平成16年10月31日

森枝卓士 『カレーライスと日本人』 講談社現代新書



注意 小説の結末等が書かれていることがあります。未読の方はご注意ください。

(資料)

 1989年2月20日第1刷発行,1991年1月29日第5刷発行
 600円(本体583円)

 某日,某ブックオフで購入(100円)
 平成16年2月8日,読了(再読)

(著者)

 1955年,熊本県生まれ。1978年,国際基督教大学教養学部卒業。フォト・ジャーナリスト。

(内容)

 インド人が「カレー」といってイメージするのは,「汁けがあり,色々とスパイスが入っているもの」である。あるいは,「マサーラ(スパイスを調合したもの)を使った料理は全てカレーである」との理解もあり,後者であれば,インド料理のほとんどがカレーということになる。
 日本と違い,小麦粉でとろみを付けたものは全く見当たらず,また,肉と野菜が一緒に入っているものも少ない。

 日本では,「インドのカリーを,イギリス初代インド総督ウォーレン・ヘースティングが1772年にイギリス本土に持ち帰った。それをクロス・エンド・ブラックウェル社(C&B社)がイギリス人に合うようなカレー粉にした。」と伝えられている。
 大英図書館等で調べると,ヘースティングが持参した証拠は発見できなかったが,最古のカレーのレシピ「明解簡易料理」が1774年刊となっており,そのころイギリスに知られるようになったようである。
 カレー・パウダーという用法は,1810年刊行の本が初見であるが,これが現在のカレー粉を指すかどうかは不明である。次に見られるのが1850年。結局,いつカレー粉ができたのかは不明である。
 1861年刊の「ビートン夫人の家政読本」では,既に「カレー粉」を使用することが指摘され,小麦粉も使用されている。

 日本のカレーは,文献上,明治5年の「西洋料理指南」(蛙カレー),「西洋料理通」(「カリードヴィル・オル・ファウル」として紹介。仮名垣魯文作)の2冊が最初である。カレー粉・小麦粉を使用している点で,イギリス経由のカレーであることは間違いない。
 明治7年に新政府が出した指南書では「かれいらいす」と表記されていたが,その後,「ライスカレー」という呼称が一般的になった。最初にそういう呼称を用いたのは,明治9年,クラーク博士で,北大の寮生の栄養状態がよくなかったのは米食のせいであると考え,「生徒は米飯を食するべからず。ただし,らいすかれいはこのかぎりにあらず」という規則を作ったという記録があるとのこと。一方,明治5年のパリ万博に行った使節団の「米欧回覧実記」(明治11年刊)で,一行がセイロンで「らいすかれい」を食したとの記録があり,これが最初との説もある。その後,いつしか「カレーライス」が一般的となった。
 じゃがいも・人参の入った現在のカレーになったのは大正時代になってから。一般に普及したのもそのころからである。

 カレー粉は,C&B社のものが元祖であるが,明治36年には大阪の薬種問屋「今村弥」が国産第一号を発売している。次いで,明治39年には,東京の一貫堂が,肉とカレー粉が混合乾燥されていて,熱湯をかければ食べられるという商品を出している。同じころ,東京の岡本商店は,お湯で溶いて,中に肉や野菜を入れればカレーになるという商品を出した。
 大正から昭和にかけて,日賀志屋(ヱスビー食品の前身),浦上商店(ハウス食品の前身)などがカレー粉を売り出している。
 ちなみに,福神漬けは,明治18年,「酒悦」の野田清左衛門が考案したもの。あこれがあればおかずがいらず,お金が貯まって福が舞い込む,というところからのネーミング。カレーのために作られたものではないが,カレーに合うことから,一緒に食べられるようになった。


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