7日目(8月24日)

今日はプラハの市内観光をしてからドイツのドレスデンの観光です。
城の正門
漁夫の砦と聖イシュトヴァーン像

ゲトライデ通り
旧市街の目抜き通りで狭い道の両側にお店がびっしりと並んだ賑やかな通りには、それぞれの店に掲げられた鉄細工の装飾看板が、通りの名物です。この一角にはモーツアルトが1756年1月27日に生まれ、7歳まで過ごした生家があります。宮廷楽団のバイオリン奏者だった父レオポルト一家は1773年にマカルト広場の家に越すまでここの4階で暮らしました。
今日はブダペストからチェコの国境を越えて世界遺産のレドニツェに寄ってからプラハまで行く移動距離の一番長い一日です。
自由橋

5日目(8月22日)

ミハエル門
旧市街
旧市街を囲む城壁に設けられた門のうちミハエル門が唯一残されています。旧市街の中心にはフラヴネー広場があり噴水を取り巻く建物が美しいたたずまいを見せています。広場の東側にはゴシックとバロックの両様式が見られる旧市庁舎があり、現在は市歴史博物館として使われています。
楽友協会
ネオ・バロック様式のブルク劇場
ユーゲント・シュティールのセセッシオン
ユーゲント・シュティールのメダイヨン・マンションとマヨリカハウス
ウィーンの建物ウオッチング
城壁を取り壊してその後にリングと呼ばれる環状道路を造ったのが19世紀中頃、ウィーンでは、この頃にバロックやロココの歴史主義的な荘厳な公共建築の他に都市計画にもとずく実用的でモダンな建物や、世紀末に流行したドイツ語でユーゲント・シュティール(青年様式)と呼ばれる過剰な装飾を排した斬新な建築様式や同時期にパリを中心に広がったアール・ヌーヴォー(新芸術)などの建築物が次々と生み出されましたので、リングの上を走るトラムに乗り下りしながら建物ウオッチングしてきました。観光案内書などで紹介されている様にトラム・地下鉄・バス共通乗車券で8:00〜20:00の間利用できるパス(ドイツ語でなくても英語でShopping Cardと言えば通じます、料金は5.70ユーロ)を利用しました。

2013年8月18日〜27日

モーツアルトの生家があるSPARの4階
世界で一番美しいマクドナルドの
装飾看板
ミラベル宮殿と庭園
ミラベルとは「美しい眺め」の意味で大司教ヴォルフ・ディードリヒが愛人サロメ・アルトの為に1606年に建設、火災の後クラシック様式で再建され現在は市役所として使用されています。宮殿前に広がる庭園は、ホーエンザルツブルク城塞が最も美しく見える眺めです。シェーンブルン宮殿も手がけた建築家フィッシャー・フォン・エアラッハの傑作です。映画「サウンド・オブ・ミュージック」の舞台としても有名です。

チェスキー・クルムロフ(Cesky Krumlov)@チェコ

ヴァーツラフ広場周辺
1961年8月21日に「プラハの春」と呼ばれた民主化運動が起きた際に、旧ソ連がこの運動を阻止する為に軍事介入して、この広場に戦車を乗り入れ占拠したことでプラハの春は実る事無く終結した場所です。
チェフ橋周辺、ここは、プラハ城が一望できる観光スポットという事なのでやってきましたが、、、、、
純金のマリア像が輝くティーン教会
カレル橋
カレル4世の命で1357年に石橋の建設が始まり約60年の歳月を費やして全長約520m、幅約10mの現在まで続くカレル橋が完成しました。当時はヴァルタヴァ(モルダウ)川の東西を結ぶ唯一の橋であり、公式行事の場として利用されたり、歴代国王の戴冠式の行進が行われた事から”王の道”とも称されます。ローマのサンタンジェロ城に習って橋の両側の欄干には30体の聖人像が並んでいます。
プラハ(Praha)

レドニツェ(Lednice)@チェコ

レドニツェ城
リヒテンシュタイン家がおもに夏の離宮として利用していた城で世界遺産です。16世紀にルネッサンス様式で建てられ17世紀に豪華絢爛な装飾が施され、19世紀中期には現在見られるネオ・ゴシック様式に改修されました。城の周囲を取り巻く庭園には季節の花が咲き、城の裏手にムーア式のミナレットや古代ローマ様式の水道橋など18世紀に造られた建造物も多く残されています。
王宮の丘からの夜景
夕暮れと共に浮かび上がる光が、昼とまったく異なる幻想的なムードを出してくれるブダペストは夜景が絵になる街です。
国立オペラ劇場
1884年に完成したネオ・ルネッサンス様式の壮麗かつ重厚な建物で、入口左右にはハンガリー国歌の作曲家であり、劇場の設立者であるエルケル・フェレンツと作曲家のリスト・フェレンツエの銅像が建っています。
ハルシュタット(Hallstatt)
エルジェーベト橋と王宮
漁夫の砦
ネオ・ロマネスク様式の白い尖塔を中心に1899年から6年の歳月をかけて中世の城跡を利用して建てられた砦です。名前はかって城塞を守ったのが漁師組合だった事に由来するそうです。またここはドナウ川とペスト地区を一望できるビューポイントでもあります。砦の端にはハンガリー建国の父と呼ばれる初代国王の聖イシュトヴァーンが二重の十字架を持った像があります。
ゲッレールトの丘、
ブダペスト
を一望できる絶景ポイントで、王宮の丘の南側に広がる標高235mの丘です。丘の上にはハプスブルク家が造った要塞や高さ14mの女性の自由像もあります。

4日目(8月21日)

3日目(8月20日)

マルクト広場

1日目(8月18日)

今回の中欧5ヵ国(ドイツ・オーストリア・スロバキア・ハンガリー・チェコ)は前回の2000年9月の中欧3ヵ国(オーストリア・ハンガリー・チェコ)及び2012年3月のドイツ周遊で訪れた場所ですが、世界遺産に登録されているオーストリアの風光明媚な湖畔の町ハルシュタット、モーツアルトの生誕地ザルッブルク、チェコのネオゴシック様式のレドニツェ城、ハンガリーベネディクト派の総本山パンノンハルマ大修道院やスロバキアのブラチルラバ観光が加わったので行ってきました。やはり二度目の場所となると正直、最初に訪問した時ほどの感激はありませんが、前回ゆっくり観光できなかった所を自由時間に見ることが出来たり、懐かしい感動を覚えたりしました、、、、。

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旅行記を見ていただき有難うございます。何かの参考になれば幸いです。

成田に帰国

10日目(8月27日)

アルテ・マイスター
正面にはマイセン磁器のカリヨンが架かる
フラウエン教会、
1726〜43年に建築されたルター派の教会。1945年の空襲で廃墟と化したが2005年に再建を終えた白いドーム型の教会で、宗教改革を唱えたルターの像も広場の前に建っています。
ツヴィンガー宮殿、
1710〜28年に王室の野外祭典のために造られた後期バロック様式の宮殿です。裏手には王冠の門もありますが、今回は修復工事中でシートに覆われていましたが前回見ましたので、まぁいいか〜。アルテ・マイスターと呼ばれる絵画館には15〜18世紀の名画が所蔵されています。
カラヤンの生家
指揮者のヘルベルト・フォン・カラヤンは1908年4月5日、ザルツァッハ川の新市街側のマカルト小橋の直ぐそばの家で生まれました。生家の庭にはタクトを振る立像があります。
モーツアルトの住居
モーツアルト一家は生家の4階の部屋が手狭になったので1773年に、この家の2階に引越し1780年まで住み、約200あまりの名曲を作りました。この建物は1996年に、世界中のファンの支援で当時の建物を再建したものです。
メンヒスベルクの丘に立つホーエンザルツブルク城
「塩の城」を意味するこの町は、周囲の岩塩鉱から取れる塩の交易で栄えてきた町です。700年頃に聖ルベルトがザンクト・ペーター教会を設立し、798年には大司教区に昇格して以来、大司教が領主を兼ねた教会国家の統治した時代が約1000年に及び壮麗な教会や宮殿が立ち並ぶ都市に発展しました。町の中心を流れるザルツァッハ川を挟んで新市街と旧市街に分かれています。またモーツアルト生誕の地としても知られ、夏に開催されるザルツブルク音楽祭は世界中からクラシックファンが訪れる屈指の音楽祭です

9日目(8月26日)

ザルッブルク(Salzburg)@オーストリア
エゴン・シーレ文化センター
城の庭園
スヴォルノスティ広場
理髪橋から旧聖ヨシュ教会
旧市街、
ここは、20世紀初頭に活躍して28歳で夭折した画家エゴン・シーレの母親の生まれた場所ですが彼も第二の故郷として愛した町ですので、エゴン・シーレ文化センターがあります。また旧市街全体がひとつの見どころで、石畳の細い道を歩くと聖母マリア柱が建つ街の中心のスヴォルノスティ広場になります。
チェスキー・クルムロフ城
13世紀にボヘミアで勢力を誇ったヴィートコヴィツ家の分家、領主クルモロフにより築城された。その後城主が変るたびに修改修が行われた結果、それぞれの時代の建築様式が見事に調和した巨大な複合建築となっています。

オーストリア国境近くにある町で、大きく曲がって流れるヴァルタヴァ川に抱かれるように赤茶けた屋根と白壁の家々が並び、ボヘミア地方ではプラハ城に次ぐ規模を誇るチェスキー・クルムロフ城が悠然と立つ中世の趣が残る、世界でも最も美しい町のひとつです。街の発展は14〜16世紀に、手工業と商業が産業の中心だったので近代化の波にもまれる事無く中世そのままのたたずまいを残しています。1992年に世界遺産に登録されました。今回の旅行中、唯一ここで雨に降られましたが二度目の訪問なので、まあ〜いいか とあきらめです。

右端の建物の壁に「君主の行列」の壁画
ドレスデン城(レジデンツ)
ドレスデン城は、かってのザクセン国王の居城で、城内に最古の武芸競技場等もあり戦後に再建され、その外壁にはマイセン磁器タイルに描かれた壁画の「君主の行列」もあります。
左からドレスデン城(レジデンツ)、カトリック旧宮廷教会(三位一体大聖堂)、遠くに見えるのがゼンパー・オペラ

中世にはエルベ川の水路を利用した商業都市として発展し、「エルベのフィレンツェ」と呼ばれ16世紀以降はザクセン王国の首都として繁栄しました。バロック様式の壮麗な宮殿や教会、貴族の館が建ち並んだ町は第二次世界大戦の空襲で一夜にして破壊されましたが、東西統一後に再建作業が進み、歴代の王達のコレクションを展示する博物館や美術館も完成して、「芸術と文化の都」の姿がよみがえりました。

エルベ川に架かるアウクストゥス橋
カローラ橋の対岸の建物はザクセン州首相府
ブリュールのテラス、
エルベ川の川岸のプロムナードからはアウグストゥス橋やカローラ橋の対岸にザクセン州首相府等の建物も見えます。またフラウエン教会もひときわ目立ちます

ドレスデン(Dresden)@ドイツ

聖ヴァーツラフ騎馬像と広場
広場前の国立博物館
共和国広場周辺
火薬塔(火薬門)は、かって旧市街を守る城門のひとつとして1475年に建てられたゴシック様式の塔門です。17世紀に火薬庫として使われたためにこの名がつきました。隣の市民会館は、かっての王宮が18世紀の大火で焼失した跡地に1911年に完成した建物です。プラハを代表するアールヌーヴォー建築で、内部にはアルフォンス・ミュシャによる華麗な装飾がほどこされ、スメタナホールもあります。
旧市庁舎の時計塔
聖ミクラーシュ教会とヤン・フス像
チェコの英雄ヤン・フスの像
旧市街側の橋塔
旧市街側の橋塔とクレメンティヌム
聖ヤン・ネポムツキーはボヘミアの守護聖人、ヴァルタヴァ川に突き落とされて殉教した姿の像ですが台座に触れると幸福になるという事で皆さんが並んで触っていきました。ザビエル像はアジアに布教したのでインド、中国、黒人、タタール人に担がれていますが、先頭の中国人は日本人の様でもありました。
聖フランシスコ・ザビエル
聖ヤン・ネポムツキー
聖ヨハネ
シュテルンベルク宮殿(国立美術館)
マラー・ストラナ側の橋塔
カレル橋と緑の丸屋根のミクラーシュ教会
ミュシャの作品
プラハ城、
ボヘミア王家の居城として9世紀半ばから城の建築が始まって以来、幾多の変遷を経て14世紀のカレル4世の時代にほぼ現在の姿を整えました。現在は大統領府として使用されていますが、広大な敷地の一部を利用した博物館、美術館もあり、宗教施設も含め様々な様式が存在する貴重な建築複合体として世界でも最大規模の城です。城の正門脇には衛兵が直立不動で立っていまして毎正時に交替式をみれます。
マティアス門
スメタナの交響詩で有名な悠々と流れるヴァルタヴァ(モルダウ)川に架かるカレル橋からはプラハ城の姿が、逆にプラハ城からは赤レンガの屋根の間に、いくつもの塔が頭をのぞかせる景観は「百塔の街」の呼称がふさわしい町を感じます。ロマネスクからアールヌーヴォーまであらゆる建築様式を見ることが出来るヨーロッパで最も中世的雰囲気がある都でもあります。

夕食は、火薬塔の隣、共和国広場に面した市民会館の1Fにあるプラハを代表するアール・ヌーヴォー様式のレストラン、カヴァルナ・オベツニー・ドゥーム(Kavarna Obecni Dum)です。生演奏付で、吹き抜けの高い天井に下がる瀟洒なシャンデリアが照らす優雅な空間ですが日本人の観光客でいっぱいでした。
聖ヴィート大聖堂、
マティアス門から城内に入り第二の中庭を通り第三の中庭に入ると目の前に圧倒的な迫力で奥行き124m、幅60m、2本の尖塔の高さ96.6mの市内最大のゴシック建築の聖ヴィート大聖堂が迫ってきます。ロマネスク様式の教会を元に14世紀前半から改築が開始され、途中の中断、再開をへて聖ヴァーツラフの殉教1000年にあたる1929年に完成しました。大聖堂内部の見事なステンド・グラスの中にはアールヌーヴォーを代表するチェコのアルフォンス・ミュシャの作品もあります。
ピクルスです
ヴァルチツェ城
レドニツェから10kmほど離れたヴァルチツェ城は17世紀初頭からリヒテンシュタイン家の居城として利用され11世紀の文献にも登場する歴史ある城です。リヒテンシュタイン家によりバロック様式の装飾が施された、1945年からは一般に開放され現在はホテルやバーとして利用されています。
13世紀中頃から1945年までの約7世紀の間この南モラヴィア地方の地を支配していたリヒテンシュタイン家が造り上げた趣向を凝らした数々の庭園や邸宅が残る町です。
聖マルティン教会
ドナウ川に架かる橋の袂にそびえ立つ1452年創建の町で最大の教会です。ブダペストがオスマントルコの支配下にあり、ブラチスラバがハンガリーの都だった時代は、ハンガリー国王の戴冠式がこの教会で行われ、1563年から1830年にかけて11人の王が即位した。旧市街には王の戴冠式のルートが王冠の鋲で残されています。
国会議事堂
くさり橋
漁夫の砦と花嫁
マーチャーシュ教会
巨大なドーム天井
聖イシュトヴァーン大聖堂
ハンガリー建国の父で聖人に列せられているイシュトヴァーン王を祀っており、聖イシュトヴァーンの右手のミイラが保管展示されています。大聖堂内部の主祭壇の中央に見えるのが聖シュトヴァーンの像です。1851年に建築が始まり1905年まで50年近い歳月を要して完成しました。直径22m、高さ96mの巨大なドームがあります。
右手のミイラ
作曲家のリスト・フェレンツエの銅像
シェーンブルン宮殿
ハプスブルク家の夏の離宮として1696年に着工しましたが財政難などで計画は縮小、中断されました。後を継いだマリア・テレジアの時代に完成。マリア・テレジア・イエローと呼ばれる女帝が好んだ明るい黄色の外観が庭園の緑に映える豪華な宮殿です。ボヘミアングラスのシャンデリアや金箔の漆喰など内部の装飾もまばゆいばかりですが内部は撮影禁止です。手入れが行き届いた広大な庭園は1.7平方Km(東京ドーム約36個分)の広さです。前回訪れた小高い丘の上に建つグロリエッテに行こうと思いましたが片道20分もかかるので、今回は諦めてネプチューンの泉の背後から宮殿を滝の水幕越に見るつもりでしたが、混雑を避けて開門と同時に宮殿に行きましたので早すぎて噴水は10時からなので噴水の美しい姿は見れずじまいでした。
ウィーン(Wien)

ザルツブルクの南東一帯はアルプスの峰峰に抱かれるように2000m級の山々と70以上の湖があり美しい自然が広がる所です。この地方は「塩の宝庫」という意味のザルツカンマーグート(Salzkammergut)と呼ばれる岩塩を産出する地方であったことに由来する名が着いています。かって生活に欠かせない塩は「白い黄金」と称されるほど高値で取引されたためにハプスブルク家直轄の御料地として帝国の財政を支えてきた場所です。映画「サウンド・オブ・ミュージック」の舞台としても知られる場所でもあります。

紀元前1000〜500年頃、ハルシュタットの裏山に眠る豊富な岩塩を求めて移住してきたといわれるケルト民族によるハルシュタット文明の地として発達してきた歴史ある町ですが、世界遺産であり世界で一番美しい湖岸の町と言われハルシュタット湖面に映る町の姿は本当に絵のように美しいです。

英雄広場
1896年に建国1000年を記念して造られたブダペスト隋一の広さを誇る広場です。中央に建つ柱の先端には大天使ガブリエルが、足元には歴代王や英雄の像14体が収められています。
西駅
19本の線路を持つブダペスト最大の駅で国内線と一部の国際線が発着し、地下鉄3号線とも接続しています。ファサードが印象的な建物は、エッフェル塔を設計した会社により造られた物でオーストリア=ハンガリー帝国時代の皇室専用待合室もあり皇后エルジェーベト(ドイツ名エリーザヴェト、通称シシィ)も利用したそうですが見学不可でした。しかし、隣接するマクドナルドは旧食堂をそのまま利用し天井も高く、雅な雰囲気の”世界で一番豪華な内装の店”と言われていますので利用してきました。
下船後は、ペスト地区の観光です、最初にマルギット橋に近い西駅からです。
マルギット橋
国会議事堂
くさり橋とケーブルカー
王宮
ドナウ川クルーズ
インターコンチネンタルホテルの左斜めくらいの ヴィガドー広場周辺には、多くの会社のクルーズ船が出ていますが、私達は中央市場に出かけたついでに自由橋を渡り対岸の橋のたもと(ゲッレールト温泉の前)からマルギット橋の船着場までの観光スポットが多いPublic Transport Boatで約35分間の船旅を楽しみました。料金は格安の750Ftでした。
昼食レストランのお姉さん
白いのがフォアグラ、1Kg5200Ft(約2600円)
中央市場
内部は体育館のような感じですが約200軒の店と約100軒の屋台が一堂に会している屋内市場で市内最大のマーケットです。ハンガリーは”お肉大好き”な国ですが、名産のフォアグラは、ここでも高価な食材です。
くさり橋
ブダ地区とペスト地区を初めて結ぶ橋として1839年〜49年に建設されましたが第二次世界大戦で破壊され1949年に復元されました。橋のたもとにはシンボルの舌の無いライオン像があります。ヨーロッパを縦断するドナウ川に架かる橋の中で最も美しい橋といわれています。この橋を越えてペスト地区の近代的な町並に入ります。
マーチャーシュ教会
13世紀に王ベーラ4世の命で王宮の建設と同時に建てられたロマネスク様式の「聖処女マリア教会」でしたが、トルコ軍の侵略時にはモスクに改築され、17世紀にハプスブルク家によってトルコから解放されると再びカトリック教会に戻りました。第二次世界大戦でも被害を被りましたが資料を基に復元され現在にいたっています。三位一体の像はダビド王がペスト終息を願い祈り捧げる姿をモチーフにしたものです。
国会議事堂から「くさり橋」間のペスト地区を一望できる
三位一体の像

「ドナウ河岸とブダ王宮地区」と「アンドラーシ通りと周辺の歴史地区」の2つの世界遺産を持ち、その美しさから「ドナウの真珠」と讃えられる美しい町です。ドナウ川が町の中央を南北に流れ、西のブダ地区と東のペスト地区に分かれるこの町は、紀元前2世紀のローマ軍駐屯にはじまり数々の歴史の波に翻弄されハンガリー王国が誕生して以来、その首都として1000年の歴史を刻み続けている町です。宿泊したホテルが南駅付近のメルキュール・ブダでしたので朝食後の散歩に公園の中にある階段を登り王宮の丘に登ってみました。最初に目に入ったのは、三位一体の像とマーチャーシュ教会でした。

ブダペスト(Budapest)

ブラチスラヴァ城
12世紀にあったロマネスク様式の城を1431年から1434年にかけてゴシック様式の要塞に改築され、更にオスマン帝国の侵攻に備え防備が強化され、1635年から1646年にかけての改築で4つの塔が付け加えられ現在のような外観になりました。四角い建物の四隅に塔がある独特の外観から”ひっくり返したテーブル”などと呼ばれるそうです。ドナウ川のほとりの小高い丘の上にあるので市街やドナウ川が一望できます。

神聖ローマ帝国の皇帝として中欧ヨーロッパを統一したハプスブルク王朝の本拠地として、音楽・美術・建築でヨーロッパを牽引する芸術の都です。

パンノンハルマ(Pannonhalma)@ハンガリー

チェコから来たベネディクト派の修道士達がここに修道院を建ててハンガリーのキリスト教信仰の出発点となった地です。パンノンハルマ修道院は、清貧と貞潔を旨とするベネディクト派らしく人里離れた小高い、聖マルトン丘の上に996年に創設され、現存する最古のキリスト教会として世界遺産登録されました。修道院以外にこの町で特に見るべきものはありません。

王冠の鋲
日の丸が揚がる緑の建物は菊の紋がある日本大使館
フラヴネー広場
ブラチスラヴァ(Bratislava)@スロヴァキア
今日はオーストリアからスロヴァキアの国境を越えてブラチスラバに入り、さらにハンガリーのブダペストまで行きます

1993年に独立したスロヴァキア共和国の首都ですが、ハンガリー王国の時代の1541年から1830年までもハンガリーの首都でした。近郊には農地も多く古くからブドウが栽培されワインの産地としても有名です。町の中心には旧市街が美しく保存され、町そのものが見どころです。

ベートーベン
ヨハン・シュトラウス
モーツァルト
音楽家ゆかりのスポット
ウィーンは中世からヨーロッパの音楽の中心のひとつでした。1600年頃にイタリアで誕生したオペラがもたらされると熱狂的な支持を得て、18世紀以降はハプスブルク家や貴族の庇護を受けて多くの音楽家がウィーンで活躍しました。そのためか楽聖たちの足跡が数多く残っていますので公園を散策しながら探してみました。
屋根はハプスブルク家の双頭の鷲
バロック様式のカールス教会
ギリシア古典様式の国会議事堂
ネオ・ルネッサンス様式の自然史博物館
ネオ・ルネッサンス様式の美術史博物館
バロックのミュージアム・クオーター
ルネッサンス様式のオペラ座
ベルヴェデーレ宮殿
17世紀にオスマン・トルコを撃退しウィーンを守ったオイゲン公の夏の離宮。左右対称のデザインが優美なバロック建築で上宮は19世紀末芸術の代表的アーティストのグスタフ・クリムトやエゴン・シーレの絵画を展示したギャラリーになっています。クリムトの代表作「接吻」などもありますが撮影は禁止でした。上宮から緩やかな斜面の庭園から見える市内の展望は、まさにベルヴェデーレ(美しい眺め)です。
ミヒャエル門
シュテファン寺院
シュテッフルの愛称で親しまれる街の象徴的存在です。1147年に小さなロマネスク教会として建立され14世紀に大々的に改築されてゴシック様式の大教会となりました。屋根にはモザイク瓦で鷲の紋章と反対側にはハプスブルク家の双頭の鷲がみられます。塔の高さは137m、ドイツのウルム、ケルンに次いで世界で3番目の高さです。
フランツ・ヨーゼフ1世像とシシィ(エリザベート妃)博物館
ホーフブルク(王宮)、
ハプスブルク家の歴代皇帝の居城として13世紀後半から幾世紀にもわたり増改築を続け「都市の中の都市」と形容されるように広大な敷地に迷路のように複雑で壮麗な建物へと発展し一大コンプレックスを形成しています。現在では博物館やギャラリーとして公開されています。
グロリエッテとネプチューンの泉
ネプチューンの泉の背後から宮殿を望む
聖ミヒャエル教会からの眺め
ザルツカンマーグート(Salzkammergut)
ミュンヘン到着後にオーストリアのハルシュタットにバスで向います。

今日は、まったくの移動日です。成田空港からドイツのミュンヘンに向います。

2日目(8月19日)

悠久のポルトガル8日間

聖ヴィート教会
君主の行列、
ドレスデン城の北東側の中庭にはヨーロッパ最古の武芸競技場だったシュタールホーフは中世のオリジナルのままに再建され、その外壁にはマイセン磁器タイルに描かれた長さ101mの壮大な壁画が「君主の行列」です。1123年から1904年までのザクセン君主の騎馬像などが描かれたタイルは奇跡的にも戦災を免れたものです。
ゼンパーオペラ、
設計者ゴットフリード・ゼンパーの名前を冠した19世紀に建てられたヨーロッパ屈指のザクセン州立歌劇場。
漁夫の砦
アントン・ブルックナー
フランツ・シューベルト
緑の屋根の旧聖ヨシュ教会

8日目(8月25日)

旧市庁舎の天文時計
旧市街広場周辺
プラハ旧市街の中心となる広場で数々の歴史的事件の舞台にもなりました。1620年には反ハプスブルク派のチェコ側の指導者27人の処刑、1918年には国家独立を要求する市民デモが行われた場所です。広場中央にはローマ教会の堕落を批判し処刑されたチェコの英雄ヤン・フスの像が、天文時計で有名なユニークなゴシック様式の旧市庁舎や、純金のマリア像が三角屋根に輝く宗教改革時にはヤン・フス派の拠点となったティーン教会などの建物が広場を囲みます。
マーチャーシュ教会と三位一体像

6日目(8月23日)