屹 然 た る 西 黒 森
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 平成十八年十月八日(日)、晴。

 友人と二人で、土豫国境の本川村、西條市に屹立する西黒森(一八六一b)とこんもりした石鎚笹の自念子ノ頭(じねんごのかしら、一七〇一・五b)を目指す。西黒森は一名、「テント」ともいう。山容がテントに似ているからであろう。


 詳 細 登 山 地 図 

登 山 道 か ら


東 黒 森 か ら 、 九 月 三 日



 八時二十五分、高知市出発。国道一九四号線を通り、十時十分、寒風山登山口を通過、同四十五分に「吉野川源流碑」がある登山口(一六七〇b)着。二時間二十分を要した。

この日は三連休の中日であった上に、久し振りの快晴の予報もあってか、村道瓶ケ森線の混雑はかなりのものだった。寒風山登山口の広い駐車場は満杯になっていたし、対向車が頻繁に来、中には側溝へ車輪を落とし悪戦苦闘している人もあったが、各所の登山口の駐車場も溢れ出るほど。紅葉が始まったので、子供連れのピクニック気分で来ている人達も多く、気の早い人は、三脚を立てて紅葉を狙っていた人もいたが、盛りは一週間後当たりであろうかと思った。

この山への登山口は二つあり、前述の「吉野川源流碑」とここから少し東に行った「神鳴池」がある。この「神鳴池」の登山口は標高が一六一五bで、「吉野川源流碑」のそれに比べて五五b位低く、登頂時間も十分位、長くなる。また「吉野川源流碑」からのルートは、道中で振り返ると瓶ケ森の山容が圧倒して来るのが凄い。

中 央 左 の ジ グ ザ グ 道 を 降 下 し て い た
二 人 組 に 西 黒 森 山 頂 付 近 で 出 会 っ た



十時五十九分、登山開始。左の道は瓶ケ森山頂に通じる最短ルートである。右の西黒森への登山道は、総じて膝の所までのやや低目のクマザサに覆われており、稜線の少し南側をトラバースするように進む。一か所だけ岩を避けて稜線の北側に回りこむが、直ぐに南側に出る。


笹 な し の 、 こ ん な 登 山 道 も 笹 道 、 上 は 瓶 ケ 森



 天候が回復しつつある。紅葉が始まりかけた西黒森の鋭く尖った山容が迫って来て恐ろしい程だ。瓶ケ森の人気が凄いことは、振り返る度に、山頂に何時も複数の登山者の姿が蟻のような大きさで見えることでも判る。こちらに降りて来ている二人組も見える。スケールの大きさでは瓶ケ森が上だが、先鋭さでは西黒森に軍配が挙がるのである。尾篭な話だが、友人が生理的問題で複数回に亘って脇道に逸れたので、少なくとも四十分位これに消費した。





十二時三十七分、神鳴池からの登山道との合流点の三叉路(一八二七b)。ここから標高差三四b、八分の急登をすると三角点のない山頂である。実質、一時間を要したことになる。山頂は、東西三b、南北二・五bのほぼ円形で、北側には背丈位の立木があるが、ほぼ全角の展望である。登り始めた時に比べると、天気はよいもののやや霞んできている。周辺の山々や西條市、瀬戸内海が見える。


寒 風 山 、 伊 予 富 士 、 東 黒 森



 この間にも、三組の登山者がやって来た。皆さん伊豫富士か神鳴池からだが、神鳴池からの道はササが深いと言っていた。道は吉野川源流碑からの方がよいのである。山頂が狭いので、ここでの昼飯は遠慮し、左に二〇b下がった頃合の岩の上で済ませたが、ここから更に一五b下がった所に、これも手頃な芝生のような草地があって、ここの方がもっと感じがよかったが、後の祭り。この間にも次々に登山者が登って来る。

十三時四十九分、下山開始。十五時二分、登山口着。一時間十三分を要した。ササが道を掩蔽しているので足元が危ない。登りより時間がかかったように思えた。

これから「自念子ノ頭」に向う。

(平成十八年十月記)