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top page⇒うぇ〜ん!『共犯新聞』NEW YORK地図やっぱ、映画館で観たい♪映画パラパラ・・・BOOK共犯音楽祭★Music〜音という抽象芸術♪Rock 読め。Literary Criticism
moto_kubo@hotmail.com

Bookという旅行。Literary Criticism
★読書は、脳味噌の共犯行為。
2011年11月12日 土曜日 午前0時12分月見酒ができるかな、明日。気温3.2℃←■川崎長太郎が格安のちらし丼を喰いに通った小田原の駅前食堂は、まだあるのかな?
2011年4月17日 日曜日 午後9時39分泳ぐ鯉のぼりに、降る雪、かな。気温1.5℃←■みんなは『スパイダーマン3』を観てるかもしれないけれど(笑)、今夜10時からのNHK教育テレビ『カズオ・イシグロをさがして』は、見逃せない。
2011年1月18日 火曜日 午前0時27分さらさらヘア〜に、さらさら雪。気温-3.6℃←■予想通り、朝吹真理子。スター誕生だな。
2010年12月8日 水曜日 午前0時39分椅子のうえで。ひざのうえで。テーブルの下で。気温-2.7℃←■沼田流人の小説「血の呻き」が復刊したのは喜ばしいけれど、全3部中、第2部だけって文学に失礼。文学は資料ではない。全編を復刻すべし。
2010年2月1日 月曜日 午前1時36分たどりつけるのかな。上がる権利はあるのかな。気温-3.7℃←■ある子どもはグラスを「お父さま」と呼ぶが、ある子どもは「じいさん」とか「セイウチ」とか呼んでいる。
2009年12月29日 火曜日 午後10時16分森ガ〜ルの脳味噌チップよ、やっほー♪気温-3.4℃←■1964年9月30日、文芸同人誌『VIKING』で高橋和巳と津本陽が出会わずにすれ違ったのは、文学史的にどうなんだろう。
2008年2月22日 金曜日 午前1時54分←■高杉一郎に関する本、書斎のどっかにあると思って捜しても、無いのよねぇ。やっぱ、書斎とは常に不完全なものなり?
AREAWRITERWORK
透明な脳味噌ひとつ。ふたつ?
日本
Japan
柿本人麻呂
hitomaro Kakinomoto(660頃-720頃)
紫 式部
Shikibu Murasaki
(天延元年(979年)? -長和五年(1016年)?)
森 鴎外
Ougai Mori(1862.2.17-1922.7.9)
夏目漱石 (更新日;2007年9月17日)
Souseki Natume(1867.2.9-1916.12.9)

高村 光太郎 (更新日;2004年4月2日)
Kohtaroh Takamura
(1883.3.13-1956.4.2 享年74歳)

武者小路 実篤
Saneatsu Musyakouji(1885.5.12-1976.4.9)
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もうぼくには入ることができない遠い山。

Mr.Saneatsu
made
The Village Green Preservation Society !
石川 啄木
Takuboku Ishikawa(1886.2.20-1912.4.13)
九鬼 周造 (更新日;2001年9月12日
NY911の前後日!
Syuuzou Kuki(1888.2.15-1941.5.6)
  • 『「いき」の構造』
内田 百
Hyatuken Uchida(1889-1971)
★内田百閨あん♪アン♪内田百
3日かけてやっと、内田百閧フ「山高帽子」を読み終えました。
読み終えて、とても悲しい気持ちになりました。
今は「東京日記」を読みすすめています。
今のところ「件」が一番面白いと思います。(文・かえで)
倉田 潮
Ushio Kurata(1889-1964)
倉田潮
日付;2008年05月03日 15時44分
差出人;コカメロ
ところで「倉田潮」という作家をご存知ですか?
僕は全然知らないのですが、実は私の父の叔父でして、
今、普通に読める作品は無い埋もれた作家ですが
当時の共産主義者で資産家だった私の曾祖父の家財を全て
コミュニスト達の活動資金にしてしまったという逸話がある人です。
群馬県の公式HPでは、生家は貸家なのでは?とか有って面白い
好事家の久保さんだから何か知ってるとか、
実は本持ってるとか。。。
それはないかな
宮沢 賢治 (更新日;2005年5月15日)
Kenji Miyazawa(1896.8.27-1933.9.21)
1917〜1918(大正6〜7)賢治21〜22歳 友人等と同人誌『アザリア』を創刊し、本格的な創作活動を開始。
1926 (大正15) 賢治30歳 下根子桜で一人暮らしを始め、創作活動を含めた多くの活動を行う。
川端 康成
Yasunari Kawabata(1899.6.14-1972.4.16)
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Hey, ドラッグ文学王!
♪クリックして、見よっ!Mr. Yasunari Kawabata
got
Nobel Prize in Literature !
小熊 秀雄 (更新日;2001年9月16日)
Hideo Oguma(1901.9.9-1940.11.20)
  • 童話『焼かれた魚』(1924)
  • 第1詩集『小熊秀雄詩集』(1935)
  • 長編叙事詩集『飛ぶ橇』(1935)
  • 第3詩集『流民詩集』(1947)=中野重治・編
小林 多喜二
Takiji Kobayashi(1903.10.13-1933.2.20)
今日の一句

キャラメルの
角で指切る
霜夜哉
(久保元宏 2000.2)
マフラーと、ほっぺ。

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Takiji Kobayashi was killed.
Mr. Takiji Kobayashi
was killed !


唐木 順三 (更新日;2008年7月3日 2:41Am)
Jyunzou Karaki(1904.2.13‐1980.5.27)

佐多 稲子
Ineko Sata(1904.6.1‐1998.10.12)
丹羽 文雄
Humio Niwa(1904.11.22-2005.4.20)


『続・ペンギンの日々』
第12回
2005年4月25日UP

作者の言葉
先日うちに分譲マンションのセールスマンが来たけど、
その人「親父は北海道で自転車屋やってて自分は
長男なんですけど」
カミさんが関東の人だから、あんなくそさみー土地で
一緒に暮らすなんて絶対無理とかいってたもん。

久保くんのことを思い出して、
「あたしの知人は大自然と都会の楽しみ、
両方謳歌してるみたいよー!」って言っといたけど。

高田渡さんは早かったね。
あたしは実年齢を知らなかったので、
本人が爺さんぶってるから、もっと年いってるのかと
思ってたけど。
北海道でツアー中だったとは。

それに比べて
遅すぎた丹羽文雄
お嬢さんの本田圭子さんが
あたしの母と
同窓生だったので
ちょっとつきあいが
あったんだけど、
1年くらい前、
孫の千晶さんに
「おじいさんに
会いに行かないの」
って聞いたんだよ。

人間の「死に方」って
考えさせられるものが
あります。

そういう意味では高田渡さんは、
「自分と和解」したあとで命をまっとうできて、
よかったんじゃないかな。
パラパラ・・・訃報小説家の丹羽文雄(にわ・ふみお)、死去
 2005年4月20日に死去 100歳。
現代風俗を描いて流行作家になり、後年は親鸞などを描いた。
 1904年、三重県四日市市の浄土真宗の寺に生まれた。
8歳の時に母が旅芸人と駆け落ち家出。それが創作のテーマ。
早大在学中に先輩の尾崎一雄の影響で作家を志す。
卒業後は生家で僧になるが、母がモデルの「鮎(あゆ)」で注目され、
小説家としての自信を持って、28歳で上京。

 戦時中は「海戦」など時局ものも書いたが、
情痴小説作家とみなされ、しばしば発禁になった。

 1986年ごろからアルツハイマー病のために執筆がままならなくなり、
1988年に前立せん手術の体験を書いた「蘇生の朝」が最後の作品。

 1996年に長女で料理研究家の本田桂子さんが、雑誌の手記として
アルツハイマーであると発表し、高名な作家だけに世間を驚かせた
が、介護生活の連載中の2001年4月、本田さんは先に65歳で死んだ。
昭和10年の丹羽文雄。★後年、本格的に浄土真宗に取り組み、5年がかりで「親鸞」全5巻を、11年がかりで「蓮如」全8巻を完成させた。77年には文化勲章を受章した。風俗小説論争

丹羽文雄が雑誌『風雪』1949年8月号の
「小説鼎談」で軽く口にした言葉、
二葉亭四迷が「外地」で
女郎屋を営もうとしたことを、
中村光夫は知っていて二葉亭を論じて
いるのだろうか―、
これが論争の発端であった。
評論家の中村光夫は、翌々月に
「二葉亭と女郎屋」を発表して、
丹羽の発言と異なる点を細かく論じた。
まず二葉亭の女郎屋の目的に
「愚直純真な熱情」を認めた上で、
二葉亭を否定する言い方をする丹羽は、
現実をそのようにしか切り取ることの
できない風俗小説家の限界があると、
反論した。

実は以前から、丹羽は論理の内側に悪意を込める中村の文章がキライだった。
一方で、当時、昭和20年代の丹羽は井上靖と松本清張が出現するまで、
もっとも多産な小説家、つまり超人気ベストセラー作家であった。
それが意味するのは、丹羽は文学青年がきそって反発する対象の大作家だった。
その時に文学青年が、理論武装として読んでいたのが中村であったのだろう。

ついに同年12月号の『文学界』は、座談会「批評家と作家の溝」を掲載した。
もちろん、丹羽と中村の両者を含めて6人の風俗小説家と評論家がそろった。
中村は「風俗小説家には現代の人間に対する批評精神が欠けている」と言い、
丹羽はそれに対して「観念小説だ、それぢや・・・・・・。どうせそこへいくよ。
僕はあくまで現実主義だ。」と答える。文学が熱かった良き時代なのかもしれない。
太宰 治 (更新日;2009年4月8日)
Osamu Dazai (1909.6.19‐1948.6.13)
  • 『斜陽』(1947年、38歳。)
埴谷 雄高 (更新日;2009年2月28日)
Yutaka Haniya(1909.12.19‐1997)
鷲巣 繁男
Sigeo Wasizu (1915.1.7‐1982.7.27)
鷲巣繁男の友人の高木庄二が札幌医大前で、「弘南堂書店」とゆー古本屋を経営。
取扱ジャンル 北海道及アイヌ民族関係文献、古地図、日本近代文学書及自筆物
営業時間 9.30am-7.00pm
定休日 日・祝祭日
所在地 〒001-0012 北海道札幌市北区北12条西4丁目
TEL 011-716-9429
FAX 011-716-1410
メッセージ 年2回目録を発行しております。
最寄り駅 地下鉄南北線北12条駅 徒歩2分
小島 信夫 (更新日;2010年11月28日)
Nobuo Kojima (1915.2.28-2006.10.26)
  • 『小銃』 (1953年)
  • 『アメリカン・スクール』 (1954年)
島尾 敏雄
Toshio Shimao (1917.4.18‐1986.11.12)
刺さったまま、死にたい。
棘の死

作家・故島尾敏雄
の妻・島尾ミホが、
一人暮らしの自宅
でマンガ家の
孫により遺体で
発見された。
2007年3月25日
が、死亡推定日。
87歳。




司馬 遼太郎
Ryoutarou Shiba (1923‐1996)
★司馬遼太郎♪アン♪司馬遼太郎・記念館
井内 正樹です。ただいまの時刻は2002年12月10日 6:12Pmです。
北前船といえば、函館の祖の高田屋嘉平さんを思い出しました。
司馬遼太郎の「菜の花の沖」は、私の大好きな作品。
 ⇒そこそこハマルかも知れません。
「坂の上の雲」〜日露戦争。「峠」〜河井継之助(幕末長岡藩)
「花神」〜幕末長州藩の村田蔵六。あたりがオススメ。
「竜馬が行く」も良いですが。
特に「坂の上の雲」は正岡子規にスポツトを当てていますので、
久保さんにも興味が沸くかも。
神沢 利子 (更新日;2009年10月1日)
Toshiko Kanzawa(1924.1.29-)
  • いたずらラッコのロッコ 長新太絵 あかね書房, 1968 のち講談社文庫
  • フライパンが空をとんだら 大日本図書, 1968
  • くまの子ウーフ 井上洋介絵 ポプラ社, 1969 のち講談社文庫
  • ふらいぱんじいさん 堀内誠一絵 あかね書房, 1969
三島 由紀夫
Yukio Mishima(1925.1.14-1970.11.25)
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ナルシストの森への侵犯者。
Au revoir, auf wiedersehen
You wont see another morning
You wont see another evening
Good night
Buenos noches o senor
Senorita see ya later
Buenos noches bye-bye
There are many here among us
You feel that life is a joke
And for you we sing this final song
For you there is no hope

Sayonara
oh suicide Harakiri
Kamikaze you wont
See another evening
Goodbye
Bye-bye so long, farewell
See you later....suicide
Suicide
Suicide
Suicide
北 杜夫
Morio Kita(1927.5.1-2011.10.24)
東京市赤坂区青山南町(現在の東京都港区南青山)に、母・斎藤輝子、父・茂吉の次男として生まれた。
生家は母・輝子の実父、斎藤紀一が創設した精神病院、「青山脳病院」。
小川 国夫
Kunio Ogawa(1927.12.21-2008.4.8)
訃報 小川国夫
(おがわ・くにお=作家)
2008年4月8日1:57Pm、
肺炎のため静岡市の病院で死去。
80歳。静岡県出身。
自宅は同県藤枝市本町1の8の8。
喪主は妻、綏子(やすこ)。

1927年12月21日、静岡県藤枝市長楽寺
(現、本町1の8の8)に生まれる。
少年時代から病気がちで
小学校も結核で2年休学
志太中(現、藤枝東高)卒業後の
旧制高校時代の
19歳にカトリックの洗礼を受け、
1950年に東大国文科に入学。
在学中、1953年から3年間、フランスに
私費留学し、地中海沿岸の各地、
欧州や北アフリカをオートバイで放浪
帰国後の1957年、大学に戻らず中退し、
同人誌『青銅時代』を創刊し、
留学時代の経験を題材にした
『アポロンの島』を自費出版。その発表
から8年後の1965年に、島尾敏雄が
新聞紙上で『アポロンの島』を絶賛し、
一躍注目を浴びるようになる。

作品のモチーフは下記の3つ。
1.地中海と、故郷の大井川流域に
共通点するのある風土。
2.半自伝。
3.聖書。
1971年に文芸評論家の小田切秀雄が、
外部社会との対決を避けているとの
理由で、黒井千次氏らとともに
「内向の世代」と呼んだ。

 1986年『逸民』で川端康成文学賞。
故郷に帰った文学青年の生き方を描いた
『悲しみの港』で1994年に伊藤整文学賞。
1999年に短編集『ハシッシ・ギャング』で
読売文学賞。
オートバイの光と、海の言葉。=ディレッタント!の予感。
『共犯新聞』書斎にある
小川国夫の資料の一部。


向田 邦子 (更新日;2010年9月12日)
Kuniko Mukouda (1929.11.28-1981.8.22)
  • 『父の詫び状』(文藝春秋、1978年)
  • 『思い出トランプ』(新潮社、1980年)
  • 『あ・うん』(文藝春秋、1981年)
  • 『夜中の薔薇』(講談社、1981年)
野坂 昭如
Akiyuki Nosaka (1930.10.10〜)
  • 『「終戦日記」を読む』★おお、てろてろ。
開高 健 (更新日;2007年8月1日)
Takeshi Kaikou (1930.12.30〜1989.12.9)
  • 『夏の闇』
  • 『オーパ!』
  • 『珠玉』
渡辺 淳一 (更新日;2012年4月19日)
Junichi Watanabe (1933.10.24〜)
北海道、上砂川町生まれ。
加藤 多一 (更新日;2008年5月25日)
Taichi Kato (1934.6.1〜)
北海道生まれ。
井上 ひさし (更新日;2010年4月15日)
Hisashi Inoue (1934.11.7〜2010.4.9)
  • 1964年、NHKの連続人形劇『ひょっこりひょうたん島』(共作)の台本。
  • 1969年、テレビ・アニメ『ひみつのアッコちゃん』のテーマ曲、作詞。
  • 1972年、小説『手鎖心中』で、直木賞。
  • 1981年、小説『吉里吉里人』で日本SF大賞、読売文学賞(小説部門)。
柴田 翔 (更新日;2008年10月26日)
Sho Shibata (1935.1.19〜)
  • 『されど われらが日々―』文藝春秋,1964 のち文春文庫
  • 『贈る言葉』新潮社,1966 のち新潮文庫
  • 『鳥の影』筑摩書房,1971 のち新潮文庫
  • 『立ち盡す明日』新潮社,1971 のち新潮文庫
  • 『われら戦友たち』文藝春秋, 1973 のち文春文庫
  • 『ノンちゃんの冒険』筑摩書房,1975 のち新潮文庫
  • 『中国人の恋人』文藝春秋,1992
  • 『突然にシーリアス』筑摩書房,1992
大江 健三郎 (更新日;2002年1月28日)
Kenzaburou Ooe(1935.1.31-)
★NY戦争を語る。ニューヨーク2001「戦争」への発言




李 恢成
Kaisei Ri (1935.7.15〜)



古井 由吉 (更新日;2003年11月17日)
Yoshikichi Hurui(1937.11.19〜)
 東京都荏原区(現・品川区)生まれ、
東大にて独文学を学び、
修士の学位を取得後、
1962年、金沢大助手ドイツ語教官となり、
小鳥屋橋筋(旧並木町裏通り)に下宿しながら
三年間を金沢市で過ごす。
 小論、翻訳等を執筆したのち、
精力的な創作活動を続けている。
  • 『木曜日に』『失導獣の話』(1968)
  • 『雪の下の蟹』(1969)金沢滞在中に体験した三八豪雪を小説化。
  • 『杳子(ようこ)』(1970)第64回芥川賞を受賞。


富岡 多恵子 (更新日;2001年11月10日)
Taeko Tomioka
中上 健次
Kenji Nakagami
★本の坩堝さ。熊野大学熊野出身の作家中上健次が設立した文化組織。
2005年8月5日(金)〜7日(日)
場所;和歌山県新宮市 高田グリーンランド(雲取温泉) 電話;0735-29-0321
講師(50音順)
    青山真治(映画監督)
    浅田彰(京都大学・思想史)
    いとうせいこう(作家)
    大塚英志(まんが原作者・小説家・評論家)
    奥泉 光(作家)
    柄谷行人(近畿大学・文芸評論家)
    高澤秀次(文芸評論家)
    前田塁(文芸評論家)
    渡部直己(近畿大学・文芸評論家)
あべ 弘士
(更新日;2007年12月6日 3m横でニアミス!)
Hiroshi Abe (1948〜)
旭川市「旭山動物園」の飼育係のかたわら、絵本作家として活躍。
1996年、退職して絵に専念。
村上 春樹
(更新日;2009年2月17日 パレスチナをめぐる冒険
Haruki Murakami(1949〜)
1949年1月12日に京都に生まれる。兵庫県芦屋市で思春期をおくる。
芦屋市立精道中学校、兵庫県立神戸高校、
早稲田大学第一文学部演劇科卒業(1975年、7年間かかった)
在学中の1974年にジャズ喫茶「ピーターキャット」を国分寺で開店。
1979年「風の歌を聴け」でデビュー(群像新人文学賞)。
村上 龍 (更新日;2004年9月9日)
Ryuu Murakami(1952〜)
★村上龍♪あん♪アン♪村上龍のホームページ 『JMM』
  • 『限りなく透明に近いブルー』(1976)
  • 『コインロッカー・ベイビーズ』(1980)
  • 『最後の家族』(2001)


池澤 夏樹 (更新日;2006年11月6日)
Natuki Ikezawa1945〜)
★クリックすると♪あん♪アン♪池澤夏樹のホームページ


津島 佑子
Yuuko Tsusima(1947.3.30〜)
★クリックすると♪あん♪アン♪津島佑子のホームページ
  • 『寵児』
増田 みず子 (更新日;2009年11月18日)
Mizuko Masudaa(1948.11.13〜)
  • 1986年 『シングル・セル』
  • 2001年刊行の『月夜見』以降、単行本は出ていない。
  • 雑誌発表の短篇も2005年を最後に途絶えている。
久間 十義
Jyuugi Hisama

2004年7月26日(月)、中島らも、死ぬ。享年52歳。

1996年7月27日
台北の故宮博物院を見る。圧倒的な宝物の量、質。北京のものとはケタがふたつくらい違う。
 なかでもおれは「如意」という一群の宝物に惹かれた。結婚のときに使う宝物らしいが、原初は「孫の手」だったそうな。
それが観念的にどんどん肥大していって一種の抽象的なオブジェになったもののようだ。
口で形態を説明するのはむずかしい。とにかく「如意」なんである。「如意」だけで三十本くらいあった。
 その他に、玉の中に玉がある。その玉の中にまた玉がある。都合十七重ねの玉があるという、象牙の、信じがたいような彫り物もあった。
どうやって彫ったのか誰にもわからない。お爺さんから孫まで、三代にわたって彫ったものらしい。
 こうして見ていくと、おれには「皇帝の幼児性」のようなものが透けて見えてくるような気がした。
 夜、士林(スーリン)の屋台村へ行って鉄板焼きを食べる。うまかった。
パラパラ・・・中島らも『さかだち日記』(講談社、1999年4月15日発行)より
★関西から、Eメールをいただきました。
「関西を代表する偉大な作家「中島らも」に哀悼の意を送ります。」

おはよう御座います。
7月28日(水)、朝のお目覚め如何ですか!

> ■沼田町も最近は上空が不安定です。
> 雷、ごろごろ、ぴーです。
> 中島らもが死にましたね。
> 関西ではカリスマではないのですか?

★その通り、彼は関西に無くては成らない存在でした。
作家として、関西ラジオの夜のパーソナリティとして、
学生時代の私達世代に大きな影響力を持っていた
「変人(笑)」でした。その独特で掴み所の無いキャラは、
見飽きる事が無く、周りから愛されていました。

52歳と言う若さでこの世を去った彼。
酒に酔った勢いで階段を踏み外して転倒し、頭部を強打
した事による脳挫傷が原因で亡くなったと報じられていました。

酒をこよなく愛した中島らも。彼が亡くなったとニュースで
始め聞いた瞬間「酒で酔っ払って、コケて頭でも打ったんや
ないの?」て家族全員でテレビにツッ込んだら・・・・・。
ホンマ、その通りでした(笑)。

私達から見れば、常識外れで突拍子も無い事ばかりを
繰り返す人生を歩んでいた彼だから、人生の終焉も、ある意味
彼らしいかなって不思議と笑いを誘われ、悲しくは有りませんでした。
偉大な才能の死に、心からご冥福をお祈り致します。
2004年7月29日 4:35:37
宛先 : "Motohiro Kubo" <moto_kubo@hotmail.com>
件名 : 中島らも追加情報!

今日も姫路は雨の降りそうな気配など皆無な快晴で、
朝から気温も高くて午前11時現在で34.5度を記録(泣)。
早く避暑(沼田町)へ旅立ちたいと願う今日この頃・・・・。

> らも・・・。どーゆー由来?

☆ふっふっふ、誰もが最初に思うネタでしょう(笑)。
姉は中島らもの著作を何冊か持っていますが、
私自身は彼の作品を読んだ事は無いのです(不勉強者)。
ですから、確かか如何か確証は持てませんが、
彼が好きな地元大阪出身で、往年の名俳優の名から
取ったと言う話を思い出しました。
(多分、この方だったと思いますが)
         ↓
やっぱ、映画館で観たい♪羅門光三郎(らもんみつさぶろう)
1901年10月10日/大阪市西成区今宮町生まれ。
本名:岩井憲次 成器商業学校中退。
27年年悪麗之助の独立プロの『彼は復讐を忘れたか』で映画デビュー。
同年東亜キネマに入社。
豪快なタイプで東亜時代劇スターの重要なひとりとなる。
東亜時代の代表作は『南国太平記』の益満休之助役。
東亜のトップ女優原駒子と結婚。
31年東亜が東活となった後も在籍するが翌年退社。
富国映画社、宝塚キネマ、極東映画、甲陽映画社と転じる。
36年甲陽映画社の『奇傑黒鷲』前後篇ではじめて発声映画(サウンド版)を経験。
37年今井映画製作所を経て、翌年新興キネマ京都に入社。
41年大映に統合後も所属し、阪妻、千恵蔵、右太衛門、嵐寛の四大スターに
次ぐ地位を占める活躍。
46年『狸になった和尚さん』以来主演から助演・脇役に回る。
その後左眼を失明し、63年映画界から姿を消す。
出演作品は戦前169本、戦後113本を数える。
1955.04.20 『鬼斬り若様』
1955.11.01 『いろは囃子』
1956.03.28 『浅太郎鴉』
1956.06.08 『花の兄弟』
1956.07.25 『花頭巾』
1956.11.07 『続花頭巾』
1958.11.08 『濡れ髪剣法』
1958.11.15 『伊賀の水月』
      ↑
「羅門」から「らも」と取ったそうな・・・。
これ以上の事は良く分かりません(笑)。

工藤 美代子
Miyoko Kudou
栗本薫=中島梓 (更新日;2009年9月18日)
Kaoru Kurimoto = Azusa Nakajima
(1953.2.13〜2009.5.26)
  • 『グイン・サーガ』
  • 『魔界水滸伝』
  • 『伊集院大介』シリーズ
  • 『文学の輪郭』
姫野カオルコ (更新日;2008年12月1日)
Kaoruko Himeno (1958.8.27〜)
  • ひと呼んでミツコ 講談社 1990
  • 変奏曲 マガジンハウス 1992
  • 不倫(レンタル) 角川書店 1996
  • 受難 文芸春秋 1997
  • ツ、イ、ラ、ク 角川書店 2003
  • ハルカ・エイティ 文藝春秋 2005
  • ああ正妻 集英社 2007
田口 ランディ (更新日;2007年3月17日)
Randei Taguti(1959.10.3〜)
  • 『コンセント』
島田 雅彦
Masahiko Shimada
2004年4月28日から、朝日新聞の連載「文藝時評」を島田雅彦が受け持つこととなった。
なんせ、文豪★夏目漱石が社員として連載小説を書きまくっていた歴史ある新聞(笑)なので、
その時代の魅力的な文学者が書き連ねる朝日新聞「文藝時評」には超然とした「価値」がある。
それが、さらに違う価値を加えた(?)のが1991年(←ああ、もう13年も前のことなんだねぇ〜)に
担当した高橋源一郎からであろう。
彼は、それまでのその月に発表された文芸誌を読んで感想文を書くとゆースタイルを無視した。
話題はファッション(コムデ・ギャルソン)、テレビ(東京ラブストーリー)、ロック(フランク・ザッパ)
までをも「文藝時評」のワクに入れた。
その確信犯行為が朝日新聞社を困らせたと想像するのは容易い。
しかし、「その月の文芸誌」なんて読書家すらも読まなくなっていた当時、ゲンイチローの行為は
魅力的なドンキホーテであった。実際、彼の後、朝日新聞は「文藝時評」とは別に、
文学のジャンルごとの「作品時評」のコーナーを別に設けた。
それは明らかにゲンイチロー的なるものへの対策であっただろう。
そして、毎月、「上・下」2回掲載のボリュームも月に1回だけに減らされた。
私がいつかは担当するだろうと思っていた津島佑子や関川夏央もその後、このコーナーを担当し
私にとっては「誰が、何を選び、どう評論するか」が楽しみなコーナーになっていた。

それが今月から島田雅彦になったとゆーワケだ。
思えば「青二才」とうそぶっていた美少年も43歳の中年オヤジになった。
三島由紀夫や中上健二に当てはめると、この年齢はすでに晩年である。
確かに、朝日新聞が選んだタイミングはバッチリ。・・・さすがであ〜る。

で、その内容だが、彼らしいシニカルな文学情況観を確認した、までの第1回ではあった。
本領発揮はこれからだろう。
芥川賞が一生に一回しか取れないように、
朝日新聞の「文藝時評」も一生に一回しか担当できない(たぶん)。
まぁ、私には毎月の楽しみが一つ増えた今日であった。


大泉 実成
Jitunari Ooizumi
青山 真治(1964〜)
Shinji Aoyama
◆ Rock Book Fuck ? な日々 ◆
映像に願いを★青山真治 映画『ユリイカ』
When You Wish Upon My Brain.
言葉に願いを★
パラパラ・・・青山真治 小説『ユリイカ』
(2000.12.24初版 角川書店)
装丁;朝倉哲也、写真;小野寺久雄


言葉に願いを★青山真治 映画『ユリイカ』
やっぱ、映画館で観たい♪青山真治 映画『ユリイカ』
(監督・青山真治/2000年)
ある九州の地方都市、
バスの運転手・沢井(役所広司)は
バスジャック事件の現場に偶然居合わせ、
危うく命を落としかける。沢井の他に生き
残ったのは中学生の兄・直樹(宮崎将)と
小学生の妹・梢(宮崎あおい)のふたり
だけだった。それから2年が過ぎ
共に暮らし始める。
2000年カンヌ映画祭で、
国際批評家連盟賞&エキュメニック賞受賞。
★★ Snow Life ? No ! Snob Life ! ★★

もうすぐ43歳だというのに、こんな高等遊民な日々で良いのか!?

2005年3月6日 札幌「古本らくだや」
定価\1680→古本\200で購入
大衆文学とは、読者の持つ紋切り型
の発想を探し出す芸であり、純文学とは
さらにその紋切り型から逃げ惑うブザマ
さを生き方とする表現。だからこの小説
は純文学なのだろう。重要なのは作者
が「希望」にこだわった点。紋切り型から
逃げる時にはネガティヴを目指すのが
より容易な手法なのだから。また、発表
されたのが★NY戦争を語る。そして、想う。2001年9月11日より前であっ
た偶然に今は感謝したい。この巨大な
悲劇の事件性に便乗しての「希望」で
はなくて、予言に近い「希望」への渇望
であると私は思いたいのだ。小説の中
心には悲劇がある。しかし、それをめぐ
る登場人物たちが見せる小さな仕草に
いちいち作者のアイディアが仕組まれ
ている。そのアイディアは紋切り型から
逃げ惑うために考え出されたのである。
2005年3月26日 久保AB-ST元宏
阿部 和重
Kazusige Abe
志羅山 美香 (更新日;2010年2月4日)
Mika Shirayama
  • 栗鼠と魚の恋物語
はろはろ、えぶりばで♪三角山から生放送だぞ。
76.2MHz
自伝『死ぬほど生き延びて』、未完成!ミカキチ@ろーら嬢の生放送は、
毎月、第1土曜日 5Pm〜6Pm 志羅山 美香 『花よりダンゴ』
再放送は、その12時間後、日曜朝、 5Am〜6Am♪
←コレをクリックで、どこででも生放送&再放送が聞けちゃうぞー♪




アーサー・シュニッラー
(更新日;2002年4月10日)
ARTHUR SCHNITZLER (1862-1931)



オスカー・ワイルド (更新日;2009年11月19日)
OSCAR WILD (1854-1900)
★クリックすると、♪ナイチンゲールに行けるわっ♪あん♪アン♪The World-Wide Wilde Web
  • 『ナイチンゲールとばら』 The Nightingale and the Rose (1888)
フリーマン・ウィルス・クロフツ
(更新日;2009年1月15日)
Freeman Wills Crofts (1879-1957)

アーサー・ランサム
ARTHR RANSOME (1884-1967)
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  • アーサー・ランサム全集、岩波書店
1巻『ツバメ号とアマゾン号』岩田欣三/神宮輝夫訳、岩波書店、1967年
Swallows and Amazons, 1930.
グレアム・グリーン
GRAHAM GREEN (1904-)
  • 『おとなしいアメリカ人』 The Quiet American(1955)



ノヴァーリス
Novalis  (1772年5月2日〜1801年3月25日)
知らない谷間に咲いている失われた青い花。
行け! マルキ・ド・サド
MARQUIS de SADE (1740-1814)
・HOME PAGE FOR EVERYONE MARQUIS DE SADE ★クリックすると、♪Sadeに行けるわっ♪あん♪アン♪サドマニア
  • 『ソドムの市』
  • 『悪徳の栄え』
スタンダール (更新日;2010年10月5日)
STENDHAL (1783.1.23-1842.3.23)
  • 1822年、44歳の時に『恋愛論』
  • 1830年、『赤と黒』
  • 1836年から39年まで休暇をとってパリに戻り、『パルムの僧院』を書いた。
ジュルジュ・サンド
GEORGE SAND (1804-1876)
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★たとえば→6月8日の歴史★
Ms.George Sand
Ms.George Sand has been dead.
シャルル・ボードレール
CHARLES BAUDELAIRE(1821-1867)
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★8月の死者
♪ボードレールに寄りかかる
シャルル・ボードレール
CHARLES BAUDELAIRE
(1821-1867)
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1866年(45歳)「現代高踏派詩集」で
詩集『悪の華』が紹介される。
友人とナミュールのセント=ルー教会を
見物中、階段から転落。
母が駆けつけ暫し看護するも、
失語症と麻痺に陥ったため
生まれ故郷のパリに連れ戻す。
発禁になった作品とその場限りの詩句を
編集した補遺を発行。

1867年(46歳)8月31日、
パリの療養所にて末期の長い苦痛の後死去
  • 詩集『悪の華』
ボードレールの父、フランソワ=ジョゼフ=ボードレール(1759〜1827)は、
プラスレン公爵の家庭教師であり、帝国元老院局長を務め、画家でもあった。
また母カロリーヌ=アルシンポール=デュフェイ(1793〜1871)の家庭教師でもあった。

1821年4月9日、パリ、オートフュエ13番通りにてシャルル=ピエール=ボードレール生まれる。
父は62歳、母は28歳。

1827年2月10日(6歳)父死去、享年67歳。

1828年(7歳)母、陸軍少佐ジャック=オーピクと再婚。リヨンに移る。
ボードレールは程なく義父を憎むようになり、
後に「私のような息子を持つ人は、再婚してはならぬ。」と言っている。

1832年(11歳)リヨンの王立中学の寄宿舎に入学。

1836年(15歳)義父の転任によりパリに移り、法律を学ぶ為ルイ=ル=グラン中学に転入。
デッサンで首位を得、ラテン語詩では褒賞を得る。
シャトーブリアンやセント=ブーヴを読み、最初の詩を書く。

1837年(16歳)ラテン語詩総合コンクールで2位を獲得。

1838年(17歳)絵画展でデラクロアの「ターユブールの戦い」に非常な感銘を受ける。
この時よりデラクロアに陶酔する。バレージュ市の上のエスクブ湖に感激し、ラマルチーヌ風の詩を書く。

1839年(18歳)大学入学資格を得、義父は外交官を勧めるが、ボードレールは詩人を希望する。
哲学に惹かれ哲学科に編入する。
しかし、通いの生徒が持ち込んだラマルチーヌ、ユーゴー、ミュッセ等を読みふける。
ネルヴァル、フイエ、ルコント=ヅ=リール等との交遊始まる。退校処分を受ける。

1840年(19歳)家族と別れネルヴァル、バルザックと出遭う。
友人とともに「ノルマンディ派」を結成し、詩や歌を作る。

1841年(20歳)放蕩生活を止めさせる為の家族会議により、インド行きの汽船に乗せられる。

1842年(21歳)途中でパリに引き返し、「黒色のヴィーナス」と呼ばれる
無知ではあるが官能的な女優ジャンヌ=デュヴァルと出遭い同棲生活を始める。
実父の莫大な遺産の多くを使い尽くす

1844年(23歳)浪費癖をもって準禁治産者の認定を受け、後見人によって財産管理される。

1845年(24歳)自殺未遂を起こす。この年までに「悪の華」の一部は出来ている。

1847年(26歳)プルードンと出遭い、革命運動を始めるエドガー=ポーの作品と出会う

1848年(27歳)2月革命の臨時政府の指導者の一員になる
ポーの翻訳を始め、この仕事は65年まで続けられる。

1850年(29歳)梅毒の症状が出始める。

1851年(30歳)ナポレオン3世のクーデターに失望し政治から身を引く。
「悪の華」の主要な11篇を書く。死ぬ間際のポーに会う。

1852年(31歳)サバティエ夫人のサロンに出入りするようになり、ジャンヌ=デュヴァルと決裂。
サバティエ夫人に匿名で詩を送り始める。
「悪の華」の幾つかの詩の霊感を与えたマリー=ドーブランとも知り合う。

1853年(32歳)ポーに関する研究と翻訳を出版。

1855年(34歳)「悪の華」の詩に霊感を与えたサバティエ夫人にぞっこんになる。

1856年(35歳)ポーの「不思議な物語」(1840)の翻訳を出版。

1857年(36歳)義父のオーピク将軍死去。
6月25日、1840年からのすべての詩を含む『悪の華』初版を出版する。
8月20日、不道徳のかどで有罪判決を受け、罰金300フランと6篇の詩の削除を命じられる。

1859年(38歳)オンフルールに行き、母と和解。

1860年(39歳)多額の負債を抱え『人工の天国』を出版。

1861年(40歳)新しい35篇の詩を含む『悪の華』第2版を出版。

1862年(41歳)9月、散文詩21篇を出版。神経衰弱の症状顕著。

1863年(42歳)2月1日、専属出版社倒産。

1864年(43歳)持病の悪化と薬の濫用と負債を抱え、
破産会議の分配と作品の完全版の出版社を求めてブリュッセルに渡るが、
失望と苦しみの故にベルギー人を憎むようになり、「哀れなベルギー」のパンフレットを書く。
健康状態はますます悪化。

1866年(45歳)「現代高踏派詩集」で「悪の華」が紹介される。
友人とナミュールのセント=ルー教会を見物中、階段から転落。
母が駆けつけ暫し看護するも、失語症と麻痺に陥ったため生まれ故郷のパリに連れ戻す。
発禁になった作品とその場限りの詩句を編集した補遺を発行。

1867年(46歳)8月31日、パリの療養所にて末期の長い苦痛の後死去
9月2日、モンパルナス墓地に埋葬される。

1868年、生前に書いた詩、芸術的批評とロマン主義芸術の発行。
ボードレール全集の出版開始。

1869年、その一部が既に62年に発行されている散文詩の詩集発行。

1871年、母死去。
岩波文庫『悪の華』所蔵の年表を参照。
マルセル・プルースト
Marcel Proust(1871.7.10-1922.11.18)
プルーストの部屋
ジャン・コクトー
Jean Cocteau(1889.7.5-1963.10.11)
★クリックすると、♪最初はピストル自殺した父親だろう。コクトーにはこのときから決定的なタナトス(死の観念)が付きまとった。ジャン・コクトー『白書』1994 求龍堂
Jean Cocteau : Le Livre Blanc 1927山上晶子訳
★just imagine...♪アートだ!あん♪アン♪北海道立近代美術館 札幌市中央区北1条西17丁目 Tel. 011-644-6881
『ジャン・コクトー展 芸術の境界を越えた男』 〜2005年5月29日(日)9:30Am〜5Pm
一般 1,100円、高大生 700円、小中生 400円
★器用さという悪夢。
 1889年、パリ近郊のの裕福な家に生まれた
ジャン・コクトーは、早くから詩人として世に
認められたが、その後、美術、映画、文学、
音楽、芝居、バレエなど芸術のあらゆる領域に
共犯活動を広げた。ピカソ、ストラヴィンスキー、
プルースト、シャネル、サティなど、当時の
芸術界をリードするアーティストたちと交流し
ながら、各ジャンルにおいてその才能を発揮し、
1963年に74歳で亡くなるまで、独自の美学で
芸術界に変革をもたらし続けた。
ジョルジュ・バタイユ
GEORGES BATAILLE(1896-1961)
★クリックすると、♪アソコに行けるわっ♪あん♪アン♪ジョルジュ・バタイユ
  • 『青空』
  • 『呪われた部分』
ポール・ニザン
Paul Nizan(1905-1940)
★日付をクリックすると、♪好きな時代に行けるわっ♪あん♪アン♪歴史から飛び出せ!
★たとえば→5月23日の歴史★
♪クリックして、見よっ!Paul Nizan est mort
a 35 ans en 1940 !
どこまでも、考えるポール・ニザン。
ぼくは二十歳だった。
それが人生でいちばん美しい年齢だなどとは
だれにも言わせまい。
― ポール・ニザンパラパラ・・・『アデン アラビア』
「彼はコミュニストになり、

コミュニストであることを止め、

孤独に死んだ、

或る窓の傍で、 階段の上で。

この生涯は、

この毅然たる妥協の拒否によって説明される。

彼は反抗によって革命家になった。

そして革命家が戦争に譲歩せねばならなくなったとき、

彼は過激な自己の青春を 再び見出し、

反抗者として終ったのだ。

彼の言葉は、若く、きびしい言葉だった。

これを老いさせてしまったのは、われわれなのだ。」

― ジャン=ポール・サルトル
ジャン・ジュネ
Jean Genet
(1910年12月19日 - 1986年4月15日)
今日の一句
あの本と出逢えたことの意味が、本当に解った気分。あの本を見つけられたのは、この私になれる日がいつか来るということだったんだな。
図書館の
ページの白より
シャツの白

(久保元宏 1999.7.8
岩見沢市図書館にて)

★日付をクリックすると、♪好きな時代に行けるわっ♪あん♪アン♪歴史から飛び出せ!
★たとえば→12月19日の歴史★
A Happy Birthday to Mr.Jean Genet !
アルベール・カミュ
Albert Camus
(1913年11月7日 - 1960年1月4日)
★日付をクリックすると、♪好きな時代に行けるわっ♪あん♪アン♪歴史から飛び出せ!
★たとえば→1月4日の歴史★

永遠の異邦人になる方法。

Monsieur Albert Camus's
Car Crash In The Blue !
マグリット・デュラス
Marguerite Duras
(1914.4.4-1996.3.3)
★日付をクリックすると、♪好きな時代に行けるわっ♪あん♪アン♪歴史から飛び出せ!
★たとえば→3月3日の歴史★
ヒロシマ経由の美少女の鬼っ子の偉大なる旅。Marguerite Duras. writer. Paris. May 21. 1993. c Richard Avedon
Ms. Marguerite Durasを観てね♪Marguerite Duras
has been dead !


ボリス・ヴィアン
Boris Vian(1920-1959)
★クリックすると、♪アソコに行けるわっ♪あん♪アン♪Saint-Germain des Pres(サンジェルマンデプレ・パリ
のカルチエラタン地区)の代名詞。
そんな彼でも実は鰻が好きだった!
  • 『うたかたの日々』
ジャン=ルネ・ユグナン (更新日;2009年12月28日)
ean Rene Huguenin(1936-1962)
  • 『荒れた海辺』
エドガー・アラン・ポー
Edgar Allan Poe
(1809年1月19日 - 1849年10月7日)
1833年、当時まだ13歳だった従兄妹ヴァージニア・クレムと結婚するが、
1847年に貧苦の中結核によって彼女を失い、その2年後にポー自身も謎めいた死を遂げた。

ポーはアメリカ合衆国において文筆だけで身を立てようとした最初の著名な作家。
ボードレールによるポーの翻訳はフランス象徴派の文学観形成に大きく寄与した
ジェローム・デーヴィッド・サリンジャー
Jerome David Salinger
(1919年1月1日 - 2010年1月27日)
  • 『ライ麦畑でつかまえて』 (野崎孝 訳) / 『キャッチャー・イン・ザ・ライ』 (村上春樹 訳)(1951年)
  • 『ナイン・ストーリーズ』(1953年)
  • 『フラニーとゾーイー』(1961年)
  • 『大工よ、屋根の梁を高く上げよ シーモア−序章−』(1963年)
カート・ヴォネガット (更新日;2010年11月2日)
Kurt Vonnegut, Jr.
(1922年11月11日 - 2007年4月11日)
  • 『スローターハウス5』(1969年)
  • 『チャンピオンたちの朝食』 (1973年)
  • 『スラップスティック』 (1976年)
ノーマン・キングズレー・メイラー
Norman Kingsley Mailer
(1923年1月31日 - 2007年11月10日)
訃報 ノーマン・キングズレー・メイラー
(Norman Kingsley Mailer、
1923年1月31日〜2007年11月10日、享年84歳。)

アメリカの作家。松岡正剛は、「ノーマン・メイラーは
1960年代の時代のシンボルだった。その後も、
70年代のベトナム戦争の終焉まで、メイラーは
一部のアメリカ主義者の“神様”だった。」と書き、
「植草甚一は、そのノーマン・メイラーの時代感覚を
そのまま引っ張って歩いているような、しかもちょっと
した喫茶店では必ず出会う変なおじさんだった。」と
論じた。つまり、かっこいーオジサンだったのだ。

うぇ〜ん!2007年5月6日に、
旭川の老舗の古本屋「旭文堂書店」で
買って読んだばかりだった。

ノーマン・メイラー全集5
パラパラ・・・『ぼく自身のための広告』
(1969.9.20 初版、新潮社)
訳;山西英一
定価\1300→古本\300
著者も訳者も、60年代のヒップスター。
ノーマン?
トルーマン・カポーティ
TRUMAN CAPOTE
(1924年9月30日 - 1984年8月25日)
  • 『冷血』In Cold Blood
アーシュラ・クローバー・ル=グウィン
(更新日;2010年1月25日 月曜日 3:10Am)
Ursula Kroeber Le Guin
(11929年10月21日 - )
  • 『ゲド戦記』A Wizard of Earthsea
リチャード・ブローティガン
(更新日;2008年10月14日 3:12Pm)
Richard Brautigan
(1935年1月30日 - 1984年9月14日?)
  • 『ビッグ・サーの南軍将軍』(藤本和子訳) A Confederate General From Big Sur (1964年)
  • 『アメリカの鱒釣り』(藤本和子訳) Trout Fishing in America (1967年)
  • 『西瓜糖の日々』(藤本和子訳) In Watermelon Sugar (1968年)
  • 『愛のゆくえ』(青木日出夫訳) The Abortion: An Historical Romance 1966 (1971年)



パラパラ・・・文学賞メッタ斬り 芥川賞&直木賞 【ネット版】公開!
クリックして、正座して、聴け!
社長は今は、金髪なのよ〜。ホントに怖くなってる!?
翻訳家、書評家の大森望、書評家の豊崎由美が、
2010年上半期芥川賞をバッサリ!
各候補作の寸評や、賞そのものについても斬りむ!
豊崎社長は「今、ラジオに注目している!」と言う。
「出版社は作家との関係があるから、
大抵の雑誌は批判的なことは書かせてもらえません。
その点、ラジオは本当のことが言える!」