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久保AB-ST元宏さまさま こんにちは。
月見猫でございます〜。
今夜はお月見。
きな粉付きお月見団子を用意していたのに、
ちょっと曇りがちな空模様の東京です。
昨日は久しぶりに連れ合いがオフで、
サッカーの朝練後、
家族で新文芸坐へ出掛けました。
行きの電車の中、4歳の長女が突然
ドア付近に立っていた乗客のひとりを見て
「パパ、あの人、手がない!」
と声をあげたものだから、一瞬フリーズしました。 |  |
半袖開襟シャツを着たご老人は、
両肘から先が半分くらいの位置で切断されています。
その腕でスポーツ新聞を持って読んでいた彼は顔を上げ、
自ら「ねーえ。びっくりしたよねぇー。」
と気まずい空気を打ち消すように長女に微笑みました。
「おじいちゃんはね、昔戦争でお手てがなくなっちゃったんだよ」
今度はあたしたち親の方を向き
「先の
『大東亜戦争』(あ、この呼び方するんだ)でね。
手だけじゃなく、体中傷だらけなんですけどね、まあ、生き残りです(笑)。」
「僕の祖父も、海軍だったんですよ。僕は顔知らないんですけど。」
共通の話題につながりました。
(この『祖父』は、義母が1歳の頃ソロモン沖で亡くなったと聞かされており、
今も墓には遺骨がありません。)
目を見張ったのは、ご老人の右腕が爆撃の後、
さらなる手術を受けたということで
腕の骨2本の間をメスで分断してある
(シザーハンドになっている)ということでした。
「この手術受けた人間はわりと少ないんですよ。
あたしもね、こっち(左)もやるはずだったけど、痛いから逃げちゃった。
でも、おかげで右はボタン掛けはだめだけど、ファスナーはできるんだよ。
お嬢ちゃん、握手してみる?」
おそるおそる手を差し出す長女。
高井戸(けっこう近所)にひとり暮らしをしていて
今日は電車に乗って散髪にいくのだと。
「そこの床屋はね、目の見えない奴だとか、そういう人間を雇っているんだよね。
以前新宿にあったんだけど、神田に移っちゃってね。」
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あたしは映画ってえと、西部劇が好きでねー。
最近西部劇ってやらないよね。」
ご自分が戦争で両手を失っていながら、
戦う映画が好きなのかー。
あたしにとっては不思議な感じがするけど、彼の中で
たぶん、戦争に対する(まして天皇に対してをや)
恨みや悲しみのような感情は、
年月を経て溶けて行っちゃったんじゃないかと思えた。 |
人間ってきっと、負の感情に囚われたままだと、
苦しくて生きていけないのかも知れない。
荻窪から新宿までの、わずかな時間だったけれど、
何か密度の濃い時間でした。
さて池袋に到着。
かつての文芸地下はいまやパチンコ屋に身売り(涙)。
パチンコビルの3階が映画館になっています。
本日の新文芸坐のプログラムは『いのちの食べかた』と『NAKBA』の二本立て。
小学1年生には早いか?
でも、
『いのちの食べかた〜OUR DAILY BREAD〜』は
自分が観たいと同時に長男にも観せたかった。
05年オーストリア&ドイツ制作のドキュメンタリー映画で、
ナレーション、インタビューが一切ない。
卵も鶏も豚も牛も魚も牛乳も
野菜も果物もナッツ類も麦も塩の採掘も、
種まき、育て、収穫して箱詰めする全ての工程が
いかに効率よく機械化され、人工コントロールの元に行なわれているか
それを「消費者であるあたしたちは実はほとんど知らない」という事まで
ありありと見せてくれる映像だ。
農業や畜産=「牧歌的な田園風景」といったイメージとは、ほど遠い。
確か大手町に、人工光と水耕栽培だけで野菜を育てるビルがあると聞いたけど
「えっ?土も太陽もなくて?」と驚いていたあたしはすでに時代遅れ。
ひまわりの種を収穫する時も、虫に食われるより早く収穫しようと
薬を空中散布して、人工的にひまわりを枯らす。
パプリカが根をはるのは、土でなくロックウール。
孵化したひよこはワクチン処理をされたあと
ものすごいスピードでチューブに吸い込まれ、
ベルトコンベアで運ばれてまた吐き出され、箱詰めされる。
ピーチク鳴きながらすっ飛んでいくひよこたちの映像は
可哀相とか通り越して、もうギャグとしか見えない。
屠蓄され、体毛を焼かれた豚は1頭ずつ足から吊るされてラインで運ばれる。
ディスク型のチェーンソーを順番にお腹にあてがう。
ワンストローク。
次の瞬間
内蔵がダラーッとむき出しになる。
さすがにこのシーンは子どもたちにはショックだったみたい。
でもあたしがショックだったのは、
牛の屠蓄シーン。
何も教えられていないはずなのに
眉間に銃をあてがわれる前に、
明らかにびびって嫌がっている様子が見て取れた。
全体に静かな映画なので、牛のシーンまでもたず、
長男は居眠りを始めてしまってここは観てないのよ。
終わってから起こしたら「全然面白くなかった!」と憎まれ口をきいたけど
さて、これが彼らの心の中でどう発酵、熟成していくか…。
『パレスチナ1948 NAKBA』は、あたしひとりで観ることにした。
フォト・ジャーナリストの広河隆一氏が
パレスチナ1948年の惨劇から、時には過去を遡り、ずっと追い続けてきた
ユダヤ側、アラブ側双方からの取材の記録だ。
自分たちがホロコーストを経験していながら、
なぜ他民族に対しての残虐行為は正当化できるのか。
生活クラブが毎年購入している
水俣の甘夏みかん生産者を思い出す。
自分たちもかつて「チッソ」の工場廃液により、
有機水銀に蝕まれ、今でも苦しんでいること。
海が汚染され、漁業ができなくなったこと。
それらを受け止めて
「自分たちは加害者になりたくない」
と果樹栽培において減農薬に取り組んできたという生産者。
それに比べ、50年以上イスラエルで対立に次ぐ対立を繰り返しているさまは
まさしく暴力の連鎖であり、破壊された街の景色は、
そのまま人の心を映しているみたいだ。
とは言え、この映画に救いがあるのは
ユダヤ人の中でも元マツペンのメンバーなど
中立を説く人物やシオニズムが
排他的な国粋主義だと警鐘をならす人物などが
きちんと登場している点だと思う。
でもさ、 殺すことって、
人間以外の動物に対してだったら、いいの?
2本の映画を観終わって、
自問自答しながら家族で帰路に着く。
もしかしたら、 子どもたちにとって、
今日沁みこんだ体験は
スクリーンに写しだされた絵ではなく、
手のないおじいちゃんと
握手したことの方かもしれない。
かつてあたしたちの国にも戦いがあった。
連れ合いの 祖母は、
二回軍人と結婚して、二人とも戦死、
その祖母さえも
13回忌を迎えようとしているけれど
娘が1歳の時からずっと戦争未亡人として
80歳まで生きてきた人だった。
だから靖国神社の参拝は、
欠かしたことがなかったという。
というわけで(何が『というわけ』なのか?)
10月12日 「憲法ひろば・杉並」
一周年記念集会が企画され 『靖国』の
上映会&シンポジウムがあります。
行ってきます!
賞味期限切れのネタ&写真、お許しを(笑)。 |
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