パティシエ リベンジ

2CVで行く和歌山美里『達磨温泉』



和歌山県海草郡美里町〜海南市〜和歌山市

<2004年7月5日(月)>

旅する人:パティシエ&おっちゃん

Report&Photo by おっちゃん
写真提供 by マミさん

by, Cried Light West




 皆で楽しく過ごした『 琵琶湖ツーリング 』の明くる日、物語は始まった。


 事の発端はお昼12時10分(着信記録より)に届いたパティシエ氏からの携帯メール「トイレから、ボンジュール」に始まる。“ケーキ屋なのにトイレ行くとは何事や”(そら行く行く)と思った僕は直ぐさま「うんこ?」って返事を出した。それからそんなやり取りが行われやがて12時17分(着信記録より)パティシエ氏から「 マ○ドナルド 行こかな」のメールが届いた。誘い出そうとしてるのは容易に察知出来たものの僕の目の前には昼休みを利用して僕に餌を与えるためお弁当を買って帰って来たウチの人が居るので直ぐに「イコカで行こか」(ご免なさい関西限定です)とは言えない状態。すると氏からは煥発入れず12時28分に「何食べたの 蛭は?」のメール、正直に「ウチの人が マツゲン (和歌山方面のローカルスーパー)弁当買って来てくれたんでそれ食べてる」と告げるとこんどは「それもええなあ。 朝頑張ったしバンメシ家で食べるまでの間ブラブラするよ〜  美里の温泉でもいこかな」の返事、氏は確実に僕の遊び心を捕らえる返事を返して来る。今度はウチの人に正直に「こんなん(中略)言うてる」と言ったところいとも容易く「行きなさい」のお返事。ただしこれには続きが有って「迎えに来て貰いなさい、1台で行きなさい」ってものだった。けどやっぱ2CV2台でないと面白くないでしょって事で「嫌!僕も車出すねん」と言ったところ「なんでそんな無駄な事するの、そんな無駄なガソリン代有るのやったらこの弁当代払って」の御返事、仕方なく480円と言ってたので払ったのですが後でレシートを見たら409円でした。やられた!恐ろしさとたくましさの同居するウチの人。(面白いなあ)

結局は上記赤文字が僕の心をくすぐり我が家の横で落ち合う事に、やがて1時半頃無線で呼び出すともう近所に居る様子、待たせてもあれなので何故か車をバックさせ待ち合わせ場所まで出て行くのでした。とは言っても家から道路出たところなのですが...........。

無線で喋ってるからでしょう、何故か2台向き合ってロンメル戦車隊状態(先に動いた方がやられるみたいな)。まあでもいつまでも向き合ってたところで本人らは無線で喋ってるからいいけど周りが無気味なので2台列んで仲良く屋根を開ける事にしました。またパティシエ氏は今年初めての“簾”をセットされてました。

   
(左)2台向き合って無気味 (中)屋根を開ける (右)簾設営するパティシエ氏

屋根OPEN、簾の設営が終わるといよいよ出発!まずは 昨日の琵琶湖 の写真を出すため 海南市 にあるディスカウント薬局へ、海南まで普通に国道通っても面白く無いのでリゾート埋め立て地『 マリーナシティー 』を通る事に。ここでパティシエ氏ピンチ! マリーナシティー内交差点で信号待ちしてたら反対側で同じく信号待ちしてる車が居たのですがこの車実は パティシエ氏の店 に出入りしてる業者さんだったのです。どうやら氏は店に何も言わずに出て来たらしく氏曰く「危ない、危ない、横に女の子とか乗せてられへんな」 との事。

海南市にて写真フィルムを無事預けたので昼食がまだのパティシエ氏の願いでマクドナルドに(遂に)、ここには笑顔の可愛いオネエチャンがいました。月曜の昼の日中にマクドナルドに2CVが2台も居る訳ですから皆さん見ない筈が有りません。ドライブスルーに入って行く車が皆2CVに気を取られ入口手摺に激突しそうに成るのがとても印象的でした。マクドナルドでしばしうだうだして2時半頃『 海草郡美里町 』向かって出発するのでした。


余談ですが、関西は“マクド”で関東は“マック”でしょ?
『ケンタッキーフライドチキン』は関東では“ケンチキ”なの?
関西では“ケンフ”?




というわけでこの日の目的は美里の温泉 だったのですが、ただまっすぐ温泉行ってもあれなので山の中を散策しながら温泉に向かう事にしました。

この時は観光気分を醸し出すためにあえて海南市『黒江 』の古い街並を抜けて30年程前にルバング島で発見された日本兵小野田さん のふる里海南市『小野田』を抜けて野上町 から 国道370号線 に入りました。国道370号線を『高野山 』に向かって東進すると『美里町』は有ります。この町の役場を過ぎた辺りから国道370号線を一旦離れ山の中に入って行きました。暫くは何と言うか物凄い田舎道というか屋根を開けて窓も縁側も開けて風いっぱい吸い込む2CVの車内には涼しい空気と心地よい山の香りが入って来てまさに「イエ〜イ!」って感じだったのです。でも「イエ〜イ!」って言葉よく考えたら意味不明ですよね。(何語?)

対向するのが難しい道なのですがそれでもお構い無しに進みます。無線で喋りながらどんどん進みます。夢中で走ってたのであまり解らなかったのですが道は登りに成っていて気が付くと結構な高さまで登っていました。

やがて、道が2車線に成り走りやすく成って間もなく左手に石像やら信楽の狸やらが列んだ面白い場所に出会しました。

車を降りてみると山のにおいが一面に広がり何とも言えないリラックスした気分にさせてくれます。実はこの辺りはウチの人の生まれ育った所で僕は一度しか来た事が無いので道はよく憶えてないのですがこの辺りの林の中にウチの人が幼少期を過ごした生家(今は空家)が有るのです。


と言う訳でウチの人が通った山の中の分校(小学校)を訪ねる事にしました。とはいえ、前述のごとく僕は道を憶えて無いのですがここは和歌山、和歌山の人がよく言う『行けらよ』って乗りで更に進む事にしました。

道なりに進むとまた対向の難しい道幅に戻りそれはどんどん登って行くのです。車の通れる道がある限り迷う事は無いでしょうから不安は無く逆に開放感に浸る二人だったのです。おかげでこの道沿いで沢山の“ 草ヒロ ”に出会う事が出来ました。

暫く行って結果道に迷った事がわかったのですがこの道幅ではUターンする事も出来ず登り続けるしかありません。やがて、突如“ええ感じのお寺”『南福寺』が現れたのでここでUターンして間違えたであろうポイントまで引き返す事にしました。



=途中で出会った『草ヒロ』達=


   
   ああ来てここで終わったんかな?    コンディション良いかも!       捨てられたのね

これは家に帰ってウチの人に写真を見せて発覚したのですが、上の写真の“ええ感じのお寺”『南福寺』ですが、ウチの人は子供の頃ここでよく遊んだそうなのです。とはいえ自転車押してだいぶ登らないとここには着かない印象が有ったのですが。 (恐るべし山の子


絶景ですわ

道を引き返して分かれ道を来た方とは違う方向に曲がると間もなく旧ウチの人実家の上の(隣なのだけど山だから上なのです)家を発見!程なくしてウチの人が小学校1〜5年まで通った分校を発見しました。

現在は学校としては機能しておらず林業を営まれてる方が使われてるので立ち入り禁止 なのですが今回は訳を話して特別に許可をもらって運動場に入れて貰う事が出来ました。(無理言って申し訳有りませんでした)

=分校(現在)=

   
ウチの人が通った分校        子供達の誓いの碑       覗くパティシエ氏

   
         (左)トイレ(中) 手洗い場(右)運動場にて                

=ありし日の分校(写真提供ウチのひと)

    

分校にてパティシエ氏と二人して「昔はここで子供達が勉強してこうやったんやろなあ」と色々想像を膨らませて楽しんでました。上の『子供達の誓いの碑』(ご免なさい勝手に名付けてます)を見ながら何とも言えないメローな気持ちに成っていました。帰宅後にウチの人に写真を見せたらとても懐かしがって上の3枚の写真を見せてくれました。因に 『子供達の誓いの碑』を掘った子供達(今は方々ですね)は皆知り合いなのだそうです。小豆島の『ニ十四の瞳』の分校に行った時を思い出してしまいました。

ここに1〜5年まで通い6年生に成ると今度は本校に通うらしいのですがウチの人は毎日本校まで片道2時間の山道を歩いて通ったそうです。今は本校まで送り迎えのバスが有るみたいでこの後出て来る温泉に行く途中でそのバスとすれ違ったのですがバスの中の子供達の笑顔がとても印象的でした。
 
分校を出ると道は下りに変わります。車を走らせる事すぐの所に分校のプール兼地域の貯水槽が有ります。廃校と同時に蓋がされ今は貯水槽のみの用途で使われてます。

    
                  旧プール             泳ぐパティシエ氏

少しの間プールごっこを楽しんで山を降りて再び国道370号線に戻り目的地美里の温泉 目指すのでした。今回我々が目指した 美里の温泉 藤の森不動温泉『達磨湯』 、この手前に町営の美里温泉『かじか荘』 も有ったのですがパティシエ氏『達磨湯』デビューだったので迷わず『達磨湯』に決まった訳なのです。



=藤の森不動温泉『達磨湯』=


   
                 入口                 到着

   
                露天風呂                内湯

ここで温泉に入りゆっくりしました。ここの温泉はアトピーなどに良く効く療養温泉としても有名なのです。お風呂から上がってジュースでも買おうとロビーに上がったところお偉い政治家の先生とやらとその秘書なる方が選挙活動(皆さん選挙は行きましょう)とやらで来られており我々が占拠(選挙の洒落ではありません)するはずの応接セットに先約が!

仕方なくジュースの立ち飲みでもやるかと思いきやその秘書なる方とパティシエ氏が知り合いだったみたいでなんか話が始まってそこへ政治家の先生とやらも入り込み色々話ししてるうちに「珍しい車乗ってますねえ」って素人が必ず聞く当たり前の質問(そんなんで気ィ引かれへんで)が飛び出し一気に政治家の先生のボキャブラリーの無さが伺えましたね。

でもあの人達ってほんま全く魅力無かったなあ。車見たからやろか選挙区外の“和泉ナンバー”付けてる僕には一切愛想無しだったし、政治家の先生とやらに至っては前述のごとくパティシエ氏に何の発想も無い当たり前のくだらん質問ばかり 上からしとったし。自分の党アピールするにもよその党とマスコミの悪口言う事でしかアピール出来てなかったしで気分悪かったよ<怒>。

でもまさかこのような山の中の温泉で知り合いに会うとは思って無かったパティシエ氏はここでも 「危ない、危ない、横に女の子とか乗せてられへんな」 と言っておられました。(笑)

政治家の先生と秘書さんが帰られたので応接セットに座りうだうだ。今度はここの奥さんにパティシエ氏質問攻め。「どこで店やってはるんですか?」の質問に氏が答えたところナ!ナ!何と!店が入ってるマンションの上の階に奥さんのお兄さん即ち『達磨湯』の御子息(温泉は継がれず他の仕事なさってます)がお住まいでパティシエ氏はどうやら顔は知ってる模様!再び 「危ない、危ない、横に女の子とか乗せてられへんな」状態!(爆)

この時『達磨湯』についてこちらからもいろいろ質問したところ『達磨湯』はもともとここに有った吊り橋を今の橋に掛け換える際に工事をしてたら川原から湧いて出て来たのだそうです。その湧いて出て来たものを試験場に出したところ試験官の「奥さん、気ィ悪したらあかんから言うけど、こうやって持ち込まれる湧いて出て来たものの99%はただの湧き水なんよ」って言葉にもめげず検査したところ「お!奥さん!かなりええ泉質ですぜ」の言葉に土建屋さんがここで営業を始めたものなのです。よってここは町営ではなくまったくの個人経営によるもので実は歴史も浅く10年程しか経っていないとの事なのですよ。

また名前の『達磨湯』については、少し上流に景勝『達磨渓谷』ってのが有るらしくってそこに昔『達磨岩』ってのが有ったらしいのです。今は残念な事に『達磨岩』は大水害で流されたそうなのですが『達磨湯』はその『達磨岩』『達磨渓谷』に由来した名前なのだそうですが詳しく知りたければ行ってみてくださいね。



てな訳で、『達磨湯』を出た我々は再び国道370号線を元来た海南方面向かって帰るのでした。道中無線が有るので退屈しません。廃校の事、温泉の事、今日行った美里での出来事を噛み締めながらの帰路、途中和歌山県内至る所で見る謎の『うさぎV』の看板発見!これはいったい何なのでしょう? とりあえずは撮影に成功しました。

でも、今度はあんまりゆっくりもしてられません。日没が近い事とこの後20時30分から僕は仕事だったからなのです。そう、二人ともこの日はしっかり仕事して遊んでるのです。(パティシエ氏は午前中に僕は夜に)

謎の『うさぎV』撮影の後は先を急ぎました。この時点で5時半くらいだったと思うのです。

国道370号線を海南方面に野上町に入った辺りで僕が要らんもの発見してしまいそれが切っ掛けで再び道草に発展。実は 要らんものと書いたのは本当に“要らんもの”なのかも知れません。でもそれにはかつてこの地域の人々の願いや夢が託されていたはず。

かつて海南市『日方』からこの海草郡野上町『登山口』まで『 野上電鉄 』という小さな鉄道が走ってました。僕が和歌山に通い出した頃はまだ電車は走ってたのですが94年3月末で廃線に成ってしまいました。大昔この野上鉄道には
海草郡野上町の『登山口駅』から先『高野山』まで鉄道を敷く計画が有ったらしいのですが残念ながらこの計画には無理が有ったのか 『登山口駅』から先少しの区間まで行われた工事は中止、結果 未成線 として橋脚などの残骸をさらす事に成るのです。

僕が発見した要らんものとはまさにこの使われる事なく残ってる『橋脚』なのです。一本は川の中に倒れて転がっており一本は倒れる事なく残っています。残念ながら回り道して橋脚探検に行く程の時間が無い事から国道370号線から少し逸れた旧『 登山口駅 』と線路跡を探検することに成りました。

旧『登山口駅』は今は『野鉄バス』(電車が走って無いだけで会社はバス会社として残ってます)の立派なバスターミナル。このバスターミナル横言うか裏に旧『登山口駅』跡が有る気配なのだけど時間が無いので省略、線路跡に向かいそこで写真を撮りました。

=線路跡にて=

   
         線路跡            今は立派な道路      ここから少しダートが残ってる


線路跡を少し行った所に公園が有りそこにはかつてここを走ってた電車が展示保存されてました。


   


公園に2台並べて置いてたら犬を連れた男性に声をかけられました。


 


この男性は旧車に興味が有るらしく「欲しいけど置く所とお金の心配が有るので諦めてる」とおっしゃる一方でパティシエ氏はかつてこの男性が連れてる犬さんと同じ種類でしかも良く似た犬を飼ってて亡くした思い出が有るらしくお話したいモード全開!結局犬と2CVの話で結構盛り上がり、男性は一度に二台の2CVを目の当たりにして勇気づけられたのか2CVを探すような勢いにまで発展。ネットはやられてないとの事なのであれですが縁が有ればまたお会い出来るでしょう。ってことで男性と犬さんに挨拶して和歌山向いて走り出す我々なのでした。(やっぱり名刺渡しておくべきやったかなあ?>パティシエ氏)

さて、野上から海南まで無線で喋りながらぼちぼちと帰りました。なんか短時間ですがここまででも出会い有り廃なるもの有りでかなり内容の濃いツーリングとなってるはずで僕に至っては前日の『琵琶湖』と2日連続のツーリングなので気分はまるで『 キャノンボール 』やいな!。

どこまでも晴れ渡った夏の空に夕焼けが優しく一日の終わりを演出してくれて最高!

やがて市街地が近付き段々と現実に戻って行きます。無線にてパティシエ氏に「家はごはん大丈夫なの?」と聞くと先程奥方から電話で「食べて来なさい」との事。

この時点で7時位だったので「それじゃあ」って事で軽く夕食を食べに行く事にしました。僕達が夕食食べるのに選んだのは いつぞやの『白浜』 の帰り大雨の中皆で寄った海南市に有る『らぐまんラーメン』本店。(海南市冷水682☎073-483-5464)

なんでもパティシエ氏は偉くここの味が気に入った様子で行き先が『らぐまんラーメン』と決まれば張切る張切る!

   
(左)らぐまんラーメン (中)張切るパティシエ氏 (右)グリーンカレーらぐまん

お店に入ると直ぐに席に案内され一段落、暫くして店の女の子が注文を取りに来たのですが何とこの女の子パティシエさんの店『 リヨン 』の元スタッフだとか!ここでも氏曰く 「危ない、危ない、横に女の子とか乗せてられへんな」

美味しくラーメンをいただいて店を出た頃には日も暮れもうすっかり夜の景色でした。そろそろ僕は仕事に行かなくては成らないのですが「まあお茶でも」とパティシエ氏を誘い出しいつものカフェ(と言っても自動販売機なのですが)のあるマリーナシティー自動販売機群に向かうのでした。


   
(左)自動販売機群到着 (中)マリーナの夜景 (右)ヨットハーバー横にて


ここで少しの間自動販売機にしては美味しいコーヒーを飲んでヨットハーバーの近くで記念撮影して解散しました。


今回は偶然にも『草ヒロ』(廃車)、『廃校』、『廃線』と『廃』成るものが続く旅でしたがそれはまるで時間を超えたというかそんな錯角にすら陥る旅でした。人々の生活の移り変わりが産んだ“廃なる物達”、2CVはまるでそれらの時代との間を行き交うタイムマシーンの様でした。


と言う訳で山から海までとっても有意義なパティシエ氏リベンジツーリングでした。


Fine

04/12/July  
by,おっちゃん



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