94.【お】 『帯に短し襷(たすき)に長し』 (2001/09/10)
『帯に短し襷[=まわし]に長し』
帯にするには短すぎ襷にするには長すぎる紐は、結局なんの役にも立たないということから、物事が中途半端で、なんの役にも立たないということ。
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いずれにせよ源五郎は、鹿之助と、甚兵衛が持ち込んできた話の娘との、それぞれに会っておかなければならなくなった。
弟子たちの手前「任せろ」と言ってしまったものの、あまり自信はなかった。
男の鹿之助なら兎も角、うら若い娘との初対面は戴けない。
結局、あやに縋(すが)ることになる訳である。

>あや:まあ。お夏ちゃんの兄上に?
>源:ああ。引き受けたは良いが、熊五郎の話を聞いてると、ちょいと大変そうな気になってきてな。
>あや:お夏ちゃんから聞いたことがありますよ。「絵に描いたような小役人」ですって。それに、「もやし」って渾名(あだな)されてたそうですね。
>源:そうらしいな。末(うら)成りの瓢箪(ひょうたん)みてえなお人なんだろうな。そんなのに嫁ごうっていう物好きなんか居るかね。
>あや:大丈夫ですよ。蓼食う虫って言うじゃありませんか。まあ、気長に探せば見付かりますよ。
>源:気長で良いんならな。・・・なあ、ほれ、甚兵衛親方の例の話。
>あや:確か、仕立て職人さんの次女で、結構評判のお針子さんだとか言ってましたね。真逆、それとこれをくっ付けてなんて考えてる訳じゃないんでしょう?
>源:あわよくば、くらいは考えてるがな。
>あや:そんなに簡単に行けば苦労はないですよ。そもそも、鹿之助さんの方は、相手がお武家のご息女じゃないといけないんじゃないですか?
>源:そうだよな。親父さんは厳格な方だって言うしな。それだと全くの振り出しからってことになるな。ま、いずれにせよ、一度話を聞いてみなくちゃならねえな。
>あや:それで? 娘さんの方は苦手だからわたしに行けってことなんでしょ?
>源:行って呉れるか?
>あや:分かってますよ。・・・でも、親御さんと話すときには出張って貰わないといけませんよ。

早速あやは、静を抱いて、その仕立て職人・佐羽衛門の元を訪れた。
赤ん坊というのは、初対面のときの気まずさを払拭してしまう効力を持っているものなのだ。

>あや:御免くださいまし。大工の源五郎の家の者ですが。
>佐:ええっ? するってえと、あなた様があの評判の、結びの神の源五郎さんのお内儀さんですかい?
>あや:まあ。随分持ち上げられちゃったもんですね。そんなご大層なもんじゃないんですよ。
>佐:そんなご謙遜(けんそん)を。分かってやすって。そんな奥床しさが、こりゃまた、嬉しいでやすねえ。
>あや:はあ。
>佐:おしかのやつは今ちょいとそこまで遣いに行ってやして、おっつけ戻りやすんで。ささ、こちらにお上がりになってくださいまし。直ぐにお茶を出させやすんで。おーい、お鶴、お客様にお茶をお入れしろ。
>あや:あの、お嬢さんっておしかさんとおっしゃるんですか?
>佐:へい。上の娘が「おいの」、二番目が「おしか」で、三番目が「おちょう」、そんでもって倅の方が松一と桐太でやす。
>あや:もう1人生まれてなくて良かったですね。
>佐:へへ。若気(わかげ)の至りでして。子供らからも手抜きだって文句を言われやす。
>あや:手抜きっていうのとはちょっと違う気がするんですけど。・・・まあ、それはさて置き、おしかさんって幾つにおなりなんですか?
>佐:へい、数えで22になりやす。
>あや:あら、まだまだお若いじゃないですか。何も慌ててお嫁に出さなくても良いんじゃありませんか?
>佐:年のことだけならそうなんでやすが、何と申しましょうか、お転婆というか、男勝りというか、がらっぱちというか、これっぽっちも色気がねえ娘でして。縫い物をしてるのが不思議なくらいなんでやすよ。
>あや:そうなんですか。なんだかちょっと興味が湧いてきちゃいました。

佐羽衛門の言葉通り、程なくおしかが帰ってきた。佐羽衛門より2寸(約6センチ)程背が高い。
ただ、父親が見るのとは違って、娘らしい恥じらいやたよやかさがちらりちらり垣間見える。

>あや:お邪魔してます。あやと申します。
>しか:まあ可愛い。男の子?
>あや:娘よ。静っていうの。大人しいでしょ?
>しか:ほんと。名前も、とっても可愛らしい。
>あや:あら、おしかさんだって良い名前じゃない。
>しか:猪鹿蝶に松桐坊よ。花札の役の名前なんか付けられてるのよ。良い名前だなんて思ったことないわ。
>佐:だから6人目は作らなかったじゃねえか。
>しか:お父つぁんは黙ってて。お父つぁんにはあたしの気持ちなんか分からないのよ。
>佐:す、済まねえ。
>あや:ねえ、おしかさん。ちょっとお話を聞かせて貰えないかしら。
>しか:え? あたしに用だったの?
>あや:そうなの。お父さま抜きで話せない?
>しか:ええ。それじゃあ、むさ苦しいんだけど、あたしの仕事場で。

あやはおしかに、経緯を掻い摘んで説明した。

>しか:そういうことなの。爺ちゃんったらまったくお節介なんだから。
>あや:心配なのよ。良かれと思ってのことだもの怒っちゃ駄目よ。
>しか:そりゃ、頭では分かるんだけどね。それにしても大きなお世話だわね。
>あや:ねえ、正直なところを聞かせて。そんな言い方をするところを見ると、今、思い人でも居るの?
>しか:真逆。そんなの昔も今も、多分将来も、ありゃしないわよ。
>あや:そんなこと・・・

>しか:だってあたしなんか、乙女振るには図体がでかすぎるし、いくらでかいってったって、どんなに頑張ったところで、殿方には敵わないんだもの。良いとこなしよね
>あや:そんなことないわ。ものは考えようよ。例えば、ちょっと頼りないような殿方なんか、大らかに包んでくれるような女が良かったりするじゃない。
>しか:そうかしら。殿方は自分よりも弱い女子(おなご)を守りたがるものでしょ?
>あや:おしかさんもやっぱり守って貰いたい?
>しか:そりゃ、あたしだって女だもの、頼もしい殿方が守ってくれるんなら嬉しいわよ。でも、あたし、そんなのとっくに諦めちゃってるから。

>あや:諦めちゃうことなんかないじゃない。それに、守るって、なにも腕力や武芸だけと決まったもんじゃないでしょう?
>しか:どういうこと?
>あや:気持ちが沈んでるときとか辛いことがあったとき、必ず傍(そば)に居てくれる。そういうのだって「守る」ってことでしょう? わたしなんかはどっちかっていうと、こっちの守り方の方が幸せだわ。
>しか:あやさんの旦那さんってそういう方?
>あや:口下手でむっつりしてるけど、居て欲しいなってときにはひょっこり現れたりするのよね。忘れ物を取りにきたみたいに呆(とぼ)けた顔でこう言うのよ。「あれ? 俺、何しに戻ってきたんだっけ?」
>しか:素敵ね。
>あや:顔なんか、まるで、梅干しを食べた鬼瓦なんだけどね。

>あや:ねえ、わたしに世話焼きさせてみて呉れない?
>しか:でも・・・

>あや:期待され過ぎるとわたしの方も困っちゃうんだけど、あなたみたいな可愛らしい娘さんには幸せでいて貰いたいの。
>しか:期待するななんて無理よ。あたしときたら、直ぐに人を信用しちゃうんだから。そして期待は裏切られて失望するのよね。その繰り返し。
>あや:そりゃあね、わたしはおしかさんじゃないしおしかさんは私じゃないわ。まったく望みと掛け離れた殿方を連れてきちゃうかもしれない。だけど、これだけは覚えておいてね。私は押し付けはしない。最終的に決めるのはあなたなのよ。
>しか:それで良いの? あたしの我儘(わがまま)なんか一々聞いてたらいつになったってけりが付かないわよ。
>あや:望むところよ。
>しか:あやさんって変わった人ね。それだけ手の内を見せられちゃったら任せない訳にいかないじゃない。
>あや:あら、わたしって狡(ずる)い女なのよ。手の内にはまだまだ隠し札があるの。でも安心して。「雨」の札で流しちゃうなんて真似はしないから。
つづく