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120.【か】 『禍福(かふく)は糾(あざな)える縄の如し』 (2002/03/18) 『禍福は糾える縄の如し』 禍(わざわい)が福になったり、福が禍の元になったりして、この世の幸不幸は繰り返す。幸と不幸は縄を縒り合わせたように表裏をなすものだ。 出典:「史記−南越伝」 「因禍為福、成敗之転、譬若糾乢」 *********
与太郎と三吉・四郎の3人で、小豆内海の屋敷を調べてみようということになった。 番町(ばんちょう)の辺りだという。
>三:おいらこんな遠くまで来たことねえよ。置いてけ堀になんかしねえでお呉れよね。 >四:何が遠くなもんか、外堀の橋を1本渡っただけじゃないか。 >三:そんなこと言ったってよ、おいら始めての土地ってものがからきしだからよ。それに番町と言やあ、あれだろ? >四:1枚、2枚・・・か? はは。ありゃあ作り話だろ? >三:作り話にしたって、気色(きしょく)の良いもんじゃねえには違いねえだろ? >与:あの、皿屋敷のお話は、実話を元にしてるってことですが。 >三:止(よ)せやい。怖がらそうってったって、その手にゃ乗らねえぞ。 >与:本当ですって。 >四:与太郎さんも人が悪いですね。日が暮れようとしてるとこに、そんな話を持ち出すもんじゃありませんよ。 >与:最初に言い出したのは三吉さんですよ。 >三:もう良いから別の話をしようじゃねえか、な。 >与:四谷左門町のお岩さん(※)のとかですか? >三:止せったら。もっと下世話な話はねえのかよ。食いもんの話とか銭の話とかよ。 >与:ないこともないんですけど、もう着きましたんで。・・・ここが小豆内海の役宅です。 >四:はあ、思ったほど立派じゃあないですね。まだ下っ端(ぱ)ということでしょうか? >三:大方、酒や女に注(つ)ぎ込んじまったんだろ。どうれ、ちょいと覗いてみようか。
三吉が木戸を押そうとした丁度そのとき、赤ら顔の侍(さむらい)がその戸を通って出てきた。 男は中を覗こうとしている3人と鉢合わせした形になり、大袈裟に飛び退(の)いた。
>小:な、何者だ。こ、ここを普請奉行所役人小豆内海の役宅と知っての狼藉(ろうぜき)か? >三:狼藉って、おいらたちはなんにもしちゃあいませんけど。なあ? >与:はい。あたいたちは小豆様ってのがどういうお人なのか、見てみたいなって思っただけです。ねえ? >四:その通りです。名にし負(お)う名士・小豆内海様ってのはどういうお宅にお住まいで、どういうお人柄なのか、ちょっとばかし興味を持ちまして。 >小:儂(わし)が名士か? そのような話、どこから出ていると申すのだ? >与:ということは、あなた様が小豆様で? >四:実はですね、おいらたちが住まっている近くのお寺の坊様が、「ご立派なお武家様だ」と申されましたので。 >三:そりゃあもう、べた褒(ぼ)めで。 >与:それで、なんでも、遠からずご出世遊ばして、巧くすると、普請仕事の按排(あんばい)を牛耳(ぎゅうじ)りなさるとか。 >小:そのような噂、儂は聞いておらん。当人の存ぜぬことを、寺の坊主ごときがどうして知る由(よし)がある? >四:そりゃあきっと、あのお坊様が、上役の方とか、力の有りなさるお方と懇意にしてるせいなんじゃないですか? >小:ははあ、成る程な。その坊主、撫道と申さなかったか? >三:へい。その通りでやす。ちょっとがめつい坊様ですが。 >小:然(さ)もあろう。・・・して? うぬらは、何者じゃ?
>四:あいや、これは失礼をば致しました。手前どもは、詰まらない大工の下っ端の者でやす。兄弟子から、小豆様とお近付きになれたら、普請仕事を斡旋(あっせん)して貰えるかもしれないと言われまして。 >小:大工か。そうか、普請仕事をの。優遇をの・・・。・ >三:勿論、見返りなしって訳じゃあありやせん。 >小:見返りとな? >三:へい。坊様に伺ったところじゃあ、無類のお酒好き。そして、それに輪を掛けて女性(にょしょう)がお好きだとか。 >小:女が居るのか? >三:勿論でございますとも。・・・ただまあ、なんと申しましょうか、ご浪人の娘なもので、ちょいとばかし跳(は)ねっ返りなところがありやして。 >小:なに、跳ねっ返りとな。うむ。気に入った。いつ会わせて呉れるのだ? >三:小豆様がお望みでしたら、今直ぐにでも。 >小:そうか? それは良い。丁度酒の買い置きが切れたので、求めに行こうかと思ったところだ。よしよし、さ、参ろうか。 >四:あのお、くれぐれも普請の斡旋の件を、良しなにお願い申し上げます。 >小:分かっておる。それよりも女じゃ。年は幾つになる? 容姿はどうじゃ?
小豆は、いそいそと3人の後を付いてきた。 それでは宴の準備を整えますからと、与太郎が先触れに走った。 行き先はお夏たちが喧喧囂囂(けんけんごうごう)やっている親方の家である。予定していた段取りよりとんとんと運んでしまったので、お咲は慌てるかもしれないが、折角の機会を無駄にしては勿体無い。 一方、三吉と四郎は、なるべく小豆を足止めすべく、こんな話を切り出した。
>四:あの、小豆様。この辺に皿屋敷があるってのは本当でやすか? >小:なんなのだ? 薮から棒に。 >四:へい。実はですね、こいつが「あんな作り話を怖がるやつは肝がよっぽど小せえんだな」なんて言いますもんで。 >小:ほう、そちたちは、あれが作り話と信じておるのだな? >四:真逆、旦那、実話だなんて仰るんじゃないでしょうね? >小:儂をなんだと思っておる? 普請方の職に就いて25年、ずっと番町に暮らしておるのだぞ。その儂が実話だと申すのだ。ゆめゆめ疑うこと勿(なか)れ。 >三:それじゃあ旦那、なんですかい? この番町に井戸とか屋敷とかが残ってるって言うんですかい? >小:無論。どうしてもということなら、割れた皿とて見せてやれるが。 >四:おからかいになっちゃ困ります。 >小:信じぬと申すのか? なれば付いてくるが良い。案内(あない)して進ぜよう。宴の前の一興。楽しみは先に延ばすものだと言うからな。 >四:曰(いわ)くもなんにもない井戸をそうだって騙(かた)ってる訳じゃないでしょうねえ? >小:ふふ、行ってみれば分かる。そこだけ気が冷たくなっていて、背筋まで凍(こお)るようである。今更止そうなどと言い出しても許さぬからな。
元来怖じ気易い質(たち)の三吉は気が気じゃない。四郎のやつはとんでもない話をでっち上げたと、むかっ腹さえ立てている。
>小:「皿屋敷」というのは、実は当て字でな、本来は「更屋敷」といって、将軍家から拝領した家屋を一旦更地にして建て替えたもののことだったのだよ。うぬら下賎のものにこんな話をしても分からんだろうがな。 >四:どなたのお住まいだったんです? >小:播磨守(はりまのかみ)青山様の、である。 >四:その青山様はどうなすったんですか? >小:誰も住んでおらぬことからも分かろうが、お家は断絶。今時では覚えている者など、まずは居るまいな。 >四:将軍様から可愛がられなすったのに。却って、屋敷なんか貰わなければ良かったのにねえ。人の運不運なんてものは、分からねえもので御座いますね。 >小:それだから面白いのよ。弟ばかりが認められて、ずうっと日陰者のような扱われ方をしておった儂が、やっと出世するか。実(まこと)、運なぞどこから降ってくるか分からぬものだな。 >四:そうしておいらたちもお零れに預かれる。嬉しい限りで御座います。 >小:そうかそうか。うぬらに喜ばれるのも、悪い気はせぬな。なにしろ、これから長い付き合いになりそうだからな。 >四:お見捨てになりませんよう、お願い致しますよ。 >小:それは、うぬらの心持ち次第よな。・・・さて、着いたぞ。ここが「更屋敷」だ。
四郎はそれほど感じなかったようだが、三吉は異様な空気を感じ取ったらしい。酷く狼狽(うろた)えて、「あっしが悪う御座いました。もう十分でやす」を連発した。 小豆は「然もあろう然もあろう」と、至極満足そうに一々を説明して回り、「井戸を覗いてみぬか?」まで言い出すほどだった。
>三:旦那、そろそろ準備もできているでしょうから、ひとつ、向かってみることにしちゃあどうでしょう? >小:なんだ、もう良いのか? てんで意気地がないな。良かろう。大工風情を甚振(いたぶ)っても詮(せん)無きことだからな。では、参ろうか。 >三:ああ助かった。こんな怪しげなところなんか、とっととおさらばしましょうよ。 >四:どうだ三の字、番町を舐(な)めて掛かるからこんなことになるんだ。身に染みただろう。 >三:ああ身に染みた。・・・覚えてろよ。今回のことが済んだらきっと酷い目に会わせてやるからな。
与太郎が橋のところまで出迎えに来ていた。少々心細そうだった。
>与:どこで何をなすってたんで? すっぽかされちまったかと思いましたよ。 >小:そう言うな。こやつらが皿屋敷を見たいと申すでな。案内してきたのだ。 >与:え? そんな羨ましいことをして貰ってたんですか? >三:どこが羨ましいってんだよ? 背骨のとこを冷たい汗がつつーっと走るんだぞ。代わって貰いたかったぜ。 >与:それは無理ですよ。だって三吉さん、一人じゃ帰り着けないじゃありませんか。 >三:そりゃあそうだがよぅ・・・。こんな方向音痴に産んでくれた両親を怨むぜ。 >四:そんなことを言いなさんなって。そのお陰で、滅多に見られないものを拝(おが)めたんだからよ。 >与:そうですよ。あたいなんかあんまり一所懸命走ったんで気持ち悪くなっちゃいました。大汗の上に脂汗ですよ。 >三:あーあ。おいら、元旦だってんで、何か福が来るに違ぇねえと思って早起きしたってのによ。豆はぶつけられる、酒を取り上げられて遣いに出される、そんでもって、駄目押しに肝が潰れる思いまでさせられたんだぜ。まったく、散々だぜ。これで、計画が駄目になったなんてったら、おいらもう仏様を信心しねえぞ。 >小:計画とはどういう計画だ? >三:あ、い、いえね、小豆様のご愛顧を賜(たまわ)るってことでやすよ。もしご機嫌を損ねでもしたら、手柄どころか勘当され兼ねねえですからね。そんなことになったら、一生浮かばれませんや。首でも括(くく)って化けて出るかも知れやせん。 >小:安心せい。儂はそちらのことを、存外気に入って居る故。福をもたらしてやっても良いと思うて居る。 (つづく)
蛇足:皿屋敷(さらやしき) 江戸で最初に上演されたのは宝暦8年(1758)馬場文耕の「皿屋敷弁疑録」だったという。評判を取ったのは明和2年(1765)市村座の歌舞伎「女夫星逢夜小町 (めおとぼしあうよこまち)」だった。舞台はいずれも番町である。しかし、ルーツは別にあるらしい。享保5年(1720)京都榊山四郎十郎座の歌舞伎狂言で、「播州評判錦皿九枚館」と題されて上演されている。更に、元禄2年(1689)刊のノンフィクション「本朝故事因縁集」には、「雲州・松江皿屋敷」というものまで記録されている。「うんしゅう」→「ばんしゅう」→「ばんちょう」と変化してきたとも考えられている。現代人には岡本綺堂の「番町皿屋敷」大正5年(1916)の印象が強いからついつい「番町が本家」と考えてしまいがちだが、どうやらそうではないらしい。
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