竜さんの店のテーブルの上にゴロゴロと仏像が転がっていた。
不動明王・地蔵菩薩・阿弥陀如来…いずれも15cm前後の小ぶりな仏たちである。


「引っ越しの準備をしていたら行李が出てきた。仕入れたまま忘れてたんやな。」


江戸時代の素朴な作りの仏たちはいつから出番を待っていたのだろう?


「あっ!恵比寿さんっ!!。」


 変わった恵比寿さんである。小脇に鯛を抱えていなければ恵比寿神とはわからなかったろう。
恵比寿神は庶民的な顔で作られることが多いがこの人は貴族ちっくな目鼻立ちをしている。かといって素朴な彫りは貴族の物ではないだろう。
鯛を小脇に抱えている場合横に倒していることが多いがこの方が持っている鯛は天に昇る龍の如く天を向いている。衣やお顔の素朴な造りに比べて鯛だけが写実的で身をよじり暴れているようである。


「ずいぶん変わってますね。いい男だわ。」

 他の江戸の仏たちよりは古い感じがするが…。


「安土桃山から江戸初…と云ったところだろうな。」


 室町の仏は戦国の世相をうけて鋭い顔をしている。ちょっと怖いお顔の仏像も多い。毘沙門天・帝釈天など武神が多く彫られているのも特徴である。鎌倉時代に写実主義はやり尽くしその先何を極めるのか仏師が迷っていた時代のように思える。
 安土桃山時代には曲がりなりにも世相が安定し少し穏やかなお顔立ちの仏が増えてくる。
江戸期に入って完全に安定してくると商人たちの護りとしての御利益神…大黒天・恵比寿天・弁財天などの仏像も多くなる。文化的にも余裕が出てきて緻密な細工の物が目立つようになる。

 飛鳥・平安・鎌倉の仏はすばらしいが数も少ない。コレクションとして買いやすいのは室町以降ということになるのだろう。




 竜さんと雑談していても恵比寿さんが気になる。


「おおーいっ!」…何度も呼ばれた気がした。


 線香の煙が塊として表面にこびりついている。この恵比寿さんは長い期間信仰されていたものに違いない。
長く愛されたモノには魂が宿る。その魂が宿主を探してさ迷い歩いているのかもしれない。


 恵比寿神には二つの系統がある。


 一つは事代主・もう一つは蛭子神である。

 
事代主は大国主の息子で国譲りの折に逆手を打って(呪詛)海に飛び込み自殺したとされる神である。その事代主が堺に漂着し、持っていた五色の玉とともに祀られたという説。

 蛭子神は伊弉諾・ 伊邪那美の子で3歳になっても足が立たなかったため葦の船に乗せて海に流された。西宮に漂着した蛭子神が神として祀られたという説。

 いずれも「海に流され」「漂着した」という点で共通している。
恵比寿は流浪の神なのである。


 古代日本では漂着した水死体や漂着物を恵比寿として祀る風習もあった。また鯨や海豚を恵比寿とすることもあるそうである。
鹿児島では漁期の前に目隠しをした独身男子が海に潜り最初に手を触れた石を恵比寿として祀る習慣も残されている。


 
「海よりもたらせしモノ」流れ着いた恵比寿は漁業を護り福徳を授け商家を守護する。


 この恵比寿さんは時の流れを旅して我が家に漂着した。
けれど それは一時のこと。ヒトの一生は短い。

「大漁の旗・漁の声・海女たちの嬌声 我らはそれではじめて恵比寿になれる。」


そんな声が聞こえた気がした。


 即身仏になろうと入定した上人も一定期間を置いて掘り出した時禅定に入った姿でないものは潰されて打ち捨てられたと聞く。

漂着した水死体は恵比寿として祀られるが豊漁をもたらさなければ打ち捨てられたのかもしれない。

神になりそこねた神はヒトにも戻れず漂うのみである。

 漂着したモノたちは「暫定 恵比寿」であり豊漁をもたらし結果を出したモノたちだけが長く恵比寿神として祀られる。
祀られなかった恵比寿たちはいったいどこに行くのだろう


 「一緒に帰ろうね。」

 大漁をもたらさなくてもそばにいてくれるだけでいい。
狭い「吉祥寺」の空間には集まってきた仲間もいる。時々は笑って喋ってお線香の香りをかいでたまにはお酒を酌み交わす。ただそれだけでいい。

「恵比寿さん たくさん働いたんだから吉祥が生きている間だけでもゆっくりしてってくださいね。」


 恵比寿さんを抱えて竜さんの車に乗った。ほんの少しお店で持った時より軽くなっている気がした。
様々な義務や重荷を降ろして仏がただ仏として存在できる空間そんな場所になれたらうれしいと思った。