Barrozo Nettoについて

 Joaquim Antonio Barrozo Netto(ジョアキン・アントニオ・バホッゾ・ネット、BarrozoはBarrosoと、NettoはNetoと綴られることもある)は1881年1月30日にリオデジャネイロに生まれた。幼児期よりピアノを習った彼は、国立音楽学校 (Instituto Nacional de Música) に進学し、後の1906年には同校のピアノ科教授となった。ヨーロッパを訪れて、当地の音楽教育を調査したことがあるとのこと。

 バホッゾ・ネットはピアニストとしての活動は勿論、ピアノトリオも活発に演奏した。また合唱に興味深かったようで、1936年に「バホッゾ・ネット合唱団」を結成している。ピアノ教育者としても当時は有名で、彼が校訂したツェルニー練習曲の楽譜は今でもブラジルで広く使われている。

 1941年11月1日にリオデジャネイロで亡くなった。

 バホッゾ・ネットは歌曲や合唱曲も作ったが、彼の作品の中心はピアノ曲である。楽譜を見るとそれぞれの曲の難易度が記されており、指使いも丁寧に書かれていて教育者らしい楽譜だ。作風はヨーロッパロマン派風の作品が多いが、"Chôro"とか"Minha terra"のような親しみやすいブラジル風味満点のピアノ曲もあり興味深いです。

 

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