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top page⇒うぇ〜ん!『共犯新聞』♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To DieROCK★ロック パラパラ・・・偏愛書物★Book Oh ! うめぇ〜♪ジューシーな豚肉ソティ!好物★Gourmet やっぱ、映画館で観たい♪映画★Movie Artとは、ニューヨークのホイットニー美術館から、大阪の乙画廊まで、どこでもドアの奥で、今夜、パーティが2時から開かれる!美術★Art
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2009年10月29日 木曜日 午前2時19分山羊も大好き、おはぎ♪気温-0.3℃←■ニトベイビー、第二子誕生、おめでとー♪
2009年10月22日 木曜日 午前2時10分山羊も大好き、おはぎ♪気温7.7℃←■留萌でAZUMI被爆、完了。ニトベイビー、お前、最高だよ。また呑もう。
♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Dieすべてがうたになる日。
演触の構造 ギター現象学
俺はギターを鏡に投げ込んだ♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To DieAZUMI ライブ 2009年10月21日 水曜日 7:30Pm
ライブハウス「ストロベリー・フィールズ」
北海道留萌市錦町2丁目1ー21 電話;0164-42-3799

text by うぇ〜ん!久保AB-ST元宏
(更新日;2009年10月27日 火曜日 1:46Am)
♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die高石ともや
♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die高田渡
♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die友部さん芦別DYLAN訪問記念(?)「乾杯」
♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die友部正人2008 ファンキーってなんだい。
♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die友部正人2009
♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die加藤和彦の自殺 (更新日;2009年10月19日)
♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die佐渡山豊 沼田町ライブ2011 (更新日;2011年8月26日)

うぇ〜ん!こんな演奏家、みたこと無い。
他の全ての演奏家との違いは、「演奏ミス」とゆー概念が無いことだ。
「演奏ミス」とゆー概念が無い、とゆーことは「演奏ミス」をしない、とゆーことと似て非なる、
もっと、もっと遠い到達点だ。

たとえば、本来は、「1・2・3」と演奏するところを、「1・2・5」と演奏してしまうと、ふつーならば「演奏ミス」だ。
しかし、AZUMIは「1・2」に続いてしまった「5」の次に来る快楽の音を瞬時に我々に差し出す。
そこには「演奏ミス」とゆー概念は無く、音の粒は常に流動的でスリリングな海の中を自由に泳いでいるだけだ。

言い方を変えれば、ふつーのミュージシャンの演奏は、意図の明証性(=つまり「楽譜」など。)に基礎を置く。
しかし、AZUMIの演奏は、欲望の変容をたどるのだ。

つまり、AZUMIの演奏は、感覚的確信がとらえたつもりになり、それを言い表したいと求める欲望が、
実際に自分が言い表したいことに満足できないで、変容を余儀なくされる弁証法だ。
まだ直接口を利いたことがナイ相手と、台詞の読み合わせをしながら、何かを探ってるかのよーな。
まずは住んでいる大阪を歌う。
なんだか丸ごとこの人ってこの人なんだ。って思った。
親指にフィンガー・ピックをつけ、複雑な演奏。
説得力を感じたのかな。
歌は、日常の繊細な告白。
たしかに、あらかじめ契られた約束としての楽譜の前で
「演奏ミス」は「演奏ミス」、だ。
ただし、それは事前の計画にたいしてのこと。
事後の修正が計画よりも素晴らしければ、
むしろ「演奏ミス」は成功だ。

ギターには弦があり、それを左手が押さえ、右手で弾く。
そこには音の強弱や速さ、ストロークの角度などが
複雑にからみ合う。
それらは何のためにあるのかというと、
ただ、この一瞬に聴きたいひとつの「音」のためにある。

つまり、ギターは全ての指の触覚の支配者だ。
それは暗闇で言葉を使わずに
愛を表現するのに似ている。
AZUMIのライブの洪水の中で、おもわず私は
演奏する触覚、「演触」という造語をしてみた。

もしそこで左手が違うフレットを押さえたり、
右手が違う弾き方をしてしまったら。
もしくは、その瞬間、
計画とは違う音を出したい欲望にとらわれてしまったら。

「音」の集まりはメロディーへ、曲へと発展してゆく。
さらにライブでは、
曲の集積が巨大なモンスターになってゆく。

ときには終わったばかりの曲の説明を、
ぽつり、ぽつりと語りだしたのかと思ったら、
それが大きなうねりの歌のはじまりだったり。

「音」をとらえそこなった意識の形態が、
全体としてどういう意味を持つのかは、
知の進行とのつながりの必然性を通じて明らかになる。

それが、AZUMIの「音楽」だ。

AZUMIは、
「ギターは恐ろしい楽器やねん。」と、
演奏時間が1時間を過ぎたころに言った。
そこには
愛と畏怖が混濁された強い情念があるのだろうが、
もちろん、格闘する理性としての野生による
長い演奏時間と、
何度と無く体験してきたであろう
奇跡の瞬間の味を知っている者だけが
許された発言であるのは間違いない。
たとえば、我々が偶然に耳にした民族音楽が
新鮮に感じることがあるのは、
それが既成の音楽文法から自由なだけで、
その民族音楽には、その民族音楽の文法がある。

つまり、これは
複数の文法間の相対性に還元できる話題なので、
ジャンルとはどこまでいっても
「とりあえず」の仮の宿としてのモードだ。

と、ゆーのがひとつ。

しかし、一方で
我々は「好み」の文法を選ぶ動物でもある。
と、ゆーのが、もうひとつ。

では、我々は文法などという抑圧的な規則に
なぜ自ら縛られようとするのだろうか。
それは、共通の文法を使うことによって成立する
他者とのコミュニケーションのためだ。
つまり、本来は流動的な個を、
「対称性」の中に整理するため文法がある。
それが社会の始まりでもあったのだと思う。

私は今、「流動的な個」という言い方をしたが、
「対称性」もまた流動的なのだ。
それが現実=社会であるのだから。

そして、流動的な社会の中で、
抑圧されていない無意識(=生きた無意識)を
できるだけ純粋なかたちで取り出したいのが我々だ。
その時に芸術はもっとも有効となる。
いや、なるべきだ。

AZUMIはギターというシンメトリックな器に、
流動的な音を流し込む。
私、知らないでしょう。大抵のことを、フツーに知らない(笑)
肉体にグルーヴという暴れ龍が棲みつき、離れない。
それが、間違った「自己主張」だと解釈されることがある危険が大きくて、けっこう大変だったのだ。
叫ぶように歌う。
若い頃の社交は、そこにすごいエネルギーを使っていた。
歌うように叫ぶ。
でも、なんか、ある時期から、そういう複雑さを「説明でわかってもらおう」とすることは無駄なのだな、と思うようになった。
なんて情報量の多い演奏なんだ。
休憩無しでアンコールを含めて、ライブは、きっかり2時間だった。

ライブを聴き終わった私は、2時間あるたった1曲を聴き終えたような錯覚に陥った。
まるでマーラーの交響曲を聴き終えたようなのだ。
もしくは、ビートルズの『ホワイト・アルバム』や『アビイ・ロード』のB面のように、
レコードに曲間のミゾが無いエンドレスのメドレーに浸った間隔。

それはMCを含むAZUMIの全てが、巨大なシンフォニーだったからなんだな。
ある意味、これはプログレッシヴ・ロックだ。
それとも、フリー・ジャズか?
AZUMI本人は、1920年代のアメリカのブルーグラスやフォークの原型が好きらしいが。
そのどれもであり、どれもではない。
その流動性が、AZUMIだ。
つまり、
「ギターを弾く」、とは、
無限の自由を生きる、ということだ。
ライブの再現にはならないから、録音には懐疑的になったり、不安になることもあるけれど
パーカッションのようにギターがはねる。
→なんかさ、もう、解ってくれる人が友達ばかりになっちゃうつまらなさ、があるのかもしれないね。 風穴が必要、みたいな。
過剰なものがライブハウスにぜんぶさらけ出される。
もう少し、ブルーズ、オン。
これ、「激辛わさび巻き」。この直後、阿鼻叫喚。
ライブ終了後、主催したニトベイビーに誘われて、
近くの居酒屋での打ち上げに参加♪

夏は、ビール・パーティに来てね!居酒屋 将軍
北海道留萌市錦町1-1-5 TEL;0164-43-5125
営業時間;5Pm〜L.O.11Pm

私は留萌のとなり町、
増毛町の地酒「国稀(くにまれ)」を、もっきりで。
んで、次から次へと、海の幸!
さんまの刺身、カスベ、たこ、いかゴロ、銀鱈、牡蠣、
などなど・・・。
ごくり。

AZUMIを囲んでの話題は、
聴いてきた音楽のルーツ、
弾いているギターはオリジナル一本もの、
日本中のライブ・ハウスあれこれ、
釧路の居酒屋の魅力、
アメリカ全州をはじめ世界中で歌ってきた経験、
アジアの魅力、
世界の地酒、
姫路の祖父が経営していた食堂と、父の鉄産業、
札幌の「ジャック・イン・ザ・ボックス」のカレー、
阪神淡路大震災における音楽の無力、
日蓮宗の100日修行と性欲の相克、
などなど・・・・・・。
国稀を呑もうよ。増毛の酒だ。
留萌の近海の幸の数々〜♪
居酒屋がカンバンになり、店の女将からていねいに追い出され(笑)、
もー一度、さっきのライブ・ハウスに戻り、呑み直す。

この夜のライブを企画し、私を沼田町から連れ出した1976年生れの♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Dieニトベイビーが、
「こんなに盛り上がっているけど、ぼく、まだ久保さんとは今日で3回目なんですよね。
・・・っーか、まともに話したのは今日が初めてだー。」
って、どっかで聞いたような(笑)セリフを楽しそうに言ってる。
いつも、付き合いはド真ん中から。
逢った回数や、お互いが得意な文法が何かは関係ない。
それが、『共犯新聞』の文法か(笑)。

0:30AmまでAZUMIや留萌のソウル・ドランカーたちと呑んで、
上林文雄ちゃんの運転で若林博士と、それぞれ帰宅〜。
私はもうしばらく、ヤミ米の入荷ラッシュ期が続く。
博士は冬にかけて、大学の実習もまとめに入るのだろう。
文雄ちゃんは、AZUMIからCDを買って、もう次の作戦に突入な感じ。
それぞれが、それぞれのまんまで、ごろごろ、ごろり。
ブルーズ、オン。
リトル・ウィングを、広げて。

2009年10月21日 水曜日 午前1時30分山羊も大好き、おはぎ♪気温10.1℃←■今夜は留萌でAZUMIを聴きながら、どんな美味いものを喰おうか。
どんなに忙しい時期でも、人間らしい生活をキープできてるところ

忙しい時期って何時まで仕事してるの?
2009年10月17日(土) 2Pm
カフェ「昭和プラス」で、AZUMIを聴く♪
10・21共犯ロックン・ロール通信

うぇ〜ん!では、10月21日ライブに行きませんか?

昨日の『共犯新聞』夕刊で、もうご承知だとは思いますが、
10月21日(水曜日)、7:30Pmより、
留萌市のライブハウス「ストロベリー・フィールズ」で、
ブルース・ギター・シンガーの、AZUMIのライブが行われます。

これは、増毛町のロケンロー坊主ニトベイベェ住職の企画です。
俺はギターを鏡に投げ込んだ♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die芦別DYLANでは、もう常連ですよね〜。
なんと、今回は10月18日(日)の芦別DYLANの
招聘の流れで(=ビンジョーかっ!?)、
留萌でもライブをぶちまかすようです。
これは、芦別と留萌=増毛の間にある、沼田町も、
びんじょー企画の可能性大!のきざしです(?)♪

そんなわけで、沼田町発6:30Pmごろの車で、
みなさんでブルーズをころがしに行きませんか?

ところで、「10・21」と言えば、
かつては「国際反戦デー」でしたよね(古すぎかっ。)。

とゆーことです。
今回は久しぶりだったから色々話を聞いた。
カフェ「昭和プラス」の文雄オーナー
「久保さん、気軽に、なんでもやろーや♪」



モンスター!AZUMI!