イースター島アナケナビーチのモアイ
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アナ・テ・パフ

アナ・テ・パフ

絶海の孤島であるイースター島には、常に強い風が吹きつける。そのため植物の栽培は容易ではなかったであろう。人々は洞窟を風よけとして利用し、野菜や果物などの食用植物を栽培していた。海底火山の噴火によってできたイースター島には、溶岩が冷えて固まるときにできた数多くの洞窟があったのだ。

アナ・テ・パフは、その中で最大規模のもの。洞窟の全長は3500kmもある。ちなみに「アナ」とは偶然にも「穴」のことだ。アフ・アキビからは、1kmばかり海のほうへ丘を下っていったところにある。

駐車場についてバスをおりると、野生(?)の馬が近寄ってきた。足もとの草をちぎって、馬の口もとに持っていったがお召しにならなかった。なんじゃそりゃ〜!

穴の中へ

アナ・テ・パフの洞窟は、地面にぽっかりあいた大きな縦穴と、それらをつなぐ地中の横穴で構成されている。縦穴は、風をさえぎる一方、陽のひかりがとどくので、バナナやパパイヤの木々があおあおと茂っている。穴のふちに立って中をのぞく。おお〜、以外と大きい。そして深い。これからみんなで穴の中におりていくと言う。なんかインディジョーンズの世界みたいじゃありませんか!

穴の中におりていくと、日があたらないところはひんやして気持ちいい。それに、なるほど地表ではびゅーびゅー吹いてた風が、ここではまったくない。よく見るとバナナやグァバの木には、青い実がたくさんなっている。こういうところを利用して食物の栽培をしていたなんて、なかなか考えたなー。

イースター島の悲劇

洞窟の奥の横穴のほうには、石を組んで作ったベッドやかまどの跡がある。ここで人が暮らしていた証拠だ。しかし、ここで生活していたのは、ここが快適だったからでもこの場所を気に入っていたからでもない。

1722年、オランダ人ヤコブ・ロッゲフェーンが西欧人として初めてイースター島に上陸して以来、この島の悲劇が始まった。島の人々がこんな暗い穴の中に身を潜め、かくれるようにひっそり暮らしていたのは、欧米人による奴隷狩りから逃れるためだったのだ。王や神官をふくむ大半の島民が奴隷として連れ去られ、過酷な労働を強いられた。また、島にはなかった伝染病が持ち込まれ、島の人口は激減する。さらにキリスト教布教のさまたげになると、ロンゴロンゴ文字が記された木片をはじめ、多くの文化財が焼き払われた。つまり島の歴史や文化を語り継ぐ、人も、物もなくなってしまったのだ。

こうして地球上からひとつの文明が消滅した。残されたモアイは、今日も無言の表情で、風が通りぬけていく青い空を見つめている。

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