ピンクのクマのプールで、さっちゃんと。I'll follow you wherever you may go!
top page⇒うぇ〜ん!『共犯新聞』♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To DieROCK★ロック パラパラ・・・偏愛書物★Book Oh ! うめぇ〜♪ジューシーな豚肉ソティ!好物★Gourmet やっぱ、映画館で観たい♪映画★Movie Artとは、ニューヨークのホイットニー美術館から、大阪の乙画廊まで、どこでもドアの奥で、今夜、パーティが2時から開かれる!美術★Art
moto_kubo@hotmail.com

ノルウェイの巡礼♪村上 春樹 ★HPで覗く、本の坩堝さ。「ノルウェイの森(村上春樹著)」の風景ベストセラーに出てくる店や風景。
うぇ〜ん!共犯書棚から、ひとつまみ。
井上ひさし追悼 (更新;2010年4月15日)
永瀬清子あけがたにくる共犯者よ (更新;2008年6月9日)
青木昌彦非「独占」主義の人生ゲーム (更新日;2009年4月23日)
星野桂子木造校舎の声@絵本屋 ぽこぺん (更新日;2009年8月12日)
ジャン=ルネ・ユグナン『荒れた海辺』 (更新日;2009年12月28日)
距離も共犯のうち

2011年10月7日 金曜日 午前0時10分拡張現実の秋。気温10.9℃←■ノーベル文学賞は、スウェーデンの詩人トーマス・トランストロンメル(80歳)に。やはりマラソンで鍛えている小説家の受賞は十数年後、かっ?
2010年710日 土曜日 もっとわたしに時間をつかってくれたらよかったのに 8Amの気温;20.4℃
沼田消防団『連合演習』。消防自動車で出動するが、本部から一斉放水を無視され、放水せずに退去。がくっ。
→100日雛で1050円かな。あとは日割りで一日単位で値段が上がっていく。2010年深い底で、お前と裏返し。←7月10日(土)に、届いた♪

2006年3月17日 金曜日 午後9時58分←■29日には札幌で、シンポジウム『村上春樹をめぐる冒険―世界は村上文学をどう読むか』か。四方田犬彦のハナシは聞きたいね。
2006年3月16日 木曜日 午前11時21分←■ヤスケンからは私も初めは好意的に取り上げられ、最後は罵倒で切られた。まぁ、ハルキ先生とは規模がゼンゼン違うけど(笑)。
村上春樹 「ある編集者の生と死 安原顯氏のこと」
『文藝春秋』、2006年4月号に掲載。
★語らなければならないことがある業。
安原顕氏が癌を患い、闘病の末になくなって三年になる。
亡くなって少ししたころ、この人について、というかこの人と僕との関わりについて、
まとまった文章にしておいた方がいいのではないかと思った」

「どれほど突っ張っていても、
サラリーマン的な生き方はこの人の中に意外に深く染みついているのかもしれないと、
そのときふと考えた。僕は一度も会社勤めをしたことがないので、
『中央公論社の社員』という肩書きがどれくらい大きなものなのか、
それが与えてくれる安定した収入がどれくらい重要な意味を持つのか、
実感としてよくわからない。それでも、会社の存在を都合良く利用しているのなら、
そこまで悪し様に罵倒することもないんじゃないかと思った。
会社という組織をうまく利用するのはもちろんかまわない。
しかしそれなら、口にする言葉はやはり選ぶべきではないか?
それなりの含羞というものはあってしかるべきではないか?」

「編集者としての安原さんについて今でもありがたく思っているのは、
彼が『海』や『マリ・クレール』の編集者であったころに、
僕の翻訳をどんどん掲載してくれたことだ」

「そしてある日(いつだったろう?)安原さんは突然手のひらを返したように、
僕に関するすべてを圧倒的なまでに口汚く罵り始めた。
(・・・)その批判のあまりの痛烈さに僕は度肝を抜かれた。
そこには紛れもない憎しみの感情が込められていた。
一夜にして(としか思えなかった)いったい何が起こったのだろう?
いったい何が、安原さんをして僕の『敵』に変えてしまったのだろう?
正直言って、僕にはまったく見当がつかなかった。」

「インターネットのヤフー・オークションにかけられたり、
あるいは古書店の店頭で売られたりしている。
たとえば僕が『海』に掲載したフィッツジェラルドの翻訳『氷の宮殿』(73枚)は
100万を超すとんでもない値段で、古書店で実際に売られていた。
どれも僕がかつて、雑誌編集者としての安原さんに直接手渡した原稿ばかりである」

「中には雑誌掲載のみで本のかたちにしていないものもある。
本にしたくないので、そのまま『握りつぶした』原稿である。
そういうものが商品として市場に出回るのは、作家にとって容認できることではない」


パラパラ・・・村上春樹 in 朝日新聞 2Days
(更新日;2005年10月5日 9:57Pm)

★風が吹くたびに、その歌を聴こうとする、ぼくたち。

新聞に毎月載る「文芸時評」が
2日間つづけての掲載から
1日だけになってから、
もう10年たっただろうか?
朝日新聞で言えば、
大江健三郎が担当していた頃は
まだ2日間だったよなぁ。
今は島田雅彦なんだけど、
もちろん1日だけの掲載。

小説や文芸誌の数が
減ったわけでもなさそーなので、
減ったのは
大衆の純文学への「興味」のほうだろう。

で、昨日&今日と、
なんと朝日新聞で
「村上春樹が語る」と題されての、
2Daysなのであーる!
★風が吹くたびに、重そうに、脳味噌ゆら&ゆら。
久保AB-ST元宏にとって、『風の歌を聴け』はエヴァーグリーン。

★風が吹くたびに、文字が舞う。
久保AB-ST元宏の書斎の、村上春樹コーナー。
いきなり出だしが、
「この作家の登場は、現代文学のひとつの節目だった。」
と、編集委員・由里幸子が書き出す。
その理由は多義的だが、
その言葉だけを否定する者はいないであろう。

だからこそ、「文芸時評」が1日だけになった今、
たった一人の小説家へのインタビュー取材だけで、
新聞紙上を2日間もあてるということ自体に、
この作家の持つ「節目」の持続を改めて感じさせられた。
かつて、若き日の大江健三郎や、サルトルなど、
何か事件があれば、
「あの小説家は、このことにどう感じ、どう考えているのだろか?」と
真っ先に思い浮かべる作家がいた。
村上春樹は、けっしてそーゆータイプの作家ではない。
しかし彼が今回のインタビューで、

「日本という国家システムの怖さ」

「政治的なことはあまりいいたくないが、そこから学ぶものは多い」

「国家システムみたいなものから自由になりたいという思いと、
そこに小説家として関わっていかなければならない
という気持ちが同時にある」

と語ったことと、
膨大な数の読者が常に彼の新作を待っているということが、
深いところで共振し合っているのではないか、と私は感じた。