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そんな中、
北海道に住む
美術評論家
5人が共同で
発行している
フリー・ペーパー
『美術ペン』の
最新号があった。
手に取ると、
なんと
巻頭のエッセイは
彼女の今年の
年賀状に、
「深川は、
本当に
楽しかった
です。」
と書いてあって、
去年の
深川市での
大(?)回顧展は
彼女にとって
とても
充実したものに
なったようだ。
書かれている
エッセイは、
その回顧展に
至るまでの
心理が
独特の文体で
書かれていて
とても
興味深かった。 |  |
書かれていることを少し抜粋しながら紹介すれば、
| 彼女に | ある日、私の中のカーテンを一時閉めた日 | が訪れたそうで、その体験から得たことが書かれている。 |
彼女にとってそれは、
悪い意味での
「ひきこもり」ではなく、 |
むしろ、そうすることで、
自分を取り巻く世界の多様さ、果てしなさに気が付くことが出来たように思います。
そして、そこに私と言葉との隙間を埋めてくれる何者か達が、
沢山隠れていると感じたのです。 | と、生産的な「孤独」だったようだ。 |
その「カーテン」の中で彼女は、
漠然とした思惟をまず「言葉」に置き換えるが、
「言葉」とは自分のものではなく、
他者が作った記号にしかすぎないという
考えに行き着き、 |
ふと、自分のいる場所が
何も無いがらんどうの空間に感じられるのです。
そして、その奥に
私のもう一つの現実への入り口を見つけるのです。 |
これは優れて抽象的な説明
(まるでデヴィッド・リンチ監督のドラマ『ツイン・ピークス』の
精神世界のようですらある。)だが、
まさしく、これが彼女の作画技法なのだろう。 |
文章は後半になると、
やや凡庸なまとめに入ってしまうが、 | 「美しい」と、言葉にする前の未整理なままの気持ちを大切に | したいという宣言(?)は、とてもたくましい。 |
ある意味、「言葉」へのアンチ・テーゼとも読めるし、
美術評論家たちの同人誌(?)に、美術「言語」を超えることについて書いているのだから、挑戦的と読めないこともない。
しかし、北海道の画壇のスーパースターとは言え、1980年生まれの彼女はまだまだ中堅からもはるか以前の年齢だ。
これは、画壇という地図上に刺した、自分と言う針の頂点に立つ孤高の表現者の謙虚な制作秘話と読むのが正しいだろう。
彼女がここで使った「言葉」とは、自明のもの、既成のものの総称と私は読んだ。
ややもすると現代は情報の流通のスピードを速めるために、あらゆることをデータ化するために、あらゆるものを流通可能な記号に置き換えようとする。
そこにタイクツな自明性の罠が待っているのである。
記号化される以前の「未整理なまま」を絵筆の向こう側に描きとめる。
それができる高度な技術が担保されている彼女の今年の新作もまた楽しみだな〜♪
12:35Pm〜2:55Pm
蠍座 2本で\1200
『劒岳 点の記』
監督&脚本&撮影;木村大作
原作;新田次郎
出演;浅野忠信、香川照之、松田龍平、仲村トオル
久保の眼
■昨年、2009年にひっそりと上映されたが、年末になってから
多くの賞を受賞して、映画館で見逃した映画マニアはあわてた
ことだろう。実は私もその一人であり、この映画の存在は知って
はいたが、まったく感心の外だった。蠍座のような「二番館」は、
ロードショー上映が終了後に沸いた興味を回収してくれるから
ありがたい(笑)。
■で、その受賞の理由は、木村大作(1939年7月29日生まれ)
とゆー職人肌の映画撮影技師が、73歳にして初監督をして、
空撮やCG処理に頼らず、体感温度が氷点下40度の立山連峰
や剱岳で山小屋やテントに泊まりこみ、長期間をかけ丁寧に撮
影を行った・・・とゆー超「手造り」な姿勢への業界的(?)リスペ
クトが大きかったと私は思う。やはり、「真面目」は「真面目」で
あるとゆーだけで充分に価値があるし、その機会があるごとに
きちんと評価の声を意識的にやや大きな声で上げておかねば
ならないとも、私ですら思う。
■そうなのだ。「真面目」には、「評価」が必要なのだ。私のよう
に幼少期から現在まで「評価」の外で生きてきた(がくっ。)者に
は、なにやらその構図そのものが座り心地が良くない、にせよ。
■そんな「真面目」の「評価」は、軍隊や学校や会社に代表され
る組織の維持装置にもなっている。また一方で、組織の責任を
軽減する役割として、「真面目」は同じ体験をした者にだけ共有
できる「仲間」意識を準備する装置でもある。この映画のスタッ
フ・ロールはまさに、監督もエキストラもスポンサーもが「仲間た
ち」とゆー職名(?)の下に公平に(?)名前が羅列されている。
■別にわざわざヘソマガリなことを書きたいわけではないが、私
が2006年に羊蹄山に登山をしたときに強く再確認したのは、
まさに私が幼少期からずっと抱えてきた「仲間」意識とゆー特権
意識に閉じる幸福感への違和感だったのだ。 |  |
その私の羊蹄山での体験記の冒頭の一部分をここに転記しておこう。
なぜならば、これは私が物心ついた一番最初の時期からずっと持ってきた感情だから。
↓
■私は、羊蹄山に登った。
それは、スゴイ体験だった。これから、それを説明しようとしている自分の文章力を、書く前から疑ってしまうほどに、スゴイ体験だった。
もしかしたら自分の人生は、「羊蹄山を登る前」と「羊蹄山を登った後」の二種類に区分できるのではないか、とゆーホドである。
それほどまでに強烈な体験であったのに、その体験を読む人に正確に伝えられるかどうか、書く前から自信が無い。
いったい、この巨大な体験を、どのように言葉で伝えればいいのだろうか?
写真をもってしたところで、まだまだ正確には伝えられないだろう。
もちろん、一番、ハードでヘビーな状態にはカメラを持つ余裕なんて無かったから、手元に残った写真は、楽しいハイキングのよーな、お気楽なスナップばかりだ。
いや、もし、マイナス気温の濃霧、激しい嵐の中、ずぶ濡れになって崖に足をとられ、転落しそうになっている場面の写真があったとしても、
『共犯新聞』読者に正確には伝わるまい。
■そんな時に、私が想ってしまうのは、たとえば、真夏のグラウンドで長時間、ボールを追った共通体験で芽生える「友情」とゆーヤツへの、違和感である。
また、「とにかく、言葉なんて必要ない。ストーンズ、最高!」とか、
「この本の感想?とにかく、読め!」とか、
「素晴らしい美術作品に言葉など不要だ。」とゆーヘドの出るようなクソ発言。
それらは、明らかに「批評」の敗北である。
しかし、私が今、羊蹄山で全身に得た体験を言葉(=人文知)によって回収できないのであれば、私もまた同罪なのである。
羊蹄山も巨大であり、さらに、それを表現する言葉を作り上げることも、同様に巨大なのである。
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映画『劒岳 点の記』は1907年(明治40年)に、地図を作るために前人未到の山の頂点へ昇る物語だったが、
この日に観た3本の映画はどれもが、
頂点をめぐる物語であった。
私は同じ映画館の座席に座ったまま、今度は「芸」の頂点をめぐる、「落語」という地図の物語を体験することになる。
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3:05Pm〜4:55Pm
蠍座 2本で\1200
『小三治』
監督;康宇政
出演;柳家小三治、入船亭扇橋、柳家さん八、柳家小里ん、
三遊亭歌る多、桂ざこば、立川志の輔、柳家三三、桂米朝
語り;梅沢昌代
久保の眼
■まったく期待しておらず、観たい2本の映画の間に時間つぶしのように観た映画が
その日、一番面白かった、いや、生涯忘れられない1本になるってのは映画に淫して
いる愚か者への最高のプレゼントのひとつ。この映画が、そっと差し出された、それ。
■もちろん私の 落語好きは有名(?)だし、意外と(?)保守的な私は立川談志
が苦手なこともあって、古今亭志ん朝亡き後、江戸落語の支柱としても小三冶はひ
いきにしている。それでも、この映画はたぶん、小三冶の日常を追っただけの記録に
しか過ぎねぇんだろーな、と高をくくっていた、の、だ、が。・・・がーん。
■落語に「形(かた)」と呼ばれるキメのパターンがあるが、この映画は静かに始まり
ながらも、しだいに同じ「形」を少しづつ重ねながら、いくつかの重要で魅力的な発見
を無言のうちに観客が自ら気が付くように仕掛けられている。う〜む。にくい。誰だ、
この康宇政ってぇー監督はぁ?こちとらぁ、名前の読み方すら分からねぇーぞ。なに
カン・ウジョンってぇー、1966年に東京で生まれた韓国人だってぇ?・・・うううむむむ。
■たとえば、小三冶が高座で落語をしているのを舞台の袖で首をうなだれながらじっ
と聴いている弟子の姿を映画は納める。おお。普段は見ることができない楽屋裏。な
んとなく得した気分。・・・映画は小三冶の日常を追いつつ、時折、同様のシーンが
インサートされる。うなだれて聴く弟子が、時には人気落語家の立川志の輔だったり
するときもある。・・・そして映画がずいぶん進んだころ、関西落語の大重鎮、桂米朝
が舞台で滋味のある落語をしている。カメラは控えめに移動し、舞台の陰で首をうな
だれながらじっと聴いている小三冶の姿を逃がさない。編集は、それを切らない。
■そうだ。ドキュメンタリーとは劇映画以上に編集が重要になる。撮り溜めた無限の
時間を編集という意思が再構築する宇宙がドキュメンタリーを優れた作品にするし、
時に見事なエンターテイメントにする。
■映画を観た誰もが息を呑むのは、「師匠は稽古をつけてくれたことがありません。」
と言う弟子の柳家三三が懸命に練習をしている顔のクローズ・アップに重なる小三冶
の「違う!・・・そこ、そこ、そこだ。うん。うまい。・・・もっと、ゆっくり!ええいっ!だから
お前はヘタクソだって言うんだ!・・・う〜ん。いいなぁ。」という声が重なる場面。実は
カメラが引くと、これは楽屋の隅でひとりで練習している三三を無視して、足の指を付
き人にマッサージしてもらっている小三冶の声だったのだ。もしこのシーンだけを取り
出せば、観客はその「オチ」に大爆笑するだろう。しかし、他の場面で笑いながら観
ていた観客も、このシーンには息を呑んでいた。そんな凄みが記録されているのだ。
■また、小三治の兄弟弟子である入船亭扇橋のひょうひょうとした、まるでボケ老人
のようなキャラクターも、クライマックスの楽屋でのたった一言の落語のアドヴァイスの
正確さのための布石のようだ。つまり、これら全てがフーガのように繰り返され、重ね
られ、最後には恐ろしい世界の頂点にまで連れて行ってくれる映画が、これなのだ。 |
映画『劒岳 点の記』はドキュメンタリーではないが、厳寒の冬山登山をしつつの撮影とゆー行為そのものが、ドキュメンタリーであり、
実は映画を観ている観客も、その圧倒的な映像(=もちろん、すばらしく美しい・・・。)に感動する。
もしかしたら、映画の物語性よりも。
だから、『劒岳 点の記』は映画監督&撮影カメラマン=木村大作自身を描いたドキュメンタリーなのだ。
と、『小三冶』を経験した私は強く感じた。
そして、映画館を代えて、またもうひとつの「頂点」のドキュメンタリー映画、である。
映画が終われば、また私は北にある自宅へ120kmの国道275号線を走る。
豪雪で狭くなった道を、吹雪の中走り、たどり着いたのは、
「頂点」と呼ぶにはあまりにも中途半端なねぐらなのだけれど。