
山登りと私
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- 富士山(1995年7月)
結果:天候不良と準備不足で頂上まで行けなかった。8合目まで。
夏の留学プログラムで日本に来ていたアメリカ人15人ぐらいと日本人2人で登る。
当時友達だった現・旦那に誘われて急に参加するも、日頃の運動不足が
たたり、タフなアメリカ人についていけない。当初は、山小屋に1泊しご来光を見るという
計画であったが、アメリカ人は日本の山小屋の宿泊代がとても高いのを知らず、
お金もあまり持っていなかった。そのうえ、天気も悪くなり、半分位のアメリカ人が
7合目あたりで脱落。
旦那があきらめないので、私も登っていくがやはり全員8合目で挫折。雨に濡れて
しまったのでそこで小屋に泊まっても、翌日着るものもない。雨対策も不完全で本当に
準備不足。5合目を目指して下りるが暗くなる。無事に帰れてよかった。
それから3年後:二度、登頂を計画した旦那とくらげであったが、一度目は
くらげが足を痛め、二度目は天候不良のため断念。「私の足のせいで」と今でも恨まれている。
- グランドキャニオン(1997年5月)
(Grand Canyon National Park Website)
結果:人生について考えた。
ホースシューメサ(馬の蹄鉄の台地)で2泊キャンプしようとテント、寝袋をかついで
出発。グランドキャニオンは登って下りるのではなくて、キャニオン(谷)に降りて
登ります。少し雨が降っていたけれど無事キャンプ地区に到着。バックパックに水を
たくさんかついでいたが、なんと容器から漏れていた。。旦那の寝袋が濡れて
しまってかなり悲しんでいた。私のじゃあないのでほっとした。そういう人よ、ふふ。
(勿論、1つをシェアして寝たけど。)
昼間は暑かったけれど夜は寒く、寝袋もひとつなので、持っていた服を全部
着て寝た。起きてから大きなサボテンやとかげをいっぱい見てわくわくした。
昔、銅を掘っていた洞窟も探検した。ろばの背中に銅を乗せて運んで登ったそう。
帰りは大変だった。荷物は重く、体は疲れているうえ、暑〜い日。上を見上げると
いつまでも頂上にはたどりつけないような気がした。でも登らないことには
どうしようもないので、目の前の一歩のことだけを考えて頑張った。登っても登っても
いくつも坂が現われてがっかり。でも、いつのまにか頂上に着いてしまって
びっくりした。
そして、人生は山登りと同じだなあと思った。どうして山登りの好きな人がいるのか
やっと少し、わかったような気がした。困難にぶつかってもうダメだと思っても、
高い目標にくじけそうになっても、少しずつ登っていくしかないよねえ。少しでも前に
進んでいけるならば、いつか頂上に着けるって全身で感じた。他の人はもうとっくに
気付いていたことかもしれないけれど、私にとっては大事件だった。『登るしかない。頑張ろう。』
根性のある性格じゃあなかったけれど、少し粘り強くなった。
- 槍ケ岳(新婚旅行、1998年8月)
ルート:上高地〜横尾(山荘で1泊)〜槍沢〜槍ケ岳(標高3180m)〜中岳〜
南岳(山荘で1泊)〜北穂高岳(標高3106m)〜から沢岳〜横尾〜上高地
結果:南岳から北穂高岳(大キレット)に向かうときに、本気でもうだめだと思った。なんて
素敵な新婚旅行。
岩を掴んだらその岩がぼろっと取れて、恐怖のあまりその次の一歩が踏み出せず、中途半端な
ところで止まってしまった。その時、合気道の先生の「Wipe out your fear(怖がる
気持ちを取り払いなさい。)」という声が聞こえて、そうだ、こんなところで死んではいかんと
また動きはじめた。曇り空で霧も多かったおかげで、視界が悪く高さを感じずにすんだ。
旦那もかなりこわかったらしく、「初めて高所恐怖症の気持ちがわかった。」と繰り
返し言い続けていた。「もう二度とこんな山登りにくらげを連れてこない。」
とはっきり宣言した。が、翌年、それはうそだと判明。
槍が岳は、かっこいいですよ!(槍のてっぺんの登り下りは、ちょっと恐い。)
- ロングズ・ピーク(コロラド、ロッキー山脈、1999年
7月)
(Rocky Mountain National Park Website)
登る前:このあたりで一番、高い山なので登りたいと旦那は言う。
雪が残っていて、一般人の登れるコンディションじゃないのでやめろと言われた。
スパイクみたいのがついてる靴や斧つきの杖を使い慣れているなら、
まあよかろうと言われる。どっちも持ってないし、使ったことないから
「やめようよ。」と旦那に言ったが、あきらめてくれない。行けるところまで
行くそうである。
結果:ここでも何人かお亡くなりになっていて、私も危ないところでした。
登山前日、ロングスピークのトレイルから約1時間進んだ所のキャンプ場
(Goblin Forest?)で
寝る。事前に許可が必要なバックパック用
翌朝4時に目覚めて、頭にライトつけて出発。テントに寝袋とかいらないものを置いていく。
八つ墓村の映画を思い出して、ひとり怖くなる。
なだらかなのできつくはないが、えんえんと続く。そして朝日が登る。
風が強くて、耳が痛くなる。仕様がないのでチリ紙を耳につめた。
パイカ(Pika)といううさぎのようなねずみとマーモットをたくさん見る。かわいい。
なだらかな登りに飽きた頃、急に岩だらけ。キーホール(鍵穴みたいな岩)を目指して
ひたすら岩登り。
つらかったけれど、これは序の口だった。ここから崖っぷちみたいな所や
雪が氷になってすべる所を行く。ここから落ちたら、即あの世行き。。
しばらく行くともっと雪の残っている所が!雪を避けて遠回りするも、黒い岩だと
思ったものが実は氷で、すべりそうになってひやりとする。おまけに物凄い傾斜。
これがまた、えんえんに続く。ここで旦那に「ごめん。」と
急に謝られる。謝っても遅いわい。登りはじめてしまえば、実はこわがるのは
旦那の方だった。私はもう、この前の槍ガ岳で変な度胸がついている。
若者が無神経に登って行くので落石発生。ここは落石で何人も亡くなっているので
慌てた。小さな石でもスピードがあるので、当たったら危ない。
途中、高度のせいで気分が悪くなって動かない人を見る。頂上は4千メートル以上ある。
旦那に「どうする?まだ行く?戻る?」と難しい岩場で聞かれる。こんなところで
引き返す方が難しいので、「いいから行け。」と言って登り続けて、どうにか
お昼前に頂上に到着。ずっとスローペースで約8時間、登っていたことになる。
それは素敵な景色だったけれども、別にこの山の頂上でなくてもキーホールで十分。
雪や氷、落石で危なかったし、まさに旦那のエゴにおつきあいしただけって感じ。
今度から、この男の言う事はきかんぞ。
下りはわたし得意で、遅い旦那を待ってあげた。ふもとにテントかついで降りた時は
もう6時頃で、「疲れた、疲れた。」と旦那の機嫌が悪くなる。
「機嫌が悪くなるぐらいなら、もう山登るのよしなさいよねっ!」とこわい
『お母さんくらげ』であった。
- 他に登った山
男体山(標高2484m):(栃木)大変きつい急斜と岩場があってつらかった。
上から見る中禅寺湖がきれい。富士も見えるらしいが、雲に隠れていた。
旦那と私は、よくよく富士に縁がない。
朝日岳(標高1896m)、茶臼岳: (栃木)茶臼では、硫黄が吹きだしていて楽しい。
丹沢:(大倉から塔の岳まで。標高1491m)行きは湿気がひどく、下りは雨だった。
箱根:(駒ケ岳から、神山(標高1438m)、大湧谷へ)虫がいっぱいいた。
芦の湖から
富士がきれいに見えて、写真を撮ろうとする旦那。雲が出て隠れた。富士は旦那を
嫌っている。
- お気に入りの本
"Into Thin Air" by Jon Krakauer
エベレスト登山ツアーの様子を、参加して生き残った著者が書いたもの。日本女性の難波さん他、
多数がこのとき亡くなった。それにも関わらず、うちに一人、登ってみたくなった人がいるので
「もう一度、この本をよく読んでみろ!」と
言うつもりです。アメリカでベストセラーになりました。
"Rocky Mountain National Park Hiking Trails" 1994 $12.95
これを先に読んでいたら絶対、ロングスピークに行かなかったのに!
"Hiking in Japan" by Paul Hunt (Kodansha International $17.00)
よく出来てます。
「槍・燕岳を歩く」(山と渓谷社 1553円)
これも登る前に読んでいたら、北穂には行かなかったと思う。旦那の「大丈夫だ。」を
信じて調べなかった私がアホだった。
おまけ:今まで「旅行したところ」
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