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杉田二郎
Jirou Sugita 




オツル姐さんのフォーク昔話 第1話 
〜京都御所〜
 1966年、ある日(花の大学1年生)、中学校からの幼なじみ、ダイジロウ(塩見大治郎)が言った。
「オツル、僕らフォークソングやってるねん、見にけぇへんか?」御所へ行ってみると(徒歩5分)、男の子が2人、ギターとウッドベースをかかえて待っていた。
フーティーラッズのブーチン(上田浩二)とオサム(箕岡埋)であった。なんでもアメリカのキングストン・トリオの曲を歌うんだと。
 けっこうおもしろかったのでせっせと御所へ通ううち、バンジョーを持って教えに来ていた岩井宏と出会う。
歌ってみるかということで、イアンとシルビアの曲を1〜2曲手がけたが、そのうち私の声質からか、ジョーン・バエズのひき語りをやれや、
で、岩井さんにギターの手ほどきを受けることとなった。

 友人から中古のギターを3000円で買い
(ギターに種類があるなんて知らなかったし、180cmの友人にぴったりのカントリーギターは大きくて、ギターを弾く右手の弦が見えなかった)、
レコードプレーヤーに針を何度も何度も落としては、コードやフィンガリングの音とりをした。
1年ほどたって、カセットテープレコーダーという、電池をいくつか入れると御所ででも録音できる便利なものが出てきた。

 当時の御所には何となく縄張りがあって、北側は同志社大、西は平安女子高、東は立命館大、そして南側はその他一般、という具合である。
我々はそのどちらとも関連のもてる、ほぼ南よりの中央あたりに陣取っていた。
 当時の先輩バンドは(京都、1966年当時)、


ハイウェイメンの曲を得意としたデューディー・ランブラーズ
(藤原洪太、田平義昭、端田宣彦)、
キングストン、ブラーフォーおまかせのグリティー・グリーメン
(梅垣達志、中村好宏、土井明、後藤忠邦…1965年まで、1966年より梅垣・中村のデュオ、その後グリティー梅垣はソロ活動)、
全くユニークな曲作りのフォーク・クルセィダーズ
(加藤和彦、芦田雅喜、平沼義男、北山修)、
PP&Mスタイルのモダン・ルーツ・シンガーズ
(佐竹俊郎、杉田二郎、土井月子)、
京都フォーク界の大御所、我々が師匠と呼んでいた大塚孝彦とそのグループ
(大塚孝彦、高田恭子、中村道子、大塚敬之、山崎実也)、

そしてバンジョープレーヤーとしてデューティーやグリティーに加わる岩井宏がいた。
あ、もう一つ、グリティー・グリーメンJr.(石塚成孝、辻田耕児、細原徹男、出野浩治)は、フーティーラッズや私との同級生であった。
1967年■在学中ジローズ『あなただけに』デビュー。 フォーク・クルセダース、デビュー。


S.O.S CONCERT
フォークとロックの大合同演奏会
1971 1971 【LP】
東芝EMI (北山修) ・1970年12月25日に渋谷公会堂で行われたコンサートのライブ盤。S.O.SはSave Our Soundsの意味らしいです。北山修の役割は司会。
【出演者】ロックキャンディーズ、シュリークス、ナウ、杉田二郎、赤い鳥、モップス、トワエモア、ハプニングスフォー、ワイルドワンズ、加藤和彦。

Love Generation Live in Concert 1973? 【LP】
東芝EMI (北山修) ・1973年5月1日に日本武道館で行われたコンサートのライブ盤。北山修の役割は司会。
【出演者】トワエモア、イースト、オフコース、アリス、シュリークス、エンドレス、ラニアルズ、チューリップ、りりィ、杉田二郎、ミカバンド、赤い鳥。


題名のない愛の唄 1975.10.5 【LP・CD】
東芝EMI 杉田二郎 ・全10曲北山修作詞。「男どうし」「積木」「題名のない愛の唄」など。

宵々山コンサート'77 1977? 【LP】
東芝EMI (自切俳人とヒューマン・ズー)
【主な出演者】高石ともやとザ・ナターシャー・セブン、永六輔、杉田二郎、ミヤコ蝶々、ドン佐野、諸口あきら etc
【自切俳人とヒューマン・ズーの演奏曲】風に消えたあいつ、夢、男どうし、孤独のマラソン・ランナー
宵々山コンサート'78 1978? 【LP】
東芝EMI (自切俳人とヒューマン・ズー)
【主な出演者】高石ともやとザ・ナターシャー・セブン、永六輔、杉田二郎、石川鷹彦、諸口あきら、谷口又士とオールドボーイ・オールスターズ etc
【自切俳人とヒューマン・ズーの演奏曲】曲名:風に消えたあいつ、宇宙戦艦ヤマト、ヒューマン・ズーのテーマ
自切俳人の
ゴールデン・アルバム 1979.8 【LP・CD】
東芝EMI 自切俳人と
ヒューマン・ズー ・覆面バンド・自切俳人とヒューマン・ズーのアルバム。メンバーは北山・杉田二郎・高石友也とザ・ナターシャーセブン(?)。
宵々山コンサート'80 1980? 【LP】
東芝EMI (自切俳人とヒューマン・ズー) 【主な出演者】高石ともやとザ・ナターシャー・セブン、永六輔、杉田二郎、ザ・キングトーンズ、宅孝二、おすぎとピーコ etc
【自切俳人とヒューマン・ズーの演奏曲】曲名:街、いこまいか、悲しき億万長者、CMソングを唄わせるな


杉田二郎 ソロ初ライヴレコーディング!!

杉田二郎30周年記念コンサート『絆』〜きたやまおさむ作品を唄う〜 CD化!


杉田二郎30周年記念コンサート「絆」
〜きたやまおさむ作品を歌う〜 1998.10 【CD】
天満屋 杉田二郎 ・二郎さんのデビユー30周年を記念して行われたライブをCD化! これこそ大人のライブですよぉ〜。心に染みるCDです。


【きたやま先生のトーク&歌声が聞ける曲】曲名:さよなら青春(Vocal)、あの素晴らしい愛をもう一度(Chorus)
8/22杉田二郎30周年コンサート(サンケイホール)

以下の曲を歌ったと記憶しております。
題名のない愛の唄、涙は明日に、27才、16の春、男どうし、子供の心、戦争を知らない子供たち、あの愛の唄を今唄いたい


約10分の休憩後、夏が来たから
続いてゲスト紹介。元ジローズのジンタン(森下)さん登場。今ジンタンさんはラジオ曲のプロデューサーだそうです。2人で愛とあなたのためにを歌う。
ジンタンさん退場後、きたやまセンセ登場。さよなら青春をきたやまセンセがメインで歌う。粘り着くような歌い方で熱唱 (^^;;
きたやまセンセ退場。杉田さんのソロで赤い橋、積木、光の海。メドレー(風、さすらい人の子守唄、朝日の前に、白い鳥に乗って、さらば恋人、あの素晴らしい愛をもう一度)。
〜「さらば恋人」で、きたやまセンセ再登場して熱唱。
そしてとりあえずの最後の曲。よく知らない曲でした。たぶん「風のカーテン」か「祈り」ではないか


杉田さんソロでアンコール京の旅人。
杉田さん+きたやまさんであの素晴らしい愛をもう一度。かなり盛り上がる。


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【8/23杉田二郎30周年コンサート(京都会館第2ホール) 】

8/22 とほぼ同じ構成。ちがう点は...。
最後の曲(アンコール除く)が地球のどまんなか。高石ともやさんが、登場して杉田さんに花束をわたす。

ライブ録音にミスしたとかで、夏が来たからをもう一度歌う。
アンコールの「あの素晴...」では、ばんばひろふみさんも加わって、杉田さん、きたやまセンセ、ジンタンさん、高石さん、ばんばさんという豪華メンバー!
大変な盛り上がりをみせる。



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きたやまセンセの講演会もナカナカだったんですけど、今回は杉田さんのコンサートがいろいろな意味ですごくトクした気分です。
やっぱりきたやまセンセはひとりで歌うより、気の合った仲間と歌うほうがイキイキしてますね。近くで見ると、やっぱりカッコいいです。




・・・・・二郎さんも30年かあ。シューベルツのデビュー曲 風 って1968年だったですもんね。
風(詞:北山修、曲:端田宣彦)のシングルB面の「何もいわず」には二郎さんの曲だったですよね(作詞:シューベルツ)。
「♪何も言わずにひとりでいるトアーいーしーたー」ってな感じでトアの部分が独特なノリで、スキでした。
この曲、最近知ったんですがシングルとは別のバージョンがあったんですね。
たぶんシューベルツのアルバムバージョンなんだと思うんですが、
東芝EMIから出た2枚組みCDフォーク・クルセダーズ and then TWIN BESTをゲットして聴いてましたら、アレンジが風のB面のものと結構違ってまして。
それにしてもデビュー30周年のコンサートが「きたやまおさむを歌う」ですもんね。やってくれるなあ二郎さん!確かにこのふたりの共作って数え切れないほどありましたもんね。

きたやまおさむ
きたやまおさむをうたう
Osamu Kitayama
55th Birthday Concert 2001.9.20 【CD】
FFA(Zetima)
FFAC-1015
(TGCS-1215) きたやまおさむ 2001年6月15-16日に京都/大阪で開催されたきたやま先生55才のバースデイーコンサートのライブ盤。
杉田二郎さん、岡崎倫典さん、茶木みやこさん、 坂庭省悟さん他、豪華ゲストが大競演されてますが、
本盤はかつての25才・35才のバースデーイコンサートのライブ盤とは違って、まさにタイトル通り「きたやまおさむ、きたやまおさむを歌う」盤になってます。
「悲しき億万長者」「三つの箱」「中年の心」「西瓜太郎」「涙は明日に」「朝陽のまえに」「夢」「北の海の道」「白い色は恋人の色」
「戦争を知らない子供たち」「風」「積木」「あの素晴らしい愛をもう一度」「さらば恋人」「イムジン河」「あなたにハッピーバースデイ」の16曲を収録、2500円〜!



■相米慎二 バイオグラフィ■

年表
・1948  1月13日、岩手県盛岡に生まれる
・1954頃 父親の仕事の関係で北海道へ移住
     主に釧路などで生活
・1960代 中学・高校時代、映画を多数見る
・1967 中央大学法学部入学
・1970頃 長谷川和彦と出会う
・1971頃 中央大学法学部中退
・1972 編集・丹治睦夫のつてで、日活撮影所で契約助監督を始める
     撮影所では「杉田二郎」の名で通る
・1976 日活撮影所を辞め、フリーの助監督に
     「青春の殺人者」助監督を務める
・1980 「翔んだカップル」で監督デビュー。
     曽根中生監督宅で、池田敏春監督と監督デビューを祝う。
・1981 「セーラー服と機関銃」が大ヒット
・1982 ディレクターズ・カンパニー設立に参加
・1984 ディレクターズ・カンパニー公募脚本を映画化(「台風クラブ」)
・1985 にっかつロマンポルノ「ラブホテル」を監督
・1991 オペラ「千の記憶の物語」(三枝成章作曲)を演出
・1992頃 「空がこんなに青いわけがない」で初プロデュース
・1993 「お引越し」カンヌ国際映画祭に出品
・1998 「ポッキー坂恋物語 かわいいひと」で総監督を務める
・1999 「あ、春」でベルリン国際映画祭批評家賞を受賞
・2001 初舞台「DEFILED」演出を準備
    9月9日、肺がんのため死去。享年53歳


【ライブ情報】
戦争も、ふきのとうも知らない子供たちよぉ〜♪・'03年3月6日(木)●杉田二郎&細坪基佳in沼田町民会館
細坪基佳は沼田町生まれ!元ふきのとう&元ジローズ!
杉田二郎が1970年前後にやっていたフォーク・グループ「ジローズ」はヒット曲『戦争を知らない子供たち』(北山 修 作詞&杉田二郎 作曲)で有名。

■今回のツアーのメンバーが決まりました。紹介しますね。
杉田二郎(スギタ・ジロウ)59歳★元はしだのりひことシューベルツ=「風」、元ザ・ジローズ=「戦争を知らない子供たち」
細坪基佳(ホソツボ・モトヨシ)50歳★元ふきのとう=「白い冬」
岩井眞一(イワイ・シンイチ)42歳
久保田邦夫(クボタ・クニオ)40歳
岡村英次(オカムラ・エイジ)54歳
竹内久美子(タケウチ・クミコ)31歳


97/05/24 東京夕刊 芸能面 04段
音楽チャート誌「オリコン」創刊30年 ヒット曲に歴史あり

 ◆70年代−隆盛 80年代−低迷 90年代−復活
 「オリコン」でおなじみの週刊の音楽チャート誌「オリジナル・コンフィデンス」が、前身の「総合芸能市場調査」時代を含め、今月で創刊三十年を迎えた。
そこで、CDなどの売り上げランキングで知られる同誌の歩みを紹介しながら、ヒット曲の歴史散歩を――。


 ◆ガリ版刷りから出発
 月曜日。オリコン社マーケティング事業部は、戦場と化す。協力レコード店の販売時点情報管理(POS)システムから送られた売り上げデータが集計されるからだ。
POSを導入していない店の情報は、ファックスで寄せられる。全国約八百五十店から上がってきた数字に係数をかけ、全国推計をはじき出す。
特定の店で突出して売れている作品があるなど“異常”が見つかると、担当者が集まり、その要因を分析し、数値を補正。そんな作業が火曜日の明け方まで続く。

 「最初はアルバイトを動員し、レコード店に電話して情報を取っていた。そのてんやわんやぶりは、今の比じゃなかった」。小池聰行社長は述懐する。

 ガリ版刷りの「総合――」時代を経て、一九六九年に現在の名称に。
今ではCDのほか、ビデオ、書籍などの売り上げ、有線やラジオのリクエストランキングなど、多彩な順位表が載る。これらはレコード会社の営業戦略に欠かせない。

 こうして残されたデータで、過去三十年間のヒット曲とともに音楽市場を回顧してみよう。

 百万枚を超えるヒットシングルが続出し始めたのは、九〇年代に入ってからだが、歴代の一位、二位は、意外にも七〇年代の「およげ!たいやきくん」、「女のみち」が占める。

 小池社長は「確かに今に比べ、レコードは貴重品だった。しかし娯楽として音楽が占める位置も高かったため、いったん火がつけば、波及力は大きく、国民的ヒットになりえた。しかし今では、百万枚以上売れる曲でも、限られた層しか聴かず、知らない人も多いでしょう」と分析する。


 ◆シングル消滅の予測も
 八〇年代に入ると、シングルの売り上げは激減した。八七年にはついに五十万枚を超すヒット曲がなく、オリコン編集部内では、十年後にはシングルは消えるという予測も出た。レコードがCDに変わっていくのもこの時期だ。だが、これは取り越し苦労だった。九〇年代に入って、この閉鎖状況が一変した。

 「人気ドラマとのタイアップで爆発的に売れるという図式が確立した。そしてこれがカラオケ人気と連動、シングルにカラオケ版が収録されるようになった」(小池社長)

 そしてアルバムの売り上げも増え続けた。「グローブ」を筆頭に、歴代の売り上げベスト30は、すべて九〇年以降に出たものだ。


 ◆最強シングルは「およげ!たいやきくん」
 このような乱高下の中で、どのような曲が上位を占めたのか。ジャンル別歴代ベスト3を紹介しよう。(三月三十一日現在、カッコ内の年は発売年)

 【邦楽】

 ▽シングル 〈1〉およげ!たいやきくん/子門真人(75年、454万枚)〈2〉女のみち/宮史郎とぴんからトリオ(72年、326万枚)〈3〉君がいるだけで/米米クラブ(92年、290万枚)

 ▽アルバム 〈1〉グローブ/グローブ(96年、406万枚)〈2〉アトミック・ハート/ミスター・チルドレン(94年、341万枚)〈3〉スイート19・ブルース/安室奈美恵(96年、333万枚)

 【洋楽】

 ▽シングル 〈1〉ビューティフル・サンデー/ダニエル・ブーン(76年、192万枚)〈2〉トゥ・ラブ・ユー・モア/セリーヌ・ディオン・ウィズ・クライズラー&カンパニー(95年、126万枚)〈3〉恋人たちのクリスマス/マライア・キャリー(94年、110万枚)

 ▽アルバム 〈1〉青春の輝き/カーペンターズ(95年、223万枚)〈2〉デイドリーム/マライア・キャリー(95年、220万枚)〈3〉メリー・クリスマス/マライア・キャリー(94年、205万枚)


 ◆68〜96年の年間最高売り上げシングル(オリコン調べ)
年  曲名/ミュージシャン               万 枚
68 星影のワルツ/千昌夫               160
69 夜明けのスキャット/由紀さおり          109
70 黒ネコのタンゴ/皆川おさむ            142
71 わたしの城下町/小柳ルミ子           110
72 女のみち/宮史郎とぴんからトリオ        138
73 女のみち/宮史郎とぴんからトリオ        181
74 なみだの操/殿さまキングス            194
75 昭和枯れすゝき/さくらと一郎           100
76 およげ!たいやきくん/子門真人         454
77 渚のシンドバッド/ピンク・レディー         95
78 UFO/ピンク・レディー              155
79 夢追い酒/渥美二郎                145
80 ダンシング・オールナイト/もんた&ブラザーズ   156
81 ルビーの指環/寺尾聰               133
82 待つわ/あみん                  102
83 さざんかの宿/大川栄策              106
84 もしも明日が…。/わらべ              97
85 ジュリアに傷心/チェッカーズ            70
86 CHA―CHA―CHA/石井明美          53
87 命くれない/瀬川瑛子                42
88 パラダイス銀河/光ゲンジ              87
89 ダイアモンズ/プリンセス・プリンセス        82
90 おどるポンポコリン/B.B.クィーンズ      131
91 Oh!Year! ラブ・ストーリーは突然に
    /小田和正                   254
92 君がいるだけで 愛してる/米米クラブ       276
93 YAH YAH YAH 夢の番人
    /チャゲ&アスカ                241
94 イノセント・ワールド/ミスター・チルドレン    181
95 ラブ・ラブ・ラブ 嵐が来る
    /ドリームズ・カム・トゥルー          235
96 名もなき詩/ミスター・チルドレン         230
               (注・売り上げ枚数は単年のもの)