第9章 小さな冒険〜水の旅日記〜    (「ペンギンフェスタ2012」に参加しています)
 麻美は千葉県に住んでいる。首都・東京に近いので、近年は都心へ通勤通学するには便利と
言う事で人口が増えている。それに併せ上下水道・電気・ガス等のライフラインも完備されている。
 ライフラインの整備は今となっては当たり前であるが、少し前までは千葉県でも都市ガスや下水
道が整備していない地域もあった。
 電気や水道は人間生活にとって欠かせないものなので、戦後すぐに整備されたが、下水道に関
しては早急に整備する必要がないという誤った認識から、普及があまり進まなかったと言っても過
言ではない。
 しかし、近年環境問題の深刻化や限られた資源確保の為、水などの再利用がクローズアップ
してきて、今まで普及が遅れていた地方の小さな町でも下水道が整備し始めている。
 麻美の住む四街道あたりは、地下水と利根川水系の水を飲料水として使っている。かつては美
味しい水であったが、工業化が進み、時代の変化につれ水が美味しくなくなった。
 浄水場できれいにしているとはいえ、カルキ臭いのは致し方ない。
 最近では、下水道の普及によって、利根川や周辺の河川も浄化されてきて、昔の環境に戻りつつ
ある。四街道付近では利根川の下流に近いので川幅が長く、上流から雨水や湧き水の他に、下水
道によって浄化された水も流れていて、満々と水が河口へと流れている。

 ある日の夜。そろそろ寝ようと思い、麻美は歯を磨こうと水道の蛇口をひねった。
 蛇口から勢い良く水が出て、小さいコップに注がれる。しかしほとんどの水がコップからこぼれ
落ちている。すると、
「水を無駄にしてはいけないよ!」
 コップの中から声がした。
 麻美は人間以外とでも会話ができる特殊な能力を持っている。今回はコップの中の水が相手だ。
「マミちゃん、僕たち水は限りある大切な資源だから大切に使ってね」
 麻美は「分かった」と答えた。
 と、ここまではごく普通の節水メッセージである。しかし水の話には続きがある。
「僕もコップの中にいれば、いくばくか利用価値がある。しかしコップから溢れてしまった同胞は、
何の役にも立たずそのまま下水道に流れてしまう」
 麻美は中学生なので、洗面所やトイレの水は下水道に流れる、と言うところまでは理解できる。
 しかし、この先は分からない。確か小学4年の社会科の授業で「生活排水は下水道に流れ、下
水処理場で水をきれいにしてから川や海に放流される」という程度しか教わっていない。
 小学校の社会科見学もごみ焼却場に見学に行ったが下水処理場には行っていない。(小学4年
の社会科では「水」か「ごみ」のいずれかを選択して学習している)
 麻美は、「下水道について教えて!」と水に尋ねた。
 水は、「さっき下水処理場を通ってきたばかりだから良く知っているよ」と答えた。
 すると「言葉では難しいから、実際に行ってみようよ!」と意外な言葉が返ってきた。
 麻美は「と言ったって、今すぐには無理でしょ。しかも水のように小さくなれないから……」と言葉を
濁らすと、
「それは心配御無用。僕を歯磨きで使ってくれたお礼に、マミちゃんがこれから見る夢の中に登場す
るよ」と水は言った。
 本当に下水道の夢なんか見れるのか?と思いながらも歯を磨き、床に就いた。
【……マミちゃん、こんばんは。これから僕と一緒に下水道を旅をしよう】
 私の夢の中で確かに水が現れた。しかも「水」は雨粒型の体に目鼻がついた、マンガなどでお馴染
のスタイルだ。
 ふと気がつくと私の体は小さくなっていて、洗面台の排水溝近くに立っている。
 排水溝はまるで奈落に繋がる真っ暗な闇のようである。しかし不思議と恐怖感はなかった。
 私は水と一緒に排水溝から飛び降りた。
 真っ暗な排水管を、まるでジェットコースターのようにくねくねと流れると、だだっ広い空間に出た。
 水が語り始めた。
【ここは家の外の地中にあるマンホールの中。ある程度水位が高くなると、下に沈んでいるポンプ
が動き、汚水を処理場に運んでくれるのさ】
 麻美の住んでいる地域は比較的郊外の低地にあるので、家庭から流れてくる下水は直接下水処
理場に直結していなく、ポンプによって一旦高所に汲み上げてから下水処理場に送られるのである。
 今は夜なので、風呂からの水が多く流れてきている。一日のうち、朝食後と寝る前の時間帯に下水
の流入量が多い。もちろんほとんどの人が寝ている夜中は、下水の流入は少ない。
 マンホールの中の水位が急に増えたため、ポンプが作動した。私も他の水と一緒に下水管の中を
勢いよく流れた。
 小さいポンプなので吸い込む力はそれほどなく、水の流れも急激ではない。
 私が行き着いた先は細い下水管だ。下水が流れやすいようにかなり緩やかな傾斜が付いている。
 今気がついたのだが、下水と一緒に野菜の切れ端やビニールくず等、本来下水に流してはいけな
い物も流れている。おそらくマナーの悪い人がトイレや流し台から流しているのであろう。もちろん私
はそんなことはしていないが。
 水が語り始めた。
【この下水管は千葉市にある下水処理場に繋がっているんだ】
 私は、「四街道市なのに、なぜ下水処理場は千葉市にあるの?」と尋ねた。
 すると、【流域下水道といって、複数の市や町から下水を集めて、下流にある下水処理場でまとめ
て処理をするのだよ。各市町村ごとに下水処理場を作るより費用が安くできるのだよ】と答えた。
 下水道も効率よく処理を行っているんだ。と納得した。
【このままだらだら流れていると夢の時間がなくなるから、一気に駆け抜けるよ】と喋ると、高速で下水
管を中を駆け出した。
 他の下水がゆっくり流れているのに対し、私は超スピードで下水管を流れた。気がつくと下水管の
径が広くなっている。それもその筈で、各所から下水を集めているので下水の流量がかなり増えて
きているのである。流れ着く終点の下水処理場にも近い。もちろん下水管の中なので、『ここから下
水処理場です』という看板はある訳がない。
 けど、水にはそれが分かる。
【ここから下水処理場だよ。ほら、急に下水管が広がって、人工的な水路になっているでしょう】
確かに丸い管から四角い水槽に変わっている。しばらく進むと水門らしきものが見えてきた。
【これは、〔流入ゲート〕と言って、一時的に下水の流れを抑えたり、処理場の工事のときはせき止
めたりするんだよ】水が説明してくれた。
 流入ゲートを越えると水の流れをせき止める柵がたくさん並んでいる。

【〔スクリーン〕だね。大きなごみはここでせき止めるんだよ。もちろんさっき流れていた野菜くず
もここで捕獲するよ】
 私は(よかった)と思った。
【下水にごみを流してもスクリーンでせき止めてくれるから安心、と無茶なことは考えないで】
 当たり前である。引っ掛かったごみを取り除く機械がもし壊れたら大変だからだ。
 もちろん私はスクリーンの目幅より小さいので難なく通れた。
 私がすいすい漂っていると、急に水深が深くなった。底には泥が沈んでいてまるで蟻地獄の巣
のようである。
【砂だまりにはまったみたいだね。土砂はここで沈ませて、機械によって沈んだ泥を除去してい
るんだ】
 何とか砂だまりから這い上がると、
【これで〔沈砂池(ちんさち)〕は終わり。ここで大きなゴミや砂を取ったら次からは本格的に下水が
浄化されるんだよ】と教えてくれた。
 私は下水と一緒に、ポンプで下水処理場内にある別の水処理施設に汲み上げられた。

目次へ
小説置き場へ
次へ