阿片戦争(上・中・下)


著者・陳舜臣



 題名の通り、阿片戦争を扱った作品。架空の人物である豪商・連維材を主人公としながらも、さまざまな視点から阿片戦争に至る経緯、発端そして戦いの状況が語られている。

 まずイギリスの対清貿易の大幅な貿易赤字という問題があった。その打開策として阿片の輸出が行われ、その結果黒字に転ずることが出来た。当然清では銀の大量流出、あらゆる階層での阿片の吸引(皇帝含む)が問題となった。
 こうした問題が無視できなくなり皇帝は各地の高官に対策案を諮問。各地から様々な案が送られてくる。現状維持を唱える声も強かったが皇帝は強硬策を唱える林則徐の案に目を止め、彼を欽差大臣に抜擢。皇帝はこのときには阿片を自力で断っている(!)。その自信の表れであろう。
 任地に赴任した林則徐は行動を起こす(今の感覚からみると、これだけでもすごいと思う)。イギリスの商館を包囲して阿片の箱をほぼ全部没収し、これを処分した。
 処分した、と簡単に云ったが大変手間の掛かることだった。少し説明してみよう。焼却するだけでは燃えカスから阿片が抽出可能なため別な方法を用いた。

 1.地面に幾つもの大きな穴を掘る。その穴の底と側面を透過防止の膜(ビニールシートのようなものか?)で覆う。阿片の成分が周りの土に浸透するのを防ぐ。
 2.穴に注水し、石灰を投入。
 3.ここで阿片を投入、石灰との化学反応で阿片は変質し、麻薬としての価値を失う。このとき、幾人もの男がかき回し棒で撹拌、化学反応を早める。
 4.海までの開渠(要は溝)を開削し、流出させる。

 大量の阿片を処理するのに、二ヶ月の月日を要したという。
 怒ったイギリス商人は軍隊の派遣を要請、艦隊は首都北京の喉元に迫る。驚き慌てて弱気になった皇帝は林則徐を更迭する‥‥。
 
 後任の欽差大臣は屈辱外交、引き伸ばし外交に終始し、軍備も縮小してしまう。そこを狙ってイギリス軍は本格的に侵攻。
 イギリスのみでなく植民地であるインドからも派兵された。圧倒的戦力を持つ英軍に対し、清軍の姿勢は様々。激しく抵抗して戦死した者、敵の影も見る前に逃走する者、潔く自決する文官(!)。
 
 徹底的に叩かれた清はイギリスと屈辱的な条約を結ぶ。香港の割譲もその条項に入っていた。返還されたのは1997年。
 
 
 阿片戦争の経緯をかいつまんで述べたが、長くなってしまった。
 上に連維材の名は見えないが、彼の活躍は目に見えるものではなかった。官位を持たぬものとして歴史の表面に現れず、また豪商なので大きな力を持つ。林則徐へ資金を提供し、大商人による組合(公行)と対決する。それは民族の勝利の為ではなく、民族の誇りを保つというその精神を後世に伝える為。
 イギリスには到底敵わないと云う前提から、みじめな敗北ではなくせめて立派に戦い、そして敗れる。それのみを目指して行動する連維材は、徹底的にクールな分析力を持ちながらしかしその心の奥底に激しい衝動を抑えている。

 もちろん他にも登場人物はいる。漢民族、女真族、イギリス人、日本人。立派なイギリス人もいれば、愚かな漢民族もいる。
清国の政府・役所は腐敗の極みにあったとはいえ、中には優秀で高潔な女真族もいる。そして故郷を捨てたものの故国の未来を憂える日本人の姿もある。
 戦争の性質上、非は明らかにイギリスにあるが、イギリス国内でも人道的な見地からこの戦争を非難した人も少なくなかったようだ。清への艦隊派遣は議会での投票によるものだったが、賛成が僅かに反対を上回り、可決されたのである。
 
 題材を近代から採っている為だろうか、戦闘の描写が妙に生々しい。砲声、銃声、地響き。火薬と血の匂い。兵士たちの呻き。女たちの叫び。同じ人として、胸が痛む場面でもある。負傷者や陵辱される女だけでなく、彼らを迫害するイギリス兵もどこか哀れである。その中にあって壮烈な戦死を遂げた清の提督関天培に対するイギリス軍の弔砲のエピソードは救いである。
 街の女性たちの逸話もまた凄みがある。イギリス兵の陵辱を受けて怒りと悲しみの中で自殺した者、またそれを防ぐ為に未然に命を絶った者達の名前が記録されているという。死に至る経緯と名前が延々書き連ねてあるだけのものだが、凄まじい迫力を持って見る者を圧倒するのだろう。忘れてはいけない、また忘れてほしくないという願いを聞くようである。
 

 私はこの本によって阿片戦争を知った。分量的に手軽に読めるものだったが、そのテーマは軽くはない。
   
 
 
 
 

 

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