スーホの白い馬

原作は、モンゴルの「馬頭琴」という楽器が生まれることにまつわる、悲しい民話です。でも脚色すると、原作とはまったく違うおもむきのお話が展開されるようになります。
草原


 

モンゴルの草原に、スーホという貧しい羊飼いの少年が住んでいました。
スーホは、毎日おばあさんを手伝って、羊を広い草原につれていきました。
 ある日スーホが羊を連れて草原に行くと、
そこで真っ白い子馬と出会いました。
草原に子馬が一頭きりで、親馬の姿がどこにも見えないので、親にはぐれたか、
あるいはたぶん親が亡くなって、さみしくしていたのでしょう。
子馬はスーホにすっかりなついたようなので、家につれて帰ってきました。
スーホはその子馬を一生懸命育てました。

 子馬はすくすく育ち、とてもきれいでたくましい白馬になりました。
ある日、王様が競馬大会を開きました。
そこにスーホは白い馬と出場することにしました。
一等になると、なんと王様の娘と結婚できるというのです。
まちで聞いたうわさでは、とてもきれいな娘らしいとのこと。
そしてみごと、スーホと白い馬は、一等になりました。

でも王様は、娘と結婚させるという約束をまもりませんでした。
貧しい羊飼いのスーホを娘に会わせようとせず、
その上、王様は白い馬を自分のものにしたくなりました。

「お前の白い馬が気に入ったぞ。わしが乗ってやるから、城に置いていけ。
 でもわしはやさしいから、ほれ、代金を払ってやる」

といって、銀貨3枚をスーホの前に放り投げました。

 大切な馬を置いていけと言われ、呆然としているスーホに、
王様は追い討ちをかけるように怒鳴りたてました。

「出て行けといったら、さっさと出て行け!その馬はわしのもんだ!」

 すると王様の家来たちは、銀貨3枚を無理やりスーホのポケットにねじ込むと、
スーホを羽交い絞めにして、さんざんなぐって、そしてお城の外へ放り出しました。

 スーホはお城の前にある市場の前に放り出され、馬を返してくれと泣きました。
市場はいろんな店が並んでとてもにぎやかなのに、
スーホの悲しい気持ちを少しも癒してくれません。
スーホはやがて、とぼとぼと歩いて家に帰りました。

 王様は満足げに白い馬を見つめ、その上に乗ろうとしました。
でも白い馬は、王様が乗ろうとしたところを振り落とし、
兵隊たちが並ぶ間を抜けて走り出しました。

 振り落とされて尻を打った王様はかんかんに怒り、

「あのけしからん白い馬を射ち殺せ!」

と叫びました。

 白い馬には、兵隊たちの放つ矢が雨のように降り注ぎました。

 家に戻ったスーホは、白い馬と別れたことが悲しくて、しくしく泣いていました。
そこに、白い馬が帰ってきました。
でもその白い毛は、ほとんど血で真っ赤に染まっていました。
スーホの顔を見ると、白い馬はやっと安心したような顔をして、そして静かに倒れていきました。

「死んじゃいやだーー!」

と泣きながら、スーホは家から駆け出していきました。

 それから1年。
モンゴルの草原に、悲しげな楽器の音色が響くようになりました。
スーホの弾くその楽器には、白い馬の皮が張られていました。
美しくも悲しげなその楽器は馬頭琴と呼ばれ、モンゴル中に広まりました。
        *
あれ?それじゃ、原作のまんまじゃないか、と思いましたか。
でも、違うんですねえ。
原作と違うところが一箇所あったのに気づいたでしょうか。
果たしてどういう結末なのか、続きは後編で。





(後編)

全身から血を流して白い馬が倒れた時、スーホは外に駆け出しました。
さあ、どこに向かって駆け出したのでしょうか。
 
「死んじゃいやだー!」

と泣きながら、スーホはお城の方に向かって走っていました。

----死んじゃいやだ、絶対ぼくが助ける!-----

 そう思いながら、スーホは走りました。
スーホはとても頭のいい子でした。
お城から放り出されて帰る道の、市場の様子を思い出していたのでした。

 スーホは市場に着くと、王様が無理やり渡した銀貨3枚をポケットから出して、
3つのものを買いました。

1枚目の銀貨で、最高の傷薬を。

2枚目の銀貨で、真っ黒い塗料を。

そして3枚目の銀貨で、白い馬の皮を。

 息を切らせて家に戻ると、スーホは傷薬をていねいに白い馬に塗って、流れる血を止めました。
銀貨1枚もする高い薬は、みごとに効いたようです。どうにか血はとまりました。
 そして3日3晩寝ずの看病。
ついスーホはうとうとして、はっと目覚めると、
白い馬は弱々しいながらも、自分の脚で立ち上がっていました。
白い馬は、みごと薬の力と看病によって、命をとりとめたのでした。

 すると、スーホは市場で買ってきた黒い塗料を、白い馬の全身に塗りました。

「これでお前を白い馬と思う人はいないよ」

 それからスーホは、やはり市場で買ってきた白い馬の皮を使って、楽器をつくりました。

「これをみんなに見せれば、みんなお前が死んだと思うに決まっているからね」

 そうしてスーホは黒く塗った馬に乗って、
いろんなところに出かけては、白い馬の皮の楽器を弾いて歩きました。
白い馬に、残酷に矢を射掛けたという王様の仕打ちを噂で聞いた人々は、
みんなその楽器が、あの白い馬の皮と思い込みました。

 「かわいそうな白い馬。でもなんてきれいで、物悲しい音色なんだろう。
 しかしそれにしても、王様はひどい人だね」

こんな噂が国中に流れるようになりました。
王様の評判はどんどん悪くなり、家来たちも一人、二人とお城を逃げ出すようになりました。
そして最後は王様自身も、こそこそとお城を逃げ出したのでした。

「王様が逃げ出したそうだよ」

そんな噂がスーホの元にも届きました。でもスーホは何も言わず、
静かに微笑みながら、楽器を奏でていました。
もちろんその横には、やさしい目をした黒い馬がいました。

ある日のことです。

「きれいな音ね。そばで聞いていてもいい?」

旅の途中らしい、きれいな娘が、スーホが音楽を奏でる脇に座りました。

「いいとも。ずっと聞いていてもいいよ」

スーホは笑顔を返しました。娘は独り言のように言いました。

「私、お父さんが死んで、一人きりになっちゃったの。
 あてもなく一人で旅をして、さみしくってたまらないところにあなたの楽器が聞こえてきて、
 とても気持ちが安らいだわ。ありがとう」

スーホは言いました。

「君のようなきれいな子に聞いてもらえて、僕もうれしいよ。
 よかったら、僕の家へ来ないかい?ご馳走はないけど」

娘はにっこりして、静かにうなずきました。

 
でも、娘もスーホも、お互いに知らないことがありました。
それは二人とも、相手に隠している秘密がひとつずつあったことです。

 スーホは彼女に、黒い馬が本当は白い馬だったことは、これから先も絶対言わないでしょう。
それは馬をまもるために必要だった、馬とスーホだけの秘密だからです。

 そして娘にも、秘密がありました。
それは、娘はあの王様の娘だったということです。
馬術大会で優勝したら、結婚させてくれると王様が言っていたお姫様。
でも王様は国民の支持を失って、どこかで寂しく死んだのでしょう。

 娘はすべてを失い、一人でさすらって、運命のようにスーホに出会ったのでした。
たとえ自分にとっていい父親であったにしても、
決して国民にとって、いい王様ではありませんでした。
だから父親のことは、絶対話さないと心に誓ったのでした。

 というわけで、二人にはそれぞれ秘密が一つずつあることになります。
でもまあそれは、二人が幸せになるためのこと。
将来二人が結婚して、秘密をお互いに隠し続けたとしても、
たぶん神様は許してくれる秘密ではないでしょうか。


【終わり】

 小さな声が、静かに広がっていって、大きな力になることがあります。少数派でも、国民の声を反映しようとした小泉さんが首相になったこと。王妃をやめた後も地雷除去に奔走し、世界中に地雷除去のうねりを作ったダイアナさん。
 数や権力に頼らなくても、小さな力が世の中を動かすということも、たまにはあるものですね。


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