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ぼちぼちやっております。 おひまな方はごゆるりと。

2004年7月30日 (金) サヨナラは三回
 先週行った、かげやままきさんの個展に、かげやまさんの「母校訪問日記」が置かれていた。なんでも、かげやまさんの通った小学校は、生徒数減少のため今年度でなくなってしまうそうだ。実はぼくも数年前、母校の小学校が今は各学年1クラスしかないと聞いて驚いたことがあったので(昔は3クラス)、それを話すと、東京でもそうですか、と言われた。少子化はまあ、どこも基本的には同じなんだろう。

 さて、そんな会話があったせいだと思う、小学生時代のことを一つ思い出した。どうでもいいことだし、すっかり忘れていたのだが、なぜか思い出した。
 同級生にAさんという女の子がいた。背の高い大人びた子で、映画やアニメに詳しかった。ある日、Aさんに訊かれた。「日曜洋画劇場の淀川さんのサヨナラサヨナラがなぜ3回なのか知ってる?」もちろんこの通りではなく、こんなような内容のことを訊かれたのだ。知らなかったから、そう答えると教えてくれた。「前は適当だったんだけど、回数で賭けをする人がいたから、3回に決めたんだって」
 当時は、へえそういうものかと思ったのだろう。いろいろ物知りな女の子だったから。でも今考えると…ちょっと怪しい気もする。そんなものでいったい誰が何を賭けるんだ?

 Google検索してみた。意外なサイトの書評コーナーが引っかかってきた。ネット時代はすごいな。おおむね事実らしいものがわかってしまった。『徹子と淀川おじさん』という本があり、これは淀川長治が「徹子の部屋」に出演した13回の会話をまとめたものなのだが、その一部として問題のエピソードが紹介されている。小学生か中学生から電話があり、友達と賭けをしているからサヨナラの回数を教えてほしいと言われ、ギャンブルになってはいけないから以後3回に決めた――という話。電話を受けたのが淀川さん本人か、テレビ局のスタッフかは、この書評からはわからない。本を読めばたぶんわかるのだろう。
 なるほど、小中学生か。それなら納得できる。Aさんは「徹子の部屋」を見てたわけだな。でも待てよ。徹子の部屋って平日の昼間じゃなかったっけ? そういやAさん、学校サボってたような気もする。ん……あやふやな記憶でこれ以上書くのはやめとこう。

2004年7月27日 (火) ウシに乗って行きましょう。
 お勧め絵本を更新。
『ウシバス』 スズキコージ・作 あかね書房
 わけわからないけど、面白い。ヘンテコ絵本好きにはこたえられない一冊。

2004年7月25日 (日) ボローニャ国際絵本原画展
 イヌのようにハアハアと口をあけて息をしながら、東上線下赤塚駅から20分ほど歩く。板橋区立美術館のボローニャ展はいつもこうだ。夏真っ盛り、逃げ場のない暑さの中で行われる。
 毎年人ごみを避けイベントのない平日に行っているのだが、今回はわけあって日曜日になった。それでもさして混んでいなかったのは、嬉しいような、寂しいような…。やはり交通不便なせいか(一応、東上線成増・三田線高島平両駅からのバスもある。ただし1時間に2本)。
 62ヵ国・2721人からの応募があり、23カ国・100人の作品が選ばれている。日本からは543人が応募して16人が入選、この数字は年々増加傾向らしい。
 100人の作品(一人5枚ずつ)を見るのはけっこう体力がいるものだ。三つに分かれた展示スペースをさっとまわった後、はじめに戻りじっくり見ていくが、後半はどうしてもバテてくる。集中力が落ちていくのがわかる。本当は階下のカフェ・ボローニャ(会期中のみ開店の仮設カフェ)で一休みし、それから後半戦に突入するのが正解かもしれない。そのためには、出口でチケットにスタンプをもらえば、再入場できるようになっている。
 絵本原画展といっても5枚だけの展示だから絵本としての全体像がはっきり感じ取れる作品は少ない。その中で、一目でどういう絵本かわかり、しかも面白いなと感じたのが、しまだはるおさんの「ぼくのオシッコ」。奇抜な発想なのに誰にでもわかるし、オシッコという題材をオシャレでカワイイものにしてしまう画風の選択もピタッとはまっている。全画面そろって本になったものを見てみたい。いずれ見られそうな気がする。
 日本人の方では今井彩乃さんの「白昼夢」も好みの絵だった。ポストカードを買ってきた。ボローニャ展のポストカードは一枚50円ときわめて安いので、買わないと損ですよ、みなさん。
 そうそう、会場で絵本作家のHさんとばったり会った。しばし立ち話、情報交換など。
 エアコンのきいた館内から再び太陽様が君臨する外界へ。ハアハアと熱い息を吐きながら駅へと向かう。ま、板橋のボローニャ展はこういうものなのだ。文句は言わない。

 8/15まで 9:30〜17:00(月曜休館) 一般500円 

2004年7月23日 (金) バケツ1れつつうか中
 汗でべたべたしてくると水のシャワーを浴びてすっきりする。ただこの方法は昼ごろは使えない。うちのマンションは屋上に給水タンクがあるせいか、夏の晴れた日にはお湯としか思えない水が出るのだ。まことに嬉しくない。
 驚くほど安いガス料金のお知らせが入っていて得した気分だが、電気料金のお知らせは見るのが怖い。

 新中野のギャラリー無寸草(むすんそう)で、「バケツ1れつつうか中」−かげやままき くじら村絵本原画展−。
 無寸草には去年あるグループ展で行ったことがあるが、そのときとはがらりと雰囲気が変わって、別の空間みたいだった。間取りや広さまで記憶にあるものと違う気がする。ギャラリーというのは展示次第で化けるものだ。
 かげやまさんは最近『ジーくんとバケツたんけんたい』(岩崎書店)という絵本を出版されたばかりで、その原画を中心に新旧の大きな絵、くじら村イメージビデオなどが展示されていた。目を引かれたのはなんといっても大きな絵。独特の空気感、奇妙なイマジネーション、かなりすごかった。絵本の絵もいいのだが、あれを見てしまうと見劣りする。単に大きさの違いではないだろう。かげやまさんはこんな風におっしゃっていた。「一枚の絵のときは描きながら考えていく感じだけれど、絵本のときは各場面をしっかり決めてから描き始める」
 どうなんだろう。絵本だって、描きながら考えていく作り方もあるのではないか。「ジーくん」はカメラがずーっと横に移動していくような構成だから、各場面の構図に制約があったろうけれど、話が違えば構成も違ってくる。もっと自由に描いて、それが絵本になったなら、さらに魅力的なのではないか。そういうものが見てみたい。
 中野区本町6-13-10 ギャラリー無寸草 7/28まで。

2004年7月22日 (木) 日記
 理由はわかったようなわからないような感じだが、ちょっといじったら直った。よかった。
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2004年7月22日 (木) テスト
最新の日記が表示されなくなっている。プロバイダー側の問題だと思うが原因不明。新しい書き込みは有効だろうか、試しに。

2004年7月20日 (火) 人間って39度でも死なないんだな。
 39度。本当か? 気象庁、コワレてるんじゃないのか? 東京で39度を体験するとは思わなかった。長生きはしてみるものだ。
 エアコンのきいた部屋でミセスロビンソンを聴いてトロピカルカクテルでも飲んでればいいのに、何の因果か打合せ。やはり日本人も2ヶ月は夏のバカンスをとるべきだろう。覚えたばかりの武井武雄の言葉を借りる。「人間は兎に角 一服しなくてはならないのだ」
 打合せは順調でよかった。まだ先はあるけれど山は越えた感じ。太陽くんに首筋を炙られながら出かけたかいがあったというものだ。

 昨日の続きの中央線の旅。
 上諏訪の北澤美術館では「光の巨匠 ガレとその時代」というのをやっていた。エミール・ガレ没後100周年記念展だとか。ガラス工芸に関しては全く無知だが、素材自体の強さがあるとは感じる。透明であるということは石や木、粘土などとは決定的な違いだろう。ある意味、簡単に美しいものを作り出せるような気がする。もちろんその中でさらに高いものを目指す困難は他の道と変わらないのだろうけれど。抽象的なものでなく、昆虫や植物など具体的なモチーフが多かったのが印象に残った。
 小淵沢駅から車で5分、八ヶ岳の南のふもとにあるのが、くんぺい童話館。絵本作家・童話作家の東君平さんの個人美術館だ。1986年に若くして亡くなられているが、そのシンプルであたたかい作品のファンは今なお多い。童話館も作風そのままに、虚飾のない素朴なふんいきで、ついつい長居したくなる。切り絵、絵本、小物、そして君平さんの写真に囲まれていると、嬉しいとともに胸が痛むような感じがあるのは、ぼくだけではないだろう。
 帰りは30分、山道を歩いて下った。もう夕方、心地よい風が吹いていた。

2004年7月19日 (月) 中央線の旅
 週末、猛暑にもひるまず(でもヨロヨロになりながら)、長野・山梨に行ってきた。甲府盆地は東京よりさらに暑いとの噂だったが、このレベルになると、どちらが暑いかなどわからない。どちらも暑いとしか言いようがない。まあ幸いだったのは、わりあい曇りがちだったことだろう。
 岡谷のイルフ童画館で「元永定正・中辻悦子 ふたり展」を見た。「あるひそらからさんかくが」の原画は以前にも見ているが、額に入って広い展示室に並んでいると、少し違った感じがする。中辻さんは他に2作、自分で文も書いた「これ め」と、谷川俊太郎さんが文を書いた「よるのようちえん」を出展されていて、見比べてみると、それぞれ似ているようで似ていない。組む作家によって絵の世界が変わってくる、それが共作絵本の面白いところだろう。
 元永さんは絵本原画の他に大型のタブローも出展されていた。絵本同様に明快な色と形が現われているが、一部混沌とした要素が入ってくるところがある。誰に向かって描いているかによる違いなのか? もっと多くに触れてみないことにはわかりそうにない。
 イルフ童画館の「イルフ」は「ふるい」を反対にした造語だそうで、造ったのは岡谷出身の童画家、武井武雄(1894〜1983)。当然、この人の作品がメインに収蔵・展示されている。実に多彩な芸術家だったようだが、なんといっても惹かれたのは「刊本作品」。絵と文だけでなく、造本のための技法や素材まで武井本人が選び抜き、番号・署名入り300部限定で作られたという。作家にとっても読者にとっても贅沢きわまる話だ。そのような作品が139作もあるというが、展示されているのはごく一部、しかもケースの中。これはなんとかならないものか。本は手にとって、めくってみられて、なんぼのものだろう。破損が怖いならレプリカを作ればいい。駅からの道に童画館通りがあるなど、岡谷市はずいぶん力を入れているようだから、それくらいのことはできそうなものだ。今後に期待したい。
 日記にしてはやたら長くなりそうなので、ここまで。気が向いたらまた明日。

2004年7月16日 (金) 在宅労働者の敵
 自宅で仕事をする者にとってセールスの電話ほど迷惑なものはそうない。今の部屋に越してから極力個人情報を流出させないようにしてきたので(何かの会員にならない、プレゼント等に応募しない、店屋物をとらない)、かなり助かっているが、それでもたまにはかかってくる。
 今日のは「奥様いらっしゃいますか?」というパターンだった。男は買わないような物を売っているのだろう。いません、とか、出てます、とか言っても面白くないから声を低め、「もう三日も帰らないんです…」。
 仕事の邪魔されるだけじゃなんだから、遊ばせてもらわないとね。

 業者の間には年齢・家族構成つきの名簿も出回っているそうで、以前実家にいたころ多かったが今まったくないのが墓地の宣伝。まあ、これは断りやすい。「もう用意してあります」といえばそれまで。「もうひとついかがですか?」と粘った猛者はさすがにいなかった。不動産や金融商品に比べるとタチのいい電話セールスといえるだろう。

2004年7月14日 (水) 今そこにあるほこり。
 気象庁は梅雨明けだと言うけれど、誰もがこう思っているに違いない。「何をいまさら…」
 しばらくばたばたしていて部屋が散らかっていたので、大掃除というほどではないが普段よりは少していねいな掃除をする。ベッドの下、冷蔵庫のうしろ、蛍光灯のかさ。はて、ほこりっていったい何物なんだろう? どこから来てどこへ行くのか? まあ、掃除機のゴミパックへ行くのだが、何から生じているのかはそんなに明らかではない。布団とか服とか、繊維の製品がなければ、ほこりは出ないのだろうか。そうであるような気もするしそうでないような気もする。屋外でほこりがたまらないのは風があるからだろう。空気中には目に見えないくらい微小な物質がたくさんあって、風のない場所ではそれが少しずつ少しずつ降り積もっていく。
 今そこにあるほこり。わかっているのは、考えている間に手を動かした方がいい、ということだ。かしこい人はそうしている。

2004年7月10日 (土) 体をしぼって、シャツもしぼる。
 山行きの前に運動不足を解消しようとジョギングなど始める。昼は暑いので、夜専門だ。うちの近所はかなりアップダウンの激しい地形なので都合がいい。
 それにしてもよく汗をかくこと。大げさでなくシャツが絞れる。おかげでそのあとのシャワーは極楽。

 おまけコーナーを更新。「ドーナツのあな」
 リンクに1件追加。「ピンクカモノハシちょろぴの日記」

 ご覧ください。

2004年7月8日 (木) 出火吐暴威
 某映画館で「ジギー・スターダスト」を観た。1973年、デヴィッド・ボウイのライブフィルム。始まってすぐ気がついた。どうも見覚えがある。いつどこで観たんだろう? 思い出せない。おそらく十年以上前だろう。
 さて、「出火吐暴威」とは何か。ある曲でボウイが身につけたマントにデカデカと書かれていたのがこの五文字。気になるではないか。物好きだから検索してみた。77件ヒット。山本寛斎デザインだそうな。熱心なファンには知られたもののようだが、賛否は両論。まあ、そうだろうね。インパクトがあるのは間違いないけど…。

2004年7月7日 (水) ながへびの渡せる橋
 昼間は晴れていたけれど、夜は曇ってしまったようだ。かささぎの上なんか歩くのは頼りなくて心配だろう。その点、ながへびの背中なら安心。幅も広くしっかりしている。一年ぶりの逢瀬に気がそぞろでも、足を踏み外したりはするまい。

 というわけで、トップの画像を『ながいながいへびのはなし』に変更。
 こじつけにも程があるよな。

2004年7月5日 (月) 最後の(?)ヤマ場
 打合せ。ずいぶん話し合いを重ねているが、まだ一致しない点がある。本になってしまってから後悔しても遅いので、中途半端に妥協はできない。複数の人間が一つのものを作るというのは大変なことだ。

2004年7月1日 (木) ある一冊の本が生まれるまで。
 御茶ノ水の美篶堂(みすずどう)ギャラリーで、吉田稔美「つづきのねこ」出版展。いわゆる原画展ではなく、本づくりの過程を見せる展示。一冊の本を仕上げるまでに紆余曲折あるのは珍しいことではないが、普通それを知るのは直接制作に関わった者だけだ。出来上がったものがすべて、途中の苦労など知ってもらいたくないという考え方もある。しかしこの著者はそう考えなかった。少なくとも、この作品においてはプロセスを語ることに意味があると考えたのだ。
「つづきのねこ」は初め私家版として世に出た。それが思わぬ人の縁から講談社での制作が決まり、3年の月日をかけ出版されるまでを、編集者とのやりとり、5冊に及ぶ試作本、校正や色校までそろえて公開している。いずれも手にとって見ることが可能だ。こんな展示が今まであっただろうか。作家であっても他の人がどんな風に作っているかなど知る機会はあまりない。興味深く見せてもらった。
 ちなみに「つづきのねこ」とは、生まれ変わり、帰ってきた猫のこと。

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