天啓の骸



<ウロボロス>の反転としての<天啓>を、<天啓>自体によって反転させるために。
RKを葬送したKKを、RK'によって葬送するために。

死國より、黒い薔薇を添えて。



編集者の美加佐慶介が、八ヶ岳の棟方邸を訪れたのは、夕暮れ押し迫る4時半頃であった。
美加佐は今度講壇社ノベルスから刊行予定の『ウロボロスの超ひも理論』のゲラをとりだし、
次の書評の対象にしてはどうかと持ちかけた。
棟方は昨年の10月から「ポストモダニズム文学批判」と題し、講壇社の『メフィストフェレス』誌
に連載を行っていた。
「棟方さんに、これを書評してほしいと願うのは、今度講壇社で<ウロボロスTRIBUTE>として、
若手作家による天藤尚巳君のウロボロスシリーズを次ぐ作品を出そうと思うんだよ。天藤氏の
天敵といえば棟方さんだから、まず棟方さんに読んでもらって、どう思われるのか、なかなか興
味深くてね。」
棟方は軽く笑みを浮かべながら、「天敵だなんて、僕はただウロボロスのような試みが、このよ
うに若手に引き継がれるとき、ミステリーの構築性が軽んじられて、ミステリー文化の水準が低
下するのを危惧しているだけであってね。」といいながら、手渡されたゲラをぱらぱらとめくって
いたが、ふっと手の動きを止めた。
「ところで、美加佐さん、この作者は名前を明記していませんが…。」
「そうなんだよ。これは作者不詳のままで出そうと思うのだよ。作者不詳のままで出すというの
は、別に珍しいものではない。ポーリーヌ・レアージュだって偽名だし、バタイユもロード・オッシ
ュという名前で、エロティシズム文学を出していた。この作者は大文字の作者を消すため、作
家活動の初めから最後まで、名前は出さないし、顔写真も出さないと言っている。なにかしら神
秘めいて、それ自体、売りの材料になると思うんだが。」
「だめですね。」棟方はにべもなく否定した。
「名前を出さないというのでは、批評における相互批判が不可能になる。僕は自分の名前を隠
蔽して、陰に隠れて、他人を攻撃するような卑劣にして、弛緩した精神の持ち主など認めませ
んよ。」
棟方はそういって、手元にあった水割りで喉を湿らせた。
「で、<ウロボロスTRIBUTE>ということは、こういう屑のような作品を他にも出すということです
ね。美加佐さん、現在のミステリー批評の世界で、私を敵に廻すということがどういうことか判っ
ていますか。」
美加佐は、棟方の機嫌を損ねたことに困惑しながらも、しぶしぶ<ウロボロスTRIBUTE>をシリ
ーズ化することを認めたのである。
それによると『ウロボロスの超ひも理論』以外にも『ウロボロスの統一場理論』だの『ウロボロス
の不確定性原理』だのが予定されており、いずれも無名の新人が匿名で出すのだという。そし
て、その企画は小説にとどまらず、メフィストフェレスコミックスの新刊としても予定しているとい
う。
「実はね。ここだけの話なんだが、作者不詳にするというのは、他に理由があってね。講壇社
の文才のある複数名のプロジェクトチームの共同作品なんだよ。ウィリアム・S・バロウズのカ
ット・アップ/ホールド・イン・メソッドによって、ドクター・バロウズというパソコン・ソフトが生ま
れ、素人でも既成のテキストをぶち込めば、バロウズ級の文学を大量生産できる時代になって
しまった。無論、仲伊さんの文学に親しんできた私にはそのようなところまで認める気にはなら
ないがね。あっは。それでも、自分と同じように文学とは何かがまがりなりにもわかっている者
のプロジェクトチームならば、ある水準はクリアできるはずだ。トマス・ピンチョンだって一時は
少数精鋭の共同チームではないかといわれていた時期があったし、文学以外では数学者のプ
リバキだってそんなことをいう人があったものだ。とりあえず、先入観はなしにして、だまされた
つもりで読んでほしい。編集者としての私の眼に狂いはない。棟方くんだって、それは認めてい
るはずだ。」
次第に美加佐は、いつもの強引なペースを取り戻してきた。美加佐の手元のグラスは、空にな
っていた。
「この作品は、ミステリーとして、極めてエレガントなトリック解明を行っているばかりか、私の眼
に狂いがなければ、普通小説としても三嶋の『マスクの告白』に匹敵する作品だと思うんだよ。
共同作品としては、奇跡的なレベルの達成だと思う。この調子で、第二作、第三作といけば、
究極の作品も夢ではないと思う。」
「究極の作品?」その瞬間、棟方の眼に、憎悪の感情が走ったのを、美加佐は見逃さなかっ
た。

いつから<究極の作品>という言葉に、棟方が過剰反応するようになったのか。
棟方は日本を離れ、パリのサン・ジェルマン・デ・プレで生活していたことがある。
棟方はそのデビュー作品『暗い天使』の中で、主人公の生活を<簡単な生活>として表現し
た。<簡単な生活>とは批評家明山舜の文章から借用してきた言葉で、最低限の命をつなぐ
だけための食事場所と寝場所の機能をはたすだけの屋根裏部屋生活を、そう表現したのであ
る。それは、観念的思考を削ぎ落とし、存在の根底を見つめなおそうとする主人公の姿勢を表
現していた。
サン・ジェルマン・デプレでの棟方の生活は、その主人公の<簡単な生活>を地で行くような
生活であった。
日本にいた頃、棟方は「黒樹龍思」と名乗り、新左翼の活動家・理論家として活動を行ってい
た。
棟方の所属した党派は、反安保を唱えていたが、棟方はその闘争を通じて<究極の革命>を
志向していたのだと思う。
棟方は幻想としての国家の死と、共同体の死を望んでいた。それが彼自身が生まれてきた意
味を与えてくれるように感じていたからである。
しかし、反安保の烽火は潰され、新左翼は日本での革命の不可能性から、第三世界革命論が
議論され、阿達征雄により『赤軍〜PFLF・世界革命宣言』が撮られ、あるものはパレスチナ解
放戦線の彼方に飛び立っていった。
そして日本に残った棟方らの党派は際限のないテロリズムと内ゲバの中に突き進んでいった。
棟方の所属する党派は、硝酸、硝酸カリウム、修酸塩アンモニウム、硫黄、活性炭といったも
のを入手しては、なにやら組み立て始めた。
棟方は党の理論家として、そのような汚れ仕事には手を出さず、ひらすら黙示録的なディスク
ール(言説)で、真の革命家は極限の死と破壊の徹底の果てに誕生することを予言し、扇動活
動を行っていた。
だが、その果てに現れたのは、未来のヴィジョンなき一切の総破壊であり、血で血を洗う査問
と殺戮であつた。
棟方が日本を離れたのは、新左翼の活動に限界を感じたためであった。
そのとき、彼は「黒樹龍思」という名前を棄てることにした。正確に言えば「黒樹龍思」という名
前を私に譲ってくれたのだ。
棟方はバリの屋根裏部屋で「観念論」という完成の見込みのない論文を書いていた。
近代における共同観念からの乖離による自己意識の発現と、さらなるラディカルな観念の徹底
化による党派観念の誕生。だが党派観念の背後には、現実の生活や肉体に関するルサンチ
マンの膿が隠されており、それゆえ民衆のための革命が、民衆の大量殺戮を正当化する観念
の倒錯を生み出してゆく必然性がある。
こうして、アンドレ・グリュックスマンに相当する仕事を、棟方は行いつつあったのである。
棟方の理論では、観念のラディカル化の徹底をさらに進めると、党派観念の内部から集合観
念がマグマのように噴出するという。集合観念とは何か。それは観念による観念の浄化。観念
による観念の脱構築であり、反観念なのである。
棟方は<究極の革命>という観念を棄てたわけではなかった。
棟方は<究極の革命>にいたるすべての道を完全否定しただけである。
埴輪豊の『至霊』は存在の革命を目指す小説である。
埴輪もまた既成のマルクス主義の党派が、究極的に密告と査問、そして虐殺に至ることを知っ
ていたが、<存在の革命>には別の道があると考え、<虚体>という奇想を編み出したのだ
が、棟方はそのような別の道の可能性をも否定した。
棟方の集合観念論とは、革命を内部から阻止しうるということ、革命をぶち壊す際限のない暴
力を肯定せよ、ということであって、マルクス主義とは別な革命の道を提示するものではなかっ
た。
たとえ、棟方が集合観念を電光石火のような革命であると強く言い張ろうとも。
繰り返し、言おう。
棟方は<究極の革命>という観念を棄てたわけではなかった。
棟方は<究極の革命>にいたるすべての道を完全否定しただけである。
だからこそ、棟方はパリ在住時、マルクス主義とは別な方法で<究極の革命>は可能として、
天使的交換による生成変化を語る秘密結社<赤い生>の女性指導者と、その使徒で生前離
脱を遂げたという中性的な印象のある青年を、理解不能の現前ということだけで死の世界に
葬送することができたのである。
棟方はサン・ジェルマン・デ・プレでの生活の中で、他人との接触を最低限度にしようとしてい
た。
後年、精神医学の西塔玉樹が<共同体からのひきこもり>を主題にし、棟方の評論における師
匠格にあたる東京の経堂に住む経堂源蔵が人は自立のため、自己を創るためにひきこもり
が必要であると主張すると、棟方は自分もまたサン・ジェルマン・デ・プレの孤独な生活の中
で、新しい自分を創り上げたと語った。
棟方はルーマニアのミルチャという宗教学者を引用しながら、新しい自己の創造には、象徴的
レベルでの死と再生が必要なのだと語ったのだ。
サン・ジェルマン・デ・プレを居住地にしたのは、棟方も影響の受けたサルトリという哲学者の
暮らす街であり、友人の富士田芳次が暮らす街だったからである。
この友人と会う以外は、極端に他人と会うのを避けた。棟方はかつての会田林伍率いる政治
的党派と完全に繋がりを絶つためであった。
棟方のSF伝奇小説『超人伝説』で、後に魔流屈巣賊として描いたのは、会田林伍がモデルで
ある。
棟方はかつての仲間から完全に姿をくらました。
姿をくらましただけでなく、かつての名前「黒樹龍思」を棄てた。
こうして、棟方は自分の顔を消去した。
ちょうどその頃、人類学者のカルタネタは、南米の呪術師ドン・ジュアンに呪術の修行を入門す
るにあたって、過去の自分の名前を棄てることを命じられていた。
ドン・ジュアンによると、現代社会での人々のアイデンティティは、本人の名前をキーにして社会
的に登録されている。呪術師として生まれ変わるためには、この登録を抹消することが必要で
あり、根本デリートのためには、本人の名前を消すことが必要だという。
棟方が行ったのは、過去のアイデンティティの抹消だったのである。
ドス氏描く「地下生活者」同様、サン・ジェルマン・デ・プレのアパルトマンの屋根裏部屋で、棟
方は泥のような孤独に自分を沈めていった。
棟方は自分が許せなかった。
自分は直接手を汚さなかったが、他人に手を汚すように扇動したのである。
その果てが、テロリズムであり、仲間同士での殺し合いであった。
しかも、かつての仲間から逃れるために、棟方はかつての仲間を売ったのである。
棟方は、自分が最低の卑劣漢であると思った。
そして、自分自身を仮想敵にして、思考のシャドゥ・ボクシングを何度も繰り返した。
それでも棟方が自殺を選らばなかったのはなぜか。
棟方は、徹底した自虐にふけりつつも、自分の奥深くに際限のない<超越>への欲望が死に絶
えることなく、とぐろを巻いているのを感じていた。
それは恐るべき巨大な欲望であった。
棟方は徹底した否定の果てに、否定できない「本当のわたし」を発見しようとした。
棟方のオカルトへの関心は、「本当のわたし」探しを目的にしていたように思う。
パリで、私が棟方と知り合ったのは、隠秘学中心の「東方書店」に置いてであった。
「東方書店」では、パルケルススやアグリッパ、サン・ジェルマンにエリファス・レヴィ(アルフォン
ス・ルイ・コンスタン)の著作や、『レゲメトン』、『ソロモンの大いなる鍵』、『ソロモンの小さき
鍵』、『アブラメリンの魔術』、マクレガー・メイザースの『ヴェールを脱いだカバラ』などが並べら
れた古書店のフロアと、シュルレアリスムと実存主義を中心とした新刊書のフロアからなり、オ
カルティズムと現代思想の探求者には、よく知られた書店であった。
私はその当時、日本を離れ、バリで異端カタリ派の研究を続けており、「東方書店」の主人とは
懇意であった。
棟方の姿は「東方書店」によく現れる謎の日本人ということで、気になってはいたが、その当時
の棟方は厭人症であったし、私も個人主義による自由を満喫していたから、お互い声をかける
こともなかった。
あるとき、棟方は探し物をしていて、「東方書店」の主人をアルビジョワ十字軍とカタリ派のこと
で、質問攻めにしていた。
そのとき、「東方書店」の主人からカタリ派のことなら、この人の専門だと、棟方にたまたま居
合わせた私を紹介したのであった。
棟方はシモーヌ・ヴェイユのことを調べていて、ヴェイユがグノーシス主義を肯定していたことを
立証しようと考えたのだという。
ヴェイユはカタリ派に関心を寄せていたことは判っているため、カタリ派にグノーシス主義が影
響していることが証明できれば、ヴェイユがグノーシス主義に肯定的な意見を持っていることが
立証できるというのである。
棟方がグノーシス主義に関心を持ったのは、それが「本当のわたし」を引き出し、全面肯定す
る思想だからだそうである。
棟方はあまりはっきりと自分のことを語らなかったが、ヴェイユを非暴力による<絶対の革命>
の探求者と見ているようだった。
そのことから考えて、私は棟方がなんらかの暴力的な政治運動に関係した過去を持つ人間で
あることを嗅ぎ取った。
私はアルビジョワ十字軍とカタリ派に関する参考文献を何冊か棟方に紹介するとともに、現在
入手不可能な文献を持っているので貸し出してもよいことを伝えた。
こうして、棟方は私の研究室に訪れることになった。
たが、これは大きな間違いのはじまりだった。
あのとき、私の研究室に出入りしていた2人の生徒、ルナールとジベールに引き合わせなけれ
ば…。
棟方と私の運命は、大きく狂い始めていた。

「先生のお会いになられた棟方さんという方は、カタリ派をグノーシス主義と結びつけて考えら
れたわけですね。13世紀から14世紀のカタリ派は、10世紀のボゴミール派の影響を受けてい
ますが、ボゴミール派に影響を与えたのが何なのかが問題ですね。有力候補としては、マニ教
が挙げられますが、マニ教は4世紀から8世紀、この間には明らかなミッシング・リンクがあり
ます。」
「で、君はその間をどう繋げる考えなのかな。」
「アルメニア教会派の一つがゾロアスター教と習合してできたパウロス派が有力とは思うので
す。でも、仮説の域を出ませんが。」ルナールは、そこで言いよどんだ。
「それよりも、先生。その棟方さんは何時ごろ、いらっしゃるのでしょうか。」ジベールが二人の
会話に口を挟んだ。
私は「そうそう、そろそろだと思うんだがね。」といって立ち上がろうとしたとき、ノックの音がし
た。
「失礼致します。棟方です。」
棟方は紺のブレザーに、白のスラックスという姿で立っていた。
「ちょうど、君を待っていたところだよ。」といって、私は棟方を研究室に招きいれた。
そして、棟方に私の生徒のルナールと、ジベールを紹介した。
「ルナールは、私の生徒で、カタリ派とテンプル騎士団を研究している。私のゼミでは、『赤と
黒』に出てくるルナールよりも、マチルドに似ていると言われているが。否、これは聡明なという
意味であって、高慢なという意味ではないのだが。」と言うと、私のことをルナールは一瞬にら
み付けた。
「そして、ジベール。彼はレンヌ・ル・シャトーと聖杯伝説について研究している。ルナールの弟
分のように、いつでもルナールの後をついて廻る。ジベールはルナールを義姉さんと呼んでい
るようだが、二人は他人だ。誤解のないように。」
ジベールは、紹介されても、あたかも非在であるかのように透明な不思議な存在だ。
「棟方さんはシモーヌ・ヴェイユに関心をお持ちとか。」
「ええ、ヴェイユとバタイユに…。」
「バタイユですって?」ルナールの眼が輝いた。
「興味深いですわ。バタイユと秘密結社<アセファル>、そして<社会学研究会>。私はバタイユよ
りも、クロソウスキーの方に現代的な意味を感じてますが。」
ルナールは明らかに棟方に関心を持ったようであった。
私は机の中から、オク語で書かれた文献をとりだして、棟方に示した。
「これはコピーだから、返却は不要だ。これはオク語で書かれたカタリ派の文献だが、そこにカ
タリ派の二元論の性質に関する説明が詳細になされている。周知のとおり、各宗教の二元論
は、それぞれ性格を別にしている。霊と肉、光と闇、物質世界と精神世界、善神と悪神、宗教
によって二元論の色彩が微妙に異なる。だが、カタリ派と、グノーシス主義の関連を問題にす
るなら、現状ではこの二元論の仕分け作業を通じて行うしかない。この仕分け作業は専門家で
も困難な作業だが。オク語については、ルナール君が詳しい。必要とあらば、ルナール君に協
力させてもいい。ルナール君、いいね。」
「いいですわ。オク語によるカタリ派文献でしたら、私の研究にも必要ですし。」ルナールは棟
方に微笑んだ。
「ルナールさんはカタリ派とテンプル騎士団が専門ということですが、それに関しては、私も関
心があります。カタリ派がカトリックに異端として断罪され、1207年にアルビジョワ十字軍によっ
て虐殺され、殲滅した後、カトリックがカタリ派の聖地ラングドック地方に踏み込むと、そこには
カタリ派の財宝がなかったといいます。そこで、事前にテンプル騎士団が、財宝を安全な場所
に移動したのではないか、と疑われているわけです。そこで、移動先として可能性のあるの
が、レンヌ・ル・シャトーということになります。」
さらに棟方は続けた。
「そこで問題となるのがベランジュ・ソニエールという人物なのですが、彼は1885年レンヌ・ル・
シャトーの神父となりますが、教会は老朽化しており、6年間極貧と飢餓と闘いながら、教会の
改修を行おうとしたといいます。ところが、彼に転機が訪れます。教会の古代西ゴート族から続
く柱のくぼみに、4枚の羊皮紙を発見します。2枚に家系図、もう1枚にギリシア語で書かれた
聖書の文字、さらに1枚に教会のかつての神父ビグーの告解の言葉。ソニエールからこの発
見を知らされた司祭は、3週間ソニエールをパリに派遣します。ソニエールはある種の秘密結
社の人物と接触を図り、さらにルーブル美術館である絵を模写したといわれます。3週間後、
帰郷したソニエールは変貌を遂げていました。彼は自分と家政婦のための別荘をつくり、谷を
見下ろす塔を立て、街に道路や水路をつくり、教会を豪奢に改築しました。しかし、この資金源
はどこから来たものでしょうか。地区の教会は彼を追及し、罪に陥れようとしましたが、彼の行
動はすべてローマ教皇により許諾され、無罪となります。彼は古くからの墓地の墓石や、古代
の碑文を破壊し、秘密を独占しようとします。彼のもとには、フランス文化相、オーストリア皇帝
ヨーゼフの従兄弟ヨハン・ハプスブルグ大公といった人物が訪れたといい、底知れぬ力の所在
を暗示します。また、銀行とも怪しげな取引を行っていたふしがあります。」
一同は、棟方のよどみない説明に魅了されていった。
「ソニエールは、秘密を明かすことなく、この世を去り、ソニエールの財産を継承した元家政婦
のマリー・デナルノーも、同じく秘密を明かすことなく、この世を去ります。したがって、これから
の話は推定の域を出ないのですが、ソニエールの資金源はカルカソンヌの秘宝を探し当てた
か、家系図をもとにイエスとキリスト教の根源に関わる秘密を嗅ぎ出し、ローマ教皇と取引をし
たか、どちらかと推測されます。」
いったん、言葉を止めた後、棟方は最後に自分の推論を述べた。
「自分としては、先ほどのテンプル騎士団によるカタリ派の財宝の移動という仮説と結びつける
と、カルカソンヌの秘宝をソニエールが発見したとする方が整合性があるのですが。」
そして、静かに棟方が微笑むと、ルナールもまた信頼の微笑みを返した。
二人の間に、初めて魂のコミュニカシオンがなされた瞬間であった。

ルナールの疑惑に満ちた不審な死と、ルナールの手帳の入手以来、日増しに私の中で棟方
への疑いが深くなっていった。
私は実名で『カタリ派とリインカーネーション』や、記号分析学に関する翻訳を行いながら、「黒
樹龍思」の筆名で創作活動にも手を染め始めていたが、今回『天啓の骸』というタイトルで棟方
に関する小説を書き始めたのには理由がある。
周知のように棟方には『暗い天使』から始まる代表作となるシリーズと、「天啓」シリーズという
第二のシリーズがある。「天啓」シリーズは情況論的には天藤尚巳のウロボロスシリーズの向
こうを張って出された作品だが、あくまで主題は<絶対の小説>、<究極の小説>に関する探求
が主題となっている。
私はタイトルを『天啓の骸』とすることで、棟方に関する<魂の解剖学>を企てようとしたのであ
る。
完成された段階で『天啓の骸』には、次のようなエピグラムがつけられる予定である。
「<ウロボロス>の反転としての<天啓>の、<天啓>によるさらなる反転のために。死國より、黒い
薔薇を添えて。」
無論、『天啓の骸』は、棟方による「天啓」シリーズのまがいものであり、その意味でパロディサ
イトと受け取られる可能性がある。私はカタリ派の問題を通して、棟方に知り合って以来、棟方
が関心を寄せるミステリーに関しても、さまざまな議論を交わしたことがあるから、ミステリーが
先行する作品に言及し、メタ・ミステリー化してゆく特性を持っていることは理解しているし、そ
の過程で無数のパロディサイトが生み出されるのも必然性があると考えている。だが、『天啓
の骸』は所謂キャラ萌えでもないし、やまなし・おちなし・意味なしのやおいでもないといっておき
たい。『天啓の骸』は、もっと不快な、忌むべき小説なのである。ちょうど屍体の臭いを嗅いだ
人間が本能的に顔をそむけたくなるような…。
なぜなら『天啓の骸』は完成した段階で、棟方の思想の可能性の中心を明らかにすると同時
に、コインの裏表のように、その限界をも測定してしまうからである。
私はルナールの手帳をもとに、ルナールの謎に満ちた死に至るまでの棟方との交流を再構成
し、その死に対してある仮説を提示しようと思う。
これはルナール、そしてジベールの死に関する告発だが、単なる告発ではなく、その死の理由
を考えるとき、棟方の思想的限界点が浮かび上がるようになっている。そうしてこそ、二人の弔
いのための闘争として成立するのだ。

ルナールの手帳は、極私的な内容から始まっていた。それを公開することは、躊躇がないわけ
ではなかった。
だが、棟方の思想の全体像を考えるとき、欠かすことのできない要素と考えられた。
棟方は私と知り合いになった後も「観念論」を書き続けていたが、その内容は美的・エロス的・
革命的次元において、現象学の方法を適用しながら、観念の倒錯を叩くという方向性を持って
いた。だから、棟方の思想を問題にするとき、美的・エロス的・革命的次元にわたって考察を展
開せねばならない。
ルナールの記録は、ギリシア旅行(これは私やジベールも一緒だった南仏旅行に続き、二人に
とって二度目の旅行にあたる)から始まっていた。

ルナールはベッドの中で首筋を噛む癖があった。
「まるでヴァンパイアーのようだ。」棟方の口から言葉が漏れた。
何度、苦痛と喜悦、天国と地獄を往還しただろうか。
棟方はルナールの肩から背中を指先でなぞりながら、ルナールの中に<黄金の女>を見出して
いた。
後年、棟方は『吸血鬼戦争』連作で、<黄金の女>を登場させることになる。
棟方にとって、セックスとは超越的なものへの扉であり、至福への扉であった。
棟方は学生のころに読んだC・Wの著作を思い出していた。C・Wは評論『局外者』で知られる新
実存主義者で、その著作『性衝動のオリジン』の中で、C・Wはオルガスムに至る寸前で止める
ことを進めていた。天井桟敷の劇作家は、性解放の立場からC・Wのこの考え方に反発したも
のだが、棟方はC・Wのこの考え方は旧態依然のモラリスムからではなく、オルガスムに至る寸
前で何度でも回避することで、極限的な悦楽が無限に持続するプラトーに到達することを示唆
していると考えていた。したがって、棟方のセックスは、延々と執拗であった。
棟方はアメリカのヘンリー・ミラーにも影響を受けていた。だから、あらゆるタブーは、踏み越え
られるためにあると考えていた。だから、棟方はルナールとの間でも、さまざまな実験を行っ
た。ソドミーもそのひとつであった。
但し、棟方はライヒのように、あらゆる禁制の撤廃は考えていなかった。あらゆるタブーはタブ
ーであるがゆえに、それを侵犯する価値があると棟方は考えていた。
そして、最後に棟方はバタイユの思想の体現者となろうとしていた。
極限的な悦楽が持続するプラトーのなかで<私>は崩壊する。オルガスムが「小さな死」と言わ
れるのはそのせいである。
「エロティシズムは死に至るまでの生の高揚である。」棟方はバタイユのこの言葉を金科玉条
にして生きた。
「あなたはベッドの中でも哲学を語る人なのね。」ルナールは呆れたようにつぶやいた。
陽の光が射してきた。緑の中をすり抜けてきた光は、ルナールの裸身を浮かび上がらせた。
時計は10時をすでに超えている。
初めての出会いから、すでに9箇月を過ぎようとしている。
棟方とルナールは、誰にも知られず、ギリシアを訪れていた。ルナールがギリシアの海が見た
いと言ったからである。
「海を見ると、生命の流れということを感じるの。私の中を流れる古代からの生命の流れを。」
「綺麗だ。青い海も、光る風も、そして君も。」棟方はルナールを後ろから抱きしめた。
棟方は、心の中のわだかまりが癒されるのを感じていた。
いつしか棟方はルナールの前でだけは、心を開くようになっていた。

しかし、棟方とルナールは、知れば知るほど、お互いのポジシオンの違いに気づき始めてい
た。
出逢いの段階からして、その予兆はあった。棟方はバタイユを評価したのに対し、ルナールは
クロソウスキーを評価したのだ。
ジョルジュ・バタイユとピエール・クロソウスキーは、ともにシュルレアリストの異端グループに位
置し、ナチズムやファシズムが自分たちの野蛮な行為を正当化するのにニーチェの哲学を利
用しはじめたとき、コントル・アタック(反攻)を組織し、アセファル(無頭人)を創刊し、ニーチェを
頭(それは神学における神であり、国家にとっての総統のメタファーでもある)を切断する反哲
学であると主張したのである。
だが、同じ無神論とはいっても、バタイユが反「有神論」という形で、正面からの転覆を図るの
に対して、クロソウスキーは神を複数化させ、「多神教」を導入するのである。(さらにいえば、
そのころ注目されていたモーリス・ブランショは、神学の零神化を図るのである。)
バタイユもクロソウスキーも、ともにポルノグラフィーを書いたが、バタイユは正攻法で禁制を侵
犯する非合法的な作品を書いてゆくのに対し、クロソウスキーは貞淑な妻に不貞をさせ、自分
はそれを覗き見るというような倒錯を描き、しかも、それを絵画や映画で反復して描くことで、い
かがわしいシミュラクルを増殖させ、複数化させてゆくのである。
棟方とルナールが完全に意見を別にしたのは、ヌーヴォー・フィロゾフ(新哲学派)をめぐってで
あった。
棟方が日本にいたころ、新左翼系の党派に所属していたことは以前述べた。
だが、ルナールもまた、68年の五月革命を経験した存在だった。五月の嵐は終息をし、時代
は冬の時代を迎えつつあったけれども、ルナールは五月革命を通じて、友愛と平和を理想とす
る新しい哲学を持っていた。
棟方はかつての学生運動について、その運動が連合赤軍事件に転化してしまうような必然性
に気づき、マルクス主義を断罪したのだが、ルナールは五月革命を経て、ポスト・マルクス主義
的な別な形の革命を志向するようになっていた。
棟方にとっての連合赤軍事件にあたるものは、ルナールにとってはソルジェニーツィンの『収容
所群島』の刊行だった。
そのころから、<マルクス・レーニン主義はラーゲリ(収容所)の思想である>というヌーヴォ・フィ
ロゾフの主張が、マスコミでも取り上げられるようになっていた。
そして、哲学者のジル・ドゥルーズはヌーヴォ・フィロゾフの成功は、マーケティング戦略の成功
を意味するだけで、彼らの哲学は二項対立に基づいており、哲学的に無意味であるとこき下ろ
していた。
ルナールの立場は、完全にドゥルーズ、そしてその協力者ガタリの立場に一致していた。
『アンチ・エディプス』が出たころから、ルナールはジベールとともに読書会を開き、討議を行っ
てきた。
ドゥルーズとガタリによる『アンチ・エディプス』は、世界を欲望する諸機械として捉え、欲望する
機械同士の異種結合からなる連結から気狂いベクトルのような効果が発生すると説き、社会
をアントナン・アルトーの『ヘリオガバルスまたは戴冠せるアナーキスト』の物語をなぞりなが
ら、原始土地機械、野蛮なる専制君主機械、公理系に縛られた資本主義機械として捉え、多
種多様な方向に欲望を走らせ、トゥリー(樹木)状の権力装置を解体させ、リゾーム(根茎)状の
ネットワークでつなごうとするものであった。
一方、棟方はもはやあらゆる革新思想が信じられないと語り、ヌーヴォー・フィロゾフの主張に
は正当性があると語っ
た。
「では、権力に虐げられた人々を、あなたは見殺しにせよ、というの。そんなことに、私は耐えら
れないわ。確かに国家装置に対抗する革新勢力が権力を握ったとき、それが新たな国家装置
に転化したり、独裁的な専制に転化したり、テロリズムやニヒリズムが蔓延するかもしれない。
でも、すべての革新勢力が、変質するとは思わないわ。仮に、すべての革新勢力が収容所群
島を作り出してしまう理論的必然性があるとしても、罪のない子供たちが殺されたり、暴力で踏
みにじられたりする社会を、私は受け入れることはできない。革新思想に問題があるのなら、
問題箇所をフィードバックして修正すればいいのであって、あなたのように権力に虐げられた
人々がいても、黙殺するというのでは、権力に魂を売ったのも同然だわ。」
「君はいまでもバスク解放問題に同情的だし、フランスで進められている原子力政策に反対す
る運動の指導者でもあるわけだが、バスク解放戦線が爆弾事件を起こして、罪のない人間を
殺傷しているのをどう考えるのか。また、そういったテロリズムは最終的に無限の専制の方を
志向しているとは思わないのか。君は権力に虐げられた人間がいるとき、同情するのがヒュー
マンだと考える。しかし、僕にはそういったモラルが信じられない。そういうモラルは、弱者の強
者に対するルサンチマンだし、君のそういう同情心が君をテロリズムに近づけてゆくことがわ
からないだろうか。」「わたしはテロリズムに反対だし、それが無差別に人を殺傷することに強く
反対します。しかし、そういった暴力が発生するところには、不正や抑圧があるのだし、不正や
抑圧をなくさないかぎり、根本的な解決にならないと思うのです。わたしが関わっている政治運
動は、暴力やテロルではなく、理性とコミュニケーションを通じて段階的に問題を解決してゆく
グループだけです。」
棟方は前髪をいじりながら、黙り込んだ。棟方は考え始めると、周りの喧騒すら耳に入らなくな
る。完全な精神集中が行われるのである。
「君は<天使会>という秘密結社のことを聞いたことはないか。」棟方はそうぽつりと言うと、今度
はルナールが驚いたように見開くと、今度は押し黙ってしまった。
そして、ルナールもどうすればいいかと思案するように、天井を見上げたのである。

あれは一体なんだったのだろう。
空を見上げる棟方の顔に、五月の冷たい雨が降りかかった。
自分が追い求めてきたもの、そして死と血の匂いのする革命を通じても達することのできなか
ったもの、それに至る糸口をあの女は知っている。
聖性について、思弁的に語ることならば、ある程度の練習をつめば、誰でもできる。
だが、体験として聖なるものに届くには…。

<天使会>について問いただした後、ルナールは思案した後、「いいでしょう。貴方にもいつか話
すべきと考えていましたから。ただ、今直ちにではなく、ジベールとともに。なぜなら、わたした
ちにとって、ジベールは特別な存在なのですから。」と語った。
ルナールは、告白に相応しい特別な聖域を指定した。
俗なる世間から隔絶し、聖なるものを結界で封じ込めた異次元。
だが、その場所を明かそうとはしなかった。
棟方はいつものようにルナールのアパルトマンを訪れるだけで良かった。
だが、いつもと違い鍵はかかっておらず、ルナールの姿はなかった。
茫然としてたたずむ棟方の背後に、いつの間にか黒服の二人の男が立っていた。
黒服の男は、恭しく一礼し、ルナールに頼まれてきた者であることと、これからルナールの待つ
森に案内するので、アイ・マスクをつけて欲しいといった。
棟方は黒服の男の殺気から、抵抗することは無駄であると判断した。
この男たちは、時と場合によっては棟方を気絶させてでも、ルナールの待つ場所に連れてゆく
に違いない。
棟方は左翼活動を通じて、訓練された武闘派の持つ独特の雰囲気を知っていた。
彼らには何かしら鉄の匂いがするのだ。
棟方は言うがままにアイ・マスクをつけさせられ、マンションの前に止められた車に押し込めら
れた。
マンションを出たとき、ぎらつく太陽の日差しが当たり、じっとりと汗がにじんだ。
車の中でも、棟方は冷静さを失わなかった。
車両の傾きや、音から、棟方はカーブをどちらにまがったか、必死で考えようとした。
だが、道が解らないようにわざと迂回するのか、しまいに分からなくなってしまった。
ぎらつく太陽だけが、容赦なく、照りつけ、次第にどこまでが現実か、どこからが夢なのかす
ら、分からなくなってしまった。

<ルナールについて私が知っている二、三の事実とは…>
夢とも現実とも区別のつかない曖昧な世界の中で、棟方の意識は同じ質問を反芻し続けた。
<ルナールについて私が知っている二、三の事実とは…パリ第一大学の学生であり…『カタリ
派とリインカーネーション』や、『プルースト論〜欲望機械と同性愛』でしられるH教授の門下生
であり…ゴダールの『中国女』を見て「ヴェロニクは私だ」と叫んだマオイスト(毛沢東主義者)で
あり…好きな言葉はええと、なにだっけ…そうそう、「造反有理(反逆は正しい)」であり、常に教
条主義と修正主義の二つの戦線で戦っている学生運動家であり、『資本論』を第二章から読め
といったアルチュセールをも修正主義者として、斬り捨てていた。彼女は闘士…ヴェトナム反
戦・平和運動にも深くコミットしており…反核エコロジストでもあった。現在、ラングドッグで進め
られている原子力発電所計画にも、反対の論陣を張っていた。オルタナティヴ運動の某機関
紙で発表されたルナールの論文は、「核廃棄物の処理方法の問題点を鋭くついたもので、現
在、核廃棄物の安全な処理方法が確立されていない以上、将来的に安全な処理方法が確立
されることを前提に話を進めるのは、将来の技術の進歩に対する妄信であり、科学的な議論
とはいえない」というもので、核開発をすすめる保守派や産業界の神経を逆なでするものだっ
た。ルナールはベナールとともに行動しており、ベナールの他にも幾人かの熱心なシンパを引
き連れていた。彼らの名称は、それは公然としたものではないのだが…私はシンパの中の一
人から聞き出すことができた。その名はア・ヴィ・ルージュ…赤い生…ルナールの生きた鮮烈
な赤…『毛沢東語録』のペーパーバックの赤…愛と革命と…そして、なによりも生命の赤…ル
ナールは愛していた…その赤を…そして、私はルナールを愛していた…愛していたかった…だ
が。>
棟方の前に、ルナールの姿があった。だが、赤い炎で、その顔は揺らめき、いつもとは違う顔
があった。棟方には、それがなにかしら底知れぬ深淵をたたえているように思われた。
「お待ちしておりましたわ。」なにか車の中で嗅がされたのか、頭がずきずき痛んだ。
「貴方が<赤い生>の存在に気づいたことは判っていました。いずれ、この日が来ることも。貴方
は独自の調査で<赤い生>は歴史の表面に浮かび出た結社の政治的部分に過ぎず、その実
体が<天使会>にあることを知りました。しかし、<天使会>はうわさ話に現れる俗称に過ぎず、<
天使会>を追いかけても、貴方の追い求める<天使会>とはまったく異なる無数の個人サークル
や愛好会にしか届かないようになっています。いずれ、テクノロジーの進歩によって、私たちは
電視的なハイパーテクストを共有するかたちになるでしょう。しかし、ホログラムのような電視的
ハイパーテクストをさまざまな形で検索しても、ニセの情報しかつかめないようになっているの
です。はっきり言っておきましょう。<天使会>という名称は、探求者のミスディレクションを誘発
するために撒き散らされたデマに過ぎません。」
ルナールは、蝋燭の灯る祭壇から、棟方に歩みよった。
「だから、私は<天使会>と言い出した貴方を完全に無視することもできたのでした。それをしな
かったのは、貴方もこのプロジェクトに参加して欲しいと願ったからです。」
ルナールは優しく微笑んだ。
「貴方は昔から<絶対>の彼方にダイビングすることを夢見た人です。貴方は政治的な人です
が、政治的である前に、一種宗教的な方です。それは、キリスト教などの既成宗教への帰属を
意味しません。貴方が獣のように、制度や権力を嫌い、キリスト教を牧人=司祭制権力と呼ん
で、毛嫌いしていたのを知っています。貴方の関心は、秘教に向かっていました。エッセネ派の
精神主義、グノーシス主義的キリスト教、イスラムのスーフィーの教え、道教に伝わる練丹術、
チベットの金剛乗仏教…制度化した公教の表面的な違いとは別に、貴方は秘教のうちに人類
共通の魂のアールを見出せると考えていました。」
そこまで言うと、ルナールは表情を硬くした。
「しかし、貴方は<絶対>の彼方にたどり着いてはいないし、貴方のような思考では<絶対>に永
久に達することはない。」ルナールの表情は、哀しさを帯びていた。
「貴方は性急すぎるのです。<絶対>にたどり着くには、<絶対>の彼方にダイビングしたいという
渇望自体を棄てなければ。私は貴方を救いたいのです。<絶対>に恋焦がれながら、<絶対>に
たどり着けず、自分を傷つけている貴方を救いたいのです。だから…私は貴方を迎え入れた
いのです。<天使会>というダミーの世界でなく、<薔薇十字啓明会>へ。」
「薔薇十字啓明会?」棟方は混濁した意識の中でつぶやいた。
「そうです。<薔薇十字啓明会>です。政治的秘密結社<赤い生>は、その理念を表現した行動
的部分に過ぎず、<薔薇十字啓明会>の認識にたって魂の学びをしないと意味がないのです。
今世紀はマルクスによって経済的存在としての人間像が、フロイトによって無意識まで広がる
性的存在としての人間像が注目されましたが、これらの認識は一面的なもので、これらの認識
をもとに革命をはかっても、ゲーテやスピノザのような人間は誕生しません。薔薇十字とは、い
うまでもなくクリスティン・ローゼンクロイツによって始められたfraternitatis rosae crucisのこと
であり、キリストの十字とパラケルススの薔薇の結合体のことです。私は<薔薇十字啓明会>の
もとに、今世紀中に大きく三つに分裂している霊統をひとつにまとめ、魂の本質に沿った文学
や芸術を開花させるとともに、政治や経済の構造も変えてゆきたいのです。私が注目している
霊統とは、第一にロシアの東方的グノーシス主義であり、ここにはグルジェフやウスペンスキー
が該当します。場合によってはラスプーチンの例も参照する必要があります。第二に、マダム・
ブラバツキーの始めた神智学の霊統があります。ここにはルドルフ・シュタイナーの人智学の
流れも含まれ、仏教に人智学アプローチをしたヘルマン・ベックの研究にも注目しないといけま
せん。第三に、英国黄金の暁会の儀礼魔術の霊統があります。ここにはマクレガー・メイザー
スや、クロウリー、ダイアン・フォーチュンがいますし、なにより儀礼魔術のすべてを公開したイ
スラエル・リガルディーがいます。私はこれらを統合し、秘境的なスクールをつくろうと考えてい
ます。」
「そして…」ルナールのそばにジベールが音もなく近づいた。
「私たちの成果が、ジベール。生前離脱を遂げた来るべき天使なのです。」
ジベールは身にまとっていた白い布を脱ぎ落とし、上半身をあらわにした。
そこに現れたものは、日に焼けていない白い肌。
胸には、巨大な鷹の刺青で血がにじんでいた。
「キング・フェニックスは、今ここから飛び立つのです。」
その瞬間、胸の刺青が羽ばたくように浮かび上がった。

「君は私のような思考では、<絶対>に到達することはないという。では、私のような思考の陥穽
とはなんだろう。」
棟方は声を搾り出すように、ルナールの眼を見て語った。
「貴方は黒樹龍思という名前で活動していた頃、大衆叛乱と結合した持久的権力闘争としての
人民戦争に賭けようとした。そして、資本主義という巨大なシステムの外部に立つ怪物として、
自己規定しようとした。だが、この企ては、マルクス主義的解放戦線が、無際限のテロリズムを
正当化し、無限の抑圧体系を造りだしてしまうというパラドックスに直面する。そのため、貴方
はマルクス葬送派として転向し、黒樹龍思というペンネームを棄てるに至る。今度は恥辱にま
みれた存在の根底に降りてゆき、現象学的オントロジーに立って、空中に浮かぶ観念の伽藍
を壊そうとしはじめる。貴方の頭の中は、マルクスに変わって、今度はバタイユが占領するよう
になる。だが、巨大な社会システムの外部に立つ怪物として自己規定するスタンツだけは変わ
らない。貴方はバタイユの普遍経済学の理論を、構造とその外部の弁証法に立つ理論である
とする解釈を拒否し、バタイユは弁証法を廃滅してゆく反弁証法だと主張し始めた。確かに、
バタイユのねらいはそこにあったかも知れない。しかし、客観的な社会学的な視点からみるな
らば、貴方の理論は資本主義の外に立っている怪物を気取るロマンティストに過ぎない。その
理論は<物自体>の根底、ラカンのいうところの<現実界>に到達することはない。せいぜい<想
像界>をかき回す程度にすぎない。資本主義というシステムは、システムとしての自己を解体し
てゆくシステムなのだから、貴方の異端的ロマンティシズムもまた単なる消費財でしかない。怪
物であることは、自己の差異化をつきつめることであり、結局は消費財としての自己の付加価
値を高めるにすぎない。怪物であるという質的な価値は、資本主義の前では直ちに貨幣という
量的価値に翻訳され、無毒化する。だから、貴方が外にいると主張するとき、貴方は中にいる
ことになる。そして、資本主義は無傷のままに残り、資本主義の公理系は維持される。こうし
て、利益と結びつく行為だけが評価され、そうでない行為は無価値で意味がないとされ、嘲りの
対象となる。はたして資本主義の前でも、徹底した外部に立つことは可能なのか。徹底した外
部とは、内部と外部の二項対立のさらなる外部なのだから。」
さらにルナールは、棟方の問題点を突く。
「貴方は怪物になることは出来ても、天使になることはできない。天使とは怪物を超えた怪物な
のだから。つまり、天使は差異の体系からなる意味のマトリックスをすり抜けてしまう特性があ
る。私たちは天使教育を行い、メンバーひとりひとりを天使にすることで、自己解体する資本主
義という巨大なシステムをすり抜けることができると考える。資本主義の公理系は、利益と結び
つくという一定方向の生成しか認めない。しかし、私たちは各人に天使教育を施し、個人の特
性を生かし、伸ばすことで、多種多様な生成を肯定し、最終的に資本主義の方向性を多方面
に広げることができると考える。天使は媒介者であり、神と人を繋ぐ中間者である。天使の位
置は、仏教で言えば菩薩と人の間を媒介する阿弥陀如来の位置に相当する。天使という媒介
者をつうじて、人は神に近づくことができる。天使は、錬金術でいえば、金と鉛をつなぐ賢者の
石に相当する。貴方は私たちの催眠誘導によって、ドラッグによらずして、変性意識状態にあ
る。私たちは催眠誘導を蝋燭の炎や、お香の香り、そして揺らめく図形などを使う。こうして、
貴方は<夢>と<現実>の狭間に置かれている。チベットの導師は、こういった中間状態をバル
ド、中有と呼んでいる。人間が死んで、生まれ変わるまでがバルドであり、さらにいえば人が生
まれてから、死ぬまでもバルドに該当する。貴方がいま置かれている<夢>と<現実>の狭間もバ
ルドである。バルドは<存在>と<非在>の中間であり、天使もまた<存在>と<非在>の中間であ
る。しかし、今の貴方には「中間性の知性」がないから、<存在>と<非在>の間を捉えることがで
きない。だから、私たちの天使教育の成果であるジベールの奇蹟も、貴方は<見る>ことができ
ない。貴方は固定観念に縛られており、貴方が見るものは<存在>か、<無>か、どちらかであ
る。私たちは、催眠誘導で得られる向こう側の世界がリアル・ワールドだとは思わない。かとい
って、私たちが今いるこの世界だけが唯一のリアル・ワールドであるとも思わない。私たちの教
えは、それらに釘づけにならないこと。着地しないことなのです。」
ルナールの議論は、棟方のウラ日本史観にも及んだ。
「貴方は日本の歴史についても、独特の史観を語ってくれたことがあった。それは縄文人解放
闘争を軸とするウラ日本史観だった。これは皇国史観の陰画であり、黒い日の丸を基にしたも
うひとつの史観であった。そして、それをもとにSF伝奇小説を書きたいという夢も聴いた。貴方
の史観はとても興味深いものだったが、皇国史観がだめなのと同じく、ウラ日本史観も、正統
の考えを反転しただけで、そこに釘さされている限りにおいて、全然思想的には評価できな
い。弥生人の侵略やATL(成人性T型白血病)によって滅びの道をたどった縄文人に味方して
も、彼らが権力を握ったとたんに、全くの別物になるでしょう。また、彼らが権力の奪取に至ら
なくても、小型の国家装置をつくり、小さなカルトやセクトを作ったならば、きっとそこで虐殺や
拷問が行われるでしょう。私は予言します。貴方はマルクス主義の地獄のようなテロルから逃
れるようにバリにきたけれども、貴方の縄文人解放闘争を描いた小説を読んだ日本人は、や
はり間違ったカルトを築き、犯罪を行うということを。」
「貴方の思想のバックボーンにあるジョルジュ・バタイユは、マルキ・ド・サドの同様のヴィジョン
をもとに議論を展開している。マルキ・ド・サドの場合、正常な社会というものがきっちりとあっ
て、それを侵犯するものとして反キリスト的な倒錯的世界があり、正常と異常の境界線がはっ
きりしている。マンディアルグもサドのヴイジョンをもとに、『城の中のイギリス人』を書いている
けれど、これもまた倒錯的な行為を展開するために、正常な社会と断絶した城の中という異空
間を設定している。しかし、正常に対する異常ということで二項対立の図式が出来てしまうと、
そこから先は退屈な反復しかない。悦びとは別な苦力のノルマのように。そして、その退屈な
反復を見据えていると、マルキ・ド・サドの反キリストは、確かにその当時の啓蒙思想やリベル
タンの影響を受けた無神論を標榜しているけれど、実は反有神論であることが理解されてく
る。つまり、眠れる神をたたき起こすために、反逆する偽悪人であるということが。だから、私
の眼からは、バタイユもサドも、過激なようにみえて、人間の欲望を安全な図式に回収してしま
う文学機械にみえる。」
ルナールの文学論は、H教授の影響を受けていて、文学作品を文学機械と見做し、文学機械
との読者の異種結合から、意味が産出されると考えている。
「それに対して、私の思想のバックボーンには、ピエール・クロソウスキーがいて、シャルル・フ
ーリエのヴィジョンをもとに議論を展開している。フーリエは貴方のような元マルキストには、空
想的社会主義者として捉えられていると思うのですが、シュルレアリストに注目されたような奇
想を持っていた。フーリエはマルキ・ド・サドとは違い、正常と異常の二項対立がない。すべて
は異なる嗜好を持つ秘密結社で作られていて、倒錯と倒錯が競い合い、さらなる異常な例外を
生み出し、加速させる世界になっている。シャルル・フーリエは『四運動の理論』を書いていて、
社会的、動物的、有機的、物質的の四つの運動から、宇宙の始まりから終末までを途方もな
い運命計算を展開させながら描き出し、文明のはじまりの未開のうちに、その後展開される未
来や終末を幻視している。そこでは、異なるもの同士が異種結合を繰り返し、ほどんど荒唐無
稽に近い偏奇を誕生させてゆく。最終的には惑星間の性愛でらくだが生まれるに至ってしま
う。フーリエは自給自足の農村家庭組合(ファランジュ)を考え出した人だけれど、弟子たちは
フーリエの奇想を理解せず、もっと変な『愛の新世界』を隠してしまった。しかし、強度(アンタン
シテ)をはらんだ幻想の無限増殖を図るフーリエの理論こそ、システム論的に開かれたものだ
と思う。少なくとも、マルキ・ド・サドのように、悪の倒錯行為を為す悦びを延命させるために、神
学システムの延命を裏で期待するような思考はしない。」
「だから…」ルナールは棟方の思想に、容赦ない断罪を行おうとしていた。
「貴方の思想は、プレモダンな超コード化された専制君主社会に対してならば、ある程度のイ
ンパクトがあったかも知れない。しかし、共同主観的存立構造を支えるゼロ記号がない資本主
義という脱コード化社会に対しては、その反抗はなし崩し的に無害化されてゆくし、下手をする
と資本主義のモダンに対して、ブレモダンな超コード化を要求することになりかねない。つまり、
貴方の思想は、意味がないばかりか、愚昧ですらある。」
そして、ルナールは現在の自分の立場について語り始めた。
「私は<薔薇十字啓明団>を、小型の国家装置にする意志がない。あくまでも戦争機械として、
国家装置や、心の中の抑圧装置に対して闘うための拠点になればいいと考えている。無論、
秘密結社の指導者には、権力志向の者もいるし、政治的な圧力団体を目指すフリーメイソン
のような秘密結社もあれば、暴力革命をも肯定するイリュミナティーのような党派もある。しか
し、それらは私の目指すものではない。<薔薇十字啓明団>は、昔フリーメイソンから本来の薔
薇十字団のあり方に戻ろうというスローガンのもとに再度分化した団体なの。だから、フリーメ
ンソンの位階制がまだ残っている。私は、この位階制を民主化すべきだと考えている。もちろ
ん、薔薇十字の精神的理想は、崩すことはできませんが。そして、貴方が望むならば、私たち
のために再度新しい貴方を見せてくれるというのならば、仲間として迎え入れようとおもうので
す。」
棟方はゆるゆると頭を上げた。
今までどうしていたのだろう。世界がはっきりとした輪郭を描かない。なぜかそらぞらしくみえ
る。
あたりを見廻してみる。
机の上にはぼろぼろになるまで読み込んだ『無神学大全』、そして未だ執筆中の「観念論」の
草稿。
いつもどおりの屋根裏部屋ではないか。
あれはなんだったのだろう。夢か現実(うつつ)か。
なぜか手のひらがずきずきする。
おそるおそる手のひらをひろげてみる。
手のひらには十字の聖痕が。
ああ。嗚咽とともに棟方は絶叫した。

いつから<絶対>ということを意識するようになったのか。
ドス氏の『黒塗家の兄弟』の無神論をめぐるプロとコントラの格闘のせいか。然り。
三嶋幸雄の『豊饒の湖』における<絶対の小説>という観念のせいか。然り。
埴輪豊の『至霊』における<究極の革命>という観念のせいか。然り。
だが、それだけではないと考える。
棟方が今まで親しんできた文学者サルトリ、カムュ、そして棟方はどうしたわけか幼い段階で
父と死別している。
このことはなにをもたらしたか。
ひとつにはサルトリが『ことば』で述べているように<超自我>がないということをもたらした。
父親とは家庭内で神や法の役割を果たす。
これがないということは、自分が立法者になり、自分がそれを遵守するということを意味する。
「人間は自由の刑に処せられている」というサルトリの言葉は、ソルトリにこそあてはまる。
第二に、カムュの場合、父の不在というテーマは最晩年の著作まで運命づけた。
カムュは若くして交通事故死を遂げたが、最期の執筆中の作品は「はじまりの人」といい、父親
のことを指している。
カムュの場合、父親の死は幼い段階からニヒリズムとの精神的緊張を強いた。
棟方の場合、この二つの問題が同居していた。
実は、この物語の話者である黒樹もだが。
棟方に対する愛憎の混じった感情はこんなところにもあるのかも知れない。
三嶋が自衛隊本部で霊的かつ文化的国家防衛を訴えて自決したとき、三嶋の盟友澁佐和辰
彦は「<絶対>を垣間見んとして…」というエッセイを書いた。
渋佐和は、三嶋が関の孫六を自分に突き刺したとき、生と死を超える<絶対>を見ようとしたの
だと断じた。
もしも、生と死を超える<絶対>を見ることができるならば、そのとき死は脅威ではなくなり、ニヒ
リズムの冷たい調べを聴くこともなくなるだろう。
そして、そのことを胸に抱いて、生きることも、死ぬこともできるはずである。
キルケゴールは「自分がそのために生き、かつ死ぬことのできるイデー」を探求した。棟方も同
じイデーを頭を壁にぶつけながら探求したのだ。
棟方にとって、革命も小説も、そういった<絶対>に到達するための必要経路と思われた。
神経とは、神の経路である。
ドーパミンがA10神経を流れるとき、われわれの身体は快楽を感じる。
そして、棟方にとって<絶対>という観念こそ、興奮させるものはなかったのである。
(このことは、今日の観点からすると、重要な問題を派生させる。「生と死を超える」とは、サリン
等の化学兵器とニコラ・テスラ型地震兵器による人類の滅亡を企てようとした忌まわしきカルト
の教祖の著作と同じではないかということである。事実、棟方の縄文民族解放闘争を扱った伝
奇小説群を読んだ人間で、そのカルトに入信したものは存在している。後年、棟方は自分の小
説以上に読まれたという別の著作の著者を攻撃しているのだが。)

棟方は翌日から精力的に<薔薇十字啓明会>について調査を始めた。
国立の図書館で<思弁的フリーメイソン>とその分派活動に関する文献をあさり、東方書店でも
さまざまな資料を入手した。
また、<フリーメイソン>系の某フランス・ロツジにコンタクトを取ろうとした。その団体は、当方は
各界で活躍する人々の横のつながりを大切にする社交団体であり、異端的な神秘思想を受け
継ぐ秘密結社であるとか、なんらかの社会的革命をめざす政治結社というのは、興味本位な
ジャーナリズムが描いたデマであるとの公式見解を棟方に告げ、調査への協力はできないとし
た。棟方は<薔薇十字啓明会>の現在の首領の名前を知っていると告げたのみで、引き下がる
他はなかった。
変化が訪れたのは、数日後からであった。
「<薔薇十字啓明会>について知りたいことがあるのならば、来週の木曜日、<地下回廊>という
バーに一人で来るように。目印は胸に金の羽のバッヂ。」とだけ書いたメモが郵便受けに入っ
ていた。
棟方は木曜が来るのを待ち、<地下回廊>に降りていった。
薄暗がりを抜けると、まばゆいばかりの光があふれる赤い絨毯の世界があった。
胸に金の羽をつけた男は、その店の片隅にいた。
静かに目が合うと、その男は黙ったまま、視線で座るようにうながした。
男は白い口ひげを生やしていたが、変装のようでもあり、棟方にはうさんくさく見えた。
男は<薔薇十字啓明会>の現在の首領の名前を言うように、棟方に告げたが、棟方は拒否し
た。
男は「只でとは言わない。いくらでだ。」と取引を持ちかけた。
棟方が言うつもりがないことを知ると、男は別の取引を持ちかけた。
その話によると、<薔薇十字啓明会>は、エノク語で書かれた<飛翔する巻物>という書物を所有
しており、それは本来<フリーメイソン>が秘密の首領から与えられたものとして継承してきたも
のだという。ところが、第二次世界大戦中、<薔薇十字啓明会>が独立して分派活動をし始めた
とき、裏切り者のジャン・ギベールが勝手に盗み出していったという。
<飛翔する巻物>には、霊視・霊聴の方法や、アカシック・レコードの解読記録、召還魔術の方
法、読心術と他人の思考を支配する方法、心霊的自己防衛、ジジル・マジック、タットワを用い
た他界へのアストラル転移について書かれており、この書を所有するならば<絶対>の彼方に
行くことができるという。
男の取引内容は、<飛翔する巻物>を取り戻してくれるならば、一生遊んで暮らせるだけの財宝
を提供するというものだった。
棟方は、もはや男の話を聴いていなかった。
男が提供するという億万長者の生活など、どうでもよかった。
そのとき、棟方に<飛翔する巻物>という魔が憑いたのである。
棟方は男と別れると、帰り道、ふらりと映画館に入った。
映画のタイトルは、ホドロフスキー監督による『ホーリー・マウンテン』といった。
数人の物欲に憑かれた登場人物たちが、やがて聖なる山をめざすというもので、聖なる山に
は賢者が住むという。
登場人物たちは、聖なる山の頂上を目指し、賢者を殺害し、聖なる知識を奪おうとする。
映画は意外な結末を迎える。
登場人物たちが、聖なる知識を奪おうとしたとたんに、これはつくり話であり、映画であるとし
て、映画のセットが暴露される。
こうして、映画の中と、客席の境界がなし崩しにされ、主人公たちの問題は、わたしたちの問題
であると判る。
あとでわかったことだが、これはルネ・ドーマルの『類推の山』の映画版であるという。
棟方の目指す類推の山は、ルナールが掌握していた。


ルナールは大学内で<現代思想研究会>というサークルを開いていた。サークルは週に一回、
木曜に開かれていた。
ルナールとジベールは、それを<木曜クラブ>と名づけていた。
<現代思想研究会>が、ルナールによるオルタナティヴな社会的実践活動の場である<赤い生>
と、秘教的な結社<薔薇十字啓明会>のオルグの場に使われたことは、想像に難くない。
<現代思想研究会>は、定期的に読書会を開いており、その日もルナールの提案でミッツェル・
フーコー編集の『エリキューヌ・バルバンの手記』が選択されていた。
ルナールは<現代思想研究会>の場でも、挑発的かつ攻撃的であり、ゴダールの『中国女』でア
ンヌ・ヴィアゼムスキーが赤い『毛沢東語録』を振りかざし、アジテートするように、ルナールは
『エリキューヌ・バルバンの手記』を振りかざし、以下のように語ったのである。

エリキューヌ・バルバンは、実在した両性具有者(アンドロギュヌス)であり、その特異性から惨
めに打ち棄てられた生涯を送り、死後も医学によって注目すべき畸形として研究対象にされた
のです。
文学をひもとくならば、バルザックの『セラフィタ』のように、両性具有を聖化し、天使として描い
たものがありますが、現実に地上を生きる天使は、人々の認識を揺るがす危険な存在として、
常に排除の対象となります。
私たちは日頃「男性/女性」という二項対立を軸にした認識方法をしていますが、ドゥルーズ=
ガタリにならってn個の性という考え方を導入しなければなりません。
前衛音楽家のジョン・ケージは、その著書『小鳥たちのために』の中で、きのこについて語って
います。
ケージは、きのこについてくわしくなればなるほど、わからなくなると語り、リンネに始まる系統
樹による分類をすり抜けてしまうと言っています。
リンネに始まる系統樹による分類方法は、onとoffの二項対立に基づいており、これをドゥルー
ズ=ガタリに習って、トゥリー(樹木)型の認識方法と呼ぶことができるでしょう。
ところが、きのこや菌類は、トゥリー状の認識システムには収まらない複雑さを持っています。
それは多種多様なだけではなく、常に聖性変化する世界なのです。
粘菌を例にとって考えて見ましょう。粘菌は胞子で増えるという植物の性質と、アメーバのよう
に移動するという動物の性質を兼ね備えています。また、胞子状態ならば水分がなくとも生命
活動をほとんど停止した状態でしばらく維持できますので、静と動、死と生の中間状態にある
存在でもあります。このような動物と植物の中間状態にあるような存在は、トゥリー型のシステ
ムからは常に排除されます。
ドゥルーズ=ガタリは、トゥリー(樹木)状の認識システムに代えて、リゾーム(根茎)状のモデルを
提示します。これは、中心がなく、二項対立による枝分かれもなく、菌糸のように絡まりあう世
界です。しかし、こういった認識のパラダイムにこそ、エリキューヌ・バルバンのような存在が排
除されることなく、生きられると考えます。
トゥリー型の認識システムは、常に権力と結びついてきました。白人/黒人、理性/狂気、適法
性/違法性…という具合に。
ミシェル・フーコーは、『狂気の歴史』の中で理性と狂気の境界線について思考し、歴史的に狂
気はそれ自体として実体を持って存在するものではなく、正常な社会を乱すものとして排除さ
れて始めて存在するとして、理性と狂気の境界線の恣意性を明らかにしました。狂気の定義は
歴史によって変動しますが、社会システムの維持と再生産に反するものが、常に狂気として排
除されます。再生産とは、次世代に渉って同じ社会システムを作ることであり、出産と育児と教
育を指します。特異な言語を操る詩人や、社会の再生産に貢献しない独身者の機械も、時代
によっては排除の対象になります。
ここで、アンドレ・ブルトンの『ナジャ』を想起してもいいかも知れません。そして、われわれの社
会が、狂気や痙攣的な美を弾圧していないか、問いかけてみる必要があります。
フーコーは解放療法を始めたピネルという精神医学者について語り、精神医学の完成によっ
て、狂気の排除は一層人々の精神の中に組み込まれ、内面化されたと語ります。
いまや、精神病院の内と外を反転させる思考が必要なのかもしれません。精神病院の外にい
る一般人こそ、解放療法をほどこされている精神病患者であると。
先程、トゥリー型の認識システムが、権力と共犯関係にあることを述べましたが、権力は誰が
握っているかでなく、どのように機能しているかを問わなければなりません。権力は、社会をど
のように効率よく管理できるかというエコノミーの原則に立って機能します。
フーコーは『監獄の誕生』において、パノプティコン(一望監視体制)を取り上げます。これは囚
人たちを管理するのに、最も効率的な方法です。
しかし、さらにいえばもっと効率的な方法があります。権力の持つ監視の眼を、人々の精神の
中に埋め込み、内面化し、自己を監視する自己という形にすることです。フーコーは、これを奇
妙な経験的二重体として捉え、これによって権力は省力的に人々を管理することができると考
えます。
アルチュセールは、超コード化モデルで考えているのですが、主体の形成には呼びかけが重
要であると指摘しています。まず、メタレベルの君主からオブジェクトレベルの臣下への呼びか
け、次に臣下同士の呼びかけ、最後に臣下の自身への呼びかけ。こうして主体化=内面化=隷
属化は完了します。
資本主義の競争原理は、主体に立ち止まると追い抜かれるという疚しさを植え付け、内面化さ
せます。
資本主義は利潤の追求という一定方向の生成しか認めておらず、それに相応しい主体をつく
り、社会を再生産するために学校が機能し、道から逸れるものを精神病院や監獄が矯正する
ようになっています。
欲望は禁圧されているというより、むしろ常にかきたてられているというべきでしょう。しかし、そ
の欲望は一定方向に流れるように、国家装置とそのイデオロギー装置によって、整流化されて
います。
資本主義によって欲望が開発=利用=搾取されてゆく世界において、わたしたちは国家装置と
そのイデオロギー装置に対抗して、ノマディック(遊牧的)な革命的戦争機械を組み立て、リゾー
ム状に多種多様な方向に欲望が流れるように戦闘を開始しなければならないでしょう。
ここで、バタイユの『呪われた部分〜普遍経済学の試み』について考えることは無駄ではない
でしょう。再三繰り返してきたように、バタイユの理論は鍋蓋理論であり、システムという鍋蓋の
下に、ぐつぐつと煮えたぎっているカオスがあるという考え方です。しかし、今述べたように、資
本主義は欲望を禁圧しているのではなく、欲望を一定方向に整流化しているわけです。仮に超
コード化された専制君主社会であれば、バタイユ理論はインパクトがありますが、資本主義下
でこれを行うことは、逆にアルカイックな英雄崇拝待望論を招き寄せることになる反動的な考え
方です。
ここで『呪われた部分』に代えて、クロソウスキーの『生きた貨幣』を提示しておきましょう。
ゴダールの『彼女について知っている二、三の事実』を待つまでもなく、わたしたちは、多かれ
少なかれ、したくないことをして、生活費を稼いでいます。いわば自分を売って、死んだ貨幣と
交換しているわけです。
ところが、クロソウスキーは誰もが生きた貨幣となり、互いに交換しあえばいいと説きます。
この考えは、インモラルですが、資本主義の彼方まで射程が届いています。欲望と価値とシミ
ュラークルから成るこの教説は、未来の経済学の方向を、やがて規定するようになるでしょう。
今日はどうもありがとう。次週は、現象学とジャック・デリダについて語り合いましょう。

棟方は<現代思想研究会>の後、ルナールと会う約束になっていた。
今日のテーマは、フーコーらしい。現存在分析のビンスワンガーの著書の序文も書いているフ
ーコーならば、ドゥルーズよりはまだ判る部類の思想家といえる。
「外の思考」というフーコーのテーマは、自分と問題を共有するところがある、とさえいえる。
また、マルクス主義を始末するという方向性も、自分と一致している、と思う。
しかし、通時態よりも共時態を重視し、エピステーメーの地殻変動をもとに、マルクス主義と人
間中心主義を始末するフーコーの方法は、自分とあまりに違いすぎる方法であった。
自分の方法は、あくまでも現象学を基盤にした観念批判論にある、と棟方は考えていた。
ルナールは部外者の自分にも、参加を認めていたが、気乗りがせず、今日は辞退することに
した。
退屈そうに大学構内を歩いていると、薬理学教室のドアが半開きになっていた。
無用心なことだが、誰もいないようだ。
茶色や緑の小瓶が、所狭しと並んでいる。
この部屋の人は、食事にでも出かけてしまったのだろうか。
棟方は薬理学教室の中に入っていった。
窓ガラスから、大きな菩提樹が見える。
棟方は何を考えるわけでもなく、ぼんやりと白いテーブルに射した光を見つめていた。


時は満ち、まもなく決着が着くだろう…彼がわたしたちの運動に加わることはない…断じてあり
えない…彼は語った…自分の過去について…そして、二度と誤りたくはないのだと…わたした
ちは近いうちに、大規模のデモを組織する…それは脱属領的なものになるだろう…立場を超
えて、わたしたちはひとつになる…しかし、彼は加わろうとはしない…世界が冷戦で分裂してい
るときに、反核を唱えることは、片方の利益と、片方の不利益をもたらすという彼の指摘は正し
い…だから、わたしたちはすべての権力に抵抗する…彼の考えからすれば、両方にアンチをと
なえればいいはずだ…だが、彼はそれをしない…彼は逃げている…何から…過去から…そし
て、いつまでも無傷でありたいと願う…わたしは彼を卑怯だとなじった…わたしたちは終わりに
近づいている…彼は政治を遠ざけようとする…だが、政治は国政や選挙の中にだけあるので
はない…愛し合うとき、わたしは彼の顔の輪郭を指先でなぞる…しかし、わたしは指先に至る
まで、政治的だ…政治的でないものなどない…わたしたちのライフスタイル…わたしたちの趣
味…わたしたちの愛し方…これらは、十分政治的だ…権威主義的で道徳主義的な人々は、わ
たしたちのように、自由奔放に愛し合うことがない…なぜ、先程からわたしは愛についてばかり
考えているのか…たぶん、わたしたちの愛は終わった…たぶん、ではない…確実に、終わった
…彼がわたしに今なおつきまとうのは、愛とは別の何かのためだ…それが、何なのか、わたし
にはわかっている…薔薇十字の秘密のためだ…それは、エソテリックなものだから、誰にも教
えるわけにはいかない…それは秘中の秘なのだ…あなたはイニシエーションすら受けていない
…結社員ですら、ほとんどの者が知らないのだ…彼は秘密にするのはおかしいという…だが、
あれが世界に流出したならば、地上の権力のために使うものが出るにちがいない…わたしは
拒否した…彼は怒りにこぶしが振るっていた…彼は、自分のことしか考えない…彼は独善的だ
…彼は自分の否を認めたことがない…あなたが熟読しているコリン・ウィルソンがヴァン・ヴォ
ークトについて語っているように、あなたはヴォークトの「ライト・マン」という定義にぴったりだ、
といってやった…彼は、わなわなと震えていた…あなたは、いつも自分が正しい…あなたは、
いつも自分が権威だ…そして、他人をやり込めることに無上の喜びを覚えている
わたしたちは決裂した。
来週、わたしたちの研究会ではジャック・デリダの脱構築を扱うのよ…そのため、今日は予習
をしなければならないの…ジャック・デリダは、フッサールの現象学を批判しているの…フッサ
ール、貴方のお友達のムッシュー・タケダの好きなエグムント・フッサール…フッサールは厳密
な学としての現象学を打ち立てた…どのようにして?…それはね、認識と対象は一致するかどう
かの近代哲学の問題を、いったんかっこでくくり、対象がどうのこうのではなく、わたしたちの意
識がどう経験しているかは、ありのままに言い当てられるとした…あなたは、いつか言ったわ
…「観念論」が完成したら、いつかSF小説を書きたいって…それは、トランシルヴァニア産の吸
血鬼が出る話だって…人間たちは、吸血鬼なんているわけないからといって笑うけど、それが
自分たちの命に関わると知ってからは、吸血鬼を存在するものとして行動せざるを得なくなる
って…ここでも対象の存在証明は後回しで、とりあえず「いる」という実在感覚で話を進めざる
を得ない…でも、意識のありのままを言い当てるのに「言葉」を使うとき、ありのままと「言葉」
の間にズレが生じるはずなのに…デリダはこういう「音声文字中心主義」を批判していて、われ
われの形而上学は、「言葉」によって真実がぴたりと言い当てられるという無根拠な信仰に支
えられていることを暴露してしまったの…だけど、わたしたちのパロール(話ことば)は、わたし
たちの言おうとしている心をすべて言い当てているかしら…それは、ありえないこと…そして、
わたしたちのエクリチュール(書くこと)は、わたしたちのパロールをぴたりと言い当てているかし
ら…だから、「言葉」によって世界のすべてを獲得しようとするあなたの夢も、すでに挫折が運
命づけられている…あなたは、あなたの語ることばを自身で聴くだけ…あなたは現象学という
土台に立って、マルクス主義の観念の空中楼閣を撃とうとした…あなたは「私は私である」とい
う確信のもとに、観念の伽藍を撃とうとする…だけど、デリダの考えを推し進めてゆけば「私は
私である」という確信は、ゆらゆらと揺らぎ始める…「私」と「私となる私」の間にある差延のせ
いで、「私」を確定させたとき、「私となる私」はすでに「私」ではなく、「私となる私」を確定された
とき、「私」は「私」でない…こうして、世界はたえず生成変化しつづけ、その手のなかにつかむ
ことなど永遠にできるはずがない…あなたの「観念論」は瓦解する

彼と別れたあとで、わたしはひとりきり自分の部屋でタロー・カードを広げた。
「吊るし人…そして死神。なぜ?」
指先がかたかた震えた。『Tの書』のもとに、わたしは自分の運命を洞察した。
彼は再生するだろう。だが、そのために犠牲者が必要となる。
わたしは彼が再生するために死ぬ運命にある。
オカルティストとして、わたしは再度占うことを自らに禁じた。

ルナールは、怯えていた。
棟方の自尊心を完全に打ち砕いてしまった。
それも容赦ない、逃げ口をふさぐやり方で。
おそらく棟方は、自身の挫折を他人に見せないタイプである。
<連合赤軍事件>が彼に崇高な理想が極限の悪に必然的に転化するアボリアを突きつけたと
きも、彼は堕落した革命家を糾弾するファイターとして振る舞い、自分の弱さを見せなかった。
本当はしばらくサン・ドニ街で、地獄の底を嘗め尽くしていた時期があるのだが。
棟方は決して自分を許さないだろう。
棟方の理解は実存主義系の思想家どまりだったし、フーコーに関心があるといっても断片的な
評価で、全体的な理解ではなかった。
ポストモダニズムについて語る私を、棟方は微温的な左翼感情の隠れ家と評した。
しかし、棟方の批判は自分の政治的ポジシオンからのもので、ロジカルにわたしを説得させる
ものではなかった。
棟方は<薔薇十字>のシークレット・ドクトリンを求め、わたしがそれを拒否したことも、怒りを買
った。
彼はそれを通じて、生と死を超えようとしたのだが、そのようにラディカルに救済を求める飢え
た魂自体を棄てなければ、貴方は救われないとわたしは拒否した。
棟方は<天使>についても理解していなかった。
彼は全か無かであり、世界を手に入れることがすべてだった。
そこには<天使>の持つ中間性の理解などなかった。
彼の思考を占めるものは、世界に抗する怪物であり、否定のおぞましき力だった。
それゆえ、彼の心には<天使>ではなく、吸血鬼が住まうようになったのだ。
彼の世界においては、<天使>は常に到達不能な理解不能なものとして現れるだろう。

その日、ルナールは政治結社<赤い生>を打ち合わせを行った。間近に迫ったラングドッグで
の超党派の原発反対闘争のためである。ルナールは、内外の政治団体やエコロジスト・グル
ープにも賛同を求め、大きな運動に変えていこうとしていた。議論が紛糾したせいか、<赤い生
>での会合が長引き、ルナールが家路についたときには、あたりは青い闇に包まれ、静けさが
街を支配していた。
あたりには人影はない。
だが、ルナールの足音以外に、誰かの足音がするような気がした。
これは幻聴?
ルナールは背筋が寒くなる想いで、後ろを振り返ったが、あたりは街灯の光があるだけで、人
影などなかった。
突風のせい?
ルナールはいざというときのためにハンドバックの中に武器を探した。
冷たい感触がする。
鋼鉄の短銃である。
普段なら、ルナールはそのような武器を所持することはなかった。
だが、最近のルナールは完全に警戒をしていた。
部下に依頼して、護身用の短銃を用意させたのだ。
曲がり角をぬけると、湖畔が見える。
ルナールのアバルトマンがみえる。
良かった。気のせいか。
部屋の前までくると、鍵をドアに差し込んだ。
ドアの鍵も、万一のために、内側からかかる鍵をもうひとつ付けたばかりだ。
部屋の中に入れば、安心。
部屋の明かりのスイッチに手を伸ばす。
これで大丈夫。念のため、窓の外を見下ろしてみる。
ルナールの部屋は3階にある。
湖畔の近くの舗道は、青い光に照らされ、なにひとつ遮るものがない。
大丈夫。気のせいだったのだ。外にはだれもいない。
安堵の吐息が漏れる。
がさっ、その瞬間、後ろで物音がした。
振り返ったときには遅すぎた。
男の腕がルナールに向かって伸び、ルナールの口と鼻を布がふさいだ。
これは…。
意識が遠のいてゆく。
その布に含まれていたのはクロロフォルムだった。

ジベールの手記から
11月2日
<赤い生>の会合に、ルナール姐さんの姿はなかった。
大掛かりなデモを直前にひかえ、連日重要な打ち合わせを行っていたのだが…風邪でもひい
たのだろうか。こんなことはなかったのに。
気がかりで、電話を掛けてみる。しかし、電話はつながらない。
万が一のために、ルナール姐さんから知らされたルナールのアパルトマンの管理室に電話を
する。なにか伝言でも預かっているかもしれない。
しかし、管理人に電話したところ、ルナールが本日外出した形跡はないという。
それにしては、電話に出ないのはなぜなのか。
念のため、帰りに同じ<赤い生>に所属するアルベールと連れ立って、ルナールの自宅を訪ね
ることにする。
ルナールのアパルトマンは、パリ郊外の湖畔の見える閑静な住宅街にあり、木造の3階建てだ
った。
ルナールの部屋は、3階の306号室であった。3階は廊下を隔てて、偶数の部屋と奇数の部
屋が3つづつ並んでいるのだが、ルナールの部屋は一番奥の部屋であった。
予想通り、ルナールの部屋は鍵がかかっており、大きな声で呼んでも応える気配がない。
事情を話し、管理人のお婆さんにマスターキーで部屋を開けてもらう。
しかし、ドアは依然開かない。
そういえば、ルナール姐さんは、最近鍵を余分に付けたといっていた。
仕方なく、アルベールに頼んで、ドアに体当たりしてもらう。アルベールは剛健で、肩幅も広く、
こういうことには適任だった。
ドアを内側から止めていたもうひとつの鍵が、衝撃で弾けとんだ。
やはり、ルナールは鍵をもうひとつ余分に内側からつけていた。
部屋の中を覗き込む。
いすの陰に、足が見えた。
誰かが倒れている。
思わず駆け寄ると、それはルナールの無残な姿であった。
右手には小銃が握り締められており、右側の頭から左側に弾丸が貫通している。
ルナールの左側にあった窓のカーテンには血しぶきがかかっている。
管理人は「ひぃ」と小さく叫んだ後で、その場に倒れこんでしまった。
ルナールの右手には、わずかだが血の飛沫がついていた。
思わずルナールの身体に触れようとしたとき、アルベールが制止した。
アルベールは現場は保全につとめ、直ちに警察を呼ぶといい、といった。
あたふたしている私とは別に、アルベールは冷静沈着だった。
アルベールは管理人に、警察に連絡を頼むとともに、私と二人になると「さてと…」と腕まくりを
して、腕を組むと、「この部屋には問題が山積しているな。」といった。
「現場にあるものには触れないように、警察が来るまでの間、ひとつひとつ検証しよう。まず、
入り口のドアなんだが、まずこの部屋が出来たときからあったドアノブについてだが、これは外
からも中からもかかる錠になっている。外からはキーか、マスターキーを使って鍵がかかるし、
中からはキーなしでつまみをひねるだけで鍵がかかるようになっている。しかし、中からの鍵
は、キーか、マスターキーがあれば、外から開錠できる。そして、君も確認したように、この鍵
はかかっていた。」
アルベールは、確かめるように私の眼をみると、さらに続けた。
「そして、このドアノブの鍵とはべつに、後から取り付けられた鍵があり、これは内側から掛け
る様になっており、外から鍵があることも見えないし、またこうして押し破らない限り、開錠でき
ないようになっている。」
「そして、窓についてだが、この部屋は3LDKで、ベランダに出るための窓がついている。これ
らは内側に鍵がついており、もちろん外から鍵を掛けることはできない。そして、見たところ、現
在、どの窓も内側から鍵が掛けられている。しかも、ベランダから、隣の部屋のベランダへ飛
び移るのは、かなり離れており、常識的に考えて無理がある。また、ここは3階であり、いきな
り下に飛び降りるのは危険すぎる。窓の側には飛び移れるような樹すらない。」
「この部屋の外に出る出口は、以上だ。それらはすべて内側から鍵が掛けられている。つまり
…。」
「つまり…なんだね。」私は次の言葉が聞きたかった。
「常識的に考えて、これは自殺とみるのが正しい。しかし、僕たちは彼女の自殺の動機などま
ったく思いつかない。」
アルベールは天井を見上げた。
そして、私もルナール姐さんが自殺する動機なんて、想像もつかなかった。
「自殺の理由が思いつかないだけに、もう少し、他殺説について考えてみよう。僕たちが入って
くるときに、他に人影はなかったよね。僕とジベールと管理人さんだけだ。例えば、僕がドアを
押し破る際に、ドアの影に犯人が立っており、僕たちが死体に眼が釘付けになっている間に、
堂々と玄関から出て行ったという可能性はどうだろう。」
「そんなことは有り得ないよ。ドアを押し破ったとたんに、暗かったから、蛍光灯のスイッチを探
したんだけど、そのときドアの影も見たもの」とジベールはかぶりをふる。
「可能性が低いことも、すべて潰しておく必要がある。後で、このことは重要になるかも知れな
いから。ドアの物陰にというのは、推理小説の古典にある方法なんだよ。リスクは高いが、簡
単にできる。もうひとつ、機械的トリックについて、考えてみよう。犯人が外からドアや窓の鍵を
かけることができるかどうかだ。玄関のドアについては、初めからついている鍵は、犯人が以
前から計画を立てていれば、鍵穴から型をとるなり、ルナールの鍵を一旦失敬して、合鍵をつ
くり、あとで元の鍵を戻しておくことも可能だ。また、こうして鍵穴を覗いてみると…どうやら、そ
れほど複雑なものではなく、空き巣の常習犯ならば、針金でなんとかできなくはない。やっかい
なのは、あとから付けられた鍵だ。これは、内側からつけられており、鍵の掛け方も、単にひね
るだけだ。しかし、外から操作できるものではない。仮に、この後からつけられた内側の鍵に糸
かピアノ線をくくりつけたとしても、このドアはぴったりとして隙間がないから、外から操作するの
は無理だ。次に窓を見てみよう。」
アルベールは窓に近づいた。
「窓の鍵も、内側からひねるかたちになっている。窓枠は、サッシだし、頑丈で、隙間もない。こ
ちらも、外から糸などで操作する手は難しいといわざるをえない。」
アルベールは、ポケットからハンカチを取り出すと、指紋がつかないようにして、窓を開けた。
「うーん、このベランダは相当老朽化しているねぇ。」
鉄網で出来たベランダの床は、さびが進んでおり、もせていた。気をつけながら、外に出たが、
見下ろすと思いのほか、ここは高く、飛び降りるのは不可能であった。また、隣のベランダとの
間には、コンクリートの柱があり、配水管が中を走っていると思われた。隣のベランダとは、距
離がある上に、この柱のせいで、仮にロープを繋いでも移ることは無理だった。
「仮に出たとしても、この部屋からの脱出は無理だ。」
アルベールは、再びハンカチを使い、慎重に窓を閉めた。
「後は、人が入れそうなところだ。」
アルベールは、たんすの中、キッチンの下、冷蔵庫の中、押入れの中などに、いまなお犯人が
潜んでいる可能性を挙げた。
そんなはずはないとは思ったが、開ける段になると、心臓が波打った。
自殺でないとしたら、他殺であり、ここは密室で、外に出ることができないとしたら、犯人は息を
潜めて隠れている可能性がある。
アルベールの考えは、合理的で、私もその考えに傾きつつあった。
「ちょっと、待って。気になることがあるから。」私は、柱にかかった振り子時計の振り子部分の
硝子の扉を開き、その中に手を伸ばした。
「あった。」私は小さくつぶやいた。私の手には、鍵があった。
私はルナールの机の一番上の引き出しを、その鍵を使って開けた。引き出しには、別の鍵が
入っていた。
今度は、柱時計の下の壁を触った。壁は木製の板で敷き詰められており、そのうちひとつをス
ライドさせると、板が外れた。
板の下に、小型の金庫が現れた。
金庫の鍵穴に、机の中の鍵を差し込み、ダイアルを暗証番号どおりに廻すと、扉を開いた。
「ない。」なんということだ。ここにあれがないということは。
「どうしたんだい。お金かい。」アルベールが聞いてきた。私はかぶりをふった。
私は、ひどく狼狽していた。あれがないということは、ここに誰かが忍び込んだのだ。
そして、ルナールの死は、自殺では有り得ない。
私の中で、疑いは確信に変わった。
ルナールは、間違いなく殺されたのだ。
放心している私に、アルベールはまもなく警察が来るから、金庫の鍵をもとに戻そうといった。
アルベールは、鍵についた私の指紋をぬぐいながら、元に戻した。
「ルナールの指紋も消すことで不自然になるかもしれないが、君が疑われるのは避けたいから
な。このことは警察には知らぬ存ぜぬで通そう。」
私は、金庫にあれがないならば、警察が金庫に気づいても問題はないだろうと考えていた。
私は、あれがあるのならば、警察が発見する前に隠そうと思ったのだ。
アルベールは、たんすの取っ手などに、犯人の指紋がついている可能性を指摘し、ここは警察
に任せようといった。
私は犯人が飛び出してきて、襲い掛かってくる可能性を思い、びくびくしながら、警察を待った。
まもなく、管理人が警察を引き連れて、3階まで上がってくる足音がした。

「ガイシャの死亡推定時刻は、11月1日の20:00から20:30ごろでしょうな。」と監察医ラフ
ォルグは語る。
「間違いないだろうな。」マサール警視は、可能性のひとつひとつをすべて潰してゆくタイプであ
った。
「間違いはないでしょうよ。30年以上になる経験が、その真実を告げているんでさぁ。この室温
と、ガイシャの硬直状態から、21時間から20.5時間の経過が読み取れるんでさぁ。無論、さ
らに詳細なデータは、胃の内容物などを見てみないことには。で、警視にお願いしたいのは、
ガイシャの最後の食事の時間でして。」
監察医ラフォルグは、死体解剖を趣味としているだけあって、かなり嬉しそうだ。
そのとき、キャレ警部が、マサール警視の耳元に告げた。
マサール警視は、管理人の方を向いた。
「ルナールさんが1階を通り過ぎたのが、20:10頃だというんだね。」
管理人は、このアパルトマンの101号室に居住しており、17時まで管理室にいるが、それ以
降は101号室にいるという。ルナールが1階を通り過ぎる際に、管理室に置き忘れた新聞を
取りに行く際に、たまたま後ろ姿を見かけたという。つまり、管理人は、ルナールが帰宅した前
後の人の出入りは、管理室でチェックしていない。
「つまり、ルナールは帰宅直後に、拳銃の引き金を引いたことになる。ルナールの死亡推定時
刻は、11月1日の20:10から20:30ということになる。」
マサール警視は、この306号室のドアの鍵について調べた。
管理人によると、ドアノブの鍵は、もともと着いていた鍵であり、ドアノブの下の内側からつけら
れた鍵は部屋の借用者のルナールが付けたものだという。
マサール警視が見たところ、ドアノブと一体化した鍵は、旧式のもので、熟練した人間ならば、
外から道具を使えば、開閉が可能なように思われた。鍵穴から覗くと、中のカットはそれほど
複雑ではなく、鍵師ならば専用の金属にやすりでカットを入れて、鍵の代用品を作るだろうし、
針金を上手に曲げて、カットに当たるようにすれば、中の仕掛けを解除したり、鍵がかかるよう
にすることは可能なように思われた。
問題は、ルナールが後からつけた鍵の方である。仮に、この事件が他殺とするならば、犯人が
中にいないと実行できないタイプのものである。そして、犯人がこの玄関から出たとするなら
ば、あらかじめルナールのつけた鍵のほうに、糸をくくりつけたピンセットかなにかをつけてお
き、外からその糸を引っ張るということが考えられるが、このドアには隙間がほとんどなく、ピン
セットはおろか、糸で外から操作すること自体が無理に思われた。
その間にも、キャレ警部とその配下の部下たちは、ルナールの部屋の中の人が隠れる余地を
ひとつづつ潰していった。マサール警視は、この事件は十中八九、自殺と看做すのが普通であ
るが、多少であれ、他殺の可能性があれば、すべての可能性を潰す必要があるとのことだっ
た。キャレ警部とその配下の部下は、いつ何時犯人が出てくる可能性がないとも言い切れず、
拳銃を手に身構えながら、洋服ダンスの中や、キッチンの足元の開き戸、ベッドの下、クロー
ゼットの中などを開けてみたが、犯人の影は見当たらなかった。」
キャレ警部の部下は、物入の天井に、四角い枠があるのを見つけた。これは、電気の配線工
事のためのもので、工事の際に天井に上がるためのものだった。部下が枠の中の板を動かす
と、相当な埃が舞い降りて来た。
キャレ警部は「現場に埃を撒き散らすな。埃が舞い立つということは、最近誰もその板を動かし
ていない証拠だ。」と部下を叱りとばした。
キャレ警部自身は、台所の上にある排気口が気になっていた。コンロの上にあり、鉄板料理を
したときなどの煙を逃がす穴である。この排気口には、鉄の網がかけられていたが、その網は
油で汚れているものの、はずすことができることがわかった。排気口は、蛇行して、天井に上
がり、建物の外に出るようになっていた。外の出口にも、鉄の柵がついており、窓の外から確
認すると、その取り外しには、工具が必要であることがわかった。
ただ、その排気口を大人が通過するのは、無理なように思われた。
キャレ警部は、ミステリーの愛読者であったから、意外な犯人の可能性はないか、検討し始め
た。
<仮に、ルナールの死亡が他殺であるとすると、あらかじめ昏睡状態にしておき、右手に拳銃
を握らせ、ルナールの指を使って、拳銃を発射する必要がある。仮に第三者がルナールを射
殺したあとで、ルナールの右手に拳銃を握らせるとしたら、ルナールの右手に、返り血と思わ
れる血の飛沫が付くことはありえない。とすれば、犯人の行動は、かなり高度なものであり、芸
当を仕込まれたサルや、大人に入れ知恵された子供にも、無理と考えられる。>
<では、犯人ではなく、ドアを閉じるトリックに使った道具を使ったとしたらどうなのか。>キャレ
警部は自問した。
ルナールの部屋の玄関から、犯人が出たとするならば、後からルナールがつけた鍵を閉じるト
リックの説明が困難という問題が残る。それは、後からつけた鍵に、ピンセットのような金具を
つけて、糸状のものでドアの外から引っ張るにせよ、隙間がほとんどなく、困難ということであっ
た。だが、この糸のルートを排気口を通すとしたらどうなのか、ということである。まず、蛇行し
て外に出ている排気口に糸を通す方法が問題になる。なぜなら、この狭い排気口を犯人が通
過することは不可能だからである。これは、糸の先に黄金虫をくくりつけて、放してやれば、戸
外まで糸をつけたまま羽ばたいてゆくから、その方法か、それに似た方法でクリアできるだろ
う。もうひとつの問題は、排気口の入り口の鉄の網である。この鉄の網は、おそらく外から蚊や
蝿が入ってくるのを防ぐために取り付けられていると思われた。戸外に出ている排気口の出口
についている鉄の柵は、荒くて問題がないが、入り口の方は、相当細かかった。後からつけた
鍵にピンセットのような金具をつける仮説を述べたが、鍵のサイズからして、仮にピンセットで
なくとも、金具の最低限のサイズは予想できる。しかし、最低限のサイズであれ、この入り口の
鉄の網を通過することは不可能だろう。無論、鉄の網を外せば可能になるが、犯人が外に出
た後で、鉄の網を再度取り付けることは無理である。
マサール警視は、事件発見者であるアルベールと私(ジベール)を管理人室に待たせていた
が、やがてひとりづつにしては、尋問をした。ひとりづつというのは、ふたりの証言に食い違い
がないかどうか、またふたりの間に隠し事があった場合、それを回避するためだとマサール警
視は語った。
マサール警視は、私に事件発見の経緯と、ルナールが11月1日に大学を出た時刻を聞いた。
私の証言内容は、アルベールの証言と一致していると、後でマサール警視は語ってくれた。ま
た、20:10ごろ帰宅したという管理人の証言は、大学からの距離(電車と徒歩)を考えると、矛
盾はないように思われる、とも。
マサール警視は、最後にルナールが自殺するような可能性について問いただしたが、私はか
ぶりを振った。「では、逆に他殺だとすると、誰を思い浮かべるか」と聞いてきた。私は、一瞬、
棟方のことを思い浮かべたが、それにはマサール警視にあの結社のことも語る事になるだろ
う。それだけは、どうしても、回避しなければならなかった。
もしも、私たちが管理人とともにルナールの部屋を訪れていなければ、私たちをマサール警視
は疑っただろう。マサール警視は、体制側の人間であり、明らかに私たちの反政府的な学生
運動に警戒の念を持っていることが伺われた。「最近は、内ゲバとかあるからな。」と尋問の最
後に、マサール警視は吐きすてるように言った。
マサール警視は、私たちの住所と連絡先を聞くと、改めて聴く事もあるかも知れない、といっ
た。
そして、マサール警視は、キャレ警部を呼んだ。
「拳銃の種類は、コルト・ウッズマンのスポーツモデルだ。銃身の先についている照星は、削り
落とされ、サイレンサーが装着されている。ところで、先程このアパルトマンについて調べたの
だが、この壁は結構厚く、防音設計になっているようだ。しかし、事件があった際に、この建物
の住民がなんらかの物音を聴いた可能性は否定できない。また、事件前後に、人の出入りを
見かけたものがないかについても、聞き込みをする必要がある。聞き込みの際には、事件が
起きた昨日の20時ごろから現在までのアリビ(現場不在証明)についても、念のため聞いてお
く必要があるだろう。」
次に、マサール警視の鷹の眼は、周辺住民に向かったのである。

ルナールの部屋は、科学捜査班によって徹底的に調べられた。予想されたことだが、拳銃に
は、ルナール以外の人物の指紋は検出されなかった。
ルナールの部屋からは、ルナールともうひとりの人物(X)の指紋が検出された。このXなる人
物の指紋は、ルナールの学生仲間であるジベールとも、アルベールとも、勿論、管理人とも一
致しなかった。マサール警視は、尋問の際にしきりに紅茶を勧めながら、この三人の指紋を得
たのである。
ルナールには、秘密の恋人でもいるのか、マサール警視はいぶかしんだ。
壁という壁も徹底的に調べられた。
マサール警視は、壁板に打ち付けられた釘が刷新されていないかを確認した。釘は建造当時
のもので、新しいものになっているということはなかった。つまり、マサール警視は、部屋自体
が開放系になっていないか、を疑ったのである。しかし、この仮説も崩壊した。
その結果、壁の中の隠し金庫も発見されたのである。
金庫の鍵は、ルナールの机にあった鍵と適合した。ちなみに鍵からは、指紋は検出されなかっ
た。
マサール警視は、その方面に詳しい科学捜査班の部下を呼び、鍵に書かれたNo.を、メーカー
に言って、暗証番号を教えてもらえ、と言った。しかし、その部下は、金庫の種類から、暗証番
号は4桁で、右左右左の順番に廻し、先頭の桁は3回転後、2番目の桁は2回転後、3番目の
桁は1回転後、4番目の桁は直接廻せばいいといい、該当番号は左右に回転させるとかちりと
小さな音がするので、あとは組み合わせを替えて試行すればいいといい、しばらくダイヤルを
廻していたが、そのうち「開きました。」といった。
金庫の中は、空であった。
果たして、これが何を意味するのだろう。この隠し金庫は、管理人に黙って、埋め込まれたも
のと思われた。このような仕掛けをした以上、そこには何かが秘匿されていた可能性が高いと
判断できる。
ルナールの部屋は、金銭や宝飾品を物色した形跡はなかった。
表向きには、なにかが盗まれたようには見えなかった。強いて言えば、隠し金庫の中に、なに
かが隠されていたのならば…。
管理人によると、ルナールの両親は健在だが、完全に縁は切れているという。ルナールの実
家は、相当な資産家であったが、ルナールは経済的に完全に独立し、両親からの援助を断ち
切って生活しているという。マサール警視は、ブルジョワジーに依存しないことに、ルナールの
革命思想が表現されているということを即座に理解した。実は、マサール警視には大学生にな
る長男がいるが、親のすねを齧りながら、革命ごっこにも首をつっこんでいた。その中途半端
さに本人も気づいているために、時折、自分に暴力的な感情をむき出しにするのだろう。ジベ
ールやアルベールの態度に、苦々しい感情を抱いたのは、無意識のうちに、自分の子供とダ
ブらせて見ているせいかも知れなかった。

その日のキャレ警部の聞き込みにより、次のような事柄がわかった。
ルナールの部屋は、306号室だが、3階の部屋はルナールの部屋を含めて6部屋ある。3階
の部屋は、中央の廊下を隔てて、偶数の部屋が3つと、奇数の部屋が3つ向かい合っている。
301号室には火夫グランとイザベル夫妻、303号室には会計士ミッシェルとシャルロットの夫
妻、305号室には小学校教師アンリとシモーヌの夫妻、302号室に塗装工ギベールとカトリー
ヌ夫妻、304号室には学生のマリ=アンヌが住んでいるのである。
3階に至る階段は、301号室と302号室に近い位置にある。つまり、ルナールの部屋に至る
には、3階の廊下を通
り抜けるかたちになる。
まず、301号室に関していえば、イサベルは、11月1日は外出せず、在宅だったという。20:
40頃にグランが帰宅するまで、一人でいたという。20:10から20:30ごろになにか物音がし
なかったかの質問には、イサベルは気づかなかったと答えている。グランは、11月2日は8:3
0に家を出て、勤め先に向かったという。ちなみに、イサベルは、11月2日は、11:30ごろ買
い物に出かけたという。
次に303号室については、シャルロットは11月1日の午前中は友達と会っていたが、午後は
家にいたといい、20:20にミッシェルが帰宅するまで、一人だったという。ミッシェルの帰宅前
後に、306号室から物音がしなかったかの質問には、気づかなかったといい、TVの音量を上
げていたからかもしれないとシャルロットは語った。シャルロットによると、その日はセルジュ・
ゲンズブールの出演する歌番組を見ていたという。ミッシェルに、帰宅した際にアバルトマン付
近で、不審な人物を見かけなかったかと聞いたが、見かけなかったと応えた。ミッシェルは11
月2日は、いつもどおり7:30頃、出勤していった。シャルロットは、11月2日は、12:00ごろ
近くの公園に花屋が出店しているのを知り、外に出たという。
305号室は、11月1日にアンリは19:00ごろ、小学校から帰宅した。その際、シモーヌは帰
っていなかった。シモーヌは、中学校時代の同窓会に出かけていたのである。シモーヌが帰宅
したのは、21:00頃であった。306号室の事件当時の物音については、アンリは知らないと
いった。アンリは、11月2日は7:30ごろ家を出て、小学校に向かった。そのとき、303号室
のミッシェルが自家用車に乗るのを見かけたという。シモーヌは前日の疲れで、11月2日は外
出しなかったという。
302号室は、カトリーヌは11月1日の午後は、自宅にいたと語り、ギベールが帰宅したのは2
0:30ごろであったという。20:10から20:30ごろの306号室の物音には、まったく気づかな
かったという。ギベールとカトリーヌ夫妻には、3人の男の子がいて、部屋中喧騒状態で、気づ
かなかったのかも知れなかった。11月2日、ギベールは8:00ごろに会社に出かけた。カトリ
ーヌは、16:00ごろ買い物に出るまで、家にいたという。
304号室のマリ=アンヌは、11月1日は、19:40ごろ帰宅した。マリ=アンヌは、理系である
ため、ルナールとの接点はなかった。前日から徹夜で実験をしていたため、11月1日は、帰宅
後熟睡してしまったという。だから、306号室で大きな音がしても、気づかなかったでしょうと語
った。同じ学生であったため、随分怯えているように思われた。自殺か、他殺か、わからない
のですか?とマリ=アンヌは聞いてきたが、捜査上のことなので答えられないと答えた。マリ=
アンヌは、11月2日は、10:50ごろ大学に出かけた。なお、ルナールの部屋に、東洋人が入
っていくのを見たことがあるとの注目すべき証言を、マリ=アンヌはおこなった。

この事件は、やはり自殺として捉えるべきなのかもしれない。確かに、ルナールの遺書は発見
されていない。隠し金庫にせよ、初めから何も入っていなかった可能性がある。
第一、他殺だとすれば、密室の壁をどう突破すればいいというのだろう。疑い得るすべては、
確認したと思う。あとは、ルナールの部屋全体が、エレベータになっているというような奇想天
外なものだが、老朽化したアパルトマンで、そのような大仕掛けなどあり得るはずがない。そん
な馬鹿話など、真面目でユーモアを解さないマサール警視に話そうものなら、こっぴどく怒られ
るのがおちだ。
キャレ警部は、聞き込みでも不審な点は見つからず、次第に自殺説に傾きかけていた。
部屋の捜査は、深夜に及んだ。
遺書は見つからなかったが、ルナールは帰宅後、すぐに自殺を遂げたのだ。拳銃の入手経路
について、配下の刑事から連絡がきた。拳銃はルナールの知人を介して、ルナールに売買さ
れたものと判明した。その知人は、護身用と聞いていたが、自殺の準備のためだったのかと、
絶句して嗚咽したという。つまり、拳銃はルナールのものに間違いがなく、その点でも自殺説に
矛盾はない。
別の刑事には、ルナールの交友関係について調べさせた。
ルナールは、学業以外に、<現代思想研究会>や、反政府的な政治結社<赤い生>に関わって
いた。<赤い生>は、相当過激な主張をする団体であり、アルジェリア戦争反対やベトナム戦争
反対の際に暗躍したといわれているが、その全容は警察といえども把握しきれていたわけで
はなかった。ルナールは、その最高幹部らしいということがわかったのである。最近<赤い生>
は、ラングドッグの原子力発電所とフランスの核製作に対する反対運動を行っており、フランス
以外の反政府団体とも連携をとって、大規模なデモを計画していたという。
間近に大規模なデモを計画していて、その組織の幹部が自殺を遂げるだろうか、とキャレ警部
はふと疑問に思ったが、人間は誰にも他人には見せない心の深淵を抱えていて、大規模なデ
モの計画を立てるという疲労感から来る孤独感で、不意に魔がさすこともあり得るのだと思い
直した。
ルナールの交友関係を調査した刑事は、ルナールの行動を追っていると、足取りの取れない
日があるという。
その話を聞いて、キャレ警部は、マリ=アンヌの話していた謎の東洋人のことを想い出した。
「恋人かもしれないな。」とキャレ警部は言った。
「いや、そうともとれないんです。<現代思想研究会>や、<赤い生>と合同でデモ闘争をしたこと
があるという政治セクトのメンバーから聞いたのですが、どうもなんかの宗教らしいです。それ
にはジベールも関与しているらしくて、ルナールと連絡が取れない日は、ジベールとも連絡が
取れないらしいのです。」
「唯物論と宗教か。」キャレ警部は頭を抱え込んだ。
<赤い生>は、<赤>がつくだけに、マルキシズムとつながりのある団体だろう。マルキシズムとい
えば、唯物史観だ。つまり、唯物論ってことだ。すべてが物質だというのだから、神とかも認め
ないやつらだろう。それなのに、宗教の線が浮かんでくるとは…。
24時を過ぎたころ、マサール警視によって、本日の捜査の打ち切り宣言が出された。
ルナールの遺体は、すでに搬送済みである。ルナールの両親に連絡を入れたが、勘当した娘
なので、司法解剖でもなんでもお好きなように、との回答だったという。ルナールの葬儀にも、
親族の名誉に泥を塗った不届き者ということで出席する意思はないという。葬儀代は出すが、
自殺で死亡などということは新聞には公表しないでもらいたい、ということであった。どういう親
なんだ、とマサール警視は、怒ったが、親子の仲は完全に冷え切っていたと思われる。
美しいルナールの遺体は、監察医ラフォルグの手によって、細部に至るまで、切り刻まれるだ
ろう。
ルナールの部屋の扉は、再度修理され、鍵がかえる状態になった。マサール警視は鍵をかけ
た後で、「警視庁・立ち入り禁止」と印刷されたシールで、目張りさせた。こうしておけば、何者
かが出入りした場合、一目瞭然でわかるだろう。
マサール警視は、監察医ラフォルグの検視報告書が完成された段階で、異常な所見がなけれ
ば、この事件を自殺として処理するだろう。
膨大な事件が毎日のように発生するこの都市で、いつまでも針の穴のような可能性を探求して
いるわけにはいかない。
キャレ警部は、自殺として処理される前に、謎の東洋人と、ジベールと対決しておく必要はある
と考えた。そうしないと、この事件に決着がつかない気がしたのである。

謎の東洋人の名前は、棟方冬紀といって、日本人であった。
彼は、数年前からサン・ジェルマン・デ・プレに住んでいた。彼のアパルトマンは、相当なぼろ屋
敷で、彼はその屋根裏部屋を間借りしていたのであった。
彼はパリ第一大学の学生ではなかった。しかし、学生ではないにもかかわらず、パリ第一大学
の構内を徘徊しているのを、多くの学生が目撃していた。
したがって、謎の東洋人の正体について、キャレ警部は、学生たちの証言から、容易にたどり
着くことができた。キャレ警部は、棟方冬紀がパリに住み着くようになった経緯に、なにかうさん
くさい印象を受けた。日本の公安に照会すれば、何かわかるかも知れなかったが、印象だけで
外国の警察に問い合わせることも出来なかった。
彼はルナールの指導教授のH教授との知り合いであり、その関係でルナールに接近したと考
えられる。
H教授もまた日本生まれであったが、棟方とはパリで知り合いになったと、H教授からの証言を
得た。
棟方とルナールがつきあっていたかどうかについては、H教授は知らないと答えたが、ふたり
は南仏の歴史や、現代の思想に関して、意気投合する部分が多かったようだ、と語った。
棟方に関する下調べで、キャレ警部は、彼が警察に対して良い印象をもっていないことと、思
想的な話を持ち出すと、些細な意見の相違であれ、頭に血が登りやすく、激しい罵倒になりや
すいことがわかった。キャレ警部は、棟方が手強い相手であることを、会う前から予想した。
キャレ警部が棟方のアパルトマンを尋ねると、彼はここは狭いからと、カフェ・リベルテを案内し
た。棟方に対する尋問は、喫茶店の片隅で行われた。
キャレ警部は、ルナールが死んだことを告げた。棟方は「ああ、そうですか。」と驚いた様子を
見せなかった。
棟方は、ルナールの死因について聞いてきた。キャレ警部は、銃殺であることを告げると、棟
方は「それは自殺なのか、他殺なのか」と聞いてきた。
キャレ警部は、「それはまだわからない。状況的に見て、自殺説が有力だが…。」と語った。
キャレ警部の尋問によって、棟方はルナールは以前、恋人であったこと、ルナールの主催する
<現代思想研究会>に出席したことがあること、<赤い生>の政治路線には異論があり、コミット
したことがないこと、またルナールの関係した宗教団体については、なにも知らないことを述べ
た。ルナールと別れた理由は、主に思想的な対立であり、意見を異にするものと妥協すること
はあり得ない、と語った。
「ルナールと別れたというが、それはルナールを憎んでいるということか。」とキャレ警部は言っ
た。
「いや、憎むことはない。ふたりの対立は、純粋に思想的なもので、感情的なものではない。」
と、棟方はいった。
キャレ警部は、11月1日の20:10から20:30のアリビ(現場不在証明)について尋ねた。
棟方は、自分のアパルトマンにひとりでいたと語り、したがって、それを証明するものはいな
い、と言った。
念のために、棟方の11月2日の行動についても、キャレ警部は問いただした。
棟方は7:30ごろ、近くの公園にジョギングに出かけ、10:10ごろパリ第一大学に出かけたとい
った。
「それを証明する人はいますか。」との問いかけに、棟方は公園にジョギングに向かった際に、
財布を拾い、近くの警察署に届けたといい、10:10ごろ大学にいたことについては、多くの人
が見かけていると答えた。
キャレ警部は、棟方と別れた後、棟方が財布を届けたという警察署に出向き、遺失物取得届
を確認した。
時間は11月2日の7:39になっており、問題の財布は、黒色の特徴のないもので、今のとこ
ろ、落とし主は現れていないということであった。

ジベールの手記から。
11月3日
ルナール姐さんが死んだ。昨日は、慌しさと緊張感で気づかずにいたのだが、こうして1日経
過してみると、ルナール姉さんの不在によって、心の中に大きな空洞が出来たのを感じる。
出来ることならば、これが悪い夢で、いつか醒めるものならばいいのに。
しかし、ルナール姐さんの死は、粛然たる事実であり、そこから眼をそらすことは出来なかっ
た。
全部忘れてしまいたかった。もう一度、眠りにつけば、ルナール姐さんのあの無残な死に顔を
忘れることができるだろうか。
自分にとって、ルナール姐さんを喪うことは、自分の内的宇宙の多くを失うことと同義だった。
いつかルナール姐さんが話してくれたことがある。
<実体のあるものとしての「私」は存在しない。「私」というものは、常に他者との関係の上に捏
造される。生後間もない子供には「私」というものは、まだない。鏡の中に、自分の写し絵という
他者を発見し、それが自分と同一だと捉えることから、「私」は生成される。ジャック・ラカンの
鏡像段階説は、そのことを言っているの。>
<「私」とはなにか。「私」とは「私」に対して呼びかけることを意味する。トゥリー状のハイアラー
キーを想定するならば、まず大文字の主体があり、これは神であり、君主であり、父親を意味
する。そして、大文字の主体は、小文字の主体に呼びかける。「かくあれかし」と。次の第二段
階では、呼びかけられた牧人にして、臣下にして、子である小文字の主体同士が、互いに呼び
かけあう。最終的に、小文字の主体は、自分自身に呼びかける。呼びかけの声が、権力の行
使であり、行使することなしに、権力はない。こうして、「私」は「私」を管理し、最も効率的にトゥ
リー状の権力体系が機能し始める。>
<いつか私が先に死ぬことがあっても、ジベールには哀しまないでほしいの。わたしは、常に
「私」と闘って来た。「私」という幻想に、亀裂を走らせようとしてきた。あるときは政治的なアジ
テーションの言語のなかで、あるときはオカルティックな象徴言語の中で。しかし、わたしの死
に哀しむことは、「私」という実体があったという幻想を、再度強化してしまう。ゲシュタルト=マー
ヤー=ドコスは、破壊しなければならない。これは終始一貫したわたしの考えなの。>
ルナール姐さんの言いたいことはわかる。しかし、もうぼくの言葉にルナール姐さんは応えてく
れない。
「私」が幻想だとしても、ルナール姐さんは超幻想なんだから。
涙がこみ上げてきた。押さえようとすると、胸の辺りがひくついて、余計に涙があふれてくる。
ルナール姐さんは、人間はいつ死ぬか判らないのだから、いつ死んでもいいように準備が必
要だと語ってくれた。そして、ぼくに自分のすべてを注ぎ込んで、天使教育を行ってくれた。
<天使とは、生と死を超えることだけど、それは悲壮なものであっても、力んでもだめなの。要
は、救われようとか、解脱しようとする心からも、解脱することが必要なの。>
<地上の「悪」に抗するために、憎悪の炎をたぎらせるならば、自分が低次の感情に釘付けに
なり、「悪」に転化してしまう。「悪」も「善」も、本当はないということを知りなさい。>
ルナール姐さんの言葉は、いつも無限の愛が生成される慈愛空間に誘うものだった。「私」と
「他者」、「悪」と「善」の二項対立が、二項対立でなくなる場所…。
すべてを超越していたルナール姐さんが、自殺するなんてことは、あり得ないことだった。あの
部屋から<秘密の巻物>(実はその偽造品なのだが)が消失していることとか、<赤い生>による
大規模のデモが間近いといったこととは別に、事件には大きな異和を感じていたのだ。しかし、
ルナール姐さんが自殺することはあり得ないことを、他人に説明することは難しい。
自殺というからには、「私」に対する執着があったということを前提にしているだろう。だが、ル
ナール姐さんは、「私」に対する執着もなかったし、そこから派生する低次の感情とも無縁だっ
たのだ。

キャレ警部が訪ねてきた。
キャレ警部は、ルナール姐さんとある種の宗教の関わりについて知りたかったようだ。
ぼくはキャレ警部に、ルナール姐さんと自分は、推察のとおり、ある種の秘教的団体に属して
いることを認めた。しかし、会派の名前や構成員、団体の所在地や教義については、会員以
外には教えられないことを告げた。そして、その団体は、政治的なものではないし、黒魔術的
で不道徳なものではないということを告げた。
秘密結社というものは、秘密でなくなった時から、秘密結社とは言わないものである。
キャレ警部は、ルナール姐さんの部屋の隠し金庫について尋ねてきた。
ぼくは少し躊躇したが、最低限のことだけを教えることにした。キャレ警部は、マサール警視よ
りも、自分たちのことを理解してくれるように判断したからである。
ぼくは、隠し金庫の中に、ぼくとルナールが所属している秘教団体の教義に関する文書が入れ
られていたが、盗難を怖れ、数日前に偽書と差し替えていたことを認めた。
キャレ警部は、盗難を恐れるような事態が、最近あったのか、と聞いてきた。キャレ警部の中
で、ルナールによって余分に付けられた鍵や、護身用の銃の存在、そして隠し金庫の中の文
書の存在がひとつにまとまり、やがて巨大な疑問に膨れ上がっていった。
「正直にいうが、捜査本部は自殺説が圧倒的に有力だ。というのも、あの部屋が、典型的な密
室であったことが理由なんだ。」
キャレ警部は、ルナールの部屋が、完全な密室であることを確かめるために、さまざまな確認
をしたことを告げた。それが、すべて空振りに終わったことも。
「しかし、君の話を聞くと、ルナールは何者かを恐れていたことになる。なにかの事件の前触れ
を感じていたということだ。今日の君の話で、疑問が膨れ上がったことは事実だ。しかし、密室
の壁を突破しないことには、事件が自殺で片付けられてしまうのも事実だ。」
キャレ警部は、しばらく考え込んでいたが、「ところで、君は棟方という日本人を知っている
ね。」といってきた。
キャレ警部は、明らかに棟方に疑いの目を持っているようだった。
ぼくは棟方氏がルナールとつきあっていたことと、最近別れたことは知っているが、それ以上
のことはなんとも言えない、といった。
キャレ警部は、棟方について、「どうにも食えない奴だ」と語り、「警察嫌いのくせに、11月2日
の早朝に、落し物の届出を警察にわざわざしているのだからね。」といった。
そして、「なにか気づいたことがあれば、私に知らせて欲しい。少なくとも、私は君を信用するこ
とにしたからね。」といって、名刺を残していったのである。

業者から宅配で送られてくるダンボール箱のテープをはがし、無数の雨蛙を無色透明のプラス
チックの箱に移す。ビニールの手袋をして、雨蛙を仕分けてゆく。雨蛙になっても、おたまじゃく
しのしっぽのついたものを選んでゆく。
おたまじゃくしのしっぽのついたまま大人になった蛙の頻度は、低い。業者から送られてくるも
のは、あらかじめ選ばれた雨蛙ではない。業者は、一匹いくらで、この大学に雨蛙を納品す
る。
だから、膨大な数のまともな雨蛙が不要になる。
パリ第一大学の裏にある川に、不要になった雨蛙が破棄される。
こうして、大学の周囲では、生態系のバランスが崩れつつある。だが、それに気づくものは、今
のところ誰もいない。
川の淵には、背の高いフェンスが立てられ、川の中を意識的に覗き込むものはいない。
しかし、夏になれば、異常な蛙の鳴き声がする。蛙は、蛙の卵を産む。蛙は、蛙を増殖させ
る。
今ではもう、大学の裏側の窓を開けるのも嫌だ。
指導教官の考えは、おたまじゃくしのしっぽの残った雨蛙は、アポトーシスを司る遺伝子に問
題がある。アポトーシスとは、生命を維持するために、あらかじめプログラム化された死のこと
だ。生物は、幼態から成態になるまでに、姿を変える。不要な部分がなくなり、次第に成態とし
て完成した形になってゆく。この不要な部分を、生命活動の一環として、自動的に壊死させ、そ
の部分を自分と異なる他者として疎外することが、アポトーシスである。
指導教官のMは、生物学の新しい流れである自己組織化に関心を持ち、この実験を考え付い
たのである。
おたまじゃくしのしっぽを持った雨蛙同士を交配させ、おたまじゃくしのしっぽをもった雨蛙を増
やす。そして、おたまじ
ゃくしのしっぽをもった雨蛙に起きる疾病を、健常体の雨蛙と比較する。
マリ=アンヌは、雨蛙の皮膚の感触が生理的に嫌いだった。触ると、ぴったりと張り付いてくる
ような感じが。
雨蛙の皮膚の粘膜には、毒素が含まれていることを知ってからなのかも知れない。
しかし、一旦、神経を集中させると、マリ=アンヌの手は機械のように分別を進めてゆく。その
とき、マリ=アンヌの魂は、マリ=アンヌがいる場所にいない。
だから、薬理学教室のマチウが入ってきたのも、マリ=アンヌは気づかなかった。
「ほい、差し入れだ。」とマチウは冷たい飲み物とハンバーガーを差し出したのだが、マリ=ア
ンヌは気づかず、マチウはマリ=アンヌの顔を覗き込まなくてはならなかったほどだ。
マリ=アンヌは、マチウが悪い人間ではないのを知っていた。しかし、マチウはずぼらすぎると
思っていた。
こうして、時折差し入れを持ってきてくれるのはいいけれど、マチウは薬理学教室のドアに鍵を
かけずに出てゆく。
数日前も、誰か男の人が、薬理学教室の入り口で立っていた。逆光線でまぶしくて、その男が
誰かはわからなかったけれど。
そのとき、かすかにベルガモットの香りがした。
不審な感じがして、駆け寄ったけれども、その男には追いつかなかった。
男の眺めていた光景を眺める。
マリ=アンヌは、その部屋に入っていった。ガラス窓の白い棚に、茶色や濃緑の小瓶が並ぶ。
変わっていない。いつもとおなじだ。しかし…ふと、不安がよぎる。なぜだろう。なにか違うような
気がする。マリ=アンヌの知覚が拡大する。知覚は薬棚を中心に、部屋全体に広がった。もは
や、マリ=アンヌは、ここにいない。マリ=アンヌの触覚は、薬理学教室すべてに張り巡らさ
れ、昨日までの光景とのわずかなズレを感知する。
そのとき、マリ=アンヌの眼が一層大きく見開いた。
普段、使わない濃緑の小瓶が、薬棚の奥にあるにも関わらず、位置が変わっており、量が減
っている。
その薬の名前は…。
マリ=アンヌの存在に、戦慄が走った。

自分の隣の部屋の女性が変死を遂げたのを知ったときから、マリ=アンヌの世界は一層歪み
始めた。
本当のターゲットは、自分なのではないか。
隣の部屋の女性は、私と間違えて殺害されたのではないか。
しかし、そのことを明らかにすれば、もういちどあの男がやってくる。
マリ=アンヌは、薬理学教室の前で立っていた男のことを考えていた。
闇の中に、無数の眼が光っている気がした。
蛙の卵のような無数の目玉が。
あの薬はいまだ使用されていない。
腐った卵の匂いのするあの薬は…。
まるで、その薬は自分に使用するために使われずにいるように思われた。
304号室の鍵を開ける。だいじょぶ。鍵はかかっていた。
電気をつける。
白のテーブルとオレンジのチェアがある。いつもとおなじ。いつもと…。
そのとき、テーブルの角度が、いつもと少し違う気がした。まるで、なにかにぶつかったように。
そんな…そんな…。
あたりのものを調べてゆく。これもある、これも、あれも…。
だけど、胸のあたりにひっかかったこの不安感はなんだろう。マリ=アンヌは、眼を閉じる。神
経を部屋中に張り巡ら
し、わずかなズレも見逃さないようにする。なんだろう。なににひっかかっているのだろう。あっ
…。
そのとき、マリ=アンヌの鼻孔が、かすかなベルガモットの香りを嗅ぎ取った。


ジベールの手記から
11月4日
「排気口を使って、外から正面玄関を閉めるトリックは、興味深いものがあるね。その方法は、
排気口の入り口の鉄の網が障害になる問題点があるわけだけど。同様に、サッシ窓の内側の
鍵を、排気口を使って、外から閉める機械的トリックも考えられるわけだけど、やはり鉄の網が
障害になるわけだ。本当に困った鉄の網だ。そんなに細かければ、煙も逃げにくいだろうね。
とにかく、仮に糸を使って、外から正面玄関なり、窓の鍵なりを外から閉めるには、支点による
力のベクトルの切り替えが必要だろうから、天井あたりにピンか、ピンの跡があるはずだ。警
察の捜査は、キャレ警部が君に話した内容を信用するしかないが、結構詳細に調べているよ
うだから、そのような痕跡があれば、発見したと推測できる。ところが、発見できなかったという
ことは、このアイデアは、検討に値しないということだ。」
アルベールの推理は続く。
「僕としては、キャレ警部が捜査を中断したという物入の天井の方が可能性はあると思う。その
天井の四角い枠の中は、大人が通過でき、天井裏に出ることができるわけだ。その穴は、天
井裏に引かれた電線の工事や修理のためのものなんだね。キャレ警部は、四角い枠の中の
板を動かした瞬間に、相当な埃が落ちてきたから、だれもその穴を使用していないと判断した
わけだったけれど、埃なんてものは、犯人によって板を動かした瞬間に、大量に落ちるように
偽装工作されたかもしれないとは思わないかい。その天井裏への入り口を通じて、犯人の逃
走経路は、306号室から、3階全体に拡大する。」
アルベールのアイデアは、画期的なもののように思われた。しかし、天井裏に登ることはいい
が、どこから脱出すればいいのだろう。
「天井裏の構造と、そのような天井裏への入り口が各部屋についているかどうかは、検証する
必要があるけど、この考えを敷衍してゆけば、犯人の脱出口として、306号室だけではなく、3
階のすべての部屋の出入り口が使用可能になる。天井裏に潜みながら、無人になる部屋を探
せばいい。これに関しても、キャレ警部は聞き込みで確認しているのだったね。ええっと、ルナ
ールの死亡推定時刻以降で、一番最初に、留守の状態になったのは、304号室のマリ=アン
ヌの部屋か。ここは、11月2日の10:50に、完全に留守の状態になる。つまり、犯人は11月
2日の10:50以降、304号室の正面玄関から出ることができる。無論、外に出てから、針金
か、何かで、再度鍵を閉める必要はあるが。」
そこまで、アルベールの推理を感嘆しながら聞いていたが、そこでふと、この推理ではまだ不
充分だ、という考えが頭をよぎった。そうだ。棟方という男は、11月2日の7:39に、ルナール
のアパルトマンの外にいたのだ。そして、それを他ならぬ警察が証明している…。
いつしか、ルナールを殺害する動機があるのは、棟方以外に考えられないと思い始めていた。
しかし、唯一動機のある男は、鉄壁のアリバイに守られている。ぼくは棟方に、底知れぬ狡猾
さを感じていた。

11月5日
ルナールの部屋の物入の位置は、寝室の隅に位置していたが、他の部屋はどうなのか。ま
た、他の部屋でも、物入の天井に、屋根裏に上がる入り口があるのか。もし、他の部屋も、同
じ構造だとしたら、犯人が家主が就寝中の寝室に降り立つのは、非常に危険が伴うのだが。
ぼくは躊躇したが、キャレ警部に電話してみることにした。
キャレ警部は、「どうしたのか。」と聞いてきたが、「どうしてもルナールが自殺したということに
納得がいかないのです。」と答えた。
キャレ警部は、検視結果からも不審な点は見つからず、予想通り自殺ということで事件は収束
しそうだと答えた。そして、自分としても、決定的な新発見がなければ、捜査本部の方針に反し
て、一人で動き回るわけにもいかないんだ、と語った。心なしか、キャレ警部の声は、前回会っ
た時より元気がなかった。
キャレ警部は、あのアパルトマンの3階は、ほぼ同一の構造をしており、寝室の片隅に物入が
あり、天井には天井裏に上がるための穴があり、板が載せて塞いである、と答えた。だが、そ
んなところに登ったところで、出口に困るだけではないか、あれが他殺なら、犯人は一時も早く
逃走することを考えるのではないか、と言った。
ぼくは、キャレ警部に礼をいって、電話を切ろうとした。キャレ警部は、「気持ちはわかるが、ひ
とりで調べるのは危険すぎる。なにか気づいた点があるなら、言ってほしい。」といったが、「い
え、ただの思い過ごしでした。」と答えた。
実際、アルベールの仮説は、思い過ごしかも知れなかった。仮に、ルナールの事件が他殺で、
棟方が犯人だとすると、11月2日の午前7:39に棟方が警察署にいるためには、あのアパル
トマンの3階のどれかの寝室を通過せねばならない。果たして、音も立てずに、屋根裏から降
り立ち、就寝中のベッドの横を気付かれずに通過することは可能なのか。それは、あまりに大
きすぎるリスクであった。
ぼくは、数々の疑問や不安を胸に押し込み、しばらくルナールの残した仕事に専念することに
した。
ルナールの死により、公式的な大学のサークルである<現代思想研究会>は、別の代表者を議
決で決めることになったが、非合法の政治的結社である<赤い生>と、秘教的なスクールである
<薔薇十字啓明会>は、事実上自分が後継とならざるを得なかった。特に<赤い生>は、近日中
に大規模なデモと集会を予定しており、ルナールの代わりに、自分がアジ演説を行うことになっ
ていたのである。
大規模なデモの情報は、公安当局の知るところとなり、国外からもルナールの人望のせいもあ
り、新左翼やノンセクト・ラディカルの大物がフランスに来るということで、緊張感が少しづつ高
まっていた。
ルナールは、ラングドックの原子力発電所開発計画におけるプルトニウム再利用計画につい
て、フランスの軍事的な核政策と結び付けて考えるべきであると主張し、問題は世界的な規模
で進む原子力帝国化にあるとした。つまり、核の問題は、そのセキュリティーの問題から、国民
の中に見えないテロリストの亡霊が隠されているのではないかという猜疑心を体制側が必然的
にいだくようになり、情報の不透明化と全体主義的な統制の強化を招くというのである。ルナー
ルは、こうして反原発運動を、単なるエネルギー政策をめぐるラングドッグの一地方問題から、
全地球規模の問題に拡大し、ファシズムや、環境破壊の問題とリンクさせたのである。
当局との小競り合いは、すでに始まっており、中規模なデモの際に、逮捕者やけが人が出たと
いう報道が連日のように流されていた。
ぼくは、<赤い生>での打ち合わせの後、疲れた身体に鞭打ちながら、政治情況を把握するた
めに、新聞のすみずみまでチェックして、一日を終わることにしていた。
新聞の片隅に、ギー・ドゥポールの挑発的な映画「スペクタクルの社会」が上映される予定が書
かれていた。ドゥポールは、シチュアシオニスト・インターナショナルの運動を始めた人物であ
り、マルクスの価値形態論の読解から、資本主義が覆い尽くした現代社会はスペクタクル化し
ており、「外部」がないことを証明した。彼は、モノの生産によって、我々は生の統一性から遠ざ
かるとし、権力は警察的な監視の視線を強化しつつあり、我々の社会の内部に「敵」を作り出
し、「敵」を排撃することで、単一的な価値観の下でのコントロールを可能にすると説いていた。
ドゥポールの議論は、過激な中に、静謐な絶望感が漂っていた。
ぼくは状況が、どんどん悪化している印象を持った。
時代は確実に「冬の時代」に向かっている。
また、バスク地方の独立運動に、当局が警戒を強めているとの記事も見られた。
そのなかで、ぼくは尋ね人の小さな記事を見つけた。
失踪者は、地元の電気保安協会の電気工事技術者(31歳)で、11月1日の22:30ごろ、停
電したアパルトマンの修理に行った帰りに失踪し、その後、協会にも、自宅の方にも姿を見せ
ないという。警察では、失踪者に関する情報を求めているという。
ぼくは、その電気工事技術者の最後に向かったというアパルトマンの住所に、目を奪われた。
その住所は、見覚えのある住所だったのだ。

ジベールの手記から
11月6日
新聞記事をもとに、ぼくは地元の電気保安協会と、ルナールのアパルトマンを訪ねた。その二
箇所の調査結果から、以下の事柄がわかった。
ルナールが謎の死を遂げた日の夜、ルナールのアパルトマンは停電騒ぎを起こしていた。2
2:00ごろ、急に3階だけが停電となり、この停電は3階の住人は全員周知の事実だったとい
う。302号室のギベールとカトリーヌ夫妻が、アパルトマン全体で、メンテナンス契約していた
地元の業者を呼んだ。緊急の修理ということで、ベテランの電気工事技術者が、急いでアパル
トマンに向かった。電気工事技術者がついたのは、約15分後であった。電気工事技術者は、
電気配線を調べ、3階だけの停電ということから、3階の天井裏の電気配線が、なんらかの事
情で断線したと判断した。電気工事技術者は、302号室の物入の天井から、天井裏に修理道
具を手にして登っていった。
工事は、15分程度かかった。ギベールとカトリーヌ夫妻によると、その間、天井裏で物音はあ
まりしなかったから、断線箇所は302号室でなく、もっと奥の部屋の上かも知れないといった。
ギベールとカトリーヌ夫妻の言う奥の部屋とは、階段からの距離が奥ということであり、つまり
ルナールの部屋の方と言う事になる。
3階の電気が灯り、ギベールとカトリーヌ夫妻は、修理が完了したのがわかった。電気工事技
術者は、物入の天井から降りてきた。停電騒ぎに気づいて、101号室の管理人も、3階に登っ
て来た。「年間メンテナンス契約料を払っているから、今回は無料だね。」と管理人が声をかけ
ると、電気工事技術者は「そのとおり」とだけ答え、そそくさと出て行った。
今回の配線修理を頼まれた業者は、その電気工事技術者が現場に向かうとき、「修理に時間
がかかるようだったら、今日は遅いから、そのまま直帰してもいいよ。」と声をかけていたから、
その日、電気工事技術者が事業所に帰らなかったが、不審に思わなかったという。ただ、終了
連絡くらい電話をかけてきてもいいのに、と思っただけだった。
翌日、朝も、電気工事技術者は、出勤しなかった。普段、無断欠勤する人間ではなかったの
で、事業主が不審に思い始めた。しばらくして、自宅に電話をいれてみたが、誰も出なかった。
その電気工事技術者は、独身者であったから、もしも、本人が急病とかで電話に出れないもの
ならば、電話をかけても無駄であった。
その電気工事技術者は、事業所の車両を使って、アパルトマンに向かった。ということは、そ
の車両も、その電気工事技術者の自宅にあるはずである。
事業主は、さらに翌日も欠勤したのならば、誰かに見に行かせることも必要だと考えた。社員
が少ない事業所だけに、何日も休まれるのは、業務に支障が生じる。
さらに翌日も、電気工事技術者は欠勤した。ここに至って、事業主は、同じ方面に住んでいる
社員に、帰りに様子を見に行かせることにした。途中下車になるが、この際、仕方がない。
ところが、その電気工事技術者の家には、朝刊が2日分、玄関ポストに溜まり、あふれ返って
いた。ここに至って、事の重大さがわかった。
警察の調べで、その電気工事技術者は、アパルトマンの修理のあと、自宅に帰っておらず、事
業所の車も、アパルトマンの近くに駐車したきりになっていた。
これによって、電気工事技術者の失踪が決定的となった。
ルナールのアパルトマンの住人は、ルナールの死亡事件の捜査の際に、停電騒ぎのことを告
げなかったが、これは単にルナールの死亡と停電事件と結びつけて考えるものがいなかった
ためであり、停電騒ぎが約30分間程度で収まったためである。
電気工事技術者が帰る際に、ギベールとカトリーヌ、そしてアパルトマンの管理人が立ち会っ
ているが、誰も電気工事技術者の顔を直視したものはおらず、わずかに「そのとおり」という一
語を聞いただけであった。カトリーヌによると、電気工事技術者は帽子をすっぽりとかぶり、帽
子のひさしで顔がよく見えなかったという。「電気工事技術者が来たときと、帰るときでは顔が
違っていたのではないか。」という私の問いかけに、3人はきょとんとした表情をみせた。
「帰りの電気工事技術者が、東洋人にすりかわっている可能性はないか。」との質問に3人
は、まさか、という表情をみせた。
これは、認識のシャットアウト現象である。棟方の影響で、ぼくは日本の歴史について調べたこ
とがあるが、サムライの支配する江戸時代、日本は鎖国政策をしており、幕末に黒船が欧米
より来訪するに及んで開国することになる。その当時の日本人は、自分たちの国の外部という
ことを、ほとんど意識していなかった。だから、黒船が近づいてきたときも、当然見える距離に
なっても、見えなかったという。
アパルトマンに来た電気工事技術者は、アパルトマンから帰る電気工事技術者と、同一人物
である。また、電気工事技術者は、自国民(フランス人)である。これらのドクサが、認識のシャ
ットアウト現象を引き起こしたのだ。
また、「そのとおり」の一言だけでは、個人の識別は難しい。ましてや、電気工事技術者は、3
人にとってなじみのない初対面の人物だったのだ。
電気工事技術者の失踪は、地元の警察署が扱っており、中央の警察は関与しておらず、した
がってキャレ警部のいる捜査一課には情報が伝わっていなかった。
ぼくは、アパルトマンの管理人と、ギベールとカトリーヌの夫妻に無理に頼み込んで、302号室
から天井裏に上がらせてもらった。
懐中電灯を片手に、天井裏に上がっていったが、板の部分は大人が載ると底が抜けそうなほ
ど脆弱で、柱の上を移動するしかなかった。だんだん、眼が慣れてくると、天井裏はかなりの密
閉空間で、予想に反して埃は少なく、柱の上に靴跡は残されていなかった。電気の配線が目に
付いたので、辿ってゆくと、306号室の上あたりで修繕した箇所を発見した。それは、専門の
技術者が行なったとは考えられない粗雑な方法で、ただ繋ぎ合わせて、ビニールテープでぐる
ぐる巻きにしただけの状態であった。建物の補強のために、太い柱が何本もあり、懐中電灯の
光が直接当たるのを避けたならば、充分闇の中に身を隠すことは可能なように思われた。
天井裏は、思いのほか広く、306号室から天井裏に抜ける口を捜すのに難儀したが、わずか
に漏れる光を手がかりに、やっと発見することができた。やはり、306号室の天井裏に抜ける
口の上だけに、埃が山盛りになっており、不自然な印象があった。ぼくはあらかじめ用意したビ
ニールの袋に、その埃を採取して入れた。電気工事技術者の死体があるのではないか、と考
えたが、発見することはできなかった。また、血痕などの痕跡をさがしたが、これも空振りだっ
た。犯人は、ルナール殺しと違い、痕跡の残らない方法で、電気工事技術者を始末したに違い
ない。
ぼくは、キャレ警部に会う前に、棟方と直接対決をする必要を感じていた。
明後日の反原発集会の前に、ルナールのために決着をつけるのだ。

カセットデッキAの出力端子から、もうひとつのカセットデッキBの入力端子に結びつける。カセ
ットデッキAに、次々とカセットを入れてては、交換してゆく。早送りと、巻き戻しの繰り返し。無
限に繰り広げられる編集作業。これが、何をもたらすか、は後のお楽しみだ。
自分は常に、先の先を読んでやってきた。もうすぐ追っ手が来るだろう。しかし、それは自分の
計算の中に入った事柄だ。
ビートルズのホワイトアルバムの中に収録された「Revolution 9」は、ピアノの音が流れ、No.9
という男の声が繰り返される。そして、内乱を思わせる喧騒や、銃声、赤ん坊の声などが入り
込む。この曲に関して、ビートルズマニアの評判は悪い。つまり、周りの取り巻きが悪いという
ことだ。
基本的に、ビートルズよりもローリング・ストーンズを聴いてきた。ゴダールは、「ワン・プラス・ワ
ン」でローリング・ストーンズの練習風景のドキュメンタリーを、創作の中に取り入れたとき、ビ
ートルズが嫌いだといったそうだが、それは単にビートルズに出演交渉をして、断られただけ
の逆恨みにすぎない。
「ミッシェル」のメロディアスなセンチメンタリズムよりも、破壊的な反抗の曲「黒く塗れ」を好ん
だ。ストーンズこそ、労働者階級の英雄だった。
しかし、あまり好きではないビートルズの曲の中にあって、「Revolution 9」という曲は、心のど
こかに引っかかっていた。つまり、革命を起こそうという人間の頭の中を、革命するねらいがあ
ったからである。
「サージャント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のアルバム・ジャケットは、<私の好
きな人>というテーマで、古今東西の有名人の顔が並んでいる。その中に、ウィリアム・S・バロ
ウズの顔もあったはずである。
ウィリアム・S・バロウズは、ビート・ジェネレーションの作家で、カット・アップ、ホールド・イン・メ
ソッドを文学に導入した。カット・アップは、要するに古今東西の名作や新聞や、ありとあらゆる
ものを切って繋ぐ方法であり、ホールド・インとは、切り貼りも面倒なので、折って違うセンテン
スと繋ぐことである。この方法は、もともとは美術のコラージュの手法である。
バロウズは、その著作の中でカット・アップによる音楽を夢想していた。
さまざまな音源を切りつなぎ、時として早廻しや、逆回転を行い、再編集を行い、新しい音楽を
作り出すということである。
この実験は、「Revolution 9」で初めて現実に存在する形をとった。
ここから、聖書の朗読テープの逆回転で悪魔を召還する方法や、さまざまな音源をサンプリン
グして、フラクタルな音楽を生む潮流が生じたのである。ノイズ・インダストリアル・ミュージック
などというジャンルもまた、「Revolution 9」を母胎としているのではないか。
自分は今、音源の編集を通じて、ある種の厄災を召還しようとしている。
バロウズは、心霊学の軍事利用についても思考している。呪いAが効かなければ、呪いBを発
動させる。呪いBも聞かなければ、呪いCを発動させる。
自分は、自分の追及者をこの手で破滅させるだろう。そのための武器は、すでに用意されてい
る。
バロウズは、自分の敵を消去する方法についても思考している。写真の中に写ったターゲット
の家を、切り抜き、焼き捨てる。こうして、ターゲットの消去された光景を、識閾下に焼き付け
る。そして、意識の上では、これを完全に忘却する。
自分は、自分の追及者をこの手で消去するだろう。そのために、やるべきことはやった。
追い詰められているのに、ふつふつと悦びが沸いてくる。これは、残忍な笑いだ。
「観念論」は、大幅な方向転換を行ない、完成に近づきつつある。当初、ヘーゲルの「精神現
象学」の真正面からの反転を行なおうとしたが、どうしても書き続けることができず、さまざまな
文学作品にさまざまな症例を見て、そこに観念の発生から、党派観念としての完成を見て、そ
れが自壊するまでを読み取る方法ならば、なんとかなりそうな気がしてきたのである。
自分の方法は、徹底的に自己を否定して、泥沼の底まで自己を沈め、それでも否定しきれな
いものから、観念を撃つということである。そのために、自らがおぞましい怪物になり、鋼鉄の
廃墟に魂を住まわせることにしたのである。
そこには、天使的なものなど、入り込む余地はない。
自分の造り上げつつあるシステムを廃滅するシステムに、天使的なものの侵入は、システム崩
壊をもたらすだろう。もうひとつの革命の可能性など、握りつぶしてしまった方がいいのだ。
自分は、純粋贈与による愛の空間、そんな甘美な誘惑など断ち切って、地獄の底を這いずり
回る方を選んだのだ。地獄の業火に焼かれる苦痛ほど、愉楽に通じるものはない。
棟方は、「観念論」のために用意した資料を、鞄の中から取り出し、広げ始めた。
それは、古新聞であり、東アジア反日武装戦線の文字があった。
笑い袋のような名前の爆弾の作り方が、そこには図入りで説明してあった。
棟方は、そこから半分だけアイデアを拝借することにした。

「棟方さん、あなたはルナールのアバルトマンに何度も足を運ぶうちに、管理人が管理室を出
て、101号室で過ごす時間帯を、把握したのです。あのアバルトマンの管理人は、朝の9:00
から、夜17:00までしか管理室におらず、しかも11:40から12:30の昼食時も不在となる。
しかも、10:00から10:30も、101号室で連続TVドラマを見るために、101号室に戻ってし
まう。あなたは今回の犯行を、すべて管理人が管理室を不在にする時間帯に行なっているの
です。11月1日、20:10ごろ、ルナールが自宅に帰宅すると、すでに306号室の中にいまし
た。ルナールと付き合っているうちに、ルナールの隙をついて、合鍵をつくったか、あるいは独
自のピツキング・ツールでも持っていたのでしょう。後の犯行を想定すると、後者の可能性が高
いと考えますが。あなたは、そこで<薔薇十字啓明会>の資料を物色中だったのでしょう。あな
たは、事前に用意していた薬物を使って、ルナールを昏睡状態にし、ルナールの鞄の中から、
拳銃を取り出し、ルナールの右手に握らせた上で、ルナールの頭の右側に銃口をあてがいな
がら、引き金を引いたのです。その際、サンレンサーがついていたことと、アパルトマンが防音
構造になっていたことで、幸い隣室には判らずに済みました。そして、自分が来た痕跡を消し
て、物入の天井の入り口から、屋根裏部屋に上がったのです。なぜ、天井裏に上がるようなこ
とをしたかといえば、ルナールの死を自殺に見せかけるためでした。」
ジベールの追求を、棟方は黙って聞いている。
「天井裏に登ったあなたは、天井裏に走っている電線を切断します。3階は、急に停電になり、
302号室の住人が電気工事技術者を呼びます。派遣されてきた電気工事技術者は、天井裏
の電線が断線していると判断し、302号室の物入の天井の入り口より登ります。闇の中の物
陰に潜んでいたあなたは、またしても薬物を使い、電気工事技術者を失神させ、今度は銃では
なく、さらに短期間で叫び声も出せなくなるような致死性の薬物で死に至らしめます。銃を使わ
なかったのは、音の問題もありますが、なによりあなたが欲しかったのは電気工事技術者の制
服だったからです。あなたは死亡した電気工事技術者から衣類を奪い、それを着ました。幸い
なことに、電気工事技術者の制服は、帽子つきでした。そして、電気工事技術者の持っていた
工具を用い、電線を繋ぎ、テープで固定しました。こうして、修理が終わったふりをして、あなた
は電気工事技術者の格好で302号室から出て行ったのです。その際、あなたは日本人である
ことがわからないように、最低限度の言葉しか発しませんでした。こうして、あなたは11月1日
中に、ルナールのアパルトマンを脱出したのです。そして、11月2日の朝に、自分で落し物を
捏造して、警察に届けたり、パリ第一大学の校内を目立つように歩き回ったのです。ルナール
のアパルトマンで、ルナールの死亡推定時刻以降に空室となったのは、11月2日の10:50、
304号室が最初でした。仮に天井裏のトリックに気づく者がいても、11月2日朝の警察署での
アリビ(現場不在証明)があなたを守ってくれるというわけです。」
さらに、ジベールは続けた。
「さて、天井裏に残った電気工事技術者の死体は、早々に片付けないと墓穴を掘ることにな
る。あなたは、11月3日以降、再度ルナールのアパルトマンの管理人室が空室になる時間帯
を狙って、3階の留守宅に侵入します。おそらく、一人住まいの304号室あたりが狙い目だっ
たでしょう。こうして、電気工事技術者の死体を運び出し、おそらくは車でパリ郊外の森に埋め
たのでしょう。」
「ほぉ、貴方はそこまで、考えたのですね。」暗い闇の中で、棟方はつぶやいた。
「貴方は、私がルナールを殺害する動機があるとでも…。」
「棟方さん、あなたはルナールの思想に、ことごとく対立していた。<赤い生>でルナールはロシ
ア・マルキシズムとは違う別な革命の可能性を模索していた。しかし、あなたは、すべての革命
は、無限のテロルと専制に行き着くとして、取り合おうとはしなかった。あなたは、ロシア・マル
キシズムに弁証法的権力を見出し、そこにテロリズムの根源を見ようとした。仮に、弁証法が
個の主張を圧殺する論理になりやすいにしても、それならなぜ反弁証法的、もしくは脱弁証法
的な別な革命の可能性を追求しようとはしないのか、とルナールなら言うでしょう。また、ルナ
ールの<現代思想研究会>は、フーコーやドゥルーズやデリダの思想を探求していたけれども、
あなたの哲学はフッサールとバタイユが核となっており、両者は厳しく対立する関係だった。さ
らに<薔薇十字啓明会>は、絶対に到達するためには、執着をなくし、どこにも拠点を置かない
ことを主張していたのに対し、あなたは絶対に到達するためなら、殺戮も辞さないタイプだっ
た。」
棟方は、なにがおかしいのか、くっくっと笑い始めた。
「貴方は、さまざまな推理を聞かせてくれたけれども、それはこのような可能性があるというだ
けで、こうであったという決め手にかけています。以前、ルナールは自殺の可能性はあるし、電
気工事技術者の失踪はルナールの死と無関係なものなのかも知れない。また、ルナールの死
が他殺としても、それは私が犯人であるとは限りません。ルナールは、その政治的・思想的・宗
教的言動で、多くの味方と同時に、敵を生みました。私はルナールの死を、体制による謀略と
考えています。」
なにを言い出したのか、ジベールには棟方の考えがよくつかめなかった。
棟方は、ルナールの死を、政治的な暗殺であるという説を展開し、ルナールの死に憤りを感じ
ているという。こうして、ジベールが仲間を疑い、査問を行なうようになったのも、すべて体制に
よる謀略であり、明日の集会ではルナール暗殺に抗議する追悼集会にしたいというのである。
いままで、<赤い生>の政治路線に、終始否定し続けた棟方が、どうしたわけか、明日の反原発
デモと集会に全面協力をしようというのである。
棟方は、いままでひたかくしにしてきたけれども、日本ではオルガナイザーとして、その筋の者
には有名な存在だったのだと語った。
そして、自分もルナールのために、アジ演説を行ないたいので、明日の集会の日程が詳しく知
りたいと言ってきた。
ジベールの演説の時間帯や、演台の位置や高さ、周りの状況に関するつっこんだ質問を、棟
方はしてきた。
なぜか、棟方は急に積極的に関与してきたのである。

棟方はなぜ<赤い生>に協力する気になったのか。自分の疑いは、誤りだったのか、ジベール
は自問した。
その日の晩は、ジベールは寝付かれなかった。
翌日、散々迷った挙句、ジベールはキャレ警部に連絡を取ることにした。
キャレ警部は体制側の人間であるという意識と、自分の反政府活動のポリシーに矛盾を感じ
ないわけではなかったが、自分の発見を黙っていることは出来なかった。
キャレ警部は、電気工事技術者の失踪事件のことは知っているといい、ジベールの推理を聞
いて、本日中にもルナールのアパルトマンの天井裏の捜査と、電気工事技術者の死体を運ぶ
ためにレンタカーを借りた形跡の有無に関する調査、電気工事技術者の死体を隠した場所(森
や川底等)の調査を開始することを約束してくれた。
その日のジベールの活動は、多忙を極めた。
ラングドッグの原子力発電所開発計画反対行動には、ルナールの事前準備の甲斐があり、内
外の反体制グループ、エコロジストグループ、市民団体など多数が集まった。ルナールの死
は、活動家の一部に伝わっており、今回の行動にルナール追悼の意味を込めて参加するもの
も多かった。ジベールは、ルナールに代わる新指導者として、これらの団体のリーダーに謝礼
を込めて、挨拶をして廻り、本日の行動に関して、再確認を行なった。
まず、午前中、原子力発電所開発地域に向けて、渦巻き状にデモを行う。この際に、渦巻き
は、徐々に原子力発電所を中心に、円周を狭めてゆく形をとる。こうすることで、原発推進派に
威圧感を与えようというのである。
次に、原子力発電所開発地域に隣接した公園にて、反対集会を開く。この際、各グループの
代表者の演説が行なわれることになっており、正確に持ち時間が決まっていた。ジベールもま
た、演説が予定されていたが、<赤い生>は一部の政治集団の幹部には知られていたとはい
え、表舞台に登場したことはなく、このときも<赤い生>の代表としてではなく、ラングドッグ原子
力発電所開発計画反対同盟代表として紹介される予定であった。
最後に、公園から放射状の方向にデモ行進を行い、散会となる。
デモと集会は、原発反対派の存在の大きさを示すことが第一にあり、おそらく警官隊の監視が
なされるであろうが、一人の逮捕者も出さないよう整然と行なうことを各グループにジベールは
申し入れた。
午前中のデモは、警官隊が現れたが、混乱を招くことなく、整然と行なわれた。
予想に反し、参加者は多く、事前の盾看板やポスターによって、反対集会には一般市民も多
数参加しているようであった。
プルトニウムの再利用と、軍事目的への転用には、不安を持っているものが少なくないことを
ジベールは感じていた。
心の中で、ルナールに向けて「姐さん、勝利だよ。勝利だよ。」とつぶやいていた。
棟方は特に不審な行動を示すことなく、午前中からジベールの左側後ろについて廻った。
ジベールは棟方の突然の飛び入り参加に、なにか釈然のしないものを感じていた。
棟方は、「黒」と断定するのは早いにしても、依然「灰色」であることには変わりない。
ジベールは、反対行動の遂行状況に気を配りながらも、棟方の行動に注意をしていた。
反対集会は、順調に進み、もうじきジベールの演説時間が近づいていた。
さまざまな色の旗や、手製の垂れ幕が続く中、人の波をかき分けながら、ジベールは演壇に登
っていった。
ジベールは、マイクをもってしゃべり始めた。
「この集会を企画したある女性指導者は、人類の将来に関して一抹の不安感を感じていまし
た。原子力発電所開発計画は、さまざまな危険性を想定し、それを回避するために、原子炉
の防護壁を幾重にもしたり、メルトダウンを避けるため冷却水を注入する仕組みなどがなされ
ています。しかし、我々はそれでも完全に危険要素を除去することができないと考えています。
ひとつには発電所設備が将来老朽化し、金属疲労などが起きてくる問題です。放射能で汚染
された空間内で、修理を行なうために、産業用ロボットなどの開発も進んでいますが、多くは下
請け会社の低賃金労働者に危険な仕事を任せることになります。また、原子力政策自体、安
全神話に支えられて遂行されているため、発電所内で起きた事故やトラブルに関する情報が
隠蔽され、さらに大きな事故に結びつく可能性があります。また、放射能を含んだ産業廃棄物
の処理方法に関しては、現在、完全な処理方法が確立されていません。せいぜい、幾重にし
た容器に入れ、さらにそれにコンクリートで包み、地底深く、あるいは海中深く沈める方法しか
ありません。そして、この方法では、放射能廃棄物が半減期を迎える前に漏れ出すのは確実
で、植物や魚がそれを摂取し、めぐりめぐって我々の食卓に廻ってくることもあり得ます。化学
汚染について、食物連鎖の関係で、ある生物を食べるものは、何匹も食べますから、体内で化
学物質が濃縮されることが指摘されています。放射性廃棄物についても、人間の食卓に廻っ
てくるときには、濃縮されて廻ってくるでしょう。この問題に対して、わが政府は、プルトニウム
の再利用を考えました。放射性廃棄物の中でも、特に致死性の高い物質ですが、これを再度
発電に使ったり、核兵器に転用しようというわけです。これは、より危険性の高い方法の選択と
いえます。こうしてみると、原子力発電所問題は、単なるエネルギー開発に関わる問題にとど
まらず、エコロジーの危機の問題であり、核兵器開発の問題でもあることがわかってきます。
私の尊敬しているある女性指導者は、将来の子供たちのために、生贄が必要なのか、と自問
しました。そして、自分を苛めながら、反原発運動にのめりこんだのです。ラングドッグでの原
子力開発計画は、ロベルト・ユンクの指摘する原子力帝国の始まりでもあります。この地域に、
原子力発電所が出来ることで、この地域は厳重な警備体制に置かれるでしょう。それは、原子
力発電所を狙うテロリスト対策の意味もありますが、反対派の一般市民を締め出し、この帝国
内で起きた問題やトラブルに関する情報を囲い込むためのものなのです。」
そのとき、パーン、パーンと拳銃を撃つ音が聴こえ、「警官が撃ってきた。」という叫び声がどこ
からか聞こえてきた。
静かだった集会会場に動揺が入り、「どこだ。どこだ。」という声とともに、「撃たれる。撃たれ
る。」という悲鳴が聞こえた。騒然とした参加者たちは、自分たちが危険にさらされると思い、慌
てて公園の外に出ようとした。そして、公園の周りを取り囲んでいた警官隊ともみ合いになっ
た。
ジベールは、信じられなかった。武器を持たないものに、警官とはいえ、いきなり発砲してくるも
のだろうか。
公園の隣のマンションの硝子が反射して、ジベールは手をかざそうとした。
そのとき、再度パーンという音がして、ジベールは胸を押さえた。ジベールは前方から撃たれ
たのだ。
ジベールが倒れると、背後にいた棟方が駆け寄った。
そして、棟方は「救急車を。救急車を、早く。」と叫んだのである。
しかし、その叫びもむなしく、銃弾はジベールの胸の大動脈を掠めており、おびただしい血を流
しながら、まもなくジベールは絶命した。

ルナールとジベールが故人となった後、ふたりの指導教官であった私は、ルナールは、家族と
離反して暮らし、ジベールのまた孤児として生まれ、苦労して大学を通う身であったこともあり、
ルナールの手帳と、ジベールの手記を入手することになった。
「天啓の骸」は、ふたりの残した手帳と手記をもとに、私が再構成したものであった。
わたしもまた、ふたりの死に関して、棟方を疑っていた。
「天啓の骸」を書かせたのは、ふたりへの想いと棟方の告発のためであった。
その後、キャレ警部を通じて、捜査状況を確認したところ、ルナールのアパルトマンの天井裏
から、電気工事技術者のものと考えられる毒物入りの吐瀉物が少量見つかったという。また、
最近つけられた足跡で電気工事技術者以外の足跡が2名発見された。このうち、一人はジベ
ールのものと判明したため、もうひとつが犯人のものと考えられた。しかし、靴の線は、大量生
産品で、どこの店でも置いてある品で、入手ルートの特定はできなかった。犯人の靴底の付着
物と、306号室からの天井裏への入り口に置かれた埃は、同一のもので、ルナールのマンシ
ョン付近の砂などが混じっており、この線でも犯人の特定には至らなかった。レンタカーの捜索
に関しては、パリの業者をしらみつぶしにあたったところ、11月3日に、偽造免許証で車を借り
た男性が1名あるとわかったが、業者は男の顔をよく見ておらず、免許証の写真は他人のも
のである可能性が高かった。この免許証の偽造の線では、最近法外な料金で、パスポートな
どの偽造を行なう闇業者がサン・ドニ街に多く、そのうちのどれかと考えられたが、特定は出来
なかったという。電気工事技術者の死体を隠した場所については、ブローニュの森などが調べ
られたが、いまのところ発見されてはいない。錘をつけて、セーヌ川に落とした可能性すらあ
り、ある程度隠し場所の目星がついていないと、捜索は難航しそうであった。注目すべきこと
は、306号室と304号室のドアの鍵を、解体して中を調べると、シリンダーに無数の傷がつい
ており、針金状のもので引っ掛けて、鍵の開け閉めを行なったことが推定できるという。
また、ジベールが死に至った政治集会の場では、実際に銃弾が発射されたのは、ジベールに
貫通したライフル銃だけで、警官隊が発射した事実もなければ、発射された痕跡もなかったと
いう。キャレ警部は、最初の二発の銃声や悲鳴などは、おそらくどこかに仕掛けられた録音テ
ープを流したのではないかという。つまり、会場を混沌に陥れるための悪戯である、という。は
たして、ジベールに向けられた銃弾は、どこから発射されたのか。最大の容疑者である棟方
は、犯行がなされたとき、ジベールの背後におり、前からジベールを撃つことはできないはずで
ある。キャレ警部もまた、その点を疑問に思っていた。キャレ警部は、棟方に共犯者がいるの
ではないかと推測し、その線を当たっているといった。
私は、ジベールが絶命した集会会場にいってみた。そして、そのままになっていた演壇の上に
立ってみた。ジベールの胸を貫通するには、どの方向から撃てばいいのか。
私は公園の隣のマンションにいってみた。管理人にきいて、公園側に空室がないか、尋ねてみ
た。
3階にひとつだけ空室があった。管理人に頼み込み、その部屋を見学させてもらった。窓を開
けると、公園が見えた。演壇の位置は、その窓から近く感じられた。窓枠を良く見ると、下の方
にへこみが見つかった。これは、以前からあったものか、と管理人は知らないといい、以前住
んでいたものがつけた傷かも知れないと答えた。
私は、窓と反対側の壁のやや上の方に、緑のピンが打ち付けられているのを発見した。これ
についても、管理人は知らない、といった。
私は、この発見をキャレ警部に知らせることにした。おそらく、この部屋の入り口の鍵について
も、中を解体すると無数の引っかき傷が見つかるはずである。
私の推理はこうだ。
窓枠の傷は、ライフルの銃身がずれないように固定するためのものだ。ライフルの引き金に
は、紐をくくりつけるが、引き金から外れないようにするために、紐はやや上から引っ張る必要
がある。緑のピンを支点にして紐は、モーターにくくりつけ、電流が流れるとモーターが回転し、
紐を巻き取るようにする。モーターは、時間がきたら流れるように、時計をタイマー代わりにす
る。
しかし、犯行方法が判明しても、犯人の特定には至らない。棟方は「灰色」で留まるのだ。
棟方が殺害したと疑われる人物は三人いる。
第一は、ルナールであり、生きていれば、あり得たかも知れない、テロリズムに帰結しない、も
うひとつの革命の可能性である。
第二は、電気工事技術者であり、ルナールが生きていれば、死なずにすんだかもしれない、名
前すら知らない一般人である。
第三は、ジベールであり、生きていれば、生前解脱者として、超越的なものを志向するものにと
っては指針となりえたかも知れない存在である。
この三人の死は、とてつもなく大きい。

その後、事件から二十年近い年月が流れた。
キャレ警部の必死の調査にも関わらず、棟方を犯人とする決定的な証拠は発見されず、棟方
はのうのうと生きている。
「観念論」を書いていた棟方は、あの事件のあと推理小説の書き手となり、ほとぼりが過ぎた
のか日本に帰っていった。
私は、彼が推理小説作家になったのは、少なからずあの事件の影響を蒙っていると思う。
棟方は、最初の推理小説「暗い天使」で、スタンダールが『赤と黒』で取り上げたルナールでは
ないもうひとりの名前の人物を登場させた。ルナールが語ったのは、もうひとつの革命の可能
性であったが、棟方の「暗い天使」では、ただひとつの革命の不可能性が語られた。
そして、もうひとつの革命の可能性の否定によって、革命によらずして死に至るしかない無名
の人々の存在に関して、主人公に「すべてよし」というセリフを言わしめたのである。
第三作目の推理小説「両性具有殺人事件」で、棟方はジベールによく似た名前の男を、生前
解脱者として登場させるが、一言もしゃべらないうちに、作中で殺してしまうのである。
ようするに、棟方には生前離脱者というものが理解不能であるために、生きた生前離脱者を
描くことが出来ないのである。
棟方は、「両性具有殺人事件」を発表後、「観念論批判」という哲学書を発表する。これは、パ
リ在住時代の「観念論」が結実したものである。これにより、棟方は<マルクス葬送派>とされ、
思想界に認知されるに至るのである。
しかし、その時代は日本でのポストモダニズム全盛期であった。
棟方の年月をかけた「観念論批判」は、根暗のパラノとして一笑にされるのである。
棟方はマルクス主義批判を現象学に依拠していたのに対し、ポストモダニストは現象学の基盤
を脱構築しようとしていたのである。また、棟方はバタイユを「弁証法を廃滅する反弁証法」で
ある評価したのに対し、ポストモダニストは「構造とその外部の弁証法」として否定評価したの
である。
小馬鹿にされたと判断した棟方は、ポストモダニスト葬送宣言を行い、「<遊戯>というシステム」
を発表する。その本は、街はデリダの口真似で、<遊戯>せねばならないという声で満ち溢れて
いるが、それは強制的なシステムにすぎず、本当の<遊戯>はそういうシステムを罵倒すること
にあるという主張をするものであった。
これにより、棟方は思想界で完全に孤立することになる。
棟方は、ポストモダニストの言説に、自分が殺したルナールとジベールの亡霊を感じていたの
かも知れない。
なぜなら、ポストモダニストたちは、まるで示し合わせたように「天使的交換」や「天使的生成変
化」といった言葉を多用し、「エンジェリック・カンヴァセーション」や「ベルリン・天使の詩」といっ
た映画を好んだからである。つまり、ポストモダニストの理論の核心には、天使の持つ中間性
の知性という問題があったのである。
棟方はしばらく「吸血鬼戦争」といったSF伝奇小説を書く。このシリーズが世間的に最も成功し
た作品といえる。
そして、数年後、「吸血鬼戦争」の愛読者だった者が、カルト宗教にはまり、新たなテロリズム
に道を開くことになる。
棟方は再度、新本格派、もしくは推理小説の第三の波の先駆者にして、理論家というポジショ
ンで推理小説の世界に舞い戻った。
そして、子供の頃からの夢であった人々の精神的指導者になる夢を、ミステリー業界で達成し
ようと考えたのである。この夢は、当初思想界でなされる予定であった。一時期のサルトリがそ
うであったように、思想界を自分の言説で圧倒したいと考えていた。しかし、あのポストモダニ
ストたちに、その夢は阻まれてしまった。
幸い、棟方の眼からすると、ミステリー評論の世界は、思想業界より支配がたやすいように思
われた。
新左翼時代から練り上げた自分の文体ならば、赤子の首をひねるように、たやすく制圧できた
のである。
こうして、棟方は推理小説研究会の精神指導者の地位を得ることが出来たのである。
しかし、天藤尚巳のウロボロスシリーズとは、あのときのポストモダニストの言説になんと似て
いることか、と棟方は考える。
あのときのポストモダニストは脱構築を唱え、スキゾを称揚したのに対し、天藤のウロボロスは
探偵小説の脱コードを唱え、これまたスキゾを称揚した。
しかも、天藤は自分の批評をのらりくらりとかわすだけで、あまり気にしていないようなのであ
る。
そして、最近は自分の理解の範疇を超えた脱コード派の新人推理小説作家が、講壇社ノベル
スを中心にどんどん輩出されてきている。
小馬鹿にされたと判断した棟方は、メタフィクション葬送宣言を行い、「天啓」シリーズを発表す
る。その本は、街は天藤の口真似で、<面白ければ大丈夫>という声で満ち溢れているが、そ
れは大文字の作者を延命させるシステムにすぎず、本当の<文学>はそういう大文字の作者を
消去することにあるという主張をするものであった。

私はルナールとジベールのために、二種類の小説を書いた。
一種類は「天啓の骸」といい、もう一種類は「ウロボロス IV」という名前の小説であった。
そして、棟方を葬送するために、ひそかに日本に帰国した。
私は、棟方が主催する推理小説推奨賞に、「ウロボロス IV」を天藤尚己の名前で応募した。
「ウロボロスIV」は、天藤尚巳とそっくりの文体・内容の小説であり、「天啓の骸」以上に完璧な
作品である。人は、天藤尚己のことを、天藤尚巳と錯誤するに間違いない。
これは、推理小説推奨賞の第一次審査を、最有力候補として突破するための戦略であった。
あの天藤尚巳が書いたとおぼしき小説を、第一次審査で落とす者はいないであろう。
最終審査では、棟方自身のチェックが入る。
私は、代理人を使い、最終審査の前に、審査委員に渡された「ウロボロスIV」の原稿とコピー
を、最終審査前に、加筆・修正をしたいと称し、完全回収して廻った。
それは棟方の「天啓」第一作のエピソードを髣髴させるやり方であった。
次に、「天啓の骸」のコピーを審査員の人数分作成し、「ウロボロス IV」最終原稿在中と封筒
に朱書きして、棟方宛の宅配伝票を貼り付け、コンビニエンスストアから出した。
それと同時に、全審査委員に「ウロボロス IV」の最終原稿は、すべて棟方冬紀氏に送付した
ので、棟方氏から受け取っていただきたい旨を、葉書に書いて投函した。
棟方には、ふたつの選択が残されている。
前者は「天啓の骸」の原稿コピーを、審査委員に渡すことである。これは、棟方自身の社会的
な死を意味する。
後者は「天啓の骸」を闇に葬ることである。これは「ウロボロス IV」が傑作との評判が高かった
だけに、作品の消失によりミステリー史上の幻の作品との評価を確定的にするであろう。そし
て、天藤尚巳ではない、天藤尚己という大文字の作者を消すということに、棟方自身が貢献し
てしまうことになるだろう。そして、後者の選択をしても、棟方の社会的信用は失墜することは
確実である。
いずれにせよ、証拠のない犯罪の告発として、所期目的を達成することになる。




(注)本小説は、竹本健治ファンによる創作専用掲示板「破壊者の幻想譜」に、黒樹龍思名義
で初回掲載された作品です。本小説の著作権は、原田忠男にあります。本小説の無断複写(コ
ピー)・複製・転載は、著作権法上の例外を除き、禁止されています。




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