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moto_kubo@hotmail.com
唐木 順三
からき・じゅんぞう
1904年2月13日〜1980年5月27日
図書館で本を枕に。
近代という共犯回路
うぇ〜ん!共犯図書館

パラパラ・・・割り読書」の自由

text by うぇ〜ん!久保AB-ST元宏 (2008年7月3日 2:41Am)

1980年、高校を卒業した私は、ついでに「縦割り学習」も卒業し(笑)、
自分勝手に、「横割り学習」を開始した。それからの私の学校は、
古本屋と、映画館と、ライブ・ハウスだったわけで、そこでは見事に
「横割り」の自由が展開していた。
そんな中でも、やっぱ、時折は「体系」ってやつに帰る悦びもあり、
そーゆー時に「本」は便利な装置、だった。
それに、1980年代前半は浅田彰によって再構築された現代思想の
「体系」の地図としての「読書案内」が、それなりにブームだった。
そんなワケで私もフランスから届く最新の現代思想を、ロンドンから
届く最新のニュー・ウェーブ音楽と一緒に肉体に詰め込んでいた。
私は今でも「読書案内」的な特集が大好きで(笑)、人から本を薦め
られるのも大好きだし、最も好きなのは本をもらうことだ(がくっ。)。

で、現代思想を中心とした読書案内は当時、雑誌『朝日ジャーナル』
や『世界』が別冊で毎年、恒例のように春に出版して、それが大学に
入りたての新入生の読書の基本アイテム啓蒙の役割もはたしていた、
と想う。
雑誌『遊』が光速で飛来する!
下にでも、雑誌『遊』が光速で飛来する!

松岡正剛が1971年に友人ら3人で工作舎を設立し、
発行した雑誌『遊』(1971年〜1982年)。
宇宙への扉。
雑誌『遊』1981年8&9月合併号 特集「読む」
しかし、もちろん、「現代思想」ばっかでは食傷気味みになるワケで、
そこに登場した雑誌『遊』1981年8&9月合併号の特集「読む」は、
それから私の「学校」になった。
これは、「新しい」とは、評価からの逸脱。松岡正剛が
365冊を選んだ特集で、「一日一冊で一年、

一月一冊で30年の遊学計画のために。」とゆーコピーだった。
文学、科学、古典、マンガと自由に横に広がる読書に私は興奮した。
そして、この雑誌で紹介されている本を、私は下記のように読み進めめていった。

Hey! 雑誌『遊』からの読書だ!
『遊』特集「読む」で紹介された365冊のうち、
今、私の書斎にある本を、バラ&バラッと取り出しても、こんなにある。
いかに私がこの特集から影響を受け、まじめに(?)独学してきたかが、よ〜く分かる・でしょ(がくっ。)?
しかし、私も46歳になり、
あいかわらずの「チェーン・スモーカー」ならぬ、
「チェーン・乱読」ぶりで、1冊読んだら、その関連本へと、どん&どん読書が
横へ、横へ・と、進んでいるんだか、単なる前に進めない横歩きなのか(がくっ。)、
な、読書生活ぶりを続けており、
もはや、『遊』特集「読む」にたよらなくても、読みたい本が汗牛充棟なわけなのだ。
♪彼が『たまゆら』の男! そんなある日、っーか、今年の初め、
パラパラ・・・坪内祐三『考える人』を読んでいた。
この本は、著者の読書遍歴を語りつつ、
16人の「考える人」を紹介している。
その16人とは、小林秀雄ではじまり、
田中小実昌、中野重治、武田百合子、唐木順三、
神谷美恵子、長谷川四郎、森有正、深代惇郎、
幸田文、植草甚一、吉田健一、色川武大、
吉行淳之介、須賀敦子と続き、
福田恆存で終えている。

ん!?
唐木順三・・・!
この16人中、なんと私は唐木順三だけは読んでいなかった。
そーゆー時に無駄な(がくっ。)熱さが燃えたぎるのが私、なのである(笑)。
唐木順三を、考える人。
坪内祐三『考える人』で紹介されている、唐木順三。

なんせ、私は唐木順三をずーーーーーっと読みたかった人なのだ。
その理由は、やっぱ、『遊』特集「読む」、だった。
そこでの唐木順三『中世の文学』の紹介文、これは罪深い(笑)。
この文章、読んだら、読みたくなるよな。
しかし私は、何度か引越ししても、行きつけの古本屋で出会わなかったのだ。
27年間も!

坪内祐三の本を読んでから、私はずいぶん久しぶりに本棚から
『遊』特集「読む」を取り出し、ぼけーっと、ながめてみた。

あああああああああ。
まだ&まだ、読んでいない本が多すぎる。

ピエール・ド・マンディアルグ『大理石』
フレッド・ホイル『暗黒星雲』
ジョージ・ガモフ『不思議の国のトムキンス』
源豊宗『日本美術の流れ』
渡辺慧『生命と自由』
湯川秀樹『素粒子』
A・A・フリードマン『空間と時間としての世界』
ノヴァーリス『青い花』
岩田慶治『カミの人類学』
モッサー・サドラー『存在認識の道』
・・・・・・。

やばい。
「一月一冊で30年の遊学計画のために。」だったのに、
まるで、てんで、読んでいない、読みたかった本、が、ぞろ&ぞろ。
あと3年で、30年目なのに!
雑誌『遊』!
『遊』特集「読む」で紹介された、唐木順三『中世の文学』。
左右の本の関連が、いかにも松岡正剛的に自由な読書!

で、まずは唐木順三『中世の文学』だっ!
と、ググれば、あああああ。
またしても、こんなヤバい文章にひっかかる。
 この本を読んでいない人と日本を語るのは遠慮したいものだ。最初に読みおわったときに、そんな気分になったことを憶えている。
 それほどに、本書からうけた衝撃は大きかった。あまりに大きくて、本書の思索の跡をそのまま引用しないで日本を語るにはどうすればいいか、
ぼくはずっと病気に罹ったようなもので、その影響から脱出するのにたっぷり10年以上がかかってしまった。

またしても、松岡正剛の文章だった。
・・・。どーも、すみません。27年間、人生、さぼっておりました。がくっ。
で、あらためて古本屋で唐木順三『中世の文学』をさがしだした私。
しかし、27年前でさえ見かけなかったこの本、もー無理。

そこで、amazonの古本ネットで探す。
驚いた。
ウン十万円するのだ。ふつーに。
げげげのげーだ、もう。

しかし、あほの子のよーに、
時折、amazonの古本ネットをパカ&パカ開く日々が続いた。

そんなある日。
出品者: アゲイン
商品: 『中世の文学』 (1955年) [古書] by 唐木 順三 (価格¥2,000)
初版
配送料: ¥340
消費税: ¥0
合計: ¥2,340

とゆー画面が、出た。
「あー、2万円かぁ。まだ高けぇや・・・。」
・・・。
「ん?」
・・・!
「に、に、しぇんえん!?」
なんと、2千円で売りに出ていたのだ。
しかも、1965年の「筑摩叢書」に入った味気ない装丁筑摩で、読む!じゃなくて、
なんと、なんと、びっくし☆の、1955年のまっとーな、函入りの、初版本が、だ。

私、買いましたよ。
プチッ、と。

それが、2008年3月29日。
私のたんじょうーびの、2日前。
自分で自分に贈るの誕生日プレゼントとしては、とりあえず今世紀最高の逸品となった♪
唐木 順三さんっーたらぁああ〜ん。
で、4月2日に届いた。予想以上に、美麗本。
ストイックな装丁が、泣かせます(くくく・・・)。

久保も読む、唐木 順三さんっーたらぁああ〜ん。
うれしくてたまらないおじさん。さっそく、読む♪
唐木順三『中世の文学』の、「すき」。唐木 順三さんっーたらぁああ〜ん。
こんな感じで、シロートには読みにくい・かな。

うぇ〜ん!まぁ、カンタンにこの本を紹介すれば、「すき」→「すさび」→「さび」とゆー日本文化のキーワードをこじつけ(?)つつ、
鴨長明、吉田兼好、世阿弥、道元、一休、そして松尾芭蕉をモチーフに、著者独自の日本文化論を展開するわけである。
そこで語られる「話法」こそ、正しく「横割り読書」的思考であった。
だからこそ、「文学」を語るのであっても、宗教家の道元や、一休も同じ「話法」で語れるのだ。
この、こじつけから本質がコロリと出てくるところなんぞ、まるで、『共犯新聞』そのものじゃんか。ゆかい&ゆかい(笑)。
やっぱ、おもしろい本だった〜♪で、こーゆーまだ&まだ読んでいない面白すぎる本が世の中にあるんだからねぇ、死んでる場合じゃねーよな。