女たらしの天才詩人が森ガ〜ルを喰う物語♪I'll follow you wherever you may go!
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moto_kubo@hotmail.com
★若林博士、カニを取り出す〜!。
2007
若林博士との呑んだらシャトルに乗るな、んで、『共犯新聞』に載るな。たびたび
Dr. Nobuatu
Wakabayashi's
2007
  

若林博士、パネリストで出演!入場 料は無料♪
★Hi,博士!
「深川市生涯学 習まちづくり
21世紀フォーラム」 観戦記 ・・・閑散記?
text by ジャリ天(2007年1月29日 0:57Am)

はい、レポートを担当するジャリ天です。
★声優という生産の主体。古川登志夫声 で「オイ、ジャリ天」って呼んでね。
あ、★ラムという生産の主体。平野文声で 「テンちゃーん」でも可。
もとい。
★ラム?・・・ん!?あほ。

縁あって、2007年1月28日(日)に
深川市文化交流ホール「み・らい」で開催された
「深川市生涯学習まちづくり 21世紀フォーラム」での
若林博士を取材してまいりました。

当日の会場参加者は、四十人あまり。
事務所では某氏があまりの動員数の少なさ
「明日は生涯学習課の全員を呼び出しだ」と言っていたのは、また別の話。

博士はパネルディスカッションに参加デス。
その前に「まちづくりからまちそだてへ」というタイトルで
基調講演があったのだけど、
その内容が富良野を事例として取り上げていて…、
既に観光地としての知名度も十分な富良野が
「観光地としての鮮度を保つためにこのような取り組みをしています」
みたいなことを言ってもどうよ、と。
基調講演の講師は、
北海道大学大学院国際広報メディア研究科の筑和正格教授。
えっと、教授、今、北大で文科省かどっかから、地域再生の研究が
億単位の予算とともに降りてきているはずですが、
教授も係わられておられるのなら、
もう少し地域の現状に即した話をされても良いのではないか、と。

さて、お待ちかねパネルディスカッション。
コーディネーターは、深川出身のフリーライター、野谷悦子さん。
パネリストに若林博士、前述の筑和教授、
深川で農家をされている村上はるみさんに★楽しむオヤジ♪あん♪アン♪深川輝人工房増永潤一さん。
「まちづくり・まちおこし」。
これほど、よく取り上げられながらも、扱いの難しい問題はありません。
実際のトコ、過去にさまざまな地域でまちおこし活動が行われました。
そのほとんどが単発のイベントです。
で、それのどこが地域活性化になるの、と。
★楽しむオヤジ♪あん♪アン♪函館のベイエリアのクリスマスツ リーなど成功例もありますが。
♪人生の「バラマク」園
若林博士は、
ご自身が出 演されたテレビ朝日の『人生の楽園』の映像をバックに、
なぜ沼田という土地に住み着こうと思ったのか、そのいきさつを話しました。
会社員時代に6年間を同町で過ごされたことがキッカケとなったということです。

村上さんは一主婦として、ご主人が家業の農家を継ぐのに伴い、
深川にやってきたいきさつや、深川での活動を話されていました。

増永氏なのですが、この方は輝人工房という組織の代表として参加しており、
前述の二人とは少々赴きが違います。
正直に言っていいですか?
個人的にこの深川輝人工房、何をしたいのかイマイチピンと来ません。
彼らの活動のひとつに市街地の空き店舗のシャッターペイントがあります。
えー、きれいに塗装されたシャッターが商店街を飾るには、
そこが空き店舗であり続けなければいけないわけで。なんか、そんな感じ。
パネルでディスカッションでもいろいろ話されていましたが、
それをやることで深川に対してどのようなメリットを想定していたのか、とか、
そういう活動原理に関わる話がほとんど出なかったような気ガス。
ただ、楽しかった、とかなんか
そういうサークル活動の報告だけだったような。
組織としてのまちおこしに対する意義らしきものは見えな かった。

さて、若林博士の話はあくまでも、
「都会から地方を選んだ一個人」の体験談です。
コーディネーターはそういった、個々の話をまとめ上げ、
演題に沿った結論を導き出すのが仕事のハズなのですが…。
もう覚えてません。たいしたことを言っていなかったので。

ただ、参加者の方が質問・意見として
「地域おこしをするなら、
その地域のキーパーソンとなる人物を育てるべき
我々はそのような人材の育成をするべきでは。
キーパーソンとなる人物が増えて、活動を続ければ
地域活性化もなりたつのではないか」という意見を出されました。
こそっと拍手しちゃいました。
今回のパネルディスカッションの演題は「地域に生かすマンパワー」。
まさに演題に沿った意見ですね。
正直、もう少しまともな展開をしてもらいたいな、と。
どうもコーディネーターの方は「マンパワー」の意味を
「こういうマンパワーを持った方が活動をしている」位の ところで
思考が止まっていたような印象。本当にこの手の
官主導講演っ てストレスがたまるな、
と感じた一日でした。
何か熱っぽいし、疲れたし。もう寝ゆ。

理科系なんです〜♪若林博士、自宅の前で山菜採り。
♪Yeah! 横浜から遠く。
2007年5月30日、ウドを ちょ&ちょいと。
自宅に野生の山菜がある生活って、ちょっとスゴクない?
♪Yeah! うど、喰う?

若林博士
1ヶ月ぶりに沼田町へ
もどる

更新日: 2007年10月30日 0:46Am
text by 久保AB-ST元宏

博士がサラリーマン時代に
住んでいた家が横浜市にまだあり、
毎年、この時期に約1ヶ月間、帰省。

今回は、ぐーぜん、
その横浜の若林邸のソバにある
久保の親戚の
パン屋さん☆コーヒーの湯気。『プルクワ』
若林夫妻が行かれたよーだ。

ちなみにこのパン屋さん、
『共犯新聞』を検索で知った
ロックバンド♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die「裸のラ リーズ」
1960年代の友人も
ご近所の常連客だとか♪
ちなみに久保は行ってません(笑)。
Wow! ★博士も戻り、またパーティー♪
手前の写真は、この夏、博士のログハウスに
ホームス ティした手紙からのカナダ?カナダ人から届いた。
久保が手にしているのはチラシは、
博士が沼田にもどってさっそく
深川市の友人からもらった。
なんとコレ、にれの木『加藤多 一』イヴェント

How we revenged the wild duck pan?
2007年11月9日(金曜 日)、若林博士の手造りログハウスに世界中の良民が集まった。
前回、「鴨鍋を喰うべぇ〜♪」と、集まったが、その鴨が消えてしまい(?)、しょーがなく、あ わててスーパーでニワトリ肉を買って、代替にしたのであった。
そして再び、ジビエの季節はめぐってきた。
ついに、我々は鴨鍋を食すことができたのだ!
若林博士、今夜も朝まで?
この濃厚なスー プ。野生の鴨ならでは♪
若林博士、今夜も朝まで?
この中にガイジン が4人おります〜。
若林料亭!
「こっ、これが、 あの鴨鍋かっ!」

若林博士、今夜も朝まで?
うわっ!でけぇ、 生牡蠣!ぜ、ぜいたくやなぁ・・・。
これ、アサノ園長が持ってきてくれまし た。なんと、サイズ、20cm!
久保っ、今夜も朝まで?
牡 蠣、喰えば・・・
若林博士、今夜も久保と付き合うかっ?
金が 無くなり・・・
牡蠣?
放蕩 児。
スープ?
おそ まつ!


若林博士、いつもありがとうございます〜♪
若林博士「みなさ ん、生牡蠣ですよ♪
早く食べないと、
全部、久保に食べられちゃうよ〜♪」
とは言っていない。
だろう、たぶん。
WOW! 若林博士、今夜も朝まで?
左がインディアン で、右が高校生。
(うそ。左が日本人で、右がイギリス人。
イギリス人は秩父別町の英語の教師。
名前は、ジョー。
インディアン、うそつかない。)
若林博士、今夜も朝まで?
左は、1977年生まれのイギリス人。
名前はギャレス。
ストーン・ローゼスやハッピー・マンディーズを
聴いて育った世代。
「ハシエンダに行きたかった!」、らしい(笑)。
今は滝川市に住み、深川市で英語の教師をしている。
彼らが手にしているのは、
トマト+アボガド+ガーリック+モッツアレラ・チーズに、
オリーブ・オイルとブラック・ペッパー、そしてシソで
味をつけた料理。
それぞれ、持っている男が作った。
味は、どっちの勝ち(笑)?


若林博士、今夜も朝まで?
続きまして、若林 博士による
野生の鴨肉ステーキ。トマト・ソース味。
めっちゃ、美味い!に、きまっているよなぁ、こりゃ。
若林博士、今夜も朝まで?
パーティの会費 は、無し。
各自が自分の分の酒と、料理を一品もってくるだけ♪
若林博士、今夜も朝まで?
おおお。
なつかしの(?)、
英会話教室『すずめの学校』
OBオジサンたち♪

若林博士、今夜も朝まで?
忙しく料理などで立ちっぱなし だった若林博士の奥さんも、ひと段落。
ガイジン3人と、世界経済情勢について(?)激論(?)。
若林博士、今夜も朝まで?
つい最近、ブルガ リアに行ってきた、あゆみ嬢。
なんと、ブルガリアの空港でルーマニア人の知り合いに偶然、再会したとか!
手にしているデジカメの写真が、その時なんだけど、すごいねぇ〜。
若林博士、今夜も朝まで?
鴨鍋に入れる「う どん」を買い忘れ(がくっ)、
急遽、若林博士が自分で打ったソバを
ニョッキ状にして、ちぎって鍋に入れて喰う!
こりゃ&また、珍味ですなぁ〜♪

若林博士、今夜も朝まで?
午前0時を過ぎ て、
「酒がねぇーぞー!」と
ささやかな(?)不満が出てきた。
すると、さっきからずーっと
アサノ園長の目の前にあった
オレンジ・ジュースのペット・ボトル。
これ、実は、
あゆみ嬢がブルガリアで泊まった
友人のおじーちゃんによる、
手造りワイン!
辛口で、けっこーエグイ(笑)。
「これ、ヤバイ味っスね。」
と、言いつつ、これもすぐ飲み干す。
がくっ。
若林博士、今夜も朝まで?
日米、巨漢メール 交換。
右のガイジンの名前は、
トラヴィス。
あだな(?)は、トラさん(笑)。
若林博士、今夜も朝まで?
パーティは終わらない。
肉体労働者&新婚の農業青年は、
いつの間にか、
グー&グー&グー♪

さすがに、午前1時を過ぎると、パーティも終了♪
みんなで外に出りゃぁ、
夜空には満点の星♪

久保はジョーの車で自宅に帰れば、
なんと、
若林博士の家から約3km、ジョギングをしてきたジャージ姿の、アサノ園長が、久 保家の前の焼き鳥屋『のらくろ』に入ってゆく!
さらに、博士の家から自転車で、フルカワさんも到着!

やっぱ、呑み足りなかったのね(笑)。
さすがに、焼き鳥屋も炭火を落としていて、
ママは「今日はもう、焼けないよ〜。」
「なら、ひややっこ♪」
やっぱ、まだ&まだ呑むのね(笑)。

私、朝になったら、岩見沢と札幌に行かねばならないのにね。
若林博士、今夜も朝まで?
午前2時30分の オジサンたち。
がくっ。

ところで、若林博士ログハウス でのパーティの常連、quiqu先生が来なかった。
帰宅してEメールをチェックした私は、そのナゾが解けたのよ〜!

クラリネット:ポール・メイエ
クラリネットの貴 公子!メイエ氏♪
件名: 今晩
差出人: quiqu
送信日時: 2007年11月10日(土) 1:26Am
宛先: 久保AB-ST元宏

ごめんなさいm(_ _)m携帯の電池が切れて連絡出来ませんでした。
美唄で人身事故のため、一時間半以上、特急列車内に閉じ込められ
帰宅が一時頃になってしまいました(ToT)

土曜日の会員だが、札幌で研究会があり、その後で聴 きに行った。
(振替制度を利用。定期1日目は初めてなり。)

無器っちょな俺は まるでリュリ♪札幌交響楽団  第503回定期演奏会(第1日目)

2007年11月9日(金) 7Pm開演

指揮:尾高忠明 クラリネット:ポール・メイエ(*)
ヴァイオリン:堀米ゆず子(※) コンサートマスター:三上 亮

@ドビュッシー;牧神の午後への前奏曲(フルートソロ:森 圭吾)
A武満 徹;ファンタズマ/カントス(*)
Bドビュッシー;クラリネットと管弦楽のためのラプソディ(*)
 (休憩)
C武満 徹;遠い叫び声の彼方へ(※)
Dドビュッシー;海〜オーケストラのための3つの交響的素描
終演後、メイエ氏にサインをもらったが、吹奏楽関係の高校生が群がっていて、ほとんど話ができなかった。フランス語で話しかけているOL風美女がいて驚いた。
メイエ氏のサイン ♪


初 雪や、12年来のすれちがい人、来る。
text by うぇ〜ん!久保AB-ST 元宏 (2007年11月16日 4:56Am)

2007年11月15日(木曜日) 3:30Pm、私が珍しく(?)久保商店の事務所で仕事をしていると、
午前中に我が社の社員が配達したばかりの灯油の代金を、わざわざ支払いに来てくれた方がいた。
見知らぬ方だけど、つい先日は自宅の灯油を買ってくれ、今日は彼が経営する「花火工場」の灯油を買ってくれたという。
それぞれ、灯油の注文時と、その代金の支払い時にと、ここ数日で4回も来社しているという。
まぁ、お得意さんになってくれたようだし、この町には数少ない誘致企業の社長さんなので私は名刺を渡した。
すると、その方、
「いい声ですね。バリトンですか?」
と、言い出した。
それで思い出した!
私は観ていないんだけど、今月の『沼田町民文化祭』で滝廉太郎の歌曲をソロで歌った男性がいたそうだけど、
それがダレなのか町内で、ちょっとしたウワサになっていたのだ。
なにしろ狭い町だし、人口は4千人以下。ソロでオペラのアリアを歌うナゾの男の存在は不思議そのもの、だった。
「あはは。私です。」
で、お茶を差し出し、しばし、オペラ談義。
若林博士という方がいて、彼の手造りログハウスに楽器を持ち込んでよくパーティ をするんですよ。行ってみませんか?」
「はい。」と、すぐ返事♪
初雪で白くなった博士のログハウスに行き、紹介。
「博士、この方、だれかわかりますか?」
「えええぇーーっ!?・・・・・・わかんない。」
「ほらっ、例の『沼田町民文化祭』でオペラ歌曲をソロで歌っていた方ですよ。」
「あっ!ああ、ああ、そうそう。あの方!へぇーっ。さぁ、さぁ、どーぞ、どーぞ。」

1時間ほど、色々と話を聞いた。
なんでも、東京から、HTBテレビ局の開局にあわせて北海道に移住してきたそうだ。
HTBテレビと言えば、若林博士のドキュメンタリー『人生の楽園』の放送局 だし、
「私が『スロバキア国立オペラ』沼田公演でお世話に なったHTBの近井プロデューサーはご存知?」

HTBのプロデューサーだぜ!
「ええ。もう彼も定年ですよね。私はHTBテレビで開局以来、エレクトロニクスの技術マンだったんです。」
「それがなんで、沼田町で花火工場を経営することになったんですか!?」
「私は小学校の高学年から火薬に興味を持ちまして・・・。」
なんだか、あぶない小学生だなぁ(笑)・・・。
「それで、特殊な花火の火薬を開発したんです。これは世界中で私だけの特許技術です。」
パーティなどで装飾に使う花火の特殊な火薬を発明したのだそーだ!
「で、どこか北海道の地方で企業誘致をしてくれる町を捜していたんです。」
「なるほど、花火工場ですからねぇ、札幌のド真ん中っーワケにいかないか。」
「そして、穂別町と沼田町がリスト・アップされたんです。」
「なるほど、で、くらべてみて条件のいい沼田町を選んだわけですか!」
「ええ(笑)。まぁ、そーゆーコトです。」
それが12年前と言えば、まだ若林博士が社長をしていたアルミ箔の工場が沼田町にあったころだ。
しかも、博士のアルミ工場と、花火工場は、同じ工業団地のすぐ目の前だった!
★オペラ歌手でもある、火薬博士♪
左が、オペラ歌手 でもある、火薬博士。
雪がつもりだしたアルミ博士の若林ログハウス玄関前にて。

タバコのセブン・スターの箱の銀色の文字!
若林博士が
いなかったら
このデザインは
ありえなかった!
博士は、さっそく、「花火でしたら、アルミ箔の細かい粉末も使うでしょう?」と、聞き 出す。
「ええ。」
「それ、どこから仕入れています?」
「うちは、薬品の問屋からです。」
「たぶんそれ、大阪の企業がモトですよ、そこが私が勤めていた会社で商品化してあまったアルミ箔のはじっこを買い取って粉末にしていたんですよ。」
若林博士は元々、アルミ箔の粉末を紙につける技術を開発していた方なので、ここらへんの知識と実践は世界の最先端なのであ〜る。
まぁ、たとえば、タバコのセブン・スターの箱の銀色の小さな無数の星で作られた文字。
あれは若林博士が開発したアルミの粉を紙に印刷する特殊な技術を採用している。

そんな感じで、アルミ博士と、火薬博士がお互いの素性が分ったとたんに、急に専門用語の会話が私の頭上を通過して飛び交い始めた。
「ニトロなんとかが、なにやらでー。」みたいなー。

「そ、そ、それにしても、テレビ局でエレクトロニクスの最先端技術を担当して、しかも、化学の知識も最先端で、新しい火薬を開発するなんてスゴイです ねぇー!」
と、2人の話題について行けない私は(がくっ。)、あわてて、話題をマトメるような会話を差し込んだ(笑)。
すると火薬博士は、
「そうそう、エレクトロニクスに、火薬。さらに、オペラですよ。」と、ニヤリ。
よーやく話題がオペラになり(ほっ。)、
火薬博士はHTBテレビで働いている札幌時代に、北海道二期会の伝説的な創設者、池上恵三から声楽を学んだそうだ!
それだけで、スッゴイことだ。
で、12年前に沼田町に来て、花火工場の社長になったもんだからチョー忙しくなり、しばらくは音楽から離れていたそうだ。

火薬博士は千歳市に自宅と、札幌市にマンションを持っているんだけど、
仕事場である沼田町には400枚のクラッシックのLPレコードを持ってきているそうだ。
沼田には単身赴任だそーだが、最大の楽しみはオペラのDVDを観ること、だそーで。
千歳の自宅にはグランド・ピアノがあるけれど、沼田町にもアップライトのピアノがあり、日本語の詩につけた作曲もしているそうだ。
う〜む。そのオリジナル曲、聴きたいね〜♪

あと驚いたのは、私のイトコが某レストラン・チェーン千歳店の店長をしていた時、
火薬博士の息子さんが子供時代、私のイトコによくお世話になったそーだ。
で、沼田町に会社の関係で住むことになった時に、
「沼田町と言えば、レストランの店長の久保さんの実家があるところだ。」と、思っていたとか!
こりゃ、すげー偶然。
っーか、よく憶えてたなぁー、火薬博士。
池上恵三から声楽を学んだ!
北海道のオペラの 功労者♪

★Hey, 新年号でございます〜♪
ずいぶん大昔の よーな気がするけど、
まだ今年のことなんだねぇ〜(笑)。
んで、火薬博士は、どんなに忙しくても、やっぱ、
私が仕組んだ(笑)、『スロバキア国立オペラ』沼田公演にはトーゼン、観に来てくれていたそうだ。
彼にとっては、まさか、文化に関しては何の期待もしていなかった沼田町に、
ヨーロッパのオペラ団が来るなんて火薬博士も、さぞ驚いたことだろう。
公演の途中でソロ歌手がアリアを歌い終えた時、沼田町の観客って、誰も拍手をしないんですよね。」
「沼田町の人って、コンサートにふだん行かないから、そーゆーエチケットの体験が無いんですよ。」
「それで、私がそっせんして拍手したんですよ(笑)。」
あっ!
そー言えば、あの時、沼田町の観客がまるで”オペラなれ”しているかのよーに、
絶妙のタイミングで拍手をしていたもんなぁーっ。
「そ、そーでしたか。全てが終わった後に、立ってブラボー!と言う練習だけは中学生に仕込んでいたんですが(笑)。」
『カルメン』沼田公演コンサート途中の拍手は全て私が観客を導いていたんですよ。」
なるほど。
あの『カルメン』公演に関しては、私は多くの方にお礼を言ってきて、
もう「お礼」すべき人には全員にしたつもりだったんだけど、
まだ、いたとは!

山本住職!
北のおんがく寺『常楽寺』
ベラ&ベラと話す私の声を聞いてい、た火薬博士は、また&また、
「いい声ですねぇ〜。バリトンですか?」
どーやら私も声楽をやっていると、めっちゃ大きなカン違いをされていらっしゃるよーだ(笑)。
「オペラ歌手で、この近所と言えば、となり町、秩父別町の山本徹淨さんと か。」
「ええ、知っています。先日、声をかけて20分ほど話しました。」
ちゃぁ〜んと、こーして蛇の道はヘビなのね♪
しかも、火薬博士は今、ふたたび旭川市で声楽のレッスンを受け直しているそーで、
その声楽教室の山本先生ってーのが、山本徹浄住職のご親戚だとか!
「あと、深川市の菊入さん、とか。」
「ええ、知っています。あと、多度志にもワタナベ・ヒロシさんて70歳代の方がいるんですよ。」
「へぇ〜、知らなかった!いるんだねぇー。こんな田舎にも(笑)。」
「その方は多度志で、”カァーラス”というママさんコーラスを指導しているようですよ。」
「あ、そう&そう、次の日曜日に深川市で『ときめきコンサート』があるんですよ。」
「あ、昼間なら行けるな。」
「それに、山本徹浄さんも、菊入さんも、あと沼田町のサックスの田村幸雄さんも 出演するんですよ♪」
「是非、行きたいですね〜♪」
「そして、次回は、是非、この『ときめきコンサート』に出演してくださいよ!」
♪温泉に、オペラ団が届きました〜
北空知でオペラと言えば、
やっぱ、菊入三恵嬢♪

まぁ、そんな&こんなで、外も暗くなり、よーく考えれば私は仕事中だった(がくっ。)ので、
「では、そろそろ、帰りますか。」
っと、あ、そー&そー、
「若林博士とケータイ電話の番号を交換しておいたらいいですよ♪次、パーティをやりましょ〜。次はクリスマス・パーティだな。是非、そこで歌ってください ♪」
なんで久保のケータイ電話では無いのか?っー疑問は無しよ(笑)。

火薬博士が住む単身赴任の沼田町の家には音が反響する壁に改造してあり、
「是非、今度は私の家に来てくださいよ。」
う〜む。オペラのDVDでも借りに行こうかなぁ♪

火薬博士は最近はアルツハイマーの老人に童謡を歌って聴かせて、子供時代を思い出してもらう「音楽療法」を始めたいそうだ。
ん?先日の若林パーティで生牡蠣を大量に持ってきてくれたアサノさんは、老人ホームの園長だ。
アサノ園長なら、奥さんは美人ピアノ教師だし、お嬢様は美少女ブラスバンドだし、ご本人はカラオケで♪クリックして、見よっ!井上陽水「少年時代」だし(?)、
これ、話せば、実現は早いかも〜♪

それにしても、お互いに話せば&話すほど、
よくも&まぁ、こんなちっぽけな町で12年間もお互いに顔も名前も知らなかったもんだ。
若林博士にいたっては、元の職場ともすぐ近所だし、仕事柄も同じ化学博士だし、なんだか2人とも話し好きそーだし(笑)、交流が無かったのが不自然なぐら いだ。

んで、分かれてから気がついた。
火薬博士は、ここ数日のうちに久保商店に、灯油の注文&支払いに、4回も来ている。
灯油の注文であれば電話でもいいわけだし、その支払いだって現金でその場で払ってもいいわけだ。
・・・・・・!
もしや、火薬博士は私に会うのが目的で久保商店に何度も来ていたのではないのかな?

なんだか、また面白いことができそーな初雪の一日でございました♪
うぇ〜ん!


俳句は、パンク。今日の一句
「君」 「なに?」 「水曜日の夜をおぼえているか」
月いづこ
魔王のレンズ
海の底

(久保元宏 2002年9月)

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たとえば→5月14の歴史
アユミのレストラン♪
Happy Birthday
to
Ms. 手紙からのカナダ?Ayumi Tada