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1999年2月2日 基調講演

広島平和研究所
所長
明石 康
<講演の内容>
@英語も、各国のナマリで話そう!
 ・・・国際会議では、各国の人は、それぞれの「国訛り英語」を使っている。
A「札幌雪まつり」のポスターは、韓国語や中国語が入っていて、非常によろしい。
B「危機管理」を、利用してはいけない。
C私は、アメリカがイラクへ、ミサイルを打ち込むのを、何度も許可した。
<感想>      北海道沼田町商工会青年部 部長(当時) 久保元宏

 非常にローカルかつ「井戸端会議」的な、青年部員の「主張発表」の次に、
元・国連事務総長がスピーチとは、
スゲェー、バランス感覚(?)!!

 中間が無いっちゅーの(笑)!

 数日後には、「東京都知事・選挙」の台風の目になるんだから、
この時、すでに彼は、ソレを知っていたはず。
 そのわりには、ジミなオハナシ。
でも、次の日の夕方には、同じホテルで
「明石 康を囲む夕べ」なる企画もあったんだから、
それなりだったんだね。

 さて、ここで某商工会の部員のコメントを披露しよう。
↓彼は、沼田町の者ではない。(原文どうり)
明石元国連代表の話
      はとてもつまらなかったので
おかげさまで私はその時間ぐっすり寝ることができました。
そのせいか
      ススキノで朝5時まで遊んでいることができました。
この場をお借りして国連の明石元代表に心から
      感謝申し上げます。久保さんはいかがでしたか?

・・・どう?正直なヤツだ。
さて、私?
私は、もちろん、・・・面白かったよ!

そう。
彼は、たしかに「したたか」かもしれない。
しかし、彼の「したたか」さは、非常に古風だ。
それが、命取りになるのかもしれないが、
自分で気づいていない、「不器用さ」に、とりあえずは好感を持った。

彼は、たしかに「国際」的には通用するだろう。有能だろう。
ソレと、世界のイナカ=ニッポンの首都のセンキョとは、また別の話。

日本のプロ・スポーツ選手が、
世界に通用しない時の、ちょうど逆。

これは、秩父別町の元・商工会青年部長の寺迫さんが言うトコロの、
「外政、内政」の問題なのかもしれない。

ただ、その距離がそのまま、
今回の、「主張発表=超ローカル」と「基調講演」の距離であるコトは、
確かだ。

そして、その距離は、埋めなければならないのだ。
その教師が、お互いである事は、言うまでも無い。
ここにも、二項対立のモダンの問題があるのだ。

そう、問題の本質は、
「中間が無いっちゅーの(笑)!」。

そして、僕等が、中間にならなければならないのだ。



■後日談
2年後の2001年5月、久保はニューヨークの国連前で、明石康氏を見かける。