元海外雇われポスドクの毎日


日常風景


9月17日
伊都キャンパス

文書を全部消してしまった。痛いことだらけの、ここまでのハワイ出張。
さて、今の職場、伊都キャンパス。九州のちょっとおしゃれな田園、として評価されているらしいこの地域。実は歴史にも登場したことのある地域でもあります。
詳しいことは、九大総合博物館の岩永先生が、近くキャンパス計画室関係の教科書で執筆されると思いますので、そちらの出版をお待ちください。

以下はその聞きかじり。
伊都キャンパスの名の由来は、昔の伊都国です。魏志倭人伝に登場する三つの国の一つ。それがここではないかと言われています。
確定ではありません。なにせ1700年も昔のことで、中国と盛んに交易していたわけじゃないだろうし、日本にはまだ文字がなかったし、決定的な史料が出てきたわけじゃない。

因みに日本では中学の歴史で勉強する魏志倭人伝。猛烈な歴史勉強で有名な中国から来た留学生に訊くと、そもそも魏志自体が知られていないとのこと。直前には後漢書があり、直後には三国志もあります。
日本では特別格でも、中国では、王朝が入れ替わると毎回作られたたくさんの歴史書の一つでしかありません。


2-3世紀から6世紀へと時は下り、聖徳太子の時代。その弟の来目皇子は朝鮮出兵を企てます。その拠点が、ここ伊都キャンパスのある糸島(伊都島)地区、だそうです(酒の席で聞きました)。ただ来目皇子は九州で病没、出兵はなくなります。


8世紀にさらに時代を下り、大仏が出来た時代(752年頃)。時の最高権力者、藤原仲麻呂が、安史の乱で混乱を極める唐が睨みを利かす余裕を失った、その隙間を縫って、新羅を攻めようとします。その拠点も、ここ。
そのとき武器の製造に使われたと思われる、製鉄所の跡も見つかっています。それも、九大キャンパス内から。

この数十年前には、歴史で勉強した白村江の戦いにおいて、日本は唐・新羅連合軍に完敗します。その対処で太宰府が強化され、防人が動員されるなど、日本は大きなショックを受けたと考えられます。
仲麻呂としては、積年の恨みを返すチャンス到来、だったのでしょうね。当時、朝鮮半島からの海賊問題などもあったようで、それもきっかけだったかも。

しかしこちらも実現されることはありません。彼の権力基盤が揺らいでいく中、怪僧道鏡に入れ込んだ孝謙天皇(上皇だったか?)と対立することが多くなり、その結果仲麻呂は失脚してしまいます。


仲麻呂の失脚以降、朝鮮との窓口・攻め込み口として糸島が歴史の表舞台に出ることはあまりなくなります。元寇の防塁は作られていますけれどね。
なお先日、箱崎キャンパスの移転跡地(農学と文系は来年移転)からも防塁が出てきました。ますます跡地売却が遅れます。
16世紀の秀吉の朝鮮出兵では、もっと西の呼子近くの名護屋城が拠点となりました。糸島は忘れられ、九州の片田舎としてひっそりと時を過ごしていたのです。


20世紀、そして九大の移転が決定。当初、移転先は保全するような貴重な自然環境もなく、前方後円墳一つ以外に考古学的に重要な史跡もない、と考えられていました。
しかし、特に史跡は、出るわ出るわ。国宝級の象眼入り太刀が出土したり、貴重な建造物の跡地が見つかるなどした結果、優先順位の問題で、当初保全対象だったその前方後円墳が取り壊される事態に。

移転予定地275haの100haは史跡保全のために触れないなど、使える場所が限定されてしまった。
狭い箱崎から広大な伊都キャンパスへの移転、のはずが、多くの研究室では移転後の方がオフィス面積が狭くなってしまいました。単独キャンパスとしては日本一の広さを誇るのに、なぜ?


・・・・とここまで書いて。
なんで、こうしたことが、どこにも書かれていないんだろうか。そもそも教職員でこういうことを知っている人、キャンパス移転に関わった人以外では、どれほどいるんだろうか?
九大トップページには書いてない。新キャンパス移転のwebsiteには記述なし。そもそもキャンパス計画室のwebsiteが未だにない!

概要として航空写真へのリンクを貼ろうと思ったけれど、それも事務ネットワーク内からしか見られないのね。


と自分たちの首を絞めるのはやめにして;
北朝鮮から日本にミサイルが飛んでいるようですが(ハワイには届かんだろ)、こうしてみると日本の歴史というのは、逆に朝鮮半島に攻め入る歴史だったのだと思わされます。
来目皇子、白村江、仲麻呂、秀吉、西郷隆盛(?)、そして1911年韓国併合。他にも任那など日本と政治的にも軍事的にも関係していたし。
時代は前後するけれど、福岡県香椎にある綾杉だとか、筥崎宮などに伝説の伝わる神功皇后もまた攻め込んでいる(2世紀?)。朝鮮半島側は、室町時代の倭寇も含めろと言うでしょう。

韓国北朝鮮としては、「何を今更?」なのかもしれませんね。やった方は忘れても、やられた方は忘れない。
北朝鮮がミサイルを飛ばす先で思いつくのはグアムと日本くらいのものですが、意固地なほどに日本が狙われるのかは、歴史的な必然性なのかもしれません。

もどる