元海外雇われポスドクの毎日


日常風景


1月20日
調査準備

昨日マウイから戻ったと思ったら、今度は同じオアフ島の別の試験地での計測があります。
それとは別に、マウイの別のサイトに設置された樹液流センサーの修復チームから、交換用のセンサーを要求されました。少し足りなかったので、手持ちの材料で作る。だいぶなくなった。前回、縞枯山でガッツリ修復した際、手持ちをかなり使ってしまった。

さて、今回の調査では、光合成の計測がメインとなっています。

風光明媚なところで、ハワイ固有のシダの光合成蒸散を計測します。さて、個葉で計測されたデータを、どうやって群落、かつ最低でも月スケールにしたものか。

このプロジェクトがうまく行った暁には(既に規定とも言われる)、単発での個葉計測ではなく、気象測器や樹液流計測などの連続観測を立ち上げるとも言われます。
シダの樹液流なんて、どうやって測るよ?そもそも樹液じゃないし?

そこは、ちゃんと技術があるんです。昔挫折した茎熱収支法ではありません。別の技術で、計測出来るんです。
帰国したら、そちらにも取り組まなきゃいけない。

来週はタワーに登って光合成の計測の予定。それが終わって一日過ごしたら(立て替え払いなどの手続きが待っている)、もう帰国。早いような、遅いような。


1月19日
ホノルルに戻りました

早速ハワイ大へ。
昼は、どうやら有名らしいカフェへ。前住んでいたシェアハウスに来た日本人の女の子によると、スタバの創業者の1人が始めたカフェで、彼女がずっと行きたかったところだそうな。彼女、滞在中に行けたのかな?

モッツァレラとトマトのベイクドサンドイッチで、お値段$10.5。コーヒーはこちらのオリジナルで、$3。ちょっと高いが(チップが$3)、おいしいです。人気があるのは、私のような違いの分からない男にも、分かる気がします。
考えてみると、前回の出張以来、ハワイでチップの要る店に自分で入ったのは、これが初めて。

マウイでよく使った高級スーパー、Whole Foodsも意識高い(あるいは〃系)な人達が多く出入りしていました。
日本より遙かに厳しい米国の農薬規制。そのさらに安全な有機栽培などを求める人でごった返すWhole Foodsの商品は、ちょっと高い。PBはそうでもないけど。
人々の健康への関心は、もしかすると日本よりも高いかもしれません。こちらの人が呑むミルクは、日本で言う低脂肪ではなく、スキムミルク。Low fatではなく、No fat。

でもWhole Foodsで値札を見ずに買えるための所得を得るには、相応の無理をしないといけない。商売や起業の才能があったとしても。ここ米国を本拠地とする外資系って、ブラックだからね。
それで健康を崩し、食べ物に気を遣う。自分で壊して、一方で過敏なほどに大事にして。

なんか、複雑だ。厄年になると、そういうことばかりに考えも目も行ってしまいます。


帰り道、キャンパス内を歩く。
元植物園のマノアのキャンパスにはいろんな木があります。

その名もキャノンボールツリー。弾丸の木。
昔プノンペンの王宮に入ったとき、同じような木を沙羅双樹として紹介していたような気も。花の形もそっくりだし。
でもこの木は南米原産。何かの間違いか、他人のそら似か

伊都キャンパスも、これと同じくらい元気に育ってくれればいいんですけどね、はぁ。

その一角。最近よく見かけるのが、電動自動車。写真はBMW製。


閑静な住宅街に広がるマノアキャンパスでは、自動車の駐車料金がとても高い。
そんな中、最近大学は、電気自動車については駐車料金をタダにするという政策を打ち出しました。州立大なので、再生可能エネルギーの活用を謳う州と足並みを揃えたのでしょう。
これ、九大でもやってみてはどうでしょうね?貴重な収入がぁっ!ということばかり言っていないで。ハイブリッドは、普及しすぎているから、除外でしょうね。


最後に、朝の光景。マノアキャンパス手前、高速道路の高架から。


最近、ホノルルの天気は悪いです。冬はこんなモノです。だから冬のハワイは安いのです。雨のホノルルは、本格的に何もすることがありません。日曜は大雨とか。

なお右上に延びる道路の先の建物、あれが名門プナホウ高校。そう、オバマ大統領の母校ですね。


1月18日
人種問題

に直面したというわけではありません。
マウイからホノルルに戻る空港で。直前にいた、テキサスから来ている女の子達(航空券が見えた)のうち、黒人の女の子がセキュリティで止められた。傍から見る限り、一緒にいた友達と比べて、素行が悪そうでも、身なりが悪そうでもない。
セキュリティは身分証明と荷物チェックの二つがあるが、前者で止められた人を見たのは初めて。

ハワイで黒人は珍しいです。滅多に見ません。観光客でも、あまり見ない。Majorityがいないというハワイで、他の有色人種への差別も、目立って感じたことがないのは、この社会にどっぷり浸かっていないから、でしょうか。

以前滞在したシェアハウスでは、参加した現地の釣りツアーで、日本人一向に露骨な嫌がらせがあったと聞きました。別の所でも、白人の集まりではそうした思いをさせられると言うことは聞いたことがあります。
ハワイは、確かに米国なのでしょう。
目立った差別がなくても、こうした些細なことがあったとき、つい体が強ばってしまう(某漫画の表現)。そういう社会。

日本でも最近、顔を黒く塗って、というパフォーマンスが非難されたと聞きます。日本ではほとんどの人が何も感じないことであっても、このふと感じる「強ばり」を米国で実感すると、「関係ないし、いいじゃん」という意見に素直に賛同できません。
襲撃事件前に全仏で年5万部も売れていなかった風刺新聞が、福島を風刺した時、日本が感じたのと同じようなモノでしょう。

最近、Webでも書籍でも、米国の人種差別の根っこについての話を読みました。建国の時代、入植した裕福な白人にとって、最大の脅威は先住民と、貧しい白人だったと言います。実際、両者が手を携えた歴史もあります。また南北戦争時代になりますが、特定の地域からやってきた貧困白人が街を荒らしたという話も残っています。
彼らと、同じ境遇にある国人が手を結ぶと、とんでもないことになる。
そこでまず、先住民に対しては20ドル紙幣のジャクソン大統領に代表される勢力により、徹底的に弾圧がなされました。

一方、白人については、黒人との露骨な待遇格差を与え、黒人を蔑む空気が作られたと言います。貧しい白人が、侮蔑対象となった黒人と手を結ぶことは、ついになかった。支配層の裕福な白人にとって、それが社会の安定、正確には体制の安定化だったのでしょう。
意図的に、特定の集団の利益のために作られた差別は、この社会に根強く残ります。「そういう黒人も態度悪いし治安を悪化させるよね」という自己責任的な声も聞きますが、劣悪な環境から立ち直り上り詰められる人は、どのような差別であれ、数少ない。
そうして上り詰めた人々が、そこでまた差別に直面した、という話は、オバマ大統領の頃によく聞きました。


さて現代。
白人の貧困層、特に南部のそうした人々の生活は上向きません。その不満が反知性、つまり知性で裏付けられた権威への反逆という形で、トランプ大統領に票を入れたとも言われます。

興味深いのが、彼らは同じように今でも報われない境遇にある黒人をさらに差別する形で、支配層の代弁者である現大統領に票を入れ、期待を寄せるという構図です。
皮肉にも、建国の父やその取り巻きが必死に撃ち込んだ、黒人と貧困白人、そして今ではヒスパニックなどの移民との連携へのくさびが、その貧困白人によって今でも着実に維持され、そして機能している。

この問題は、本当に根深い。マーティンルーサーキング牧師のような全米を震わす活動があっても、またその前後に起きた様々な暴動のようなことがあっても、簡単になくなりはしない。
差別や貧困など、日本の大学によるアジアなどの途上国での活動を良く見聞きします。そんなテーマの教育研究にとって、この超大国米国こそ最高の場なのではないでしょうか。


今週月曜日の祝日、ワイキキの目抜き通りのカラカウアであった、キング牧師の誕生日を記念した祝日のパレード。今年は暗殺から50年。事態は、良くなったのか?


1月17日
ハワイの翼

昨日のこと。マウイ島に行くため、滞在先でスーツケースにパッキング。いつものことながら、頭が痛いです。
海外調査では当然飛行機に乗ります。飛行機に乗ること自体が陰鬱ですが、しばしば地上でその陰鬱さが噴出することがあります。この辺り、日本の航空会社は素晴らしい。

これまで活動してきたアジアでは、アジアならではの面倒くささはあります。空港へのタクシーでのぼったくり、研究機材に因縁を付けられ、$100という、やけに区切れが良く、また根拠の曖昧な手続き料を要求する税関職員など。


それでも、ハワイがやっぱり、大変。
空港へのアクセスはバス、自家用車の他、空港シャトルしかありません。タクシーは除外。早朝のフライトをとるとなると(後述)、知人に乗せてもらうのは申し訳ないので、シャトルを使います。

ホノルル空港、最近名称が変わってダニエル井上空港は、ホノルルの観光地区ワイキキから、道が空いていれば10数分で到着できる、割と近くにある空港です。
この距離で、片道$16。プノンペンで出没するぼったくりタクシーですら、この額はない。サンフランシスコ空港は遙かに離れていたが、それでも$18だった。

しかも律儀に出発の2時間前に到着するようにしてくれるため(国際線は3時間)、6時フライトならば3時過ぎに迎えに来てくれる。事故などでの遅れによる乗り過ごしに対する賠償を避けるためだろうが、これはない。
それもこれも、空港へのアクセス線路など、信頼できて安価な他の交通手段がないことが大問題。近代都市とは言えない。

結局、6時のフライトに乗るためには、シャトルを4時に呼ぶことになる(遅めのフライトを伝えてある)。30分前には起きたいが、途中目を覚ましてしまうと、もう眠れない。結局、昨日の起床は2時半だった。私に限らず、共同研究者も同じことを言う。


問題は5時台のフライトを選ばないといけないことなのだが、それは他の時間帯のフライトが法外に高いため。
しかも余計に早く着く必要もある。常時戦闘中国家、米国において、空港でのセキュリティに時間がかかるのは周知の事実。40分前に空港到着では、便を逃してしまう。
遅くなるのは空港職員の怠惰のせいだ、とは友人の私見だが、混雑する中、二つあるカウンターの一つしか空けていない様子を見ると、賛同してしまう。

話を戻して;ホノルル-マウイ間は180km。遙かに距離のある福岡大阪間でも、早めに予約すれば1万円程度で購入できる航空券だが、メイン路線でありながらこの区間の最安値は$80。しかも早朝のみ。しかも早期予約で。
ハワイの空はハワイアン航空の独占市場。競争相手のアロハエアーが破綻した後は、ハワイアンの言い値で運賃が決まる始末。
よく、「私たちハワイアンの航空会社だからみんな使って」という広告を見るけど、Localでハワイアン航空を一押ししている人には会ったことがない。

また預け手荷物、一つ目が$25、二つ目が$30と、まるで格安航空(重ねて言うが、運賃は非常に高い)。気軽に荷物を預けられないため、一つのスーツケースに荷物を無理に押し込め、光合成機械をキャリーケースにしまう。重い。不便。出発前から、疲れる。
なお空港の荷物かご(手押し車)は、一回使うごとに$5。もう、頭痛い・・・・

出張や旅行では、基本的にその土地のもの、つまりLocalを選ぶようにしてはいます。が、ハワイとカンボジアだけはその例外(プノンペンで買った真空パックのピーナッツに虫が湧いた、地元産豆乳を開けたらヨーグルトだった、などの例が相次いだため)。
同じようなクレームを、マウナケアで仕事をする天文学者のニュースでも見たことがあります。ハワイアン航空がホノルル便で大人気、とか、搭乗と同時にアロハの精神を感じてサイコー、などと聞くと、非常に複雑な気分になります。
他の選択肢がある中、日本からのフライトでハワイアンを選ぶことは、これまでも、そしてこれからも決してないでしょう。


"Final call"がかかって、その列の後ろから乗り込んだときの、ボーディングブリッジ内。列はブリッジの入り口まで延びる。ファイナルから搭乗まで、このあと5分近く待たされる。一体いくつファイナルがあるのか?ゲームか?


1月16日
マウイ島

今日から三日連続でフィールド調査です。外来種と在来種の蒸散の大まかな数値を調べ、駆除の効果を上げるにはどの種が良いか、などの政策に反映させるような話。
そんなの、葉量も重要だし環境にもよるし、いつどこでどんな葉を調べるかで結果が変わるんじゃない?という疑問にある程度答えられる結果を得ないといけない。

どうやら今、マウイ島は島内外の人々が休暇を取る時期らしく、レンタカーが高い。そのため、普段使わない会社を利用したところ、今回”Economy”で予約したレンタカーがこれ。

米国の往年の名車、Mustang。価格は$1上がるけどCompactにすれば良かった。調査地で底を擦るんじゃないかと、不安。赤はぶつけられやすいし。

なお見た目に反して、エンジンはそこまで強くない。ありがたいのか、ショボいのか。じゃぁ前の出っ張りってなんのため、と言いたくなるが、前方足下が見えづらくて不便だぞ。

計測を早めに切り上げて、今日は八甲田山の樹液流データの解析、投稿論文の仕上げとRevise版の修正、キャンパス計画室の講義で使う教科書の編集で、ホテルに缶詰。


1月14日
光合成計測の講習会

朝、あまり眠りが深くならず、目が覚めました。ハワイに来ると通勤時間が短くてすむ、と思いましたが、宿にしている部屋から大学まで、歩いて片道40分なので、恩恵少

こんな記事がありました。通勤時間が片道2時間の私の睡眠時間は、果たして何時間?
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180115-00010001-nknatiogeo-sctch.view-001


私が去ったとも、ハワイ大では様々な計測が進められています。
そのため、光合成の計測や樹液流計測など、今まで私が担当してきた計測のいくつかを、学生などにお願いしないといけない事態が増えてきました。
日本から私を呼びつけて滞在費まで出して、となると、一回につき30万以上かかっちゃうからね。金食い虫となりつつあります。私の負担も大きいし。

ということで、本日は光合成の講習会。午前中にセットアップから表示画面の見方などを紹介しました。午後は簡単な計測を交えます。
考えてみると、ちゃんとした計測をする上で必要な知識って、生理学よりも微気象学のモノの方が多い気がする。生理学の方があまりに身近すぎるので、意識しないだけ?


大学に向かう途中、モイリイリ緑地。奥に見える(見えにくい)遊具で遊ぶ子供、手前のベンチに座る男性の椅子の端にあるのは、ホームレスの荷物。
画面左のブルーシートはホームレスの小屋。ホノルルではテントもキャノピーも設置が禁止されています。しかしホームレスには雨を避けるところがなく、結局公園に構造物を築きます。
ホノルルの一面、いや、こちらの方が代表的・典型的でしょう。ワイキキという表層に住んでは今したが、こうした深層の光景を毎日見ていたので、ハワイ=楽園とは思えなくなってしまいました。ある意味、ちょっとしたアジアよりも、貧困を目の当たりにすることができる場所でしょう。


1月13日
ミサイルアラート

朝食を採っていたら、携帯が呻くような音を立てている。何かとみると、ミサイルアラート。
ああ、また撃ったのね。でもハワイにいるから関係ないや。そういや前もハワイにいたときに撃ったよなぁ、とそのまま朝食。

と思って放置していたが、大学でWebを見ると、どうやら誤報で、しかもこのアラートは日本ではなく、ハワイで発せられたモノと判明。
本土急襲なんて、77年ぶりの事態。これはさぞかし驚かれたことでしょう。街には特段変化は見られませんけれどね。


ホノルルではレンタル自転車が設置されるようになりました。以前自転車レーンが設置されたのですが、これに対して市民の評判はいまいちだったのですが、それでも着工にこぎ着けたようです。
もっとも、一回乗るのに$3.5、一日パスで$20は、市バスよりも高い。それにハワイの道路は凸凹の上、自動車の運転も荒い。かごもない。盗難も多い。正直、お勧めできません。


もう一枚。建設中のリッツカールトンマンション二号館(East tower)。
海外旅行と言えばハワイ、セレブが闊歩するワイキキ、と言われているようですが、実はワイキキ地区のホテルのグレードはあんまり高くない。東京都はもちろん、沖縄と比べてもかなり見劣りします。隣のmauiの方が上。
五つ星はロイヤルハワイアンと、ランキングによってはモアナとハレクラニが入ることも。これらはどちらかというと格式で入ったモノ。
設備やサービスで見ると、カハラ(ワイキキ外ですけど)とトランプタワー、そしてこのリッツカールトンだけとも言われます。

まぁ、日系航空会社でもファーストクラスないしね。もっとも、米国の本当の金持ちは、プライベートジェットで来ますけど。

続報と言うか、ミサイルの誤報はどうやらハワイ中にパニックを引き起こしたようです。ちょうど空港に行っていたTom先生は避難場所を探し始め(真珠湾は空港の西数キロにあり、隣は米空軍基地)、他の客はトイレに陣取ったり地下に潜ったりとのこと。
ハワイは北朝鮮のミサイルが狙う有力な候補地であり、そうした認識は強いようです。水爆だったら真珠湾から空港までが壊滅するでしょうからね。


1月12日
エルサレム

ハワイに来ました。暖かいです。何より、寒さでカサカサになった手が潤うのがうれしい。
当分、食事から野菜が減るだろうけど。

さて、羽田空港で見ていたテレビに、トランプ大統領の発言についてのニュースが流れていました。CNNだったと思う。大統領にフェイクニュース源と罵られているCNNだけあって、否定的な内容でした。

トランプ大統領というと、エルサレムの首都宣言でも賑わしていました。それに関連して先日面白い話を聞きました。
エルサレム問題の政治的側面(近現代史)については巷に情報があふれています。ではそれよりもさらに昔の時代、なぜエルサレムは重要な場所たり得たのか、については、あまり知られていません。

地図を見ると分かるのですが、古代の重要拠点であるエジプトとメソポタミアを結ぶのがカナンの回廊です。その東には高い山々や高原が、さらに東には海面下にある死海や砂漠が広がっています。回廊以外は、交易路としては危険が高すぎる。
そのため、古代からここは交通の要衝でした。ローマがここをほしがったのも、また出エジプト(エクソダス)で知られるエジプトの支配にも、そうした背景があるのでしょう。フェニキアのように地中海を交通路とした国家もありますが、それでも陸路を使うにはここが重要になります。

エルサレムは、この回廊に面した丘陵地帯にあります。見晴らしが良く、ともすると敵の急襲を受けやすい地域ばかりの中東。その中にあって、交通の要衝に面しながらも守りに適した場所として、古代から重要視されていたようです。
なお各国の大使館のあるテルアビブ、またレバノンの主要都市(首都?)ベイルートは回廊のまっただ中にあります。交易には適していますが、守りには弱い。
ダマスカスはエルサレムと同様の位置づけにある気がします(フェニキアの主要都市)。アレッポもかな?アレッポはユーフラテス川にも近く、バビロンことバグダッドへの通り道のような位置づけにあるのかもしれませんが、それは知りません。

この地域の紛争や勢力図を決める要素には、宗教的な意味合いも強いですが、その背景には古代の交通があったということですね。古代の交通や勢力争いに端を発したかつての国境や勢力図とは実は合理的なモノであり、今にも通用するという人もいます。
今の世界が19世紀の勢力図に近づいているという話も聞いたことがあります。急速に力を付けるトルコとがオスマン帝国、ロシアはロマノフ朝、ドイツは神聖ローマ帝国(大英帝国は独立)、他に中国、インド、米国・・・・・

20世紀初め、隆盛を極めたイギリスフランスによって決まった、今の国境など枠組みの制度疲労。それが最初に噴出したのが中東で、その押さえ込みに疲れ果てた米国が役目(?)を放棄する。いよいよ世界は19世紀、帝国主義時代に戻るのか、否か。

その時代に孤立主義を貫いていた米国は、今世紀、どう振る舞うのでしょうか。少し前の唯一の超大国として享受してきたメリットは、捨てるには惜しすぎる。しかしそのメリットに付随する経費は削減したい。
エルサレム問題に国内の移民問題。今の政権の矛盾したように見える一挙一動は、そうした流れに抗おうとする、米国の苦闘なのかもしれません。


1月11日
気象観測

伊都キャンパスでは気象観測を実施しています。これまでは農学部の先生にお願いをしてデータ採取をしてきました。
ただ、キャンパス計画室、またはその母体である施設部には、様々な問い合わせがやってきます。風、光、温度。データそのものが求められることもあります。

こうした件の一つ一つを担当する学内研究者にお願いするとなると、かなりの負担をかけることになってしまいます。これは、やはり避けたい。
ということで、キャンパス計画室、または施設部として、独自に気象観測をした方が良いのではないか、という話になっています。


が、気象測器は、高い。本当に、高い。一式(温湿度、日射、風速風向、雨量とデータロガー)を揃えると、簡単に60万円を超える。
まして日射を四成分(長短波×上下方向)にしたりすると、さらに高い。
そのくせ、しょっちゅうズレる。定期的なメンテが欠かせない。しかし、その重要性を認識してくれる管理者は、思いの外少ない(うちのように、施設管理の一環として設置されている場合は、特に)。

そういうこともあり、気象を専門としない野外研究者、特に生態学者の場合は、安価なセンサーとロガーにシフトしがち。
気象計測ならOnsetのHoboロガー。これなら一式20万円もしない(する?) し、阿蘇のプロジェクトではこちらにお世話になりました。
今は知りませんが、一昔前はKoitoの光量子センサーが人気でしたね。Li-corのものや、日射計と比べるとロガー付きでお手軽でした。日射フィルムも、先日林学会でお目にかかりました。懐かしかった。

しかし、それでもやっぱり、精度の高い気象データというのは重要です。
「数年間のうちに日射量が変化していると思ったら、大気環境の変化ではなく、センサーの劣化でした」
「この試験地は強い日射が射します、と思ったら、センサーの校正が悪かったようです」
「温暖化どころか寒冷化が進んでいる、と思ったら、やっぱりセンサーの劣化でした」。他にも大気が次第に乾燥するとか、風が弱まるとか。
・・・・・こんな事態、避けたいですよね。少なくとも、試験地を有し、その活用を謳うところがこれでは、問題がある。

先日九大に来られた東大演習林の後藤さんによると、東大演習林のデータで最も引用が多いのが(ダントツとも)気象データだそうな。
しかし現場でもその管理は軽く考えられており、維持は後藤さんの熱意に依存しているとのこと。

キャンパス計画室の限られた予算で気象測器を一通り揃えるのは、難しい。さて、どうするか。
関係する研究者の方々に一時的な借用を依頼してはいますが、うまくいくのか、無理なのか。先方の都合と善意次第ですからね。

ダメだったら、買うか。高いなぁ。他の科研で余ったモノを流用、って、これは資金利用の倫理に触れる可能性が高い、非常にヤバい道だ。
となると、伊都キャンパスを用いた研究課題を立ち上げ、その資金で購入するしかない。

大変だわ


1月10日
ハワイ論文

明後日からハワイに行きます。調査です。昨年残した仕事を片付けます。
それに先立ち、7年前にハワイで実施した仕事の論文を書いています。ダラダラしているうちに、世界の研究は大きく進み、集まってきた知見の非常に重要な一例を示せるんじゃないか、という研究に化けてくれました。
いや、化けたと言うのは、ちゃんと受理されてからにしましょうよ。気が急きすぎだよ。

同じ調査地で、私も属する別のチームも研究をしてきました。論文の原稿が送られてきました。
複雑な計器や計測を行うことで、試験地を囲んで実施されてきた狭い範囲のこれまでの研究と異なり、見渡す限りの広い地域の生態系を対象にその挙動を俯瞰的に調べようという研究です。樹液流あり、リモセンあり、地質あり、同位体ありの、日本人の大好きな(言葉だけを?)分野超越型の研究です。
私の二人後ろの共著者は総被引用数1万4千件というびっくりな人だったりで、一体何が起きているんだか。

が。
恐らく、主体的に書いているのは、First authorのブルース君だけれど、これは受理されないよ。ましてEcol Applじゃ、絶対無理。私が見ても、文章が稚拙過ぎる。
その旨コメント。ふぅ。投稿はもう少し後になりそう。Gregあたりがバッチリと手を入れるだろうから、どうせ通るんだろうけど。Ecol appl「程度」なら。私が出したって、絶対通らんだろうけど。この前のGCBもそうだったし。いいよなぁ


この一幕、米国の研究を如実に表しています。
米国では学生は給与をもらって大学院に来ます。ですので、日本のように学生がたくさんの研究室(特に九大理学部の某研究室)というのは、非常に稀です。
そうした中、優秀な研究者の研究の主体を担うのは、ポスドクです。学生より給与は高いが、リーダーは面倒見なくてもよいからね。研究現場ではポスドクの数は多く、また彼らが研究プロジェクトの多くを仕切っています。ポスドク大国米国。

とは言え、日本の学振のような客観的(?)な儀式がないので、ポスドクも玉石混淆です。誤解なきよう、ブルース君を石と言っているわけではありませんよ。なおブルース君は3年前にポスドクを卒業しています。
海外の著名ジャーナルにFirst authorでバシバシ書いているポスドク。実際に話をしてみると、研究の内容を全然分かっておらず、実はそのボス(PI)の指示の忠実な履行者だった、と言うことは、しょっちゅうです。

このサイトでも何度か書いていますが、米国には、絶大な実力と経験を持つPIが君臨し、その足下にポスドクがいる、という構図があります。
論文が出たとき、Corresponding authorがFirst authorでない時は当然、そうでなくとも、実験の着想やデザイン、論文執筆でPIが果たす役割は非常に大きい。
それほど米国のPIの実力は絶大です。逆に言うと、First authorで難易度の高いJournalにたくさん論文を書いたからと言って、そのポスドクがリーダーとしての研究の実力を持っているわけではない。
なお、米国はそのPI候補生のような、これまた絶大な実力を持つポスドクもいますので、誤解なきよう。ちょっと期待してしまった若手の日本人研究者の方、残念でした。

そのことが、研究職公募の就職試験でReference letter、つまり推薦状が強い意味を持つことと関係あります。論文のリストを送られても、果たしてどれがただの操り人形としての成果か、どれがそのポスドク自身が寄与した成果なのかが分からないからです。
そこで、そうした研究に責任を持つ研究者に、証明をしてもらうわけですね。
日本の場合、特定のケースを除いて、Reference letterの意義ってないとも言われますからね(コネ除く)。First authorならば、基本的に原稿は応募者自身が書き上げ、研究の隅々まで熟知しているだろう、と思われています。米国とは大違い。

米国では、いろんな意味で、研究とは個人の活動とは見なされません。集大成なのです。共著者なのに名前だけ、ありきたりのコメントだけ、資金提供はしたけど、ということはないのです(米国ではこれ、Honored authorと呼ばれ、非常に嫌われます)


確かに、米国の有名な研究者はよく勉強しています。全然知らないような、別分野のマイナーな雑誌だって読む(当然本人はマイナーなジャーナルには投稿しないが)。
NHKの夜のニュースの話題のように、その月の最新の研究、時には査読中の別の人の論文の話を(問題ない程度に)する。まるで研究者向けのNews 9かNews 7 daysがあって、北野武が最新の研究をおもしろおかしく紹介し、彼らはそれを毎晩観ているかみたいだ。

一年前の年末年始、どこかの大学の若手の大学教授が米国の経済学者と話しているとき、同じような事態に直面して言葉をなくしていたのを思い出す。毎週出版される膨大な数の関連研究にことごとく(本当に、ことごとく)目を通して、それを話題にするトップ研究者達。
世界との壁とは、現実的な、目をそらすことのできない、実力差。


1月 6日
いよいよ厄年

明けましておめでとうございます。末永く、ではありますが、まずは今年もよろしくお願いいたします。

昨年は大変な一年でした。一年前は、まだハワイに2017年度末まで滞在する予定でした。うまく行くかも知れない、と期待した公募に軒並み落ちて(今年も似たようなことを言っていましたから、見込みが甘いのでしょうね)、暗澹たる思いになっていました。
そんな中、九州大学に拾っていただいて、ハワイから離れ、組織の業務に研究にとかけずり回りました。

日本から海外へ、に限らず、海外から日本へ、と言う流れも含め、環境を変えることの意義は大きいです。離れることで、海外の研究者とのたわいない会話や、彼らの習慣を冷静に見ることができます。
それをなぞったためか、この一年間、文献引用用に作ったEndnoteのファイルを見ると、過去数年の登録論文の約4倍のペースで論文を読みました。本は週3-4冊。まぁ、通勤時間が片道二時間、うち大半が電車の座席ですからね。

修得という点では、昨年は実りある一年でした。今年はその発現。投稿中論文2編に満足せず、難易度の高いジャーナルにも挑戦する一年にしたいと思います。
科研も通るといいなぁ。


といいつつ、さぁ新年会だ、日頃の積み立て分を取り返せ、と気合いを入れて行こうとしたところで、食あたりのために欠席。翌日もダウン。何をしているんだか。さすが、厄年。

明治時代末期の人口統計を見ると、男子の平均年齢は42歳とあります。つまり死亡要因がこの年を周辺にやってくる、と言うことでしょう。医学が進歩して、それ以降の厄年も意味を持つようになりましたが(昔の61歳なんてダイヤモンド婚並みに現実味がなかったでしょう)、かつてなかった死亡要因も増えてきたことから、結局厄年は今でも機能するのでしょう。
この年の周辺に大病を患うというのは、今でも聞く話です。
生き延びられるのか、私?

それだけじゃない。
年末、高校時代の友人に会い、管理職になった人達にも出会いました。そう、大学で助教をさせてもらっていますが、同期は准教授、そして教授をしている人もいます。学生、組織、学会。様々なものを背負う彼らにとって、失敗は社会的にも命取り。
幸か不幸か、厄年は同時に、社会的な危機と隣り合わせ、という側面も持ちます。


さて、そんな同期の人達と話をしていて、挙げた話題。
Peterの法則。もともと、演習林時代、小松さんに教えてもらった気もする。

今の職務に対して優秀な人は、職位を上げる。つまり、職務<能力。上げ潮ですな。
年功序列が消えることなく居続ける日本でも、職位は上がり続ける。そのうち、職務=能力、となるときがやってくる。それは得意分野でも若手や時代に太刀打ちできなくなったため、かもしれませんし、地位上、得意出ない仕事もしないといけなくなるためかもしれません。

それでも職位の上昇は止まらない(特に日本)。そうすると、職務>能力、となってしまう。こうなると「あの上司、くっそ使えねぇよ」となる(格好付けて若者ぶってみました)。
以上、「使えない上司」が生まれる仕組みでした。この仕組みから逃れる術は、年功序列が染みついたor生み出した日本では、非常に難しいのでしょうね。その創始者である軍隊って、どうなんだろう?


厄年の私たち。それはまさしく、Peterの法則で言う、職務=能力、のまさにその時なのかもしれません。
最もコストパフォーマンスが高く、ともするとPeterの法則での「使えない上司」の入り口であり、その入り口を遠ざけられる最後の機会に立つ者達。

でもね、研究の世界を見回してみると、いつ職務=能力となるかは、この際ぎわまで来る前、既に決まっていると思います。
何を見て、何を感じて、何に取り組み、切迫感を覚え、誰と付き合い、持ちうるモノで何を為そうとしたか。
厄年になって、四十路になってから取り組んでも遅いのかもしれない。
もっとも、四十路になっても悪あがきする人間こそ、この職務>能力を超えられる、遅らせられる人なのかもしれない。

もどる