかと、そんな気がするんだけどね。
客・美知子:(笑い)
主:・・・・・・。(何のことかわからずに、キョトン。)
客:(ひとしきり。竹本健治長編作家説で、座が盛り上がる。)先生、この作品について、言って
おきたいことが、他に何かありますか。
主:小さなことだが。
「俺は冷たい膜のようなものがべったり背中に貼りつくのを感じた。」(「実験」)
「俺の背中にべったりと冷たいものが貼りついた。」(「闇に用いる力学」)
「ぼくの背中にも冷たいものが貼りついた。」(「跫音」)
という三つの文のページ配置は、偶然の所産かな。
 順番に、
  317ページ。
  337ページ。
  367ページ。
となるんだ。
美知子:あら、ほんとだわ。

主:「仮面 たち、踊れ」に、入っていいかな。
客:どうぞ、どうぞ。
美知子:(ぬるくなった茶を、入れ替えている。)
客:ぼくは、相米慎二監督の『台風クラブ』を連想しました。
美知子:私も映画みたいだなというのが、第一印象でした。
客:台風の接近によって、思春期の少年少女のストレスが高まっていき、台風の猛威の爆発
と、緊張からの解放が重なるという内容でした。
主:なるほど、この作品でも、文化祭前の生徒たちの緊張が、前夜祭のファイヤーストームに
よって、極点に達するね。大きな問題を抱えている、一人の少女の視点で描かれているから、
ひどく限定されているはずなのに、世界がそう感じられるまでに広く描かれている。
美知子:その中で、佐伯千尋と関係する少女の孤独な戦いが描かれていきます。
主:ここに、竹本健治の作家としての成長が、あるだろう。二人の印象は、この作品が言葉に
よって、現実を分厚く表現していないかぎり、ありえないものだろう。色も音も感じられるし、皮
膚感覚や、匂いも感じられる。主人公は、「思春期の少女」だ。竹本は、佐伯千尋の発見によ
って、少女として自由に生きることができるようになっている。少年であった彼は、作家として両
性具有に進化したのだ。
客:美知子さんの、竹本の構想は長編でこそ、のびやかに自由に展開されるという期待に、ぼ
くも半分同感なんです。
主:残りの半分の不安は何かな。
客:竹本の作品は、緻密に構成されています。それが、長編でも持続できるのかという、不安
があるからです。
主:読んでみないとわからないことだね。ただ。ぼくはこの作家には長編の才能があるように思
うんだ。『閉じ箱』というテキストに戻って証明したい。
 「仮面たち、踊れ」は、この書物の最後に来る作品として、冒頭の「氷雨降る林には」と、様々
な関係を持っている。見易い点からいうと、そこでも、林の中からこどもの声が聞こえていた。
430ページにも「そしてそのまま何本目かの喬木の下を通 り過ぎたとき、不意に横から子供の
声が聞こえた。」という文がある。君が指摘していたことだね。
美知子:氷雨と、最後の火炎の対比も美しいですわ。
主:451ページね。
「踊っている。影たちの踊りだ。笑いとさざめき。たたみかけるようなリズム。あふれる熱気。そ
して――。
 激しく燃えさかる炎。
 あたしは頭を抱えこんだ。
 そうだ。炎だ。世界じゅうを埋めつくすような。
 世界じゅうを焼きつくすような。」  「たたみかけるようなリズム」を、文章自身が体現してい
る。これと「実験」の、華麗な幻想を定着する、緻密で沈鬱な文章を比較すると、竹本の書くこ
とができる文章の幅の広さというのが、見えてくるだろう。一流のピアニストは、一台のピアノ
で、ベートーベンの楽譜が要求する、人間の感情の全音階と音調を表現する。内容の新奇さ
の影になって目立たないが、異様な世界の実在を読者に納得させているのは、竹本の卓越し
た言葉の演奏力なのだ。
客:「氷雨降る林には」の家族という小さな集団の悲劇と、「仮面 たち、踊れ」の学校という集団
の中に人知れず起きている悲劇というのも、好対照ですね。
主:そうだね。人間集団を描けるというのも、作家的な成長だろう。
客:しかし、なんと言っても中心は、冒頭の作品では45ページで「ここには誰もいない。私すらい
ない」と語られた、美知子さんの言う「虚無」に対して、今度の少女は、結末で佐伯千尋という
「虚無」を、自分の精神と肉体の責任で充填しようとする、強い意志を持っていることですね。
美知子:452ページの「そうだ。あたしだ。何もかもあたしだ。あたしが殺してしまったのだ。」と、
「架空の記憶に生きていたのはあたしなのだ」というところからですよね。
主:そう。「喪失」ではなくて、「修羅」を生きていた自分の「獲得」の物語だ。「影」たちにおされ
て、火に歩んでいくとしても、その悲哀は彼女のものだ。『閉じ箱』が一冊の書物として、完成し
た印象があるのも、この作品に負っているところが大きいだろう。
美知子:感動させる原因は、それまで少女の心理に密着して、一人称の語りで進行してきた物
語に、映画を見ているように眼前に展開している、現実感があったためなんですね。私も、彼
女の悲劇に、素直に共感できましたもの。他の作品は先生とのお話で、一人で読んできた以
上に理解はできたんですけれども、共感するところまでは、行かなかったんです。
客:竹本が「あとがき」で、「現在もっとも気に入っている作品」としているのも当然ですね。「恐
怖」などよりも、歴史の審判に耐える作品だと思います。竹本の成長ということが、ようやくぼく
にもわかってきました。
美知子:私も、この作品大好きです。
主:ぼくもだね。短編の力作を読ませてもらったという実感がある。
 岡田史子について少し述べておきたい。「COM」(コム)というマンガの月刊雑誌に掲載され
ていた。手塚治虫の『火の鳥』も、ここが発表舞台だった。一言でいえば、天才少女マンガ家だ
った。一作毎に異なる絵柄と異なる内容で、詩情に溢れた作品を次々に発表していた。どの少
年少女も、虚無と内界に開いた瞳を持っていた。『私の絵本』は、1969年7月号に掲載されて
いる。岡田20歳。竹本は15歳。ぼくは14歳だった。当時の岡田史子の、マンガを書く少年たち
に与えていた印象を、どういったら君たちに理解してもらえるだろうか。詩を書く早熟な少年な
らば、一度はランボーになりたいと夢想するだろう。岡田史子は、マンガの世界の生きているラ
ンボーだった。讃嘆の影に嫉妬があっただろう。「喪失」という主題の真摯さは、竹本と共通 し
ている作家だ。「発想の核」を得て、竹本少年はマンガを書いたのではないだろうか。空想に過
ぎないが。『私の絵本』については、残念だが何の印象も思い出せない。「赤い蔓草」「夢の中
の宮殿」などがぼくは好きだった。

客:「七色の犯罪のための絵本」です。竹本がいうように、「設定自体はまずまずのものがある
が、枚数の制約はあまりにも厳しく、満足のいくかたちに仕上がらなかった」という言葉に尽き
ていると思います。
美知子:私は、建石修志さんのイラストとのコラボレーションを見たかったわ。竹本の「闇」と「喪
失」の主題を、より輝かしいものに飾り立てていたのではないかしら。
客:そうかもしれないね。
美知子:先生は「幻想小説を書ける作家は、カラリストである」という自説をおもちですわね。
主:証明はできないのだが、敏感な色彩感覚を持つということと、「幾何学的精神」を持って幻
想を語れること、という二つの資質との間には、何かの相関関係があるような気がしてならな
いんだ。ただテキストで証明しようとすると、一冊を書物を必要とする問題なので、仮説にすぎ
ないが。
客:竹本は、幻想小説を書くのに適した作家ということになりますね。
主:そうだろうね。ここにあるのは、竹本の将来、展開することになるかもしれない、幻想のエス
キースのようなものではないだろうか。
美知子:どの話が展開されると思われましたか。
主:「紫は冬の先触れ」だろうか。美知子さん、259ページを読んで下さい。
美知子:はい。
「少年はあてどなく歩き続けた。いつのまにか空はどんよりと濁り、白い雪がふりはじめてい
た。空はたちまち暗さを増し、それにつれて雪も激しくなっていった。
 そうだ。罪だったのか、そうでなかったのかわからない。けれどもどちらにしても罰だけはあっ
た。今、ここにひろがるすべてがそうだ。これからすぎてゆく時間もすべて、底知れない罰なの
だ。
 それもみんな、はじめからわかっていたことだ。だから彼には、予定されていた罰を噛みしめ
るほかないだろう。雪は空を塗りつぶし、いずれ何もかも埋めつくしてしまうに違いない。そんな
なかで、少年はただ黙々と歩き続けた。
 もう何も見えない。いつしか少年は地の底へおりていく。どこまでもおりていく。どこまでも。ど
こまでも……。」
美知子:(沈黙。)先生たちと『閉じ箱』の全作品を読んできたので、この孤独な少年の姿に、な
んだか感情移入してしまいました。
客:「喪失」を運命づけられたボクという少年は、作者20歳の「夜は訪れぬ 内に闇」から、ずう
っと長い長い旅をしている……。「喪失」というような主題が一貫していることは、自分でも分か
っていたんですが、同じようなことの繰り返しで単調に思えたんです。しかし、「実験」のような、
細部には異様に魅力的な印象のあるページがあって、どう考えたら良いのか迷っていたんで
す。少し、竹本健治が見えてきました。
主:……罪のない罰とは、修羅の自覚に他ならない。これからの竹本の歩みは楽な道ではな
いだろう。最後にそれだけを言っておこうか……。さて、夜も、もう更けた。終電の時間も過ぎて
いるね。君も泊まっていきなさい。美知子さんに床を述べてもらおう。
客:ありがとうございます。遠慮なくそうさせてもらいます。
美知子:うれしいわ。泊りのお客さまなんて、ひさしぶりですから。 (部屋の片付けをしながら、
楽古堂先生の掛けた色紙を眺めている。) 



『閉じ箱』を開いて・・・楽古堂夜話 竹本健治の巻 了 





  2001年9月20日(木)改稿 






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