vol.6 最後の3日間 2001.5.1-5.3
お別れのときが来てしまいました。
      わたしの腕のなかで最後の鼓動はとまりました。
      この感触は一生忘れられません。。。
      ナッちゃんはかわいすぎるから、神様に愛されてしまったんだと思っています。
5.1 tue.

そして、頑張り屋さんのナッツはまた頑張ってくれた。
夜明け頃、たたきで横になるうちに少し呼吸が楽になってきたような気がした。
歩く力は弱々しいけれど、ふらつかずに歩けた。
くじけそうになった自分が情けない。
水を飲み、少しでも楽な姿勢を見つけて、ナッツは一生懸命生きようとしている。

こんな日にわたしは会社に来ている。
ナッツのことが気になって仕方がない。

午後6時40分帰宅。
自転車を閉まっていると、家の中からワンワンとナッツの鳴き声。
抱かれているとお腹が少し楽なので、ケンヤがずっと抱いてくれていた。
でも、水以外はまったく口にせず。
お昼ごろお水で溶いた薬をシリンジで口にいれたそうだ。怒られたらしいけど。

ずっと、たたきで横になっている。
「ナッツ」と声をかけると目を動かして反応してくれる。
ソファで抱いていると少しウトウトしてくれた。
子犬の頃もよく膝の上で寝ていたなぁ。
イゴイゴしたので下におろすと、ヨロヨロしながらお風呂場に向かって行く。
どうしたのかな、と思ったらウンチだった。
わざわざそんな所までいかなくてもいいのに、、、と泣きたくなる。
ウンチは硬かったけど、黒い。血便だ。
その後はたたきに行く。
とにかくお腹が重くて辛そう。熱もありそう。
頭がフラフラする時がある。

夜中、ケンヤがつきっきりで面倒を見ていてくれた。
わたしは前夜あまり寝なかったせいか、猛烈な睡魔に襲われてしまってダウン。
情けない。

5.2 wed.

夜明け、ケンヤの手で玄関先にファンヒーターが設置されていた。
寒い玄関先でナッツの体が冷え切ってしまうから。
もう体をもたげるのもしんどそう。
ケンヤに「こんな状態でも病院に連れていって抗がん剤を打たせるのか」
と言ってしまった。
「じゃあ、もうこのまま諦めるの?」とケンヤが涙した。
もちろん、諦めたくなんかないけど、
でも、辛い治療をまだ施してナッツの体が快方に向かうのだろうか。
そんなどうどう巡りを打ち破ったのは、やはりナッツの生命力だった。
キャリーケースを見せたら、自分からトコトコ入っていったのだ。
まだまだ動ける。
わたしたちの言うことにもちゃんと反応できる。

結局、病院へ向かうことにした。
もし抗がん剤の投与は無理、輸血しかやりようがない、
と言う話になったらそれはやめて連れて帰ろうということにして。

わたしは出勤だけど、とりあえず車に同乗してT大まで一緒に行った。
途中、キャリーケースから出てきてわたしの膝ににじり寄る。
ウトウトし始める。ナッツの重みと温かさが愛しい。
ふと動いてケースへ戻ろうとするので手伝って動かしたら、
ケース入り口でオシッコをした。
わたしの膝の上でするのを避けてくれたんだね。動くのも辛いっていうのに、もう。

GW中の職場は静か。
仕事中、ケンヤから携帯で連絡が入った。
やはり輸血、それから抗がん剤を打つかどうか決めることになったらしい。
輸血をすると脾臓が吸ってお腹がパンパンになるのではないか、
という話もしたそうだが、やはり輸血したほうがいいでしょう、との事。
わたしも午後休みをとって、病院に行くことにした。

12時直前、ケンヤから電話が入った。
今輸血中だけど、その間にも何があるから分からないから、
できるだけ早く来てほしい、と。
それを聞いた瞬間、頭のなかが真っ白になってしまった。
何かあったらって、、、こうしている間にももしかしたら、、、
それを思うといてもたってもいられなくて、会社を飛び出した。

外は雨。
タクシーに乗るよりも電車の方が確実。
電車に乗っている間もT大構内でも涙が浮かんだ。

だから家にいようって、、、と何度も何度も思った。
無理に病院に連れてきて、病院内で何か起こるなんて絶対に嫌だった。
ナッツにはお家で眠って欲しかった。
こうして走っている間にもナッツが息をひきとってしまったら、、、
とすごく怖かった。

待合室に飛び込んだ時、一番前の席で輸血中のナッツとケンヤの姿が見えた。
とりあえず安心する。
でも駆け寄ってナッツの顔をみたとたん、また涙が出てきた。
苦しそうな息をして横たわったまま輸血の管をつけられている。
寝返りをうつこともなく、じっと横になったままだ。
そして、どうにか輸血は無事終わった。

O野先生からの話があるが、診察室までナッツを動かせるような状況ではない。
結局、待合室でO野先生以下、F野先生、N島先生、S木くんが、
ズラリと並んで話が始まった。
待合室中の人たちが耳をそばだてているのを感じる。
わたしの嗚咽と鼻をすする音が響いてしまう。

抗がん剤を打つ予定でいたが、とてもそのような状況ではなく、
とりあえず輸血を施してみた。この後、血小板の輸液をして、
もしかしたら抗がん剤治療もできるかもしれないけど、それには入院となるし、
仮に治療をしたとしても何日か寿命が延びるだけだと言う。

だったら辛い日が何日か延びるだけだ。
入院中にもしかしたらひとりぼっちで逝ってしまうかもしれない。
今こうしてグズグズしている間にも、
待合室でみんなの好奇と同情の視線を浴びながら逝ってしまうかもしれない。
それくらいだったら、わたしとしてはナッツを家に連れて帰って、
ケンヤといっしょに見守る中、息をひきとらせてあげたかった。

「お家へ帰ろう」とナッツに言った。

帰宅後もナッツはずっと苦しそうだった。
犬が汗をかくはずないのに、後になって思い返すこの時のナッツのイメージは、
脂汗を浮かべて目を固くとじている姿だ。
何度もケンヤがナッツを抱き上げてあげた。
お腹の張ったナッツは伏せている姿が苦しく、抱き上げてあげると少しは楽になれる。
食べ物はまったく受け付けない。
水はがんばって身を起こし、自力で飲んだ。
頭をもたげるとグラグラと危なっかしく揺れた。
0時が過ぎた。

5.3 thu.

ナッツの1歳のお誕生日まであと一週間だ。

夜、ケンヤと交代で寝ることにした。
わたしが1時間半ほど先に眠った。
その間もナッツは床に寝たり、ケンヤに抱き上げられたりしながらも、
一睡もできていない。こんな夜が3日も続いている気がする。
わたしの番になって、ソファで抱いている時、
モゾモゾと体を動かしたと思ったらオシッコだった。
こんな体でもそのまま垂らすことは許されないらしい。
ナッツの息が荒くなるたび息をひそめて見守ってしまう。
何度もケンヤを起こしてしまった。

でもナッツの頑張りは長く続いた。
ソファに横たわっているとき、苦しい体を起こして何をするのかと思ったら、
じっとわたしの顔を見た。
フーフーと苦しい息をしながら、真っ黒なビー玉のような瞳でじっと見られた。
何を言いたかったのだろう。
「そばにいるから大丈夫だよ。ずっと一緒だよ」と何度も伝えた。
それがナッツの欲しかった言葉ならいいのだけど。

夜が明けて、6時をまわった頃、ケンヤが限界を感じて横になった。
ナッツの息づかいだけが聞こえる静かな朝だった。
ソファに寝ていたナッツが身を起こしたので、
抱いて欲しいのかと思い、布団の上で抱っこした。
落ち着かず頭が腕に垂れたり、わたしの胸元に振り仰いだりあちこちに動く。
そのうちガクンと頭が落ちた。
息遣いも今までのものより荒くなったので、
パニックになったわたしは大声でケンヤを呼んだ。跳ね起きるケンヤ。
怖かった。
ケンヤもわたしも何度もナッツの名前を呼んだ。
そのうち頭がしっかり起きたと思ったら、
今までに聞いたこともないような重い声をあげ始めた。
「ウォー」「ウォー」と何度も鳴いた。
まるで、怖いよー怖いよーと言っているように聞こえて、胸が押し潰されそうだった。
夢中で「怖くない、怖くないよ。ずっと側にいるから、ずっと一緒だから」
と伝えるしかなかった。
実際、怖かったのはわたしだった。
腕のなかにいるナッツの心臓の鼓動を手のひらで感じていたけど、
声をあげている間にもどんどん鼓動がゆっくりになっていくのだ。
すぐにも止まってしまいそうで、怖かった。

そして、6時45分。
「キャーン」と初めて聞く悲しい鳴き声をあげて息をつくと、
ナッツの最後の鼓動が止まった。
永遠に止まってしまった。
涙があふれてとまらない。

とてもきれいな顔のままで、まるで寝ているようなのに。
自慢の被毛もキラキラと光っているのに。

ナッツの体はいつまでも温かかった。
いちばんナッツを苦しめたパンパンに張ったお腹、
生前も熱をもって冷却剤のお世話になったけど、死後もここが最後まで熱かった。
でも、もうナッツがこれで苦しめられることはないのだ・・・。


がんばったね、ナッちゃん。


5.4 fri.

きれいに澄んだ青空へ。
お花とお気に入りのオモチャとおやつに囲まれて、ナッツは旅立った。
花に負けないほんとうにきれいな寝顔で、そのことでケンヤもわたしも救われている。
ナッちゃんとずっと友達だったぬいぐるみのパピーくんも一緒に旅立ってくれた。
パピーくん、ナッちゃん寂しがりやだから一緒にいてあげてね。

ひとつでも欠けたら天国で走り回れないから、
ていねいにていねいに小さな白い骨を拾った。
「まだ若い子だったんだね。骨がやわらかい」
という霊園の人の言葉に、また少し泣けた。


5.5 sat.

犬とすれ違うたび、目で追ってしまう。
いつもそばにいたナッツの不在を大きく感じる。
・・・もうこの世のどこにもナッちゃんがいない寂しさは、
どうにも言葉にできない。

5.10 thu.

きょうはナッツの1歳のお誕生日。
HAPPY BIRTHDAY!!

ナッツは我が家の大事な息子だよ。
ずっと一緒にいようね。


ここで日記は終わっています。


そして、現在。
ナッツを失って火が消えたようなわが家を明るくしてくれたのが、
ご存知、こてつとこなつの存在です。

ナッツが亡くなって3ヶ月後にはこてつが、さらに1ヶ月後にこなつが来ました。
やっぱり一度犬と暮らしてしまうと、いない時間が静かで耐えられないんです…。
1頭だとどうしてもナッツと比べてしまいそうで、
最初から2頭飼おうと決めていました。

子犬2頭の相手は、予想以上に賑やかで大変でしたが、
新しい命と向き合うことで張り合いがある毎日になりました。
そしてナッツのことも、
とても大事な存在として心のなかに居場所ができた気がします。

いつか、こてつとこなつも逝ってしまう日がくるのは分かっています。
ナッツの闘病期間はすごく長い時間だった気もするけど、
実際には二ヵ月足らずのこと。
経験は積んだけど、あの濃い辛い時間をもう一度経験せずにいられたら、、、
と思ってしまいます。

ナッツの短い生涯に、わたし自身少し悔いがあるのが正直なところです。
もっとしてあげられたことがあるんじゃないか、
もっと早い時点でいい病院に連れていっていれば結果は違ったんじゃないか、、、
と、つい考えてしまいます。

こてこなにはそんな思いが残らないように、
最後の日には「楽しかった」って思って眠ってもらえるように、
いっぱい幸せにしてあげられれば、と思います。
犬は決して生きることを諦めない、と教えてくれたナッちゃんの分も。
できるだけ長く、一緒にいられますように。



ナッちゃん。

ナッツ。

今なにしてるのかな。

また会いたいよ。