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moto_kubo@hotmail.com
大學をまたもうひとつ卒業したガウディの日々。 Dr. Nobuatu Wakabayashi
・・・それは、
コペルニクスの脳味噌を持つ
ガ ウディ。
  ▼若林博士の後輩♪

横浜市の若林博士
北海道沼田町に
手造りログハウスを建設中!

◎いつログハウスが完成するかは、ガウディ様でもご存知アルめぇ〜!
でもまぁ、もう住んでいるだから、まっ、いいっしょ!
■ログハウス住宅、人気上昇中

 山荘や別荘として使われてきたログハウスが、一般住宅として見直されて いる。
自然志向の高まりから、都会を離れてログハウスの暮しに憧れる人が増えて いることや、
合板を使わず丸太を組み合わせて作るログハウスは、
シックハウス症候群の心配がないことなどがその背景にある。
 また、メーカー側が、
「夏は涼しく冬は暖かいうえ、湿気をとる効果や木の香りによるアロマテラ ピー効果なども期待できる」と
積極的にアピールしていることから、次第に住宅の選択肢のひとつとして認 知されるようになった。

 業界最大手のアールシーコア(東京・目黒区)では全国24カ所に展示場 を設置、
さらに体験型宿泊施設を設けて見学会を催しているほか、
JR東日本もこの10月から、栃木県・喜連川町で温泉付きのログハウス住 宅の販売を開始するなど、
メーカー側もこの静かなブームに対応した事業を展開している。

 その追い風となっているのが、今年5月の大幅な規制緩和。
もともとログハウスの「丸太組構法」の建物は、旧建設省(国土交通省)に よる個別の認定が
必要になるなど、規制が多かった。
しかし規制緩和で、耐火性の高い木材開発技術でメーカーが「防火構造認 定」を満たすようになり、
通常の木造建築物と同様に立てられるまでになった。

 現在、住宅需要は年々減少の一途をたどっており、
平成8年度には約163万戸だった新設の住宅着工戸数は、平成13年度で 約117万戸まで減少。
今年度はさらに減ることが予想されている。
それだけに業界関係者たちは「ログハウス住宅」で新たな需要を創出するべ く、力を注いでいる。

[関連ページ]
ログハウス協会
 
アールシーコア(ビッグフット)
 
JR東日本・ びゅうフォレスト喜連川


若林さん、来町!

日付 : Mon, 19 May 2003 02:59Am

■久保です。若林さんが本日の午前9時に沼田に到着しました。それでは、若林さん、どうぞ!
→またまた沼田にやってきました。今年こそ我が家を作ることになりました。ど の様な仕上がりになるのかは
出来て見てのお楽しみ!今度の冬を凍死せずに越せれば、まずは大成功。(若林さんが書き込みました。)


若林さん、手造りログハウスを建設中!

■2003年7月11日
基礎のコンクリート打ちが完成。
写真でおどける青年は、近所の妹背牛町に住む橋 向利勝
彼も2002年に自宅横に手造りのログハウスを一人で作った。
ただし、若林さんの16坪、3階建ての基礎に驚いている図。
橋向談「ひぇ〜!でかいー!こ れ、一人で作るのぉ?」
平日8:30Am-11:00AmのHBCラジオ『山ちゃん直子のラジオマガジン』の中、
9:55Am-10:00Amに「ラジマガお米パラダイス」というコーナーがあって、
そこの水曜日に、久保の知人♪お米、お米、おこめぇえ〜Mr.橋向利勝@農民!!橋 向利勝@農民が、 2003年の夏の間に、レギュラー出演していました!
水曜日のタイトルは「橋向さんの米作り日記」(くくっ)。
周波数は札幌1287kHz、旭川864kHzでっす。
♪お米、お米、おこめぇえ〜橋向利勝く ん(34歳)、北海道新聞・空知版で連載開始!
農業青年の日々を記したエッセイを、不定期に空知 版に連載。

2003年11年17日 第一回
「なんでも経験?」 抜粋
思えば自分も、昔から何だかイロイロなコトをやってきた。
友人と同人誌を作ったり、バイクで山道を駆け回ったり。
同人誌作りのため学校のパソコンでワープロを使ううちパソコンにはまり、
文章を書くうちバイク雑誌のライターのアルバイトに恵まれ、
パソコンはいつか本業となり、
地元に戻り農家の人との濃いコミュニケーションに慣れると
パソコン仕事での顧客とのやりとりも苦にならず、
何が本業だかわからなくなるうちにヘンなヤツと面白がられ、
たいして実力もないのに人の縁に恵まれ。

★2004年9月3日;ミーハーにもblogを はじめました。



★完成したら、遊びに来てね!

■2003年9月12日
ひとりで作っていたが、横浜から次男(写真右)を呼び出して、屋根にかかる。
若林談「一人でやっていると、
屋根にはわす板を一枚づつ、工事用足場にたてかけて、
今度は上にあがり、一人でそれを引っ張りあげる。
さらに板を横にはわせてクギを打つ。
んが、二人いるとその作業が4分 の一以下の時間で終わるんですよ。」

■家は小高い丘の林の中に建てられている。
いよいよ、その全貌が木々の上を越えて道路からも見えてきた。
人口4,500人の沼田町民は、
わざわざ横浜市から移住して、手造りで家を建設している謎の男の存在に、
気が付きだしたようだ(笑)。



酒を造る自由★ブドウの品種は「セイベル」。冷夏なのに、ここ数年で最も糖度が高く、甘い!

■2003年9月28日 日曜日 曇り
若林さん(写真の中央)、今日は建設を一休みして、
自家製「シャトー・すずめの学校」ぶどう液(がくっ)用のブドウ摘み。
中神
送信日時 : 2003年12月9日 5:32:47
この前、三笠のヤ マザキワイナリーの自家栽培ワインのTweigeltrebe飲んだら、
かなりすずめワインに近かった。
ここのは、評判がいいそうなので、すずめワインも意外にいけてるかも。



■2003年12月4日(木)雪 のち 晴れ★若林さん、手造りログハウスを建設中! ■2003 年12月4日(木)
雪 のち 晴れ

豪雪地帯の沼田町だが
今年は雪が積もるのが
例年より1月以上遅い。

しかし建設中の博士の
ログハウスにも初雪。

赤い屋根も白くなった。

一旦、横浜に戻り、
建設作業も冬休み。



2005!2005年←若林博士をさそってフラリと、近所へ小竜馬得意の「もう一枚」。絵 を観にいく。★鑑賞日;2005年4月12日(火)


サ・サ・サルトルー! ボボ・ボーボーーーワァールは?Happy Birthday to
Mr.Jean-Paul Sartre !
サルトル★1905年6月21日生まれ
--------------------------------------
フランスの実存主義哲学者。
代表作は『存在と無』、『嘔吐』。

通常の西洋占星術は、12星座で、「かに座」は6月22日〜7月22日です が、
最近でてきた「へびつかい座」を含める13星座で は、
「かに座」は6月19日〜7月17日と、なります。
つまり、サルト ルは「かに座」で、
占いでは「シャイ、深く考える」となります(笑)。

・・・と、言 うことで「かにパーティ」で、祝いました(がくっ)。
★若林博士、カニを取り出す〜!。 ★Suzume English Conversation School♪毛ガニ、うめぇえええぞおーーー!!♪
毛ガ ニは、日 本酒に合う。が、冷たいビールにも合う。そー言えば、赤ワインにも合う。もちろん、焼酎にも合う。
ただし、サルトルの教訓を生かし、せっかく食べたのだから『嘔吐』だけはすん な!
・・・・・・という結論でした(が くっ)。
かに〜!★今や、伝統行事(がくっ)=英会話教室すずめの学校「かにパーティ」!



★2005年6月25日、久保AB-ST元宏と若林博士は、24時間、こんな行動を共にいたしました。

<6月25日・土曜日>
午前2時 前日の幌新温泉ほたる館ビールパーティ(午後6時)から、若林さんとハシゴして、居酒屋「駒吉」より帰宅。

午前8時 久保、米工房へ出勤。

午前11時 札 幌のakiller氏から映画『ディープ・ブルー』のDVDが贈られてきて、娘の空夢(小学校2年生)に渡すと、大喜び。
本日の同級生の「お誕生会」に持って行き、皆で観たそうな。

昼12時 「ギャラ リーどらーる」掲示板に、
ギャラリー経営者から深川での展覧会『坂本順子展』の、「若林博士〜♪芳名帳コピーして送ってくださぁ〜い。」のメッセージをみつけ、
若林博士の携帯電話に依頼する(その時、博士はたった一人で建設中の自宅ログハウス用の旭川市で建築資材を購入中であった)。

午後3時 若林博士、来社。深川の「東州館」で芳名帳をコピーした後、来ていた客を乗せて、もう一つの会場の「うなかがめーゆ美術館」へ行っ たそうだ。
なんと、その客とは全 道展の大物画家、野本醇だった。伊達市からわざわざ観に来ていたという。

午後6時 若林博士をひろって、マークUで札幌へ。

午後8時 札幌着。車を宿泊先に置き、地下鉄で大通りへ。

午後8時20分 シアター・キノで映画『コーヒー&シガレッツ』(監 督;ジム・ジャームッシュ)。
さすが、お見事!小津安二郎や落語に通じる、「間」の感覚が心地よい。

午後10時30分 イタリア・レストラン「パオイズム・ヨシミ」で、白、赤ワインを1本づつ。
料理は、和風がミックスされていて、なかなか個性的。内装が、オシャレー。回りは週末の若い恋人同士ばっかり(がくっ)。

<6月26日・日曜日>
午前1時 レストランを出て、バー「Mojoクラブ」で、ウィスキーをロックで飲む。

午前2時 タクシーで宿泊先に帰宅。寝る。

午前8時 起床。シャワー。
NHK−BS『週刊ブックレビュー』で、吉本隆明『吉本隆明「食」を語る』(朝日新聞社)を絵本作家の五味太郎が、書評するのを観る。

午前9時 マークUで出かけ、ススキノの大型駐車場に入れる。1日券=900円。

午前9時半 某ホテルの朝食バイキングにまぎれこみ、朝食。
そのホテルのロビーの「観光情報用☆無料インターネットPC」で
自分のEメールのチェックと、映画までの空いた30分間の過ごし方をチェックし、魅力的な個 展『my gyroscope 渡會純价 展』を 発見。

午前10時 大丸藤井セントラルの画廊で、渡會純价、大谷短期大学OB「谷の会」展覧会を観る。
「谷の会」には、佐藤潤子、関川敦子、洞内麻希、米谷雄平らの作品もあり、トクした気分。
特に、川畑盛邦の意欲的な作 品が素晴らしかった。この画家はまだまだ変わって行きそうだね。

午前10時40分 シアター・キノで、映 画『タカダワタル的』を観る。
意外にも、満席!最前列で若林博士と並んで観る。
終始、笑いっぱなしで観たが、高田渡が死んだのだと思いながら笑うのも、なんだか彼らしい。

昼12時 駐車場からマークUを出し、『全 道展 60周年記念』を観る。
富田知子風、佐藤潤子風が増えたような気がした。
若林博士に昨日、車に乗せた野 本醇の 絵も紹介する。
新聞や、HP「ギャラリーどらーる」に紹介された画像で衝撃的だった、
最古参の栃内忠男のア ヴァンギャルドな作品を楽しみにしていたが、やはり実物を観てよかった。
彫刻は、小川誠や澤口真美のように、浮遊感のある作品にいいものがあった。「丸み」と「浮遊感」の相関関係をいつか考えてみたい。
全てを観ると、やはり1980年生れの會 田千夏のズバ抜けさが強調されて印象に残った。

午後2時 ギャ ラリーどらーるで、『黒阪陽一展』
受付の女性に、「これ、どらーる社長に渡してください。」と、若林博士がコピーしてきた深川の『坂本順子展』の芳名帳を渡す。
すると、「社長から沼田町の久保さんが来たら、これを渡すようにと言われてました。」と、全道展の招待状を渡される。
今、観て来たばっかだっちゅーの(笑)。
黒阪画伯本人も、ヒゲ顔でいらっしゃった。
絵の印象は、「夜の処女」、と言った感じか?明らかに物語性を含んでいると思うが、それは何か?

午後2時半 スープ・カレーなんぞを、ミーハーにも食べてみる。
私は「真だらカレー」900円、若林博士は「ハンバーグ・カレー」。
中辛でも、かなり辛く、味が分からん(笑)。
でも、スリランカ狂和国のカレーは辛くても味が分かったような気がするのだが。

午後3時 JR札幌駅前通のグランド・ホテル内のスタバでフレンチ・コーヒーを買おうと路上駐車をすると、
若林博士の携帯電話に、ギャラリーどらーる社長から電話。
なんだか良いサプライズな内容らしく、若林博士は興奮してニコニコと、うなずきながら電話で話している。
その博士の興奮に身振り&手振りが混じり、なんだかヘンだなぁ〜っと、思っていたら、
なんと路上駐車中のマークUの窓から元沼田町のシャラポワと言われた女性が歩いているではないか、
「さぁさぁ、どうぞ。まぁ、どうぞ。いつぞやはまぁ、さぁ、どうぞ。」と、マークUの中に連れ込み(?)会話。
バイリンギャル(?)の彼女は沼田町のAETがいなくなることを憂いていた。
盛り上がる若い(?)二人を置いて、私はスタバへコーヒーを500g買いに行く。

午後4時半 沼田町への帰路の途中に、砂川市に住む造形作家、内海真治の自宅でもある「浮浪工房」へアポ無しで訪れた。
陶やガラス、木を使いユニークな作品を作っている作家。
工房の外壁がありとあらゆる形状のタイルと、ご自身の作品(失敗作)をベタベタと貼り付けている。
雑然とした庭にも、鉄やタイルの作品が美しい草花となじんで多く並べられている。

アトリエも見たが、とにかく多作な作家だ。「業」みたいなものがあるのだろう。
1948年生れ、明治大学卒業、某大手広告代理店勤務、40歳で脱サラ、今の世界へ。
ヘンテコリンだ。
庭でコーヒーをいただく。風が気持ちいい。
3人で並んで写真を撮ると、
1960年代の、ジャズ・エイジの生き残り=若林博士
1970年代の、ヒッピーの生き残り=内海画伯
1980年代の、パンクスの生き残り=久保(がくっ)、みたいな絵づらになっちゃった(笑)。

★Art of life.砂川市に住む造形作家、内海真治の自宅でもある「浮浪工房」へアポ無しで訪れた。


ネェちょいと、深川のカフェで一服。★Art of life.
2005年6月28日の午前中、ヘンテコリンな謎のカミキリムシ社長を迎えての深川市の喫茶店にての、なごやかな(?)ひと時です。
この喫茶店のマスターは1949年に沼田町で生れている。
若林博士の行きつけのカフェである。いつも、マスターの趣味のカーヴィングなどで話題が盛り上がるらしい。

2005 年7月20日
若林博士を特集する、テレビ 番組 『人生の楽園』 の取材スタート!

よいやさーーーっ!テレビ・カメラが回ってるぜ〜。
中央 下方で、夜高あんどんの組立を指揮している若林博士。右上からテレビ・カメラが博士を狙う!
やっぱ、映画館で観たい♪テ レビ番組 『人生の楽園』 は、テレビ朝日系、毎週土曜日午後6時から、全国放送されています。

若林博士の、テレビ放送の紹介→ここ、クリック! 更新日(2005年9月24日)


2005年9月30日 金曜日 晴れ
Text by.  久保元宏
テレビ・ドキュメンタリーの主役、若林博士♪
「あれ?若林博士の前で仕事を している農婦は、だれだ?」
昨日から、ワイン用ブドウ「セイベル」の収穫が開始。
行ってみると、お手伝いのオバサン3人組が
にぎやかに作業をしていた。
仕事は、楽しく♪
「あらぁ〜、テレビでお風呂に入ってたヒトだべさー。」
がくっ。
先日の、テレビ朝日『人生の楽園』で の
私が露天風呂に入っているシーンが、
見られてしまったのだ(笑)。

その時のテレビ・ドキュメンタリーの主役、
横浜市から移住してきて、
ひとりでログハウスを造った若林博士も、
慣れた手つきでハサミでパッチンと、
ブドウをつみとっていた。いつの間にか、ベテランだ。
見ると、その前には博士の奥さんが!
おっ、ソナタは♪
テレビ『人生の楽園』で紹介された時には、
ヨソ行きの服(?)を着て
ブドウ畑に来ていた奥さんだったが、
さすがに今日は、農家ファッション(笑)。

「今年のブドウはどうですかー?」
「甘いよ、甘い。」
ちょいと食べると、うん、甘い!
「いつもは甘くても、
皮の裏側だけで種のまわりは渋かったり
酸っぱかったりするのに、
今年はサイコーですね!」
これが、ワインになるのだよー♪
これが本日収 穫の品種、セイベル。
仕事は、楽しく♪
どこまでも広 がる、北海道沼田町のワイン用ブドウ畑。
セイベルの他にも、ツバイゲルトレーベなど数種類ある。

若林博士の雑木林にも、秋がやってきました〜♪

玄関を開けたら。野菜を置いたら。
林を駆けたら。森を抜けたら。
2005年10月18日 (火) 落葉が舞い散る博士のログ・ハウス前の雑木林。旭川の「ギャラリーMiZu」を経営する稲垣さん夫婦が、アポ無しで突然に訪 問。
Artとは、ニューヨークのホイットニー美術館から、大阪の乙画廊まで、どこでもドアの奥で、今夜、パーティが2時から開かれる!
ギャ ラリーMiZu
旭川市西神楽4線9号1-1526 電話;0166−65−7356
夏季のみの開廊。 10:30Am〜5Pm 休廊;火
毎 年、色んな人に出会うが、2005年に初めて出会い、
これからも度々会いそうな予感がするのが、「ギャラリー MiZu」の経営者夫婦だ。
★ベテラン抽象画家との、おやつの時間。
『阿部 國良 展』 2005 年5月18日(水)〜5月30日(月)
阿部國良の重層的な作品は、大自然の大胆さと人間の歴史の因果を感じ させる。
初見ではストロークを楽しむ抽象画に見えるが、よく見ると絵の具の下 に人物や鳥などの
形に切った紙が貼られている。その上に、大胆な殴り書き(?)がされ ているのだ。
中に、「ニューヨーク 9月11日」と いう作品があった。添付写真の一番右のものだ。
「これは、ツイン・タワーを素材にしているのでは?」と、私が阿部画 伯に質問したところ、
それまで椅子に深く座って、ガキがケーキを喰い散らかすのを
優しく微笑みながら見てたのだが、顔が引き締まり、色々と語ってくれた。(久 保・記)
★「ギャラリーMiZu」の外観です。壮大なロケーションをお伝えできれば幸いです。
「ギャラリーMiZu」は、旭川 医科大学から旭川空港に向かって約3Kmほど
行った高台にある。この道を走っていると、それまでの都会=旭川市が 急に、
アルプスの少女が暗躍しそうな丘陵が重なる農村風景に変わる。
そんな丘にポツンと出来ているこのギャラリーは、オーナーの稲垣瑞子 さんが
ご主人の定年退職に合わせて、自ら設計して建築されたらしい。
余計なお世話だが、灯油の配達の人が苦労しそうなロケーションでもあ る(笑)。
私がお邪魔した時、ご主人が外で畑を耕していた。
なんだか、某沼田町の若林博士のような生活だ(がくっ)。 (久 保・記)
久保元宏の連載マンガよ〜♪ ♪おにぎり、むしゃ&むしゃ。やっぱ、具は明太子〜!久保AB-ST元宏の
連載マンガ(がくっ)。

これは、沼田町および近隣の町に
毎月1回、配られる
『スノッピ新聞』に連載中。

いつの間にか、もう第16回。
最近は毎回、
締め切り間際で
ネタ切れ状態で苦しんでおります(笑)。
今回は、皆さまもご存知の、
ほらっ、例 のあの方
描いてみました〜♪
おおおお〜♪地下室で、今年のブドウ・ジュースも「熟成」が始まりました♪

■ほらっ、例のあの方
ログハウスの地下室での
今年のブドウ・ジュースの「熟成」が始まりました♪
画像の品種はツバイゲルトレーベです。

ハローウィン HAPPY
HALLOWEEN
クリックし て、
「ハロウィーン・クイズ」を
やってみよう!
ぜ〜んぶ正解すれば、
10月31日(月曜日)の本番で
君はパーティーの主役に
なれるかも!?
がくっ。

夢は雪野をかけめぐる♪猫はコタツで丸くなる♪
スキー場?じゃぁーあーり ません。若林博士のログハウス前の道路です。

はいほー、はいほー♪仕事が〜好きっ♪雪かきも?
「今年は雪が少ないほうだ よ。」と、初めて冬を越す奥様に説明はするのだが……。がくっ。

夢は北の大地をかけめぐる♪
久保に届いた徳丸滋画伯の画集を観ながら、シロート美術談義。「鹿追の展覧会は行きたかったねぇ。」

もぐもぐ♪若林博士から、珍しく画像添付メールが来た。わざわざ送ってくれたのだから、とても嬉しかったのだろう。 2006年2月3日(金)
< エゾクロテン >

若林博士から、珍しく画像添付メールが来た。
わざわざ送ってくれたのだから、
とても嬉しかったのだろう。
クロテンよりも、博士の純粋さが、
ストーンズのチケット販売会社の不誠実さへの
憤り騒ぎで荒れた心(?)をなごませてくれました♪

>Subject: 冬の珍客
>Date: Fri, 3 Feb 2006 6:48Pm
>
>冬の寒さが厳しいこの頃我が家に、珍客が訪れました。
>エゾクロテンです。
>ソーセージを出して置くと、美味しそうに食べています。
>すっかり食堂気分のようです。


はいほー、はいほー♪仕事が〜好きっ♪
2006年2月8日 (水)、晴れた日を見つけて木材を搬入。そーか、まだまだログハウスは未完成でした(笑)♪
差出人 : Ajumi
送信日時 : 2006年1月24日 11:06Pm

皆さんいかがお過ごしですか?
2/9(木)19:00より若林さんお家で
パーティーを開きたいと思います。
いつもの持ち寄りスタイルでやりたいと
思いますのでよろしくお願いします。
私の友人
(キウイスキーガイ;ニュージーランド人)が
参加する予定です。
参加できる方連絡ください。


差出人 : Emily
送信日時 : 2006年1月25日 1:23Pm
宛先 : 久保AB-ST元宏
件名 : Re: 鴨なBABY

I want to make a crazy party
at Wakabayashi San's home,
but February 9 is a Thursday.
Jeff and I have to be at school the next day.
I don't think we would be able to
get back to our home that night. I am sad! Em


差出人 : はる
送信日時 : 2006年1月25日 1:46Pm
宛先 : 久保AB-ST元宏
件名 : Re: Sad sad Sadism

こんにちは。今、エミリーと爆笑してました。
サド、サド、サディズム。
だけど、木曜は残念です。せめて金曜なら…。
そのうち金曜か土曜にパーティーがある日を
狙って、必ず出没します!はる


差出人 : 久保AB-ST元宏
送信日時 : 2006年1月25日 11:13Am
宛先 : mily and Hal
件名 : Friday Me to the Moon

Hi Emily and Hal.

>No chance for Friday?!!!!

Dr.Wakabayashi had
come to my house up to just now.
And we talked about you
who crazy party members from Sapporo.
Dr.Wakabayashi said
"It is so Sad sad Sudden death.
But it means that we can make
an another crazy party for Emily, Hal,
and more!"
Oh! Great Dr.Wakabayashi !!!
The conclusion.
You must decide the day
when your convenience is good.
We will make an another crazy party
for you on your convenience day !


差出人 : Ajumi
送信日時 : 2006年1月31日 8:02Pm
宛先 : 久保AB-ST元宏
件名 : Re: 鴨なBABY

平日なので、鍋の準備は
若林さんにお願いしようと思います。
久保さん鍋を持ってきてください。
あとカセットコンロもあったらおねがいします。

エミリーって誰ですか?


差出人 : quiqu
送信日時 : 2006年2月6日 11:05Am
件名 : 9 日パーティー

ライアンが来るかもしれません。
その時は僕がログハウスまで連行?します。


差出人 : Ajumi
送信日時 : 2006年2月6日 5:53Pm

9日のパーティーですが
久保さんがおいしい鴨を調達してくれたそうなので
鴨鍋パーティーに変更します。
みなさん飲み物持参で参加してください。
材料調達しなければならないので
参加できる方は必ず返信ください。
それでは9日、19時に会いましょう。


差出人 : Emily
送信日時 : 2006年2月8日 2:53Pm
宛先 : 久保AB-ST元宏
件名 : Emily

Konnichiwa Moto!!!
I hope you are having a nice day!!

Shiwa Sensei and I have been discussing
coming to visit you and
Wakabayashi San in Numata!!!
What do you think about a visit from us
the last weekend of February -
Friday 24th (spend the night) and
Saturday 25th
(we would leave that afternoon or night)?
Do you think Wakabayashi San
would let us stay in his fine home?
Me, Jeff, Shiwa Sensei,
her husband and maybe Mayu (?).
Should I try to email Wakabayashi San?

There are two options for getting to Numata.

1.) We leave Sapporo station at 6pm
and get to Numata at 7:26
2.) We leave Sapporo station at 7pm
and get to Numata at 8:25

I think option 2 is best for Jeff and I,
but I need to talk to him.
Is that too late to be arriving?

I hope this is something that
we can all do together.
I am excited to visit with ya'll!

We got our tickets for
the Godfather of Soul, James Brown!!!
We decided to spend the money f
or the best seats!! Are you going?

Haru is emailing you too,
so if you don't understand my (blah, blah, blah),
you'll understand hers!!!

Looking forward to seeing you
and drinking some wine
and talking about music, movies, and life!!! Em


差出人 : はる
送信日時 : 2006年2月8日 3:08Pm
宛先 : 久保AB-ST元宏
件名 : 沼田に行きたい!

こんにちは!エミリーと
GOTO沼田プランを調整してきたわけですが、
この度、2月24(金)・25(土)日がどうか、
ということになりました。
その日でいかがでしょうか?
金曜なので、
夜9時頃若林宅に
着く予定です。
エミリーはスキーも持参して、
列車に乗り込むそうです。
私は万祐と夫も
連れて行く予定です!はる
ばぶばぶ。温泉だけに、バブバブ。・・・がくっ。

鴨かも♪鍋だけじゃぁー、もったいないっすー♪
若林 シェフ、鴨肉をさばく!
★ちょいと声をかけあえば、こんなカラフルなやつらが集まる家。
2006年2月9日(金) 若 林伸篤博士ログハウス でパーティ♪
差出人 : Ajumi
送信日時 : 2006年1月24日 11:06Pm

皆さんいかがお過ごしですか?
2月9日(木)19:00より若林さんお家で、パーティーを開きたいと思います。
いつもの持ち寄りスタイルでやりたいと思いますのでよろしくお願いします。
私の友人(キウイスキーガイ;ニュージーランド人)が、参加する予定です。
参加できる方連絡ください。


差出人 : Ajumi
送信日時 : 2006年2月6日 5:53Pm

9日のパーティーですが
久保さんがおいしい鴨を調達してくれ たそうなので、鴨鍋パーティーに変更 します。
みなさん飲み物持参で参加してください。
材料調達しなければならないので、参加できる方は必ず返信ください。
それでは9日、19時に会いましょう。
カラオケ時代以前の、バンド・マンたちの伝説。

はいほー、はいほー♪音楽が〜好きっ♪雪かきも?
左から、
佐々木さん(1950年生れ)、
田村さん(1948年生れ)、
TKB-Gさん(1960年生れ)。
伝説のミュージシャンの息子と、
伝説のミュージシャンのライバルの共演が、若林博士のログハウスで聴 けた。

つまり、こーゆーコトだ。

前日、東京から札幌雪祭りへ出演しにきた
歌手の高田エージの プロモートの仕事できていた★音楽生活!TKB- G氏が、
私の”おさそい”にノッてくれて、
若林博士ログハウスでのパーティに午後9時に到着。
音楽は北の大地をかけめぐる♪
約 20人が集まった!

もう、その時はすでに鴨鍋パーティは佳境に入っていて、
恒例の(&高齢の?がくっ。)ミュージシャンの演奏も盛り上がってい た。
ギター&ボーカルの佐々木さん(1950年生れ)は、
かつてズー・ニー・ブーの ボーヤをしていて、ニューロック世代の生き証人(?)。
サックスの田村さん(1948年生れ)は、
郵便局で働いてはいるが、ティナー・サックス奏者として地元では有名 人。

その二人の演奏に、私のリクエストで、
さっ、と、ギターを弾きだしたのがTKB-G氏。
譜面さえあれば「初見」で、すぐに演奏できる。
「CをGにしてください。」なぁ〜んて、
音痴な私には曲芸(?「曲」だけに・がくっ。)にしか見えない
軽い打ち合わせでキーが合う。

なんせ、酒飲みのBGMみたいな演 奏だから、
わりとラフにやり直しも失敗も、オッケー。
重要なのは、雰囲気(笑)。

ふと気がつくと、若 林博士が階段に腰掛けて、
みんなから見えない位置で
密かにフルートを吹いて演奏に参加し ている(笑)。
どんなに隠れてみても、
音が聴こえるから隠れる意味ナイじゃん(がくっ)。

さらに、1月7日(土)にテレビ朝日『人生の楽園』
若林博士の音楽生活(?)が放送された時に、
「ああ、ワシも、ジャズやりてぇだ。」と 憧れて観ていた
地元の農業青年のミネ・松井(33歳)が、
持ってきていたトランペットを吹きだした。
実は私が消防団の出初式の時に、
彼から「テレビで観たんですけど、
私もジャズ、やりたんです。
今度、集まる時に是非さそってください。」と
言われていたのだ。
(私はマネージャーか?がくっ。)
で、前日に電話を入れたところ彼は留守だったので、
留守番電話に録音しておいたら、
やっぱ、今日になって来た〜(笑)。

「ワシ、レパートリー、無いんす。」
「ナインスを吹けたら、たいしたもんだ。」
「がくっ。」
「なんでもいいから、吹ける曲をやってごらん。
それにみんなが合わせるよ。」 と、ゆーことで
ミネ・松井の重要かつ貴重なレパートリー、
「聖者の行進」と「きらきら星」がバンド演奏された。
なかなか感動的なシーンであった。
ミネ、ペットが〜好きっ♪しかも、正座だよーん、うふふ。
正 座でトランペットを吹くのって、私、初めて観ました(笑)。

鍋の最後は、う・ど・ん♪
鴨鍋のメ インは、実は、うどん。鴨の濃いスープに、これが合う!めちゃ、うまっ!
演奏の合間に交互に休んで、酒。
私がTKB-Gさんに田村さんを紹介する。
田村さんは「最近、演奏する機会が無くなったから、
こーゆー雰囲気は嬉しいですねぇ♪」と、ソフトな笑顔をこぼす。
「へぇー。昔は、けっこーバンド・マンって忙しかったんでしょ?」
と、私の興味が動く。
「ええ。こんなイナカでも、
結婚式やダンス・パーティに呼ばれまして、ヒッパリダコでしたよ (笑)。」
TKB-Gさんが、私たちの話題に加わる。
「そーそー。久保は知らないだろーなぁ。
実はオレ、中学生の時から音楽で稼いでいたんだよ。」
「ええーっ!?」
「ほら、オレのオヤジ、スナックを経営してるだろ?」
私の家の近所のバー『赤と黒』だ。
「ムカシはさぁ、カラオケや有線放送が無かったから、
オヤジの店に生バンドがあったんだよ。」
「へーーーーー。」もう、トリビア状態である。
「バンド・マンってたって、
オヤジが働いているバーテンにテキトーに楽器を持たせていただけ
みたいな感じなんだけどさ(笑)。」
「でも、TKB-Gさんのお父様のティナーは凄かった。」
田村さんが自然に会話に参加する。
気がつけば田村さんの顔は笑顔ではなく、真剣さが隠せなくなってい る。
「田村さん、父のことご存知なんですか?」
「もちろんですよ。TKB-Gさんのお父さんは、我々の憧れでした よ。」
「実はオレ、中学生の時にオヤジから深川市の北海楽器で、
40万円のギブソンを買ってもらったんだよ。でへへ。」
うわーっ!!と、ここだけ私と田村さんの声がシンクロする。
「でさ、40 万円でギターを買ってもらった代わりに、
オヤジのバンドの手伝いを100回やる、って、決められたんだ(笑)。」
うむむむ。TKB-Gさんと私は1学年しか違わないが、まったく知らな かった。
と、言うよりも中学生の当時の私にとって
お酒の出る店に行くなんて想像もできない。
それが、TKB-Gさんは中学生の時からオトナに混じって
40万円のギブソンをバンドで弾きながら、
結婚式や歌謡ショー、ダンス・パーティなどを回っていたのだ。

それから、TKB-Gさんと、田村 さんの口から、
当時の伝説の地元ミュージシャンの名前が
交互に出る。
「久保、光って喫茶店あっただろ?
あそこのマスター、
オヤジのバンドでベースを弾いていたんだけど、
すげー上手かったんだぜ。」
「ああ、あの人は素晴らしかった。
妹背牛のドラムの関口仁も
若いのに凄かったなぁ。」と、田村さん。
「仁さん、今は長野県で
喜太郎のサポートをしているけれど、
なんでドラムやめちゃったんだろう?
やっていれば、ポンタさん級になれたのになぁ。」
「あ、そのジンさんって人のライブ、
私、若林博士と一緒に観ましたよ。ね、博士?」と、
よーやく私も話題に参加。
「ええ、ほらっ、例の
変わったソプラノ・サックスみたいな楽器に
シンセを組み合わせた自作の楽器で
ユニークな演奏をしていましたよね。」と、
博士もこーゆー話題は大好きだ。

とにかく、不思議と
TKB-Gさんと田村さんの口から出てくる
1970年代の地元ミュージシャンの名前は同じだ。
この二人、今日、初めて出合ったのに、
実は共通のミュージシャン仲間が
今から30年ほど前にいたのだ。
はいほー、はいほー♪フルートが〜好きっ♪
楽 譜って、インターナショナルな言語なのね。

そして、私は分かっ た。
田村さんと、TKB-Gさんのお父さんは同じ楽器を担当している。テナー・サックス だ。しかも、両者ともバンマスだ。
彼らは当時、おそらくライバル同士だったのではないだろうか?
ベテランのサックス・プレイヤーと、20歳代の若きハンサム・サックス・プレイヤー。
お互いのバンドにミュージシャンの貸し借りはあっただろう。狭いイナカだ。しかし、バンマスの貸し借りはありえない
他のミュージシャンであれば、お互いのバンドを行き来したであろうが、
父親のバンドで演奏する中学生のTKB-Gさんが田村さんのバンドへトラとして手伝い に行くわけはない。
だから、彼らは今日、初めて知り合ったのだ。

「田村さん、何年生れですか?」と、私が聞く。
「私は、1948年生れです。」
「ネズミ年ですね。団塊の世代だ、モロ。」
「オレよりちょうど一回り上ですね。オレは1960年生れだから。」と、TKB-Gさ ん。
ああ、1962年生れの私と、ギターの佐々木さん1950年生れも、一回り違う寅年生 れだ。カンケーないけど。
1970年代、ライバル同士のティナー・サックス奏者が、それぞれのバンドを引き連れ て、この地域で演奏しまくっていた。
その中の一番若いミュージシャンが、TKB-Gさんなのである。

「ところで、TKB-Gさん、ちゃんと100回、演奏会をしたんですか?」と、当時を 知らない私は聞いちゃう。
「あったりまえだぞー。だって、当時は生バンドって、ヒッパリダコだったんだよ。
売れない演歌歌手のドサ周りが来たら、必ず指名されたし、
結婚式なんてほぼ毎日あったしね。あと、やっぱダンス・パーティだよねー。ベンチャー ズとか弾きまくったよ(笑)。」
「そうそう。」田村さんの顔は、まるで戦友との同窓会みたいになっちゃってる。
「当時、オヤジがさぁ、楽譜をサラサラッと書いたのが積んだらこんなにあってさ。」 と、TKB-Gさんは手を1メートルぐらいの高さに広げる。
「うへーっ。それ、全部、演奏できたんですか?」
「バカ、できないから、楽譜があるんだよ。」
「あ、あ、あ、そう。」楽譜の読めない私の反応は、ミュージシャンの前ではどーも、マ ヌケである。
「でもさ、当時はやる曲って決まっていたんだよ。だって、ヒット曲って、全国民が共通 していたじゃん。尾崎紀世彦とか、小柳ルミ子とかさ。」
「なるほど。今じゃ、去年のレコード大賞が誰だか分からないもんねー。」
「そう。レコード大賞の衰退とバンド・マンの仕事の減少は同時期だったね。」と、話題 は一気に衰退期に移る。
「そうだねぇ。カラオケ が流行りだしたら、もう私たちは必要ないですもの。
それに、今は曲の消費が 速すぎる。楽譜に書いてとっておく意味が無い。」田村さんの言葉に は実感がある。
酒と、オシャベリが〜好きっ♪
左は、 ニュージーランドからパーティに参加しに来たロバート・キウイスキーガイ。24歳。
ただ今、彼はフリーター(?)。
近々、ドイツで土木設計技師になる予定だそうだ。
パーティの終盤、彼もギターに合わせて、ジョン・レノンの 曲「イマジン」などを歌った。
その衰退 期が始まった1970年代の最後の年、
TKB-Gさんは中央大学に合格し、東京に出る。
私とTKB-Gさんが再会したのは、
新宿のライブハウス「JAM」の楽屋でだった。
田村さんは郵便局員として、
地元に残り、少なくなったとは言え、
年数回の演奏を頼まれる日々を過ごしてきた。
スナック経営者として
ミュージシャンから引退したかのような
TKB-Gさんの父親と比べれば、
まだまだ30歳代の田村さんにとっては
空しい日々もあったのではないだろうか。

一方、1950年生れの佐々木さんは
1968年に沼田高校を卒業後、
横浜に集団就職をして工員となる。
しかし、憧れていたバンド、
「白いサンゴ礁」の大ヒット曲のある
ズ・ーニー・ヴー
楽屋に押しかけ、ボーヤとなる。
時代はグループ・サウンズから
ニュー・ロックの時代になり、
ズーニーブーは玄人好みのR&Bバンドになるが、
レコードは売れなくなる。
ズーニーブーの最晩年、
佐々木さんはステージでリード・ボーカルをまかされ、
ビー トルズの「レット・イット・ビー」を 歌う。
ちょうどその時期が
TKB-Gさんのお父さんと田村さんが、
競い合っていた時代でもある。
ズーニーブーは、ほどなくして解散し、
佐々木さんは福井県のクラブの専属歌手となる。
もちろん、時代は
クラブの専属歌手の歌を聴くことよりも、
自らカラオケを歌いまくる趣味が覆ってゆく。
佐々木さんも今では帰省し、
生れ故郷の沼田町役場で夜警の仕事をしている。

けっこー、でかっ!目がテン・・・。がくっ。
けっ こー、でかっ!目がテン……。がくっ。
< 余談 >
パーティも佳境にさしかかったころ、
若林博士が離れた席から私に大きな声で、
「久保さんっ!ほらっ、例のっ!」と、叫んだ。
おおっ。
先日、博士からいただいた写メールのエゾ クロテンだ!

デジカメ持参のパーティ客人は一斉に、結婚式のケーキ入刀状態(笑)。

以下、参加した★農家という生産の主体。はしログ /hashilogからの引用。

沼田へ。
飲み会の会場になっている家の窓のそばにテンがやってくる。
それを見て「1 匹で来てもテン」などとバカなコトを言ってるオレ。い やはや。

健康  不健康 健康

2006年2月24日(金)
6Pm
地元の中学校PTAによる「ミニ・バレーボール大会」に参加。
直前になって、実は自分がジャージ&運動靴を持っていないコトに気が付いた。がくっ。
中学1年生の息子から、高級(?)バスケット・シューズを借りる。「借りる」っーたって、買っ たのは私なのだが。
「ジャージも貸すかい?」と息子から言われたが、これで息 子コスプレ(?)で参加すると、なんだかマヌケなの で、さすがにソレは断っ た。
んで、「動きやすい服装」とゆー最重要選択肢から、仕事で着ている作業着で参加。がくっ。

8Pm
試合は4チーム中、2位。
最後も接戦で、かなり惜しかった。
それにしても、久しぶりにスポーツをした(笑)。
終了後、飲み会。発泡酒で(がくっ)。
優勝チームの商品は、(ホンモノの・笑)ビール。
こっそり、5本ほどもらい、呑む。
宴会の司会は、教頭先生。かなりのユル・キャラで、みんなを笑わせる。

9Pm
2次会に流れた最中に自宅に戻り、着替える。
ついでに、コンピュータを開き、Eメールのチェック。
東京の月見猫から、「ストーンズのチケットがあまったから」とのお誘いメールも来ている。
★just imagine...♪アートだ!あん♪アン♪ギャラ リーどらーる掲示板には、大阪の乙画廊の話題が。
酔っ払った勢いで、それらがミックスされた書き込みをしてみる。

久保AB−ST元宏 2006年2月24日(金) 9:31Pm
おっす、ひろみ嬢♪
>実は あたし、ローリング・ストーンズの3/24(金)東京ドーム、アリーナB13-35,36番の 席をゲットしたのです。
>(あ、足代はともかく、チケット代なんかおごる わよ!)

■なんてハナシもあるので、この日にダブれば、どらーる美学校「渋谷 俊彦個展観覧ツアー」修学旅行にノリます(がくっ)。
■ってゆーか、渋谷さんの作品は北海道で観るよりも、できるだけ遠くで観るほどに魅力が増す、と・私は、思っています。
「抽象」のパワーが「試される」という「意味」、は、ソコに集中される・のだ、と、私は思うのです。

10Pm
2次会会場のスナックに行ってみれば、すげー盛り上がり。
ミニ・バレー大会の参加者40人+小学校のPTAみたいな流れで、オジサン&オバサンが呑んだ くれている。
30〜40歳代のオジサン&オバサンがジャージを着て生ビールを呑んでいる光景は、なかなか不 思議ちゃん。
「あれーっ!?久保さんだけ着替えてきてズッルーイ!」とか言われても、「でへへ。」で、終わ る。
教頭先生が、バカを演じながらカラオケをしている。

11Pm
スナックのマスターにハイヤーを呼んでもらい、若林博士のログハウスへ!実 は午後7時からパーティが始まっているのだ。
ハイヤーの運転手に、「若林博士のログハウスまで〜。」と告げると、
「あれ?今日、若林博士のオタクで何かあるんですか?」「はぁ?」
「いや、あの、ミネの車にムライとフミオが乗って向っていくのを私が出勤した午後7時ごろに見 かけたんですよ。」「おお!」
若林博士の家でも、すでに大盛り上がり。
パーティのための、『共犯新聞』。
初めて会ったエミリーのダンナ、ジェフ・メイヤーは知的な男で、異文化交流が生む世界平和 (!)について意見交換。もちろん、英語で(笑)。
彼が「私たちはジェネレーションXだ。」と、両手でバッテンを作ると、
私が「むしろ、Xとは情報の交差 を意味している、と思う。違 う国にいても、聴いている音楽や映画は同じであるのがわれわれの世代だ。」 とか、言う。
彼は北海道で働く外国人教師の代表みたいな仕事をしているらしい。かなり重要なポストだ。
また、再会したハル先生、そのダンナのシワ先生、それぞれとも楽しく会話。
この二人は、夫婦でロックンロール・バンドをしていてキャバレー回りなどをしている。ダンナが ドラム、奥さんがベース。すげー高校教師だ!
Wow! 酔っ払い♪
かなり赤ワインを呑んだ〜。げふっ。
12時近くなって、ミネが「お先に帰ります。」と、言い出したから、「最後にトランペットで1 曲、やってってよ。」と言うと、
「ええ〜?マジっすかー?」と、言いつつも、「聖者の行進」を演奏してくれた。
ふと気が付くと、いつの間にか若林博士も階段でこっそりと演奏に参加している(笑)↓。
博士が来たりて笛を吹く♪・・・右上の階段を見よっ!
彼も前回の演奏パーティが楽しかったのだろう。翌日、下記のようなメールも彼から届いた。

差出人 : ディックみね松井
送信日時 : 2006年2月25日 2:54Pm
宛先 : 久保AB-ST元宏
こんにちは 昨日はお疲れ様でした。 途中で帰ってしまいすいません。  次回はいつごろなのかメールなどで教えてくださ い。 ではまた

若林博士の手造りのラザニア(←パスタも手造り!)が、とても美味しかった♪

2006年2月25日(土)
3Am
帰宅。
HP『共犯新聞』を更新せねば〜と、思ってコンピュータを開くが、もーかなりベロン&ベロ ン。
仕方なく、ゲストブックに書き込むが、翌日読むと、意味不明(がくっ)。

(いつものよーに、 酔っ払っています・ので)いえぇあ。
久保AB−ST元宏  2006年2月25日(土) 3:06Am
『共犯新聞』を読んでくれているヒト、ども。

■今週、映画館で映画を9本観た。
最初は、ただ、観ているダケだったんだよね、そう、ふつーに。
9本観終わって、思った。
私の映画を観る基準って、「ヒューマニズム」との距離感なの・かも・しれない、と。

■『共犯新聞』愛読者(?)の「みなさま」で・あれば、
私が言う、「ヒューマニズム」と、「ヒューマニズムとの距離感」の違いが分かってくれる・と、思う。
もちろん、今まさに私が「と、思う。」と入れ子状態に「期待」という「踏み込み」をした罪は消えない。
が、まあ。うん。


8Am
仕事。

8:30Am
バスケ♪
息子のバスケットの試合を観にい く。

昨日、私が借りたバスケット・シューズをはいている。

かなり弱小チーム。はっきり言って、超弱い。
それもそのはず、生徒数の減少でバスケット部は廃部されていたのが、
去年から復活したばかりで、3年生がいない。
よーやく3学期になって、1&2年生だけでも、
他校とも対等になったハズなのだが、弱い(笑)。

それでも私の息子が一番、背が高いようで、ディフェンスを担当して、
相手チームの一番シュートをする選手につきまとって、
最後には退場になるほどの熱演(?)。

そもそも、私も家内もスポーツの酢の字(?)も無い超☆文化会系なので、
その息子がスポーツにはまっている事実がメチャ、不思議。

また、試合中に常時、大声で指示をしていたのが教頭先生。
「おらおら、すぐに戻る!」
「リバウンド!リバウンド!」
「だめだ、そんなんじゃ、もっと上手くなれ!」←笑
「攻めろ!攻めろ!」
などなど。
昨夜の宴会のユル・キャラとはまったく違う。

そんなスポーツの美しさ(?)を、
ワインの匂いをまき散らしながら、
ボーッと観ていた二日酔いの私であった。

Another side of our funky party on 24th February !
2006 年2月24日(金曜日)に若林博士のログハウスで開かれたパーティについては、先日、『共犯新聞』にて報道された通 りである。
しかし、それは久保AB-ST元宏の視点からの報道であり、ガイジン記者に よって別の報道がされていることが発覚した。
下記が、それを知らせたメールである。
差出人 : Jeffrey Meyer
送信日時 : 2006年2月27日(月曜日) 0:54Am
宛先 : 久保AB-ST元宏
件名 : The Funky President

Kubo San:

I have recently started a blog about our Japan experiences.
There is a picture and short write up about James Brown on it. There is also a picture of you.
Here is the link.
★クリックすると、♪言葉のインタラクティヴ!Jeff Meyer's JetBlag.com
Enjoy, and feel free to cut and paste or link anything to your page. It was great meeting you. Hope to see you again sometime soon!

Jeff
Generation X
■私は改めて、ちょいと驚いた。
なんとジェフは「JETプログラム」の重要人物(?)のようだ。
う〜む。「英会話教室すずめの学校」を通じて取り組んだ、「JETプ ログラム」による「ALT(=外国人の語学教師)」派遣運動をしていた記憶がよみがえる。
滝川市役所「国際交流協会」の山内次長、古丹別の★渋谷jimonoさんもREXなのです♪青木和雄さんに引き続き、私(たち)は偶然にも貴重な出 会いをしてしまったのかもしれない。
■そもそも、私が★just imagine...♪アートだ!あん♪アン♪ギャラリーどらーるのオープニング・パーティで 知り合ったエミリーの夫が、ジェフ なわけで、
なんだか相変わらずの「わらしべ長者」人生である(笑)。
差出人 : Emily
送信日時 : 2006年1月21日 1:14Pm
宛先 : 久保AB-ST元宏

Do you know the date of the Rolling Stones concert?
Have you heard James Brown is coming to Sapporo?!!!
You have to go to that!!!!!
♪パパ・ガッ・ブランニュゥーーーーー・ガール!


そりゃぁー、もちろん知ってるけど、オーネット・コールマンも札 幌に来るんだよなー。
全部行くと、下記のようなスケジュールになる。・・・やっぱ、ストーンズだけか?がくっ。
2006年2月26日(日) 6Pm 『ジェー ムス・ブラウン』 北海道厚生年金会館 SS;\8800
2006年3月29日(水) 7Pm 『ザ・ ローリング・ストーンズ』 札幌ドーム S;\17500
2006年4月1日(土) 6Pm 『オー ネット・コールマン & 山下洋輔』 札幌Kitara SS;\7500

■ってなワケで、ジェフのブログから、「若林博士パーティ」〜「ジェームス・ブラウン札幌ライブ(!)」の部分を、引用&ヘタクソ翻訳してみまし た♪

Text by. Jeffrey Meyer
Photographs by. Emily Meyer
Translation by. 久保AB-ST元宏(2006年3月1日)
24/02: Expressway to Numata
2006年2月24日(金) 7Pm 沼田町行き、天国道路

Awoke this morning, dreaming the Winter Olympics in Japanese.
朝、起きてみりゃぁ、ニッポン人にとって夢のようなトリノ・オリンピックが待っていた。
「きん」か?「かね」か?
I slumbered deeply upon the red vinyl.
私は、赤く染まったビニールの床で、うとうとしながらテレビを観 ていました。
A strong wind rattled the house in the heater's low glow.
強風が煙突から吹き込んできて、ストーブの火がゆらぎ、部屋を染 めていたのです。
The wind blew but nothing descended from the skies.
風は吹きましたが、あたり一面の空からは、いつもの雪が降っては きません。
Rain now descends,
それどころか、ついに春の兆しの雨が降ってきました。
but in a horizontal kind of way.
しかし空から降るというよりは、水平方向に!
It is ame that really wants to be a fubuki.
そう、まさしく日本語で言うところの「フブキ」に成りたがってい る、「アメ」です。
Gambatte!
「ガンバッテ!」
♪まゆちゃん〜!


♪ベーシスト! We spent Friday night in Numata,
金曜日の夜、私とエミリーの夫婦は沼田町で過ごしました。
a couple of hours northeast of Sapporo via the expressway,
沼田町は札幌から北東に向って、高速道路で2〜3時間かかりま す。
with the Shiwa family: Haru, Masa, and Mayu.
一緒に行ったのが、志波さん一家の、ハル、マサ、そしてマユちゃ んです。
Yes, Mayu is completely adorable.
そうそう、マユちゃんったら、ほんと、かわゆい♪

After a short day of work, due to students taking final exams,
私はこの日、期末試験を受ける生徒のために、ちょびっとだけ仕事 をしてから、
we exited town at 6:00pm and headed northeast to Numata.
午後6時には、北東にかまえる沼田町をめざして、大都会から抜け 出しました。

It was snowing heavily at the time,
ちょうど車で走っている最中、最悪の猛吹雪でした。
but Masa was at the wheel,
でも、運転は私ではなくてマサがしてくれたから、安心(笑)。
and his driving skills are deep.
いやホント、マジ、彼は運転上手!

He used to drive around one of those election time propaganda vans that ply
だって彼は、かつて選挙の時に選挙カーの運転手として日本中を走 り回り、
the streets of Japan broadcasting their agenda
彼の運転のおかげで候補者は公約を日本中にアピールできたし、
and qualifications to the world.
市民は、その候補者が政治家にふさわしいかどうかチェックできた んだからね!
After handling one of those in traffic,
まぁ、そんなお墨付きのドライバー経験がある彼のことだから、
I have the utmost confidence in his hands
たとえば、猛吹雪の高速道路を走っているマッ最中に、
as we jump on the expressway in the midst of a fubuki.
車がジャンプしたって、まぁ、運転しているのが彼なら安心さ〜。

Haru rode shotgun.
とは言っても、ハルは武装してマサの運転する車に乗り込んだ けどね(笑)。
Haru (aka Shiwa Sensei) teaches at Hakuryo Koko,
ハル(=世間では、志波先生と呼ばれている。)は札幌の白稜 高校の教師で、
and is Em's best friend.
我が愛妻、エミリーの親友なんだよ。
Shiwa Sensei is a Social Studies Teacher at Hakuryo
志波先生ってコトで、白稜高校では社会科を教えているんだけ ど、
who speaks great English
めちゃ、英語を上手に話すんだ。
and has helped us immensely here in Japan
ってなワケで、私たち夫婦にとって、ここ日本でとっても助け られているのさ。
as translator, cultural ambassador,
ある時は通訳として、またある時は文化使節として、
and good friend.
んで、親友ってワケ。
Haru and Masa are not only senseis and parents,
さらに、ハルとマサはセンセーだったりパパ&ママだったりだ けじゃなく、
but also a rythm section.
リズム・セクションなんだよ。
Guess who is the drummer and who is the bassist!
ほらほらほら、誰がドラマーで、誰がベーシストか、当ててご らん!
Rock and Roll
♪ドラマー!
The house comes complete with an artfully crafted kamakura.
んで、この手造りの家は、芸術的なカマクラをそえることで、完成 します。
Mayu reveled in amazement at the handwork of the snow play house.
マユちゃんは、雪遊びができる家が、見ている前で造られてゆくの で、もードキドキ。
She even was kind enough to agree to a fashion shoot
マユちゃんファンになっちゃった私を満足させてくれるかのよう に、
for the newest line of Hello Kitty snowsuits.
彼女はハロー・キティの超最新モードでキメて、写真モデルになっ てくれました♪

On Friday there was a get together of friends at the Wakabayashi San home.
さてさて、金曜日になると若林博士の家に友達たちが集まってきま す。
Haru used to teach at Numata High School
実はハルは、ちょいと前に沼田高校の先生だったんだ。
and is much loved in the town.
んで、この町からとっても愛されてるってワケ。
There would be wine drinking, eating, and conversation
博士の家ではこんな感じで、ワインがガブガブ呑まれ、食べ ちゃー、話し、
into the wee wee hours of the morning.
そんなこんなで、朝なんてスグだもんなぁー。

The upstairs of the house was
博士の家の二階は、
laid out for us and the Shiwa family as guests of the house.
この家のゲストである、私たち夫婦と、志波一家のために準備され ていました。

The hospitality and kind atomosphere was amazing.
このもてなし、そして親切な雰囲気。びっくりしたなー、もーぉ。
♪かまくらぁああ〜!

♪オヤジ〜!
So, was the conversation.
そうそう、ワインも食事もサイコーだったけど、会話を忘れちゃい けない。
Especially, the conversation with Kubo San.
とくに、久保ってディープなオヤジとの会話(笑)。
Very intense and thought provoking in any language.
アイツの英語はデタラメだったけど、チョー過激で、それなりに考 えさせられたよ。
Wine flowed as thoughts
会話によって、ワインのように熟成された思想が、
deepened in the culture of mankind.
人類の文化として深まったとき、かなりワインを呑み過ぎちゃって いたなぁ。げぷっ。
The culture of the X.
「X」、つまり交差、つまり、共犯の文化。
The center is where things meet, mix, intermingle, and disperse.
2つの線が交差する「X」の中心とは、出会い、混ざり、複雑化 し、そして分かれる場所。
The conversation went on past 3 am.
話しは盛り上がり、午前3時を過ぎても、まだまだ続いたんだよ、 まったく。
Then people dispersed and sleep was attained.
そーこーしているウチに、みんな帰っちゃったり、眠っちゃったり したんだよね。

Slumber was deep,
爆睡してたんだけど、
but the morning dawned very early with Mayu already enjoying the day.
マユちゃんが、もーすでに次の日を楽しんでいて、メッチャ、朝は 早かった。がくっ。
Her pajama clad sounds of happiness roused me from slumber.
マユちゃんのパジャマにくるまれた幸せの音は、私を眠りの国から 引き戻しました。
I could smell breakfast below,
と、同時に今度は私は漂ってくる朝食の香りをかぐことができまし た。
and knew that we would soon be skiing on a couple inches of fresh snow.
さらに、「もーすぐ2,3センチの新雪でスキーができるんだ!」 と、思い出したぞ。
To be continued..., after the James Brown concert!
さてさて、お楽しみは、まだまだ続く……。次は、ジェームス・ブ ラウンのライブだっ!
For now I must prepare to get funky!
よっしゃ、私はファンキーをゲットする準備をしなくっちゃ!
JAMES BROWN is gone with the X'mas !
♪ふぁんきーーーーー!
2006 年2月26日、JB、最後の北海道でのステージ。撮影は、ジェフリー・メイヤー。
下記は、彼によるライブ報告(訳は、久保AB-ST元 宏)。
26/02: The Funky President
2006年2月26 日(日) 6Pm 『ジェームス・ブラウ ン』 北海道厚生年金会館
We just returned from seeing the Funky President himself at the Hokkaido Koseinenkin Hall in downtown Sapporo.
そんなワケで、私たち夫婦は北海道厚生年金会館でファン キー・プレジデントを観るがためだけに、大都会、札幌へと戻りました。
The Godfather, James Brown, and friends put on an energetic and action packed one hour and forty minute show.
ゴッド・ファーザー=ジェームス・ブラウンと、彼の仲間たち は、1時間40分のショーにエネルギーとアクションを詰め込んでいました。
The Godfather was center stage in a glittering red suit.
ゴッド・ファーザーは、ド派手なギンギラギンの赤いスーツを 着て、ステージの真ん中でデン!と、かまえていました。
He was backed by The Soul Generals: 2 drummers, 2 bassists, two guitarists, and a horn section.
彼は、2人のドラマー、2人のベーシスト、2人のギタリス ト、そしてホーン・セクションで構成されている「ザ・ソウル・ジェネラルズ」を、バックにした がえていました。
Also, James had his backup singing troupe, the Bittersweets, to lend their vocaling styles.
さらに、JBは「ザ・ビタースィーツ」という名のバック・ コーラス・グループをかかえていて、やつらとスゲー、かけあいをやってたよ。
Finally, there were two scantily clad dancers who made periodic hip thrusting appearances.
そしてメンツの仕上げとして、2人のセクシー・ダンサーが フェロモンをばらまき、ステージはパーフェクト!
The crowd was enthusiastic, and James knows how to put on a show, orchestrating its many facets from stage.
もう観客は興奮しっぱなしで、JBときたら、あふれかえるス テージのメンバーを見事にまとめあげて、盛り上がるツボをつかんでんだよな。さすがっ!
James can still cut a mean rug and belt it out with the best of them.
有名なマント・ショーによってライブは終わるのですが、それ さえも彼の気分ひとつ。
Dissappointingly there was no encore....
残念ながら、アンコー ルはしてくれなかったのよねぇ……。がくっ。
♪パパがっさぁー、新しいバッグを買ったんだべさ、なのよね〜! 2006年12月25日午前1時45 分、
「ゴッドファーザー・オブ・ソウル」と 呼ばれた米ソウル歌手ジェームス・ブラウンが、
アトランタの病院で死去した。73歳 だった。
肺炎を患い、クリスマス・イブの24日 夜から入院していた。

1933年、サウスカロライナ州バーン ウェルで、
ガソリンスタンド店員の一人息子として 生まれる。
4歳の時に両親が離婚。おばが経営する ジョージア州の売春宿で育った。
10代前半で学校をやめ、靴磨きや皿洗 いなどをしながら過ごし、
16歳の時に強盗を働いて逮捕された。

1953年にプロデビュー。観客を熱狂 の渦に巻き込む驚異的なライブで人気を博し、
50年代後半から60年代初頭にかけて ソウルの第一人者となった。
60年代に絶頂期を迎え、「パパの ニュー・バッグ」や「アイ・フィール・グッド」が
数週間にわたってヒットチャートの1位 を維持した。

60年代末には、雑誌の「米国で最も重 要な黒人」に選ばれた。
70年代に入っても「スーパー・バッ ド」「セックス・マシーン」などのヒット曲を連発。
1985年には映画「ロッキー4」の挿 入歌「リビング・イン・アメリカ」で復活を印象付けた。

70年代中ごろには、ラジオ局の贈賄事 件に関与。
妻と離婚し、息子を交通事故で亡くし た。
その後も、薬物使用で逮捕されたり、再 婚した妻に暴力で訴えられたりするなど、
ファンキーな人生を送った。

差出人 : Emily
送 信日時 : 2006年12月26日 8:32Am
宛先 : 久保AB-ST元宏
件名 : Re: JAMES BROWN gone with X'mas !

I am so sad!
Funk and soul will never be the same.
A lot of music that is popular today owes so much to James Brown.
I will remember him everytime I shake my butt while getting FUNKY!!!!!!!!!!
Thank you, James Brown, for your body movin' music and all the good times had while listening to it!!!!

Merry Christmas, Kubo San! And a Happy New Year!!!!! See you soon!!!

Get Funky!!!! Em
♪深夜のイタリアン!

差出人 : TERA
送 信日時 : 2006年12月26日 12:16Pm
宛先 : 久保AB-ST元宏
♪青島幸男だぁ!青島幸男より♪小泉、じゃぁーなく。岸田今日子より♪ベック、じゃぁーなく。JBよりも、
♪まぁ、そりゃぁ、ね。カ ンニングス相方の死が大々的に報じられていいのか!?

二日酔いで、博士とスキー! 差出人 : Emily
送信日時 : 2006年2月28日(火曜日) 1:35Am
宛先 : 久保AB-ST元宏

Hello Moto!!! What a great weekend of drinking wine, talking, thinking, laughing, skiing and dancing!!!!
The time at Wakabayashi San's home was wonderful. Wakabayshi hospitality knows no bounds!!!
James Brown was awesome. Here is what Jeff wrote about it on his "blog".

Wow! This 73 year old is funky as hell!
He danced, he sang, he screamed!!!
We had a great time, as did the other funky audience members!
Everybody was dancing and yelling! Wish you could have been there!!!
Until our next encounter... stay funky!

Hit it and quit it!

Em

初 心、忘れるべからず。・・・・・・って、意味が違うじゃん。
★はっしーエッセイ
2006年3 月27日 北海道新聞 空知版
いつもの、橋向師匠の連載エッセイ・・・。





















★まるで初心者。ってゆーか、そのもの(笑)。
カーリング歴 3年!しかも、カーリング回数3回!
中央の奥でアキレているのが橋向師匠(笑)。

今朝の北海道新聞を見て、ブッ!

いや〜、ハッシー、何気に書いているねぇ〜(笑)。

確かに、年1回じゃぁ、「お遊び」だもんな。

みなさん、カーリングは、「スポーツ」です!
★行く!
ホールには、 トリノのカーリングメンバーのサイン入りポスターが。

北 海道沼田町24時、若林博士の手造りログハウス。
LOVE、から遠く。しかし、LOVE。
▲2006年6月23日(金曜日)24時

パーティの入り口は、

どこからでも、ほら。おいでよ、ここへ。

ジーコ・ジャパン、負けましたねぇ〜。
トルシエの「管理サッカー」、
ジーコの「自由サッカー」、
なかなか難しい選択ですね。
いずれにせよ、サッカーとは、
監督が準備する「フォーメーション」に、
選手個人の「個性」が
有機的に結びついてこそ強くなるスポーツのようです。
残念ながら、日本の選手の「個性」は他国に比べると弱いかもしれません。

しかし、W杯とは、それ以前の200数十国参加の大舞台。
ここまでこれたことも、偉大なるジャパン・ブルーの進化の過程です。

さて、北海道は今日も冷たい雨が降っています。
農家の方は、「稲の成長は4日遅れだ。」と言っていました。
たった「4日」?
と、思われるでしょうが、1日、1日にかける農家の方の集中力の彼岸にこそ、
おいしいお米が届けられるんですね。

2006年12月29日 金曜日 午後5時31分←■若林博士にソバ粉をプレゼントしたら、さっそく、手打ちソバにして届けてくれた♪また、これが、美味いっ!
俳句は、パンク。今日の一句
ふたりしてひかりのように泣きました あのやわらかな草の上では  東直子
コンニチハ
木槿(むくげ)の頬を
風が指す

(久保元宏 2002年9月)

★日付をクリックすると、♪好きな時代に行けるわっ♪あん♪アン♪歴史か ら飛び出せ!
たとえば→3月9の歴史
恋愛を科学する♪
Happy Birthday
to
Dr.遊びを、科学する?Wakabayashi
!