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Is war over?John Lennon ♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die共犯意訳 ジョン・レノン「Watching The Wheels」 (更新日;2009年10月9日 0:39Am)
♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die共犯意訳ジョン・レノン「Happy Xmas (War Is Over)」 (更新日;2009年12月8日 火曜日 0:56Am)
パラパラ・・・ジョン・レノン『ビートルズ革命』の出版社が、倒産っ。 (更新日;2008年1月11日 3:39Am)

♪クリックして、見よっ!#9 Dream
作詞&作曲;♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To DieJohn Lennon
(1974年)

So long ago
Was it in a dream,
was it just a dream?
I know,
yes I know
Seemed so very real,
it seemed so real to me

Took a walk down the street
Thru the heat whispered trees
I thought I could hear
(hear, hear, hear)
Somebody call out my name
as it started to rain

Two spirits dancing so strange

Ah! bowakawa pousse, pousse
Ah! bowakawa pousse, pousse
Ah! bowakawa pousse, pousse

Dream, dream away
Magic in the air,
was magic in the air?
I believe,
yes I believe
More I cannot say,
what more can I say?

On a river of sound
Thru the mirror go round, round
I thought I could feel
(feel, feel, feel)
Music touching my soul,
something warm,
sudden cold

The spirit dance was unfolding

Ah! bowakawa pousse, pousse
Ah! bowakawa pousse, pousse
Ah! bowakawa pousse, pousse

Ah! bowakawa pousse, pousse
Ah! bowakawa pousse, pousse
Ah! bowakawa pousse, pousse
Ah! bowakawa pousse, pousse
Ah! bowakawa pousse, pousse
Ah! bowakawa pousse, pousse
Ah! bowakawa pousse, pousse
Ah! bowakawa pousse, pousse
胸騒ぎのチラシ。
Is war over me ?9本目の夢
共犯意訳;うぇ〜ん!久保AB-ST元宏
(2009年11月10日 火曜日 2:17Am)

もうずいぶん前のことなんだけど
夢がぼくの一部だったのか、
ぼくが夢の一部だったのか?
それ、ちゃんと、ぼくは知ってる。
そう。ぼくは「知る」ということを、ついに知ったんだ。
だって、それは現実だから。
ぼくだけのリアル。

森の樹木のすきまをぬううちに、ぼくは迷い込んでしまった。
樹木はどいつも&こいつも娼婦で、やつらのぜんぶの誘惑を
ふり切ったとき、ぼくの耳にだけ聴こえてきた、おまじない。
「ねぇ、そこのAB-ST、聴こえるでしょう?」
ぼくにほんとうの名前が名づけられた。それが、スイッチ。
その瞬間、しるしの雨が突然降り始めた。

4つ足の精霊が2匹、雨の中で祝福のダンスをしてくれたよ。

嗚呼!ぼかぁ、どうせ、どうせ・・・
嗚呼!ぼかぁ、どうせ、どうせ・・・
嗚呼!ぼかぁ、どうせ、どうせ・・・

夢。どっぷり、夢。
いたるところに魔法が、
いや、魔法のなかに「いたるところ」があるのかな?
魔法を信じるかい?
うん。信じてる。
それが、ぜんぶ。
それが、スプーンからこぼれちゃうせいいっぱいの愛。

「♪」がじゃら&じゃらと、川になって流れてゆく。
ぼくはギターを鏡に投げ込んだ。さかしま、さかしま。
ぼくの鼻にだけ聴こえる、おまじない。
「舌の先で、あなたの裏側の、小さな穴を。」
それが、音楽。
はじめての感触は、くちびるのように暖かく、
そうかと思えば、突然、舌の先を冷たく穴に刺し込んだり。

そのまま、4つ足の精霊が2匹、ぼくの穴でダンスのつづき。

嗚呼!ぼかぁ、どうせ、どうせ・・・
嗚呼!ぼかぁ、どうせ、どうせ・・・
嗚呼!ぼかぁ、どうせ、どうせ・・・

嗚呼!書かれたものは書かれなかったものの影すぎない
嗚呼!ギュスターブ・モローの屋根裏で2匹の『サロメ』が
嗚呼!8本の足をからませて、終わらないダンスのつづき
嗚呼!オディロン・ルドンは、『夢の中で』目玉をぺろり
嗚呼!もらったカセット・テープもCDも、リバース・モード・・・
嗚呼!きっとぼくは、きっとぼくは、螺旋形の夢を見る・・・
嗚呼!ぼかぁ、どうせ、どうせ・・・
嗚呼!ぼかぁ、どうせ、9本目の足なのだから・・・

アトリエ・オン(やぎや)の永田さんも参加してる展覧会があるのだー 2009年11月 3日(火・祝)〜8日(日)
10Am〜6Pm (最終日〜5Pm)

「いすのゆめ」 合同展

国松希根太、小林大、齋藤周
佐々木雅子、清水郁太郎、中橋修、
永田まさゆき、藤井葉子、松原成樹

コンチネンタルギャラリー
札幌市・中央区南1条西11丁目
コンチネンタルビルB1
地下鉄東西線「西11丁目」駅
2番出口徒歩1分

2009年11月7日 土曜日
座ったものは、座れなかったものの影にしかすぎなく。書かれたものは、書かれなかったものの影にしかすぎなく。
売れたものは、売れなかったものの影にしかすぎなく。
「芸術」は、「新しいもの」を見せてくれる。
でも、時々、「芸術」は、「忘れていたもの(≒こと)を想い出させてくれる」。
まるで、「ゆめ」みたい。

『いすのゆめ』とゆー展覧会に迷い込んだ。札幌の西にある、コンチネンタル・ビルの地下室。

ゆめを見るものは、いつも抱かれているもの。
でも。
抱いているものも、ゆめを見てもいいはずだ。

北海道の冬のはじまりのストーブは、催眠術をつかう。
ストーブの前に置いたいすで読書をしようとすれば、いつも&いつのまにか、眠っちゃう。

いすに抱かれてゆめを見る。
そして、私を抱いているいすもゆめを見ているのかな。

「ゆめを見るのは、抱かれる側の役割」だとばかり思い込んでいるのは、私がまだ「こども」だからだろうか。
抱っこしてくれているものも、抱きながらゆめをみていてもいいはずなんだよね。

ならば問おう。「こども」って、何?

みんなで見るゆめは、なんだか汚れているように感じてしまうのは、私がまだ「こども」だからだろうか。
この展覧会に展示されているいすは、どれもが、一人がけ用ばかり。

9人の作家による、一人がけのいすたち。

抱っこされたいにんげんが、抱っこするいすを選び、そっと座る。
この日も、私はいくつものいすに座った。
朝、ベッド・ルームのソファでひげをそり、久保商店のいすで電話をとり、書斎のいすでメールを確認し、トイレにしゃがみ、
マークXのいすで札幌へ行き、ホテルのいすで会食をし、商談会のパイプいすで値決めをし、バーのいすで秘密を知り、マークXのいすで帰宅した。

人生は、次のいすから次のいすへ抱かれにいくこと。
別々のいすは、別々のゆめを。
別々のゆめは、別々のいすを。

永田まさゆきの作品は、雑木林でピクニック。木で作られたいすが5つ、アトリエ・オン(やぎや)の永田さんも、めぇえー輪を描いている。
なんだか、動物園みたい。
その題は、「朝は四つ足でやってくる」
嗚呼、私がこの日、座った≒抱かれたいすは、ぜんぶ、四つ足だった!
そして、人間はとおいむかし、四つ足だったのだ、とゆー「忘れていたもの(≒こと)を想い出させてくれる」。
嗚呼、「とおいむかし」の記憶を持つ動物のことを、「人間」と名づけたんだね。
「とおいむかし」の末裔を、「こども」と呼ぶんだね。
白亜紀のゆめをみるこども。

展覧会には、四つ足ではなく、二つ足のいすが二つ。
ひとつは、清水郁太郎すたこら。「さんぽ(いす)」
四つ足が二つ足になるって、「進化」なのだろうか。
めんどくさい「進化」の果て、いすは、すたこら、どこかへ勝手にいっちまう。
もうひとつは、國松希根太國松希根太「DUO」・・・壁の椅子。「DUO」
四つ足が二つ足になるって、「退化」なのだろうか。
めんどくさい「退化」の果て、いすは、壁に刷り込まれ、もうどこにも勝手にいけないだろう。

清水のカリカチュアされたユーモアは、この展覧会の全体に薄くただよっているイメージだ。
その中で國松は唯一、ユーモアを拒否しているようだ。それは、きびしさ。しかし、そこに、やさしさを隠すことができないのは木のぬくもりか、國松のゆめか。

会場のギャラリーは、ちょっと変わったレイアウトで、船のような曲線や、へこんだ鍵状の隠れスペースなどがあり、展示はそれが最大限に生かされている。
いすの曲線も、いすのへこみも、ぜんぶ抱かれるものを隠してくれるために。

いすに座ってゆめをみよう。
そのいすがゆめを見るように。
ゆめが私の影ならば、
私はいすの影。
私がいなくても、きっとあの部屋にいすはあるのでしょう。

四つ足の私が、四つ足のいすに抱かれるとき、見るゆめは9本目の足。
text by うぇ〜ん!久保AB-ST元宏 (2009年11月10日 火曜日 2:17Am)

→100日雛で1050円かな。あとは日割りで一日単位で値段が上がっていく。2011年自分で考える。←5月31日(火)目玉の小旅行。