屋根OPEN、簾の設営が終わるといよいよ出発!まずは
昨日の琵琶湖
の写真を出すため
海南市
にあるディスカウント薬局へ、海南まで普通に国道通っても面白く無いのでリゾート埋め立て地『
マリーナシティー
』を通る事に。ここでパティシエ氏ピンチ! マリーナシティー内交差点で信号待ちしてたら反対側で同じく信号待ちしてる車が居たのですがこの車実は
パティシエ氏の店
に出入りしてる業者さんだったのです。どうやら氏は店に何も言わずに出て来たらしく氏曰く
「危ない、危ない、横に女の子とか乗せてられへんな」
との事。

海南市にて写真フィルムを無事預けたので昼食がまだのパティシエ氏の願いでマクドナルドに(遂に)、ここには笑顔の可愛いオネエチャンがいました。月曜の昼の日中にマクドナルドに2CVが2台も居る訳ですから皆さん見ない筈が有りません。ドライブスルーに入って行く車が皆2CVに気を取られ入口手摺に激突しそうに成るのがとても印象的でした。マクドナルドでしばしうだうだして2時半頃『
海草郡美里町
』向かって出発するのでした。
余談ですが、関西は“マクド”で関東は“マック”でしょ?
『ケンタッキーフライドチキン』は関東では“ケンチキ”なの?
関西では“ケンフ”?
というわけでこの日の目的は
美里の温泉
だったのですが、ただまっすぐ温泉行ってもあれなので山の中を散策しながら温泉に向かう事にしました。

この時は観光気分を醸し出すためにあえて海南市『
黒江
』の古い街並を抜けて30年程前にルバング島で発見された日本兵
小野田さん
のふる里海南市『小野田』を抜けて
野上町
から
国道370号線
に入りました。国道370号線を『
高野山
』に向かって東進すると『美里町』は有ります。この町の役場を過ぎた辺りから国道370号線を一旦離れ山の中に入って行きました。暫くは何と言うか物凄い田舎道というか屋根を開けて窓も縁側も開けて風いっぱい吸い込む2CVの車内には涼しい空気と心地よい山の香りが入って来てまさに「イエ〜イ!」って感じだったのです。でも「イエ〜イ!」って言葉よく考えたら意味不明ですよね。(何語?)
対向するのが難しい道なのですがそれでもお構い無しに進みます。無線で喋りながらどんどん進みます。夢中で走ってたのであまり解らなかったのですが道は登りに成っていて気が付くと結構な高さまで登っていました。
やがて、道が2車線に成り走りやすく成って間もなく左手に石像やら信楽の狸やらが列んだ面白い場所に出会しました。
車を降りてみると山のにおいが一面に広がり何とも言えないリラックスした気分にさせてくれます。実はこの辺りはウチの人の生まれ育った所で僕は一度しか来た事が無いので道はよく憶えてないのですがこの辺りの林の中にウチの人が幼少期を過ごした生家(今は空家)が有るのです。

と言う訳でウチの人が通った山の中の分校(小学校)を訪ねる事にしました。とはいえ、前述のごとく僕は道を憶えて無いのですがここは和歌山、和歌山の人がよく言う『行けらよ』って乗りで更に進む事にしました。
道なりに進むとまた対向の難しい道幅に戻りそれはどんどん登って行くのです。車の通れる道がある限り迷う事は無いでしょうから不安は無く逆に開放感に浸る二人だったのです。おかげでこの道沿いで沢山の“
草ヒロ
”に出会う事が出来ました。
暫く行って結果道に迷った事がわかったのですがこの道幅ではUターンする事も出来ず登り続けるしかありません。やがて、突如“ええ感じのお寺”『南福寺』が現れたのでここでUターンして間違えたであろうポイントまで引き返す事にしました。
ああ来てここで終わったんかな? コンディション良いかも! 捨てられたのね
これは家に帰ってウチの人に写真を見せて発覚したのですが、上の写真の“ええ感じのお寺”『南福寺』ですが、ウチの人は子供の頃ここでよく遊んだそうなのです。とはいえ自転車押してだいぶ登らないとここには着かない印象が有ったのですが。
(恐るべし山の子!
)
絶景ですわ
道を引き返して分かれ道を来た方とは違う方向に曲がると間もなく旧ウチの人実家の上の(隣なのだけど山だから上なのです)家を発見!程なくしてウチの人が小学校1〜5年まで通った分校を発見しました。
現在は学校としては機能しておらず林業を営まれてる方が使われてるので
立ち入り禁止
なのですが今回は訳を話して特別に許可をもらって運動場に入れて貰う事が出来ました。(無理言って申し訳有りませんでした)
=分校(現在)=
ウチの人が通った分校 子供達の誓いの碑 覗くパティシエ氏
(左)トイレ(中) 手洗い場(右)運動場にて
=ありし日の分校(写真提供ウチのひと)
=
分校にてパティシエ氏と二人して「昔はここで子供達が勉強してこうやったんやろなあ」と色々想像を膨らませて楽しんでました。上の『子供達の誓いの碑』(ご免なさい勝手に名付けてます)を見ながら何とも言えないメローな気持ちに成っていました。帰宅後にウチの人に写真を見せたらとても懐かしがって上の3枚の写真を見せてくれました。因に
『子供達の誓いの碑』を掘った子供達(今は方々ですね)は皆知り合いなのだそうです。小豆島の『ニ十四の瞳』の分校に行った時を思い出してしまいました。
ここに1〜5年まで通い6年生に成ると今度は本校に通うらしいのですがウチの人は毎日本校まで片道2時間の山道を歩いて通ったそうです。今は本校まで送り迎えのバスが有るみたいでこの後出て来る温泉に行く途中でそのバスとすれ違ったのですがバスの中の子供達の笑顔がとても印象的でした。
分校を出ると道は下りに変わります。車を走らせる事すぐの所に分校のプール兼地域の貯水槽が有ります。廃校と同時に蓋がされ今は貯水槽のみの用途で使われてます。