私とカブ・クワとの歴史 

 カブトムシとの出会い(小1小2) 

 あれは,小学校1・2年の頃だったと思う。1歳上の兄に連れられ,近所の子たちともいっしょ
に数名で自宅から3〜4km離れた雑木林にカブトムシを採りにいったのが,わが人生最初の
カブクワ採集だった。

 自宅から3〜4kmというと,あの頃の自分にとってすごく遠い場所で,不安をかかえながら兄
についていった。移動手段は覚えていないが,兄の自転車に2人乗りで行ったと思う。その雑
木林は「カブト山」と言われていて,小学生の間にはけっこう有名な場所だった。

 昼間に行ったので,カブトムシは捕まえることができず,いっぱいいたカナブンを数匹捕まえて
さびしく虫カゴに入れた覚えがある。夕方,帰ろうとして道路に出てみると,地元の小学生が数
名やってきていて,兄たちと情報交換を始めた。「全然とれなかったよ」などと言っていたのだろ
うか。そのとき,地元の子の1人が林のほうを見て「あっ!シッカーだ」と叫んだ。シッカ
ーとは「鹿」のことで,つまり鹿のような角をもつカブトムシ♂のことであるようだ。その子たちの
呼び方なのだろう。夕方になって,木を登りだしたカブトをめざとく見つけたようだ。
 次に「ブーキーもいる!」という声も聞こえた。ブーキーとは「ぶた」のことで,カブト♀
のことである。われわれもカブト♀のことをブタカブトなどと,立派な角のある♂に対してややさげ
ずんだ言い方をしていた。

 その声を合図に,地元の子たちは林に入り,木に登り,どんどん捕まえて,たちまちカブト10数
匹をわれわれの前に差し出した。「あげるよ」と何匹かくれたので,自分は♀を1匹もらった
と思う。

 以上,もう40年近く前の話で,細かいところは思い出せずフィクションの部分も多少ある。
しかし,小学校低学年の頃のことで,これだけ鮮明に時系列で覚えている出来事はない。
 
←当時はこの道の東側(画像では
  右側)に「カブト山」があった。
  道路西側にも小さな木があった
  ような気がする。その木が大きく
  なったのだろうか。(写真左)
   【2006年12月現在,この
     木は伐採されています】
 
    かつてのカブト山は,今は→

   工場。当時の面影はゼロ。


 カブ・クワ採集に目覚めた頃(小5〜6)
 

 初めてのカブト採集から数年はご無沙汰していたが,小学校5年の夏,友人のN君に誘われ
カブクワ採集に行くようになった。「カブト山」にも行ったし,他の有名な場所(地元の小学生には)
にも行ったし,2人で新しい場所の開拓もした。
 学校が終わってから夕方までの行動なので,成果は多くはなかったが楽しい日々であった。
1人で行ったこともあった。自分で飼育容器を作り,何匹か飼ったこともあった。材料は,板と金網
で,今思えば稚拙な飼育箱だった。
 クワガタはなかなか捕れず,いてもコクワばかりだったので,あの頃はカブトのほうが魅力だった。

 こんなことがあった。新しい場所を開拓し,いそうな木を蹴っ飛ばしてみた。今まで見たことがな
いクワガタが落ちてきて,2人でビックリした。もしかしたら新種かもしれないね,などと大発見した
かのような会話もした。あとで調べたら,ノコギリクワガタの原歯型ということがわかり,
ちょっとがっかりしたが。

 こんなこともあった。夏休みの朝,N君から電話があった。「ちょっと見に来ないか。クワガタだ
よ,でかいよ」というような内容だったと思う。
 さっそく見に行くと,なんとオオクワガタだった。どうしたんだと聞くと,N君のお兄さんが捕
まえたということだった。
  「前日の夜,帰宅途中に街灯の下で何やら黒いものが落ちている。近づいてみると,大きな
   クワガタだった。ゲゲっと思ってすぐ帰ろうと思った。(彼のお兄さんはクワカブ類は大嫌い)
   しかし,弟が喜ぶと思って,決死の覚悟で近くにあった棒きれなどを使って,なんとか持ち
   帰った」
 こんな内容を聞かされた。なんて弟想いのお兄さんなんだろう。それにしても,あの頃は,この
ように,ごく普通の住宅地に近い平地にもオオクワはいたんだ。

 小学校5年か6年の夏休み,家族旅行で富士山方面に行ったときだった。白糸の滝の売店で
ノコギリクワガタを売っていた。磐田市内では捕まえたことのない大歯型ノコだったので,「かっこ
いいなあ」と思い,買ってしまった。クワガタを購入するというのは,後にも先にもこの時
だけである。


 父との想い出

 小学校6年の夏だったか,父が免許をとって車を買った。マツダキャロルという小さな車だった
が,私の家にもいよいよ3C(Cooler,Car,ColorTV)がそろった。ある日,父親の用事につきあっ
て,車に乗り,ついでに「カブト山」に行ってもらった。真っ昼間ながら,カブト♂を1匹捕まえたの
を覚えている。自分1人で林に入って,父は車で待っていた。私のカブクワ歴で,父親が登場す
るのはこのときだけである。

 そういえば,父とセミ捕りをしたことが1回だけあった。木の低いところにいるニイニイゼミしか
捕れなくて,高いところにいるクマゼミを捕ってほしいと頼んだわけである。セミ捕りはあきるほど
行ったが,父といっしょというのはこの1回だけであった。

 あの頃の父は,30代後半から40代前半で,虫にはほとんど興味を示さなかったようだ。だから
といって,こんな父親が不満だったなんてことは決してなかった。虫捕りは子どもの遊びで,大人が
関わるものではないと子供心に思っていたからである。夏休みに,朝からセミ捕りに行こうとすると,
母親には「また行くの?勉強やったの?」などと注意されたものだが,父親にはそういうことで注意
されることはなかった。


 中1〜高3・浪人時代

 この時期は,カブクワ熱もやや冷めてきた。中学1年のころは,何回か行ったが,それ以降はほ
とんど採集には行っていない。高3の夏に,N君と行ったことが1回だけあった。成果は特になかっ
た。そういえば,中1の時は磐田市北部ではなく,東部の安久路地区へよく行った。川沿いにコナ
ラがポツポツと立っていて,昼間からコクワが活動していた。あの頃,夜に行ったらどんなに捕れ
ただろう。今はこの地域は,ヤマハ発動機の工場やジュビロ磐田の本拠地のサッカー場,大きな
ショッピングセンター,住宅などが建ち並び,当時の面影はまったくない。
 
 セミ捕りは,中3の夏まで毎年飽きもせずに行った。セミは身近にいるし,確実に捕れるからおも
しろかった。毎日,クマゼミやアブラゼミを10匹も20匹もとって何がおもしろいのか,と今では思い
出すと苦笑する。


 大学時代

 私は「山梨大学」に4年間在籍した。甲府に下宿して,サークル活動に精を出した日々だった。
同じ学科に韮崎出身の学生がいて(正確には双葉町),何度か彼の自宅へ遊びに行ったことが
あった。1度だけ,カブト・クワガタのとれる場所はないか,と案内してもらって近所の雑木林へ出
かけたことがあった。下草もよく刈られた理想的な雑木林だった。至る所で樹液が出ている
クヌギがあった。昼間だったので,カブト♂とノコギリクワガタ♂を1匹ずつ捕まえただけだったが,
野生のノコ(大歯)を捕まえるのは初めてだったので,ちょっと興奮した。両方,下宿へ持ち帰り,
そのまま放し飼い!?にしていたら,いつのまにかどっかへいってしまった。(そりゃそうだ・・・・)
 あの頃の自分のカブクワに対する思いはその程度だったのである。

 しかし,今思えばもったいないことしたなあと悔やむ。時間はいくらでもあったし,なんといっても
山梨県に住んでいたのである。オオクワガタの一大産地であり,クヌギ林も豊富にあり,今ほど
採集者もいなかっただろうし・・・・・マージャンやパチンコに費やした膨大な時間の10分の1でも
採集に使っていれば・・・・まあ人生なんてそんなもんだろうが。


 就職後〜子どもができるまで

 昭和59年夏,職場近くで地元の子供に案内してもらってカブクワ捕りに行ったことがあった。
その子はポイントにつくとスルスルと木を登ってノコ♂とカブト♂を1匹ずつ捕ってきた。へー,
こんな真っ昼間に,しかも海に近いこんな場所にいるんだなあと感心した。2006年夏,その場
所に行ってみたが,その木は発見できなかった。ただ,その近くにノコのポイントがあった。

 昭和61年夏,友人から「先輩が天竜川にカブトムシを捕りに行くけど見に行かないか?」と
誘われた。その友人とは一緒に釣りに浜名湖や前浜・天竜川などへよく行った。夜,その友人
についていくと確かに河川敷の木でカブトを捕っている人がいたし,実際カブトがいた。カブ
クワは雑木林にいるものだと思っていたので,不思議な感じがした。オーこんなところにもいる
んだなあ!と感心したが,昭和59年から昭和63年頃までは釣りにのめり込んだ時期だったの
で,特にそれからの進展はなし。その場所は今では木が切られ,公園のようになっている。

 平成元年の夏,仕事で静岡県春野町の山の中にある集団宿泊施設「山の村」という所に
行く機会があった。宿泊棟で夕食を作っていると,ブーンというすごい羽音をたてて虫が飛んで
きた。うわっゴキブリだ!と思ってよく見ると,ミヤマクワガタだ。図鑑でしか
見たことのないあこがれのクワガタを目の前にしてしばし感動した。なんてかっこいいんだろう。
体長は測っていないが,たぶん65mm前後のなかなか立派な♂だった。その夜,オレも捕った
ぜと見せてくれたのは自分が捕ったのよりひとまわり大きかった。軽く70mmは越えていたよう
に思う。自分が捕ったのは持ち帰ったが,自分では飼わずにそのころ幼稚園児の甥にあげた。

 翌年から3年間,縁あってこの春野町に住むことになった。あのミヤマの勇姿が忘れられず,
夏はカブ・クワ採集に熱中した。地元の子に案内してもらって,カブトをウジャウジャ採って全部
自宅に持ち帰ったこともあった。

 1991年8月8日(木)の夕方のことだった。地元の中学生に案内されて,沢沿いのクワガタ
の集まる木というところに連れていってもらった。暑い日差しがようやく傾いた午後5時すぎ,
 「この木です」
と言われて見た木は、ん?この木?と思うような木で,クヌギやコナラの木ではなかった。となり
にもう1本はえている木はたぶんコナラで,「こっちのほうがいそうだなー」というと,「そっちは
いないんです。この木なんです。僕は下でさがすから,足で蹴っ飛ばして下さい」という。
 「そうか,よし,いくぞ」と渾身の力で2〜3発ドカンと蹴飛ばすと,
「ボト,ボト」という音とともに,「落ちてきた!落ちてきた!」という中学生の声。自分もすぐ
に下を見回すと,「オー!」全部で5〜6匹,ミヤマのオスばかり。そのうちの2匹は7cm級!
こんな大きなミヤマクワガタは見たことがない。いい大人が,子供のように狂気乱舞で喜んだ
のだった。 

 1992年春に長女が,1996年春には長男が生まれ,カブクワ採集からやや遠ざかった。まっ
たく行ってないわけではないが,停滞していた時期だった。子どもが小さいと夜に出かけるなん
てまずできないし,昼間に下見に行くこともなかなかできない。                

 1998年8月7日(金)


 あれから7年,あの大型ミヤマを採った場所に家族を連れて行った。時間も午後5時過ぎ,
さあこの木だ,と思い切り蹴飛ばすがびくともしない。7年たって木が大きく太くなったためだろ
うか。それとも,クワガタがいないのだろうか。
 それでも,何回か蹴っ飛ばしていると,数匹落ちてきた。コクワガタのオス2匹ゲットした。
さらに,木の上の方を見ると,2匹のクワガタを発見し,捕虫網でなんとかゲット。ミヤマ
オスとメスであった。結局,合計4匹で3匹は逃がし,ミヤマのオスだけ自宅へ持ち帰り,しば
らく飼育した。大きさは58mmと中型だが,ミヤマのオスはかっこいい。
 ところで,あの沢沿いの木であるが,あきらかにコナラやクヌギではないし,ヤナギでもなかっ
た。たぶん,ドロヤナギではないかと思っている。

 2000年7月29日(土) パイナップルトラップ成功


 1998年12月に浜松のアパートから現在の家に引っ越した。家の西側にはシイやカシなど
の常緑広葉樹林が広がっている。隣人によると,10数年前にここに越してきた当時は,夏に
なると窓の灯りにカブトムシやクワガタが飛んできたというが,今はどうかなと思い,1999年8月
スイカやモモを林の手前の空き地にゴロゴロと置いてみた。結果,数日間,虫は虫でもアリが
いっぱい来て,ここにはいないんだと落胆し,それきりになった。

 2000年7月,本屋の立ち読みでトラップを仕掛ける方法を見て,試してみようと思い立ち,
パイナップルを適当な大きさに切って焼酎に数日間漬けておいた。これを,庭のフェンスにつるし
てみた。

 以前,山間部に住んでいたときも,近くの雑木林でバナナトラップを仕掛けたことがあったが,
その時は小さなコクワガタが2匹という成果で,あまり効果は期待していなかった。昼間のうち
につるしておいて,この日の夜9時,半信半疑で見に行くと,「いた!」小さいけど,カブトムシ
オスが2匹。やったー,このトラップは効くんだ,とちょっと興奮した。それから,数日間は
毎日のように2〜3匹ずつゲットした。

 気をよくしたので,数日後,近所にある2つの公園にそれぞれ1カ所ずつトラップを仕掛けて
みた。結果はどちらにも,カブトムシのオスが1匹来ていた。どちらの公園も,林の中にあるが,
クヌギやコナラなどのいわゆる里山にある林ではなく常緑広葉樹を主体としたものである。こう
いう林にも生息しているんだなあと思った。
 つかまえたカブトムシたちは,子供たちに見せたいこともあってしばらく飼育したが,交尾した
のを確認して,すべて逃がした。来年の夏には,この方法でクワガタに挑戦したいと思った。
クワガタにはあまり効果がないらしいが。
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