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さ ん に ん き ち さ く る わ の は つ が い
三 人 吉 三 廓 初 買
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ー 三 人 吉 三 ー





    序 幕   大川端庚申塚の場


役名  巾着切 和尚吉三(おしょうきちさ)。浪人 お坊吉三(おぼうきちさ)

旅役者 お嬢吉三(おじょうきちさ)。伝吉 娘おとせ等。    


本舞台四間中足の二重、石垣波の蹴込み、上の方に四尺ほどの庚申堂、賽銭箱、軒口に青面金剛と記せし額、この脇に括り猿を三つ付けし額、うしろ練塀、斜に橋の見える片遠見、すべて両国橋北川岸の体。波の音、通り神楽にて道具とまる。     

ト花道より辻君のおとせ、黒の着付、手拭をかぶり、蓙(ござ)を抱え出て来り、


とせ  ゆうべ金を落とせしお方は、夜目にもしかと覚えある、装りの様子は奉公人衆、さだめてお主の金と知り少しも早く戻したく、おおかた今宵柳原へ私を尋ねてござんしょうと拾うた金を持っていたれど、ついに尋ねてござんせぬは、もしやお主へ言いわけ無さにひょんな事でもなされはせぬか。たった一度逢うたれど心に忘れぬいとしいお方、案じるせいか胸さわざ、ああ心ならぬことじゃなあ。

ト思入れあって、揚幕の方を、もしやたずねて来ぬかと見るこなし、花道よりお嬢吉三島田髪、振袖、お七のこしらえにて出て来り、

お嬢  アもし、はばかりながらお女中様、おたずね申したいことがござりますわいな。

とせ  はい、何でござります。

お嬢  あの亀井戸のほうへはどうまいりますか、お教えなされてくださりませいな。
とせ  はい亀井戸へお出なされますなら、これから右へまっすぐに行きあたったら左へまがり
(ト言いながらお嬢吉三のなりを見て)とさあ委しゅうお教え申しても、お前様には知れますまい、どうで私の帰り道、割下水まで共々におつれ申してあげましょう。

お嬢  それはありがとうござりますわいな、つれてまいりし供にはぐれ、知らぬ道にただ一人怖うてなりませねば、お邪魔ではござりましょうが、どうぞおつれなされ てくださりませいな。

とせ  いえもう私が家へ帰りますには、一つ道でござりますから、おやすいことでござります。

お嬢  さようなればお女中さま。

とせ  こうお出なされませいな。(トおとせ先にお嬢吉三本舞台へ来り)もしお嬢さま、お前さまはどちらでござります。

お嬢  あの私ゃ本郷二丁目の、八百屋の娘で七と申しますわいな。

とせ  八百屋のお七さまとおっしゃりますか。

お嬢  してお前さまのお家は、

とせ  はい私の家は割下水で、父さんの名は伝吉、わたしゃおとせと申します。    

お嬢  して、御生業は。

とせ  さあ、その生業は。(ト困る思入れ)

お嬢  何をお商売なされますえ。

とせ  はい、お恥ずかしいが蓙(ござ)の上にて。

お嬢  あの十九文屋(大道玩具屋)でござりますか。

とせ  いえ、二十四文でござります。

お嬢  そんならもしや、

とせ  お察しなされませいな。

トおとせお嬢の背中を叩く、このおり懐の財布を落とす、トお嬢手早く取り上げ、ぎっくり思入れあって、

お嬢  もし、なにやら落ちましたぞえ。(ト出す)

とせ  おお、こりゃだいじのお金、ええお金でござりますか。

とせ  あい、しかも大まい小判で百両。

お嬢  大層おあきないがござりましたな。

とせ  御冗談ばかり、ほゝゝ。

お嬢  あれえ。(ト仰山にお嬢、おとせに抱きつく)

とせ  アもし、どうなされました。

お嬢  いま向うの家の棟を、光り物が通りましたわいな。

とせ  そりゃおおかた人魂でござりましょう。

お嬢  あれえ。(ト又しがみつく)

とせ  なんの怖いことがござりましょう、夜生業(よしょうばい)をいたしますれば、人魂なぞは度々ゆえ怖いことはこざりませぬ、ただ世の中に怖いのは、(トこのとき本釣鐘を打ち込む)人が怖うござります。

お嬢  ほんにそうでござりますなあ。(ト言いながらお嬢おとせの懐から財布を引き出す)

とせ  (びっくりして)や、こりゃ、この金を何となされます。

お嬢  何ともせぬ、もらうのさ。

とせ えゝゝ、(ト驚き)そんならお前は。

お嬢  どろぼうさ。

とせ  え。

お嬢  ほんに人が怖いの。(ト財布を引ったくる)

とせ  そればかりは。

トおとせ取りに掛かるを振り払う。おとせ、たじたじとして思わず川へ落ちる。水の音、波煙ぱっと立つ。

お嬢  ああ川へ落ちたか。(ト川を見込み)やれ可愛そうなことをした。(トいいながら財布より百両包みを出し)思いがけねえこの百両、    

トにったり思入れ、このとき後ろへ太郎右衛門窺い出て、

太郎  その百両を。    

ト取りに掛かるを突き廻し、金を財布へ入れ、懐へいれる。太郎右衛門また掛かる、このときお嬢吉三、太郎右衛門の差している庚申丸を鞘ごと引ったくり、太郎右衛門それをと寄るを、すらりと抜き、振り廻す、この途端、花道より垂を下ろせし四ツ手駕を担ぎ来り、これを見てびっくりなし、駕を下手へ捨て、下手へ逃げてはいる。太郎右衛門は白刃に恐れ上手へ逃げてはいる。時の鐘、お嬢吉三あとを見送りて、

お嬢  はて臆病な奴等だな、(ト駕の提灯で白刃を見て)むむ、道の用心ちょうど幸い。(ト庚申丸をさし、空の朧月を見て)月も朧に白魚の篝も霞む春の空、つめてえ風もほろ酔いに心持よくうかうかと、浮かれ鳥のただ一羽塒へ帰る川端で、棹の雫か濡手で泡、思いがけなく手に入る百両、    

ト懐の財布を出し、にったり思入れ、このとき上手にて、厄払いの声してお厄払いましょう、厄落とし厄落としと呼ばわる。 

ほんに今夜は節分か、西の海より川のなか落ちた夜鷹は厄落とし、豆沢山に一文の銭と違って金包み、こいつあ春から延喜がいいわえ。   

トこのおり、下手にある四ツ手駕の垂れをばらりと上げる、内にお坊吉三、吉の字菱の紋付の着付、五十日鬘、大小のこしらえにて、お嬢吉三をうかがう。お嬢もお坊吉三を見てぎっくり思入れ、時の鐘すこし凄みの合方になり、お嬢、金を懐に入れ、庚申丸を袖にて隠し上手へ行こうとする、お坊吉三思入れあって、

お坊  もし姐さん、ちょっと待っておくんなせえ。

お嬢  はい、なんぞ御用でござりますか。

お坊  ああ用があるから呼んだのさ。

お嬢  なんの御用か存じませぬが、私も急な。

ト行きかけるを、

お坊  用もあろうが手間はとらさぬ、持てといったら待ってくんなせえ。    

トこれにてお嬢ムム、と思入れ、お坊駕より雪駄を出し、刀を持ち出てお嬢を見ながら刀を差す、両人顔見合わせ気味合いの思入れにて中腰になり、

お嬢  待てとあるゆえ待ちましたが、して私への御用とは。

お坊  さあ用というのは外でもねえ、浪人ながら二腰たばさむ武士が手を下げこなたへ無心、どうぞ貸してもらいたい。

お嬢  女子をとらえお侍が、貸せとおっしゃるその品は、

お坊  濡手であわの百両を、

お嬢  え、(ト思入れ)

お坊  見かけて頼む、貸してくだせえ。

お嬢  そんなら今のようすをば、

お坊  駕にゆられてとろとろと、一ぱい機嫌の初夢に、金と聞いては見遁せねえ、心はおなじ盗人根性、去年の暮から間が悪く五十とまとまる仕事もなく、遊びの金にも困っていたが、なるほど世間はむずかしい、友禅入りの振袖で人柄作りのお嬢さんが追い落としとは気がつかねえ、これから見ると己なざあ五分月代に着流しで、小ながい刀の落し差し、ちょっと見るから往来の人も用心するこしらえ、金にならねえも尤もだ。

お嬢  それじゃあお前の用というのは、これを貸してくれろとかえ。(ト懐から手を出し財布を見せる)

お坊  取らねえ昔とあきらめて、それを己に貸してくりやれ。

お嬢  (せせら笑い)こりゃあ大きな当て違い、犬威しとも知らねえで大小差して居なさるゆえ、おおかた新身の胴試し、命の無心と思いのほか、お安い御用のはした金、お貸し申して上げたいが、凄みなせりふでおどされてはお気の毒だが貸しにくい、まあお断わり申しましょう。

お坊  貸されぬ金なら借りめえが、装り相応に下から出て免(ゆる)してくれとなぜ言わねえ、木咲の梅より愛橋のこぼるる娘の憎まれ口、犬威しでも大小を伊達に差しちゃあ歩かねえ、切取りなすは武士の習い、きりきり金をおいて行け。お嬢  いいや置いては行かれねえ、ほしい金なら此方より其方が下から出たがいい。素人衆には大まいの金もただ取る世渡りに、未練に惜しみはしねえけれど、こう言いかかった上からは空吹く風に逆らわぬ柳に受けちゃいられねえ、切取りなすが習いなら命とともに取んなせえ。

お坊  そりゃあ取れと言わねえでも、命も一緒にとる気だが、おぬしもさだめて名のある盗人、無縁にするも不憫なゆえ今日を立日(たちび)に七七日(なななぬか)、一本花に線香は殺したおれが手向けてやるが、その俗名を名乗って置け。

お嬢  名乗れとあるなら名乗ろうが、まあ己よりは其方から、七本塔婆へ書き記すその俗名を名のるがいい。

お坊  こりゃあ己が悪かった、人の名を聞くその時はまあこっちから名乗るが礼儀、ここが綽名のお坊さん、小ゆすり衒(かた)りぶったくり、押しのきかねえ悪党も一年増しに功を積み、お坊吉三と肩書の武家お構いのごろつきだ。

お嬢  そんならかねて咄に聞いた、お坊吉三はおぬしがことか。

お坊  してまたそっちの名は何と。

お嬢  問われて名乗るもおこがましいが、去年の春から坊主だの、やれ悪婆のと姿を替え、憎まれ口もきいて見たが、利かぬ芥子(からし)と悪党の凄みのないのは馬鹿げたもの、そこで今度は新しく八百屋お七と名をかりて、振袖姿で稼ぐゆえお嬢吉三と名に呼ばれ、世間の狭い喰詰者さ。

お坊  おれが名前に似寄りゆえ、とうから噂に聞いていたお嬢吉三とあるからは、相手がよけりゃあ猶更に、

お嬢  この百両をとられては、お嬢吉三が名折れとなり、

お坊  とらねえけりやあ負けとなり、お坊吉三が名の廃り、

お嬢  たがいに名を売る身の上に、引くに引かれぬこの場の出会い、

お坊  まだ彼岸にもならねえに、蛇が見こんだ青蛙、

お嬢  取る取らないは命づく、

お坊  腹が裂けても呑まにゃあおかねえ。

お嬢  そんならこれをここへかけ、

トお嬢百両包みを舞台真ん中へ置く、

お坊  虫拳ならぬ、

両人  この場の勝負。 

ト両人肌を脱ぎ一刀を抜き立ち廻る、よきほどに花道より、和尚吉三、紺の腹掛け股引、どてら半纏頬かぶりにて出て来り、この態を見て思入れあってつかつかと舞台へ来り、

和尚   二人とも待った待った。(トこの中へ割ってはいり、双方をとめる立ち廻り、結局和尚吉三、着ていたる半纏を取って両人の切り結ぶ白刃へ掛けこの上へのり、双方をとめ、三人キッと見得) どういうわけか知らねえが、留めにはいった、待って下せえ。(ト手拭をとる)



お坊  やあ、見知らぬそちがいらぬ留めだて、

お嬢  怪我せぬうちに、

両人  退(の)いた退いた。

和尚  いいや退かれぬ、二人の衆、初雷も早すぎる氷も解けぬ川端に、水にきらつく刀の稲妻、不気味な中へ飛び込むも、まだ知己にゃあならねえが顔は覚えの名うての吉三、いかに血のけが多いとて大神楽じゃああるめえし初春早々剣の舞、どっちに怪我があってもならねえ。いま一対の二人は名におう富士の大和屋に劣らぬ筑波の山崎屋、高い同士の真ん中へ背い伸をして高島屋が見かねて留めに入ったは、どうなることと最前からお女中様がお案じゆえ、まるく納めに綽名さえ坊主あがりの和尚吉三、幸い今日は節分に争う心の鬼は外、福は内輪の三人吉三、福茶の豆や梅干の遺恨の種を残さずに小粒の山椒のこの己に、厄払いめくせりふだが、さらりと預けてくんなせえ。(トキッと言う。両人もさてはという思入れあって)

お坊  そんならこなたが名の高い、      

お嬢  吉祥院の所化あがり、

お坊  和尚吉三で、

両人  あったるか。

和尚  (頭を押えて) そう言われると面目ない、名高いどころかほんのぴいぴい、根が吉祥院の味噌すりで弁長(べんちょう)といった小坊主さ、賽銭箱から段々と両堂金まで盗みだし、とうとう寺をだりむくり、鼠布子(ねずみぬのこ)もお仕着せの浅黄と替わり二、三度は、もっそう飯まで喰って来たが、非道な悪事をしねえゆえ、お上のお慈悲で命が助かり、こうしているが何より楽しみ、盗みの科で取らるるなら仕方もねえが己が手に命を捨てるは悪い了簡、仔細は後で聞こうから不承であろうがこの白刃、おれに預けて引いてくだせえ。

お坊  いかにも和尚が詞を立て、むこうが預ける心なら、こっちはこなたに預ける気、

お嬢  そっちが預ける心なら、こっちもともども預ける気、

和尚  そんなら二人が得心して、

お坊  この場はこのまま、

お嬢  こなたに預けて、

お坊  引いてくれるか、

お坊  いざ、

お嬢  いざ、

両人  いざいざ、いざいざ。

ト和尚吉三半纏をとる、両人刀を引いて左右へわかれる。和尚思入れあって、

和尚  して二人が命をかけ、この争いはどういうわけ、

お嬢  もとは根も葉もないことで、おれが盗んだその百両、

お坊  貸せというより言いがかり、ついに白刃のこの争い。

和尚  むむそんなら二人が百両を貸す貸すめえと言い募り、大切の命を捨てる気か、そいつぁ飛んだ由良之助だがまだ了簡が若い若い。ここは一番おれが裁きをつけようから、厭でもあろうがうんと言って話に乗ってくんなせえ、互いに争う百両は二つに割って五十両、お嬢も半分お坊も半分、留めに入ったおれにくんねえ、その埋草に和尚が両腕、五十両じゃあ高いものだが抜いた刀をそ のままに鞘へ納めぬおれが挨拶。両腕切って百両の額を合わせてくんなせえ。

ト和尚吉三腕まくりをして、両人へ腕を突きつける。両人感心の思入れ、

お坊  さすがは名うての和尚吉三、両腕捨ててのこの場の裁き、

お嬢  切られぬ義理も折角の、志ゆえ詞を立て、

お坊  こなたの腕を、両人もらいましたぞ。

和尚  おお遠慮に及ばぬ、切らっしゃい。    

ト和尚吉三腕を突きだす、お坊吉三、お嬢吉三と顔見合わせ思入れあって、一時に和尚の腕を引き、すぐに二人ともわが腕をひく、和尚これを見て、

和尚  わが両腕を引いた上、二人が腕を引いたのは、

お坊  ものは当たって砕けろと、力にしてえこなたの魂、

お嬢  互いに引いたこの腕の流るる血汐を汲み交わし、

お坊  兄弟分に、

お嬢  なりたい、

両人  願い。

和尚  こいつぁ面白くなって来た。じつはこっちもさっきからそう思っていたけれど、自惚らしく言われもせず、黙っていたがそっちから、頼まれたのは何より嬉しい。

お坊  そんなら二人が望みを叶え、

お嬢  兄貴になってくんなさるか。

和尚  イヤならねえでどうするものだ。聞きゃあ隣りは水滸伝、役者のそろった豪傑に、しょせん及ばぬことながら、こっちも一番三国志、桃園ならぬ塀越の梅の下にて兄弟の義を結ぶとはありがてえ。

お坊  幸いここに供物の土器(かわらけ)

お嬢  これでかための血盃、    

トお坊庚申堂より供物の土器を出し、三人これへ腕の血を絞り、

両人 まず兄貴から、

和尚  そんなら先へ。    

ト和尚のんでお坊へさす、お坊のんでお嬢へさす、お嬢のんで和尚へもどす、

和尚  これでめでたく(ト和尚のんだ土器を叩きつけ、微塵になし)くだけて土となるまでは、

お坊  かわらぬ誓いの、

お嬢  兄弟三人、

和尚  思えば不思議なこの出会、互いに姿はかわれども心はかわらぬ盗人根性、

お坊  譬えにもいう手の長い今年は庚申年に、

お嬢  庚申堂の土器で義を結んだる上からは、

和尚  のちの証拠に三疋の額につけたる括(くくり)り猿。    

ト和尚、庚申堂に掛けてありし括り猿の額を取って二人に一つずつやる。

お坊  三つにわけて一つずつ、

お嬢  守りへ入れて別るるとも、

和尚  末は三人繋がれて、

お坊  意馬心猿の馬の上、

お嬢  浮世の人の口の端に、

お坊  こういう者があったりと、

和尚  死んだ後まで悪名は、

お嬢  庚申の夜の話し草、

和尚  思えばはかない、

三人  身の上じゃなあ。(上三人よろしく思入れあって)

和尚  さあ長居は恐れ二人ともに、この百両を二つにわけ、(ト以前の百両包みを取って出す)

お坊  いやその百両は二人が捨つる命を救われし、

お嬢  礼というではなけれども、争う物は中よりと、

お坊  そりゃあこなたが納めてくだせえ。

和尚  いいやこれは受けられねえ、ぜひとも二人に半分ずつ、

ト百両包みを捻じ切り、ちょっと目方を引いて見て両方へ出す。これにてお坊お嬢、顔見合わせ思入れあって金を受けとり、

お坊  そんなら一旦受けた上、

お嬢  また改めておぬしへ、

両人  返礼。(ト両方より出す)

和尚  (思入れあって)むむ夜がつまったにべんべんと、義埋立てするも面倒だ、いなやを言わずこの金は志ゆえ貰っておこう。(ト和尚金を取って鼻紙へ包む)

お坊  それで二人が、

両人  心もすむ。

和尚  この返礼はまたそのうち、

お坊  思いがけねえ力が出来、

お嬢  祝いにこれから、

ト三人立ちあがる。このとき以前の駕かき両人うかがい出て、

駕かき  うぬ、盗人め。    

ト和尚にかかるを左右へ突きやる、お坊お嬢ひきつけて、

和尚  三人一座で、    

ト両人ムム、とうなずき、一時に投げ退け、駕かき起きあがろうとするをお坊踏みつけ、お嬢は腰を掛け押える。和尚は半纏を引っ掛ける。三方一時に柝の頭(かしら)。

三人  義を結ぼうか。(ト三人引っ張り、よろしく波の音舟の騒ぎ唄にて)                      拍子幕


二 幕 目    割下水伝吉内の場


役名  和尚吉三。土左衛門爺伝吉。笠屋武兵衛。八百屋久兵衛。
     伝吉娘おとせ。木屋の手代十三郎等。 



本舞台三間の間、常足の二重、正面暖簾口、上手延喜棚内によろしく福助土の金など飾りこの脇鼠壁、神棚に礼箱、備えを飾り、下手仏壇つきの押入戸押、上の方一間障子家体、下の方一間台所口三尺の腰障子、提灯の皮の連子窓、いつものところ門口。すべて割下水伝書内の体。ここに辻君(よたか)のおはぜ小さな箱に化粧道具を入れ白惚鏡で顔をしている、傍におちょう半分顔を塗り煙管を持って叩き立てている。下手においぼ摺鉢の火鉢へ焚火をして傍に五合徳利皿にうで蛸の足二本あり、茶碗にて酒を呑みいる、四ツ竹節、通り神楽にて幕あく。

はぜ  ええ耳かしましい、なにをそんなに大きな声をするのだ。

ちょ  そういう汝が聾だから小さな声じゃあわからねえ。

いぼ  なんだか知らねえが静かに言ってもわかろうじゃあねえか。

ちょ  こう、おいぼさん聞いてくんな。いま顔をしようと思ったら白粉が足らねえから、貸せといえば貸さねえというゆえ、そんなら私が貸してやった銭を返してくれというのだ。

いぼ  そうでもあろうが、親方もおとせさんが帰らぬえので、気をもんでいなさらあな。

ちょ  それをわっちゃあ知っているから、言いてえことも言わねえのだ。

はぜ  言いてえことがあるなら思いれ言うがいい、なんぞというと返せ返せとこっちこそ貸しがあれ、そっちから借りた覚えはねえ。

ちょ  なに、ねえことがあるものか、一昨日の晩蕎麦が二杯、帰りがけに夜明しで、きらず汁に酒が一合、今朝も 漬物屋の沢庵を八文買うとき四文貸し、ちょうどそれで百ばかりだ。

はぜ  そりゃあ手前がこの間、和田の中間に達引く時、七十二文貸しがあらあ、まだその上に四文屋の十二文という棒鱈を手前に二つ喰わしたから、こっちも百貸しがあるのだ。 

ちょ  べらぼうめ、あのぼう鱈(たら)は歯がなくって喰えねえというから、それでおれが喰ってやったのだ。

はぜ  なんでもいいからおれがほうへ百返しておいて理屈を言え。

ちょ  うぬに返す銭があるものか、こっちへ百とらにゃあならねえ。

はぜ  いくらとろうとぬかしても、やらねえと言ったらどうする。

ちょ  どうするものか、腕づくでとる。

はぜ  おもしろい、とらるるものならとってみろ。

ちょ とらねえでどうするものだ。    

ト獅子の鳴物になり、おちょうは長煙管、おはぜは有り合う薪を持って打って掛かるを、おいぼ割って入り、双方を留め、

いぼ  これさこれさ、いい加減にしねえのか。(トおいぼ半纏を脱いで、両人の叩き合う煙管と薪を押え)待てといったら、まあまあ待った。

ちょ  いらぬ留めだて、

両人  退いた退いた。

いぼ  いいや退かれぬ退きませぬ、あぶねえ煙管と薪のなか、見かねて留めに入ったは、三十振袖四十島田、いま一対の二人は、名におう関のばばあおはぜ、外に嵐の虎鰒(ふぐ)おちょう、たがいに争う百の銭、この貸借は辻君湯の下水に流してさっぱりと、綺麗に預けてくんなせえ。

 ト半纏を取る、両人わかれて、

ちょ  そういう事なら預けもしょうが、

はぜ  そうして百の貸借は、

いぼ  中へはいった私が不肖、昨夜お信の床花に小銭まじりで貰った百、二つにわけて五十ずつ足らぬところは両腕のかわりに二本の蛸の足、高いものだが五十として、これで百にしてくんねえ。    

ト桔梗袋へ入れし銭と蛸の足を二本出す。

ちょ  さすがは名代のうで蛸おいぼ、両足出しての扱いを、

はぜ  まさかこのまま取られもしめえ、

いぼ  そんならここに二合ばかり、残った酒で仲なおり、

ちょ  物は当って砕けろか、

はぜ  犬と猿との噛み合いも、

いぼ  これから兄弟同様に、

ちょ  三人寄って、

両人  義を結ぼうか。    

ト四ツ竹通り神楽になり、三人酒を呑みいる。花道より権次の妓夫出て来り、すぐに内へ入り、

権次  こう、お前たちはまだ仕度をしねえのか。

いぼ  なに、しねえどころか、とうに身仕舞もしてしまって、

ちょ  お前の来るのを待っていたのだ。

権次  おらあまた遅くなったから、場所へ小屋を掛けて来た。

はぜ  そりやあいい手廻しだの。

権次  そうして親方は奥かえ。

三人  あい、奥にいなさるよ。

伝吉  おお権次か、帰ったか。(ト奥より伝言、行燈を持ち出て来り)やれやれおおきに御苦労だった。

権次  つい先から先を歩いて、思いのほか遅くなりました。

伝吉  どうだ娘の居所は知れねえか。

権次  あい、すこしでも当りのある所を、ほうぼう尋ねて来やしたが、どうも居所が知れませぬ。これが身性でも悪けりやあ逃げでもしなすったと思いやすが、親分の娘にしちゃあ堅過ぎるおとせさん、そんな気遣えもあるめえし、それにここにいる三人ならおっ放しておいても大丈夫だが、野玉に過ぎた器量ゆえ、引っかっがれでもしやあしねえか。

伝吉  さあそれをおれも案じられ、今日はろくろく飯も喰えねえ、こんな気じゃあなかったがここが段々取る年で先から先を考えるのでほんに余計な苦労をするよ。

権次  しかしこんなに案じるものの、昨夜何所ぞへ泊まりなすって昼間帰るも間も悪く、すぐに場所へ行きなすったかも知れねえ。

伝吉  何にしろ手前達はこれからすぐに場所へ行き、おとせがいたら誰でもいいから先へ一人帰ってくれ。

はぜ  あいあい、いなすったら年役に、わっちが先へ帰って来よう。

権次  ええおっかあ、楽なほうへ逃げたがるな。

はぜ  こりゃあ年寄りの役徳だ。

権次  さあさあ、仕度がよけりゃあ出船としょうぜ。    

トこのうち権次延書棚へ盛ってある塩へ切火を打ち、門口へまき、あとを三人にやる。皆々塩を振り、権次銭箱を風呂敷にて背負い、 

そんなら親方行って来ます。

伝吉  行く道も気をつけてくれ。

権次  合点でござります。    

ト三人鼠鳴きをして、おはぜ、おいぼは黒のお高祖頭巾、おちょうは頬冠りをする。伝吉向うへ思入れあって、

伝吉  ただならいいが、から身でねえゆえ、

権次  ええ、

伝吉  いやさ、から傘を持って行くがいい、

権次  ほんに悪い雲行だ、

いぼ  水晴(すいば)れは真平だ。

ちょ  ばれねえうちに、

権次  道をいそいで、

三人  さいでさいで。    

ト四ツ竹節、通り神業にて皆々花道へはいる。

伝吉  (見送りて)ああ案じられる娘が身の上、大まい百両という金ゆえひょっと間違いでもあるときは、おれはともあれ奥にいる昨夜助けた木屋の若い衆、家へ帰すこともならずどうしたらよかろうか、なるほど道に落ちた物を拾うなとはよく言ったものだ。とんだ金を拾ったばかり、よけいな苦労をしにゃあならぬ。ああ早く便りを聞きてえものだ。    

トやはり右の鳴物にて、花道より久兵衛半纏股引尻端折りにで、弓張提灯を持ち、前幕のおとせをつれ出て来り、

久兵  これ娘御、お前の家はどこらだな、

とせ  はい、向うに見えますが、私の家でござります。

久兵  ああそんなら向うでござるか。これから家へ帰って も、死のうなぞという無分別は決して出さっしゃるな。

とせ  御親切にお留めくだされ、ありがとう存じます。

久兵  さぞ親御が案じてござろう。ささ少しも早く行きましょう。(ト本舞台へ来り、門口にて) はい、ちょっとお頼み申します。

伝吉  あい、どこからござりました。

とせ  ととさん、私でござんす。(ト内へ入る)

伝吉  おお娘か、やれよく帰って来た。

とせ  昨夜とんだ災難に逢うて、すでに死んでしまうところ、このお方に助けられ、おかげで帰って来たゆえにようお礼を言うてくださんせ。

伝吉  これはくどなた様でござりますか、娘が命をお助けくだされ、ありがとう存じます。

久兵  いやも既のことに危いところ、ようようのことでお助け申しました。

伝吉  してまあ昨夜の災難とは、どんな目に逢ったのだ。

とせ  さあ金を落としたそのお人を尋ねに場所へいたところ、お目にかからずすごすごと帰る途中の大川端、道から連れになったのは、年の頃は十七八で振袖着たるよい娘御、夜目にも忘れぬ紋所は丸の内に封じ文、その娘御が盗人にて持ったる金を振られし上、川へ落とされ死ぬところをこのお方に助けられ、危い命を拾ったわいな。

伝吉  (これを聞きびっくりなし)ええ、すりや拾った金を取られしとか。

とせ  あいなあ。

伝吉  はて是非もないことだなあ。(ト当惑の思入れ)

久兵  (前へ出て)いやその後は、この私がかいつまんでお話し申そう。私は八百屋久兵衛というて首姓半分青物商売、ゆうべ東葛西から舟に牛蒡や菜を積んで通りかかった両国川、水に溺れて苦しむ娘御、ようよう上げて介抱なし我家へ伴い帰りしところ、ごらんの通りの貧乏ぐらし着替の着物もないゆえに紡太(ぼうた)を着せて夜通し掛かり、ようやく火箱で着物を干上げ、今朝つれて参ろうと思う出先へひょんな事、私が倅が奉公先で金を百両持ったまま行衛が知れぬと主人より人が参って吃驚りなし、とりあえず先ずさき方へ顔を出し、それから方々心当りを尋ね捜せど行衛知れず、それゆえ大きに遅なはり余計に苦労をかけましたは、どうぞ許してくださりませ。

伝吉  それはそれは、お前様の御苦労の中で太いお世話、何とお礼を申そうやら。それにつけて、こっちにも似寄った話しがありますが、して息子殿の年格好は。

久兵  今年十九でござりますが、私と違って色白で目鼻立ちもばっちりと、親の口から申しにくいが好い男でござりまする。

とせ  どうか様子をお聞き申せば、金を落としたお方のよう、

久兵  それゆえもしや言いわけなく、ひょんな事でもしはせぬかと、案じられてなりませぬ。 

伝吉  その御案じは御尤も、誰しも同じ親心、したがその息子どのは別条ないから安心なさい。

久兵  え、すりや達者でおりますとか。

伝吉  今お前に逢わせましょう。おい十三(じゅうざ)さん十三さん。

十三  はい、只今それへ参ります。 

ト奥より前幕の十三しおしおと出て来る、久兵衛見てびっくりなし、

久兵  や、倅か。

十三  親父さまか。

久兵  よくまめでいてくれた。

十三  ああ面目次第もござりませぬ。(ト仰向く)

とせ  (見て)やお前は、どうして此方の家へ。

十三  さあ金を失い言いわけなく、川へ身を投げ死のうとせしを伝吉さまに助けられ、昨夜から御厄介。

とせ  それはよう来て下さんした。これについても今の今まで私しゃ死にとう思うたは、どうした心の間違いやら、死んだらここで逢われぬもの。もうもう死ぬ気はすこしもない。鶴亀々々。    

トおとせ十三に惚れている思入れ、伝吉さてはというこなし。

久兵  そんなら死ぬ気はなくなりましたか、やれやれそれはよい了簡。ああ思えばいかなる縁づくか。

伝吉  こなたの息子は己が助け、

久兵  お前の娘は私が助け、

十三  捨てる命は拾えども、

とせ  拾うた金は盗まれて、

伝吉  今となっては、

久兵  たがいの難儀。

十三  こりゃどうしたら、

四人  よかろうぞ。(ト四人思入れ)

伝吉  まあ何にしろその百両、娘が拾って盗まれたら、こっちものがれぬ掛かり合い、死に身になって共々に、金の調達しょうから、まあそれまでは息子どの行衛の知れねえ態にして私に預けてくんなせえ。悪いようにはしめえから。

久兵  それはくありがたい御親切なそのお詞、あまえてお願い申すのもそでないことではござりますが、なにをお隠し申しましょう、実の親子でないゆえに、こっちに隔てはなけれども難儀をかけて気の毒なと、居にくいこともござりましょうかとそれが案じられまする。お願い申しとうござりますが、しかし馴染もないあなたへお気の毒でござりまする。

伝吉  なに、その気兼ねには及ばねえ、こんな商売、年中人の一人や二人ごろついている私が家、けっして案じなさらねえがいい。

久兵  それはありがとうござりまする。

十三  そんなら私はこっちの家に、

とせ  これから一所にいさんすのか、

伝吉  おおさ、なくした金のできるまでは、おれが預かり家へおくのだ。

とせ  そりゃまあ嬉しい。

伝吉  や。

とせ  いやさ、家が賑やかでようござんすな。

トおとせ十三と顔見合わせ、嬉しき思入れ。

伝吉  そりゃあそうと、この息子どの義理ある仲と言いなさるが、貰いでもしなすったのか。

久兵  いえ、拾いましたのでござります。

伝吉  ええ、そりゃあどこで。

久兵  忘れもせぬ十九年前、実子が一人ありましたが子育ちのない所から、名さえお七とつけまして、女姿で育てましたが、ちょうど五歳で勾引(かどわか)され行衛の知れぬを所々方々捜して歩く帰り道、法恩寺の門前で拾ってまいったこの倅、こりゃ失う倅のそのかわり祖師様からのお授けと家へつれて帰って見れば、守の内に入れてあった土細工の小さな犬に、十月十三日の誕生と書き記してあったので、戊の年の生まれと知れ、十三日の生まれ日は、すなわち祖師の御縁日ゆえ、すぐに十三と名をつけて育てましたるこの倅、実の親は何者か、どうで我が子を捨てるからは、ろくな者ではござりますまい。(トこれを聞き伝吉ぎっくり思入れあって、おとせ十三を見て愁いの思入れ)

伝吉  すりや、法恩寺の門前で息子どのは拾ったのか、はて思いがけねえことだな。(トよろしく思入れ)

久兵  いや、勝手ながら私は主人方へ言いわけに、これから廻って行きますれば、もうお暇いたしまする。

伝吉  それじゃあ息子どのの身の上は、私に任せておきなせえ。

久兵  なにぶんお頼み申しまする。

十三  (前へ出て)あ、思いまわせば私は、いずくの誰が胤なるか、実の親は名さえも知らず、まだ当歳のその折からこの年までの御養育、大恩受けし親父さまへ何一つ御恩も送らず、御苦労かける不孝の罪、どうもそれが済みませぬ。久兵  はてそれとても約束事、かならずきなきな思わぬがよい。(ト久兵衛立ちかかる)

とせ  そんならもうお帰りでござりますか。

久兵  はい、またお礼にあがりますが、なにぶんともに倅がお世話を、

とせ  そりやもう私が、(ト嬉しき思入れ)どのようにも、

久兵  それはありがとうござります。さようなれば伝吉どの、

伝吉  久兵衛どの、

久兵  (門口へ出て)倅、

十三  はい。(ト門口へ来る)

久兵  (顔を見て)(わずら)わぬようにしやれ。 

トホロリとして門口をしめる。唄になり、久兵衛涙をぬぐい花道へ入る。

伝吉  せっかく娘が帰ったらと思った金もいすかとなり、今更しょうもねえ訳だが、しかし金は世界の湧物、明日にもできめえものでもねえ、まあ案じずと二人とも昨夜からの心遣い、奥へ行って寝るがいい。

とせ  そんなら父さん、十三さんと奥へ行ってもようござんすか。

伝言  ああいいともいいとも、若い者は若い者がいい、年寄りじゃあ話が合わねえ。

とせ  さあ十三さん、父さんのお許しゆえこれから奥でしっぽりと、いえ今宵はしっぽり降りそうなれば、寝ながら話を。(ト嬉しき思入れにて十三の袖を引く)

十三  いえ、まだ私は眠うござりませぬ。

とせ  眠うなくとも私といっしょに、

十三  ではござりまするが。(ト行きかねる思入れ)

伝吉  眠くなくば炬燵へでも、あたりながら話しなせえ。

とせ  あれ、父さんもああ言わしゃんすりや、

十三  そんなら御免くださりませ。

伝吉  どうで夜具も足りめえから、眠くなったらその侭炬燵へすぐに寝なさるがいい。

十三  ありがとうござりまする。

とせ  ほんにこのような嬉しいことが、(ト嬉しき思入れ)

伝吉  (見て)ああ、なんにも知らず、

両人  ええ、はやく寝やれよ。 

ト唄になり、おとせいそいそとして、十三の手を取り奥へ入る。伝吉あとを見送り溜息をつき、じっと思入れ、 四つ竹節、通り神楽になり、花道より和尚吉三、前幕のなり、頬冠りにて出て来り、

和尚  きのう思わず大川端の庚申塚で、お嬢お坊の二人と兄弟分になった時、おれによこしたこの百両、こいつばかりは満足に貰った金だ。しかしあいつらが持っている金だから、どうで清くもあるめえが、おのれがためにゃあ清い金だ、ひさしく親父にも逢わねえからまあ半分は親父へ土産、こんな根性でも親父がことは案じられらあ、おつなものだな。(ト門口へ来り)あい、ごめんなさい。

ト門口をあける。

伝吉  だれだ。

和尚  とっさん、おれだよ。(ト手拭を取り内へはいる)

伝吉  お吉か、なにしに来た。

和尚  なにしに家へ来るものか、お前も段々取る年だから、変わる事でもありきゃあしねえかと、ちょっと見舞いに寄ったのだ。

伝吉  そりゃあ奇特なことだったが、おらあまた無心にでも来たかと思った。

和尚  父さんそりゃあ昔のことだ。今じゃあどこにくすぶっていても塩噌(えんそ)に困るような事はねえ。寝ていて人が小遣いを持って来てくれるようになった、これというのも親のおかげ、これまで度々無心を言い何の中にも義理とやら、小遣いでもあげてえと思った壷に目が立って、昨夜ちっとばかり勝ったからそれを持って来やしたのさ。

伝吉  いや、その志は忝いが、勝ったというその金も、噂の悪い手前ゆえおらあどうも安心ならねえ。おおかた五両か十両だろうが、そりゃあ手前のことだから己に難儀はかけめえが、はした金でその時に苦労をするのはおらあ嫌だ。志は貰ったから金は持って帰ってくれ。

和尚  (むっとして)そりゃあお前が言わねえでも、百も承知二百も合点、ええ幾つになっても小僧のように己を思っていなさるだろうが、三年立ちゃあ三つになりやす。ひさしぶりで尋ねて来るに、まさかわっちも五両や十両のはした金は持って来ねえ。

伝吉  なに、はした金は持って来ねえ。

和尚  ちょっとしても、そりゃ、五十両あるよ。(ト懐から前幕の金を出し、伝吉の前へほうり出す)

伝吉  (取り上げて)すりや、あのこれを。(トびっくりなす)

和尚  また要るなら持って来やしょう。    




ト和尚吉三かます煙草入れを出し、煙草をのみいる。伝吉はこの金が欲しき思入れあってどうで盗んだ金だから止そうというこなし。

伝吉  わずか五両か十両のはした金と思いのほか、こりゃあ小判で四、五十両、ちょうどこっちに入用の、さあ欲しい金でも貰わねえ、以前とちがって悪事をやめ、今じゃあ信者講の世話役にお題目と首っ引きゆえ、そでねえ金はもらえねえ。

和尚  何故もらえねえと言いなさるのだ。親の薙儀を貢ぎのため、子が金を持って来るのはいわずと知れた親孝行、お上へ知れりやあ辻々へ張札が出て御褒美だ、なんで袖ねえというのだろう。

伝吉  いや御褒美が出て辻々へ張札が出りゃあいいけれど、もう百両とまとまればこの江戸中を引き廻し、その身の悪事を書き記した捨札が出にゃあならねえわ。はした金でも取るめえと思ったところへ五十両、猶々こりゃあ貰えねえ、早く持って帰ってくれ。(ト金を吉三の前へ突き戻す)

和尚  そりゃあ父っさん、わからねえというものだ。たとえこの金でくれえ込み、明日が日首を取らるるともお前に難儀をかけるものか、堅気な人なら怖かろうが、根が悪党のなれの果て、びくびくせずと取って置きねえ。

伝吉  いやいやこりゃあ取られねえ、というのは若い時分にした悪事が段々報って来て、今も今とて現在の、まだこの上にこの金を取ったら、どんな憂目を見ようか、ああ恐ろしい事恐ろしい事。

和尚  何だなそんな愚痴を言って。取る年とは言いながらお前もけちな心になったの、それじゃあどうでもこの金は要らねえと言いなきるのかえ。

伝吉  さあ今もおれが言う通り、なくてならねえ百両の土台に据える五十両、唾の出るほど欲しいけれど、

和尚  ほしけりゃあ取って置きなせえな。    

トまた金を伝吉の前へ置く。

伝吉  いやいやこの金ばかりは取られねえ、早く持って帰ってくれ。(ト金を取って吉三にはうりつける。吉三むっとなり)

和尚  ええ要らざあよしねえ上げますめえ、悪党ながら一人の親、ちっとも楽をさせてえから、わざわざ持って来た金も気に入らざあよしやしょう。

ト吉三金を取って懐へ入れる。

伝吉  さあさあ外に用もねえことなら、手前がいると目ざわりだ。ちっとも早く帰ってくれ。

和尚  帰れと言わねえでも帰りやす、いつまでここにいられるものか。

伝吉  その根性が直らずば、こののち家へ来てくれるな。

和尚  なに、来いと言ったって来るものか。(ト言いながら腹を立てし思入れにて門口へ出る)

伝吉  おお来てくれぬほうが孝行だ。

和尚  (門口へ出て思入れあって)以前は名うての悪党だったが、ああも堅気になるものか。(ト門口にて)それじゃ父っさん。

伝吉  なんだ。

和尚  首にならにゃあ逢わねえよ。    

ト門口をぴっしゃりと閉める。時の鐘、誂えの合方にて、吉三花道へ行きかけ懐の金を出し、どうぞして遣りたいという思入れあって、頬冠りをなし、門口へ帰る。このうち伝吉も思入れあって、暖簾口より奥をうかがい、

伝吉  二人ながら昨日からの、疲れでぐっすり寝入った様子。(ト平舞台へ下り、よき所へ住まい)ああ寝ている姿を見るにつけ、思い出すはこの身の悪事。(ト誂えの合方になり門口の吉三これを聞き窺いいる)可愛や奥の二人は知らずにいるが双生子の同胞(きょうだい)、生まれたその時世間を憚り、女幼児(おんなのがき)は末始終金にしようと家へ残し、藁の上から寺へ捨てた男の幼児(がき)があの十三、廻り廻って同胞同士枕を交わし畜生の交わりなすも己が因果。しかも十年あとの事以前勤めた縁により海老名軍蔵様に頼まれ、安森源次兵衛が屋敷へ忍び、お上から預かりの庚申丸の短刀を盗んで出たる塀の外、吠えつく犬に仕方なくその短刀でぶっ放したが、はずみにそれて短刀を川へ落として南無三宝、その夜は逃げて明る日に素知らぬ振りで行って見りやあ切ったは雌の孕み犬、ついに短刀の行衛も知れず、考えてみりゃあ一飯でも貰う恩を忘れずに門戸を守る犬の役、殺したおれは大きな殺生、そのとき女房(かかあ)が孕んでいて産まれた幼児は斑(ぶち)のように、身体中に痣のあるので初めて知った犬の報い、一部始終を女房に話すとすぐに血が上り、生まれた幼児を引っ抱え川へ飛び込み非業の最期、それから悪心発起して罪亡ぼしに川端へ流れついたる土左衛門を引き揚げちゃあ葬るので、綽名になった土左衛門伝吉、今じゃあ仏になったゆえ死ぬる命を助けたる十三が双生児に又候や、犬の報いに畜生道、悪いことは出来ねえと思うところへ吉三が来て、おれへ土産の五十両、なくてならねえ金なれど、手に取られぬは段々とこの身に報うこれまでの積もる悪事の〆高に算用される閻魔の帳合(ちょうあい)、はて恐ろしいことだなあ。    

ト伝吉よろしく思入れにて言う。このうち門口の吉三うなずき、下手台所の口より二重へ出て仏壇へ件んの百両の金包みを載せ、思入れあってまたもとの門口へ出てこれでいいとの思入れあって、花道へ行きかける。やはり右の合方にて、花道より武兵衛、羽織ばっち尻端折り頬冠りにて出て来り、花道にて行き合い、吉三は花道へはいる。

武兵  はて、今摺れ違って行った奴は伝吉の倅のたしかに吉三、おとせを女房に貰いてえが、あいつが兄ゆえ玉に瑕だ。(ト揚幕のほうを見て、吉三を見送り思入れ)

伝吉  (思入れあって)ああこれを思うと非業ながら、死んだ嚊(かかあ)がまだしもだ。    

ト言いながら仏壇へ線香を上げる。

武兵  どれ、伝吉に逢って掛け合おうか。    

ト武兵衛本舞台へ来る。このうち伝吉仏壇の金を見つけ、取り上げて、

伝吉  やあ、こりゃ今の金、(トこれにて武兵衛頼冠りをしたままそっと門口をあける。伝吉これを見て)うぬ、まだそこにいやあがったか。

武兵  え、(トびっくりして後へ身体を引く)

伝吉  この金持って、(ト武兵衛に金包みを打ちつけ、門口をしゃんとしめる。これを柝の頸)おとというせろ。   

ト門口を押える、武兵衛は百両包みを拾いびっくり思入れ、四ツ竹節、通り神楽にて、          

拍子幕


三 幕 目  廓裏大恩寺前の場


役名  土左衛門爺伝吉。浪人お坊吉三。釜屋武兵衛。

     手代十三郎。おとせ。

    

本舞台三間うしろ一面の薮畳、この奥向う廓を見たる田んぼの遠見、上下に薮畳、すべて大恩寺前通り夜の体。時の鐘にて道具とまる。     

ト時の鐘ばたばたになり、以前のお坊吉三尻端折り一本差しにて走り出で、すぐに舞台へ来り向うを窺い、うなずいて頬冠りをなし、下の方の薮蔭へ忍ぶ、ト時の鐘、端唄の合方になり、花道より以前の武兵衛出て来り、花道にて、


武兵  あの鐘はもう八つか、夜は短くなったな。おお金と言やあこの春だったが、土左衛門爺いが門ぐちで思いがけなく拾った百両、ほんに夢に牡丹餅でそれを貸し出し金が殖え、わずか一年立つか立たぬに百両ぐらいはいつ何ん時でも家に遊んでいるようになって、今夜も一重(ひとえ)が無心ゆえ百両やって文里(ぶんり)が手を切らせようと思いのほか、得心せぬゆえやらなんだが、ふられて帰る果報者だ。 

(ト舞台へ来り向うへ思入れあって)あの与九兵衛はどうしやあがったか、察するところおれをまいてどこへか上がったと見える、何にしろ物騒だというに、夜道に百両険難(けんのん)なものだ。    

トこのうちお坊吉三出て、後ろに窺い居て、

お坊  険難なら預かってやろう。

武兵  え、(トぎょっとこなし)

お坊  いいや今われがぬかした百両を、預かろうということよ。(トお坊吉三一腰を抜き、武兵衛の目先へ突きつける)

武兵  はあ大恩寺前は物騒だと、とうから噂に聞いて居たが、そんならお前は物取りかえ。

お坊  おお知れたこと盗人だ、うぬが百両持っているをたしかに知ってつけて来た。隠さずここへ出してしまやれ。    

トこれにて吉三頬冠りを取る、武兵衛是非がないという思入れ。

武兵  そう見抜かれりやあ仕方がねえ。いかにも百両持っているが、ただこの金を渡すのはあんまり知恵がないようだが、見こまれたれば命が大事、すなおに百両あげましょう。(ト言いながら百両出し吉三へ渡す)

お坊  そうまた奇麗に出されちゃあ取り憎いのは人情だが、命を本手にするからにゃあ、そうかと言っても返されねえ。こりゃあ己が貰っておこうよ。     

ト金を懐へ入れる。

武兵  金は渡したそのかわり、命と着物は助けて下せえ。

お坊  身ぐるみ脱げというとこだが、金を器用に渡したから命と着類は土産にやろう。

武兵  そりゃあ忝ねえ。そんならこれでお別れ申します。ああ初春早々、

お坊  え。(ト両人顔見合わせ思入れ)

武兵  とんだ厄落としをした。(ト時の鐘にて武兵衛上手へはいる。お坊吉三後を見送り)

お坊  どれ、更けねえうちに行こうか。    

ト行きかかるを、この以前より伝吉うしろに出かかり窺いいて、

伝吉  もしお侍さま、ちょっと待って下さりませ。

お坊  え、(トびっくりなし、月影に伝吉を透し見て)おれを呼んだは、なんぞ用か。
伝吉  へい、ちっとお願いがござりまする。

お坊  なに、おれに願いとは、

伝吉  まあ下においでなされてくださりませ。(トお坊吉三思入れあって下にいる) さてお願いと申すはほかでもござりませぬが、ただいまお手に入った百両を、なんとお貸しなされては下さりませぬか。

お坊  や、すりや今の様子をば、

伝吉  うしろで残らず聞いておりました。

お坊  む。(トじっと思入れ)

伝吉  なにを隠しましょう、あの百両は私が昼から借りよう借りようと付けておった金でござりまする。それがお前様の手にはいりまして、わしも望みを失い、よんどころなく御無心を申すのでござりまする。

お坊  こうこう老父(とっ)さん、そりゃあただ取った金ゆえ、ただ借せと言うのだろうが、命を元手に取った金、それも余儀ない入用ゆえ、気の毒ながらこればかりはお断わりだよ。

伝吉  ささそうでもござりましょうが、私が方にもせつないわけ、まあ一通り聞いて下さりませ。私の実の倅が養子先から奉公に出まして、主人の金を百両失い私が所へ引き取ってあるところ、見なさる通りの貧乏人、大まい百両という金ゆえ盗みかたりをしたら知らず、しょせん出来ぬ金なれど、その御主人という人がそれはそれはよい人で、今では幽な暮らしなれど失うたのは是非がないと、その日の煙りに困る身でついに一度催促をさっしゃった事はござりませぬ。それだけ猶更一日も早くと思えど出来ぬは金、主人の難儀養父の迷惑見て居られぬが実の親、どうぞ不憫と思し召し、無理な事だがお侍様、私に貸して下さりませ、娘を売ってもその金はきっとお返し申しまする、どうぞ貸して下さりませ。

ト手をあわせ、お坊吉三へ頼む。

お坊  そんな哀れっぽいことを言いなさるが、こっちも義理あるその人に貢ぎたいばっかりに、きゃつを脅して取った金、いくら言っても無駄だから、できねえ以前とあきらめねえ。

伝吉  御尤もではござりまするが、そこをどうぞお慈悲をもって、    

トお坊吉三へ縋って頼むを振り払い、あり合う石に腰をかけ、

お坊  これ老父さん、見りやあこなたも年寄りだが、眉間の疵を見るにつけ、堅気と見えぬぐれ仲間、出してやりてえものなれど、露見すりやあもうそれまで、身を捨札の高台へ首を載せにゃあならねえ仕事、素人ならば不憫と思い小遣い位はくれもしょうが、こしらえ事の哀れな話、そんな甘口な筋じゃあ鐚(びた)一文でも貸されねえ。

伝吉  そんならこれほどお願い申しても、どうでも貸しては下さりませぬか。

お坊  知れたことだ、おれを常の者だと思やあがるか、十四の年から檻へ入り禁足なしたも幾度か、悪い事なら抜け目はねえ、うぬ等にけじめをくうようなそんな二歳じゃねえぞ、人を見そこなやあがったか、はッつけ親仁(おやじ)め。    

トこのうち伝吉この侭では行かぬという思入れあって、お坊吉三を見てせせら笑い、

伝吉  小僧、もう台詞(せりふ)はそれぎりか。

お坊  なんだと。(トキッと思入れ)    

伝吉  こんな台詞も幾度かもう言うめえとこの如く、珠数を掛けて信心するが、貸さぬとあればもうこれまで、(ト珠数を出しニッに切ってなげつけ)いかにもうぬが推量の通り、おれも以前は悪党だ、若い時から性根が悪く或いは押借ぶったくり、暗い所へも行き倦きて今度行きゃあ百年目、命の蔓のさんだんに風を喰って旅へ出て、長脇差の附き合いに場業(ばぎょう)の上の達引(たてひき)にゃあ一六勝負の命のやりとり、そのとき請けた向う疵、悪事にかけちゃあ仕あきた身体、うぬらがように駈けだしのすり同様な小野郎とは又悪党の立(たち)が違う、それほど悪い身性でもふとしたことから後生を願い、片時放さぬ肌の株数、切ったからにゃあ以前の悪党、すべよくおれに渡さにゃあ腕づくでも取らにゃあならねえ。

お坊  うぬ、そうぬかしゃあ命がねえぞ。    

トキッとなって立ち上がる。

伝吉  まだ餓鬼同様にひよ向(むき)もかたまらねえ分際で、ふざけた事をぬかしゃあがるな。

お坊  なにをこしゃくな。    

ト切ってかかるを伝吉身をかわし、

伝吉  大人(おとな)そばえをしやあがるな。    

ト垣根の卒塔婆を取り打ってかかる。ちょっと立ち廻ってキッと見得、誂えの鳴物になり、両人よろしく立ち廻りのうち吉三目貫を落とす事、結局(とど)伝吉卒塔婆を打ち落とされ、一刀(ひとかせ)切られて血紅になり、 

人殺しだ人殺しだ。    

ト言いながら逃げ廻るを、吉三追い廻して切りつけ、結局伝吉を切り倒し、乗り懸かって止めをさし、吉三ホッと思入れ。伝吉仕掛にて咽へ刀の通った侭すっくと立ち上がり、よろよろとなり、吉三をキッと見てばったり倒れ、落ち入る。吉三刀の血を拭い、

お坊  思いがけねえ殺生をした。    

ト言いながら刀を鞘へ納める。このとき人音するゆえ吉三下手の薮へ小隠れする。時の鐘合方になり、花道より十三提灯を持ち、あとよりおとせ出て来り、

とせ  わたしゃきつう胸騒ぎがしてならぬが、ととさんはどうなさんしたか案じられるわいなあ。

十三  もうそこらまで行ったらお目に掛かるであろうわいの。(ト提灯にてあたりを見て)何にしろ道がわるい、辷らぬようにするがよいぞや、(ト言いながら両人舞台へ来り、おとせ血に辷る)それみたことか、それだから言わぬ事ではない、気をつけて歩くがよい、(ト提灯の明りにて死骸を見つけ)なにやら人が倒れているが、(トよく見てびっくりなし)や、こりゃ父さんが。(ト両人かけ寄って死骸に取りつき)

両人  父様(ととさま)いのういのう。    

ト呼び生けながら十三郎涙を拭い、

十三  ええこれ、酷たらしゅう父さんを何者が殺せしか、(ト思わずあたりを見て、吉三の落とせし目貫を見つけ、取りあげ提灯のあかりにて透し見て)死骸の傍に落ちたるは吉の字菱の片々(かたし)の目貫。    

トこのとき上手の薮を押しわけ、以前の武兵衛出で、

武兵  そんならさっきの盗人が、落とした目貫は、後日の証拠、    

トこのうち吉三はそっと花道へ行く、これを聞き、えいと礫を打つ、この礫提灯にあたり灯り消える、これにて十三郎目貫をくわえおとせを囲いキッと思入れ、薮の中より武兵衛片足踏み出すを、柝折の頭、吉三は逸散に花道へ走りて入る。舞台の武兵衛、十三向うを見送る。時の鐘忍び三重にて、