( 座 談 会 ) 情 死 論 付、情 婦 論 ・ 貞 操 論
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石川達三  林 房雄  坂口安吾

井上友一郎  丹羽文雄  舟橋聖一


情 死 の 定 義

舟橋 では今日は情死論をテーマに話を進めて行かう。いったい情死の定義はなんだい?

林 男と女が恋をして死ぬことだらう。

石川 無理心中といふのがあるネ。相手に死ぬ意思がないのを殺して、自分も死ぬんだよ。

坂口 純粋の情死といふのは少いんぢやないかネ。

林 妨げがなければ情死はないネ。結婚の前に親とか、親類に妨げられて死ぬ。また結婚後にほかに男か女が出来て死ぬ、貧乏で死ぬ場合がある…。

石川 貧乏で死ぬのは、あれはなんだ?

林 一家心中さ。

石川 一家が夫婦二人の場合―子供がない場合は?

井上 それは情死とは言はんよ。

林 変死だらう。(笑声)

舟橋 男と女が愛し合って、したいことを全部してしまって、もうすることがないといふ時、いつそこのまゝ死にたい。このまま死んだら、婆婆のイザコザがなくてさぞサバサバするだらう。いっそ死んぢまへといふサイコロジイはあるが…。

林 詩人ブローニング流の愛の最高潮に於ける死「ラヴ・イズ・ベスト」といふやうな場合もあるが……。

石川 ブラウニングはさういふ場合には、死ぬのが理想だとは言ってゐないだらう。

林 仮説としては、純粋情死といふものもあり得るが …。    

石川 恋愛の最高潮のときに幸福なままで死ぬといふ事は、通説にはあるが、実例があるかネ…。

林 ないやうだネ。

井上 文学的にはあるかも知れんが、最も幸福な恋愛では、人間は死にはしないよ。

丹羽 徳川時代の近松ものも死を讃美してゐる。頻りに死を並べてゐるが、当時は現実的だからネ。

林 近松の心中ものは、すべて不義の恋だらう。妨げがなければ死なない。世のオキテとか習俗に反抗して、死によって恋愛を完成するんだネ。話はちがふが、昨日ラジオの街頭録音で太宰心中問題をやってゐたが、太宰の死に方にはみんな反対なんだ。

坂口 当り前だよ。

林 無責任な死に方だと言ふんだ。司会者は女だつたが、しきりと誘導訊問して誰か賛成者はないかと探してゐたが、片ッ端から反対で賛成者はなかった。井上 男も女もかネ。

林 たった一人だけ女の子がかう言った。…私、あの…死ぬこともよろしいと思ひますが、やはりあとに残ったものに対する責任は持つべきだと思ひます。…だが男達は絶対反対なんだ。ダラシがないではありませんかと言ひ切った者もあった。石川 死ぬ必要を感じてゐない人たちには、絶対に認められない方があたり前だと思ふネ。必要が生じてはじめて情死を肯定するんだ。

林 反対者の気持には一種の嫉妬もあつたやうだ。女が三人も四人もゐて、二十万円もの月収もありながら、家庭には五千円くらゐしか入れてゐなかつたといふことが新聞に出たらう。あれに対する反感が奥さんへの同情になって現れてゐたやうだ。

丹羽 太宰の死因は、新聞で言はれるのと違ってゐるからネ。

坂口 普通に言ってゐるやうな恋愛の極致とか、情死とはまるで違ふネ。

舟橋 ボクの経験では、女は情死を空想すること、観念すること、つまり、情緒としての情死といふものには、相当アトラクションを持つらしいね。

丹羽 女は直ぐさう言ひ出す。

舟橋 情緒―このまま死にたい、こんなに幸福ならばといふ気持はあるネ。

石川 たしかに情緒はある。

坂口 それは一方的に?

舟橋 しかし、詮ずる所は自我だけだネ。

井上 不倫の恋で、大波乱か。身の破滅を期さなければ一緒にはなれない。しかし、一方では、仕事をしたい熱もあるし、いろいろの世間慾もあるが、人目忍んで逢ってゐることに非常な悪条件が重なってきて、エイ面倒だ、いっそ死んでしまった方が仕合せだと、瞬間的に思ふことはあるだらう。 


女 性 の 幸 福

坂口 君の場合と違って来るが、いろいろの条件といふものを除外して、一種の陶酔の中で、女は死ぬことを口走るのが普通ではないかネ。女の場合は死と肉感的の意味で、関連があるんぢやないかネ。

石川 女は非常に早く完全な幸福を感ずることが出来る。幸福が一〇〇パーセントに近づけるのだネ。その場合、女は直ぐ死を叫び口走る。男の幸福はなかなか一〇〇パーセントに行かないわだ。

林 お定事件の場合は、男の方が女の心理になって、このまま死んでもよいといふ気持になったのだ。男が女のやうな心理になって死ぬこともあるよ。

丹羽 日本は心中が多いんぢやないかネ。外国にはそぅない…。それは日本の小乗仏教が、死の魅力を感じさせるのだと思ふ。男女の幸福の絶頂の気持とマッチするんだ。

坂口 外国では女でも、肉感の中で死を考へたりせず、恋愛もし、それによって生きようとするのぢやないかしら。滅多に死なないだらう。

林 日本人もダンダンさうなって行くよ。(笑声)

石川 日本人は封建社会の束縛、人倫道徳の束縛―それを強く感じてゐる。これは絶対に破壊出来ないものとしてゐる。さういふ臭ひがあるので、そのワクにぶつかって行くと、その時死ぬか逃げるかといふことになるのだ。 


太 宰 治 の 場 合

林 太宰の場合、世間は新聞に出たことしか知らないと言ったが何かあるのかネ。

丹羽 一種の精神病患者だ。

石川 一種のモヒ中毒か。

林 人気の頂点にありながら、自分は不遇で迫害されてゐると思ってゐたらしいね。

丹羽 死ぬ条件はないだらう。

舟橋 彼の情死を讃美する意見があるが、どう思ふか?

丹羽 たゞ情死といふことを讃美するんぢやないかネ。

坂口 情死を讃美することはないだらう。体を結びつけて死んだといふやうな行き方を讃美するのがあるかネ?

井上 太宰が死んで僕は聊か迷惑をしたよ。女房がいやに神経質になったからね。とにかく太宰の情死は、いろいろ思はぬ方面に影響を及ぼしとるよ。

坂口 さつきのラジオの話だが、坂田山で処女と童貞で死んだあれを讃美するだらう。あれを讃美して、他の女房や子供のある人間だと讃美しないといふのは軽薄だと思ふネ。(笑声)

石川 それは世間的責任を基本にして言ってゐるのだ

坂口 女房子供がなくて責任がなければ、心中すれば立派なことだ、キレイなことだといふ。それぢや訳が判らないぢやないか。

林 俗衆の正義観。反対者はヤキモチを焼いてゐる点もあるね。太宰を讃美する青年たちは、今のヤケクソ世相の産物だ。終戦末期から敗戦後の青年の気持を代表してゐるのが太宰ニヒリズムだ。第一彼の小説は大人は読まないからネ。青年のヤケクソ気分と、道化た虚無主義が今の青年にピタリと来るらしい。


秩 序 と 善 悪

石川 坂口君がいふ一般社会の善悪といふことは、何を基準にして言ふかといへば、社会秩序を紊さないことを以て善といふんだ。その秩序は極めて形式的な秩序だが、女房のあるものが他の女と死ぬことは、その形式的な秩序を紊す。女房がなければ秩序を紊さないから、大いに同情に価するといふ一般の解釈なんだ      

坂口 それだけで秩序ぢやないかネ。生きるべき人間が自殺するといふことは?

石川 一般社会の通念ではないのだ。

舟橋 坂田山も秩序を紊してゐるだらう?

石川 一般の考へでは紊してゐない。それは許された自由の範囲といふのだ…。井上 坂田山は若い同志で、まだろくに世の中の経験もなかつたから、あたらツボミの花を散らしたといふやうな、センチメンタルな寛容さで見られたのだ。

舟橋 では情死がいかんといふことは、つまり、情婦を持ってもいかんといふことだネ。女房以外の女を持つことは秩序を紊すからいかん、さういふ女と死ぬのは尚更いかんといふのだらう。

井上 それは一夫一婦の観念論から来てゐるだけだ…。

坂口 太宰には相手の女と、肉体的関係がなかつたといふことが、かりに今後立証されて、そんなことであの心中が一般の評価が変るとしたら、世間なんて、イヤらしいな。

丹羽 あの中毒は、性慾がなくなるといふことだ。

坂口 あれは情死ではない。道連れだネ。

林 女の方は絶対に情死だネ。日記を見ると実にたまらんネ。ああいふ恋愛状態といふのは。    

坂口 太宰は川の淵に行っても、死ぬ気はなかつたと思ふんだが…。

舟橋 林君は太宰の死を何となく嫌だといふが、どういふ点が嫌なんだ?

林 自分にも説明がつかぬが、何となく嫌な気がしたんだ。

丹羽 太宰は好い顔をしてゐたネ。

坂口 ブランデンといふ人が言ってゐることが正しいと思ふのだ―それは文学上の行き語りで死ぬことは滅多にない。虚弱とか、病弱だといふのだ。太宰も肺で死に追はれ、芥川も梅毒で混乱したのが元だらうな。

石川 文学上の行き詰りならば誰にも何べんもあることだからネ。 


北 村 透 谷 の 縊 死

舟橋 北村透谷も縊る前、死期を感じてゐたらしい。何でも、その夕方、肛門の括約筋がゆるんで脱糞したさうだ。それでその晩、これはもういかん、といふので自殺の決行になったのだ。これは死んだ奥さんに死ぬ少し前に聴いたことだが…。

坂口 太宰には二日酔もある。

石川 自己嫌悪か。

林 文士だから問題になるが、普通の男もあそこまで行ったら死ぬだらう。それを何だか文学を結びつけるのが嫌なんだよ。

石川 僕も嫌だな。不健康から出て来た文学―異常なものには異常なものの価値はあるが、それを正当なものとして批判されることには、異議があるな。

林 小林秀雄が湯河原の宿にとまってゐたら、女中が「文士は方々へ女をつくって楽しいでせうネ」と言ったさうだ。すると小林は「お前さんはこの温泉宿に長くゐるからよく解るだらうが、文士以外のものがどれだけたくさん女をつくってゐるか。文士が一人や二人つくつたといって、問題にする奴の方がどうかしてゐるのだ」と答へたさうだ…。(笑声)

坂口 さうだよ。その通りだ。太宰の場合も、文士として流行し金がドンドン入ることと、死ぬこととは別問題なのだ。普通の人にはそこが問題になるだらうが、そんなところが普通の人と文士の生活の達ふところさ。

林 ああいふ型の文士よりもつともつと大きな型の文士が欲しいネ。女には親切だし、他に女が出来れば妻とちゃんと別れて、その女と結婚する―いいぢやないか。(笑声) 


有 島 武 郎 の 心 中

石川 有島武郎の場合は、波多野秋子に亭主がゐたか。

林 亭主から脅迫されて死んだのだ。

丹羽 あれも女の方が積極的だったらしいネ。

林 その時里見さんは「兄貴はバカだ。亭主が金がほしいと言ったのだから、ちゃんと払って、女を貰へばいいぢやないか」と言ったさうだ。(笑声)

石川 里見さんの理論は、さういふ立場に立ってゐない人の理論であって、誰でも言へる理論だよ。

林 オレでも言へるネ。

石川 街頭録音もその説なんだ。

林 社会の秩序か?

石川 その社会の秩序の解釈も時代によって違ふ…。

林 西村孝次が太宰事件を批評してゐたが、一番人間らしい発言は、女のお父さんだといふのだ。あの「二人の骨を一緒に埋めることは、奥さんに対して出来ない」と言って持って帰った。

石川 一応立派だよ。

林 それに共通するものが街頭録音の発言にもあるのだよ。

坂口 社会問題としてなら太宰の奥さんの方がおかしいと思ふのだ。一ケ月二十万円も入ってゐるのに、五千円ぐらゐしか入れないなら、何故離婚を申立てて―二十万円なら十万円づつ十六ケ月間よこせとか、さういふことをやらないのか…。

丹羽 たしかに奥さんも変ってゐるネ。 


旧 秩 序 の 存 続 ?

舟橋 さつきからの話できくと、旧秩序にはまったことが、何故いつまでも立派で、支持されるのだらうネ。

石川 歌舞伎が一応立派なやうなものだらう。

舟橋 不義はお家の御法度式の秩序―それが社会通念でスリかへられてゐる。さういふものだけが何時までも守らるべきものだらうか?

石川 かういふことがあるネ。社会の道徳―その時代の道徳に対する反抗があって、新しい自分たちの道をつけようとする、その行き方が臆病になり、こっそり何とかあっちもこっちも壊さないといふやりかたと、世間に非難される前にスパッとやつて、何とか通るといふのと二ツある。その実例は石原純だと思ふ。原阿佐緒との事件の時は、厨川白村が恋愛を讃美してゐたころだが、一緒になったことに非難がなかった。それがまた別れて元の所へ戻ってゐるのだが、勇敢にスパッとやると世間は追随する性格をもってゐるからね。(笑声)

林 それは一ツの行動だからネ。死への反抗だからスキャンダルに達ひないが、行動の強さといふものがある。

舟橋 太宰のは敗北だよ、敗北は敗北でも、堕落や没落ではない。透谷も同じだ。彼らは、俗習と戦って死んだ。旧秩序、糞くらへだ。旧秩序におもねらないで死んでいった点は、偉いと思ふ。戦って敗北することもあるのだから―全部が全部勝つとは限らない…。


一 夫 一 婦 論

井上 一夫一婦論は日本では寧ろ新しいものぢやないかネ。いはゆる封建的な旧秩序に属さないものだらう?

林 明治初年の外国留学生、例へば森有礼などが持って来たのだよ。

坂口 男女関係は、金銭に換算し得る場合は、金銭で換算しなくではいかんといふ説を外国の文士どもは十七世紀ぐらゐから実行してゐる思想なんだよ。井上 とにかく日本では一夫一婦論は新しいと思ふんだね。新しいといふ意味は、観念としてはちゃんとあるが、まだ充分消化し切れないで、肉体化されてゐないといふ意味だ。だから、観念的に真正面からこれに抵抗すると手痛い反撥を食ふ。しかし逆にその観念に肩すかしを食らはせて、たとへば石原純のやうなやりかたをヌケヌケやれば案外大した反撥を食はないらしい。だから、われわれがこの観念に、観念としてぶツかつて行かうとすれば、相当な覚悟も要するだらうし、先づ自分が傷だらけになることは確かだよ。

坂口 死ぬまでの一夫一婦制は日本だけだよ。時間的にだぶってゐなければ、いいぢやないか。(笑声)

石川 今は日本でも再婚が罪悪とはされてゐないんだからね。

井上 だから一夫一婦論が、日本では実際的に確立されてゐないと思ふのだ。林 たしかにさうだよ。封建的な女の独占と、森有礼が欧洲から持って来た一夫一婦論が混血して…。(笑声)

井上 こんがらがってしまったんだ。たとへば僕らの親父の時代には、実際的に一夫一婦論なんか存在しなかったに等しいよ。

林 殿さまは無論さうだし、町人は、妾を持つことは男の甲斐性と言ってゐた。…一般論として、奥さんといふものを観察してゐると、自分の亭主には極めて厳格だが、よその亭主が浮気してゐるのには、とても味方をするよ。例へば恋愛中の男女が逃げて来ると、極めて寛大に匿まってやる。そのくせ御亭主がちょっと浮気しても大変な騒ぎだ。この事実は世界的なもんかネ。日本的なもんかネ。井上 一夫一婦制は、神棚の上にしかないと思ふネ。 


新 し き 一 夫 一 婦 制

石川 話を発展させて、一夫一婦制は必らず守らるべきかね。

坂口 僕は当分守らるべきだと思ふよ。

石川 人間の本質に合致してゐるといふ意味で?

坂口 合致しておらんかも知れないが、まだ、当分の秩序としては仕方がないと思ふよ。それより仕方がないネ。

林 守らるべき一夫一婦制といふのは、一度に一人づつといふ一夫一婦論なんだ…。人間にはいろんな仕事がある。仕事への熱情といふものは、恋の熱情より楽しいことがあるだらう。そのためには、男女関係のトラブルがない方がいいのだといふ意味でも一夫一婦制は必要だよ。それと今度は実際の場面を見て、われわれが三十で結婚する。そして四十までに日本の今の一夫一婦制の下においては、男の方が浮気をしてしまふ。女は大体しないネ。二十年も過ぎると、この女房といふのはなかく立派になって来る。亭主も立派になって来るのだ。アメリカなどでは離婚が自由なので、晩年の夫婦の幸福といふものが成立しない間に、離婚してしまふものが多い。男と女が墓場に行く間際の幸福は二十年や三十年は掛るのだ。お互ひに非常な努力が要る。その間に心中や、発狂や、自殺といふやうな心境には夫婦共に何度も襲はれる。それを乗り切った後に晩年の幸福が訪れるのだ。

舟橋 林のいふ一夫一婦論では、その完成の途中で、メカケが出来るといふことはダメなのか。

林 いいとも悪いとも言へない。それらの事件をお互ひに寛容と努力で乗りきって、二十年三十年夫婦生活を守り通したら、おのづから酬ひがあるのだ。

坂口 つまり林の場合は、男は浮気するようになってゐるのだネ。(笑声)

林 男も女房の浮気を許し得たら、偉いものだ。これからは奥さんにも浮気の機会は多くなるからね。ちょっとした過失でお互ひにさっさと別れたら晩年を楽しめる夫婦関係は成立しない。夫婦らしい夫婦になるためには少くとも十年ぐらゐ掛るからね。

坂口 僕は時間といふものを、さう考へないよ。一夫一婦はそんなものではない。女と男と同じくらゐに―日本の女は従属的な考へを持ってゐるからで、独立独歩の形の考へを持っておれば、亭主が浮気すれば怒るのが当り前さ。怒ったら離婚すればよいのさ。何べん結婚しても、何べん離婚しても構はん…。(笑声)林 それをアメリカでは実行したのだよ。アメリカでは離婚が自由すぎて困ってゐる面もある。墓場に行く前の夫婦といふものは美しいものらしい。―昔、坪内逍遥老夫妻が、手をつないで銀座を歩いてゐた姿を見たが、実にキレイだった。離婚があまりに盛んになると、そのやうな晩年の幸福を持つ者が少くなる。

坂口 僕は晩年手をつないで歩くことを、幸福だとは思ってゐないからネ。

舟橋 一夫一婦なんて、習慣がこしらへた嘘のかたまりだ。と同時に、男女同権も悪平等だと思ってゐるのだ。人間には賢愚の差がある―差別の観念だよ。男も女もほんたうに能力が匹敵しておれば、男女同権も悪平等ではないが、男の能力が非常に上の場合は男女同権といっても実は観念的で、実力的には及びもつかない。一夫一婦制もさういふ形で男と女の能力のバランスによって個人生活の秩序が紊れないなら、必しも一夫一婦制に喘がなくともいいぢやないか。

坂口 女がもうちょっと利巧になったら、そんな秩序はあり得ないよ。(笑声)今後もうちよっと利巧になるとすれば、一夫一婦。それから、又、次の発展。 


子 供 の 人 情

林 坂口は子供がないだらう?

坂口 ない。

林 子供といふ男女関係の最も自然な、否定出来ない要素が入って来ると、幸福な晩年といふものも考へるやうになるのだよ。

丹羽 林の説が正しいと思ふネ。舟橋の説は個人論で一般論にはならない。(笑声)

舟橋 さう思ふかネ。

坂口 今後社会制度が変って来れば、子供の人情はバカらしいな。子供は国家が育てるものだ。万事、クサレ縁はよくないよ。二人の関係を持続するといふことは、美徳であるかどうか疑はしいと思ふよ。

丹羽 それが自然だ。

舟橋 男は、大いに働いて、かちえた幸福をA子B子C子にあたへることが出来る。この分配は稍く公平にいく。しかし女は一人の男のために心をつくすのが、幸福だと考へがちだ。若しその女に他に亭主以外の男が出来たら、その女は二人の男に平等に心を尽すことはなかなか出来ない。自分の口を減らしても、愛する男に食はせたいといふのが女の人情だとすると、二人の男に公平に頒つことは悲しいんだ。自然だよ…。(笑声)

石川 うまいことを言ふな。(笑声)

丹羽 自然発生的に世界中、男と女の数が合ってゐるね。

石川 それは医学的問題だよ。


男 女 の 本 性 的 差 別

舟橋 男は女を二人持っても、三人持っても男の本性からして楽天的だが、女が男を二人持つと悲観的にならざるを得ぬ。そこに、男女の本性的自然的差別がある。それを無視して男女平等や男女同権を叫ぶと、悪平等になるよ。石川 動物的本質に基づいた議論だね。

舟橋 だから男はそのことが楽天的性質を帯びる限りは適当に浮気はやっていいと思ふのだ。(笑声)

石川 情死論はどうなったんだ…。 


情 婦 論 と は

林 情死論は情婦論だよ。

井上 情婦論あつての情死論さ。

丹羽 アメリカの話は面白いネ。

石川 我等が生涯の最良の年―あの映画のマーナーロイといふ女、彼女は非常に貞淑な模範的な婦人で、たった三度目の結婚だといふ解説が出てゐる。(笑声)

井上 林房雄のいふ老後の生活だが、アメリカでは、日本で考へるやうな意味での、老後の家庭生活といふものを必要としないのぢやないかね?日本の場合、いろいろな意味で制度が発達してゐないから、年をとれば息子の厄介にならなければならぬといふ問題があるからネ。

林 違ふよ。違ふよ。アメリカ人自身が嘆いてゐるのだ。どんなに財産があつても老後の孤独はみじめなものだ。長年一緒に暮した男女といふものは、文字通り一身同体で、打てば響くといふか、お互ひの気持を伝へ合ふのに言葉はいらないやうになってしまふ。さういふ男女の結びつきはあまり度々離婚したのでは完成出来ないんだよ。

井上 すると、アメリカ人自身が不幸と思ってゐるかネ?

林 さうだ、アメリカ人の中から、そんな意見が起ってゐるのだ…。

井上 成程。僕はまた、西洋には養老院といったものが非常に完備してるから、アメリカ人はそんなものを大して苦にしてないと思ってたが…。

石川 「旅路の果て」といふ映画があるが、養老院が完備してゐてもダメな所は駄目だね。

舟橋 個人的なことをいふことになるが、僕は毎日、次ぎ次ぎと、情熱を期待してゐるから、偶然でもいい、見たことのないやうな、いい女の現れるのを毎日期待してゐるよ。明日でも、明後日でもさういふ女が出て来れば惚れる用意は出来てゐるネ。然し僕は僕の古女房を愛してゐるよ。絶対に愛してゐるし、今死なれれば一寸、たまらんと思ふネ。しかし明日にでも全く新しい魅力をたたへた女が出て来て、僕をなやまし、情熱にふるひ立つことがないかと、毎日胸がうずくのだ。(爆笑)

林 舟橋君の奥さんが、君のさういふ性質を知ってゐて―今はもちろん苦しいがそれをじっと抑へて、もう十年間も我慢すると、やがて舟橋がインポーテントになる時が来る。その時、君はきつと奥さんに感謝するネ。(笑声) 


独 占 慾

坂口 かういふ場合はどうだ。フランスのやうに女が好きでもない金持から金をせびって、若い燕に貢いでやる。年をとると恋に金がかかるといふわけだが、君が年寄の立場になったらどうなるネ―君から金をせびって若い燕をつくってゐる、女房ではない、情婦がだよ…。(笑声)

丹羽 独占しなくては我慢出来ないだらう…。

舟橋 それは惚れ方だネ。どうも仕方がない。独占すべく努力するネ。然し独占出来なければ、止むを得んではないか。

林 谷崎潤一郎と舟橋聖一は許すだらうネ。(笑声) 


情 婦 と 金 銭 に つ い て

坂口 結婚だつて金銭だと思ふのだ。お前には離婚の時、どれだけやるからその節は遠慮なく要求をしろと。―(笑声)

林 それは君流のパラドックスだよ。 

坂口 情婦には、お前にこれだけの金をやる、だから金銭に対する忠誠をつくせ―。(笑声)

林 君の本性は極めて女に優しい男性だぜ。

坂口 いやそれは人に対する尊敬だよ。独占といふ考へは、つまり今日的資本主義思想の最も良からざる点ではないかネ。

林 お互ひに我慢し許し合った二十年、三十年の夫婦生活は、晩年に必ず良い酬いがあるよ。これは夢ではないネ。舟橋の立派な奥さんにも二十年目に幸福が来る。舟橋夫妻が坪内博士夫妻のやうに美しい姿で銀座を歩くときを見たいものだ。 


情 婦 と 女 房

井上 さういふ話をきくと、世の中の女―特に情婦の立場にあるものは、さぞかし嫌な気持がするだらうなア…。

坂口 拙者は夫婦だけ別といふのは嫌ひなんだよ。

林 夫婦と言はなくともいい。二十年以上一緒に暮した男と女…。

井上 それならいいが、情婦と女房を人格的に区別することはいかんよ。二十年後の幸福な結果を味はうといふふうなことは、女房でも情婦でも同じことだ。それでなければ、女があまりに可哀さうだよ。

林 情婦でもいい。喧嘩して別居した夫婦が何十年暮しても情愛は湧かないからね。

井上 それなら解る。しかし総じて、女のまこととか努力とかいふ言葉があるが、僕は情婦の方が人一倍努力すると思ふよ―これは世間一般の話だがネ…。(笑声)

石川 女房だつて結婚するまでは努力したさ。(笑声)

井上 結婚後だつて、そりゃ女房は女房の資格において、いろいろ努力はあるだらう。しかし、いったん女房になったからといって、さういふパスポートに焦れかかつてるイージーさは嫌なんだ。それから見ると、情婦には明日がない。だから、今日一日に最大の誠実を傾けてゐる。女房にはそれがない。ない場合が多いと思ふな。情婦は判らないところに努力を傾けている。そこを買ってやらねばいかん。

坂口 神秘的でなく物質的になった方がよい。別れるにはこれこれといふ考へがいいよ。 


女 房 の 美 

石川 井上君と逆の説を出すが、情婦の方に明日がなく今日一切を傾けて、あらゆる誠実を考へる、その美しさは解るよ。しかし今度は女房といふものは今日は怠慢かも知れないが、十年、二十年後の計画をしてゐる。この美しきも考へるべきだと思ふネ。ちゃんと十年後、二十年後はどうなるから、どうやって置かうといふ計画をしてゐる…。

井上 それは特別な良妻だらう。

舟橋 亭主に妾があると判った時の女房と、さうでない、知らない時の女房とは同じ女房でも別人だよ。

丹羽 話は具体的になった―経験だからネ。(笑声) 


三 角 関 係

井上 判った方がよいか、判らない方がよいかネ。

舟橋 わかってからが、本当の三角関係だ。コソコソやるのは三角関係のうちに入らない。(笑声)

井上 とにかく女が忍従するといふが、あれは嫌ひだ、ぞっとするネ。

石川 忍従こそ最高の手段だよ。(笑声)

林 舟橋は青年だよ―それとも殿様かネ。(笑声)

坂口 われわれ万事恋をしたいといふ念願から発展的文化が出発するネ。

林 その念願は何時も持ってゐるよ。

丹羽 さういふことを意識してゐるかネ?

舟橋 むろんぢやないか。常に常に新鮮なる新人の出現を待つね。毎晩思ってゐるよ。或は銀座のバーにをりはしないか。汽車に誰かゐないか。劇場、バス、マーケット、各方面だね、しょっちゅう期待してゐるよ。だから、酒は全然のまないが、それでゐて、始終浮きくしてゐられるのだ。

井上 オレは逆や、もう女には惹かれるまい、と思ってゐるよ。

石川 ほんたうかい?

井上 ほんたうだよ。

坂口 オレはさう思はない。素晴しい女と恋をしたいと思ふネ。ゐないだけの話さ。これから恋ができるかも知れんといふのが八十のヂヂイになつても人生の支へさ。これは、肉体関係のことぢやない。

丹羽 肉体的にも、精神的にも青年だよ。羨しいネ。

林 それは男の姿だよ。

井上 その気持はよく解るよ。家庭ばかり尊重して、家庭の秩序に没し切ってしまふと、仕事をする気力が湧かないネ。いい亭主になることは幸福だと解ってゐても…。 


娘 と 競 争 し て

舟橋 僕は僕の娘と競争するやうな気持で恋愛に対して、同じスタートにゐるがネ。これは誇張ぢやないよ。

坂口 女房には言はないでか?

舟橋 いや、ハッキリ言ってゐるよ。女房に、負けるなといってやるよ。怠惰こそ悪徳だから。でも女房を僕は愛してゐるよ。

丹羽 判った時は、エライことだったらう?

舟橋 誰だつて、さういふことは大騒ぎだらう。何といっても女房を騙してゐるといふことは悪いよ。しかし、詫びることは、中止することではない。それが嫌なら別れるほかはない。処が女房は別れない、別れたくないといった―これは速記は困るがネ…。(爆笑)

林 立派だね。君の勝だよ。

石川 その時はほんたうに女房と別れてもいいつもりだつたか、それとも言葉のトリックかネ?

舟橋 十中八九、女房は別れるなんていふまいと思ってゐたがね。僕も亦、いまのところ、女房とは別れられないのだ。

石川 それではハッタリかね?

舟橋 それほどでもないよ。

丹羽 演出だネ。

舟橋 いや、真剣だった。

坂口 舟橋の場合は一種の殿さまで、恋をしろといふ命令を下してゐるんだよ。(笑声)

舟橋 とんでもない。オレを殿さまとは何事か。(と怒る)

井上 大体女は哀れなものだよ。元来、哀しく出来てるんだネ。愛だとか結婚だとか云ってるけれども、結局、何らかの身分を獲得したいんだ。先づ身分を獲得しなければ、人間として何の主張もヘチマもないんだ。男と較べて、これは大きなハンディキャップだと僕は思ふな。 


女 の 能 力 、 地 位 と 意 気

丹羽 女が職業婦人になって六十年、七十年経てば変って来るよ。

舟橋 経済的能力次第で女の殿様が出てくるよ。

林 アメリカの小説だが、女主人公はハリウッドのデザイナアで収入は莫大でいつも飛行機で歩いてゐる。結婚したが、男が酒のみで女にだらしない。だから、すっぱりと別れてしまったが、やっぱりその男が好きで時々飛行機でとんで行っては男を弟のやうに可愛いがり、身のまわりの世話などしてやる。そして男の身持ちがおさまったとき、再びその男と結婚することになるのだが、その間が十年もかかってゐる。男と別れてゐてもちゃんと生活能力があり、飛行機などを乗りまはしてゐるのだから嬉しくなるよ…。

坂口 女が金と名誉を持ってゐたら男以上だよ。男はだいたい保守的だ。

石川 女が経済的能力と社会的地位を持ってゐたら、恋愛は楽だネ。

林 全然、今の日本的恋愛及び結婚とはちがつて来る。これもアメリカ小説の話だが、学生時代から男も女も同等だ。ガール・フレンドといふのは、肉体的関係がたいていあるのだが、だからと言って、女が汚されたとか、結婚の資格がなくなったなどといふことはない。ある小説の主人公が自分は学生時代に五人のガール・フレンドがあつたが、寝なかったのはその中の一人だけだと言ふ場面があった。ちょっとビックリしたが、考へてみれば当然のことで、別に傷け合ったとかだまし合ったといふわけではないのだからね。勿論、一度に五人持ってゐたのではないのだ。長い学生生活の間に三人とか五人といふわけだ。僕は貞操といふのは肉体問題ではないと思ふ。日本では肉体問題に限定されてゐるが、さういふ貞操の概念を切りかへなければ、ほんとの貞操論は成立しない。


      貞 操 論

石川 さうでもないさ。肉体は精神の問題を支配するからネ。殊に女性の貞操論は肉体的貞操論に基調を置くべきだよ。

林 ちがふね。貞操とは男女が恋愛或は結婚状態にあるとき、互ひに精神及び肉体の純潔を保ち合ふことだ。独身者の貞操とか未亡人の貞操とかいふものはあり得ない。

坂口 オレは処女といふものと恋愛しょうと思ってゐないネ。必ず男を知った女でなければ、恋愛の対象にしない。処女は片輪だと思ふ―人間になってゐないと思ふのだ。

石川 その片輪は何故いけないのだ。

林 青臭いからいけないのだ。

石川 青臭ければ何故いけないのだ。

坂口 処女といふことは、女の完成への途中にあるのだ。

石川 そのよさはあるだらう。

坂口 初めてその男を知ったといふことでその男に義理立てすることを正義だの純愛などとは、実に片寄った倫理だと思ふよ、そんなもので追い詰められたら、こっちがかなわんよ。 


青 い リ ン ゴ

林 女が成熟するためには、男と同じ経験を持って非難さるべきではない。青いリンゴが熟したリンゴになるためには、自然的経験が必要なのだ。青さを尊重したり維持しょうとしたら、リンゴはしなびて腐つちまふのだよ。

石川 青いリンゴを愛しながら、だんだんに熟させて行くのではないのかネ?

林 それは独占的殿様の女性論だな。男が絶対に浮気をしない自信があるのなら処女妻を自分の力だけで熟させてもいい。だが、大気の中にさらされ、雨と風と太陽の中でひとりで熟したからといって、そのリンゴを不潔だといふことはできない。 


処 女 妻 功 罪

井上 処女はつまらないといふ坂口の意見は解るが、その処女を自分で熟させた方がいいんぢやないか?

坂口 家畜を飼ひならすタノシミか。その趣味もわかるね。

林 処女妻をめとり、その妻が死ぬか、結婚生活が破綻した場合、また処女妻を求めて再び自分の力で熟させる元気があるかね。

石川 絶対にたくさんだよ。

林 処女妻でなければいかんといふことになると、女は一度しか恋愛も結婚も出来ないことになるぢやないか。男の身勝手だな。

石川 処女は片輪だといふ坂口の説は認めるよ。だが片輪は片輪で、自分の愛情によって完成させて行くのが本質であって、処女は片輪だからつまらないIとすれば処女は一体誰と結婚するんだ。

坂口 処女といふのは、肉体の純潔に限定されすぎるよ。もつと純潔なものが沢山あるよ。

舟橋 坂田山もそれなのだ。

石川 それは処女にこだはってゐる場合の話だよ。

坂口 亭主よりほかの男を知らない女房は、何時まで経っても片輪だと思ふのだ。

石川 そんなことはないよ。

林 処女妻の片輪性といふことは僕にもよく解る。

坂口 世の中の正義派といふのは、みなそれなんだ。

舟橋 男を知ってる芸妓なんかは実に円転滑速だらう、処女妻にはあの味がないね。ただ、処女を捧げたといふことだけで、威張ってるのは、不趣味だね。芸妓は水あげで、金を取つちやふから、あと口に対しては謙遜で自由だらう。ところが処女妻は頑固、頑迷だよ。(笑声)

林 良人に対しては理由のない優越感をもってゐる。あなたは浮気をしたが、私は浮気をしない―その一点で攻撃して来る。

舟橋 それは非常にいかんとこなんだ…。 


処 女 崇 拝 の 迷 信

林 僕は何も処女妻を否定していふんぢやない。その欠点を挙げてゐるだけなんだ…。しかし前から思ってゐることだが、果して僕等が処女を本当に、自然の要求として求めてゐたかどうか。迷信ではないかと思ってゐる。

井上 迷信は楽しいからネ。(笑声)

舟橋 処女妻は男と寝ることにあまりに専門家ではない。素人料理はどこか間がぬけてる。工夫がない。処女崇拝にこだはるのは、売買結婚の遺風美よ。そこに発展性がないのだよ。


       神 の 如 き 貞 節

坂口 日本みたいな処女崇拝は外国にもあるかな。疑ってゐるんだがどうだらう?

林 例へばアメリカでは学生時代に童貞、処女を失ってゐるものが少くない。だが、そのことには何も致命的な意味はない。恋愛も結婚も始まる。四十代の離婚者同志の恋愛もいくらもある。

坂口 日本の女には、とにかく処女妻といふ悪辣さがある…。

石川 処女妻は自分の夫は神様なんだよ。

林 いや、妻の方が神の如く清潔で、神の如く悪妻だ。

石川 神を持たすところにそのよさ―自分自身その誇りを持ってゐることのよさもあると思ふネ。

舟橋 それは封建的だ。オレ以上に殿様だ。(爆笑) 


菊 池 寛 の 心 境

石川 僕が近ごろ感じたことだが、菊池寛の夫人は相当喧しかったらしい。それで、ある時期に夫人の喧しさに、あの人が妥協してしまったと思ふのだ。妥協してほんたうの作家としての自分の生活の厳しさを放棄した。放棄してそれからあと文芸春秋を育て、若いものを可愛いがることに力をそそいで、大衆小説なんかを書いてゐた。そして「俺はもういいんだよ」と言ってゐる。この言葉を僕は、菊池さんの作家としての一番悲しい心境として聞くんだ。つまり一番作家として大事なところを女房に与へてしまった、それは菊池さんの悲しい努力だつたと思ふのだ…。

井上 つまり、あまり幸福な家庭では仕事をする気力がなくなるといふことだネ…。

石川 菊池さんはまだまだ鋭く伸びて行く人であったかも知れないんだ。

丹羽 菊池さんの家庭は特別だったらしい…。

井上 男を知らない女は恐いネ。

坂ロ バカらしいよ。処女でなくなったら、何といふバケモノになるつもりだい。

丹羽 変な投書が来るから、この位にしておかう。

 (昭和二十三年、文学界)