2013 KCCN EVENT (November 16th)
Speech in Japanese by foreigners

E My Treasure. What I cherish the most.
異文化交流イベント 参加後書き
「3年前」を踏まえて、「これから」を考える

東京大学情報学環・学際情報学府 ソンジュンウ

 今回は素敵な交流の場に参加させていただき、大変ありがとうございました。
高野山は3年ぶりですが、訪ねるたびに貴重な経験を通じで自分を省みる機会を頂いております。
KCCNの皆様と関係機関の方々にお礼申し上げます。
ケーブルカーから降りて、会場まで移動する途中の私は、記憶の中にある「3年前の高野山」の風景を無意識中に探していまして、それは変わってないものを確認することを通じて安堵感を得ようとした試みだったかもわかりません。
pic
実相はその反対で、会場に向かえば向かうほどこれからのスピーチに対してすごく緊張するようになりました。
自分のスピーチの内容を何回も読み直し、伝えようとしていた意味を再確認し、頭の中でそれを明確にする。 しかしながら、その明確さに反比例して「その意味を自力で100%伝えられるか」という緊張感も増して行きました。
「3年前の高野山」の姿を探そうとしていたことは、自分が書いたスピーチ原稿の内容が基づいている対象を確認することによって、私が伝えようとするものは確かにそこにいるという確信を得ようとする行為でした。
しかしながら、会場についてからイベントが終わるまでの一連の「異文化交流」の経験は、私が感じていた緊張感が杞憂であったことを教えてくれました。 元々私の緊張は自分のメッセージを完璧に伝えるというある種の軽い強迫観念から来たものかもわかりません。 それはまるで広告会社が消費者に商品というものして観光地を宣伝するような考え方で、出身・文化・政治的な意見・社会的経験が異なる人々を全部「消費者」という均一な集団そちえ結びつけるコミュニケーションを想定しています。 私はスピーチ原稿で自分が批判的に捉えようとしていた、伝統を「もの」としてとらえようとする目線をいつの間に持って降りました。
しかしながら、自分がスピーチが基づいてる経験は高野山が伝えようとしたものでもなく、誰かが一つのよくまとまった内容として整理しておいたものでもありませんでした。
むしろ、それは自分が3年前に高野山で色々な人、風景、考え方と出会い、楽しく交流しながらいつの間に勝手に思いついたことです。そして会場の皆様が様々な文化的背景をもっている以上全員に均一的にメッセージが届くのは不可能で、更にそれを聞いていらっしゃる方々は自分ならではの出会い方を持ち、私のスピーチを含めた色々な話しと自分なりの「交流」を続けていると思います。
多分、重要なことは「伝える」ことではなく、一緒に楽しむながら交流を広げ、深めるための「動き」が耐えないことではないんでしょうか。
その中で、誰かは偶然に私と同じところに辿り着くかもわからないが、人によってまったく異なる結論が出され、話しの生態系全般が一段と豊かになるかもしれません。
そしてそのほうが皆が同じものを伝えたり、受け取ったりすることより断然楽しい経験になり、その楽しい経験こそ「異文化交流」の本命であることを、私は待合室についてから色々な人と出会いながらまた気づかされました。
交流が持つそのような意味は3年前も、そして更にその前もKCCNの皆様が色々な交流の場を作りながら明らかにしていたものなのに、そのことを忘れていた私は二回もそれを教えていただくようになりました。
まことに感謝いたします。
お恥ずかしい限りですが、スピーチで「動き」に関して語ってことにもかかわらず、自分の中の高野山はある程度「3年前」という時点で動きを止めていて、 自分は多分心のどこかでそのイメージを「教訓」もしくは「思い出」として剥製化していたとおもいます。 当然のことですが、高野山は3年前に比べて色々変わりまして、これからも未来に進んでいくと思います。
会場で私がするべきことも、3年前のことを書き込んだ原稿を暗記し、その内容の中に閉じこもることでなかく、他の参加者や来客の方々、そして関係者の皆様と交流することである。
今回のイベントはそれを教えていただいたことで、掛け替えの無い貴重な経験になりました。
これからもよろしくお願いいたします。


→ Back to blog