地 震 と 伝 承
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ビックリ仰天という言葉があるが、文字通りを身をもって経験したのは、時刻が時刻だけになんと云ってもこの度(昭和二十一年十二月二十一日未明)の地震が、われわれの世代での経験の最大のものに記録されそうである。


地震と直覚して枕をはねた時は、もう立っていられないほどの烈震であった。家族の連呼する声々に交じって、母親のしきりに叫んでいるカアカアと云う言葉を聞いた。この地震時にカアカアと云ったらよいと云う呪禁の伝承は、昔から土佐の各地で云われていたことらしく、数年前、今度の震災でも被害の多かった地方の一つである大方町田ノ口で土地の古老から聞いていたし、その後弘岡中ノ村、野田村、長岡村などからもカアカアと叫んで追うと云う報告もあり、幡多郡の清水町などではコウコウと呼んだと云う人にも出会った。東豊永村などではカアカアと呼んで川を見る習慣があったと云い、川に水が無くなればこの世が終ると伝えられていたとのことである。




藤井乙男博士の「諺語大辞典」を見ると、やはりこのカアカアが土佐で採集された俚諺の一つとして紹介されていて、  

(地震ノ時ハカアカア) 土佐の諺、≪地震の時は川を見よ≫の意なりと云う、河水涸るる時は山潮ありというとぞ 

とある。吾川郡の池川などでは「犬を恐れるから犬を呼ぶ眞似をする」と云う伝承もあったようである。


母親は「五七は雨九は病四つと八つとは世の騒ぎ」と云うことがあると云い、夜中の地震ゆえ用心せんといかぬと云って、高知公園へ馳せ上る一員となったりしたものであった。俚諺の意味は、

五七(八時と四時)に地震があると雨、九つ(十二時)の時は病日で降らず照らず暗鬱な天候、四つと八つ(十時と二時)は世の騒ぎになる

と云うのである。今度の地震の経験で観ると、まるで売卜のような当り方になっているが、高潮による浸水と心淋しい冷雨をその後に誘ったのは確かな事実であった。この種の俚諺も土佐の各地で流布されていたもので、今私の採集手帖から拾ってみても、

五七は雨に九は日照り四つと八つとは国の騒動(吾桑村) 

五七が雨九が病六つと四つとが世の騒ぎ(佐川町) 

五七の雨に四つ日照り八つ六つ風に九は病(黒岩村)

などがあったりする。前の「諺語大辞典」を参照してみると 

〔五七ノ雨二四旱、六ハ風二九ハ病〕 五つ時(今の八時)七つ時(今の四時)に地震があれば雨降り、四つ時(十時)なれば旱、六つ時(六時)八つ時(二時)なれば風、九つ(十二時)なれば病人を生ずとの意

とあり、これは土佐にのみ云われたものでなく全国的に流布している諺の一つであったようである。


また日刊新聞の一つである高知日報は、地雷直前に動物がその兆を予知すると云う古人の伝承を裏書するものとして「雉が天災を予報」と云う見出しで、

『「運命の午前四時十四分」を事前に報じた雉の話が天災地変の街に話頭となっている。この雉は日章村の農業入交好英氏が飼育しているつがいの雉で二十一日午前四時過ぎからけたたましく鳴きはじめ附近の人々の夢を破った。それから約十分後地震が来た…』(十二月二十四日付け夕刊)。

雉の鳴声が地震を予報すると云うのは、昔から村々で云われていた事で、元禄十六年の関東地方の大地震や弘化四年の信越の地震の折りも雉が激しく鳴いたと云われている。




昔は今と違って村々の家里近くに雉の姿見受けることが出来たもので、更に二十五日付の同紙には、高知市仁井田吹井で地震発生前の数日間飼育中の雉が夜間鳴き続けたと云う事実を紹介し、一月三日付の「地震予告資料募集」第一回中間報告中の一篇によると、高岡郡蓮池村では地震の前日、沼地に六百匁もの鯰の大漁が各処で見受けられたと云い、鯰鬚は地震予知針の役割をするのではないかなどと附言したりしたものが出たりした。淡水の魚類が移動する或は騒ぐと云った風のことも古老たちはよく注意したことらしく、先日も長岡村の農家出身の知人は、地震の前に小用に立っていて、偶然汲池の鯉の時ならぬ騒ぎを不思議に思って注意したことであったと教えてくれたものである。 

(土佐民族記より)