2005.05.23

読書の時間

『日本語ジャーナル』1996年月2号の「読書の時間」に掲載されたものです(一部加筆修正)。下線の文字のことばには注があります。 クリックすると左に注が出ます。

「鶴女房」 −日本の昔話より−

 昔から今までいろいろな人に語り伝えられてきた物語を昔話と言います。『鶴女房』は『鶴の恩返し』としても知られる、有名な日本の昔話の一つ。演劇やオペラで人気を集めた『夕鶴』はこの話が元になっています。ツルは体のほとんどが雪のように白い、大きくて美しい鳥です。自然の中で自然とともに暮らしてきた人々にとっては、動物たちも本当に身近な親しい存在だったに違いありません。

 昔、あるところにたった一人で暮らしている貧しい若者がいた。
 ある日、いつものように若者が田んぼで仕事をしていると、目の前にひらひらと何か白いものが落ちてきた。何だろうと思ってみると、それは一羽のツルだった。けがをしているのだろうか。飛ぼうとしては落ち、また飛ぼうとしては落ち、 必死に羽ばたくのだが、飛ぶことができない。そしてそのうちに、ばったりと倒れてしまった。
 「お前、どうしたんだ」
 若者がそばに近寄ってみると、が一本ささっている。
 「かわいそうに。痛いだろう」
 若者は矢を抜いてやり、ツルを抱いて川まで行って、傷口をきれいな水で洗ってやった。すると、ツルは元気になって立ち上がり、今度はうれしそうに羽ばたいてみせた。若者が、
 「さあ、早く飛んで行け。また猟師に見つかったら大変だぞ」
 と言うと、ツルは空へ高く舞い上がり、若者の頭の上をぐるぐると回ったあと、「カウ」と一度高く鳴いて遠くへ飛んで行った。
 若者は「ああ、いいことをした。良かった」と思ったら、普段の疲れも忘れた。そしてまた、元気に働いた。
 それからしばらくたった、ある雪の降る寒い晩のことだった。若者の家の戸をトントンとたたく者がいる。「こんな晩にだれだろう」と思って戸を開けると、雪の中にはその雪よりも白く、輝くように美しい一人の娘が立っていた。
 「旅の者ですが、道に迷ってしまいました。今晩泊めていただけませんか」
 「一人暮らしで汚いところですが、それでも良かったらどうぞ」
 と答えて若者は娘を泊めてやった。
 次の朝、若者は目を覚ましてびっくりした。いろりにはもう火が燃えていて、なべからはいいにおいがしている。汚かった家の中もきれいに片付けられている。若者が「夢でも見ているんだろうか」と思っていると、娘の声がした。
 「わたしをあなたの女房にしてくださいませんか」
 「突然、何を言うんですか。おれみたいな貧乏な者があなたのようなりっぱな人を女房になんて、無理です」
 「わたしは貧乏でもかまいません。あなたのおそばにいたいんです」
 「娘は何度もそう言った。そして二人は夫婦になって仲良く幸せに暮らした。
 ある日のこと、女房が若者に言った。
 「わたし、はたを織ろうと思うんです。どうぞ、はたが織れるような部屋を作ってください」
 若者が部屋を用意すると女房は喜んだが、若者の目をじっと見て言った。
 「一つだけお願いがあります。わたしが部屋から出てくるまで、絶対に中をのぞかないで欲しいんです」
 「わかった。絶対に見ない」
 若者がそう答えると、女房は安心して部屋に入っていった。それから、「キッコ パタン、キッコ パタン」というはたを織る音が聞こえてきた。その音は休むことなく一晩中、近くの野や山に響き続けた。若者は約束を守って待った。朝になって、やっと女房は部屋から出てきた。少しやせて顔色も良くない。だが、その手には見たこともないような美しい布を持っていた。
 「さあ、これを売ってきてください。きっと高く売れるはずですから」
 次の日、若者は布を持ち、雪をかぶった山をいくつも越えて、城のあるにぎやかな町に行った。町で美しい布を広げると次々に人が集まってきた。
 「こんな美しい布は見たことがない。ぜひ売ってくれ。十でどうだ」
 「いや、十五両でおれに売ってくれ」
 「いや待て、わたしは三十両だ」
 そこにりっぱなが来て言った。
 「これはすばらしい布だ。殿様にお見せしたいので城までついて来てくれ」
 若者が城まで布を持っていくと、殿様は布がすっかり気に入った様子で、
 「これは美しい。百両で買おう。また持って来れば、買ってやるぞ」
 と言って百両くれた。 若者はそんな大金は見たこともなかったので驚いて声も出せなかった。夢の中にいるような気持ちで、帰りはどこをどうやって歩いて来たかのかもわからなかった。
 家に着くと町でのできごとを、すぐに女房に話して聞かせた。女房はにこにこしながら聞いていた。
 「あなたにそんなに喜んでもらえるなら、もう一度織りましょうね」
 「本当か。でもお前の体は大丈夫か」
 「ええ、大丈夫。でも、その間は絶対に部屋の中を見ないでくださいね」
 そうして、またあの「キッコ パタン、キッコ パタン」という音が聞こえ始めた。若者は自分の幸運を喜んだ。
 「おれは幸せ者だ。あんないい女房が来てくれただけでも幸せなのに、あんなすごい布まで織ってくれるとは」
 だがそのとき、急に若者は女房がどうやってあの布を織っているのか不思議に思った。「そういえば女房は糸も持っていなかった。どうして布が織れるんだ」と思うと中の様子が気になってしょうがない。 約束があるのでがまんしていたが、とうとうがまんできなくなって、部屋の戸のすきまから中を見てしまった。
 若者は「あっ」と叫びそうになった。部屋の中にいたのは、なんと女房ではなく一羽のツルだった。そのツルにはほとんど羽がなく、それでもツルは残り少ない自分の羽をくちばしで抜いては、はたを織っていた。若者は目の前が真っ暗になった。そしてそのまま、気 を失ってしまった。
 気 がついたとき、そばには女房が座っていた。またやせて、下を向いた顔がますます青白く見えた。女房の横にはまだ織りかけの布が置いてあった。
 「わたしは以前あなたに助けていただいたツルです。あなたのお役に立ちたくて、あなたの生活を楽にしたくて布を織ってきました。でも本当の姿を見られては、もうあなたのおそばにはいられません。どうぞお元気で」
 と言うと、女房はみるみるうちにツルの姿になって、ふらふらと空へ舞い上がった。そして「カウ、カウ」と悲しい声といっしょに、まだ雪深い山の上の空に消えていった。

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